千々山村自然教室

唐鞠 作
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 千々山駅と千々山温泉駅、そのほぼ中間に『ちぢやま農村公園』はある。秋祭りには野外ステージが組まれ、のど自慢などのイベントが行われる、村民憩いの広場である。
 尾崎しふぉんは、木陰のベンチで水分補給しながらひと休みしていた。いったん自宅で昼食をとってから、午後も12Zカップの捜索を続けている。
 さっきも公園で遊ぶ下級生に尋ねてみたが、空振りに終わったところ。さすがにちょっとくたびれてきた。

「ふー……」
 ひとしずくの汗が胸元を流れ、谷間へ吸い込まれるように消えていった。
 細身からツンと隆起した78センチのバストは日々成長中。5年生では真ん中あたりだが、もっともっと大きくなりたいと、本人は思っている。
 前述の通り、Cカップは日本人女性の平均サイズ。だが、千々山では小学生のうちに難なく越える水準である。
 事実、現在小3の松田あんなや小2の富士岡はるも、すでに同じCカップ。あちらはアンダー60未満という細身なので、体積自体は小さくとも、見た目の巨乳感はしふぉんを凌ぐ。
 それゆえ、しふぉんはまだまだ発達途上を自覚している。現在Eカップの親友・鹿谷まおと競い合えるくらいにはなりたかった。

(……そろそろあきらめて、他の友達と遊ぼうかなあ)
 だがこの時期、友達の家を訪ねると高確率で宿題を手伝わされることを知っている。意外かもしれないが、しふぉんは5年生で一番成績優秀。夏休みの宿題も7月中にパパッと済ませていた。

 ウエストポーチの中でキッズ携帯が鳴る。通話・メール・カメラの機能しかないが、母親にスマホをねだるのは中学に上がってからと、しふぉんは決めていた。

「もしもし……あー、マオ?」
<シフォンっ、大変だよ! ウチの店に――>

「マジっ!? 現れたの? 『12Zさん』が」
<うん! ヤッバいよ! 常識をくつがえすとんでもない大きさ……怖いくらいだった!>
 興奮冷めやらぬ声。どうやら本当に、驚愕のビッグバストを目撃したらしい。

(でも、どっち?)
 しふぉんの知る限り、今この村には2人の超乳が訪れている。里帰りの『12Zさん』か? それとも、十津川センパイが目撃した大学生風の旅行客か?

「ねえマオ、その人、小さいお子さんと一緒だった?」
<うん。3歳くらいの女の子かな? 親子で間違いないと思うよ>
 なるほど、これで確定だ。

<あんな巨大なおっぱいが実在するなんて、マジで衝撃だったよー。しふぉんから話を聞いたときは、正直、信じられなかったんだ。疑ってゴメンね>
「いいよ。それよりさ……その人、何か言ってなかった? 名前とか、どのへんに住んでるとか、次どこへ向かうとか」
<いや、普通に唐揚げ買いに来ただけだし。そもそも、あたしの学力じゃ聞き取れないよー>
「は、学力? なんで?」
<だってあの親子、英語で喋ってたんだもん>
「英語ぉ?」
<お母さんはきっと日本人だよ。あたしにも日本語で注文したし。けど、娘さんと話すときは英語だった。そういえばあの子、見た目もハーフっぽかったな>
 しふぉんは困惑する。まさかの国際結婚? 『12Zさん』の嫁ぎ先とは海外だったのか!?

<シフォンがあの場にいれば、リスニングできたかもね。英語得意じゃん?>
「いや、そんな買いかぶられても」
 謙遜するしふぉんだが、得意なのは間違いない。中学で英語教師をしている母に、幼い頃から仕込まれていたから。

「てゆーか、私がそこにいたら、『見る』って目的達成してるでしょ」
<あそっか。いやぁー、興奮がスゴすぎて頭が回らないや>
 まおはアハハと照れ笑いする。

「本当に英語だったの? ロシア語とかスペイン語ってことない?」
<むぅ〜、あたしの耳じゃ区別つかないなぁ。外国語なんてみんな同じに聞こえるし。……でも、娘さんがハーフなら、色黒の肌が手がかりかも>
「どっか南の国ってこと?」
<うん。だからロシアは無いかな。もしかしたら、アラビア語とかインド語って可能性もあるね>
 小5の鹿谷まおはヒンディー語の存在を知らない。

「う〜ん、手がかりなしか」
<でもね、親子の会話で“2つだけ”聞き取れた単語があったよ>
「えっ?」
<『オンセン』と『ホテル』。聞き違いでなければ、そう言ってた>
「ナイスっ! ファインプレーだよっ、マオ!」
 値千金の情報。どうやら『12Zさん』親子は温泉に入るつもりらしい。

 が、それだけでは特定できない。『千々山温泉』と言っても、一か所ではないからだ。かの有名な別府市では、一般家庭にも温泉が備わっているというが、千々山も負けじと数は多い。
 郷土史によれば、開拓時代に大小120もの井戸が掘られ、その多くから地下水が湧いたという。現在は埋め立てられたものも多いが、温泉はまだまだあちこちに点在しているのだ。具体的には、宿の数だけ。
 それに……

「待って。『ホテル』はおかしい。里帰りだったら、実家に泊まるのが普通でしょ?」
<ホテルの温泉に入るのかもよ。宿泊じゃなく、入浴のみの利用で>
「んー……まぁ、そうも考えられるか」
<あたし、碓かに聞いたんだ。女の子が嬉しそうに『ホテル、ホテル〜♪』って繰り返してるの>
「? やっぱりなんか不自然じゃない? 泊まるわけでもないのに。『おフロ』なら分かるけど、『ホテル』を喜ぶ3歳児ってヘンだよ」

 違和感を見過ごさないしふぉん。次の瞬間、彼女の脳裏にひらめきが。
「ねえ、もしかして……ホテルじゃなく、『ホタル』じゃない?」

<あっ! 言われてみれば、そうかも>
 やっぱり! 3歳児の舌足らずな発音を、まおは聞き違えたのだろう。
 日本語を話せない娘さんが「ホタル」と繰り返していたこと。これは手がかりになる。

「ゲンジボタルは日本の固有種で、海外の人にはとても珍しいって聞いたことがある。だから現地のと区別して、あえて日本語で呼んでたんだ」
<じゃあ、嬉しそうに繰り返していたのは……>
「ホタルを見に行くつもりなんだよ! きっと今夜にでも」
 ならば、そこを狙って会いに行くか? とも考えたが、

「でも、ホタルなんてこの時期、そのへんの川辺に飛んでるしなぁ……場所は特定できないか。残念」
<いや、心当たりあるよ>
「えっ?」
<『オンセン』と合わせて考えれば、候補地は絞り込める>
 ここからは、まおのターンだ。

<最有力は、河原の近くにある露天風呂だね。実際、ホタルの見える岩風呂が売りらしいから。観光ガイドにも写真載ってた>
「そ、そうなの? 私知らなかった」
 接客経験を積んできただけあって、地元の知識ではまおの方が秀でている。

<あそこは、『旅館やまびこ』と『ホテル天籟』の両方につながった共同浴場――でも、『天籟』は宿泊客限定だったはず。入浴のみのプランがあるのは、『やまびこ』の方だよ>
「Excellent! さっすがマオ! 頭いいっ! かわいい! おっぱい大きい!」
 冴える推理に惜しみない称賛を送るしふぉん。学業はともかく、こういう場面で頭の回転が早い親友を素直に尊敬した。

「すげー! 特定できたじゃん。これであの親子を待ち伏せできるぞ……フフフ」
<つっても、100パー確実じゃないよ>
「わかってる。『やまびこ』を拠点に、なるべく広く温泉街を見張ろう」
<ホタルの見頃といったら当然、暗くなってるから。見逃さないよう注意だね>
 刑事ドラマのようにターゲットを追い込んでいく感覚に、5年生コンビは興奮していた。別に『12Zさん』は犯人でも何でもなく、むしろ、しふぉんたちこそストーカー規制法に引っかかりそうなのだが。

<こうなったら、あたしも興味出てきたよ。温泉で生の12Z、見てみたい!>
「じゃあ、今度こそマオも一緒に行こうよ。6時ちょい過ぎ、温泉駅前に集合。どう?」
<いいねー。今日は十分働いたし、お父さんに頼めばOKくれると思う>
 ワクワクしてきた。会うだけで十分と思っていたが、温泉なら、裸体に実る超巨乳をお目にかかれるのだ。うまくいけば、身体を洗わせてもらえるかもしれない。

 ああ……忘れもしない、午前中に堤さんから見せてもらった180センチの超巨大ブラ。米袋と見紛うほどのカップを隙間なく満たすおっぱいとは、果たしてどれだけの迫力だろうか。
 片方を両腕で抱えるほどの乳房が、温泉の水面にぷかぷか浮かぶ光景……ぜひこの目で見てみたい。

 こうして、まおとの約束を取りつけたしふぉんは通話を切る。

 すると、すぐさま次の電話がかかってきた。
「もしもし?」
<Hello〜♥ シフォン、帰ってらっしゃい>
「ママ? どうしたの? お仕事、半日休みじゃなかった?」
 中学教師の母からだった。今日は午前に補習授業を行うだけと聞いていたが?

<そうよ。でもねー、ママちょっと急用で出かけなきゃいけないの。親友のピンチを救いにね>
「ピンチ?」

 話を聞くと、富士岡さん家のはるちゃんがケガをして、卯野医院へ運ばれたそうだ。やっと連絡のついた母・みねこさんは、すぐにでも娘を迎えに行きたい。しかし今、富士岡家の軽トラは仕事で遠出中の旦那さんが使っているという。

<そういう事情でね。ママが車を出してあげるの。だからシフォン、戻って来て留守番お願い>
「OK。今すぐ帰るよ。でも、私からもひとつお願いがあるの」
<なぁに?>
「今晩、温泉入りに行きたい。お夕飯早めに済ませて、6時からマオと一緒に。帰りはちょっと遅くなるかもだけど……いいかな?」
 3歳児が一緒なのだから、そこまで夜遅くにはならないはず。

<いいじゃな〜い。行ってらっしゃい。夜道は気をつけるのよ?>
「ありがとうっ! ママ♥」
 快哉を叫びたい気持ちでガッツポーズをとる。

(よーし、ここまできたらぜったい、『12Zさん』と一緒に温泉入るぞーっ!)
 若い乳房の奥に決意を宿し、しふぉんはひとまず自宅へ戻る。

 彼女は予感していた。千々山温泉こそ運命の交差点。BBFT(ビッグバストフィーバータイム)はそこでクライマックスを迎えるだろう。


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 時はひと月ちょっとさかのぼり、7月中旬のある平日。

「「先生、さようならー」」
 放課後の千々山中学校では、竹上ななえと小瀧めいかのコンビが仲良く下校していった。世間一般の中2と比べれば、どちらも十分大きなバスト。だが、横に並ぶと差は歴然。MカップとHカップでは突出が段違いだ。
 夕方5時になろうとする頃、職員室の電話が鳴る。

「椎原先生、お電話です。『みもり』様から」
「はい、ありがとう」
 椎原ユキヨは、英語教師の尾崎から受話器を受け取った。

 昨年度までは、校長と養護教諭を兼任していた椎原。保健室に校長先生が居るなんて、全国でも珍しい例だろう。そうして長年、村の教育に尽くしてきた彼女も、この3月で定年を迎えた。
 だがその功績・人格は高く評価され、村議会の推薦を受け、今年度から教育長に任命されたのである。
 ただし本人の強い希望から、養護教諭としての仕事はずっと続けている。生徒から見れば、保健室の先生であることに変わりはない。同僚にも「教育長」と呼ばせることはなく、今も昔も「椎原先生」だった。

「もしもし、椎原です」
<突然申し訳ありません。わたくし三森と申しまして……このたび自然教室にお誘いいただいた、三森あきの母でございます>

「まあ、はじめまして。お電話ありがとうございます。行事についてのご質問でしょうか?」
<はい。少々お時間よろしいでしょうか?>
「ええどうぞ。私が責任者ですので、何でもお尋ねください」
<あの……実は本日、同封のはがきで『不参加』のお返事を投函しました>
「まあ、それは残念です」
<ですが、やはり思い直すところがあり、こうしてお電話した次第です>
 どうやら、三森夫人の中では葛藤があるようだ。

<お恥ずかしい話、あきは大きな胸をたいへん悩んでおりまして。去年――6年生の夏からずっと不登校なのです。卒業式にも出ないまま中学に上がり、まだ一度も出席していません>
 椎原は傾聴する。文科省からの情報であらかじめ知っていたが、保護者の生の声を聞くと、改めて深刻さが伝わってきた。

<自宅に引きこもったまま、もうすぐ一年が経とうとしています。なんとかしてやりたいと、家族もいろいろ考えていました。……そんな中、自然教室のお誘いはまたとないチャンスと思ったのです>
 一筋の光明を見出したように、声のトーンがわずかに上がる。

<招待状を読んで、わたくし本当に感動しました。なんて素晴らしい企画だろうと。母親として、ぜひ参加させてあげたかった>
「あ、ありがとうございます」
 称賛を光栄に思う椎原。それだけに、参加してもらえないのがなおさら残念だ。

「それでも不参加ということは、やはり、あきさんの意思ですか?」
<はい。本人はどうしても、人前に出る勇気が出ないと言うのです。自分の身体を“異常”と思い込み、強く恥じておりまして……。何度も勧めたのですが、やはりダメでした>

「そうでしたか。私共もあきさんの力になれず、口惜しい思いです」
 これは正直な気持ちだ。
 文科省が抽出したリストに従い、招待状を送った5名――その中でも、長期不登校中で最大バストの持ち主である三森あきは、まさに“本命”だった。住まいもすぐ隣県だから、参加してもらえると期待したのだが。

<けれども……わたくしは母親として、諦めたくありませんっ! そこでお願いです。下の娘、なつを代理で参加させていただけませんか?>
「えっ? 妹さんを?」
<はい。あきとは比べ物になりませんが、なつも年の割に大きな胸です。小学4年生で、80センチEカップなのですが>
「あきさん同様、それをコンプレックスに思っているのですか?」
<…………>
「?」
<…………>
「もしもし?」
 長めの沈黙を、椎原は心配に思う。

<……いいえ。あの子はあきと逆で、元気だけが取り柄の脳天気娘です。窮屈なブラを嫌がり、バストを隠そうともせず、自慢にすら思っています>
「そ、そうですか。う〜ん、残念ですが――」
 申し訳なさそうに、椎原は答える。

「なつさんでは企画の趣旨に合わないのですよ。対象はあくまで、大きな胸に“悩んでいる”女子ですから。それに今回、文科省のリサーチセンターから協力を受けていまして。データ活用が適正だったか、成果報告を上げないといけないのです。こちらで勝手に人選を変えるわけには……」
<そこをなんとか! お願いできませんか?>
 三森夫人は強く食い下がる。

<なつも、あきの引きこもりをすごく心配しています。
 同じ悩みを持つ子たちが、自信を取り戻す様子を見届け、伝えてあげたい。
 『お姉ちゃんだけが特別じゃない』と分からせたい――そう考えているんです。
 胸の大きな女子同士の交流に、どれだけ励まされたか……どんなに楽しかったか……妹の話を聞いたあきが、『うらやましい』と思ってくれればいい!
 そうすれば、来年こそ参加してくれるんじゃないかと……>

「な、なるほど。そこまでお考えでしたか」
 まさか来年をも見越していたとは。

<それに、なつはきっと自然教室のお役に立ちます。バカな娘ですが、おっぱいへのポジティブさでは誰にも負けません! 大きな胸が大好きで、他人の胸をほめることに一切ためらいがありませんから>
「えっ? それは……」
<わ、わかります。デリカシーに欠ける行為。心のキズに触れる危険もあるでしょう。しかし今回ばかりは、有効なショック療法になりませんか?>

「はっ……!」
 一理ある。心の成長には、避けて通れない痛みもある。

「たしかに、その通りです」
 三森夫人の意見に、椎原は感心させられた。思い返せば、相手の胸をほめるのは、もともと村の文化として根付いているではないか。

<なつは、良い意味で鈍感なんです。
 きっと相手が誰であれ、『大きな胸は恥ずかしくない』という空気に引き込んでみせます!
 そんなムードメーカーが“ゲスト側にいる”というのは、有益ではありませんか?
 Eカップの小4なんて力不足かもしれませんが、『こんな前向きに生きている子もいるんだ』と、他の参加者を勇気づけられれば、幸いです>

「そ、それはとても心強いですね」
 予想外の展開に困惑する。言い方は悪いが、ゲストが煽動者(アジテーター)を買って出てくれるなんて、思ってもみなかった。

(でもやっぱり、スパイを潜ませるみたいで、ちょっと気が引けるわねぇ……)
 椎原はなおも逡巡するが、
<お願いしますっ! わたくしたち家族にとって、この自然教室が最後の希望です。あきが勇気を取り戻すために、どうか、どうか助けをくださいっ!>

「……わかりました。そこまでお考えなら、こちらもぜひ協力させてください。特別に私の責任で、なつさんをご招待します」
<ありがとうございますっ! 本当に、ありがとうございます!>
 この一家こそまさに、手を差し伸べるべき相手ではないか。真剣な家族愛を無下にはできない。椎原は良心に則り、三森夫人の希望を受け入れた。

(それに……ある意味、好都合かもしれないわね)
 もし当初の通り三森あきが参加していた場合、大きな問題が一つあった。

 それは、彼女に匹敵する“ペア”を用意できないこと。
 バストサイズで全国平均のはるか上をゆく千々山中学をもってしても、現在、彼女に匹敵する1年生はいない。それどころか2年生にも。
 胸の大きな女子が集まる中、自分が最大だったら? 改めて「異常」と思わせてしまう危険がある。「特別じゃない」と安心させるはずが、傷口に塩を塗る結果になりかねない。
 しかもあきの測定データは不登校になる前、小6春のもの。その時点ですでに、現在中2最大の竹上ななえ(110センチMカップ)を超えていたのだ。千々山小なら余裕でD組入りしている。

(さらに成長を続けていたら……もはや対抗できるのは、うちで最大を誇る十津川さんくらいかしら)
 しかし何にせよ、その心配はなくなったわけだ。気持ちを切り替え、三森なつを歓迎しよう。

(なつさんの場合、そもそもコンプレックスが無いから、比較対象は要らないわね)
 と、椎原は判断した。ペアとなる4年生が呼ばれなかったのは、そうした理由である。

 実のところ、今年はまだ千々山小でもEカップに届く4年生が育っていなかった。これが2年前なら、奥野かえで(当時Gカップ)が余裕で上回っていたのだが。
(でも、亮平くんの妹を呼ぶ予定だし。小3のFカップならインパクトは十分でしょ)
 まったく、千々山村でも匹敵し難いとは……三森姉妹おそるべし、である。まだまだ日本は広い。

「当日は保護者向けの相談会も行いますので、そちらもぜひご参加ください」
<うえ゛っ?>
「!?」
<あっ……はい。もちろんです。楽しみにしています>
 何だろう? 一瞬聞こえた奇声は。

「それでは、後日改めて書留をお送りします。宿泊券も兼ねた切符と、参加のしおりが入っていますので。必ずお受け取りください」
<金券が入っているのですね? では念のため、配達時間を18時以降に指定できますか?>
「ええ、かまいませんよ」
<助かります。仕事の都合でして>

 ふと疑問に思う。引きこもり中の長女なら、いつでも受け取れるのでは?
(そうか……たぶん、郵便屋さんにも会えないほど、対人恐怖をこじらせているのね)
 椎原はその解釈で納得してしまった。


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


<それでは、なつさんにもよろしくお伝えください>
「はいっ、ありがとうございました。当日を楽しみにしています」
 ピッ

 通話を終えた。そして、
「……クッ……くっくっくっ」
 腹の底からこみ上げる笑いを、彼女は抑えきれなかった。我ながら鮮やかな智略、と自画自賛したくなる。絶望から一転。失いかけた『楽園への切符』を、見事取り戻したのだから。

 そんな彼女を見つめるのは、
(な……なんてことを)
 自室のベッドに座り、唖然とする三森あき。上半身を占領する乳房の奥で、繊細な心臓がドキドキ鼓動している。今、目の前でなされた会話が信じられなかった。

 まさか、妹がそこまでするなんて!
 自分の代わりに自然教室に参加するため、母親を演じ、村の偉い人をも騙すなんて!



 つい10分ほど前。なつはすごい剣幕で、あきの部屋に駆け込んで来た。先日届いた招待状に、不参加の返事を送ったと――母から聞いたのだ。

「マジでっ!? ほんとーに!? 行かないの!? 巨乳の村へ!!!」
「うん。やっぱり私、こんなムネじゃ人前に出る勇気ないよ」
「…………」
「向こうでもオバケみたいに見られたら、怖くて……きっと立ち直れない」
「…………」
「だから悪いけど、家族旅行は中止。ゴメンね」
「…………けんな」
「え?」

「ふっっっざけんなあーーー!!!!」

「!!!」
 本気でブチ切れた妹の怒号に、あきはビクッとすくみ上がる。

「あァ!? 正気かよ? 巨乳の村だぞ? そのうえ全国からも巨乳の小中学生が集まるんだぞ? ナツが……ナツがどんだけ楽しみにしてたと思ってんだよォー!」
 涙ながらに訴える妹。胸ぐらをつかまれガクガク揺さぶられると、白い乳肉がダプンダプン波打ち、浴衣からこぼれ落ちそうになる。浴衣を部屋着にしているのは、もちろん洋服が着られないからだ。

「招待状が来たとき、『ねーちゃんの妹に生まれて超ラッキー☆』って、マジで思った! どさくさに紛れて、ナツも自然教室に混じるつもりだったのに……なのに……ウッ……ウオオオオッ!!!」
 怒りと悔しさにわなわなと震える。いつもお気楽な妹が、ここまで感情を昂ぶらせたのは何年ぶりだろうか。

「よくもだましたアアアア!! だましてくれたなアアアア!!」
 奴隷に落とされた名家の子のように、咆哮するなつ。裏切られた期待はそれほど大きかったのだ。

「ご、ごめん……」
 しかしもう済んだこと。今さら仕方ないではないか。返事はポストに投函してしまったのだから。

「――――フッ……」
「?」
 ひとしきり激昂した後、なつは気味が悪いくらいに落ち着きを取り戻す。まるで別人のような顔つきで。
 そして冷静な目で、あきの机上に残された案内状を見つけると、サッと手に取る。『お問い合わせ』先は千々山中学校の電話番号だった。担当者の名は『椎原』。

 携帯を手にしたなつは、真剣な声で姉に宣言する。
「絶対にあきらめないからね。臆病者のねーちゃんに、これから見せてやるよ。『勇気』ってやつを!」



 ――そして、あきの目の前で交わされたのが、さっきの通話。
 おっぱいバカだと思っていた妹が、ここまで頭が切れるなんて驚きだった。
 完璧な声マネで母になりすまし、小4とは思えない弁舌で欺いたのだ。自分の6倍は生き、名誉職に就いている教育者を!

「どうだねーちゃん、見たかっ! これがナツの『勇気』だーーー!」
 達成感に満ちた、爽やかな笑顔で振り向くなつ。

(す、すごい! ……でも勇気って言うか……『欲望』じゃん、それ)
 ツッコみたいけど、言うだけムダだろう。

 しかしその情熱は認めるしかない。我が妹ながら、なんという執念! なりふり構わず手を伸ばした結果、一度フイになったチャンスを取り戻したのだから。
「で、でも、どうすんの?」
 あきは心配する。まだクリアすべき問題は多い。

「私が不参加と知って、お母さん、来月仕事の予定入れちゃったよ? まさかナツ一人で行くつもり?」
 ちなみに、三森家の父は県外へ単身赴任中である。

「ムリだね。いくらナツがしっかり者でも、小4の一人旅は許してもらえない」
 冷静モードのなつは、あくまで現実的に思考する。

「椎原先生には当日、『急病になりましたので、娘を一人で行かせます』って、電話するよ。
 問題はお母さんを、どうごまかすかだね。
 『お父さんに会いに行く』……?
 『友達の家でお泊まり会』……?
 ……ダメ。こんなん後から絶対バレるやつだ」

 小声でブツブツ呟きながら、なつは熟考する。学校のテストでは発揮し得ない集中力だった。

 嘘は盛りすぎないことが肝心。さっき椎原との会話で詰まったときも、結局、真実を答えた。
「こーいうときはナツじゃなく、他の人からダマしてもらうのが効果的だけど……」

 やがて協力者の存在を思いついたのか、再度携帯を操作する。



<もしもし? あ、ナッちゃん?>
「これはこれはラナお姉様、ご機嫌うるわしゅう」
<アハハ、なによそれー>

 電話をかけた先は、東北に住む高3のいとこ、飯村なつみ。三森家とは以前から親戚づきあいの続く、懇意の仲である。巨乳の娘をもつ親同士でも、いろいろ話が合うらしい。
 なつとなつみが両方「ナッちゃん」で紛らわしいため、なつみは「ラナ」と呼ばれていた。姓名の境から一字ずつ取ったのだ。
※[以降、地の文でも彼女をラナと表記する]

 第16話で語られた通り、この冬ラナは美大を受験する。そのための下宿先として、大学から近い三森家を頼るつもりだった。

「ラナさん、前に話してたよね? 高校最後の夏休み、スケッチ修行の旅がしたいって」
<うん。今、どこ行くか計画中>
「だったらぜひ、提案があるんですが――」

<え……××県千々山村? ウソっ? すごい偶然!>
「はい?」
<私も候補地に挙げてたんだよ。通販で『ボニータ』ってブラを愛用してるんだけど、そこのフィッターさんからメッセージもらったの。『直接採寸に来ませんか』って>
「ホントですかっ!? すげーっ! こりゃ運命ってやつですよマジで☆」

<2日あればジャストサイズを仕立ててくれるんだって。でも、今の予算じゃ1泊が限度だし、交通費もかかるし、どうしようかなーって迷ってたの>
「へっへっへっ……でしたら、ちょうどいいモノがございやすぜ〜」

<――ええっ? 千々山鉄道の切符? しかも、宿も1泊タダになるの?>
「こちらで一人分余ってましてねぇ〜。親愛なるラナお姉様に、謹んで進呈いたしたく……」
 ラナは驚く。この幸運、まさに渡りに舟というやつだ。

 しかし、ここで悪意に気付けないほど、彼女の嗅覚は鈍くない。
<ナッちゃ〜ん、何たくらんでるの? 喋り方が『越後屋』だよ?>

「へへっ、さすがは『お代官様』。察しが良くて助かりまさあ」
 小4のくせに渋いセリフ回し。この流れ、ベタベタの闇取引だ。『青いきっぷ』はここでは『山吹色の菓子』だった。

「なあに、難しいことじゃござんせん。ちょぉっと一芝居打ってもらえれば――」
 なつはこれまでの経緯をラナに説明する。



「――はいっ、では、そういうことで。どうかよろしくお願いします」
 ピッ
 陳謝するサラリーマンのようにペコペコ頭を下げながら、なつは通話を終えた。

「いやぁー、さすがラナさん、話がわかるぅ!」
 交渉成立したのだろう。共犯者を得て、旅行計画の盤石を確信したようだ。
「くっくっく……あの人もワルよのう♥」

(リアルで『ワルよのう』なんて言う人、初めて見た)
 口八丁を尽くす妹を、あきは呆然と眺めていた。普段のバカな言動からは想像できない。おっぱいが絡むと、IQが数倍に跳ね上がるのではないだろうか。

 同時に、ラナと聞いて思い出したことがある。
(そうだった……ラナさんはあんな大きな胸なのに、不登校から立ち直って、高校に通ってるんだ……。りっぱだなあ。私はそこまで強くなれない)

 あきは去年、ラナが小6だった頃のサイズを越えてしまった。これが決定的な一線。
 以前は、ラナとの比較がせめてもの安心材料だった。しかし彼女を越えたことで、いよいよ“前例ない恐怖”に怯える。自分のカラダを異常と認識し、対人恐怖の始まりとなってしまったのだ。
 幼い頃から発育していたラナとは対照的に、あきのバストは小5から小6の2年間で爆発的に成長した。今はようやく落ち着いたが、休眠期に過ぎない気がする。エネルギーを貯めた後、第2の波が来るのではと、あきは常に恐れていた。

(ああ……これからもオバケみたいに膨らんで、いずれラナさんを追い抜いてしまうんだろうな)
 ため息をつく。肩にズッシリのしかかる乳房の重み……それに圧しつぶされるように、12歳の少女は人生を諦観していた。



 さて、それから5日間。なつは家族の前で「しょんぼり」過ごした。普段よりテンション低めに、いかにも旅行の中止を嘆いている感じで。これ見よがしに落胆した様子を演じてみせた。
 そして5日目の夜。手はず通り、飯村家から三森家に電話がかかってくる。

「ナツが出まーすっ!」
 幼い張りに満ちた胸をプルルンと弾ませ、なつは受話器を取る。
 その後、「ええっ?」「ほんと?」「わーい!」「やったー!」などの歓声を適当にはさんでから……

「お母さーん、ラナさんから電話だよっ☆」
 満面のニコニコ笑顔で母親に代わる。

「あらぁ、ラナちゃん久しぶりー。元気だった?」
 何も知らない母と、共犯者との会話が始まった。
(さあ、頼んだよ……ラナさん)

「――ええっ! なつを旅行に?」
<そうなんです。この前、ナッちゃんから聞きましたよ。旅行が中止になって落ち込んでるって>
「まあ、あの子ったら」
 いとこにグチをこぼした件については、後で潔く叱られよう。

<じつは、私にも招待状が届いたんです>
「そうなのォ!?」
 驚いてみせたが……ラナほどの胸なら納得か。去年会ったとき、133センチのWカップにはびっくりしたものだ。同時に、「あきも将来ここまで膨らむのかしら?」という不安も感じた。

<『自然教室 高校生の部』。アキちゃんが招待された『小中学生の部』とは別に行われるんですよ>
 もちろん嘘である。高校生の部など存在しない。

「あれ? 招待されたってことは……ラナちゃんも、学校生活に問題をかかえて?」
<まさかぁ。もうすご〜く昔のことですよ。今はふっきれて、毎日楽しく登校してます。古いデータを参照されちゃったんですかね? たぶん>
 ラナも小学生時代、3か月ほど不登校だった時期がある。だからこそ、とってつけたようなこの嘘が、意外な信憑性を帯びるのだ。なつはそこまで計算済みだった。

<だけどウチの家族、ちょうど予定が合わなくて。切符が一枚余っちゃうんです。それで、ナッちゃんを誘いたいなあって。私が保護者として、安全に過ごさせますので>
「まあっ、本当に? すごくありがたいけど……なんだか悪いわねぇ」
<いえいえ、遠慮しないでくださいっ! ナッちゃんと一緒だと、私もすっごく楽しいですから!>
 ラナも必死だ。なんせ報酬の『青いきっぷ』があれば、スケッチ旅行が2泊3日にグレードアップする。

<ナッちゃん、旅行をすっごく楽しみにしてたんでしょ?>
「そうなの。あの子ったら最近、元気なくてね。どこか他の場所に連れてってあげたいけど、私も仕事が忙しいし……」
<でしたら、私にひと肌脱がせてください! ほらっ、この冬は大学受験でお世話になりますから。お礼の先払いということで>
「そうね。じゃあ、お言葉に甘えようかしら」

(勝ったーッ!)
 母の背後でガッツポーズをとるなつ。ニヤリと歪めたその表情は、まさに“悪い顔”。たとえるなら、新世界の神が「計画通り」とほくそ笑むようだと……見ていたあきは思った。

 こうして、めでたく話はまとまった。
 駅まで母に送ってもらい、一人で電車に乗り、千々山駅でラナと合流。
 以上の行程で、母に旅行を認めてもらったのだ。なつは父に何度か会いに行っていたので、電車を乗り慣れているのも信用につながった。

 しかし実際は、それぞれ別行動をとる。
 青いきっぷの有効期限は、自然教室の前日から翌日まで、計3日間。
 だからラナは、なつより1日早く現地入りし、まず『かしの』で採寸してもらう。
 その後、思うままスケッチしながら村を散策し、宿で1泊。
 2日目の夕方、自然教室が解散となる温泉旅館でなつと合流。一緒にもう1泊する。
 そして最終日、ブラの完成品を受け取り、帰路につく――という計画だった。

 保護者を引き受けながらそばにいないのは、ラナも良心が咎める。が、
(私と合流するまで、ナッちゃんはずっと自然教室に参加しているから、大丈夫だよね)
 そうでなければ、さすがにこんな嘘には協力しなかった。



 数日後、三森家に配達された書留を、待ち構えていたなつはすかさず受け取る。ここでバレたら台無しのため、母が忙しい時間帯に指定してもらったのだ。
 母に悟られず封筒をゲットしたら、切符を1枚ラナへ郵送する。これで完璧だ!

「えー、大丈夫!? この切符って、親子向けのペアチケットなんでしょ? 不正な横流しなんじゃ……」
「ふふーん♪ 何言ってんの。今回はラナさんがナツの保護者なんだよ? どこが悪いのさ―?」
 そもそも自然教室では、保護者は任意参加。だから遠慮なくバックレていいはずだ。ちょっと仮病を使うに過ぎない。

「いよいよ疑われたら、ラナさんがナツのお母さん、ってことにしておく」
「そんな無茶な!」
「いやー、あんだけ巨大なおっぱいなら、齢ごまかせるって。ナツを産んでても不思議はないね」
「ラナさんが聞いたら怒るよ……」
「アハハッ☆ なーんも問題なしっ! ねーちゃんさえ黙ってりゃ、バレないバレない〜☆」
 冷静モードはとっくに終了し、今のなつは浮かれまくっている。引きこもりの立場ながら、あきは姉として心配だった。

「そんなことよりさぁー」
「?」
「ねーちゃん……ナツと“賭け”をしようぜ」

つづく