千々山村自然教室

唐鞠 作
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「――と、そんな家庭の事情でして。小心者の姉に代わり、この村へ来たのでございます」
 やれやれと観念した顔で、洗いざらい白状するナッちゃん。

「「「「…………」」」」
 無邪気の裏に隠されていた、狡猾な本性。わたくしたちは唖然とするばかりでした。

 現在はバーベキュー後の休み時間。教室に残っているのは、わたくしたち6年生とナッちゃんの、計5人です。
 ナッちゃんの自白が始まる前、さやちゃん・いつきちゃんの小3コンビは、外でボール遊びをする男子に混ざりに行きました。尻込みするいつきちゃんを、さやちゃんが引っ張って行ったのです。か弱い見た目に反して、意外とアクティブですわね。
 一方、竹上さんと青梅さんも「二人で話がある」とかで出て行きました。

「くっくっく……いやぁ失礼。
 ルミさんたら『本物の三森なつですの?』なんて疑ってくれるから、さすがに可笑しくなっちまいやしてね。
 どっこい、あっしは三森家の次女。正真正銘のナッちゃんでござんす。
 △△県の平凡な家庭に生まれた、ちょいとムネの大きな小学4年生でさあ」

「なんですの? その落語みたいな口調!」
 小憎らしい笑みを浮かべてナッちゃんが語り終えると、
「はぁー……そうだったのか」
 チホちゃんがため息とともにつぶやきました。

「ゲスト呼んだことに、そんな意味があったなんてな」
「道理で乳の大きい女子ばかり集まったワケじゃのう」
「あれ? 村の子たちは知らなかったの?」
 と尋ねるあまねちゃんを見るに、彼女は“知っていた”様子。

「うむ。何も聞いとらんかった」
「リーダーの竹上センパイだけ特別に知ってたのかなー。アハハ」
 無知を恥じるように照れ笑いする二人。わたくしも同じ気持ちです。

 招待状では事前に知らされていたのですね? 「バストの大きな小中学生を励ます」という行事目的。あれは別に、秘密でも何でもなかったのです。
「お恥ずかしい……。ゲスト5人のうち、知らなかったのはわたくしだけでしたか」

 お父様やヨシミさんは、なぜ教えてくれなかったの?
 もしや、Gカップ程度で「日本一」と天狗になっていたわたくしを戒めようと、あえてサプライズにしていたのかしら?
 ヨシミさんのことだから、帰ったら『お嬢様、パッドはお役に立ちましたか?』なんてニヤニヤしながら訊いてくるでしょう。ああもうっ! 屈辱ですわーっ!

「なるほどな。去年・おととしと連続でカエデが抽選落ちしたのも、これで納得だぜ」
「えっ、何? 『抽選落ち』って」
 あまねちゃんが尋ねます。

「ああ、ワシら村の子どもは、小3から中2までの好きな学年で一回だけ自然教室に参加するんじゃ。しかし定員オーバーだったり、学年が偏った場合は、学校側が人数調整する。ワシは4年の頃から希望出しとったのに、通らんかったのよ」
「当時から巨乳だったカエデは、今年のため温存されてたんだろーな」
「そっか。大きな胸に悩む女子を安心させようと……」
 納得した様子で頷くあまねちゃん。彼女自身も、Iカップ小学生が独りではないと知り、勇気づけられたのかもしれません。

「するってぇと、ゲストを呼ぶのは2年前から計画されてたようでヤンスねえ」
「ナッちゃん、そろそろその喋り方やめて」
「りょーかいっ♪」
 あなた、ただでさえキャラが迷子なんだから。そのうち語尾に「ゲス」とか付けそうですわよ。

「それはそれとして……切符を横流ししたのは悪いことなんじゃないかな」
「いやいや、気にすんなって。そんな細けーこと」
 あまねちゃんの心配を、チホちゃんが即座に否定します。

「そ、そう?」
「うん。だって結局、ナッちゃんのいとこも今、村に来てくれてんじゃん? 観光客は誰だろうとウェルカムだぜー☆」
「さっすがチホさん! おっぱいもでかけりゃ、人としての器もでかいっ!」
 ナッちゃん反省の色なし。

「のぅルミ殿。この企画、バックに文科省がついとるんじゃろ?」
「え? ええ。おかげで交通費を負担してもらえたと、仁科さんは仰ってましたが」
「ならば財源は税金。国のサイフから出とるということ。どちらにせよ、村にとっては儲け話よ。くっくっく」
「おっ、悪どい笑いだなー。ザイゲンとかアタシにゃわかんねーけど」

 むぅ……この件については、これ以上気にしないでおきましょう。わたくしのお父様も今ごろ仕事の下見をしているし、他人のことは言えませんものね。

「そんなことよりナッちゃん、お姉さんとの『賭け』ってなんだよー?」
 チホちゃんが尋ねます。
「ま、大方予想はつくがのう」
「うん。だいたいね」
 顔を見合わせるかえでちゃんとあまねちゃん。きっと、わたくしと同じ考えでしょう。

「おそらく、こんな内容ではなくて? ――
 『あきさんよりバストの大きな女子が自然教室にいたら、引きこもりをやめて学校に行く』」

「おおっ!?」
 言い当てられ驚くナッちゃんに、わたくしは優しい言葉を続けます。

「フフン、わたくしたちとっくに知ってますわよ?
 『勇気がない』とか『小心者』とかディスってみたところで……
 あなたが本当は、とってもお姉さん想いだってこと♥」

「せっ、正解ぃー☆ さすがルミさん、名探偵のメイヨバンカイだね!」
 あらあら、照れ隠しかしら? ナッちゃんは両手ひとさし指を向け、ズバッと大げさなポーズをとりました。

「正確にはこうだよ。
 『中1以下で、ねーちゃんより巨乳な女子の写真を撮ってくること』。
 それができればナツの勝ち。できなければねーちゃんの勝ち」

「ナッちゃんが負けた場合、何を支払うの?」
「銀のエンゼル3枚」
(((い、要らねぇーーーっ!!!)))
 そこはせめて5枚になさいよ。
「…………」
 って、あまねちゃん? なんでちょっと欲しそうな顔してるの?

「しっかし『中1以下』となると、よりハードな条件だな」
「青梅さんや竹上さんが対象外になっちゃうね」
「う〜ん……まあ、あの二人でもねーちゃんには届かないんだけどね」
(なんですって!?)
 中2で110センチ台の、彼女たちよりも大きい?

「ナッちゃ〜ん、もったいぶらずに教えてくれよ。アキお姉さんのバストは、現在おいくつなんだよー?」
「ちょっと待って。参考画像があるから」
 チホちゃんに肘で突かれつつ、ガラケーを操作するナッちゃん。

「ほらコレ」
 小さな液晶画面を覗き込むと、
「「「「うわぁ……」」」」

 写っていたのは身長140センチ足らずの、ずいぶん小柄な少女。ツインテールの髪型といい、見れば見るほどナッちゃんにそっくり! さすがは実の姉妹ですわね。
 そして肝心のバスト。黄色いTシャツを不自然なまでの角度で隆起させ、前方側方にグンッ!と張り詰めています! 残念ながら谷間は見えませんが、それにしたって大きすぎる! いわゆる『規格外』――Iカップ以上であることは、一目瞭然です。
 そんな巨弾が小柄な体躯から突き出ているものだから……ともすれば、視覚的インパクトは仁科さんをも凌駕する!

「これ、いつの写真?」
「去年の今ごろ。引きこもり始めるちょい前だね」
(てことは、小6ぅ!!!? ままままま、まさかっ!? こんなん現実にありえませんわっ!)

 改めて画面に注目します。場所は自宅の庭でしょうか?
 バストにばかり奪われていた視線を、顔にも向けてみました。悩みなんてひとつも無いような、底抜けに明るい笑顔。血色の良いほっぺたの両横に、Vサインを作っています。
(あらっ?)
 聞いた人物像とは、あまりに食い違う印象。この『アホ顔Wピース』は――

「ナツだよ」
「ナッちゃんじゃねーか!!!」
 思わず、お嬢様らしからぬツッコミを言い放ってしまいました。

「参考画像って言ったでしょ? 本人は写真撮らせてくれないんだもん。それは、お古のブラで遊んでるナツだよ。ねーちゃんがむりやり詰め込んでたやつ」
 なん……だと……?

「うっわ! マジでけーな。これがアキさんのブラか」
「竹上先輩に迫る大きさだのう。そこに『詰め込んでた』となれば……」
「とてつもない容量だね。私たちなんて比較にならない」
 チホちゃんたちも目を丸くして驚いています。ブラの中身が空洞でも、大きさを伝えるには十分でした。

「サイズはM65」
「ゑ、えええ、エムろくじゅうごおぉー!?」
 驚嘆のあまり、思わず叫んでしまうわたくし。
 だってそれ、普通に計算してバスト105ってことじゃない!?
 小6で3ケタ達成。『メートル超え小学生』ってことじゃない!?
 そこにむりやり詰め込むってことは、実際はもっともっと上ってことじゃない!?

「これを最後に、ねーちゃんはブラ着けるのやめたんだ。ブラどころか洋服が入んなくてね。家の中では基本ゆかたで過ごすようになっちゃったから」
「ふうむ。そりゃ災難じゃのう」
「冬とか寒そうだな」
 生活苦レベルのおっぱいに同情する二人。

「小さい頃から発育していたの?」
「ナツが(年齢的に)小っちゃかったから、さすがに忘れちゃったよ。……でも、5年生のときにバァーン!と一気に膨らんだのはおぼえてる。速いときは毎月1カップって勢いだったからね」
 弧を描くジェスチャーつきで、ナッちゃんは解説します。

「これが去年ってことは、今ではもっと成長を?」
「うん。ただ、正確なところは分かんないなー。なんせ、引きこもってからノーブラ生活長いから。最終的には115センチ以上いったと思う」
「ひゃ、ひゃくじゅうご……」
 アンダー65のままと仮定すれば、実にQカップ相当!? そんな小学生が実在するなんて!

「卒業するころ、やっと成長止まったけど……ただの休眠期じゃないかって本人は思ってる。成長エネルギーを溜めて溜めて、いずれブワァーッ!と『第2の波』が来るんじゃないかって。そしたら、いよいよまともな日常生活ができなくなるかもって、ビクビクしちゃってんだ」

「「…………」」
 村の小学生もさすがに絶句。そこへナッちゃんは、期待を込めた目線で問いかけます。
「どうですかっ? 村の中学1年生に、これ以上の巨乳さんはいますか!?」

「いやぁ……悪ぃけど、いねーわ」
「アルファベット後半はさすがにのう。高校生ならまだしも、小中学生には過ぎる難題よ」
「だな。さつきセンパイがさらに成長してたとしても、このレベルは程遠いぜ」

「そ、そっかぁ。賭けはナツの負け、か」
 ガックリと肩を落とすナッちゃん。ポヨンと弾んだEカップも、心なしか元気なさそうに見えました。
 無理もありません。お姉さんを光の下へ連れ出す、またとないチャンスを逃してしまったのですから。

 しかし何でしょう? 心の奥でちょっとだけ感じた爽快感は。
 超巨乳ぞろいの千々山村に、一般人代表が一矢報いたこと。わたくしは不謹慎にも、それを喜んでしまったのでしょうか?
(いけませんっ! あきさんは真剣に悩んでいるのに、最低ですわよ! 越出馬ルミ!)

 思わずパァン!と自分の頬を叩きました。
「いっ、いきなりどうしたのルミちゃん!?」
「気にしないであまねちゃん。自分への戒めですから」
「?」

「ま、しょーがないね……。おもちゃのカンヅメは、また一から目指すか」
 ナッちゃんが敗北を認めかけたそのとき、
「待たれよ! あきらめるには早いぞ」
「かえでさん?」
 これまでも見てきた老獪な笑み。何か策を思いついたのでしょうか?

 チホちゃんもそれに続きます。
「わかった! モンティに頼むんだな? 確かにあの人なら小学生でも通用するだろ。見た目アタシらと同じくらいだし」
「いやいや、ズルはいかん。どんなに若づくりでも、モンティは子持ちの30代じゃろ? それに本人はPカップと言っていたはず。アンダーも細いから、あきさんを上回れるとは限らん」
 えっ? 『モンティ』って誰? 英語圏では男性名のはずだけど。

「じゃーどうすんだ?」
「ナッちゃんよ、今一度確認するぞ?」
「はい?」
「勝利条件は、『中1以下で、あきさんより巨乳な女子の写真を撮ってくる』で、間違いないかや?」
「うん」
 ナッちゃんが頷くと、勝利を確信したように笑うかえでちゃん。
「かっかっか! いやはや、げに驚くべき幸運よ! 自然教室の会場がここで、本当に良かったのう」

「「「???」」」
 疑問符を受かべるわたくしたちをよそに、
「あっ! もしかして」
 あまねちゃんは何かを察した様子。

 これからどうするつもり? まさか、さらなる超巨乳を見せつけられてしまうの? わたくしの心臓、衝撃に耐えられるかしら?
 予定では、あと10分ほどで校庭に集合。最後のイベント『わくわくトレジャーハント』が始まります。


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 少しの休み時間も無駄にすまいと、ボール遊びを楽しむ男子6人+小3コンビ。食後でも元気いっぱいに動き回る姿は、さすがの若さだった。
 雑草のまばらなテニスコートで4人ずつに分かれ、大きなゴムボールを打ち合っている。バレーボールとテニスを合わせた、『パンチテニス』なる競技らしいが、詳細は不明である。

「うわー、また止められたっ!」
「鉄壁のディフェンスじゃねーか!」
「……いつきちゃん、さすが」

 小学生離れした170センチの長身を、しなやかに躍動させるいつき。性格上、攻撃には消極的だが、最年少と思えない活躍でチームを助けていた。

「――ふふっ」
 爽快感と共に自然な笑みがこぼれる。不登校になってからというもの、皆で身体を動かして遊ぶのは本当に久しぶりだった。
 こんな激しい運動、以前ならバストの揺れが気になって楽しめなかっただろう。
 しかし今はどうか?
(竹上さんがくれたスポーツブラ、着け心地最高や。キツくないのに、揺れが少しも気にならへん)

 そしてもうひとつ。
(男子のみなさんも、あたしのムネ全然見とらんわぁ)
 あれほど怖かった男子の目線が、今では「気にし過ぎだったのか」と思える。猫背で怯えていた過去の自分が、まるで嘘みたいだ。開放的な気分で運動を楽しめることに、いつき自身も驚いていた。

 育ちすぎた肉体への羞恥ゆえ、「成長」という言葉にはネガティブイメージが付きまとっていた。それが今では180度変わっている。

 笑顔のまま視線を上げ、Fカップの胸を堂々と張りながら思う。
(あたし……成長したんやなあ)

 ある教育者はこう言った。
『自分の成長を喜ぶ者こそ、さらに次の成長へと進める』
 ――これは肉体に限らず、頭脳面でも精神面でも言えることだ。
 大きな身体をポジティブに受け止めた今こそ、彼女の成長は次のステップを踏み出すだろう。



 一方、そこから少し離れた木陰では、中2同士によるガールズトークが展開されていた。

「ねえ、青梅さんの髪って本当にきれいね。つやつやでサラサラ」
「え? あ、ありがとう」
「ストレートの黒髪って、本当に憧れるなぁ」
 竹上ななえは羨望の眼差しを向けたまま、照れ笑いする青梅ゆうとの距離を詰める。

「見てよ。私なんかボサボサのくせっ毛でさー、コンプレックスなんだ」
「そ、そんな……わたしだって竹上さんがうらやましい。同じくらい胸大きいのに、スマートなんだもん。自分がデブだなーって思い知らされるよ」
「えー? そんなこと言わないでよぉ。包容力ある女性ってステキじゃない? 癒やしオーラ出まくりで♥」

「やめてっ!!!」

「!?」
「はっ! ご、ごめんね、急に叫んじゃって」
 突然の拒絶から我に返り、あたふたと謝るゆう。

「私も……ごめん」
 とは言ったものの、ななえには分からなかった。今の会話のどこに、ゆうの『地雷』があったのか?

 ――こうなったら直接訊くしかない。

「ねえ青梅さん、おせっかいだったら悪いけど、悩みがあるなら相談に乗るよ?」
「ん……」
「ほらっ。胸の大きな中2同士、遠慮は要らないから」
 ななえは勇気づけるように、自分のMカップを持ち上げて見せた。たっぷりと詰まったその重量は、両方合わせて4キロ半を超える。

「……ありがとう。でも大したことじゃないんだ。中学生ならありふれた悩み。ただの劣等感だよ」
「え?」

「みんなを見ててね、すごいなーって思ったんだ。
 将来のこと、きちんと考えてて。
 小瀧さんはパティシエール、真慧くんはお医者さん、陽介くんは料理人、徹郎くんはメロン農家。
 それぞれの夢に向かって、がんばってるでしょ?

 それに、あまねちゃん……親に向かってあんなにハッキリ意見できるのも、立派だと思った。
 『私のカラダは私が責任を負う』ってセリフ、今も心に残ってる。
 大きなバストを自覚しつつ、それでも社会を――人の心を信じてるんだもん。
 不安を振り払い、巣立った先の未来を見つめる……まっすぐな自立心がまぶしかったの。

 それにひきかえ、わたしは上級生なのにダメダメだなぁって。
 スクール水着買うのまで、お母さんに頼りっぱなしでさ。
 魚捕りのときも倒れて、みんなに迷惑かけちゃったし……。
 強くなりたくて自然教室に参加したのに、自分の甘ったれぶりが身にしみてわかったよ」

 恥ずかしそうにうつむきながら、ゆうは悩みを告白した。

「はぁー……」
 それを聞いて、ななえは思う。
(椎原先生の言うとおり、胸とは直接関係なかった?――でも、おかしい。それだけで『出席状況に問題』のレベルまで深刻化するかしら?)

 ゆうの悩みには、おそらくまだ“奥”がある。

「早とちりしちゃってごめんね。てっきりその……カラダの悩みかなーと」
「……うん。それも無関係じゃないんだ」
 意を決したように、ゆうは逸らしていた視線を合わせる。

「わたしは、自分の胸がきらいだよ」

「!ッ」
 一瞬、険しい表情を見せてしまったかもしれない。
 今ハッキリ聞いたその言葉。ななえが「この世から無くしたい」と使命感すら抱く、根絶の対象だからだ。

「すてきなブラをくれた竹上さんに、こんなこと言うなんて最低だと思う。だけど、この行事の目的は知っていたから……いずれ打ち明けることになると思ってた」
 白いワンピースの下には、ブラジャーのシルエットが透けている。113センチのふくらみに、ゆうはそっと手をそえた。

「だけど、万が一にもお母さんには聞かれたくなかったの。ここには来てないけど、お母さんもKカップだから。誰が見ても、わたしのコレは母親ゆずりだって思う」
「それで別行動にしてもらったのね? 悲しませたくなかったから」
 憂いの表情で、ゆうは頷く。

「だろうね。『自分の胸が嫌い』なんて。私が聞いてもすごく悲しいよ……っ!」
「た、竹上さん……」
「ねえ、聞かせてくれない? 何かつらいことがあったの? もしかして、学校でイジメとか」
「ううん、違う。イジメじゃないよ。むしろこの胸のおかげで『安全だった』とも言えるの」
「???」
「周りから見れば、ね」

 苦笑いをひとつはさんで、ゆうは学校生活の思い出を語り始める。
 ななえは耳を傾けながら、予感していた。
 彼女の悩みは、私の予想のななめ上を超えてくるだろうな。と――


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「おっはよーウメちゃん、今日もやわらかいねえ♥」
「やっ、やだもぉー」
 気軽に胸を触ってくるアミちゃんに、照れ笑いで返すだけ。
 日常的にくり返されるこの流れを、わたしは女子同士のスキンシップとして受け入れていた。

「吉郷ー、また青梅さん触ってんのかよ」
「人を抱き枕にするもんじゃねーぞ」
 クラスの男子から野次がとぶ。わたしからは何も言い出せないけど、ありがたいより先に、恥ずかしかった。

「いいだろー♥ ウメぱいに癒やされるのは、女子の特権だもんねー♥」
「「ええっ!?」」
「へっへっへ、どーよ男子? うらやましいかぁ? ホラホラ」
 見せつけるように、アミちゃんはわたしの胸を撫で回してくる。

 セーラー服越しの感触で分かるのは、彼女の手つきが“本気”じゃないこと。
 決して、がっつくように強く揉んだりはしない。優しくさすり、持ち上げ、たぷんたぷんと揺らす程度。
 エッチな意味はなく、あくまで愛情表現。「友情の一環だよー♥」と言い訳するようなソフトタッチだった。

「やっ、やめてアミちゃん……恥ずかしいからっ! ホントに」
「あっはっは、ごめーん☆」

 拒否すればスッと手を離してくれる。その“寸止め感”が、どれほどわたしをモヤモヤさせてるか知らないくせに……。
 今思えば、中1の間にバストが3カップも上がったのは、きっとアミちゃんのせいだ。

「いやぁ、それにしてもマジすんごいサイズだよねー。中学入ったときから、ぶっちぎりで全校一位でしょ?」
「うう〜」
 真実は否定できない。制服合わせの時点で、わたしはすでに100センチIカップのブラを着けていたから。

「まさにスーパーおっぱい! 略して『スッぱい』だね。梅だけに」
「お、オヤジギャグか〜い」
「キャハ♥ 自分でも寒ぅ〜!」
 今の棒読みなツッコミは予定どおり。あらかじめ“ネタ合わせ”されていたもの。

 ――ここまでで、だいたい察してもらえたかな?
 わたしと吉郷編佳(よしごう・あみか)ちゃんは、クラスでお笑いコンビ的なポジションに就いていたの。

 うん、意外なのも無理はないよね。
 明らかにわたしのキャラじゃない。「なぜこんな立場に?」って、自分でも思うもん。
 自己主張ヘタなわたしが、彼女のテンションに振り回されるうちに……いつの間にか自然発生したコンビなんだ。
 でも、あくまで対等だよ? 逆に、アミちゃんがわたしにおっぱい触らせることもあったし――

「アタシはBカップだからぁ……釣り合いとるには、10倍多く揉んでいいよ〜♥」
「じゅ、10倍もないもんっ!」

 こういうネタ考えるのは、いっつもアミちゃん。わたしはそれに引っぱられるだけの、一方的な関係だった。
(あと、今にして思えば……「10倍」はそこまで大げさな数字じゃなかったかも)

 胸をいじられるのは正直、恥ずかしかったけど……迷惑ばかりでもなかったの。
 わたし、普通に過ごしてても天然ボケが多くて。そのときはアミちゃんがツッコミ&フォローに回ってくれる。
 おかげで、わたしのドジが「笑って済まされた」ことは何度もあったから。そこは素直に感謝してるんだ。

 でもさすがに、『反射ー!』のネタは恥ずかしすぎるので封印してもらった。
 説明すると、「ツッコミがおっぱいにはね返って、自分に戻ってくる」というもの。
「これぞ次世代の新境地☆ リバースどつき漫才だよ!」
 なんて力説するけど、本気でやられるとブラの中身がこぼれそうで危険だから。

 同じ理由で、『白刃取りー!』のネタもお蔵入りね。正直、胸に頼りすぎるギャグセンスはどうかと思う。
 それと、「ウメちゃん」じゃなく名前で呼んでほしかったな……。

 ここまでだと、ただのお調子者に聞こえるかもしれないけど、アミちゃんは勉強・スポーツともにトップクラス。人望もリーダーシップもあって、クラスを明るくするムードメーカーだった。
 つまり吉郷編佳は、わたしに無いものを全部持ってる女の子。
 わりと厳格な家の長女で、家庭では厳しく教育されてるらしい。学校の“おふざけキャラ”はその反動だと、打ち明けられたこともある。

 そんなアミちゃんと仲良くなることは、自分でも予想外の『中学デビュー』だった。小学生の頃は、ずっと目立たないグループで大人しくしてたから。
 毎日が新鮮で、友達関係にちょっとくたびれもして……たまに「一人になりたいな」って思いつつも、楽しく学校へ通えていたの。

 わたしはわたしで、アミちゃんを頼ってたことになるのかな。

 正直言うとね、イジメられるのが一番怖かった。
 だけど、人気者のアミちゃんが側にいれば、わたしが標的にされることはないでしょ?
 一度はあきらめかけたプール授業を受けたのも、アミちゃんと一緒だから怖くなかったんだよ。
 安心のためなら、「胸をネタにされるくらいいいや」って思ったの。そっちは慣れてたからね。小学校の頃からさんざん経験してきて。
 この程度のセクハラは『保険料』。暴力とか、物を隠されたりするイジメに比べれば、はるかにマシだと考えてた。
 うん……我ながら卑屈だよね。

 そんな関係だけど、なんだかんだでアミちゃんは親友だったと、今でも思う。
 冬休み明けになると、さすがに飽きたのか、わたしの胸を触らなくなったし。これからは普通の友情が育めるかな、って期待もした。

 だけど……あることがきっかけで、わたしたちは変わってしまったの。

つづく