「ど、どうしたっ!?」
「何を見たんじゃ?」
ショックのあまり、後ろへ倒れかけたわたくしを、チホちゃんが抱き止めてくれました。背中にムギュッと感じた弾力は、さすがJカップも間近のサイズです。
向かい側では、あまねちゃんとかえでちゃんも同じ状況に。
「えっ? なになに?」
ナッちゃんがクリアケースを拾い、中の印刷物を目にします。
「!?!?!?!?!」
目玉が飛び出るほどの驚愕を経て、彼女に訪れた感情は――
「す、すっ、すぅんげぇえええええーーー♥♥♥」
歓喜。この上ない大歓喜でした。
それもそのはず。わたくしたちの探し求めたものが、突然目の前に現れたのですから!
間違いありません。写っているのは、村でも一目置かれるという超乳少女。
「「やえこさんっ!?」」
彼女の常人離れした肉体、そして“服装”に、全員衝撃を受けていました。
ケースの中身は一枚ですが、写真は一枚ではありません。
すなわち、B5の紙に数コマずつカラー印刷されていたのです。しかも正面だけでなく、ときどき『横・後ろ・上』と向きを変えながら。
廊下で見た写真より、画質もずっと鮮明。理想的クオリティでした。
ただし問題となるのが、いちばん左上の写真。
「な……なんてカッコを!?」
気をつけの姿勢で立つやえこさんは、上半身ニプレスシール、下半身ショーツのみという、あられもない姿だったのです!
さすがにコレ、表に出しちゃいけないブツじゃないかしら? ヤバいお宝の匂いがします。
(は、破廉恥っ! 性的すぎますわっ! 法律的に『児ポ』に該当するのではなくて?)
ですが次の瞬間、その心配は解消されました。
(……マニュアル?)
そう。これは決して、いかがわしいポルノグラフィではなかったのです。
解説書です。ナッちゃんが『まるだし水着』と笑った謎衣装――その着方を図解する、マニュアルだったのです。コマ割りされた写真は、装着の手順を追ったものでした。
(あっ! この布もセットで『ひとつの水着』でしたのね)
やっと理解しました。白い布は、着脱式の乳袋だったのです。広げて見ると、お地蔵さんの前掛けみたいに、首の後で結ぶ紐が付いています。
すなわちこの水着、
@ホルターネックの【前掛け】を装着
↓
A胸部のぱっくり空いた【本体】を履く
↓
B【前掛け】の余ったすそを【本体】の中に閉じ込め、固定
↓
C乳房を前方にはみ出させ、【乳袋】完成
という手順で着るのです。
ほら、パン屋さんとかで見かけませんか? こう……胸の空いたエプロンドレスから、ブラウスに包まれた胸が飛び出てるコスチューム。最終的にはあんな感じになります。
たしかに、これならどんな巨乳小学生にも対応できますわね。
「なるほど〜。乳袋は縫い付けてたんじゃなく、はみ出してたんだな。って、これもある種セパレートじゃねーか」
水着の構造を理解し、ふむふむと納得している様子のチホちゃん。
(――が、今はそれより!)
やえこさんの強烈なビジュアルに視線が奪われ、横のテキストなど目に入りません。
なんたって彼女、おっぱいがデカいっ! ヤバい! 人智を超えて巨大すぎます!
仁科さんをふたまわりほど凌駕し、前人未到の領域へ踏み込んでいます! 120センチ台でも収まるかどうか……?
「うっひゃああアアア!!! ぅ大ぉっきぃーーーい♥♥♥」
興奮冷めやらぬナッちゃん。探し求めた超乳を目の当たりにして、ドーパミン大開放。欣喜雀躍・狂喜乱舞の大はしゃぎです。
――いや、比喩じゃなく。本当にピョンピョン小踊りしてるんですねこれが。
「この人、ホントに中1!? おっぷぁいデカすぎくない?」
ナッちゃん日本語おかしすぎくない?
とはいえ、言語中枢がバグってしまうのも仕方ないでしょう。
「…………」
事実、わたくしも言葉を失っていました。
スケールが違いすぎます! 500ミリどころか、2リットルのペットボトルをも楽勝で潰せそうじゃないですか!? それもノーハンドで。乳房の下にはさめば、重さだけでペコッと潰れそうです!
まさにモンスタークラス! 一生かかっても、このレベルには到達できそうもありません。
「ほーれナッちゃん、ねんがんの『あきさんよりバストの大きい中1』じゃぞ? 存分に撮るがええ」
かえでちゃんが、孫に和菓子を勧めるおばあさんみたいに促すと
「サンクス! シャッターチャンス、カミーング!」
ナッちゃんは、殺してでもうばいとる勢いでマニュアルを手にします。ベッド上に置き、早撃ちガンマンのようにガラケーを構え、撮影を始めました。
メインターゲットは1コマ目、『装着開始』の写真。次のコマでは【前かけ】を着ているので、ニプレス姿が拝めるのはここだけです。
この1コマ目を設けたのは、「こんな大きいバストにも対応可能ですよ」と伝えるためでしょう。
まさか、ひきこもり少女を救うのに利用されるなど、撮影者も想像しなかったはず。
しかしこれこそ、あきさんを納得させるのに最適な一枚でした。
乳房の付け根も、谷間も、はっきり写っています。フェイクを疑う余地は無し! 一目瞭然に本物と分かる説得力です。
わたくしもカラーコピーをいただきたいですわね。と言っても、この辺、コンビニ無さそうですけど。
※[事実、村内にコンビニは無い。が、コピー機は『かしの』や村立図書館などに設置されている]
「いーねいーねぇ♥ とぉーってもSexy! 色っぽいゼ、You!」
「な、ナッちゃん、写真をほめても意味ないよ」
「今日び、グラビアカメラマンでもそんなん言わねーぜ?」
あまねちゃんとチホちゃんのツッコミなどガン無視。ナッちゃんはノリノリでシャッターを切ります。 被写体に代わり、ナッちゃん自身がいろんなポージングをとりながら。
その動きはまさに、“踊り”のようでした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
中村やえこは、ぶるっと身を震わせる。
「どうしたのヤエ? そっち冷房キツい?」
その様子を見て、向かいの席に座る細目の美少女が声をかけた。
「ううん、平気だけど。なんか今、ヘンなくすぐったさを感じたの。誰かに……おだてられてるみたいな」
「えー、なにそれー?」
高2の夏休みを満喫中のやえこは、隣の市を訪れていた。中学時代の親友・若柳雫と久々に待ち合わせし、ショッピングを楽しんでいたのだ。
現在は、楽器店に頼んだチェロ弓の張替えが終わるまで、喫茶店でパフェを味わっているところ。
彼女の場合、グラスごと持ち上げないとパフェを食べられない。
理由は言うまでもないが、手元に置いたバストの大山。テーブルを軋ませんばかりの重量感で、ドドン! と鎮座しているからだ。
話は変わるが、山の数え方は「一座、二座」である。(すまない。話変わらなかった)
「けどまあ、わかるよ。どうしても集めちゃうよね、人の視線」
雫はうなずく。Iカップの自分すらそうなのだから、何倍も大きいやえこは想像以上だろう。
「村だと全然そんなことないのになあ。高校の皆に慣れてもらうまで、丸一年かかったよ」
「無理ないって。私もびっくりしたよ? 1年半ぶりに会ったヤエの胸、また一段と膨らんでるんだもん」
「もうっ、シズまでそんなこと言う〜」
ガールズトークは弾む。あたかも、向かい合わせた『置き乳』の間で、見えないピンポン玉をラリーするように。
「シズは髪型変えたんだ。前はサラサラのロングだったよね」
「山を降りたら夏が蒸し暑くてね。おかっぱ風ボブにしてみたの」
「いいじゃん、似合ってるよ」
「ありがと♥」
「胸はあんまり変わってないね」
「うん。やっと止まって安心したよ」
雫は文字どおり、胸を撫で下ろす。
「シズの胸、中1の秋からすごい勢いで成長したよね。あれは私も驚いたよ」
「あはは。胸のことでヤエに驚かれるなんて、光栄だなー。でも、村を引っ越した途端、ピタッと止まったんだよ。今はIカップ」
(あれ? シズ、卒業んときJだったような……?)
やえこは思ったが、聞かないことにする。おそらく、アンダーが一段上がったのだろう。
むしろ中学時代が細身すぎたのだ。今の方が健康的な印象だ。
「私なんかより、ヤエはどれくらい育ったの?」
「今148センチかな。2Zカップ」
「にぜっ……!?」
細い目を見開いて驚く雫。親友のやえこから見ても、珍しい表情だった。
「ええっ? Zの先ってそういう数え方するんだ!」
「ちょ、ちょっとシズ、声大きいよ」
彼女が変わったのは髪型だけじゃない、と、やえこは思う。以前は少々「はんなり」とした気風を漂わせていたが、今はもっと活発になったみたいだ。
親友の元気な姿を見ることができ、やえこは嬉しかった。
「はゎ〜、さすがヤエ。私と50センチ以上違うなんて、比べ物にならないね」
雫はつくづく感心しながら、目の前の2Zカップに視線を注ぐ。
サマーニットを透かして見える巨大ブラジャーは、装飾のないシンプルなデザインだった。夏場は透けることが前提なのだろうか。
何度見ても、莫大な容量に驚かされる。このふくらみにぎっしり乳肉が詰まってるなんて、想像すら難しい。乳房に肘が埋まるくらいだから、胴体からの突出は30センチ近くあるだろう。重さも15キロはゆうに超えるはず。
テーブル上を歩く小人の視点を想像してみる。すると、148センチの双乳が、雄大にそびえる巨大山脈に見えてきた。
「やま」
「え?」
「あ! や、山……もしかして私も、千々山に住み続けてたら、もっと成長してたのかな?」
思わず漏らしたつぶやきを、雫はとっさにごまかす。
「たぶんね。やっぱウチの村って、フシギな力が働いてるのかも」
「う〜ん、ミステリーだねえ……。あれ? こんな話、前にも誰かとしたような」
少し考え、思い出す。
「そうだ、保健の先生だ。なぜか中学じゃなく、小学校の方の」
「卯野遼子先生?」
「そうそう。去年手紙が送られてきたの。『その後バストの調子はどうですか?』って。村を離れた私のカラダを心配してるみたいだった」※[第23話参照]
「へえ〜、やっぱリョーコ先生、シズの急成長にも興味あったんだなあ。D組担当者として」
「? ねえヤエ、ひさびさに聞いたけど、その『D組』って何?」
「あ」
うっかり口を滑らせた、という顔をするやえこ。
「中学の頃は『ヒミツ』って言うから、深入りしなかったけど。もう時効でしょ? 教えてよ」
「あ、アハハ。わかったよ。全部話す」
やえこは観念したように笑うと、当時の思い出を語り始める……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あれ?」
あまねちゃんが、床に落ちている何かを拾いました。ピンクのハート……どこかで見覚えが?
「なんだろ? この付箋」
「あっ、バーベキューのとき、チホちゃんが乳首に貼ってたやつじゃないですの?」※[第18話参照]
「いや、ちげーよ。同じだけど違げーよ」
ヘンな日本語を一応解説しますと、「同じ商品だけど別の付箋」という意味です。
「これきっと、今落ちたものだよ。ルミちゃんがその布を広げたときに」
あまねちゃんは眼鏡をかけ直し、付箋に記された小さな文字を読み上げます。
「えーと……『ver3.0試作最終版 モデル:Y・Nさん T151/B130(U)』」
わたくしの中で、常識の枠がパキッと壊れた音がしました。
「ひャッ、クッ」
驚きすぎて、1回だけしゃっくり出たみたいになっちゃった。
「ひゃくさんじゅうぅーーー!!!? ゆ、『U』ぅううう!!!?」
わたくしは驚愕のあまり、パーソナリティが狂い始めます。
(あんのかァ!? そんな異常値あんのか!? 控えめに言って尋常じゃねェ! 常軌を逸してんぞオイ!)
エレガンス喪失。お嬢様の気品は、絹ごし豆腐よりもろく崩壊してしまいました。
「すっげー! やえこさん、当時からトバしてんなー」
「Uといえば、村でもかなり大きい部類じゃろ」
「バスト130って……服のカタログ見ても、すごいふくよかな人向けだと思ってた。なのに胸以外は普通の体型って……奇跡みたい」
みなさんも、桁外れのスペックに動揺を隠しきれない様子。
そこへさらに、追い打ちをかける情報がもたらされます。
「おお?」
「どうしたんじゃ? ナッちゃん」
「いや……ここ。はじっこに書いてあるんだけどね」
カメラから視線を外したナッちゃんが、下端に書かれたテキストを読みます。
「『着用マニュアル 平成25年3月改訂』……って」
「「「「…………」」」」
OK。いったん冷静に、計算しましょう。
今が2017年。イコール平成29年ですから、平成25年は4年前。
4年前といえば、千々山中移転の年。そのとき、やえこさんは中1だったわけで――
(あれっ?)
たしか、学校教育法施行規則では、『最終学年の終期』を『年度の3月31日』と定めてましたわね?
たとえば仮に、小学校の卒業式が3月20日でも、31日までは小学校に在籍扱いとなるのです。
えーとつまり、平成25年“3月”当時は――
「やえこさん小6じゃん」
無慈悲な結論を言い放ったのは、ナッちゃんでした。
一瞬、視界がフッと真っ白になりました。
「――――…………」
受け入れがたい事実に、意識が遠のいていきます。
やがて、潮騒の幻聴まで聞こえてきました。砂の城が波に洗われるごとく、これまでの価値観がサラサラと崩れ去る――
つい昨日まで、わたくしは『日本一バストの大きい小学生』を誇りに、生きてきました。
その誇りは、今日だけでゴリゴリ削られ、『日本一』から『4位』まで落ちました。
しかしそれでも……小さくなっても……まだ大切に残していたのです。巨乳小学生である自信を。
そこに、やえこさんです!
容赦なく突きつけられた、超乳小学生の“実在”です。
あまりに痛烈なインパクト! 巨乳という以前に、「おっぱいとは何か?」の再定義を迫られるような感覚でした。
わたくしのちんまりとした脂肪塊は、果たしておっぱいと呼べるモノなのでしょうか?
(――いいえ)
やえこさんに比べたら、こんなもの「平面」と呼んで差し支えない存在。
まさに、次元の違いを思い知ります。立体と平面では、文字どおり“Dimension”(次元)が違うのですから。そもそも競う以前のお話なのです!
(フッ……うふふっ)
もはや笑うしかありません。
(おーーーほほほほほッ! これは滑稽ッ!)
おわかりかしら? 肉体(3D)が、写真(2D)に迫力負けしたのです!
本来“三次元”のわたくしが、やえこさんの前では“二次元”?
幾何学の公理にケンカを売る逆転現象! こんなひでぇ惨敗があったでしょうか!?
91センチぃ〜? Gカップぅ〜?
ヘッ! そんなモン言わば誤差ですわ。端数ですわ。ものの数には入りませんわ……
(……くうぅぅ〜ん……)
虚無感の中、空腹な仔犬のように力なく吠えるわたくし。
もはや自虐すらむなしいばかりです。耗弱した精神は、消しゴムをかけられたように薄れていきます――
脳内会議室も、惨憺たる有り様です。
白ルミA「みんなっ! しっかりして! みんなーっ!」
黒A「む、無理ぃ……」
黒E「130とか……バケモンよ」
黒B「恐竜に挑むアリですわ……」
黒G「あんな超乳を差し置いて、天狗になってたなんて……」
黒C「恥ずかしぃですぅ……ちょうしにのってすびばぜん」
黒F「デカ過ぎん だろ…」
あれだけ自信たっぷりだった黒ルミたちが、すでに死屍累々。
やえこさんが小学生だったという事実には、それほどの破壊力があったのです。やいばのブーメランを投げられたように、【くろルミ 7ひき】は一掃されていました。
無理もありません。仮に、この黒ルミたちが全員リアルサイズとなり、一人におっぱいを集中させたとしても、やえこさんには届かないのです。
簡単に言い換えますと、わたくしの7倍以上のボリュームってことです。
息も絶え絶えの黒ルミたちを、懸命に介抱する白ルミ。
白A「起きてくださいまし! うぬぼれの全く無い生き方なんてイヤ……。“正しすぎて”ツラいですわ」
ひとつぶの涙と共に、本音をこぼしました。このまま、黒ルミたちは全滅してしまうのでしょうか?
――否。それでも、立ち上がる者が一人。
黒D「…………」
白A(ええっ? D!?)
満身創痍の黒ルミDは、よろめきながらも立ち上がり、何かを伝えようとしています。
黒D「…………ヨ」
最後の力をふり絞ったそれは、“越出馬ルミの自尊心”を代表したメッセージでした。
『SHIROHATA』 lyric&music:黒ルミD
(♪Rap)
「Yo! Check it out!
This girl まだ義務教育期間
ですが 常識超えていく気か?
ここまでtoo BIG? 小6のYAEKO
ココロに遠く響く 衝撃のEcho
『No.1なんだわ♥』って夢見た栄光
スッパリ断ち斬る Super Rich Bust!
Imagination淘汰するReality
『いやマジ無えっしょ』と疑る 無理矢理に
されどブザマ! Surrender to the fact!
『目の錯覚さ』とごまかせねぇ格差
今日イチの脅威にCrashするPride!
驚異的胸囲が食らわすSurprise!
比較すれば Ah我なんざブラ要らず!
ひた隠せない あわれな惨敗の図!
At real sight 悟りなさい
いっそう悲痛な It’s salty truth. ……Yeah!!!」
渾身のライムを刻み終えた黒ルミDは、「ふ……」と満足げな笑みを浮かべ、その場に斃れました。
白A「でぃ、Dーーーっ!」
生けるレジェンド・中村やえこさんへ捧げる、あわれなピエロの歌。
リリックを読めばおわかりでしょう。込められた意志は『降伏』です。(いや、実はタイトルから丸わかりです)
日本一の巨乳小学生を誇っていた日々――それが恥ずかしい慢心だったと、ついに認めたのです。
高い鼻をへし折られ、ようやく気付きました。プライドはきっと、人間らしく生きるため欠かせないもの。でもそれは“驕り”とは違うということを。
Uカップ小学生。ええ、お見事ではありませんか!
あなたこそ頂点です。この越出馬ルミ、心から称賛いたしますわ!
素直に負けを認めた後には、涼しい風が吹き抜けたようでした。
己の小ささを受け容れたわたくしは、ゼロからの再出発。手探りで闇の中を進み、いつか新しいプライドの原石を見付けるでしょう。
その日まで、あなたが頑張るんですのよ……白ルミ!
* * * * *
「る、ルミ殿! しっかりなされ!」
「どーしたオイ! マジで大丈夫かっ?」
ルミちゃんが、かえでちゃんとチホちゃんに心配されている。
そりゃそうだよね。ルミちゃん、いきなり遠い目をしたと思ったら、立ちくらみするように、フラフラおかしな動きを始めたんだもん。
だけど私は、それを止める気にならなかった。
なんとなく直感で、「あれは踊りだ」って理解したから。
「〜〜〜♪」
ほら、今かすかにハミングが聞こえた。
やっぱりルミちゃん、ダンスしてるんだ。
こんなに散らかったフロアで、器用にステップを踏んでいる。転びそうで転ばない。
形のいいムネをぷるぷる揺らし、キレのあるムーブを披露している。
あんまり詳しくないけど……なんだか、ヒップホップみたいな振り付けだなあ。
私はルミちゃんを心配するよりも先に、魅入ってしまっていた。
放心したような顔は、トランス状態ってやつかな? 心に霊を降ろすような。
……いや、虚ろな瞳に涙を浮かべているし、“悲しみ”への感情移入かもしれない。
前に本で読んだけど、踊りという文化にはそういう側面もあるんだって。う〜ん、深いなあ。
※[宮方あまねの深読みなどいざ知らず、現在、越出馬ルミの脳内ではラップを熱唱中である。現実世界の彼女は、黒ルミDのバイブスと無意識に連動していた]
一方、ナッちゃんは
「いーいねぇ〜♥ きゃわゆぅいねぇ〜♥ このボディが小学生なんて、日本中が驚きだヨォ〜? そんじゃ、もーちょいキワドいトコ魅せてこーよ……OK?」
再び、写真撮影に没頭中。いかがわしいセリフから、カメラマンに屈折した職業像を持っているのがわかる。
あと、いちいちポーズとらなくていいのに……。まるで踊っているみたい。
(“踊り”?……あっ! もしかして、私があんな話をしたから?)
さっき私は、今の状況を岩戸隠れの神話にたとえた。
私たちまるでウズメみたいだね、って。
だから、滑稽にドタバタするほど成功につながる、って。
(そっかー。それであんな踊りを)
納得した。ルミちゃんとナッちゃんは、私のたとえ話に合わせてくれてるんだ。
神代の踊り子『アメノウズメ』を、今まさに演じてるんだ!
ルミちゃんが『悲しみの舞』。ナッちゃんが『喜びの舞』。
(うふふ……どっちもおかしい!)
こんなにおもしろい踊りなら、アマテラスも誘い出せるよね。
ウズメダンサーズの撮影ミッションは大成功!
これで、小森姉妹の賭けはナッちゃんの勝ち。あきさんもひきこもりをやめてくれるはず。
だから、祝福の笑顔でしめくくろう。
「めでたし めでたし☆」
「はあー!? あまねちゃんまで、何言ってんだよ?」
「まともなのはワシらだけかーい!」
えっ? 私、何かヘンなこと言ったかな?
「――はっ! わたくし今まで何を?」
踊りをピタッ! と止めたルミちゃんが、目をぱちくりさせて言う。
魂の旅から帰還した彼女は、どこかスッキリした表情に見えた。何かの悟りを得たのかな?
「おおっ! ルミ殿、正気に戻ったか」
「よっし、そろそろ撤収だ。この部屋元どおりにしねーと」
「そうだね」
状況を把握した私は、ナッちゃんに呼びかける。
「ねえナッちゃーん、もう十分撮ったでしょ?」
「フフッ、じつはねーウチの事務所、ヤエコちゃんに一番期待してんだゼ♥……不安? だいじょーぶ! オレならキミの魅力、100パー引き出せるからさ♥」
「「「目を覚ませー!!!」」」
平手でパァン! と叩かれ、ナッちゃんはようやく我に返ったみたい。
あのまま放っておいたら、別人格に乗っ取られてたんじゃないかな?
それとやっぱり、カメラマンがイヤらしい職業という偏見は、直してあげたいと思う。(正義感)
ひとまず、私たちは大急ぎで保健室を元に戻す。水着もマニュアルも、元通りロッカーの中へ。もともと散らかってたし、多少の違いはバレないだろうけど。
「おーっと、忘れるとこだったぜ」
そうそう、ロッカーを隠すように担架が立て掛けてあったんだっけ。
チホちゃんが、担架を元の位置に戻そうとつかんだ。その瞬間!
ガラッ
「「「「「!!!?」」」」」
保健室の戸が開く。そこに現れた人物は――
「姿が見えないと思ったら……」
(((((仁科さんっ!?)))))
最後の最後で訪れたピンチ!
あたふたと動揺する私たちに、仁科さんは鋭い視線を突き刺してくる! そして、大きなバストで「ずいっ!」と圧倒するように、問い詰めてきた。
「あなたたち、どうして『ここ』が分かったの!?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「まあ……この歳でスクール水着なんて、ちょっと恥ずかしいわねえ」
D式水着を手に恥じらうみねこさん。甘やかなその声は、鼓膜をとろかすような魅力があった。
「大丈夫よぉ、みねこ。わたしも付き合うからぁ♥」
はしゃいだ様子で、親友の背中を押すモンティ先生。
「つつみさん、本当にわたしも着ていいんですか?」
「ええ。でも学校のお友達にはナイショね」
「やったー☆ おかあさんとおそろいの水着だー」
無邪気な笑顔で喜ぶはるちゃん。
(あれっ……? どうしてこんな事に?)
とまどう私を置き去りに、あれよあれよと話が進んでしまった。
なぜこんな状況に至ったか? 経緯を振り返ってみよう。
そう……まず、堤さんが『D式水着』なるものを見せてくれた。
胸部のぱっくり空いたデザイン。セットになった白い布。これらを「どうやって着るのだろう?」と不思議に思っていると、
「ミレイさーん♥」
突然聞こえたのは、はるちゃんの声。会計を終えた富士岡母娘が、応接室に入って来たのだ。
振り向いた私のもとに、みねこさんが一歩ずつ近付いて来る。
その光景は、今でもスローモーションのように思い出せる。サマーワンピースの下で、ぶるぅんぶるぅんと揺れる乳房は、距離感を狂わすほどの迫力。「実際はまだ遠いのに、胸だけ目前に迫っている」――そう錯覚するほどの、圧倒的サイズだった。
「はるを助けていただいて、本当に、本当にありがとうございましたっ!」
改めてお礼を言うみねこさん。両手で私の手を握り、上下に揺さぶる。震動を受けて波打つバストに、今にも触れてしまいそうだった。
もちろんこれは握手。感謝の意思表示だと、頭では分かっているけれど――
失礼ながら、私は一瞬こう思ってしまった。
(谷間に引きずり込まれてしまう!?)
と。そんなバカバカしい恐れすら抱くほど、私はみねこさんの乳房を“理外の存在”に見ていた。
「ぜひお礼をさせてください。私にできることなら何でも」
「えっ……そんな」
「おかあさん、ミレイさんはねー、村人のおっぱい研究してるんだって。だから、わたしたちも協力してあげようよ!」
(はるちゃん!?)
「そうでしたか。私の身体でよければ、どうぞお役立てください。どんな検査でもお受けします!」
「え? えっ?」
真剣な表情で協力を申し出るみねこさん。娘の目の前で「カラダを差し出す」なんて、なんだかすごい背徳感だ。
「せっかくのご縁ですし、わたしも協力は惜しみませんよぉ?」
(モンティ先生まで!?)
「あっ、それならぜひ、この水着を試着していただけませんか?」
提案したのは堤さん。
「やっぱり、実際に装着したモデルを見た方が、ミレイさんもよく理解できると思うんです。体型も3人それぞれ特徴的ですし」
「ちょ、ちょっと待ってください! 一応スクール水着ですよね? みねこさんのお胸で、その……大丈夫なんですか?」
「もちろんよ〜。Zカップでも着用可能だと証明してあげるわ♥」
「ゼッ、と!!!?」
恐ろしい単語に息を詰まらせる。初めて見たときの直感は当たっていた。やはり、みねこさんはアルファベットを使い切っていたのだ。空想上にしか存在しないと思っていた『Zカップ』。凄腕フィッターが言うのだから、真実なのだろう。
「なにしろ、D式のコンセプトは『フリーサイズ』だからね。一応、全サイズ持ってきて良かった」
「……?」
「あー、今のを説明するとね」
堤さんの不可解な発言を、先輩が補足してくれる。
「フリーサイズってのは、あくまで“バストに対して”なの。身長に対しては、7センチ刻みで7段階の種類があるのよ」
「そういうこと。はいっ、じゃあ、はるちゃんにはSS、モンティ先生にはMを」
適切なサイズをてきぱきと配る堤さん。さすが衣料部門担当だ。
「みねこさんにはLL、いや3Lを」
今、みねこさんのヒップを見て上方修正しましたね?
「わあ〜、懐かしい。小5の夏を思い出すわねぇ、みねこ」
「そうねえ……けど、わたしの頃とちょっと変わってるみたい」
「改良を重ねていますから。これは4年前に完成した『ver3.0』です」
誇らしげな堤さん。販売だけでなく、開発にも深く携わっているらしい。
「さ、それじゃどうぞ。着替えてみてください。はるちゃんには私が着方を教えてあげる」
(ええっ!? この場で!!?)
先輩の一言に3人は頷き、ためらいなく衣服を脱ぎ始める。
(あ、あの……ねえっ、待って! 私そんなこと望んでない!)
と心の中で思うが、“思うだけ”。なぜか声には出せない。つまり……本心はそれを望んでしまっているのだろう。
かくして、私の目の前で『Cカップ小学2年生 & Pカップロリータ教師 & Zカップ超乳主婦』による、豪華な生着替えショーが始まろうとしていた。
つづく