すえぜん

クサムラエチル(物語)・魏乳(挿し絵) 作
Copyright 2003 by Kusamuraetiru (story)
Copyright 2005 by Ginyu (picture)

 初冬。帝立総合病院第73診療室。
 15歳。学生・神代 美春(かみしろ みはる)は患者として座っていた。
 淡い朱色の髪にカチューシャ。控えめで気が弱そうな顔のつくり。輪郭を作っている線は柔らかそうで、綺麗というよりは可愛い感じ。
「頭が鳴るように痛く、体は鉛でも入っているようにだるい…………熱は38度」
 医師が確認をとる。医大を卒業してまだ1年も経っていない新米医師――福本の声はかたく、視線は手元のカルテから離れない。
 プレッシャーに潰されそうな訳では断じてない。ただ、誘惑に負けて視線をわずかにずらし、そっと見てしまう。熱のためとはいえ頬を赤らめ、潤んだ瞳でうつむく美春を、その顔の下を――その胸を。
 不自然に膨らんでいた。
 診察に当たって羽織っていたコートを脱ぎ、美春の上半身は縦線が走っているタートルネックのニットセーターに包まれているが、一定の間隔をあけて並んだ縦線が胸の部分だけ楕円形に押し広げられおり、セーターの胸の辺りには美春の胸を締め付けるような感じで強く皺が寄っている。いかにも窮屈そうだ。
 全身にしっとりかいた汗のため、セーターは軽く体に張り付く感じになっており、二つある胸の膨らみの頂点には突起が見て取れる。下着を着けていないのかもしれない。
 セーターの裾はスカートの上の端までぎりぎり届いている状態だが、美春が動くたび、例えば咳をした時などにはへそ近くまでの肌が見える。そではだいぶあまり気味なのを見ると(指しか外に出ていない)、セーターのサイズは大きいのだろうが、それでも胸の辺りの布地は足りないように見える。
 診察室に入ってきた時、美春は『ロング』コートを羽織っていたのだが、『ロング』コートの裾が膝の辺りに在ったのだった。――理由? 言わなきゃ分かりませんか? ちなみに美春は猫背気味な姿勢で診察室に入ってきたが、胸の存在感は全くといっていいほど消せなかった。
「ケホッケホッ」
 医師・福本が美春の胸を見た時、美春が咳をする。セーターの裾が少し上がり、大人しめの咳に応じて、豊かな胸に波紋が走る。波紋自体は穏やかだが、豊か過ぎる胸のこと。顔よりも大きそうな胸の全体が震える様子は、見る者の視覚に衝撃を与える。
 医師・福本は必死こいて自分に言い聞かせる。

 いいか健吾、理解すべきことは至ってシンプルだ。彼女は患者で僕は医者でアンナ気持ちやコンナ気持ちで患者に接することはアレでコレでいけない事であり職業医師として今やるべきことは決して淫らな妄想なんかではなく妄想はあとでゆっくりと……いやいや違うだろ違うだろそれは違うだろしっかりしろ健吾。僕はいったい何なのかもう一度思い出せ。僕は……そう僕は医者なんだ。

 覚悟を決めた男に迷いはない。自分のやるべきことに最善を尽くすのみだ。顔を引き締め聴診器を耳に当て、
「はい、服の前をまくってください」
 美春の顔がカァァァッと朱く染まり、しばらくの躊躇をはさんでからゆっくりと手がセーターの裾にかかった。見る者を焦らすような動作で、時たま迷うような恥らうような間を挟みながらも美春のセーターが上にずらされてゆく。
 自分の唾を飲む音がやけにはっきり福本の鼓膜に響いた。
 年頃の娘が、自分で、服の前をはだけさせてゆく光景――覚悟を決めた男・福本の覚悟がマグニチュード7クラスの揺らぎを見せる。揺らぎの震源地は自分。被害状況は甚大。津波の心配というかなにかが溢れ出る心配は多いにあり。今後の情報に注意してください。

 そして。
 余りぎみなそでに包まれた美春の手。 その手に控えめににぎられたセーターは、へそと肩の中間の辺りまでまくられていた。セーターで覆いきれなくなった胸の下の部分はまくられたセーターからはみ出し、もう数センチ裾が上がれば、確実に桃色の突起は外気に触れるだろう。まくり上げられたセーターの裾はくいこむ形で胸の中ほどを締め付けている。やはり下着は着けていない。
 汗で、美春の乳房はしっとりと湿っていた、熱も帯びているだろう。
 服の前を両手でまくったことにより、美春の腕は自分の胸を寄せることになっている。肩幅より胸の幅のほうが大きいのだ。それは、ただでさえ存在感のある谷間を更に強調する行為。
 胸が、つつけば震えるような胸が美春の呼吸に合わせて上下していた。息を吸い込むたびに胸がわずかに膨らみ、セーターに締められているのが見て分かる。
 座った状態で医師・福本より頭ひとつは低い高さにある美春の顔、その視線はやや正面からそれ、潤んだ瞳で横目に福本を見上げている。求めるようなねめつけるような視線。
 瞳はとろんとし、(見ようによっては)恍惚としている。その美春の表情は『早く……やってください(診察を)。お願い、こんな……恥ずかしい』と語っていた。
 福本の顔は熱が38度ある美春よりなお赤くなり、自分の心臓の音が聞こえそうなくらい動悸が激しくなってゆく。
 ――落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け……
 いきりたつ気持ちといきり立ちそうな身体に必死に檄を飛ばす。気合と根性で高ぶりを静めかけたところに、もうリンゴなみに顔を朱くした美春がなんとも恥ずかしそうに
「あ、あの……合う、サイズが、……な、くて……その……」
 消えいりそうなうえ、尻すぼみな声。だが福本には聞き取れた。自慢じゃなくても耳はいい。
 はじめは言葉の意味が分からなく、口の中で美春の言葉を反すうしてみる。
 下着――ブラジャーの事だと理解し、数瞬後の福本内部ではさようなら理性こんにちは獣性。
 沸点ブッちぎりの福本の手が美春のやわ肌に伸び――ずに机の端においてあった鎮静剤に伸びると、いつのまにか懐から出していた注射器の筒の中に量も測らずブチ込んで――溢れた――ろくすっぽ注射器の中の空気も抜かず腕の静脈に突き刺し、注射器の中に詰まっていた薬を一滴残らず注入した。
「オファッ」
 適量を豪快に無視した薬物の急激な投与により、福本の意識がどこかにトリップしてゆく。

 ランランララランランラ――これ以上はヤバイらしい。
 セピア色の世界。花の咲き乱れるお花畑に佇む少女。その背中には羽。その頭上には光の輪。
 ただ哀しげに目を伏せ、手を振っている少女を見ていると福本の頭に声が響いた。

               ま だ こ こ に き た ら だ め 

 そして福本は覚醒する。見慣れた自分の診察室。眼の前には福本の突発的奇行に目を丸くした美春の顔が。
「せ、先生……大丈夫、なんですか?」
 怪しげな行動を訝しがりつつも、本心から福本の身を案じているのが分かる口調から美春の人となりが分かる。ええ娘や。
「あ、あぁ……少し、疲れててね……大丈夫、大丈夫だから……きっと、多分」
 あんまり医者に言われたくないことを語尾につけ、福本は言った。今は臨死体験(?)に思いをはせている場合ではない。
「コホッコホッ」
 そこで再び美春が咳をした。両手で口を包むように押さえる……のはいいのだが、その動作によりセーターの裾をつかんでいた手が離れることになる。布越しではなく、はみ出ている部分の胸が直接に震えるのが見れた。
 更に咳による体の揺れでセーターが上に数センチずれ、唐突に、ピンクの部分が、露出した。
 が、鎮静剤を致死量ぎりぎりまで投与されたばかりの鉄の男・福本には通用しない。咳の止まるのを待つ。
 やがて美春の咳は止まり、手をセーターの裾へ戻す。が、美春は突起の露出に気づかない。
 熱と羞恥で茫っとしているのか、はたまた大き過ぎる胸と、まくったセーターに下への視界を微妙にふさがれ、露出に気づかないのかは分からない。
 自分で服をめくりあげ、乳首を含めて胸を露出させる少女。体は羞恥に熱く火照り汗に濡れ、表情はとろんとして求めている(早く診察の終わることを)。潤んだ瞳が自分だけを見上げてくる。
 鉄の男の理性の壁は上下二つにブチ折れた。上半分はすごい勢いでどこかに吹っ飛び、残った下半分の理性を奮い立たせて治療に臨む。口に出して露出について言うべきかとも思ったが、今口を開いたら何を口走るか分からなかったので止めた。彼を責められる者はおるまい。
 聴診器を固く固く握り締め、今にも震えそうな手で美春のへその近くに聴診器の皿を近づけると、セーターからハミ出た乳を見ないように見ないように見たいんだけど見ないようにしながら、皿を肌に密着させる。
「ァッ……」
 金属の冷たさが火照った体と反応し、美春に小さく声を出させた。それが福本の残り少ない理性を刺激する。しかし止めるわけにはいかない。何しろここに至るまでにやたらと行数を使ったのだから。
 聴診器から福本に聞こえてくるものは、美春の鼓動と艶を含んだ声。新たな場所に聴診器をポイントするたびに半分しか残されていない理性の壁を根こそぐような声を美春は出す。抑え目な声だが、それがかえって気持ちを煽った。
ピトッ。
「ゥ……ン」
 ピトッ。
「ヒャッ……」
 ピトッ。
「ンァッ……」
 これは試練ですか神様?
 福本心からの叫びが神様に届いたかどうかは分からないしどうでもいいが、全能なる神は福本に新たな試練を与えたもうた。ハレルヤ。聴診器をみぞおちにあてたいのだが、そこは美春の胸の下になっていたのだ。
「……………………」
 たっぷり8秒考えても名案も愚案も出なかった。
 だが、聴診器を持ったまま押し黙る福本を見た美春は事態を察する。
 手をいじりながら『恥ずかしいけど……いいです』と言ったというのは筆者の妄想。
 何も言わず、おずおず、もじもじしながらセーターの裾を控えめに押さえていた手を離す美春。
 右手を二つの胸の下に水平に置き、みぞおちが見えるようになるまで胸を押し上げる。いかにも重そうな動作だ。美春の細腕は半分以上自分の胸に埋没している。上からかかる重量も相当なものだろう。
 左手は乳首を隠すように胸の前を横断している。胸が変形するほど強く押し付けることもなく、かといって胸から手を離すこともなく、控えめに胸の前を横断している。
 もてあまし気味に自分の胸を抱える美春の顔は真横を向いたが、その方が頬の赤みがよく見えた。口を強く閉じ、耐えている。
「ェ…………ウ、ソ」
 左手の感触で先端の露出に気付いたのか、美春の顔色が変わる。カウントダウンスタート。
 ――――――3
 福本の意識が呆っとしてくる。下半身に血が集まっているからかもしれない。
 ――――2
 「ア……エット……その……は、はやややや〜」
 美春の錯乱も頂点だ。突起物を隠すのも忘れるほどの動転ぶり。だが全力でうろたえる表情、仕草、声すべてが魅力的に見える。

 ――1
 福本はもう駄目だ。限界だ。フィニッシュだ。何かが致死量を超えている。パトラッシュが迎えに来ているのが見える。
 0
 限界到来。美春の顔がゆっくり下の方から赤く朱く染まってゆき、頭のてっぺんまで茜色に染まり、カチューシャの辺りから爆発じみた勢いで水蒸気を吹き出し、卒倒し――福本の方に倒れてきた。
「!!!!!!」
 パトラッシュに誘導されて魂が現世を離れつつある福本では倒れくる美春の身体を支えることはできない。美春に押し倒されるままに後ろへと倒れ込んでゆく。

 しばしの、間。

 散乱する椅子やカルテの中に二人は重なって寝ていた。倒れこんできた美春の頭は、福本の胸板に横たわっている。美春の手は開かれ、これもまた福本の胸板に添えられるようにして置かれている。意識を失い、目をつぶっている美春の頬は熱く赤く、美春の体温が白衣を介して福本に伝わってくる。
 浅く小刻みな美春の呼吸が福本の身体と本能をくすぐってくる。
 しかし何よりも危険なものは、福本の腹の辺りに押し潰されるようにして乗っていた。
 何物にも包まれていない美春の生チチが、微塵の遠慮もなく福本に押し付けられている。美春の身体は華奢に見えるのだが、実感として相当重いのは明らかに胸のせいだろう。
 柔らかい。福本が身をよじると、それに合わせて形を変え、福本を逃がさない意思でもあるのかと思えてくる。吸い付いてくる感じ。
 福本の両腕は、美春の背中のあたりに展開されていた。この少女を抱き締めるかどうかの選択に対してユラユラと迷い続けている。

 モウゲンカイデス。

 福本の思考回路が完全に焼き切れた。美春の後ろに回した手に力を込めちまおうと決断しちまった瞬間。
「アーーーーーーッ!!先生が患者さんに大変なことをぉぉぉっ!!」
 突然の物音に様子を見に来た看護婦さんが叫びを上げた。間。
 福本は、なにか達成感じみたものを滲み出させて言った。
「さらば素晴らしき日々」
 そして逝った。

 美春の目が覚めると、視界には白い天井。軽いインフルエンザで個室に入院して三日目になる。おととい診察に来たまでは覚えているのだが、気がつくとベッドに寝かされていた。その間の記憶はない。
 自分は診察の途中で倒れてしまったのだと後で看護婦さんに聞いた。
 ベッドから身体を起こす。まだ手足は軽くだるいが、昨日には熱も下がり動くのに大事はなかった。
 服装は体操着にスパッツ。病院のパジャマでは(胸の)サイズが合うものがなく、美春は自宅での寝巻きを身に着けている。
 病室の窓から外を見ると、白いものがちらほらと降ってきていた。雪だ。
 ぼんやりそれを見つめていると、ドアの開く音がし、ここ数日の間に聞きなれた声が聞こえてきた。
「はーい、神代さん、おはようございまーす」
 声のしたほうに振り向くと、ニコニコとした表情で看護婦さんが立っていた。美春が軽く会釈すると、向こうも返してくれる。
「今日の気分はどうですか?」
「はい。もうだいぶ調子よくなりました」
「それはよかったですねえ。でもでも、一応お熱を測ってみて下さいな」
 美春は差し出された体温計を受け取った。
「それじゃあ一時間位したら朝ごはん持ってきますから……それにしても」
「はい?」
 看護婦さんの視線が美春の胸に注がれる。
「立派ですね〜。う〜〜、私より年下のくせに生意気です」
 美春はうつむき、両手をいじりながら囁くように言葉にならない言葉をつむぐ。
「いや…………えっと、その…………ぅ〜」
 美春の初々しい反応をひとしきり楽しむと、看護婦さんはニパっと笑っていった。
「それじゃあまた来ますので〜」
 美春をいじめた時の反応が小動物じみてぎゅっと抱きしめたくなるほど楽しいのだった。看護婦さんは意気揚々と部屋を出て行った。
 残された美春はしばらくう〜う〜唸っていたが、体温計を持つと、胸の谷間にそれを差し込んだ。肩の幅より胸の幅のほうが大きい美春にとって、脇に体温計を挟むと体温計の柄の部分が乳房の側面にめり込み痛いのだった。
 おもわずため息がもれる。うつむいたところで見えるのは大き過ぎる膨らみが二つ。
 巨乳を売りにしたアイドルのグラビア写真を見た時、美春は『いいなあ』と思う。正確には『胸が小さくていいなあ』である。
 業界最大を謳ってデビューしたグラビアアイドルの胸だって、体積的には美春の胸の半分にも至らないのだ。人によっては嬉しいのかもしれないが、自分にとってはコンプレックス以外の何者でもない存在だ。
 更に自分はいまだ15歳。これ以上大きくなるのを考えると頭が痛くなる。実際ここ数日も痛いほど張っていた。どうにかして小さく見せることくらいはできないものかと両手で思い切り押さえつけてみるが、指の隙間から弾力性に富んだ胸がハミ出し、一層扇情的な光景を作り出しただけ……微妙に気持ちもいい。
 体温計が鳴っているのにも気付かずに悩み、少しでも胸を小さく見せることはできないかと声に出すのを我慢しながら自分で胸をこねくり回す美春は気付かなかった。
 入り口のドアの隙間からさっきの看護婦さんが覗き見ていることを。
「あ、あんな……スゴ。私もあの動きを真似すれば、もうちょっと大きくなるんでしょうか……」
 美春の苦悩は終わらない。

 後日談。
 医師・福本は猛反省していた。自分は医者にあるまじき思考・行動をしてしまった。事故ぎみだったという事が認められ、職を辞めさせられることはなくなったが減給三ヶ月は当然の処罰だろう。
 休暇を使って禅寺に行き、精神を鍛えた。もう憂いはない。
 診察室の入り口を見据え、今日最初の患者を迎え入れる。
「どうも風邪が長引きましてのぉ先生……先生?」
 田中 ヨネさん。78歳がそこに居た。
 福本は思った。
 ……この微妙に空虚な気持ちは何なんだろう?
 何故か悲しい福本であった。彼に幸あれ。