2-1
「南ぁ〜無〜・・・」
一人の法師がゆったりとした足取りで農道を歩いている。
その法師、遠くを見据えているように澄んだ黒い目、鉄色の長髪を風になびかせて、透き通った白い肌に法衣をまとい、手には錫杖。
足はすらりと長く、腰は折れそうに細く、乳房は正面からでは帯が見えないほど大きく張り詰めており、今にも法衣を弾き飛ばしそうである。
純日本的でありながら純日本的でない女性。
その名を、零海、という。
彼女は旅の途中に立ち寄った農村で病に伏した娘の治療を行い、村の方々に見送られながら旅立ったところである。
一歩踏み出すごとに、以前に比べて一層巨大となった双球をブォンと盛大に揺らし、のんびりと景色を眺めながら歩いていた。
「今日は澄んだいい天気ですねぇ。なれーしょんもこの空みたいに簡明率直にしてほしいものですねぇ……せめて時代に合わせた感じにしてほしいですねぇ」
わかりました。
時は戦国乱世の真っただ中!荒れ狂う時代の中、戦の風がまだ届いていない穏やかな農村の中を、零海は闊歩していたのである!そして!
「やっぱりいいです、すごく耳触りで不愉快です」
……すみません。
零海がそこにいないはずの誰かに毒づいた時であった。
「法師様!!」
「・・・はい?」
突如後ろから呼び止める声が飛んできた。
零海はゆっくりと振り返ると、そこには一人の若い侍が息を切らせて立っていた。
相当急いで走ってきたようだ。肩で息をしている。
立派な召し物を見る限り、大名に仕官している侍のようだ。
「…はぁはぁ……あなた様は……零海様……でよろしいですね?……ぜぇぜぇ……」
「ええ、そうですが……とりあえず、そちらの木陰でお休みになられませんか?話はそれからでも」
零海は一般人向けの法師の顔を一瞬で演じ、侍を木陰へ促す。
「かた…じけ、ない…」
彼は木陰にへたり込んで、川の水を浴びるように飲んでいた。
―姫君の心の病を治して欲しい―
若侍はしばらく休憩したあと、呼吸を整えると開口一番にそう言った。
(心の病と言われましても、私、その手の病気は治療したことないですよ?)
と思わず出ようとする言葉を寸での所で引っ込めて、もう少し話を聞くことにする。
若侍は、
姫君の心の病はそこらの医者ではどうしようもないほどであること。
近親者でも癒せない病であること。
最近巷で話題の爆乳法師がこの付近に滞在しているという噂を聞いたということ。
その法師に治療されたものは何故か心まで晴れやかになるということ。
これらを踏まえ藁をもすがる思いでその法師を探していたことを教えてくれた。
それだけならば零海は
「そうですか〜」
の一言でその場を去るつもりであった。政ややんごとなき身分の方々には関わりたくないからである。それに今の零海は、爆乳というよりも超乳に近い、という自負があった。
しかし若侍は、最後の最後で興味深いことを口にした。
「…成姫様は『傾国の姫』と称されるほどの美しい方。それなのに、深い心の傷をお持ちとは……ぅぅ…おいたわしや」
すっく、と零海は立ち上がり若侍に急接近した。
若侍は零海の様子の変化に目を丸くしている。
「その話、もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
「……お、おぉぉぉ!?もしや引き受けてくださると!!!」
若侍はその様子を承諾と受け取ったのか、浮足立った。
一方零海は、美女と聞いて緩む頬をなんとか押さえていた。
(『傾国の姫』ですか。一体どれほど美しい方なんでしょう、おまけに心に憂いを秘めているなんて、うふふふ)
大名屋敷の客間。
零海は姿勢を正して待っていた。
正座をしているのであろうが、膝の上に乗っかるどころか膝を乗り越えて畳にまで溢れている。
正面から見れば、巨大な双球の上に零海の頭が乗っているように見えた。
静かに『傾国の姫』の成姫(なるひめ)を待つ。
ほどなくして、襖がゆっくりと開いた。
合わせて零海は頭を(胸の中に)下げた。奇妙な光景である。
成姫らしき足音が上座のほうにゆっくりと進んでいき、止まった。すっと座る音がする。
しばしの間ののち、透き通る声が静かに響いた。
「…あなたが零海様ですね、面をお上げください」
「はい」
零海はゆっくりと顔を上げて、成姫を見た。そこには。
(なっ、成海さん!!!???)
零海の想い人と瓜二つの顔がそこにはいた。
零海は、ぽかんと口を空けたまま固まっている。
成姫は不思議そうに首をかしげた。
「?どうかされましたか?」
「はっ!?いえ……」
成姫の声に零海は我に返った。失礼のないよう、気づかれぬように観察する。
(…いやぁ、驚きました。見れば見るほどそっくりですねぇ。これであのおっぱいがあれば、完璧に本人と見分けがつきません。あ、でも普通の女性と比べたら十分に大きいといえますね。…それにしても成姫様は感情表現が豊かですねぇ。成海さんは成海さんであの無表情な時とのギャップがたまらないのですが、この方みたいに素直に顔に出るのも素敵ですぅ。あ、まるで別の身分に生まれた生き別れの双子みたいです。笑みの中に少し憂いがあるのがまた……うふ、うふふふ)
零海は妄想の海に深く潜っていき、落ち着きなく表情がコロコロ変わる。
零海の様子を見て成姫は、クスリと笑みをこぼした。
その微笑みに零海の心臓は高鳴った。まさしく成海の微笑みであったからである。
「愉快なお方ですね。それにお美しい方…それで、私の件ですが」
「是非、やらせていただきます!」
零海は即答した。
こちらへ、と零海は客間から成姫の私室へ向かった。
その途中、成姫の心の病について伺った。
成姫は言いにくそうであったが、治療ということで答えてくれた。
曰く、成姫は男性が怖いということ。
幼い時に父君と母君の床の間を偶然にも覗いてしまったこと。
父上によって母上が悶えていた様子が目に焼き付いて以来、男性に対して恐怖心が芽生えてしまったこと。
成姫は近々、他大名に嫁ぐこと。嫁いだ以上、正室として嫡子を産む必要があること。
この婚姻の成否によって国の行く末が決まること。
そのために成姫の男性に対しての恐怖心を払拭しなければならないこと。
その治療に今までたくさんの医者や祈祷師が来たが、全く意味がなかったこと。
皆が必死に治療できるものを探していたこと。
零海を一目見て、今度は治せそうだと期待をしていること。
成姫は顔に暗い表情を浮かべながら答えてくれた。
零海は親身になって聞きながら、暗い表情の成姫様もいいですねぇ、と心の中で呟いた。
成姫の私室の中で二人は向き合って、お茶をすすっていた。
治療ということで、部屋周りの人払いは済ませてある。
しばらく茶をすすったあと、成姫は緊張した面持ちで零海に聞いた。
「…零海様?それでどうやって治療されるのでしょうか?」
「ずずっ……そうですねぇ」
反対に零海は落ち着き払って、成姫の治療法を思案した。
(ようするに男性への、というよりも行為そのものに対する恐怖心を払ってしまえばいいわけですよね……んー、確証はないですが、あの手で行きますか)
零海の目が妖しく光った。
「ずずっ……成姫様は一つ思い違いをされておられると思います」
「思い違い?」
零海は飲みかけの茶をわきに置いて、成姫を諭すように言った。
じっと、成姫は零海を見ていた。
「はい。成姫様のお話を伺って気づいたことがあります。姫様は母君が苦痛を味わっていたと思っていらっしゃる」
「ええ、心の強い母君があれほど悶えていらっしゃるのは相当な苦痛なのであろうと思いました」
「それは本当に苦痛だったのでしょうか?」
「……ごめんなさい。おっしゃっている意味がわかりません」
成姫はすこし混乱していた。零海はその小さな混乱に乗じて押しの一手を出す。
「では確かめてみましょうか?」
「確かめる?」
「はい……成姫様、少し後ろを向いていただいても?軽い治療法を試してみます」
「え?ええ」
成姫は零海の言ったとおり、後ろ向きになる。
「成姫様、少し失礼をいたします」
零海は静かに成姫の背中に近づくと、素早く成姫の豊かな乳房を衣の上から揉んだ。
「れっ、れっ、零海様!?何を!?はぁん!!」
成姫は一揉みされた瞬間、抵抗する間もなく体に電撃が走った。
零海の手が、指があまりにも気持ちよかったのである。
これでも零海は、あまり強烈な刺激にならないように抑えていた。
成姫は零海の読み通り、こういう快感自体が初めてであったのだ。
「成姫様、どんな感じですか?」
「はぁぁん!零海様ぁ、な、んか体が浮くような感じですぅ…ひゃぁん!」
成姫は初めての感覚に敏感に反応した。
零海はしばらく成姫の胸をまさぐり、絶頂に達する前に手を引く。
零海の手から解放された成姫は、気が抜けたような、しかし体が疼くような、そんな不思議な感覚に戸惑っていた。
「姫様、痛かったですか?」
零海は心配そうに、成姫の顔を覗き込んだ。
「……いいえ。……気持ち、よかったです……でも体が、何か火照って…それに、これは治療なのですか?」
「成姫様、これが治療ですわ。私は姫様に、母君があのとき感じていた感覚を感じてもらったのですよ?」
「え?……」
成姫は零海が言わんとしていることを理解した。
あの時、母君は苦痛を感じていたのではなく、さっきみたい感覚だったのだと。
しかし成姫はまだ信じることができなかった。
心の棘はなかなか抜けない。
でも零海の顔を見ていると信じられるような気がしてきた。
なによりも、あの快感をもう一度味わってみたかった。
この体の火照りの正体を知りたくなった。
成姫は頬を桃色に染めて、一言言った。
「零海様、もう少し治療を続けていただいてもよろしいですか?」
零海はこくんとうなずいて、優しく笑みを浮かべた。
治療の第一段階はこの時、完了した。