Gyge's Life - Short shot 2 - 永遠の花園

オルガン砲 作
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「わぁ……すごい……。」
「花だらけだ……。」
 ここはリーゼ達が住む城下町から馬車で二日ほど揺られた先の丘にある『永遠の花園』。一年中、枯れることなく花が咲き乱れ、朝には朝の、夜には夜の花が交代で花開く。そして今、大きな満月に照らされた花たちは自らの美を競うかのように咲き誇る。
「月の光が花を照らして……きれいですねぇ……。」
「……ねえ、マリエルお姉ちゃん、ここは元々戦場だった、って聞いたことがあるけど、本当なの?」
 岩に腰掛けたリーゼの膝の上に座り、大きな胸に背中を預けるフィルが、マリエルに質問する。
「大昔のことだからよく分からないけど……。」
 何百年とも何千年とも付かない遙か昔……巨人族が神々に対し反旗を翻したことで発生した戦争において、最後の戦場となったのがこの地であり、無数の花々は神々やその配下の戦士、そして巨人達や多数の魔物の亡骸を養分として咲いている……というのがこの辺りの村に伝わる伝承である。
「で、その戦争を生き延びた巨人族は……人間と交わってわたし達ヨトゥン族の祖先になった人達もいれば、魔界の瘴気に冒されてトロールみたいな人食い巨人に変化した人もいるし、突然変異で体の小さなスモートローレン族に変化した人達もいる……。でしたっけ? マリエルさん?」
「上出来上出来。じゃあ、わたし達がわざわざ馬車に揺られてここまで来た理由は? はい、フィル君?」
「えと……。満月の日にしか咲かない『ヴァル・アリスの花』を探すんだったよね?」
「大正解〜。それじゃあ、この図鑑の写しを見て、しっかり探してね〜。」
 マリエルによると、ヴァル・アリスの花は万能薬『エリクシャー』の材料として、かなりの高額で取引されているそうである。そして、その花を採取して一儲けしよう、というのがマリエルの考えなのだ。ちなみに、マリエルはエリクシャーを作れるほどの腕前に未だ達していない。作るには10年以上の錬金術の修練が必要とされるそうだ。
「マリエルお姉ちゃん……エリクシャー作れないのに探しても意味ないんじゃない?」
「いいの! 売って儲けりゃいいんだから! 遠心分離器もボロくなったし、買い換えないと!」
「でも、マリエルさん? ヴァル・アリスの花は街のすぐ近くでも満月の日なら採れるはずですよ? 何でわざわざこんな遠くに?」
「そりゃ、誰もここに取りに来ないからに決まってるでしょ? 誰も取りに来ない場所の方が多く採れるでしょ?」
「じゃあ……何で誰もここに取りに来ないの?」
「……? ……あぁっ!」
 マリエルが肝心な事を忘れていたことに気が付いた。
「……ここ……最近『ヴァルキリー』の亡霊が出て、人を襲ってるって噂が……。」
 ヴァルキリー……かつての戦争で巨人達と勇敢に戦った女戦士であり、神々からの祝福を受け、力を授かった彼女たちはまさに一騎当千の活躍を見せ、多数の巨人を屠ったとされている。
「え? それって……?」
「そう、わたしのご先祖様が戦った相手……ってことになってるんですよね?」
「……正解。」
「正解じゃなくって……。マリエルお姉ちゃん、どうするの?」
「だ……大丈夫よ大丈夫。さ、花を探しましょ。」
 冷や汗をかきながら足元の花を調べているマリエル。亡霊なんて出ないから、と自分に言い聞かせながら。
「マリエルお姉ちゃん……手が震えてるよ……。」
 フィルはリーゼの大きな胸に怯えるように抱きついている。
……!
 リーゼが『殺気』を感じ、立ち上がる。突然のことに受け身もままならず後ろに転がるフィル。
「いて……。リーゼお姉ちゃん、どうしたの……?」
「……そこの岩の後ろに隠れて! マリエルさんも……早く!!」
「え?」
…ガキーンッ!!
 リーゼが腰に差した短剣(といっても普通の短剣の倍くらいの刀身なのだが)を鞘から引き抜き、振り向きざまに自身の後頭部に迫ろうとしていた何かを力任せに弾き返す。ドス、という音と共に、リーゼの足元に大きな騎兵槍が突き刺さった。
「……まさか……。」
 大きな満月を背に立つ人影。白い翼を背に生やし、羽根飾りの付いた兜をかぶった女性……。それはまさに、伝承に登場するヴァルキリーそのものであった。
「ヴァルキリーの……亡霊?」
 『亡霊』は無言で腰の鞘から剣を引き抜くと、二度三度とその場で剣を振り下ろす。と、剣から巻き起こる風が衝撃波となり、辺りの花を散らしながらリーゼに襲いかかる。
「! “イス・ベオーク“!!」
 とっさにルーン魔術で作り出した巨大な氷の柱によって衝撃波を受け止めるリーゼ。だが、衝撃波を全て防げたわけではなく、彼女の服は下着や素肌が見えるほどにボロボロに切り裂かれていた。
「……くっ……仕方ないですね……。“イス・ニード・ハガル”!!」
 リーゼはルーン魔術で何十本もの氷の投げ槍を作り出し、魔力を用いてそれを一斉に『亡霊』めがけて投げつけた。
「よっしゃ、リーゼ偉い!」
 岩に隠れて戦いの様子を見ていたマリエルが思わず叫ぶ。しかし、『亡霊』は剣の一降りでそれを全てはたき落としてしまった。
「え……? うそ……? 」
「これなら! “ケン・ラド・ハガル”!!」
 短剣を回転させて作り出した幾つもの炎の車輪が『亡霊』に襲いかかるが、それらも一瞬のうちになぎ払われる。
「……! なるほど……遠距離戦は駄目みたいですね……それじゃあ……“エオー・ラド”!!」
 足元に風を巻き起こし、花びらを舞い散らせリーゼが高く飛び上がる。そして『亡霊』の頭上から短剣を投げつけた。すかさず『亡霊』は短剣を右手の剣で弾き返す。しかし、リーゼはそれを狙っていたのだ。
「でえぇぇぇい!!」
 リーゼの投げた短剣を弾き返した直後の無防備な瞬間を狙い、ルーン魔術で空気の流れを変えて急降下、『亡霊』の側頭部に強烈な回し蹴りを放つ。巨体故に足も長いリーゼの回し蹴りは遠心力と足そのものの重量により、とてつもない破壊力を生み出す。
…バキイィィィッ!!
 回し蹴りをまともに食らった『亡霊』は、きりもみ状態で吹き飛び、そのまま地面に叩き付けられた。衝撃で周辺の花が一気に散り、花吹雪がひらひらと舞い落ちる。
「……まさか亡霊に回し蹴りがまともに効くなんて……。」
 様子を見ていたマリエルがあっけにとられている。
「だって、あれは亡霊じゃないもの。ね、リーゼお姉ちゃん。」
「……え? フィル、あれの正体が分かるの?」
「うん、自分でもどうしてかよく分からないけど……。あれはヴァルキリーの亡霊とかじゃなくて……。」
「……シェイプシフター……人間の恐れるものに姿を変えて襲いかかる魔物よ。」
 地面に叩き付けられた『亡霊』……いや、シェイプシフターが起きあがり、リーゼ達に向き直る。
「くくく……この地に眠るヴァルキリーの能力を吸収し、ヴァルキリーになりきるはずだったのだが……そこのガキは『真実の瞳』の能力の持ち主と見える……。そして、そこの大女は私の『妖気』で正体を戦闘中に見抜いたようだな……。まあ、どちらにしても……死んでもらうとしよう。そして、その力……私がもらい受ける!!」
 シェイプシフターは自らの体を小山ほどの大きさの竜へと変化させる。おそらくこの地で死んだ魔物の能力をも吸収したのだろう。辺りの空気が強烈な妖気のためか、ビリビリと震えている。
「グアオゥ!!」
 マリエルとフィル目がけ、口から吐き出される瘴気の塊をリーゼは蹴り上げて弾き飛ばす。
「仕方ないですねぇ……。それじゃぁ……。」
 リーゼの二の腕と脛に刻み込まれたルーン文字がうっすらと光り出す。そして、右手を天高く掲げる。
「切り札を……使わせてもらいます!! “ウィルド”!!」
 閃光と共に、リーゼの身長の2倍ほどの巨大な剣が現れる。リーゼはその巨大な剣を掴むと、片手でシェイプシフターめがけ勢いよく振り下ろした!
「これで終わりだ! バルムゥゥゥンクッ!!」
 巨大な刀身が竜の頭部を打ち砕き、胴体を真っ二つにし、そのまま地面に大きな裂け目を作り出す。辺りの花は衝撃で一気に散る。
「ゴアアァァァァァッ!!」
 断末魔の叫びを上げ、シェイプシフターは塵と化した。辺りに、はらはらと先ほどの衝撃で散った無数の花びらが舞い降りる。
「我が“斬竜剣”に…断てぬもの無し!! ……なんてね☆」
 巨大な剣を魔力で消去すると、リーゼは二人に向き直り、Vサインをしてみせた。

「ふう……それにしても、フィルが『真実の瞳』の持ち主だったなんて……。」
 『真実の瞳』…あらゆる物の真の姿を見抜くことの出来る能力であり、魔物退治を生業とする人々の間では特に重宝する能力である。
「僕のおじいさんが『真実の瞳』の持ち主だったんだって。でも、お父さんはその能力受け継いでなかった、って言うから、僕にもそんな能力は無いと思ってた……。」
「わたしのこの体と同じ、『隔世遺伝』ってヤツですね、きっと。」
「さ、怪物も片づいた事だし、ヴァル・アリスの花を探しましょ……。って、あれ……。」
 マリエルが指さした方向には、先ほどのシェイプシフターが化けていたヴァルキリーそっくりの人影が立っていた。
「げ……あいつ、まだ生きてたの……?」
 そそくさと岩の陰に隠れるマリエル。しかし、その人影は、リーゼ達に微笑みかけると、すーっ……と消えていった。
「フィル君、あれってやっぱり……。」
「うん、あれが本当のヴァルキリーだよ、きっと。」