侵乳者

ぴこりん 作
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第一話

「さぁて、超乳GIGAでもチェックするかな。あ、先にレポートやんないと……」
 PCを起動した直人はお気に入りにマウスカーソルを合わせながらつぶやく。
「余計なことはいいから早くシコシコしなさいよっ!」
「え!?」
 今、可愛い声が聞こえたような……。声が出るアクセサリー入れてたっけか?
 直人はスタートメニューを開く。最近おまけソフトや体験版を入れまくっていて自分でもよく覚えていない。
「ちょっと、こっちこっち!」
 再び聞こえた透き通った声を視線で探ると、手が届く距離にある本棚の中に並べたゲーセンで取ったぬいぐるみの中に、その半分くらいの大きさの見覚えのない人形があった。 緑をベースにしたひらひらとしたドレスに、先が角のようにふたつに分かれた不思議な帽子、うしろには4枚の透き通った羽が見える。
「俺、妖精さんのフィギュアなんか持ってたっけ? でもこれすごくよくできてるな、この気の強そうな吊り目が最高に可愛いぞ。でも……」
 本棚のふちにこしかけるように座っている美しい妖精。
「あーもう、にぶいわね」
 整った顔立ちの小さな口が動く。
 よく見ると細かく瞬きもしているようだ。
「うわぁぁぁぁっ!」
 直人の叫び声が締め切った部屋に反響する。
「ちょっと、こんなに美人の妖精さんを見つけてその反応は何よ!?」
 透き通った羽が煌いたかと思うと、不思議な少女は液晶ディスプレイの上にこしかけていた。
「ひぃぃっ」
「だから、その反応は失礼だっていってるのよ!」
 直人はおそるおそる目の前にあらわれた謎の存在を見つめた。身体はマウスよりやや大きい程度のサイズだが、ふわふわとしたドレスから伸びている手足はすらりと長く、出るところは出ている大人のスタイルをしている。自ら美人と言うのもうなずける整った顔立ちが、直人を舐めるように睨みながらニヤリと微笑んだ。

 ※※※

「そ、だから早く抜きなさい」
 その珍妙な訪問者が脅える直人に説明したのは、自分は主人の命令で若い男の精を集めるいること、直人の精は主人たちの仲間内では大変美味と言われていること、だから早くいつも通り精子を出せとのこと。
「そんなこと急に言われたって…。大体他人に見られてたらできるわけないだろ?」
「何いってんの? あなたが気づかなかっただけでもう3回は見てるのよ。それに、私は人間じゃないし、実体も持ってない幽霊みたいなもんだから、別に気にしないでいいの」
 たしかによく見るとピピンと名乗った手の平サイズの少女の身体は透けていて、座っている液晶ディスプレイのふちにばたつかせている足がしょっちょうめりこんでいる。
「そ、だから早く抜きなさい。なんなら私は発射する時まで目をつぶっててあげるから」
 妖精からは見た目の幻想的な雰囲気とはかけ離れた台詞があっけらかんと出る。こういうことには慣れているらしい。
「そんなこと言われてもなぁ……」
 その時、
「おにいちゃん、ごはんだって〜」
 扉が開ききる前に舌足らずな声が響く。
「おい、だから入る前にノックしろって!」
 ショートカットの少女が部屋に飛び込んできた。
「いっきま〜す!」
 飛びこんできた勢いのまま軽く飛びあがってベッドに飛び込む。
 ぱふん、と布団が鳴り、ベッドのスプリングが軋む。
「おい、だからそれもやめろよ、壊れるだろ……」
「ダイビングせいこうぅ〜〜!」
 あふれる元気さをもてあましている妹が、兄を呼ぶ時に繰り返された光景。
 だが、その後はいつも通りではなかった。
 ダイビングに満足した兄とは正反対に活発な妹が、あきれる兄をほったらかしにしてハイテンションのまま階段を駆け降りていく……、はずが、ベッドから起き上がり、足を床についたところで動きを止めた。
「あれ、その人形、動いてるよ!」
 丸い瞳がきらきらと輝く。
「ユカ、逃げろ」
 直人はわけのわからない珍客から家族を守ろうと声をかけるが、もう遅かった。
 ユカは好奇心で大きな目をさらに広げ、自分の顔の数10cm前へ光の軌跡を残しながら飛んできたはじめて見る存在に気を奪われている。
「わたしユカ、よろしくね、妖精さん」
 頭をぺこりと下げておじぎしている。
「こんにちは」
 ピピンは短く答えて、空中で静止したまま直人の方へ向きなおった。
「よし、この娘に協力してもらおう」
 そうひとりごとのようにつぶやくと、妖精は直人側を向いたまま空中を後退し、不透明の水へ潜るように妹の顔へ消えていった。