『キーンコーンカーンコーン』
窮屈な一日の終わりを告げる鐘が鳴り、あちらこちらで自由な放課後を
満喫し始める中、恭子は身体を『びくっ』と震わせた。
「きょ、今日こそ、言わなきゃ・・!」
小刻みに震える身体とは反し、自分だけに言い聞かせる様に小声で気合いを入れると、
終業の号令に恭子は頭を勢いよく下げすぎて、少し目眩がしてしまった。
教師が去り、すっかり開放感で満ちあふれた教室は瞬く間にまるで
蜂の巣をつついたかの様な喧騒につつまれた。
「ねー。きょーこー。今日、ウィ・・・。」
「ば、ばかっ!今日は大切な用事があるんじゃない!ほんと!あんた天然すぎ!」
「むーっ!ふがっ。ちょっと!いきなり口押さえなくてもいいじゃないの?!だって、『また』なんでしょ?
早くすませちゃって行こうよ?今日、フラッペが半額の日だよ?!」
「あんたって子は少しくらい恋してみようとか思わないの?色気より食い気もそろそろ卒業しないと
あんたの周りみんな彼氏づれであんただけひとりなんて事になっちゃってもいいわけ?」
「そういうカナだって彼氏なんて居ないくせにぃ。私はそんな解らない未来より、今!この!
『半額』というお得な瞬間に生きるの!」
「うっさい!あたしの事はほっとけ、ぼけ!」
悪友の胸に深々と突き刺さる槍に、思わず佳奈は声を荒げてしまった。
そしてあまりの醜態にふと我に返ると、すっかり雰囲気をぶち壊しつつある自分達に気がつき
申し訳無さそうに声のボリュームを落として佳奈は恭子に心からあやまった。
「ご、ごめんね。すっかり騒がしくしちゃって。あたしたちの事はいいから、しっかりがんばってね。」
後ろのまるで漫才の様なやりとりも、彼女はほとんど聞こえなかった。
『ドキドキ』という心臓の鼓動がどんどんと大きくなり、耳の中でも鳴り響き、
周りの喧騒も不思議なくらいに消え、その代わりに聞こえてくる自分のリズム・・・。
「ちょっと恭子、ほんとに大丈夫?なんならあたしらも着いていったほうがいい?」
すっかり自分だけの空間に引きこもってしまっていた彼女は、ふいに両肩に力強いが同時に
とても優しい重さを感じ現実へと戻ってきた。
「・・・・あっ。ううん。ごめんね。やっぱり自分でやらなきゃって思うから・・・。いつもありがとうね。」
恭子はまるで自分の事の様に親身に心配してくれる親友に心から感謝した。
そして新たに決意し、押しつぶされそうになっていた勇気を再び奮い起こすと、
しっかりとした面持ちで友人にそして自分へと告げた。
「じゃあ、行ってくるからね。」
力強くそう宣言すると恭子はくるっと後ろを向き、出口へと小走りに駆け出した。
「がんばれー!きっと上手くいくよ−!」
「がぁ〜んば〜れぇ〜。ふわぁいとぅ〜」
「またそんな気のぬけた・・・・」
先程まではすっかり余裕もなく気がつきもしなかった、いつもの光景が自分の背中ごしに
聞こえてきて、恭子は自分の為に一生懸命になって応援してくれるみんなの
事がうれしくて振り返らずに少し笑った。そしてまた意を決する様にきりっと前を向くと、
廊下から階下へと降りていったのだった。
校舎の裏手で昼間でもすっぽりと日陰に包まれてる様な、周りのけたたましさからは隔離された場所。
恭子は教室を出ると目的のこの場所に1秒でも早く着こうと、急かす気持ちに突き動かされるままに
全力で来てしまった。『はぁ!はぁ!』と口を大きく開け、肩を激しく上下させ、下を向きながら
彼女は必死で息を整えようとした。
「ゼッタイに・・・はぁ。はぁ。言うんだから・・・・」
これほどまでに彼女を前に進ませようとするもの。それは『同じクラスの神野悠人君に好きっていう事』であり、
彼女は一目惚れをしてしまってまともに彼の顔を見る事もできなかった頃から、自分の気持ちを自分で確かめる事。
そして彼への想いが押さえきれないくらいに大きくなっていってしまって何が何だかよく解らなくなり佳奈達に相談
した事。友達に励まされながらも、自分の気持ちを相手に伝える事の大切さを知り、色々な方法を考えるものの
すべて失敗に終わってきた事。・・・など多くの物の上に今日という日を迎えたのであった。
そういう意味で『いろんな失敗を経験した上での今日』なのだが、彼女にとっては『おなじ失敗』であり、
『告白する事が今日から抜け出し明日を迎える事』にほかならなかった。
「今回は完璧なんだから、きっと大丈夫!」
他の誰に聞かせる訳でもなく、自分の為に彼女は強く思った。告白の為に彼女の立てた作戦。それは・・・
別に絶対の秘密にしなければならないと言う訳では無く、すでに佳奈達は知ってるわけだが、
教室や廊下とかで告白するのは絶対に嫌で、かといって手紙を書いて彼を呼び出すほどの度胸も遠慮の無さも
彼女はあいにくと持ち合わせては居なかった。そこで邪魔が入る事がほとんど無くて、なおかつ彼が自分で
ひとりっきりになる時間と場所をこっそりと探した。だがそれはさほど苦労もせずに見つかってしまったのだった。
彼はクラブ活動にいくときになぜか教室からグラウンドを横切って部室へとは行かずに、わざわざ誰も通らない様な
校舎の裏を通って大回りをしながら向かっていたのだった。
彼女はその理由は知らないし、とても知りたい事ではあったのだが、とりあえず願ってもないチャンスがある事を
最大限に活用しようとした。そしていつも通りに彼は部活へ行く前に教室で友達としゃべって時間をつぶした後、
あそこの校舎の角を回って恭子の居る校舎裏へと来るはずであった。
「ど・・・・どうしよ・・また・・・」
教室を出た時に一度は復活した強い意志も、その時が一刻一刻とせまって来る事を意識し始めた瞬間、
それはどこかへと消え去ってしまったのだった。もうすでにすっかり走った事であがってた息も元に戻ってもいい頃なのに、
それどころかだんだんと息苦しく、そして胸がしめつけられる様に苦しく、そしてせつない想いが彼女に襲いかかってきたのだった。
もうこれに似たような事は何度も経験したはずなのに、まるで今日が初めての体験の様に心臓は限界まで激しいビートを刻み、
身体は病に冒された様にかぁっと熱くなり、喉は渇き、唇は不快なほどにかさついて感じられた。
そして『ドキドキドキドキ』と彼女自身も激しく揺さぶる様な鼓動から発せられる強烈な熱は、曲がり角から現れた
何かによってついに彼女の脳を完全にオーバーヒートさせてしまったのだった。
「・・・?あれ?片瀬さん?こんなとこで何してるの?」
今までほとんどここで誰とも会った事のなかった悠人は、突然にしかも自分と同じクラスの恭子に『こんな場所』で会った事の
意味がまったく解らなかった。しかもなんだか下を向いたまま苦しそう?にしてるので彼には少しそれが不安でもあった。
「・・・・・・あ、うん。こっち帰り道なの・・・。」
どう考えてもここはそんな場所には思えなかったし、あいかわらず下を向いたままで様子を伺う事はできなかったが、
なんだかさらに不安になってきた悠人は彼女にさらに優しく言った。
「片瀬さん。ほんとに大丈夫?具合が悪いなら、保健室ついていくけど?」
「・・・だ、だいじょぶ!なんでも。ぶかつ%&(%$#。さ#$?&」
もはや限界を超えたと感じた身体は彼女にここからの撤退を要求し、強要した。彼女は何を言ってるのか解らない事を
言い終わると同時にさらに小さく頭を下げ、そのままくるっっと回れ右をして、グラウンドのほうへと脱兎の如く逃げ出してしまったのだった。
「片瀬さん!そっちグラウ・・・・」
悠人がそう言う頃には最早彼女の姿はどこにも無かったのだった。
「はぁ・・・。」
恭子はすぅっと息を吸い込むと、それを重々しく吐き大きなため息をついた。
完全に暴走した彼女は今までに走った事が無いほど走った。そして学校から離れたここ『すずらん商店街』の外れの小さな公園まで来た所で
ようやく我に返り、そして止まった。そこで彼女は遊具に両手をつき、顔を下に向けて、大きく、そして激しく身体全体を揺らしながら
息をした。額からは珠の様な汗が噴き出し、それが頬を伝い、地面へとぽたりぽたりと落ちていった。
あまりにも急激な呼吸の要請に軽い貧血を起こしそうになり、激しい呼気と吸気を捌ききれなくなった彼女は
『げほっ!げほっ!』とむせかえってしまったのだった。もはや、限界をとっくに過ぎている足はがくがくと震え始め、彼女はそのまま
遊具へと座り込んでしまった。大きく丸めた背中の部分は制服が汗でぴったりと張り付き、彼女のブラのひもがくっきりと浮き出てしまっていた。
それからしばらくして、ようやく呼吸も落ち着き、立ち上がれるまで回復した彼女は近くの自動販売機でジュースを買い、飲みながら
公園のベンチで汗をふいた。身体が徐々に落ち着きを取り戻してくるにつれて、ようやく冷静な判断力の戻ってきた彼女は
それとともに思い出したくもないのに思い起こされる記憶にすっかり落ち込んでしまったのだった。
『ずぅ〜ん』と重く首の上にのしかかってくるような失望感と短時間で酷使された身体から来る疲労感。
とはいえこのままこのベンチにずっと座ってる訳にもいかず、彼女は重い腰を上げ、いつもの様に商店街を抜ける帰路へとついたのだった。
「・・・結局、またいつもと同じなのね。私ってやっぱりだめなのかなぁ・・・。」
まるで移動性くもり空みたいにどんよりした面持ちで、商店街の舗装タイルに語りかけてるかの様に彼女は思った。
「いろいろ考えたって私が全然変わらなかったら同じだよね・・・。告白とかやっぱり私には無理なのかな・・・。」
そろそろ夕食の準備で賑わう時間帯でも、最近の大型店の出店ラッシュにすっかり活気を失いつつある商店街は
まるで今の彼女の心境のようであり、ほとんどちゃんと前も見ず、うつむき加減で歩いても平気な状況は彼女をますます憂鬱な気分にさせた。
「・・・そういえば、ここのマンホールってすずらん商店街なのに、たしかスイレンとかいう花の絵なのよね。かわいいけど・・・。」
もう何度目かの『ひとり反省会』を開きながらも、恭子はまるでとりとめのない事を思っていたのだった。
そろそろ商店街も終わりにさしかかる頃、ふと彼女は何気無く目に映ったものになぜか興味をひかれたのだった。
いつもなら特に気にもしない、どこにでもある様な。彼女が子供の頃からあるいつもの見慣れた小さな本屋。
そんな本屋の軒先に、緑色のパイプで組まれたラックが置いてあり、彼女はそのラックに置いてある雑誌らしきものが何故か気になって仕方がなかった。
店の前まで来ると彼女は何気なくそこにぽつんと一冊だけ置いてある雑誌に目をむけた。
「これってたしかフリーペーパーっていうんだっけ?それにしても表紙のお姉さん、すっごい綺麗だなー。」
恭子はその雑誌を手にとってみた。表紙には綺麗なブロンドのさらさらとしたストレートヘアーの外人っぽいセクシーなお姉さんが
にっこりと微笑みかけていた。
「へ−。ファッションの雑誌なのかなー?こういうのってバイトの情報くらいしか無いと思ってたのに。何が載ってるのかな?」
先程まで落ち込んでいた彼女は、その目新しいものにすっかり興味を惹かれてしまっていたのだった。
「えーっと・・・。『あなたの恋を必ず成功させちゃう方法教えます。』・・・ってそりゃ、おねーさんくらい綺麗なら成功するでしょ・・。
それにひきかえ私なんて・・・。」
ほんの少しの間忘れていた辛い現実に彼女はまた引き戻され、ため息をついた。
「でも。ちょっと読んでみたいかも。」
そう思うと、彼女はその場で中を読もうとした。けど、よく見ると雑誌は丁寧に何かのかわいらしい布の様な切れでしっかりと封がしてあり、
どうがんばっても中を覗く事さえもできなかった。
「えっ?これってただだよね?なんでこんなにしっかり立ち読みとかできない様になってるの?」
恭子は改めて雑誌の表紙を見てみた。そこには目立つ様に大きな字で『FREE』とか『無料』とか書いてあり、置かれているラックも
間違いなくフリーペーパーの置かれている場所であった。
「いいよね?これもらっちゃっても。読めないと気になっちゃうし・・・。それにあと1冊だし・・・。」
そう思うと彼女はその雑誌をそそくさとカバンの中にしまった。
「早くうちに帰って、よんでみよっと。」
先程までの重い足取りがまるで嘘の様に恭子は家路へと急いだ。
シャワーをあびてる間も、夕食を食べてる間も彼女はあの不思議な雑誌の事がなぜか気になってしかたがなかった。
そしてカバンから取り出し、机の上に置くとひきだしからはさみをとりだした。
「やっぱりこの紐、切らないと中見れないよね。ちょっとかわいい柄だからもったいない気がするけど・・あとでリボンにしてみようかな?
・・・何が書いてあるんだろ。こういうのってちょっとドキドキするよね?」
彼女ははさみでなるべく丁寧にまっすぐと紐を切断してみた。『パチンッ』という音と共に本の封印はとかれ、期待に胸を
ふくらませながらページをめくってみた。
「え?ちょっと!?これってもしかして男の子向け?」
見開かれたページには不思議な雰囲気のする洋風の少し薄暗い部屋置かれた、深紅のベールのかけられた大きなベッドの上で
表紙に写ってたおねえさんがセクシーな下着でまるで誘惑してるようなポーズの写真が載っていたのだった。
恭子は『かぁっ』っと真っ赤になるほどの恥じらいを見せながらもなぜかそのページから目が離す事はできなかった。
「・・・なんか、すっごくエッチだけど・・・。その・・それだけじゃなくて綺麗っていうか。素敵かも。やっぱりこういうおねえさんじゃなきゃ
恋なんて上手くできないのかな。」
彼女は同性に対する憧れと嫉妬の複雑な気持ちを抱き、セクシーなおねえさんを眺めていた。
「あれ?こんなところに・・『あなたの恋を成功させます。私と一緒に恋をしたいって思うなら、次のページを開いてね。』って。なんだか不思議な
雑誌ね。まるでゲームみたい。恋もゲームみたいにやりかたとか載ってたらいいのに・・・。でもなんだかこんな綺麗なおねえさんと一緒なら、
上手くいきそうって・・何バカな事考えてるんだろ、私って。」
写真の下のほうに大きめの字で書かれた、謎めいたセリフに彼女はうさんくささを感じながら、心のどこかで引きこまれてる自分を感じ、
そんな気持ちは無い様に思いながらも、どこかで『次のページ』をものすごく期待してる自分が居たのだった。
「次のページって・・さっきと全然違う雰囲気だけど・・っていうか背景真っ白っていうか何も無いし。」
前のページとのかなりの落差に彼女は若干期待していたものと違う展開を感じ少し落胆した。
「えっと。『私と一緒にがんばるって言ってくれてありがとう。とってもうれしいわ。じゃあ、私の左手と貴方の右手を重ねて約束しましょう。』
こんどはおねえさんは左手の手のひらをこちらに向けるように差し出すポーズをしていて、ようするにそこに自分の右手を重ねれば
いいって事らしかった。おねえさんは優しくにっこりと微笑んでまるで手を自分に差し出してくれている様にも見えた。
「ここに手を合わせるの?ってなんだかますますゲームみたい。いろいろ考えてるなー。なんか、手を雑誌に置くとか・・恥ずかしい気もするけど・・。」
そうまるで誰かに言い訳をする様にささやくと、恭子は書かれてる通りに自分の右手をおねえさんの左手へと重ねた。
その瞬間、本が『ぱぁっと』白い光に包まれると、彼女の右手から本の中のおねえさんの手に向かって何か光るものが流れ込んでいったのだった。
「きゃっ!」
急に目の前がまぶしい光に包まれたので、彼女は短く悲鳴をあげた。だが、それもほんの一瞬で終わり、彼女はおそるおそる
また本を覗いた。
「えっ?今のはなんだったのかしら?なんかすっごく光ったけど・・・。別に変わったとこなさそうだけど?雷??」
急に起こった異変がまるで嘘だったかの様に、そこには何も無かった。あたりもきょろきょろと見回したり、窓を開けて外を見ても
まったく原因は彼女には解らなかったのだった。
「ひょっとして・・『光る雑誌』とか・・ないよね。電池とか入ってなさそうだし?きのせい?かな?」
どうにも狐につままれた様な怪訝さが心にモヤをかけたままであったが、彼女はとりあえず次のページをめくってみた。
「『約束したから、私があなたの恋を『ぜったい』に成功させてあげる!それじゃ、まずあなただけの恋にぴったりのあなただけの場所を教えてあげるねっ。』
・・・って、なんかすっごく嘘くさいんですけどー。」
あいかわらず背景が何もないまっしろなところで、おねえさんはとても魅力的な笑顔でウィンクをしながらこちらにまるで語りかける様に写っていた。
恭子は口では完全に疑ってる様に言いながらも、おねえさん自身がとても自分から見ても魅力的で、恋という言葉になんだがすっごく説得力が
ある様にどこかで感じられた事や、『あなただけ』という特別な言葉の魔力にすっかりやられ、そして失敗を重ねてきた自分の経験から、自分以外の何かに
頼ってしまいたい気持ちが彼女に『次のページにある真実』を知ることを急かしたのだった。
「えっ?たったこれだけ?」
またしても、高まる期待をひらりと肩すかしを食らわせる様な仕打ちに、恭子はがっかりした。
そこには、『あなたの恋のラッキースポットは『2日後の授業が終わった後。学校の屋上。じゃあ、がんばってねっ。』っていう文字だけが書かれ
おねえさんの写真の代わりにどこにでもある様な学校の屋上の写真が載っているだけだった。
あまりにもそっけない結末に、彼女は次のページをめくってみた。
「ここから『恋が成功する秘密のアイテム』・・とか。きっとお店の商品に・・って・・え?なに?これ・・・」
彼女はパラパラとページをめくってみたが、そこには何も書かれていない真っ白なページがあるばかりだった。
「・・・それで!なんで私やカナのメール無視してたの?心配してたんだよ?!」
「・・・だから夜に何回もごめんって電話であやまったじゃない・・・だからごめんなさいって・・」
「あんたが心配してたのって半額セールの事じゃない・・・。」
「だから、私はカナやキョウコと一緒にいっぱい食べたかったって言ってるじゃない!それなのにキョウコってば!」
「・・・うう。だから、ごめんなさいって・・今日、さっちんにおごってあげてるじゃない」
「それはそれ。これは・・」
「はいはい。紗智子も落ち着きなさい。」
「カナぁ、さっちん。ほんと、ごめんね・・・。」
告白自体は30分足らずで失敗に終わり、ふたりのメールに充分答える時間はあったのだが、失敗の絶望感の後に出会った
あの不思議な雑誌のおかげでメールチェックをすっかり忘れていて、夜にそれぞれからかかってきた、激しい抗議の電話や
真剣な心配の電話に恭子はひたすら謝るしか他にすべはなかったのであった。
「そんなに謝らなくてもいいわよ。紗智子もこの子なりに心配してただけで、今日あんたの顔が見れてほっとして照れ隠ししてるだけなんだから・・。」
「ちょっと!カナっ!!誰がそんな事思ってるのよ?!いいかげんな事言わないでよっ!!」
「はいはい。わかりやすいツンデレだこと。そんな事よりアイス溶けちゃうわよ?」
さらにまくし立てる様に反論する紗智子を見て、「耳まで真っ赤になって反論してるあんたがツンデレじゃなくて
一体何なのよ。キョウコ、キョウコってすこし束縛しすぎよ・・。」と佳奈はあきれた様にそう心の中で思った。
「・・・・それで、どう?上手く行ったの?」
「!ちょっと!わたしをむしするなぁぁぁ!!」
ほっておくといつまでも反論してそうな紗智子の事はほおっておいて、佳奈はずばっと核心を恭子に問いただした。
佳奈としては昨日の音信不通事件の後の電話の時に、直接聞く事は無かったものの、どうしても恭子自身の口から
聞きたくてあえて切り出したのだった。上手く行ったならみんなでお祝いしてあげたいし。・・・・かりに・・万が一・・・・
失敗しちゃったとしても。その時はその時でみんなではげまして恭子には前を向いていて欲しいって思う、彼女なりの
優しさからであった。
「・・・えーっと。ごめん。また失敗しちゃったぁ。」
恭子はエヘヘっと笑いながら、あかるく言った。その笑顔が自分達に心配かけまいとする恭子の気遣いだという事を
感じ、佳奈は少し心がきゅっと痛んだ。
「・・・・恭子、ほら・・・」
「なーんだ、また失敗しちゃったの。そんな時はきみぃ。アイスでも食べて・・いやいや。この宇治金時デラックスかき氷も
なかなかのものだよ。うん。さあ、好きなのを選びたまえ!!あっはっはっは。」
「いやいや。あんたのそのアイス。恭子におごらせたものだし。第一、あんた昨日ぷりぷり怒りながらも、馬鹿みたいに
食べまくった後で、お小遣い無いんでしょ?」
「そうなのよお。次のお小遣いまでまだすっごくあるのにどうしよ−。カナぁ。へるぷみーぷりーず。」
「ったく。あんたが助け求めてどーすんのよ。ほらっ。ちょっと甘いもの以外に・・そうね。たこ焼きでも買ってきて。おごってあげるから。」
「おー。ありがとお。やっぱりカナってだーいすきっ!じゃあ!行ってくるっすよ!」
そう言うと紗智子は佳奈からお金を受け取り軽い足取りでたこ焼きを買いに行ったのだった。
「ごめんね。その。紗智子も悪気がある訳じゃなくて・・」
「うん。解ってる。いっつもさっちゃん。私が落ち込んでる時に元気くれるから・・。」
「これでもうちょっとKYなとこが直るといい子なんだけどね。まあ、あの子ってあたしたちと居る時が一番楽しいって
よく言ってるから、ちょっと悠人君に嫉妬してるかもしれないけど・・・。」
「まさか。それはないでしょ。」
ふたりが居ない友達を話題に盛り上がってきた頃、8分の6個入りのたこ焼きが届けられた。
学校での色んな事や、TVの事。それに天気やテストの事など・・・いつも通りにたわいもなく
そして紗智子がぼけて佳奈がつっこむというおきまりのスタイルを恭子は楽しんだ。
そろそろ陽も傾き、お開きの時間が迫ってくる頃に、佳奈はほとんど溶けかけて小さくなった氷をストローでくるくる回しながら
恭子に尋ねた。
「・・・それで、恭子。これからどうするの?」
できる事なら聞きたく無い気持ちもあるし、昨日の今日で聞くのもあまりにも無粋な感じもしたが、佳奈は失敗が現実となってしまった今、
それでも恭子には辛い現実から目を背けるのではなく、また次へ踏み出して欲しくてあえて聞いてみたのだった。
「・・・えーっと。ちょっとみんなに変な事聞くけど・・・。うらない?みたいなのって信じるほう?」
「へっ?!占い???」
佳奈は恭子から返ってきた答えがまるで予測したものと違ったので、一瞬驚いてしまった。だが、その質問の意味を考えて
占いに頼ろうとしてるのかもしれないという結論に達し、なんて答えるのが今の恭子にとって良いのか必死で言葉を探した。
「えーっと・・・。あたしは・・その・・・あんまり信じてはいないけど。・・・その。ほらっ。占いの通りにやってみたら良かったっていう事も
あるじゃない?だから・・・そういうのもアリかもって思うよ。」
佳奈は無難に肯定的とも否定的ともとれる、要するに一番あたりさわりの無さそうな答えを選んだ。
「あー。私は、占いとかしんじなーい。だって、わたしはわたしだもん。したいって思う事をすればいいでしょ?」
「また、あんたは。そんなおバカっぽい事言って・・・。」
「だって、そうじゃない?違うの?」
「そういう事を言ってるんじゃなくって、その・・もっと考えて言葉を選びなさいって事なの。」
「あー。ごめん。ありがと。ふたりとも、よく解ったから・・。」
収拾の付かなくなってきてる争いに恭子は終止符を打った。
「で。恭子。それで今度は占いに頼ってやってみるの?」
「え?あー。うーんと。そういう訳でも無いんだけど・・・。ちょっとくらい参考してみようかなーっとか。」
「あ、じゃあ。わたしが占ってあげるよ。『たこ焼き占い』。たこ焼きを食べてたこが口のどこに当たったかで占うっていう・・・」
「あんた占い信じないって言ったばっかでしょ。第一、それ、あんたがたこ焼き食べたいだけだから・・・。」
「カナすっごい。よく解ったね。カナって占い師っていうより探偵になれるよ。『犯人はこの中に居る!』って」
「はいはい。・・・・ばかは置いといて。で、恭子。結局、あきらめちゃうとかしないのね?」
「・・・うん。大丈夫。恭子の今後の活躍にご期待ください!」
「あんた。それ、だめだから。」
三人は楽しそうに笑った。だけど恭子はあの『謎の雑誌』の事も、そしてそこに載っていたおねえさんとの不思議な
約束が心のどこかでひっかかっている事もみんなには言えずにいたのだった。
初夏の太陽が一番元気にギラギラと容赦なく照りつけるそんな午後。恭子は学校の屋上に居た。
あれから何回も雑誌を読み直したり、右手を置き直したりしてみたものの、まったく変化は見られなかった。
最後のページに書かれてる、『ラッキースポット』。半信半疑というより、ものすごく信じがたいと思いながらも、
まるで強く断言するかの様に、日時や場所が指定されてあるものを彼女はどうしても無視する事ができなかった。
そして何より、先日の失敗から間もなく、とりあえずノープランだった彼女は、提示されたものに従う事が楽だった。
「今日。ここで一体何があるっていうのかしら?」
彼女の好奇心はそれを確かめずにはいられなかった。真夏の放課後の屋上。ほとんどの人がとても暑いイメージを
抱くのだが、実は海に近くどちらかといえば田舎だけに、昼間は海からの風が心地よく吹き抜け、
恭子のいる昇降口の影は結構、夏の穴場ともいえる場所であった。とはいえ、さすがに放課後にこんな所に
来る学生などほとんどいなく、眼下のグラウンドから時折部活の音が聞こえてくるくらいでそれすらも
遠い世界の出来事の様に感じられた。
「ここってこんなに気持ちのいい風が吹くんだ。今度みんなで来ようかな?」
彼女は昇降口にもたれる様に背中をあずけると、お尻をぺたんとおろし、「う〜ん。」っと気持ち良く背伸びをした。
すると突然、『がちゃっ』という音と共に、昇降口の扉が開いた。
そして屋上に来た人物はいつもの自分の指定席にいる誰かに驚いた様に声をかけたのだった。
「あれ?!片瀬さん?最近変わったところでよく会うね。」
恭子はふいに声のしたほうを反射的に見ようとしたが、あまりにも突然に、しかも声の主が誰であるかは
見る必要もなく『彼』である事は間違い無いので、彼から顔を背ける様に下を向いてしまった。
「あっ、うん。また・・・会っちゃったよね。」
恭子は思わず口にした言葉を慌てて手を振り回しながら訂正した。
「あっ!ううん。別に神野君に会いたくないとかそういう意味じゃないのっ!」
あいかわらず下を向いたままなので、今日も恭子の表情はよく解らなかったが
悠人は何となくこの間よりは大丈夫そうなので安心した。
「あ、うんと。そういう意味じゃなくて、なんていうかあまり他の人に会わない所で続けてあったからちょっと驚いてるってとこかな。」
「あっ。えーっと。それは・・。私、今、涼しいとこ探してるの!」
「そっか。たしかにおとついの校舎の裏もここも涼しいし、どっちも僕の大好きな場所なんだ。片瀬さんも見つけちゃったのか。」
「そ、そーなの。ぐーぜん見つけちゃったの。」
恭子は悠人の言葉に食いついた。今日は確かに偶然と言えなくもないのだが、この間とか、今までにも偶然なんかじゃない
場面は何回かあったが、とっさにすべてが偶然という嘘を思わずついてしまった。
「ところで・・・そろそろ暑くなってきたので、日陰に入ってもいいかな?」
風が心地よく吹いてるとは言え、真夏よりもむしろきつい日差しに照らされつづけてる彼は彼女に尋ねてみた。
「えっ・・・。あっ・・。えっと・・。どうぞ・・。」
「ありがとう。じゃ、隣いいかな?」
悠人は恭子の隣に座った。正確には恭子が不自然に隅にずれすぎた為、微妙な距離があいてしまっていた。
彼女は突然の展開に、あわてて立ち上がる訳にもいかず、スカートのしわをきにしたり、制服の着崩れを彼に
気づかれない様に細かく直したりしはじめた。彼女は改めて息づかいが聞こえてきそうなほど近くにいる
彼にどきっとした。他に誰もいなくふたりっきりで、同じ場所に座って、同じ景色を見てる。
彼女はそれがこの上も無い幸せに感じたのだった。もしできるのなら、この時がずうぅっと続けばいいのにと思った。
彼はいつもの場所に座った。正確に言うといつもの場所より若干ずれた場所だった。
そして彼はいつもの様に屋上から初夏の太陽にキラキラと光る海を眺めた。
正確には、今日はいつもの様に自分で眺めようと思った訳ではなく、彼女がそうしてるので従う様にしていただけであった。
彼も毎日ここに来てる訳でもなく、週に1回程度ではあったが、それでも今日は特別に感じられた。
同じクラスの女の子と一緒に座って同じ景色を見ている。なんだかすごく不思議で、そしてとても照れくさい状況だった。
そしてずっと黙って前を見続ける彼女。そんな気まずい雰囲気に彼はとりあえず何か言わなくてはと思った。
「片瀬さんって、スポーツとか好きなものある?」
「えっ?」
恭子は突然投げかけられた「好き」という言葉に過剰に反応してしまった。
「わ、わたしは・・・運動とか、スポーツとかそんなに得意じゃないので・・・」
「そっかー。僕は陸上やってるから走るのとかは好きだし、スポーツもとりあえずは全部TVで見てるかな。」
「そうなんだ・・・。すごいね。」
「そうでもないんだけどね。ははは。」
悠人は自虐的にそして照れくさそうに笑った。そしてまたなんとも言えない空気が二人の間に流れたのだった。
「ちょっと、なんで悠人君陸上やってるの知ってるくせに、『わたしも走るのとか好きです。』って言えないの?
それに悠人君は別にスポーツだけって言ってないじゃない?せっかく話しかけてくれたのに
何チャンスつぶしてるのよ!もう!ばかぁ!」
恭子は自分の中のどこか冷静な部分に非難を浴び去られた。
「女の子にスポーツの話題とか・・・。ちょっとミスったかな。といってこのままって訳にもいかないだろうし・・」
悠人はこの場の雰囲気を作り出している責任を感じ、なんとかそれを変えようと話題を探した。
「片瀬さんって、海とか見るの好き?」
「あ、うん。海を見るのは好き。」
恭子は今度は素直に上手に答える事ができた。
「僕も海を見るのは好きかな。陸上の事とか、なんかどうでもよくなってきちゃって・・。」
「え?!神野君、陸上やめちゃうの?!」
「あ、ごめんごめん。そういう事じゃなくて。その、ちょっと陸上の専門っぽい話しでもいいかな?」
「あ、うん。全然平気。それで?」
「それで、タイムが伸びなかったり、フォームが上手く変えられなかったり、スタートが上手くいかなかったりとか
そういった事で悩んでる時にここへ来て海を見てると『どうでもよくなっちゃう』んだ。なんていうか
『出来ないからだめなんじゃなくてそのうちできる』って思えばなんか本当にそのうちできちゃうっていうか・・
そんな感じかな?あ、ごめん。陸上の事ばかりなんか語っちゃって。」
「ううん。いいの。・・・!」
恭子は何かを言おうとしてはっ!と気がついた。神野が陸上をがんばってる姿は知っていたが、こうして直接
なんだか色んな事が聞けて、彼女は彼の一言一言がとても貴重なものに感じられた。
そしていつのまにか顔を上げ彼のほうをうっとりと見てしまっていたのだった。
急に彼と目が合い、まるで真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしい様に慌ててまた顔をそむけてしまった。
「えっと、そろそろ遅くなるから。帰ろうか?」
思わず自分を語ってしまった事や、彼女と目が合ってしまった事に、気恥ずかしさの限界に達した悠人は
頃合いをみはかろうとしていた。
「あっ。うん・・。」
ふたりはすくっと立ち上がった。
「じ、神野君!わたし!・・」
恭子は不思議といつもよりしっかりとしているのを感じていた。心臓はまた強く激しく響き、頭のてっぺんから足の先まで
かぁっと熱いのに、何かに突き動かされるかのごとくに言葉を続けようとしていた。
今まで失敗してきた自分が居るからかもしれないし、みんなが応援してくれる事、おねえさんが一緒に応援してくれるっていうのを
どこかで心の支えにしてたのかもしれないし、ラッキースポットとかいう啓示がある程度心の準備をさせてくれてた事かもしれない
し、神野君も色々悩みながらも『そのうちできる』。っていう前向きさが大きいのかもしれない・・。
彼女にはよく解らなかったけど、今ならさっきの言葉の続き・・というより今まで言えなかった事。
『神野君。あなたの事がすきです。』
その言葉が言える様な気がしたのだった。
「あなたの、ことが!」
彼女は急にぴたっと止まってしまった。
「なんで、そこで止まっちゃうの?すきって言いなさいよ!」
「今、すきって言わなかったらいつ言うのよ?はやく言うの!」
「ずっとだいすきなのに・・・どうしてまた言えないの?」
心の奥から次から次へと湧き上がる非難の声にも、彼女は声を発する事ができなかった。
まるで誰かに喉を絞められてる様に息苦しく、内から湧き上がるものを上から押さえつけられている様であった。
「どうして?!ねえ?!なんで言えないのよ?!」
自分の身体が自分の心に全く従わない感覚。彼女は全く解らなかった。
だが、やがてその原因は強烈に、そして彼女の心の声をすべて飲み込む様に覆い被さっていったのだった。
「告白して悠人君に『ごめん。』って言われたら、どうするの??」
その一言が完全に彼女の動きを奥底から止めてしまっていたのであった。
「今なら告白はしてないし、好きって自分の気持ちを伝える事もできてないけど、こうやって彼の近くに来れるチャンスはあるし、
もっと彼の事をいっぱい知って、今よりもっともっと好きになれるかもしれない。それに彼と話せる機会があれば、私の事を
もっともっと彼に伝えられるし、彼がひょっとして私の事を今より好きになってくれるかもしれない。・・・それなのに
今、彼に自分の気持ちを伝える必要って本当にあるの?これだけの事を受け入れる覚悟は今の私にあるの?
それに今日は本当に今までと違うの?・・・・」
また決断を先送りにしようとする彼女の弱いココロとどうしても自分の想いを伝えたいと願う彼女のココロとが激しくぶつかり合い
彼女にこの身を真っ二つにひきさかれそうな強烈な葛藤を生み出してしまっていたのだった。
「私・・・どうしたらいいの?」
刻は無情にも彼女にどちらか選択する事を迫るものの、彼女にはどちらを選ぶ事もできない。
激しいフラストレーションに耐える様に彼女は右手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
『どくん!どくん!』
「えっ?」
彼女は突然、『びくっ』『びくっ』とまるで背中の真ん中を何かに押される様にびくついた。
背中をそのまま前に曲げられ、胸を前に突き出させられる様な苦しい姿勢を彼女は何かに強いられたのだった。
胸の奥あたりで苦しかったもの消え、今度は両方の胸。というより、乳房に集中し、彼女を苦しめたのだった。
同時に身体全体が火照っていた感覚が、すうっと端から消えるように、そしてそれが弓の中央部分、すなわち
彼女の突き出された胸へと集められてる様であった。激しくひっぱり上げられ、同時に締め付けられる様に苦しく
そして燃える様に熱く感じる二つの乳房に彼女は思わず叫び声を上げてしまいそうになった。
「ふくぅっ!」
だが、悠人君の手前、心配かけたくない強い気持ちが彼女に最低限の小さな呻き声をあげて耐えさせたのだった。
「く、苦しいっ!けどっ!!」
彼女は必死でまったく解らない彼女に襲いかかってくる苦しみに耐えた。
「も、もう、だめっ!!」
彼女の気持ちが最早限界を迎えようとしていた時、その心の叫びが天に届いたかの様に、彼女から苦しみが
一時すうっと消えた様に感じられたのだった。だが、それは今度は少し形を変えて再び襲いかかってきたのだった。
彼女の二つの乳房にかかる焼ける様な熱と押さえつけられる様な苦痛はすこしづつではあったが和らいできてる様に
感じられた。だけど、同時に彼女は新たにまったく解らない感覚に襲われていた。
彼女は苦痛に耐えながらも、その不可思議な感覚を確かめようとした。苦痛を分散するかの様にまるで
その場所を大きくしていて、それはまるで彼女の胸が大きくなっている様な感覚であった。
制服の襟元を少しひっぱって彼女は自分の胸元を確かめた。お世辞にも大きいとは言えない、というより、むしろ
コンプレックスでもあるちいさな胸を隠す様に押さえつけていたかわいいブラが、ぐぐっと下から持ち上げられていた。
「わたしの胸がおっきくなってる?!」
単なる馬鹿げた考えでしか無かったものが現実に自分の身に起こっていても、彼女はまだその事実を受け入れる事はできなかった。
「そんな訳あるわけないじゃない?!」
「どうしてそんな事になる訳?どういう理由よ?!」
彼女の脳はヒステリックに否定をした。あまりにも想定外の事が五感からの判断を完全に拒否しようとしたのだった。
だが、彼女の胸はまだぐぐぐっと大きくなろうとブラのカップを押し上げ、肩や脇はどんどんとブラの紐に締め上げられる
感覚を容赦なく、そしてそれが加速度的に絶望的な現実を彼女に伝えていったのであった。
悠人は立ち上がった。そして恭子と一緒に帰ろうとした時に、彼女が急に鬼気せまる様な迫力で何か言おうとした。
彼は今日のなんだかおかしな空気を思い出し、そして彼女のどことなく違う迫力に、本能的に刻が来るのを待っていた。
「じ、神野君!わたし!・・」
「あなたの、ことが!」
彼は極度に緊張した。彼女が自分に何かを必死で伝えようとしている。そんな空気が肌で感じ取られた。
そしてそれはほぼ確信へと変わった。彼女が伝えようとしている事、それは、きっと・・・。
彼は彼女の勇気が満ちる刻を待ち続けなければならない事を悟ったのだった。
彼女は依然として下を向いている。思えば彼女の顔を見れたのは今日ほんの一瞬だった気がした。
その時の彼女の顔はあまりにかわいく、彼もまた恭子から恥ずかしくて顔をそむけてしまったのだった。
そんな事を思いながらも彼は待ち続けた。こんなに待つ事が長く感じられた事もないくらいだった。
「・・・っ!」
彼はなにか押し殺された音が恭子のほうから聞こえた様な気がした。彼は小柄でうつむいてる彼女の
様子を伺おうとしたが、よく解らなかった。だけど、なんとなく彼女の身体が小刻みに震えていて
彼女を心配するあまり、禁をやぶり声をかけた。
「片瀬さん!大丈夫?具合悪いなら保健室行こう。ついていくから。」
彼は優しく声をかけて手をさしのべようとした。
恭子は悠人から声をかけられて改めて彼の存在を認識した。今までももちろん彼が自分のすぐ側に
いる事は忘れてはいなかったし、彼女が必死に耐えていたのは、すべて彼に余計な迷惑を絶対に
かけたくないからという気持ちだった。だが、それも最早、失敗に終わり、今まさに彼に心配をかけつつ
あり、そればかりか、自分のこの胸が大きくなっているというあり得なく恥ずかしい姿を彼に絶対に見せる
訳にはいかなかった。彼女は左腕で自分の両方の大きくなりつつある乳房をぎゅうううっと押さえつけ、
右手をあげて彼に手のひらを見せる様にすると、できるかぎりの笑顔で彼に何でも無い事をアピールしようとした。
「だいじょうぶ。ちょっと・・おなかがすいただけなの。もう、帰るね。神野君、さようなら。」
絶対に見られまいと隠す左腕を押し上げる様に、一向に止まる気配さえ見せなく、彼女の胸はその大きさを増そうとしていた。
もう、1秒さえここにいる事はできないと思った彼女は、早口気味にまくしたてると、彼の返事を聞くまでも待たず、
そそくさと素早く昇降口に駆け寄り、ドアを開け、屋上から、そして彼の目から逃れたのだった。
ドアが彼女の後ろで『ばたんっ』と重く閉まるのと同時に、必死で押さえつけている彼女の左腕がぐぐぐっと上へ持ち上げられた。
腕はどんどんと弧を描くように持ち上げられ、彼女は腕をはがされまいと右脇腹をつかんでいる左指にぐっと力をこめた。
だが、彼女はこんなところでいつまでも留まって戦ってる訳にはいかなかった。当然、悠人もすぐに出てくるだろうし、
今度彼に会う事だけは絶対に避けなければならなかった。彼女は左腕が使えないまま教室のほうへと続く階段を駆け下りていった。
階段を急いで下りている際にも彼女の胸は容赦なくぐぐぐっと大きくなっていった。
彼女の小さくかわいいブラは今や彼女をきつく押さえつけ苦しめる拘束具と化していたが、彼女にとってはこれ以上、胸が大きくならないように
押さえつける為の大切な道具でもあった。膨れあがる乳房にカップは上へ上へと持ち上げられ、限界まで伸びきった紐はさらに深く深く
彼女の肩や脇に食い込み始め、それでもなお、膨れあがる胸にブラジャーは『びっ』と悲鳴を上げ始めた。
そして左右と上からあふれ出す力は一番弱い部分へと襲いかかった。『びっ』という音が次第に『びりびりっ』と長くなっていき、
その度にブラの破ける範囲がどんどん広がっていった。そして、『びりびりびりっ』という嫌な音と共に、彼女のブラは胸の真ん中の部分から
左右に引き裂かれてしまったのだった。今までさんざんブラジャーに押さえつけられていた彼女の胸は、『ぶるんっ』と激しく上下に揺れた。
そして走る度に上下左右へと暴れる彼女の胸は、今まで経験した事のないほどの走りにくさを彼女に感じさせたのだった。
「まだ、おおきくなるの?!どうすればいいの??!!」
彼女はようやく教室の廊下へとついた。誰にも見られない様に必死で大きくなった乳房をかくそうと、彼女は左指を自分の右の乳房を外から抱え込む
様にして膨れあがる胸を隠そうとした。ノーブラで押さえつけるものの無い彼女の胸は彼女が動く度に『ぷるんっぷるんっ』と彼女の腕からこぼれた。
彼女は慎重に歩いた。幸い、上の階の生徒はほぼ帰宅してるらしく、あたりに人影が無い事に彼女は少しほっとした。
だが、状況は依然として彼女に余裕を与える事は無かった。ますます膨らむ彼女の胸は左腕を浮かし始め、なおも、外へ外へと大きく膨らもうとしていた。
それと、さきほどから新たに彼女を責め立てるなにかが彼女の気持ちを焦られせるのだった。
「とりあえず、神野君。ううん。誰にも見つからないとこは!」
彼女は辺りを見回した。3年生の教室に、指導室。それに実習室・・・どこも彼女には相応しいとは思えなかった。
「あ!あそこならっ!」
彼女は女子トイレを見つけると、『ぶるんっぶるんっ』と凶暴に揺れる乳房を押さえながら
トイレへと駆け込み、ドアに鍵をかけて、蓋がしまったままの便器にそのまま腰掛けたのだった。
ようやくとりあえずのピンチは去った様に彼女は感じた。少なくとも、悠人君がここに来る可能性がほとんど無い事だけは
無条件に彼女を安心させたのだった。さらに幸いにも、この階の女子トイレは恭子ひとりだけしか居ないみたいだった。
教室にも人があまり居る気配は無かったので、誰か来る確率もかなり少なめに感じられたが、彼女は油断する事はできなかった。
だが、そんな彼女に休む間など与える事を許さない様に、彼女の胸はさらに大きく膨らみ始めた。
ぐぐっ!ぐぐっ!と大きくなる胸は、彼女の左腕を浮き上がらせ、彼女はその引きはがされようとしている左腕をはがされまいと、右腕で押さえつけた。
しかし事態はさらに彼女に困難なものになりつつあった。大きくなっていく彼女の乳房は、次第に圧迫感や膨張感や熱を大きくためて彼女を苦しめるだけ
のものから、外へ外へと膨らんでいく感覚とともに、彼女に『ぞくぞくっ』という脳に走る快感も与えていた。
「ふぁぁぁん・・・」
彼女は我慢しきれなくて、トイレに反響して誰かに気がつかれない様に絞り出し、喘ぎ声をもらした。
それでも彼女が思ってたより大きな音が響いてしまったのだが、今の彼女にはこれが限界であった。
もっと彼女に大きな快感を求めさせようとする様に、彼女の胸は大きさを増していった。彼女も必死で両腕を使って抵抗を試みたが、
どんどんと押し上げられる両腕と、じんじんと膨らむ快感に強い恐怖を感じたのだった。
「どんどん私の胸がおっきくなっちゃう?!どうなっちゃうの、わたし・・・」
両腕はさらに持ち上げられ、それと共に、彼女の制服も彼女の胸へとひっぱりあげられたのだった。
もともと小柄な彼女のセーラー上着は裾の部分が胸へと引き上げられ、彼女のおへそが見え始めていた。
さらに脇腹の部分の布地もひっぱられ、生地が緊迫のシワを作り上げていたのだった。
「うううう。くぅぅぅぅぅっ・・・」
それでもなお、彼女の胸は膨らみ続けた。彼女の襟元も前へとひっぱられ、ぽっかりと開いた隙間からは
むりゅむりゅっと膨らむ大きな乳房が見た事も無い谷間を彼女に見せつけた。
胸のスカーフの下のボタンが左右に引っ張られ、一番上のボタンが『びしっ』と飛んで、壁に当たりトイレの床に転がってしまった。
「だ、だめえぇぇ!いやあぁぁぁ。」
それでも膨らみ続ける彼女の胸は、彼女のセーラーを尚もひっぱりあげ、彼女の膨らみ続ける乳房の下の部分を露わにし始めると、
彼女の第2ボタン、第3ボタンを次々にはじけ飛ばし、トイレの床に無残に叩きつけた。
そして、『びっ』というどこかで聞いた嫌な音がトイレの壁に響いた。そしてなおも膨らみ続ける力は、あたかも先程のブラと同じ様に
一番弱い部分。ちょうど制服の脇から下の部分にある縫い目へと襲いかかってきたのだった。
ぴんっと張り詰められる布を左右から強い力でひっぱられ、徐々に、『びっ』という短くするどい音と共に、両脇の部分からほつれて縫い糸が
切れた部分を通して彼女の綺麗なボディが次第に晒され始めたのだった。
「もうこれ以上はだめえぇぇぇぇえ!! いやああぁぁぁぁぁぁ!!」
彼女の悲痛な叫びも空しく、『べりっ!』という大きな音と共に、彼女の制服は右の脇から左へとひっぱられ、無残にも彼女の制服は引き裂かれてしまったのだった。
慌てて、彼女は制服の左端と右端をなんとかくっつけて元に戻そうとしたが、一度破れた制服が元に戻る訳がなかった。
彼女はただの布きれと化してしまった制服で隠したり、押さえたりする事をやめ、すっぽりと脱ぎ、まだ首にぶらさがっていた、ブラジャーだった紐を首から外すと
重ねてトイレの小棚の上に置いた。そして彼女は初めて、自分の変わりはてた乳房を確認したのだった。
すでに大きさは自分のおへそくらいにまで達し、下ばかりか、前はしゃがんでいる自分の腿を隠そうとまで大きくなってしまっていた。
乳輪も大きくぷくっと膨らみ、その先にぴんっと立つ乳首が震える度に、彼女に焦燥感を伴う快感を与えていた。
そしてなおも、むくむくっとその乳房は膨らむ事をやめず、彼女にさらに大きな快感を与え続けたのだった。
「・・・はぁうううん!ううっ。こんな恥ずかしい身体、いやぁぁぁぁ」
彼女は自分の身体がとても嫌らしく恥ずかしいものになってしまってる事や、そして自分が快感を感じてしまっていう痴態に再び恐怖を感じた。
彼女は自分の恥部を隠す様に、両手を交差し、反対の触るだけでおかしくなりそうな乳首に当たらない様に指で隠しながら、
両腕で再び抱え込み、まだまだ大きくなろうとする彼女の胸を押さえ込んだ。
ぐにゅうううっと周りからおしつぶされ、彼女の胸には深い深い谷間ができていた。
それでも膨らむ胸は、彼女の腕を振り払うかの様にむりむりむりっと大きくなっていき、彼女のクロスする手を外してしまった。
「はあううううううん。いやぁぁぁんっ。お、重いっ。」
どんどん大きくなる胸はその存在感とともに、彼女の肩にずしりっとぶらさがり始めた。彼女の腿にまで着きそうなくらいに肥大化した乳房を
彼女はもはや恥ずかしい乳輪やびんっとそそり立つ乳首を隠す余裕などなく、腕を使いながら下乳を支えてなるべく重さを分散するしかなかった。
それでも、華奢すぎる彼女の肩、そして上半身は、その凶暴な胸に次第にその姿勢を前のめりにさせられていってしまった。
「いやぁぁぁぁ。わたしの胸ぇ。とまってぇぇぇぇえ・・。」
ついに肥大化を続ける胸が、腿にまで達した事を彼女は解らされたのだった。前のめりに巨大な乳房を抱え込む様に腕と身体で抱きついている姿は
とうに彼女の理解の範疇を超えてしまっていた。
「胸ぇ・・・私の胸ぇ・・・」
ついに理性の限界を超えてしまった彼女は、そこで意識を失ってしまったのだった。
「うっ・・ぶっ!げほっ!げほっ!」
彼女は息苦しさで気がついた。何かで口と鼻を塞がれ、息が止まりそうになったのだった。
「う、うーん。私・・・」
彼女は頭を左右にぶるぶると振った。それに合わせ巨大な胸がぶるっぶるっと揺れ、彼女は
バランスを崩して落ちそうになった。
「ううう・・・。やっぱり夢じゃないのね。どうして私の胸・・・こんなになっちゃったのよ・・・。」
彼女は下を向いても恥ずかしいほどに膨れあがった自分の胸以外何も見えない状況に、悲嘆にくれた。
「そういえば、私ってどれくらい眠っちゃったんだろ・・・?」
恭子は何時ごろか推測しようとしたが、薄暗いトイレの中では全く解らなかった。
「とにかく、こんなおっきな胸で誰かに会ったら・・・ぜぇったいにだめだけど、ここに居てもそれはそれでだめよね。」
彼女は誰かに見つかる危険は犯したくはなかったが、あまり帰りが遅くなって騒ぎになっても
すっごく困るのでとりあえずなんとかしなくてはと思った。
「とりあえず、お母さんにメールしなきゃ・・。」
恭子はポケットに入れてあった携帯を取り出した。いつもなら胸の前あたりで操作できる携帯も
今は当然できなく、顔の前あたりで、前のめりになってなんとかメールした。
「・・ふー。これでなんとかなりそうだけど・・・それにしても、ううっ。胸邪魔すぎ・・・。とにかくここから出なきゃ。」
動き出す前に彼女には心配事があった。それを確かめる為に彼女は恐る恐る自分の大きな胸を両方からぷにぷにっと触ってみた。
「うわぁ・・・すっごくぷにぷにしてる・・・って、そんな場合じゃないでしょ!だ・・だいじょうぶそう・・かな?」
彼女はさらに少し力を入れて、むにゅむにゅっと揉んでみた。その瞬間、彼女の胸からぞくぞくっという快感が
彼女の脳に走り、彼女は少しのけぞってしまった。
「はぁぅぅん・・。調子にのっちゃダメって事ね。こっちは大丈夫かな?」
彼女は手を伸ばして、乳房の真ん中あたりにある乳首を探しながら触れてみた。
「ひぅんっ!」
思わずきゅっと摘んでしまった乳首からは鋭い感覚が脳に走った。
「・・・こ、ここはだめね。気をつけなきゃ。でも、これなら動いても大丈夫かな。せーのー。」
彼女は立ち上がろうとした。しかし、いつもの様に前のめりになって立ち上がろうにも、
巨大な乳房が足につかえて、彼女の身体を押し戻してしまうのだった。
「ふぅんっ!うう〜んっ!うんとっ!」
何回やっても押し返してくる胸に彼女は別の方法を考えなければならなかった。
「これで・・立てる・・かなっ!」
今度は彼女はトイレの棚に手を掛けながら、力いっぱいなんとか立ち上がろうとした。
「ううううん!くうぅぅ!」
ずっしりと立ち上がっても、なお自分の股を隠すくらいにまでぱんぱんに膨れあがった乳房は
彼女が一番重いと感じたボーリングの球がさらにもっと重くなったくらい・・というか、彼女には
まったく経験の無い重さであった。
「あっ!きゃっ!」
立ち上がったはいいが、未知のバランス感覚に彼女は前に倒れ、そのままトイレのドアに
自分の乳房をむにゅうっとつぶして支えられてしまった。
「こんな事で大丈夫なの?・・って全然大丈夫じゃないけど・・。」
なんとか起き上がると、彼女は右腕で出来る限り胸を支えながらも、左手でドアのロックをなんとか外した。
「まさか・・胸が大きすぎて、出られない・・・なんて事・・ないよね?」
彼女は不吉な想像にさぁっと血の気がひいていくように感じられた。
背中をドア側にして、なんとか出ようとしたが、やっぱりあまりにも巨大すぎる乳房は簡単にはいかなかった。
乳首を当てないようにして乳房を両手で上に持ち上げ、ぎゅううっとつぶしながら、反対側の木製の部分に
こすり擦りつけるようにして、なんとか彼女は脱出に成功したのだった。
「うううう。いったぁーい。」
かなり強引に引っ張りだしたので、乳首より下の部分に真っ赤な筋がついて、ひりひりと痛かった。
「なんとか、出られたけど・・・このままじゃ、帰る事なんてできないし・・・。」
彼女はまたしても難題に直面し、一生懸命考え、とりあえず自分の教室に戻る事にしたのだった。
トイレから慎重に・・こっそり顔だけ覗かせようにも、大きな胸が邪魔をした。
人がいる気配は無かったが、慎重に慎重に・・・階段まで来ると、足音を立てない様に、そして常に階下の物音を
聞き逃さない様にして、降りて行った。そして時折、前のめりにバランスを崩しながらも、ようやく目的地の自分の教室に着いた。
「・・・うん。誰も居ない。ラッキー。」
彼女は廊下から自分の教室を見回した。そして特に悠人の席が綺麗に片づいてるのを見て安全を確認し、教室へと忍び込んだ。
幸い、まだ陽が外から差し込んではいるものの、初夏という事考えるとそんなに悠長に構えてる
暇もなさそうだった。彼女は掃除用具入れの奥のほうから、専用の棒を取り出すと、長くて生地の分厚いカーテンを
外しにかかった。何回かやった事があり、普段なら結構簡単に外せるはずなのに、腕を上げる事がすごく辛く、
さらに少し身体を傾けるだけで、容赦なくのしかかる胸のせいで彼女は何回か転んだ。悪戦苦闘しながらも
彼女はなんとかカーテンを手に入れる事ができたのだった。
「明日、朝に返せば・・・たぶん大丈夫よね?」
明日の事などどうなるかは解らないがとりあえず、なんとかしなければいけない今を考えなければならなかった。
恭子はカーテンを自分に巻き付けると、首の部分できゅっと縛り、自分のヘアピンで何カ所かとめて
まるで巨大なてるてる坊主の様に身体をすっぽり覆い隠し、右手だけをカーテンの隙間から出したのだった。
「これで・・・とりあえず胸を出したままで帰らなくてよくなったけど・・・どう見ても怪しいよね。
目立っちゃうし、なるべく裏道を通って、誰にも会わないようにしなきゃ・・・。」
こうして恭子は大きな胸にバランスを崩され、時折、ふらふらと千鳥足の様になりながらも、なるべく目立たない
裏道を通り、途中で何人かに不審な眼差しを向けられながらも、なんとか家までたどり着いたのだった。
「ただいまぁ・・・。」
どうにか自分の家までたどり着いた安堵感と、どっと一気に押し寄せる疲労感に彼女は玄関に膝をついた。
台所からは何やらいい臭いがただよってきており、ちょうど夕食の時間くらいの様であった。
「おかえりなさい。遅かったわね?」
恭子は心の中で「やばいっ!」っと思った。
「ごめんね。えーっと。ちょっと勉強してたら遅くなっちゃった・・・。」
「メールは見たけど。テスト勉強しててももうちょっと早く帰ってきなさい。もう、ご飯できてるわよ。」
「あ、うーんと、そのー。ついでに食べてきちゃったから、ちょっと要らないし、すぐ勉強しなきゃいけないから・・。」
そういいながらも、彼女は階段を足元が見えない状態で苦労しながら一生懸命急いで上っていた。
「え?ちょっと!それならそれでメールくらいしなさいよ!もう夕食作っちゃったわよ!」
「ごめんねーお母さん。今度からちゃんと気をつけるから。」
彼女はお腹もすいてたし、お母さんを騙す様な事はしたくはなかったけど、今、顔を合わせる訳にはとてもいかなかった。
ようやく、長い長い道のりを経て、彼女は自分の部屋に到着した。すぐにドアに鍵をかけると、
窓をしめ、カーテンをひいて外から絶対に見られない様にしたのだった。
「ふぅぅぅ。っつかれたぁ〜。」
恭子は着てきたカーテンを脱ぎさると、カバンをそのあたりに捨てて、ベッドにおもーい乳房から倒れ込んだ。
「うぅぐっ!ぶっ・・・くっ、はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
勢いよく倒れ込んだ彼女の顔は完全に大きな胸に埋もれ、口と鼻をむにゅむにゅっとふさがれてしまった。
息ができなくなった彼女は慌てて、両方の手で乳房を上からつぶしながら、顔をなんとか上げたのだった。
「・・・もうちょっとで自分の胸で窒息しちゃいそうだったし。もう、いや!こんな胸・・・。」
彼女はそれでもようやく自分の部屋に戻ってこれた事に安心し、そして同時に急に悲しくなって泣きべそをかいた。
「まったく!何やってるのよ。あんたは?」
「えっ?!」
彼女はどこからか聞こえてくる声に必死に顔をきょろきょろ動かしてその声の主を探したが
誰も見つける事はできなかったのだった。