∀月X日 夕方。晴れ
瑠璃は夕食の材料を買いに家を出た。
なぜか?
両親がツチノコを捕りに和歌山県に行ってて今日は帰ってこないからである。(ご都合主義?あぁ、言葉だけ知ってる。意味は知らないですよ)
なぜ瑠璃ママの作っていったカレーを食べないのか?
前話で登場して以来天野家にごろごろと居すわっているたま(いつ帰るのだろう?)の口には美味しそうなカレーがくっついていた。
怒られてびっくりして電柱に登って降りられなくなってにーにー鳴いているたまをほっといて、瑠璃は暮れなずむ街を歩く。
本当は自転車を使いたいのだが、自転車という物はペダルをこがなきゃ走ってくれない。しかし、自転車のペダルをこぐと、膝にアレが――大きな膨らみが軽く当たるのだった。
下から膝に突き上げられてたわむアレは人目をひきすぎて恥かしいし、それなりに重い。疲れる。自転車のカゴに入れるというの手も有るが、収まりきらないで胸はカゴから零れ落ちるしカゴの網目が食い込んできて痛いし人目だって結局集まる。
だから瑠璃はてくてく歩いていた。服装はサンダルとカーディガン、ひざ上までを覆うスカート。
まぁ歩いているといっても瑠璃の容貌とスタイルはかなり視線を集めているのだが。
現に物憂げな瑠璃に見とれていたそば屋の出前の自転車が電柱に突っ込んだ。
10分後、瑠璃の着いた場所は『ペティーズ』。
お兄ちゃんのパジャマやら病気の妹に贈る本。ダチョウのたまごだって置いているこの街では一番大きいデパートだ。分かる人だけ分かって頂きたい。
時間的には余裕を持って出発したので、かねての予定通りある場所へと向かう。
夕飯の材料を置いている食品売り場――ではなく、その手前を右に曲がった先。女性用下着売り場。
最後に入ったのは確か小学2年。勇気を出しての入場だった。
普段の下着はオーダーメイドであり(既製品では入らないので)、元男としてはこのスペースに踏み込む決意・機会が中々つかめなかったのだっだ。売り場の中を歩き出す。
が――顔を上げてまっすぐ見ることができない。歩みがぎこちないのが自分でも分かる。顔が熱っぽい。赤くなってるかもしれない。
縦横に並ぶどのマネキンよりも整った自分の肢体に意識を向けることもできずに、危なっかしい足取りで瑠璃は歩を進める。
それでも何とかたどり着いた先は、ブラジャーのワゴン。
分類の札にはAとかBとか瑠璃にとっては見なれない聞きなれない文字が並んでいた。
他の客は女子高生3人。限りなくBの文字よりの位置でAを手にとって見ていた。少しでも見栄は張るものである。
その3人の6つの目玉が瑠璃を捉え、唖然と驚嘆と忘我を足して2で割ったような表情になった。信じられないものを見た時の顔だった。
思いっきり寄せて上げて、その上からパットを何枚入れてもまだ遠く及ばない存在があった。最低自分の頭より大きくないと比較対象にもならないだろう。
連邦軍本部での白い量産型と赤い水陸両用型。Nなダメ少年とGなガキ大将。七つの痕持ちな世紀末救世主と断末魔が『ひでぶっ!!』なモヒカン。そんな力関係であった。
どうがんばっても勝てない存在を認識した時、彼女らの脳は戦術的後退を命じた。後ろに前進ってやつである。決して逃げるのではない。
「ちょっとアレはデカすぎるよねぇ……何食ってんだか」
「前世さぁ、牛だよきっと。しかもホルスタイン」
「あそこまでだともう化け物じゃない?成長ホルモン全部乳にいってんじゃない?」
ヒソヒソと負け惜しみを言い合うのも忘れなかった。
負け惜しみを瑠璃は歯を食いしばって耐え聞いていた。決して好きで大きくなったのではないし、大きい過ぎるなりの苦労だって山のようにあるのだ。
気持ちを切り替え、誰も居なくなったワゴンから瑠璃はFカップ(売られている中で最も大きかった)のブラをおずおず手にとると、試着室に入るのだった。
最後に試着室に入ったときより更に狭い。以前入ったのは別の店の試着室だが、決してこの店の試着室が狭いということではない。つまり瑠璃の発育が……
とにかく試着室の広さでは胸が障害になってまともに動けない。
正面の鏡に映った非常識じみた自分の体型(上半身と乳の体積の比率がかなり近い)を見て瑠璃はしみじみ嘆息した。
着ていたカーディガンと上着を脱いで試着室備え付けのフックにかけ、下半身はスカート。上半身はブラジャーだけになる瑠璃。
ちょっとだけ力を込めて手を後ろに回し(胸が前に気持ち突き出される形になった)、ブラのホックを外した。
重力に従いブラが落ちて行く。乳首が外気に触れる。下着としては広すぎる面積が、空気の抵抗を受けて落ちていくのはパラシュートのごとく。覆うものがなくなっても尚、瑠璃の両の乳房は均整のとれた形を維持している。
足元に落ちたパラシュート……じゃなかった。ブラを足の指に感じて瑠璃は少し憂鬱になった。
つまり足元に落ちたものを拾うにはしゃがまねばならない。しゃがむと自分の乳が膝に押し上げられて視界を覆うし障害となるしで、手探りで落ちたものを探さなければならなくなる。
かなりの体積と重量を持つ自分の乳の下からものをサルベージするのは一苦労なのだ。
ひとまず今は過ぎたことを忘れ、持ってきた市販品最大サイズのFカップのブラを自分の胸に押し当てる瑠璃。が、市販品最大サイズは瑠璃の双丘を半分も包むことはできなかった。当然といえば当然であるのだが。
背中の辺りでその片割れと合体するはずのホックも、脇の下を少し過ぎたところで止まっている。
改めて言おう……デカ過ぎる。
それでも瑠璃は諦めずに、無理矢理ホックを止めようとした。市販品にまだ入る。そのことを証明したかったのだった。
頼りなさ気に胸に当てられたブラジャーの食い込みが、更に激しくなる。深く、深く。布地からは納まりきれていない胸が――その大半が――こぼれる。
「ク……ゥゥ……」
思わず喘ぎ声が漏れた。この時正面にある鏡に映っている映像は。
目を潤ませ、頬といわず全身を桜色に上気させながらブラからあふれ出る胸の脂肪と下着の食い込みを気にしつつ、苦しそうな表情としぐさで懸命に後ろでホックを止めようとしている美少女の姿。
十秒後。
パ……チン。
どうにかホックが止まる音がした。
「や……た……はまっ…………た」
ブラジャーの食い込みは瑠璃の膨らみを締め上げ、整った形をいびつに歪めてている。キツすぎて呼吸が苦しく、意識が飛びそうになる。息が加速度的に荒くなってゆく。その時、
パチィィィィィィィィン!!
背中のほうでホックが勢いよく吹っ飛ぶ音がした。つなぎの無くなったサイズEのブラは、パラシュートになるには小さかったらしくただ落ちてゆく。
縛りから開放された瑠璃の胸は、大きく波打って元の均整の取れた形を取り戻す。
一気に肺に酸素が流れ込む。
「スハァァァァァァ」
大きく息を吸い込むと、張り詰めていた体が急速に力を失い、両膝両肘を床に着く姿勢になってしまった。下に垂れた乳房が床にべったりと密着した。
ちなみに、試着室というのはあんまり広くない。瑠璃の膝の辺りから下の素足は、入り口のカーテンを乗り越え外に突き出た。
サンダルを履いてきたからのでハミでた部分は何も身に着けていないである。
ちょうど試着室の前を通りかかった女店員 A子(本名かつフルネーム)は、いきなり試着室から綺麗な足首のナマ足が突き出してきて驚いた。
「な、なんやこれ!!」
思わずお国言葉で反応してしまった。ハッとして深呼吸。平常心、平常心。
落ち着いて状況を把握しようと努めると荒い息遣いが聞こえてきた。もしや、中で倒れてしまったのでは……!
「お客様、大丈夫ですか!?」
平常心も忘れ勢いよくカーテンを開けると、そこには四つん這いで乳房を床に着けたポーズをしたままの瑠璃が荒く息をしていた。
ひざ上までを覆うスカートしか身に着けてはいない。
「なったらことしてらは?」
A子はどこの言葉かもよく分からない言葉で反応してしまった。
カーテンの開いた音に反応して後ろを見た瑠璃の顔色が困惑に染まる。
とりあえず瑠璃は本能の中でも羞恥心といわれるものを使って入り口を閉める。
そして目いっぱい混乱しながらも頭を整理する………………なるほど。
「だ、大丈夫です。心配しないで下さい」
やっとこれだけ言った。
「ん、んだか……」
A子もこう返すのが精一杯だった。
試着室の近くには監視カメラが設置されていることがあるらしい。部屋の中で商品をバックに詰め込まれて出ていかれないようにだ。
その監視カメラは、女店員A子がカーテンを開けてから瑠璃が閉めるまでの間の映像を――下半身の一部だけを布で覆い、息も荒く床に這う瑠璃の姿を正面から映した鏡と瑠璃の後ろ姿をバッチリ撮っていた。
この映像が後に『神の為された奇跡』と称されちゃったり祭られちゃったりするのはまた別の話。
「よかった……まだ入った……」
急ぎカーテンを閉めた試着室で瑠璃は呟いた。しかし、サイズEのブラは完全にホックが壊れており、もう売り物にはならないだろう。
「買うしか……ないよね」
律義な瑠璃だった。財布がそれなりに軽くなった。その結果。
「ねぇ瑠璃姉、なんで晩ゴハン……日の丸弁当なの?」
翠が問いかけた。
「……知らない」
瑠璃は別の方向を見ながら答える。
「ひもじいにゃあ」
瑠璃の気苦労が絶える日の足音は、微塵も聞こえてこなかった。
番外編「こじんれっすん」
「あの、白河先生。この問題、分からないんですけど……」
「る、るるる、るの字が、ソリティに個人レッスンを頼んでくるやなんて……ああ、何度この日を夢見たか……さささ、るの字、進路資料室へゴーや。手とり足とり実技で教えたるわ」
「エ?」
「あのぅ、私がやってもいいですよぅ。個人じゅ・ぎょ・う」
「結構や!!つーかゆずれん!!!……ジュルリ」
「あの、よだれでてますけど……」
「かまわんかまわん!!これからもっと色んなもんが流れるんやからな!!さ、るの字、ボケッとしとらんでいこか!!」
「あの、ここでいいんですけど…………」
「何ぃ!!人に見られた方が燃えるんかるの字は!!顔に似合わず大胆やなぁ。よし、ソリティは恥ずかしいけどここでやるか!」
「え、何で脱……」
〜終劇〜