炬燵

さかっち 作
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【中学三年】

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 毎年の恒例行事。親戚の集いは挨拶もそこそこに、大人たちは酒盛りを始める。
 適当な頃合いでお年玉を貰いに行こうと画策しつつ、奥座敷を抜けて茶の間に向かう。

「お、あけおめー」

 と、気の抜けた挨拶で待ち構えていたのは、従姉妹のケイ。
 毎年このタイミングでしか会わない彼女だが、炬燵から出たところを見た記憶がほとんどない。

「勉強の方はどうかね? 受験生」
「ぼちぼち。第一志望には受かりそう」

 そっかー、と炬燵に身を寄せると、天板の縁にむにゅりと、豊満といっていい胸が押し付けられる。

「……気になるか? セーショーネン」
「……別に」

 目ざとく気づいた姉貴分が、にやりと笑みを浮かべる。
 気恥ずかしさから口では否定するが、視線はどうしてもそちらへと引き寄せられる。

「最近順調に成長しててねー。今Gカップあるんよ」
「…………」

 そう手を当てた胸は、両手で収まるかどうかといった存在感を示している。
 軽く言ってくるのは気を許しているのか、男として見られていないのか、複雑な心境になるのだった。



【高校一年】

「おー、あけおめー」
「……あけおめっす」

 一年ぶりの再会。奥座敷でのどんちゃん騒ぎが遠くに聞こえる。
 茶の間には去年と変わらずケイが……いや、一点だけめちゃくちゃ変わってるんだが。

「……それ、重くねえの?」
「めっちゃ重い。もう肩か凝ってしょうがないんよ。あ、ミカンとってー」

 そう指すケイの胸は、炬燵の天板の上にドカン、と鎮座していた。
 全体の四分の一ほどを占領しているそれは、片方でバスケットボールくらいあるんじゃなかろうか。

「この間測ったらね、PカップだよPカップ。聞いたことある?」
「んにゃ。というか俺に聞くなよそういうの……」

 Pカップ、と口の中で転がす。言葉に現実感はないが、見た目には説得力しかないブツが主張しているのだった。



【高校二年】

「あけおめっす。……それ、炬燵入れてるの?」
「うっさい。いいからミカンとってー」

 毎年恒例の親戚の集い。奥座敷での空気ははっきり言って居心地が最悪だった。
 ケイの胸が、病院は、介護は、などとひそひそと腫れ物に触るような会話を早々に切り上げ、茶の間へ足を運んだ。

「まったく。ご主人様の言う事を聞かない子だよ、こいつは」

 そうペシンと叩いたそれは、ふるふるとまるで別の生命体のように揺れている。
 ケイの胸は更なる成長を遂げ、片方だけで一抱えある球体が、座っている彼女の膝まで覆いつくしている。

「生活に不便とかはないのか? はい、ミカン」
「ありがと。もー不便も不便、大学は一応休学ってことにしてるけどさ」

 ミカンの皮を剥き……おい、炬燵の天板に手が届かないからって、皮を胸の上にポンと置くな。

「服汚れんぞ」
「どうせすぐに着れなくなるしなぁ。……代わりに取って捨ててくれない? どさまぎで触ってもいいから」

 溜息を吐きながら、ミカンの皮をつまむようにひょいと取り除いて、ゴミ箱へ放る。

「……意気地なし」
「うっせ」



【高校三年】

「ミカン食べさせてー」
「自分で取れるだろうに。ったく……」

 言いながらもミカンの皮を剥き、もいだひと房を炬燵を挟んで向かいにいるケイの口元へ伸ばす。

「ぁ――む」

 こちらの手指から直接くわえこみ、果汁まで残すまいと舐めとろうとする舌がこそばゆい。

「しかし、……育ったなあ」

 左右を見回し、炬燵を挟みこむように鎮座している高さ1mはあろう楕円状の球体……ケイの胸を見る。

「どこかの物好きが、甲斐甲斐しく面倒見るなんて引き取ってくれたからねぇ。わざわざ賃貸まで契約して」
「親戚たちの態度に嫌気がさしたもんでね。賃貸は大学行くのに、どちらにしろ必要だったしな」

 六畳二間のアパート。その半分をケイと、彼女の胸が占めている。
 炬燵から這い出て、壁と胸の隙間を縫うように玄関へと向かう。

「それじゃ、いってくる」
「ん。いってらっしゃい」

 胸越しに、彼女が笑みを浮かべて手を振ってくれるのを見ながら、寒空の下へと身を繰り出した。