――――私立乳ヶ院(にゅうがいん)女学校
小高い坂を上った先にあるこの学校は、その名前に反して意外と歴史が古く、その始まりは江戸時代とも言われているようだ。
昔から、公爵なり伯爵なり、はたまた将軍・・・まあ平たく言って「貴族」と呼ばれる人々は、生まれたばかりの頃を「乳母」と呼ばれる母親代わりの女性に育てられる事が多く、この学校はその「乳母」を育成するという目的で作られた・・・らしい。
「乳母」に求められる素質は品性、知識、技能・・・様々だが、何より求められるものが「母性」であった。
ではその「母性」が一体どのようにして見られるのかというと・・・
「はぁ・・・」
私こと笹村(ササムラ) 香織(カオリ)はこの乳ヶ院女学園の高等部、2年A組に所属していた。
実はこの学園、クラスをかなり細かく細分化しており、我が高等部2年ではA組からK組まで存在している。
だが、それほどまでに在校生が多いのかというとそうではない。
名前に反して格式高く、歴史も古いこの学校。
さらに女子校ということもあってか、毎年の新入生はさほど多くなく、私の学年でも100人も居なかっただろう。
ではなぜA組からK組まで作っているのか・・・
「かーおり。どうしたの?溜め息なんかついて。」
一日の授業の終わりを告げるチャイムの後、荷物をまとめながら私の所へやって来たこの女性。
大本(オオモト) 綾菜(アヤナ)。私と同じ2年の廊下の奥の方、J組に属している。
160cmほど、私とほぼ同じぐらいの身長は、女性としては普通・・・いや、若干高いか。
艶のある黒髪は肩口までのボブカット。
くりくりとした瞳が人懐っこさを表しているが・・・
(・・・っく、この娘は!)
落ち込んでいる私をまるで嘲笑うかのように、大袈裟に揺れる胸が特徴的の、高等部生徒会役員である。
「・・・ううん。ちょっとね・・・・・」
私は落ち込んでいるその内容を思い返してみると恥ずかしくなり、苦笑いで彼女に返す。
だが綾菜はこれぐらいで引き下がる女ではなく
「ええー、そんなはずないよー!ほら、私でよければ話聞くよ?」
(あんたじゃ分かんないから話せないのよっ!)
私の気も知らないまま無邪気に問い詰めてくる。
彼女と私は昔からの仲で、幼稚園児ぐらいからの友達・・・いわゆる親友、腐れ縁である。
昔から彼女は人懐っこく、無邪気で、それでいて責任感があって、友達思いで・・・まあ挙げればキリがないほど魅力を持った女性なのだが。
そんな私と彼女の大きな違い・・・それが今回の、いや、今回『も』悩ませることになるのだが・・・
「・・・はぁ、それがね?」
彼女の思いに押され、溜め息をついて話し始める。
彼女は既に話を聞く気満々で、私の目をジッと見つめて来ていた。
「今日・・・『あの』授業があってさ・・・・・」
「『あの』?・・・『あの』って・・・・・」
思いつかないのか首を傾げる綾菜。
彼女が時々みせるこの鈍感さがたまらなくもどかしい。
「ほら・・・『バストアップ』の・・・・・」
「ああ、バストアップ・ケアの授業ね!」
私達の通うこの学校は、女性の胸、いわゆる「おっぱい」に注目する、一般的には「奇妙」と言われてもおかしくない学校である。
なにやら昔からこの学校は「乳母」を教育する学校だったそうで、その「乳母」に求める重要な要素である「母性」を身につけることに力を入れている。
その「母性」。一体どこで判断するかというと・・・
『おっぱい』である。
その大きさ、形、感触まで様々な要素が求められる。
勘のいい人なら分かるだろうが、クラス分けもこれに基づいて行われている。
A組、つまり私の属するクラスだが、これはバストサイズ・・・いわゆる「カップ数」を示しており、私はA組・・・言うなれば「Aカップ」である。
そして今目の前で盛大に胸を揺らしている綾菜。彼女が属するのは2年J組。つまり彼女の胸はJカップである、という感じだ。
さらにこの学校、胸が大きければ大きいほど校内のヒエラルキーが高くなる手法を取っており、一番胸が大きな女生徒を生徒会の生徒会長にするという決まりまで存在する。
生徒会、特に生徒会長の権限はかなり大きく、現生徒会長である千珠院(センジュイン) 叶恵(カナエ)には学園長以外逆らうことが出来ないと噂されている。
というのも、叶恵は2年K組に属しており、彼女のKカップより大きい胸の持ち主が学園長のMカップぐらいしか居ないらしいのだ。
例え教師であろうとも、自分より胸の大きな生徒には逆らえない。若干歪んでいるとさえ思えるそのシステムだが、それがある故、皆日々のバストアップを欠かさないでいる。
さて、そんなAカップの私はというと・・・
「・・・そのバストアップの授業でね、先生に『こんなに小さいなんて・・・本当に毎日バストアップに励んでいるの?』って言われちゃって・・・・・」
「ええっ!? そんなこと言われたの?」
そう、大きくならない。
全然、丸っきり、これっぽっちも! 大きくならないのである。
バストアップのため体操も欠かさない。マッサージも続けている。食生活、睡眠、全て目標をこなしている。
なのに私の胸はAカップ・・・いや、Aですら誇張しているぐらいに真っ平だった。
「それはひどいね・・・先生は何カップだって言ってた?」
「・・・F。」
「じゃあ今度私が言っておいてあげる!『ひどいこと言うな 香織も頑張ってるんだ!』って。」
そう言って私の目の前で誇らしげにJカップを揺らす綾菜。
そりゃ言ってくれるのは嬉しいが・・・
「・・・でもそれじゃあ根本的な解決にはなってないよね・・・・・」
例え彼女から言ってもらったとしても、私の胸は大きくならない。
いつまでたっても学内ヒエラルキーは最下層(中等部の女の子にすら逆らえない)。
私だって「なによ貧乳。私に逆らうの?」とか言ってみたいよ・・・
結局悩みの種は取り除かれないまま帰る準備を済ませ、綾菜と共に教室を後にする。
「大本様、ごきげんよう。」
「ええ、気をつけてね。」
学内のルールである「自分より胸の大きな女性には『様』をつける(先生には『先生』で結構。だが、自分より胸の小さい先生を呼び捨てにするのもまた自由。)」に倣って、クラスを出た途端数人の女子が綾菜へと挨拶をしてくる。
それに加えて
「香織、またね。」
「え、ええ・・・嶋崎・・・様。」
A組の中で一番胸が大きい(と言ってもAカップだが)嶋崎(シマザキ) 咲子(サキコ)へと挨拶をする。
咲子は自分が「様」付けで挨拶されるのが嬉しいのか、私の挨拶に満足した様子で去っていく。
「・・・はぁ。」
それがさらに私の悩みを増幅させ、口から溜め息をもらす原因になる。
「香織・・・」
こちらを見つめる綾菜の顔は心配に歪み、それと同時に何かを思案する顔になった。
「・・・ねぇ、香織。」
「ん?なに、綾菜。」
私は綾菜に「様」をつけること無く聞き返す。
幼馴染みである綾菜は私に「様付け」されるのを嫌っており、学内でも呼び捨てで呼ぶことにしている。
「香織は・・・おっぱい、大きくなりたい?」
ふと立ち止まった綾菜は俯いたまま話を続ける。
「・・・どうしたの? らしくないよ、綾菜。 まぁ、大きくなりたいのは大きくなりたいけど・・・」
私も彼女に合わせて足を止め、話を聞くことにした。
「本当に? どうしても、大きくなりたいの?」
「えっ・・・ええ。」
「絶対?」
「・・・なに、綾菜・・・ちょっと怖いよ?」
何度も確認してくる彼女に恐怖を感じ始めた私は、ふと上げられた彼女の顔を見て真剣な表情になる。
「・・・香織が絶対に・・・絶対におっぱいを大きくしたいって言うなら・・・そうなれる可能性がある話、教えてあげる。」
綾菜の顔は真剣そのものだった。
普段人懐っこい笑顔を浮かべている彼女にしては珍しく、私もその迫力に少々押されていた。
だが、私が胸を大きくしたいということも事実であり
「・・・その話、聞かせてくれる?」
その思いが決して小さいものではないというのもまた事実であった。
「・・・あのね、私も生徒会役員になって初めて聞いたんだけどね・・・・・」
近くの公園のベンチに並んで座る私達。
綾菜は夕焼けに包まれる中、ポツリポツリと秘密を明かすように話し始めた。
「生徒会室の本棚の一番奥に、隠し扉っていうか・・・なんか隠された空間があってね、その中に一冊の本があるらしいの。」
「・・・本?」
「そう、本。この事を知ってるのは生徒会役員だけなんだけどね・・・」
高等部生徒会役員には、勿論2年生だけではなく、3年生も1年生も属している。
確か参加資格がGカップ以上で、その中で選挙が行われて・・・私も詳しい話は知らないが、現時点で一番大きいのが叶恵のKカップである事は確かだ。
まあ生徒会長は一番胸の大きな女生徒がやるならわしなので、すぐに決まるが、それ以外の役員は中々難しい。
確か会長を入れて10人ほどしかなることが出来ず、その行動の内容も隠されている事が多い。
生徒会役員には「役員バッチ」なるものが与えられ、それが無いと本棚はおろか生徒会室にすら入れないほどの徹底ぶりだ。
もちろん綾菜の窮屈そうな胸元にも「生」と書かれたバッチがついている。
「その本はね・・・『吸乳の書(キュウニュウのショ)』って呼ばれてるらしくてね、その効果ゆえに封印されてるんだって。」
「・・・封印?」
なんだそれは・・・漫画とかにでる『魔導書』みたいな感じか?
「そう。なんかね、先輩の話では『最低の胸を持ちし者のみが開けることを許される』・・・なんだってさ。」
「最低の胸って・・・」
綾菜の言い回しに少し、いや、結構傷ついた。
そりゃ確かに小さいけど・・・
「あっ!ごめんね!そんなつもりじゃなかったの!」
「・・・うん、うん・・・分かってるよ。」
慌てて謝る綾菜。彼女も悪気があって言ったわけではないとこっちも分かっている。
「・・・それで?」
「えっ?ああ・・・それでね?その『吸乳の書』を手に入れた者は、おっぱいが大きくなる事を約束されるんだってさ。」
「へぇ・・・」
なにか特殊なバストアップ法でも書いてあるのだろうか・・・
まぁどちらにしても試してみる価値はあるように思えた。
「・・・どう、かな。この話を聞いて・・・やっぱりおっぱいを大きくしたい?」
なにか後ろめたいことがあるのか、おどおどとこちらを見上げてくる綾菜。
私はその反応が妙に気になった。
「・・・何かあるの?」
「あ、いや・・・それが、この話は生徒会役員以外絶対話しちゃダメだって先輩が・・・」
「あぁ・・・それで。」
友達のためとはいえ、先輩との約束を反故にしてしまったのを気にしているのだろう。
だったら私もそれに答える反応をしなくては・・・
どちらにしても興味がある話だ。
「あのね・・・生徒会室の中にある本棚だから・・・香織は入れないでしょ?だから、行く時は私が一緒に行って部屋を開けて・・・わわっ!?」
私は綾菜の話を最後まで聞かずに、彼女の手を取って
「明日行こっ!!」
普段の彼女に負けない無邪気な笑顔を見せた。