愛しい妹

白くま 作
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 私の名前は、伊藤智子。埼玉県のある町で保健所勤務をしている25歳だ。
 自慢をするわけでは、無いが容姿には、自信があり、年下の男性にモテる。もう一言付け加えるならば、同性にも非常にモテる。
 どちらにしろ迷惑しているのだが、どうも174cmの長身とモデル顔負けの整った顔立ちからは、「姐さん」と呼ぶにふさわしいオーラが出ているらしかった。
 しかし、私にもコンプレックスがある。胸が全くない、つまり貧乳なのだ。
 そのためか保健所に送られてくる身体測定の記録でも女子生徒の胸囲ばかり気にしていたものだった。


 この話は、春に町立中学校の身体測定のデータを入力していた時から始めなければならないだろう。
私は、カタカタとキーボードの音がする中でデータを入力していた。
「なんじゃ、こりゃ」
 一緒に作業していた先輩の男性職員が声を大きくした。
「どうしたんですか、高橋さん」
 心配になり私は、駆け寄った。
「ああ、伊藤君。これを見てくれないか」
 データが書き込まれたカルテを高橋が差し出した。
「第三中学校の測定データですか?」
「その通りだが、どうも変なんだ。最近の子は、発育がいいと聞いたが…。これは、異常だ」
 1枚目のカルテに目を落とす。

安西理香、3年1組、出席番号1番。
身長 154cm.
体重 42kg
座高 81cm
胸囲 96cm

 でかい、と素直に思った。しかし、最近の子は、発育がいいという話は、ある意味で事実でもあり、1つの学校に数人程度は、1m近いサイズのバストを持つ巨乳の女子中学生がいた。
「大きいですけど、このくらいの子なら毎年1人くらいならいます。それに去年なんかもっと大きな子もいましたよ」
「そうかもしれない。だけど意見を言うのは、それを全部見てからにしてくれないか?」
 カルテを2枚目、3枚目とめくった。すると目の前にある高橋の疲れた顔や大きなため息の意味が分かってきた。きっと私も顔も青ざめているだろう。
「確かにこれは、異常ですね。全員が巨乳といえるような胸を持っています。特にこの藤堂沙紀さんです。彼女については、明らかに何らかの病気の可能性があります」
 私は、正直に言うと少し羨ましくも思った。そして同時に貧乳の私が彼女たちの巨乳の秘密を知りたいと思ってしまったのもまた、仕方のない事なのかもしれない。
「男性の私には、よくわからないのだが、女性の胸が大きくなる感染症などは、あるのかい」
 恐る恐る高橋が聞いてくる。確かに保健所の職員として第一に疑うべき項目であった。
「感染症である可能性は、まずないでしょう。それよりも急激な巨乳化から考えると土壌汚染に伴う環境ホルモンといった事ないでしょうし、薬物によるホルモンバランスの変化を疑うべきです。どちらにせよ憂慮すべき事態に違いありません」
「薬物…」
 事態の大きさが呑み込めたのか高橋は、固まってしまった。
「とにかく、課長は、報告書を用意しておいてください。私は、第三中学校に行ってみます」
 そうして私は、第三中学校に向かった。


 第三中学校は、古めかしい角ばった校舎を町中に佇ませていた。
 体育のためかグランドにいる女子生徒を見ると胸は、思春期の男子には、暴力的とも思える程に大きかった。そしてそれは、私に対しても暴力的だった。
「保健所の伊藤と申します。保健医の先生は、いらっしゃいますか」
 職員室に入り少し興奮気味の声で言うと、奥の方でおびえたように手が挙がった。同年代とも思える小柄な若い女性の保健医師は、薄い桜色の看護服にカーディガンを羽織っていた。彼女の胸は、あまり大きくない。
「ここでは、なんですので保健室でお話を伺います」
 要件は、まだ言っていないが、彼女は、訪問の目的を理解しているように見える。
 名札によると名前は、田宮春というらしい。
 私は、昇降口の脇にある保健室に案内された。保健室に入るのは、高校以来になるだろうが、身長体重計や薬品棚にベットが整然と並んだ様子は、記憶の中のものと同じだった。
「実は、身体測定の事について聞きたいのですが…。女子生徒の胸囲については、測定ミスでは、ないのですか。正直なところ、私どもとしても、そうあって欲しいと思っております」
「いえ、残念ながら事実です」
 顔を下に向けて震えながら答えた。
「私自身、保健医として異変には、気づいていました。保健所にも届け出ようと考えた事も何度もあります。それでも…」
 ここで言葉が止まった。どうやら彼女は、生徒や自分の立場などのために二の足を踏んでいたのだろう。
「いつごろから異変には、気づかれました」
 沈黙を破るように聞く。
「去年の夏ぐらいからです。水着に胸が入らないといった理由でプールの授業を休みたいといった女子生徒が数人ほど保健室に来ました。私としては、可能な限り仮病を認めないようにと言われておりましたから、初めはサボりを認めないつもりでした。それでも彼女たちの胸を見ると水着に胸が入らない事が嘘でないことが分かりました」
 彼女は、白い天井を見上げながら思い出すように続けた。
「制服にすら胸をどうにかして納めているといった感じでした。少しでも力を加えれば張りつめた布が弾けて、マンガのようにボタンを飛ばしてしまったでしょう。それに彼女たちが着ていたのは、夏服でしたからブラジャーがいやらしく透けていて、教育上の理由から制服を新調するようにと指導しました。しかし彼女たちが言うには、いきなり成長したので制服が間に合わなかったらしいのです」
 きっと半年近くもの間、この小柄な保健医は、異変を肌で感じながら生活してきたのだろう。だからこそ私が急に来訪してきたときも怯えていながら、妙に悟った様子をしていたのだ。
「彼女たちの事を誰かに報告しましたか。そうでなくとも誰かに相談するとかそういった事は、されませんでしたか」
「いえ。誰にも相談は、しておりません。いや、できませんでした。学校というものは、分業制でして、先生は、体育には、体育の、音楽には、音楽の、そして保健には、保健の役割があります。下手に相手の領域に踏み込もうものなら、迷惑をかけるだけでなく、場合によっては、自らの責任問題にもなりかねません。だからみんな怖がって生徒の巨乳化が進むにつれて、私を露骨に避けるようになりました」
 泣いている少女が強がるように彼女は、スカートを強く握っていた。私は、今にも泣きだしてしまいそうな彼女を見て話題を少し変えることにした。
「田宮先生は、女子生徒の胸の急成長について、どのようにお考えですか」
「分かりません。本当に分からないのです」
 困惑したように答えると生徒に関わる話のためか彼女は、今までより慎重に言葉を選んで話し出した。
「最初は、数人の生徒だけでしたので、ただ単に今の子は、胸が大きいのだなと感心しておりました。それでも冬頃になって巨乳化現象が学校全体で見られるようになると、母乳が出たという相談が入るようになりました。保健医としては、まず妊娠を疑いましたが男性経験もないようでしたので、次には、女性ホルモンを誘発する妊婦向けの薬について聞いてみました。実は、胸を大きくするためにそういった薬をネットで買う生徒の話は、以前よりありました。ところが相談に来た生徒の誰もがそう言った薬の存在を知らないばかりか、巨乳化が進むほどに相談の件数が減ってしまったのです」
 彼女は、今では、相談に来る生徒もいません。と自虐ぎみに言い大きく肩を落とした。
「つまり原因は、分からないが、去年の夏ごろから異変が起き始めたということですよね」
 私が聞くとはあ、と気の抜けた返事だけが返ってきた。
「最初に来た生徒たち…。水着に胸の入らなかった生徒たちの名前を教えていただく事は、できないでしょうか?」
 私は、学校という性質上無理なことをダメもとで聞いてみた。
「申し訳ありませんが。生徒個人について教える事は、できません」
 初めて彼女からシャンと筋の通った教員らしい返答が返ってきた。そこで私は、ひとつ誘いをかけてみることにした。
「そうですか、実を申しますと私は、保健所としてまだ正式に調査している訳では、ないのですよ」
「はあ、どういった意味でしょうか?」
「つまり、あなたの協力しだいでは、事を穏便に済ます事が可能かもしれないということです」
 この瞬間、田宮の精神の揺らぎがハッキリと感じられた。私は、追い打ちをかけるように続けた。
「私が報告をしましょうか?第三中学校は、問題なし。巨乳化も生徒の健康を害するようなものでなく、単に成長期によるものである。と」
 さすがに押しが強すぎたのか田宮の表情にも疑いの色が強く出始めていた。それだけでなく怒ってもいる様子だった。
「それが伊藤さんにとって何の得になるのですか?正直に言って信用できません」
 彼女は、今まで孤立無援だったのだ。だからこそ差し出される手は、ありがたいが、手を差し出す人物は、信用できないに違いない。
「信用できませんか?だけど心配しないでください、私は、ただ巨乳になりたいだけなんです。それ以上は、望みません」
 全く無い胸を張る伊藤の脳裏には、先ほどグラウンドで見た体操服姿の女子生徒の姿がありありと浮かんでいた。白地に赤いラインの体操服を押し上げる大きな胸、ブラジャーが意味を成していないのでは?と思うほどの揺れ、そして巨乳のために寸足らずになってしまった体操服。どれもが伊藤にとって魅力的であり、それ以上に妬ましかった。


 伊藤の熱演がしばらく続いて、熱意が伝わったのか田宮は、プールを休めるように作成した診断書を渡した。
 そこには、3人の生徒の名前が書かれていた。クラスは、いずれも2-2で名前の順に大野聡美、藤堂沙紀、元山ひかり。
 診断書によるとバストサイズは、大野101cm、藤堂110cm、元山98cm。いずれも中二の女子としては、考えられないほどの大きさだった。これならスクール水着に胸が入りきらないのも納得がいく。しかし、これは、どれも去年の夏のデータなのだ。
「彼女たちに直接、話を聞くことは、できないでしょうか?」
 熱を持って伊藤が聞く。
「それでしたら別の日に来ていただいてもよろしいですか。ちょうど彼女たちは、私が顧問をしている部活に所属をしていますし、それに部活動中でしたら目立ちません」
 私は、ひとまず田宮の提案に乗ることにして、保健室を去った。
 中学校の駐車場に停めていた車に戻ると、助手席に置いたままにしていた身体測定データあった。伊藤は、それを手に取ってパラパラとめくりだした。
「藤堂沙紀。バスト134cm。半年で24cmの成長とは、恐れ入るよ」
 グランドでは、すでに部活動が始まっていた。伊藤は、可能な限り生徒を視界から外して走り去った。