その頃。
彼女、オルジェラ・L・ラバーは1人夜道を歩く。燃えるような赤い髪と鮮やかな紅い瞳は夜道の中でも彼女の存在を如実に浮だたせていた。
彼女は今日の戦利品、『恋愛悪魔のスペアカメラ』を見て、フフフと笑う。
「あぁ、匠君。本当に私好みの良い男だったわ。私はね、堕落していく間際の物が好きなの。そう、何事も腐りかけが一番美味しいって言うでしょ? 私はね、ああ言う自分の欲望に必死に戦っている時の人間って、本当に美しいと思うわ」
彼女は変わってる。オルジェラ・L・ラバーは変わっている。
1人の人間に興味を抱くなんて悪魔にとっては可笑しな行為だ。1人の人間に愛を抱くなんて可笑しな行為だ。自身の望む男になるために自ら力を使ってカメラを複製し、試練を与えようとするなんて可笑しな行為だ。
けれども彼女は気付かない。自身が悪魔としては本当に常識外れで外れまくっている事なんて。
「あぁ、そうだ。彼、気付いてくれたかしら? 私が、ずっとずっと彼が家に帰ってから彼の家を出て行くまでに言っていた言葉を全て繋げると私からの愛のメッセージになる事を気づいてくれたかしら?」
そう、彼女はずっと計算して喋っていた。計算して、1つの文章になるように喋っていた。そこまで1人の人間、二階堂匠にかけている物。
彼女は本気で、二階堂匠を愛してしまっている。
「あぁ、そうだ。彼には言ってなかったわ。このカメラの悪魔モードの撮影条件」
そう言いながら、彼女はスペアカメラのモードを切り替えて、悪魔モードに変える。
「このカメラの悪魔モードの撮影条件は、【愛】。
そう、撮っている人間に好意を、愛を抱いている者は彼の望む姿へと変わる。所有者の望んでいる姿へと、変わって行く。そしてこのスペアカメラは、ね」
パシャリ、と彼女はシャッターを切る。すると彼女の胸が膨らんで行く。
風船に空気を与えたかのように、なだらかな丘のような胸へと膨張していき、最後にはタプンとした大きな胸へと変わった。
「スペアとは本物の予備の事。そして本物とは違う物。
スペアには違いがある。悪魔モードでも変化する事の出来ない悪魔を変化させる事が出来ると言う違いがある。
でも本物と同じ事が出来る。これで撮られた者は匠が好きな長身で、胸の大きな女の子になる事が出来る」
オルジェラはそう言って、書類を取り出す。そこには3枚の人物の名前が書かれていた。
「有栖川姫野。近所に住むお兄ちゃんの二階堂匠の事が大好きで愛しているが、お兄ちゃんには大人な女性が似合うと思い告白出来なかった。
だから大人っぽい女性になりたかった。
金山凛香。隣の席の二階堂匠の事が好きだったが、どうしても気恥ずかしさから素直になれなかった。
だから素直な自分になりたかった。
京都より。
二階堂匠の事が好きだけれども、男である自分が受け入れられるかと心配でなかなか告白出来なかった。
だから彼女は『女』になりたかった」
そして『恋愛悪魔のカメラ』で撮られた彼女達は変わった。
有栖川姫野は大人な女性に、金山凛香は素直な女性に、京都よりは『女』に。
それぞれ憧れの自分に。なりたかった者に。
そう、この『恋愛悪魔のカメラ』は撮った者の望みと共に撮られた者の望みも叶える。同時に、所有者への愛を深めさせ、依存させる。
そしてオルジェラも、彼女も撮られた。
「これで撮られた私も憧れの私になるわ。
……。
……。
フフフ……。匠”様”。きっとあなたを幸せにしてみせますわ」
彼女は憧れていた者があった。それは『天使』。
悪魔な彼女にとっては敵とも言える天使だが、彼女はそんな天使に憧れを抱いていた。
無償で善意を施し、愛を成就させる。そんな天使に彼女は憧れを抱いていた。
しかし『恋愛悪魔のカメラ』、いや『恋愛悪魔のスペアカメラ』は言ってみれば粗悪品だ。オルジェラが模倣した、ただの効果の似たカメラ。本物には及ばない『スペア』。
故にスペアのカメラは歪みながらも、歪んだ彼女の願いを、歪んだ形で叶えた。
愛を捧げ、恋に生き、愛する者の望みを叶える、そんな女性へと彼女を変えていた。
最初、オルジェラはただただお遊びのつもりだった。『恋愛悪魔のカメラ』はただの人間の姿を変えるだけのカメラだと鷹をくくり、匠の事も飽きたら捨てるつもりだった。
だからこそ、彼女はスペアを作り、撮った。
そしてスペアと言えども、その効果は、72柱中5位に数えられたマルバスの力は本物だった。
彼女は本気で匠に恋をし、依存してしまっている。
「フフフ……。まずはあなたを愛する者をもっと依存させましょう。あなた無しでは生きられない身体にしましょう。あなたを最愛の者と思わせましょう。
そのためにもこの3人、あなたが『恋愛悪魔のカメラ』で撮った3人を、私はこのカメラで撮るわ。
1度撮れば依存、2度撮れば強依存。3度撮れば重依存。
遠慮しないでいいのよ、3人とも。私達は同じ人を愛した”仲間”なんだから。あなた達はもっと匠様を慰めましょ? 私と一緒に惚れましょ? どんどん愛しましょ?
さぁ、やるわ。私。
待っててね、匠様」
愛する男のために他の女をさらに綺麗にさせ、愛する男のモノとする。それは女として正しい行為だとは言えないかもしれない。
だが、オルジェラはやる。今のオルジェラはやる。
オルジェラ・L・ラバー。
ただ単に少し好んだだけの人間、二階堂匠を本気で愛してしまった悪魔。
彼女は夜の道を歩く。
3人の乙女の家目がけ。
3人の乙女を、さらに自分の愛する存在に変えるため。
3人の乙女を、さらに依存させるため。愛させるため。
そして彼に褒めて貰うため。
オルジェラは夜道を歩く。