幻の姉 第1姉

帝国城摂政 作
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 僕の名前は三日月一(みかづきはじめ)。中学3年生。身長152cm。築45年の古いアパート、言い換えるとボロアパート(トイレあり、風呂なしの6畳一間)に住んでいる。只今、家族0。


 僕の母親は父親にとって浮気相手に当たる間柄で、そんな僕は浮気相手の子供と言う事だ。父親は生まれた僕に一度も会わず、母が写真の1枚すら持っていなかったために顔すら知らない。母親は父親の事を最後まで忘れらず、僕が小学1年生の頃に心労で倒れて帰らぬ人となった。そして僕を中学3年になるまで育ててくれた祖母(母方の母親)は、先日死亡した。年齢的にも限界で、何の病気も発症しないまま、老衰にて命を絶った。


 僕はもうすぐこの部屋を、この家を出ようと思っている。今は近所の人のありがたい申し出や、地域による援助で何とか生活をしているが、もうそれでは限界が近い。親戚には頼れない。母親のせいだ。浮気相手と妊娠、しかも当時17歳だったと言うのだからそれだけで色々と親戚連中に嫌われているからだ。そのせいで僕には身寄りもない。この時代、中学も出ていないような人間がまともな就職先を得られるとは思っていない。高校卒業してもまともな就職先も得られない、そんな世の中で僕はやっていけるとは思っていない。


(でも、生きないと……それがばあちゃんとの約束だから)


『強く生きなさい。それがばあちゃんがお前に一番願っている事だよ』


 それがばあちゃんの遺言だった。どんな姿になったって構わない。
泥に汚れたっていい。―――――洗えば綺麗になるのだから。
犯罪に手を染めたっていい。――――――――またやり直せるのだから。
だから、強く、強く生きて欲しい。それが、僕を育ててくれたばあちゃんの、僕との約束だからだ。


だから、僕は強く生きる。まずは近所の商店街の人にどんな事でも、どんな汚く、惨めな仕事だってやって見せる。そしてお金を手に入れるんだ。そして絶対に――――
僕はそんな決意と共に扉を開けようとして、扉が叩かれている事に気付いた。


「誰だろう、近所の人が食材を差し入れに来てくれたんだろうか?」


 そう思いつつ、僕は扉まで近付いて鍵を外して扉を開ける。そこには僕の知らない人物が立っていた。


 身長は190cmと高く、この町で有名なお金持ちしか通えない中高一貫の女子高の制服に身を包んだ彼女。僕の身体全体を包み込めるんじゃないかと思うくらい大きな巨乳を持った金色の流れる髪が印象的な灰色の瞳の彼女。歳は僕よりも上じゃないかと思う、僕が見てきた中でもトップクラス、いや第1位に輝くであろう彼女は、僕を見るなり涙を流す。そして僕の身体に抱き着いて「やっと……やっと見つけた」と涙を流しながら抱き着く。


(えっ……これ、何? 僕、どうなってるの!? いきなり家に押しかけられた見知らぬ年上美少女に涙を流して抱き着かれるって……どうなってるの!? そしてこの豊満すぎる胸って何!? 柔らかすぎて、倒れそう……)


 それから数十分後。ようやく落ち着いた彼女は僕から離れて、座り込む。


「えっと……ごめんね。いきなり家族に会えたから感情が高まってしまって……」


「い、良いんですが、それよりも……家族ってなんですか?」


 と、まだ赤くなっている顔を押さえつつ、僕は彼女に聞く。すると彼女は逆にこう質問する。


「私の名前は宮本。宮本瑠璃って言うんだけれども、聞いた事無い?」


「い、いいえ。全く……」


「……本当に?」


 ズイッと身を乗り出しながら聞いてくる彼女。彼女のたゆんたゆんに揺れる胸が僕の目の前で揺れるが、僕はなんとか答えるように頭を大きく揺らす。


「……そう。話は聞かれてないのね」


「あ、あのー……あなたは一体……」


「あぁ、そうね。まだ私の事について肝心な事を何一つ伝えてないわよね」


 とそう言いながら、彼女はこちらの方を向いて優しく微笑んだ。


「私はあなたの姉よ、多分ね……」



 あ、姉!?


 話を聞くとどうやら彼女は僕の父親だった人が産ませた正妻の子。所謂、異母姉弟に当たる存在であり、地元の宮本家と言う名家の一人娘らしい。弟が欲しいと思いつつも、母親は子供の産めない身体になってしまって、仕方なしに諦めていた所、書類の中で僕と言う存在を知ったらしい。


「私の父は役者でね……私の家は全員役者と言うかそう言った一族なの。で、父は……なんて言うか豪快な人でね。こう言った浮気相手を作っていても仕方がない人物と言って良いかしら? あなたのお母さんともそうやった浮気相手の1人で、家族からしたら当時17歳のお母さんはうちの家にとって邪魔者でしかないから、結局養育費をあなたのおばあちゃんに渡して、処理していたみたいなの」


「これがその書類よ」と言って瑠璃さんが僕に渡してくれた書類には、僕の養育費を月10万円振り込むと書かれた宮本代五郎と署名がされた書類だった。


「は、はぁ……。でも、多分ばあちゃんは僕の父親、いえあなたがた一族をえらく恨んでいましたから、多分このお金は一銭たりとも使っていないと思います」


『あんな糞一家、滅んでしまえば良いんだよ』


 それが父の事を語るばあちゃんの口癖だった。そんなばあちゃんが父親の家の養育費を使っているはずがない。


「そうね……この部屋からそれが分かるわ」


 と、瑠璃さんはそう言いながら部屋を見渡す。
 古い冷蔵庫。一時代前の台所。汚い和式トイレ。壊れかけのちゃぶ台に、使い込まれた畳。それがうちの全て。


「それに、おばあさんの事、お気の毒だったわね……」


 その、明らかな同情の瞳に耐え切れず、僕はちゃぶ台を叩いて立ち上がる。


「ど、どうしたの? 一君?」


「……いえ。何でもないです」


 怯えるような彼女に、僕はそう言いつつ座りなおす。


 ばあちゃんの事を何も知らない彼女が、ただ同情するかのように僕を見る瞳がなんとなく気に入らなかった。ただ、それだけの事。


「……今日はこれからバイトがあるんです。ですから、帰ってくれませんか?」


「ば、バイト? 一君ってまだ中学生だったわよね?」


「……はい、中学3年生です」


「じゃあ、バイトは校則で禁止されているんじゃ……」


 その質問に僕は力なく答える。


「……学校なら既に止めました」


「えっ……」


「……ばあちゃんが死んでしばらくは近所の人も面倒を見てくれましたが、学校はそうは行きません。学校の費用はかなりかかるので、僕は自主的に退学しました。担任からは何度か考え直すように止められましたが、僕の意思は変わりません」


 その言葉に「で、でも……」と言い返そうとする瑠璃さん。僕は


「これは僕の問題です。“部外者は引っ込んでください”」


 と冷たく言い放つ。彼女はその言葉から、自分が僕に歓迎されていない事を悟り、「……いきなりは失礼だったわよね。また今度、お邪魔するわ」とそそくさと出て行った。


 完全に彼女が家から離れるのを音で確認して僕は改めて、仕事を探しに家を飛び出した。