猫の仇返し

tefnen 作
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さて、(少なくとも由里は)呪いを解くために路地裏への入り口に辿り着いた二人だったが、絵美が急に足を止めた。

「ん?どうしたの?」
「何だろう、アタシ、こっちに行っちゃいけない気がする」
「ここまできてそれ?絵美が来たいって行ったから来たんだよ?それに、何回も通ってるけどものすごい臭いマンホール以外何もないって」
「そ、そうだよね!さ、さあ行こう!マンホール、怪しいね!」
「そ、そうなの?」

と、絵美はわざとらしく大きく手を振りながら歩いて行く。それについていく由里。

「うっわ!くっさ!何この匂い!ドリアンより、ずっと臭い!」
「何そのたとえ」
「とりあえず鼻に栓しとこう」

と、ポケットティッシュを取り出して、鼻に詰める絵美。

「はしたないなあ、臭いのは間違いないけど、そんなでもないじゃん」
「いや、これ本当にきついって!ん?このマンホール、変だなあ」
「何が?」
「何がって…下に穴がないし、しかも変な星のマークやら英語でも日本語でもない文章やらが書いてあるし」
「え、それって普通じゃないんだ」
「アンタはマンホールを小人の通り道とかいうタイプなの!?」
「いや、そこまでじゃないよ!猫の通り道だよね!」
「…まあいいや」
「えっ?」

「ここなんか緑に光ってるし…本当に何なのこのマンホール…」

フッ…

急に絵美の姿が見えなくなる。

「え、ど、どうしたの?絵美、絵美ーっ!どこにもいない…」

由里はマンホールを見てみると、光っている部分があることに気づいた。

「ここに触った時に消えちゃったんだよね」

由里は手を伸ばしてその部分を触る。すると、あたりが一瞬暗くなり、次の瞬間

ドサッ!

「いったたた…」

由里は石で作られた、お城のような部屋にいた。そこには一つのドアのない入り口があり、そこに絵美がしゃがみ込んで外を伺っていた。

「あ!絵美ーっ!こんな所に…」
「シーッ!静かにして、気づかれるでしょ!」
「え、気づかれる?」
「とりあえず、鏡を覗いてみて」

絵美は入口の外に鏡を突き出し、真横が見えるように傾けていた。由里が覗きこむと、そこにはローブを着た二人組が、机を挟んで口論している。声が大きくてよく聞こえるのだが、聞いたことのない言語だった。

「ドイツ語だよ」
「え、なんで分かるの?」
「なんとなく。シャイセ!とか叫んでたし」

シャイセとはドイツ語の悪態である。

「とにかく、どうしよう…」
「うーん、どうやら、悪いやつには見えないし、ここから出る方法も何とか聞けるかも。あいつらだって英語くらいしゃべれるっしょ!」
「絵美はどうなの!」
「ちょ、ちょっとだけなら…」
「心配だな…」
「よし、行こう」
「え!」

絵美は入り口から躍り出て叫んだ。

「はろー!ないすとぅーみーちゅー!」

全然流暢でも何でもない英語で叫ぶ絵美。

「おや、客人ですか、それもお二人とは…」
「おいおめーら、どうやって入ってきたんだ!?」

驚いたことに日本語で返してくるローブの二人。一人は若々しい青年の声だがかなり落ち着いており、もう一人は映画で出てきそうな呑んだくれのようだ。

「あいあむえみ!きゃんゆ…え?」

「ふふっ、驚きましたか…まあ簡単にいえば翻訳魔法、と言ったところでしょうか」
「それよりも、さっさとどうやって侵入してきたか、目当ては何なのか言え!」
「私達、呪いを解く方法を探しに来たんです!」
「そうだよ!で、路地裏のマンホールを触ったら、ここにいたわけ!」

これにはあちらも驚いたようだ。二人はローブを外す。青年の方は金髪碧眼の、日本児からすると理想的なドイツ男子で、言わばイケメンである。もう一人は真っ黒な髪をボサボサに伸ばし、海賊のような目つきで少女たちを見ている。二人共優しそうな表情をしていると二人の目には写った。

「ほぉ…人払いをしてある路地裏に入ってくるだけではなく、ポータルも突破してくるとは、中々の素質がありますね…」
「それに見たところ、歳は若いが、どっちもかなりのベッピンさんじゃねぇか!ん?ブカブカの服のやつはどっかで嗅いだ匂いがするな…あ!」
「どうしたのですか、カッツェ?」
「あいつ、上で俺を蹴り飛ばしたやつだぜ!ありゃあ本当に死ぬかと思った!しかも蹴った上で微笑んできやがったから、ついキレて呪いをかけてやったんだ!」
「微笑んできた、というのは、あなたがチャームの魔法、つまり見てくれを良くする魔法を自分にかけているからでしょう?」
「え、あ、そうか!だからあいつ…すまねぇなあ!しかし、蹴ってきた事実に変わりはないぜ!」
「それも、あなたがポータルを使うときに上の様子を確認しないから」
「どうでもいいよ、そんなこと!じゃあカッツェ!あなたが呪いをかけたのね!」
「俺のことはカッツェ様!いやとりあえず年上には「さん」付けしろよ、ここは日本だろ!?」
「うるさい!どうなの!」

絵美が食いかかる。

「ああその通り、かけてやったさ」
「じゃあ…、呪いの解き方も分かるんですよね?」
「ん、ああ。そうだな、そのはずだったんだが…なぁ?」
「ええ、そのブカブカの子…失礼、まだお名前をお伺いしていませんでしたね、私はフリードリヒ、連れはカッツェといいます」
「と言っても猫に変身するっていうだけで付けられたあだ名だがな!」
「由里です」
「よろしく、ユリさん、それにエミさん、でしたよね。元気のいいご紹介ありがとう。ご存じないと思うのですが、変身魔法というのはとても繊細なんです。カッツェがチャームを使っているのにも、この理由があります」
「ああ、俺の変身した姿は、少しいびつだからな、顔とか、耳とか…」
「で?それがどうしたっていうの?」
「失敬、また、ユリさんには魔法の素質があるようです。この上に路地裏に駆け込んだだけでもそれが言えます。強力な人払いを、いとも簡単に突破してくるのですから」
「え?私が?」
「ええ、ただ、魔力は体の中にあるのですが、いささか暴走しやすいもののようで、まあ、見てもらったほうが早いでしょう」

と、スッとフリードリヒが絵美に向かって指を伸ばし、何かを口走った。

「うっ!」
「大丈夫、衝撃が走るのは最初だけですから」

絵美が声を上げるが、フリードリヒは気にしていないようだ。
と、1秒ほど置いて絵美の体がドンッっと爆発するように太くなった。スタイルの良かった体は見る影もなく、いたるところに脂肪がだらしなく付いている。指などはソーセージのようだ。服は衝撃でバラバラに散ってしまった。

「いやっ!私の体がぁ!」
「お、少し間違えましたか」

フリードリヒはもう一回何かを口走る。すると、また絵美の体は一気に変化する。腹部についていた贅肉は上下にグニッと移動して、太ったせいで元々大きくなっていた胸と尻がさらにバインッと大きくなった。手足もぐいっと長く細くなり、残った脂肪はそれぞれ胸と尻に移動し、最終的には絵美は見たことのないようなダイナマイトボディになっていた。

「さて、服も直して差し上げます、といっても布の量が足りないので…」

と再度フリードリヒが呪文を唱えると、バラバラになっていた服が重要なところを隠すように再構成され、絵美の今や豊満となった体に取り付いた。

「と、こういう風に、少しでも呪文を間違えると変形の仕方は大きく変わってしまいます。また、今は魔力を絵美さんに供給していますが」

フリードリヒは絵美に向けっぱなしだった指を下げる。すると、絵美の体は風船の空気が抜けたように小さくなり、元の姿に戻って、そのまま気絶してしまった。

「魔力の供給をやめればすぐに変形は取り消されます。ところがユリさんの場合…」

今度は指をユリに向け、呪文を唱える。すると、

ドクンッ!
「うっ…くぅ…」

絵美のように急な変化は起きず、衝撃が走る。由里は何とか立ったまま後ろの壁によりかかった。

ドクンッ!ドクンッ!

衝撃は続く。すると、体全体が脈打ちながら着実に大きくなり始める。

「や…めてぇ…!」
「実のところ、私は一回呪文を唱えただけで、いまは魔力の供給もしていません」
「え…?」

衝撃に耐えながらフリードリヒの方を向くと、由里に向けられていた指はすでに下げられている。その間にも成長は続く。唯一サイズがあっていたブラジャーが大きくなる乳房に食い込み始める。

「む…胸が苦しい…お…おっぱいがぁ…」

プチッという音がして、ブラジャーは壊れてしまった。同時に、服の胸の部分がブルンッと揺れる。

「うへへぇっ、こりゃ壮観だな!」
「黙りなさい、カッツェ」
「おっとすまねぇ」

フリードリヒの鋭い眼光に多少うろたえながらもカッツェはニヤニヤしたままである。そんなことをよそにまだ由里の成長は続く。身長は180cmに達しようとしている。由里の成長は段々収まってきているように見える。しかしまだ服に余裕が有るのをみてカッツェはさらにニヤッとした

「最初はわからなかったが、お前さんが何をしたのか分かったような気がするぜ、少し試していいか?」
「ご自由に」
「では」

カッツェほどの熟練だと指を上げる必要はないようで、少し何かを唱えるだけで、由里の変化は再加速した。

「くぅ…もう…だめぇ…!」

服はやっとちょうどよくなったが、それでも変化は終わらない。いまや全身が波打って、胸になると、縮んだり膨らんだりを高速で繰り返して、しかしそれでも成長しているようにも見える。そして、

プツン!

その胸の伸縮に耐え切れなかったのか、服のボタンが弾け飛んだ。そのまま他のボタンもはじけ飛び、最終的には胸がはだけてしまった。

「どれだけ強い呪文を唱えたんですか、あなた」
「いいじゃねえか、そんなもん。それにそろそろ終わるみたいだしよ」

身長が210cmに達しようというところで、体の振動は収まり、同時に成長も終わった。

「はぁっ、はぁっ…もう…いやっ…」
「いや、連れが調子に乗ってしまったようで、済みません」
「お前…!いや、壮観だったぜ!」
「あなたには罰が必要なようですね、1日凍っていなさい」
「え、ちょ、ま」

カチーン…

フリードリヒがカッツェを目を細くして睨むと、カッツェは文字通り凍ってしまった。優しい目つきに戻り由里の方を向く。その眼差しで由里は落ち着きを取り戻した。

「本題に戻りますと、今のカッツェの魔法を合わせても、絵美さんにかけた魔法には遠く及びません。しかも、あなたには体が小さくなる魔法をかけたのです」
「え?どういうこと?」
「つまり、あなたの体は、掛けられた魔法に過剰に反応してしまう。しかも、魔力が膨大にあるあなたは、その魔法が終わっても、その状態を維持する。見たところ、カッツェがかけた魔法は夕暮れ時、そうですね…シンデレラの舞踏会が始まるくらいの時間ですか…そのくらいの時間に体を小さく、醜くして、社会的地位を失わせる。そんな姑息な魔法です。ただ、その期間は長くて5分位なもので、その後は元の姿に戻ります。」
「うーん」

途中から頭に入っていない由里、ノートがないと勉強はキツイようである。

「しかし、あなたの場合は魔力が反発するせいで逆に体は大きくなり、変化もゆっくりになります。しかもあなた自身を魔力を大量に供給できるので、これまでも呪いで成長した後、ずっと体が変形したままだったでしょう?」
「はい」
「やはり私の推測は全て正しいようですね。こうなると呪いも複雑にあなたの魔力に隠れてしまって、払うのにもかなりの準備が入ります。そうですね…1年くらいかかるでしょうね」
「1年も!」
「あなたからの情報があればもう少し早くできるかもしれませんが…」
「私が見つけたのは、日光にあたる時間が長ければ長いほど、体が大きくなるっていうことなんですけど、こんなのでも役に立ちますか?」
「おお、それは重要な発見ですね!2,3ヶ月は早くできるかもしれません。辛いかもしれませんが、成長を繰り返すことがそのような発見を促すのです」
「うぅ、嫌だけどしかたないなぁ…あと、今日体が大きくなった時、おっぱいだけがものすごく大きくなったんですが、これは嫌って強く念じたら元に戻って…」
「ふむふむ、おっと、もうこんな時間か」

と、なにもないところを見てフリードリヒが言う。私には見えない時計があるのかな、と由里は思った。

「すみませんが、本部との打ち合わせがあるのでお暇お願いしてもよろしいですか?もちろん、体は元に戻しますから。」

フリードリヒが指をすっと伸ばすと、由里の体は来た時と同じくらいになり、服も元に戻った。

「本部?そういえば、なんで外国の人が日本でこんなことやってるんですか?」
「うーむ…何というべきか…まあ、それは機密事項、ということでお願いできますか」
「うーん、仕方ないかなあ」

本当は仕方なく無いが、いろいろあって頭がまわらない。

「では、住所を教えて頂けますか、そこにあなた方を転送しますので。私の転送魔法は世界一ですから、安心してください。」

といって紙と万年筆を由里に渡す。由里が住所を書き終わると、フリードリヒは紙を見ながら呪文を唱えた。由里の視界は一瞬暗くなったが、気づけば自分のアパートに絵美と隣り合って倒れていた。

再び二人の魔法使いに話は戻る。カッツェは凍結から開放されたようだ。

「さて、すみませんね、カッツェ、しかしもう少し口を慎んで頂けませんか」
「あいよ、しかし、あれくらいの呪い、お前さんならすぐに解けるだろうに、どうするつもりだ?俺らの使う呪いが太陽のエネルギーを魔力に変換して使うっていうのも、最初から分かっているはずなのに」
「あなたも知っている通り、私達はこの島国に流されてから400年以上も経っています。その間、貧相な日本女性としか交わることができず、どれだけ辛かったか。その点、あなたには感謝していますよ、あのような子を見つけてくれて。一時は、あなたが無造作にも一般女性に呪いをかけて無駄に我々を危険に晒したと思いましたが、これほどの効果があるとは…」
「おいおい…お前さんまだそんなこと言ってんのか!ここに送られた理由もその変態が度を過ぎたからだろうに!」
「ふふふっ、あの子が、夏にどのような変身をするか、今から楽しみですねぇ…」
「このド変態が!」

フリードリヒの顔には、この世のものとは思えない邪悪な笑みが浮かんでいた。