翌日、絵美はテレビニュースで梅雨が開けたことを知った。天気予報も今後一週間は晴れが続く事を伝えていた。
「…て、ことは…アタシ、どうなっちゃうの…一刻も早く、由里の家に行かないと!」
外を見ると、快晴のようである。体もまた中学生レベルに縮んでいる。インターホンのボタンを押して叫ぶ絵美。
「セバスチャン、セバスチャンってば!」
「いかが致しましたか?」
「知ってるでしょ、梅雨が開けちゃったの!だから、由里にさっさと会いに行って呪いを解かないといけないん
だよ!」
「由里さんに、当てがあるのですか?」
「う、うん…由里にはアタシにない魔法の素質があるの、だから、犯人を見つけてもらう手助けをしてもらうっ
てわけ」
「はあ…よく分かりませんが、お嬢様には見つけられないものを、由里さんは見つけることができるのですね」
「うん、だから、早く!」
「分かりました、今回は3分お待ち下さい」
「分かったよ!」
その3分後、言葉通り高木は絵美の所に到着した。
「さあ、行きましょうか」
「門までだけでいいからね」
「お急ぎではないのですか?」
「由里に余計な心配をかけて、慌てさせるのも可愛そうだから」
「かしこまりました」
そして、門まで高木とともにほとんど走りながら向かい、そこで分かれ、絵美は由里の家に向かって歩き出した。
「いつもより、街が大きいように感じる。仕方ないか、体が小さいんだから」
途中で異様な匂いのするマンホールがあったが、蓋をジーっと見てみても普通の、穴が空いた「おすい」と書か
れたものだった。
「なんだ…ただのマンホールか、でも、怪しい所第1候補だね、あとで由里に見てもらおう」
10分程度で由里の家に到着して、いつもより高い位置にある呼び鈴を押す。すると、インターホンから由里の声
がしてきた。
「はーい」
「由里!」
「な、なに!?誰?」
「あ、アタシよ、絵美!」
「あれ、絵美の声って、もっと大人っぽかったような…」
「呪いなんだよ!」
「の、呪い?うーん、分かった、待ってて」
「由里にしては物分かりいいな」
すぐに扉の鍵がガチャっと開いた音がしたので、絵美は勢い良くドアを開いた。
「おはよー、あれ!私より背が低くなってる」
「そうなんだよ、またあいつらのせいで」
「あいつら?ああ、フリードリヒさん達のこと?」
「あんた、いい加減あいつらが「さん」をつけるに値しないことに気づいたほうがいいよ」
「うーん、でも今更変えるのも難しいよ」
「まあ、それなら仕方ない、それよりも、大変なんだよ!」
「え?とにかく中に入って、ゆっくり落ち着いて話そう」
「落ち着ける状況じゃないけど、正論だね」
家の中に入る二人。
「お茶飲む?」
「うーん、麦茶ある?」
「うん」
「じゃあお願い、やっぱり少し落ち着きたいかも」
「分かったー」
1分くらいして由里が両手に麦茶の入ったコップを持って居間に入ってきた。
「はい、どうぞー」
「ありがと!」ゴクッ「ふぅ…」
「それで、どうしたの、呪いって」
「うん、一昨日久々に一人で学校から帰るとき、カッツェに会ったんだよ。そしたらさ…かくかくしかじか」
「うんうん」
「ってなわけで、雨に当たらないと体が小さくなる呪いを受けちゃったわけ」
「それで、私にフリードリヒさん達のおうちを探して欲しいのね」
「そう、由里なら見つけられるんじゃないかと思って」
「でも、私、またあの二人に会うの、怖いよ」
「アタシだってそうだよ、呪いを解くどころか更にかけられそうだし、でも、一刻を争う事態になっちゃってさ」
「あ、そうだよね、梅雨、終わっちゃったもんね…」
「由里、勘が少し鋭くなったね」
「いや、それほどでも…」
「それはさておき、探すの手伝ってくれる?」
「もちろんだよ、絵美のためだもん」
「ありがとー!」
「でも、心当たりとか手がかりとかあるの?」
「行き際に見つけたマンホールが異様に臭くって、二重の意味で…(そこが怪しいし、本当に臭いし)」
「二重?」
「あ、あーまあとりあえずそこに、付いてきてくれる?」
「うん、でもちょっと待っててね、私も着替えないと…」
10分後。
「お、新しい服じゃん!」
「うん、衣替えもあったし、ちょっと買ってみたの。でも、着替え中ずーっとじっと見てたけど…」
「うん、今日もノーブラみたいだね!」
「ほっといてよ!最初は信じられなかったけど、やっぱり絵美は絵美だね」
「はいはい。じゃあ、いこっか」
「うん」
更に数分後、二人は先程のマンホールの所に到着する。
「ここー?」
「うん、臭い?」
「ううん?普通のマンホールじゃない?」
「ほらーやっぱりここだ!私には臭く感じるのに、由里にはそんなでもないってことは…」
「でも、マンホールの蓋の模様も、前のと違って普通だよ…?」
「え…?」
「ほら、触っても何も起きないし」
「ウソ、じゃあ他を当たらないとダメってことか」
「そうだね、お昼まで、そこら辺の路地裏を探してみようよ、私、この辺は誰よりも詳しい自信があるよ」
「へーそうなんだ」
「うん、ずっと前にジョギングした時…あっ…」
「あー、その後は言わなくていいよ、多分アレの前でしょ」
「うん…でも、あれ、なんでだか思い出せない…」
アレとは由里の魔力が暴走して、我を失った由里がいろいろと過激なことをしてしまった日のことである。それ
までは、呪いの関係で由里は日中に日光を浴びると日没後に体が色々大きくなるようになっていた。ジョギング
した日は魔術師達の策略で激しく成長させられた上に、記憶を消されていた。
「とにかく、いこうよ」
「うーん、でもやっぱり何か怪しいな…」
その後、昼食を挟んで夕方まで二人はありとあらゆる路地裏を探しまわった。
「ない…」
「ないね…」
落胆する二人。
「そろそろ、帰ろうかな」
「あ、うちでお夕食食べてかない?」
「いいね、じゃあ高木に連絡しとこうかな…」
「高木さん?」
「あ、うちのガードマンだよ…よしっと」
携帯のメッセージを送信すると、絵美は何かを思いついたようだ。
「うん、由里にも、万が一のために高木の電話番号渡しておくよ。あんたの携帯、赤外線使えたよね」
「うん」
「ほいほいっと、完了!」
「じゃあ行こうか」
ふと気づくと、由里は絵美の手を握っていた。
「由里?」
「あーごめんね、でもなんか頼りになる妹ができたみたいで、つい手を繋ぎたくなっちゃったんだ」と言って、
由里は手を離した。
「ふふーん、由里は頼りにならないもんね、分かったよ、繋いであげる」
「いいの?」
「ただし、今日だけね」
「うーん、今日だけ?」
「今日だけ」
「分かったよー…」
「がっかりしないの」
手を繋ぎ直して、二人は由里の家に戻っていった。程なくして到着した二人は、ある事に気づいた。
「あ、あれ…絵美…そんなに、小さく」
「え…あ!」
見てみると、中学生サイズの服も靴もぶかぶかになり、絵美の背はかなり小さくなっていた。小学生1年生位の
体に。
「あれ、私、きのうは、こんなにちいさくならなかったのに」
「舌も回らなくなってる…」
「なんで…あっ…ゆり、手をはなして!」
「え、うん!」
「たぶん、あんたのせい」
「え、私!?」
「じゃなくて、あんたの魔法のせいだよ。手をつないでたから、伝わってきちゃって、のろいの効果がおおきく…」
「そんな、私、ごめんね…」
「ゆりはごめんって言わなくてもいいの!でも、私、このままだと…赤ちゃんに…」
「どうしよう!と、とりあえず中に…」
と言って思わず絵美の手を引いてしまう由里。その瞬間、絵美の体がまた小さくなり、幼稚園児程度になってしまった。
「あっ!」
「ゆり、なにすゆの!」
「ごめんね、わざとじゃないよ!」
「わ、わたし…うわーん!」
絵美は襲ってくる恐怖に耐えられずに泣いてしまった。このまま小さくなり続けて、存在自体なくなってしまう
かもしれない恐怖に。
「ど、どうしよう…あ、高木、さんだっけ…に連絡してみよう!」
携帯を取り出し、高木に連絡をする由里。ワンコールもしないうちに相手は電話に出た。
「もしもし、こちら、高木ですが、どなたでしょうか?」
「あ、高木さん、私、絵美さんの友達の由里って言います!初めまして!」
「初めまして。由里さんですか、お話は日頃からお嬢様に聞いています」
「ちょっと、絵美が大変なことになっちゃって」
「3分で参ります」
「あ、ちょ、ちょっと」
そのまま電話は切れた。
「私の家の場所、わかってるのかな、絵美、泣き止んでよー」
ビェービェーと絵美は泣き続けている。由里は手を触れることができない。そんなことをしたら、絵美は本当に
消えていなくなってしまうだろう。
そうこうするうちに、一台の車が由里の家の前に止まった。その中から一人の大柄な男が飛び出してきた。
「ひぇっ!あ、もしかして、高木さん…?」
男は泣き声を聞いて由里の方に走ってきた。
「お嬢様!ああ、こんなお姿に…っ!…」
高木は思わずものすごい形相で由里を睨んだ。
「きゃっ…わ、私何もしてないのに…グスン」
あまりの衝撃に由里もすすり泣きをしてしまう。それを見て、高木は優しい、しかし申し訳無さそうな表情になり、
「わ、私としたことが、お嬢様のお友達にとんだ失礼を、どうか、お許し下さい」
「怖かったよぉ…」
「申し訳ありません。しかし、どうかご理解を、さあ、お嬢様…」と、高木は絵美を抱きかかえる。
「グスン…せ、せばすちゃん?」
「そうです、お嬢様」
「き、きてくれたんだね…ねえ、私をたすけて」
「かしこまりました…由里さん、お呼び頂いたこと感謝いたします、それでは、私達はおいとまします。お元気で…」
「は、はい…」
高木は、未だに怖がっている由里を後に、絵美を抱えて走りだした。
「たかぎ、こわいよー」
「しばらくのご辛抱を」
車に戻ると、高木は絵美を助手席にのせ、シートベルトをして走りだした。
「どうするの?あめ、ふってないよ、わたし、しんじゃうの…?」
「そんなことはこの私が起こさせません、手は打ってあります」
「たかぎ…」
絵美の家の門の前に到着すると、門は自動的に開きだしたが…その動きは遅い。
「早くしろこのポンコツが!」
「た、たかぎ?」
「も、申し訳ありません、つい」
そしてやっと門が開き終わると、高木はアクセル全開にして敷地内に飛び込んだ。そのまま、家とは別の方向に
走って行く。すると、先に25mプールが見えてきた。普通なら、中は空のはずだが、すこし水が溜まっていた。
「さ、着きましたよ」
「あ、みず、でも、あめじゃないと、…」
「このプールの水は昨日の雨で集めたものですよ、ちゃんと効くかは分かりませんが、もう少しここでお待ち下さい」
高木が車から出て走りだす。その先には、鍋に入った沸騰したお湯があり、ゴムプールがすぐそばに置いてあった。
こちらのプールは冷水が張られているようだ。高木は急いで鍋のお湯をプールに入れると、腕で混ぜ、車に戻ってきた。
「さあ、簡易的な露天風呂と思って、入ってください」
絵美はシートベルトを何とか外し、服を脱いで、プールに歩いて行き、そのまま入った。
「あったかい…」
首より下を浸からせると、絵美の体に変化が起こった。手足がすらっと伸びていき、胴が長くなってくびれが出
来ていく。胸は水風船のように膨らんでいき、最後には上半分が水面から出るほどになった。顔は幼いままだった
が、絵美は体の変化を見て安心したようだ。
「お嬢様、顔もお湯に浸けないといけないようです」
「わかった!」
と言うと、勢い良く顔を水につけた。すると、髪が元の長さまで伸びていく。絵美が顔を再び挙げる頃には、全
て元通りになっていた。
「おお!全部戻ってる!…よかったぁ…高木…」
「なんでしょうか?」
次の瞬間、絵美はプールを飛び出し、高木に抱きついた。大きな胸はグニューっと潰れ、お湯で濡れた体は高木
の服をびしょびしょにした。
「ありがとう…」
「お嬢様…」
「わ、私…あの時はどうなっちゃうかと思って…心のなかで叫んでたの…「助けて!」って、そしたら、高木が
いて、本当に私を助けてくれた」
「…」
「私…高木のこと、好きになっちゃったみたい…」
「…お嬢様」
「何?」
「体を拭かないと、風邪を引いてしまいますよ」
と、そっけなく毛布を絵美に渡す高木。
「え、どうしたの…?」
「お嬢様、あなたは、私を恋人のようにおっしゃいましたが、それは許されないことです」
「どうして?」
「私は、あなただけでなく、ご家族全員をお守りするためにここにいます。ここは私の仕事場です」
「そ、そんなこと誰も…」
「お嬢様、私はここに長くいすぎたのかもしれません。私は、忠誠心だけでなく、愛情まで持ってしまった。
そして、これは許されない愛です…」
「じゃあ、高木も好きだったの…?」
「私は、今日をもって辞めさせていただきます」
「え…」
「私の最後の仕事は、あなたをお部屋までお連れすることです」
「ま、待ってよ」
「お嬢様、私のようなものはお嬢様には合わないのですよ…」
「高木…」
「さあ、行きますよ」
二人は再び車に乗り、家へと向かった。二人共無言のまま。家につくと、絵美が口を開いた。
「高木、さっきの、冗談だよね…」
「いいえ、冗談ではございません。これまでのご愛顧、ありがとうございました」
と言って、高木は立ち去っていく。
「た、高木の、馬鹿!もう戻ってこないでよ!」
「はい」
それを聞いた絵美は自分の部屋へ走り戻り、ベッドへ飛び込んだ。
「バカ…」
いつになく悲しい思いの絵美であった。