開放と終焉

tefnen 作
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夏休みが始まったばかりの、週末の駅前、一人の少年他の待ち合わせの人だかりの中にぽつんと立っていた。
彼の名は拓也、極普通の高校2年生である。今日は、彼の女友達である絵美と由里と一緒に、商店街の買い物を、
というより、荷物運び役として呼び出されていた。しかし、友達の一人である絵美に少し気があるようで(相当
前にひどい振られ方をしているが)、満更でもないようである。

「二人共、遅いなー」

とぼやく少年の所に、小柄な少女、一目見ただけだと小学生と見間違えるような少女が走り寄ってきた。

「拓也くーん、ごめんねー!待たせちゃった?」
「由里ちゃん、おはよう!全然待ってないよ!」
「良かったー!」

由里は、こう見えても高校2年生で、拓也の同級生である。転勤族の親元を離れて一人暮らしをしていて、料理が
得意だが、幼児体型がコンプレックスになっていた。しかも、勘も相当鈍いが本人は気づいていない、いわゆる
天然さんである。拓也に想いを寄せているが、拓也の方は絵美の事があって素直に思いを受け入れられない状況
であった。

「それよりも、絵美ちゃん、まだ来てないんだよ」
「あ、そのことなんだけど…絵美、急用ができたから来られなくなったって…」
「えっ」
「だから、今日は二人で買い物しよう」
「う、うん。いいけど…」

内心、絵美が来ないことに少々がっかりしている拓也だが、顔には出さないところは彼の長所である。

「じゃ、行こう!まずは、服屋さん」
「うん」

実際の所、由里には服を買うお金など無い。いつもなら、お金持ちの娘である絵美が服を買っているのを、由里は
脇から眺めているだけであった。今日は、絵美のパターン化した策略、つまり3人で待ち合わせると伝えておいて、
由里と拓也が落ち合ったところで自分が行けないことを伝えることで、由里と拓也を2人きりにする、つまり
デートをさせるというものだった。そして、この事は由里だけには伝えられてあり、2人分の恋愛ものの映画の
招待券まで渡されていた。

商店街をひと通り回ったところで、正午となった。

「拓也くん、そろそろご飯にする?」
「そうだね、どこで食べようかな?」
「あ、あそこのカフェとかどう?」
「ちょっと高そうだけど、大丈夫?」
「うん!」
「…!」

とても可愛らしい、あどけない笑顔を向けられ、拓也は思わずドキッとしてしまった。

「どうしたの、拓也くん?」
「え、いや、何でもないよ」
「じゃあ、行こ!」

カフェでも二人は色々なことを話した。学校のこと、趣味のこと、これまで話したことも無いこと。拓也は、
話していけばいくほど、由里に惹き寄せられていくのを感じた。

「あっ、もうこんな時間!」

と不意に由里が時計を見て言った。もう3時を回っていた。

「そうだね、お買い物の続きしようか」
「うん!」

と、今度はデパートの中を回っていった。日が暮れる頃になっても由里は体が小さいのに疲れる様子すら無い。
そのことに拓也が半ば驚いていると、由里はいきなりハッとした表情になった。

「どうしたの、由里ちゃん」
「うん、あのね、映画の招待券がくじ引きで当たったんだけど」と絵美に言われたとおりに入手経路を説明する由里。
「今まで忘れちゃってて…あ…これ今日までのだ…もう、遅いから映画館行けないよね」

と由里はどんよりとした表情になってしまった。それを見た拓也は、

「僕は大丈夫だよ」

と、由里に言った。実際は、帰るのが遅すぎたときに親に小一時間ほど問い詰められ説教されるという経験を
しており、それ以降は帰る時間に気をつけていたのだが。

「え、本当!?」

由里の表情はパァッと明るくなった。

「うん、由里ちゃんは大丈夫なの?」
「私は、家に帰っても宿題しか無いから大丈夫だよ?」
「よし、じゃあ早く行こう。多分それ、チケット売り場でチケットに替えないと使えないと思うよ。ここの映画館、席が完全予約制だから」

映画館に付いた二人は、由里が持っていた招待券で席を予約した。次の開映時刻まで1時間あるというので、
そこでポップコーンを買い、待合ロビーで待つことにした。待合ロビーは結構広く、40人位が座れるほどのソファ
があり、実際20人位が待っていた。そこからは、外が覗けるようになっており、外は夕焼けで真っ赤になっていた。
それに気づいた由里は立ち止まって、少し暗い表情で外を眺めた。
由里が外を複雑な表情をして見ているのを見て、拓也は由里に掛けられていたある「呪い」について思い出した。
その「呪い」とは、日が沈むと、体が大きくなってしまう、つまり成長してしまう呪いであった。ある時にそれが
暴走し(というのが拓也の覚えていることであった)、由里は性格が変わったように拓也を誘惑した。そのせい
で、一時は由里と拓也、それに絵美や、由里のもう一人の友達である佳奈の間にわだかまりができてしまった
のだ。由里はそのあと自我を取り戻すことが出来たが、このせいで不登校になっていたこともあった。
しかし、今は呪いは解けたようで、体が大きくなることもなくなっているようだ。

「由里ちゃん、座って待っていよう」
「…あ、うん、そうだね」

二人が待合室のソファに並んで座ると、思いがけず拓也の右手が由里の左手にソファの上でぶつかった。

「あ、ごめん、拓也くん」
「う、うん…でも、手、繋いでてくれたほうが、嬉しいかな」
「そ、そう?じゃあ…」

由里は拓也の手をギュッっと握った。拓也は由里の小さい手に、ぬくもりを感じた。しばらくすると、席の予約を
済ませた別のカップルが、向かいのソファに座った。

「亜美、この映画、見たかったんだ」座ってすぐに女のほうから喋り始めた。
「ふーん、どんな映画なんだ?」
「えー?テレビ見てないの?結構予告編とかやってたよ?仲むつまじいカップルの彼氏のほうが交通事故にあっ
ちゃって、死んじゃったと思ってたら記憶を失って帰ってきたんだけど、もう彼女の方は諦めてて新しい彼氏が
出来てて、その二人の男の恋の戦いが…」
「それ、どっかで聞いたような気がするぞ?」
「ああもう、いいの!」
「それに、亜美には俺がいるじゃないか…」
「それは関係ないじゃない、でも…」

そのままいきなり口づけをする二人。いわゆるバカップル(死語)である。
それを見た拓也はかなりドキッっとさせられたが、すぐに別の異変に気がついた。横に座っている由里が、その
二人をジーっと見ている。それだけなら何の変哲もないことだが、いつもなら恥ずかしがる由里が、真顔で、
目をカッと見開いている。

「由里…ちゃん?」

拓也が呼びかけるが、動く気配がない。と思った瞬間、由里の表情が苦悶に変わった。さきほどから拓也の手を
握っていた由里の手の握力が、いきなり強くなった。

「いたっ…!ゆ、由里ちゃん!…っ!」

拓也は、その由里の手が心臓の鼓動のようにドクン、ドクンと蠢いているのに気づいた。拓也に悪寒が走った。

「から…だ…から、なにか、でて…くっ!」

と由里がうめき声を上げた瞬間、由里の目が再びカッと見開かれ、瞳から緑の光がほとばしった。その時、拓也
には周りの照明が一斉に明るくなったような気がした。そして、由里はそのまま倒れてしまった。

「(ふう…また大きくなっちゃうかと…あれ?)」

今まで楽しそうな会話で溢れていた待合室が、静まり返っていた。次に目に入ってきたのは、目の前のカップルの
女のゆったりとした服の胸の部分が、ボンッと前に飛び出してきたことだった。その盛り上がりはすぐに服全体に
及んで、服の下から肌色のものが飛び出した。

「亜美、どうした!」

と男のほうが叫ぶ間にも、胸は地面に着くほど大きくなり、座っていた女の足を覆い尽くしてしまった。

次に拓也は、左に座っていた白髪の老婦人(70歳位だろうか)の曲がった背中が、スゥッとまっすぐになって
行き、同時に伸びていくのを見た。腹の部分が出てきた時、痩せこけて、皮膚はシワとシミだらけだったが、
それも一瞬のうちに消え去った。次に脂肪が付き始め、細い足を覆っていたズボンが一瞬のうちに破け、さらけ
出された足はボンッとさらに膨らんで、艶やかさを出すほどになった。上半身も膨らみ、腕の部分は破け、元々
上半身全体を覆っていた服は、膨らんでくる乳房を隠しきれずに、ただの拘束具と化していた。最後に短かった
白髪が若々しい黒さを取り戻すとともに、ウェーブのかかったロングヘアになり、シワだらけの顔は、中から
少し膨らまされたようにシワが消え、頬もすこしふっくらとした。最後に「んっ…」っと元の姿からは想像でき
ない可愛らしい声を出すと、もはや乳房を抑える紐と化していた服がビリッと破け、豊満な乳房がボンッっと
出てきた。

拓也にはこれだけでも気絶しそうな現象であったが、左斜め前、通路上でなぜかうつ伏せに倒れている小学生
くらいの女の子が拓也の目に入った。多分、その子は待合室の中を走り回っていたが、そこを通りかかったところ
で、この現象が起きたのだろう。完全に転んでおり、手を突く暇もなかったようだ。前にバッと手は伸びている。
すると、この子にも異変が起きはじめた。伸びていた手は更にグッと伸び、後ろに伸びた足も同じように伸びる。
そして、履いていたスカートからビリッと音がしたかと思うと、尻の部分がグッっと盛り上がった。また上半身
の服がビリッっと背中から破け、すでに胴が長くなった少女の裸が出てきた。その下から、潰れた肌色のものが
グッと出てくると同時に、少女の体を押し上げていた。最終的には、小学生くらいだったうつ伏せのままのその
子は、乳房がグニュッっと横からはみ出て、臀部はグッと上に出ている、グラビアアイドルのような体型になって
いた。

拓也は周りを見渡したが、先程まで家族連れも少しいた待合室の中には、由里以外、女性は老人も子供も20歳
くらいの魅惑的な体型をした美女になり、元々から20代位だった女性は、乳房が信じられないほど大きくなって
いた。
そして、妻と娘と一緒に来た夫は急に大きくなった二人に戸惑い、彼女と一緒に来た彼氏は顔が青ざめ、老人は
若返った妻に満更でもないという表情をしていた。

しかし、次第に何の変化もなかった由里に視線が集まり始めたのを、拓也は感じた。

「由里ちゃん!起きて!」

拓也は由里に呼びかけるが、目覚める気配はない。仕方なく、拓也は由里の膝と背中を抱え、映画館を飛び出し
た。拓也は、先ほどの現象が映画館内だけでないことを思い知らされた。外には、服のサイズが完全に合って
いない女性や、服の残骸らしい布切れを足元に立っている全裸の女性など、全体的に露出度が100倍程度に上がった
街が広がっていた。

あらぬ所で止まっているバスの中を見ると、肌色の塊がひしめき合っているのと、それを見ながら気絶したり
鼻血を出したりしている男性陣が見えた。
また、徐々に外でも視線が由里に集まり始めた。敵わないと思った拓也は、由里を必死で起こした。

「由里ちゃん!起きて!」

女子の顔をひっぱたくなどあまり気が進まなかったが、この状況ではやむを得ず、拓也は由里を平手打ちした。
すると、由里の目が微かに開いた。

「由里ちゃん…起きた?」
「う…うぅ…」

と由里はうめき声を上げた。拓也が安堵した刹那、由里の目がまたもやカッと開いた。しかし、今度は瞳の中は
ブラックホールのように真っ暗だった。

拓也は、由里に気が付いて迫ってきた群衆が、次第に元の姿に戻っていくのを見た。胸は元のサイズになり、
子供は子供に、老人は老人に戻った。そして、何故か服まで再現されていった。気づいた頃には、何もなかった
かのように街は動き出していた。
由里の目にも、光が戻っていき、普通に戻った所で由里はやっと気がついたようだ。

「あれ、私、ここでなにしてたんだっけ…」
「…知らないほうがいいよ。そろそろ解散にしよう。ちょっと疲れちゃったし、映画はまた今度一緒に見よう」
「え…うん…分かった。じゃあ、またね」

拓也は、由里の沈んだ表情を見て少し心が痛んだが、この現象のあとではどうしようもなかった。そして、少し
由里との距離が遠くなったと感じてしまった。

「うん…またね」

由里は立ち去っていこうとする。拓也は、段々焦燥の念が溜まっていった。ここで伝えなければ、あの可愛らしい
笑顔は二度と拝めないかもしれない。呪いのせいで由里はまた心に傷を負うかもしれない。

「由里ちゃん!」
「…えっ?何、拓也くん?」
「ちょっとお腹すいちゃったな、今日は夕飯抜きになるだろうから、作ってくれないかな…」
「…」
「無理、かな?」
「いいよ、もちろん。でも、拓也くんは私の家に入っても、何も怖くないの?」
「ちょっと怖いけど、あれは呪いのせいだったわけだしさ」
「じゃあ、一緒に行こう」
「あと、絵美ちゃんも呼んでもいいかな」
「…!…いいよ…」

拓也は、由里の物悲しそうな顔を見て死にたくなるような思いをしたが、呪いのことで相談に乗ってくれるのは
絵美位なものだ。今起こったことを由里に話すなら、絵美にもいてもらわないといけないだろう。