一応各自の家に帰る事になったその次の日、ある奇妙な事件がニュースに取り
上げられていた。朝、日の出の時間になった途端、絵美達が住んでいる地域の
病院に、1分以内で20件ほどの救急車の要請があったのだ。しかも通報者は皆
女性で、全てがその血縁者の意識が無くなっているというものだった。
テレビニュースのインタビューへの数少ない回答者の一人の女性は、
「夕食を食べていたら、急に変な声が聞こえて、そこで意識が飛んでしまった
んです。気づいたら、主人が目の前で倒れてて…慌てて119番通報しました」
と答えた。
他の回答者も同じようなことを言った。答えなかった人は、精神に異常を
きたしていると思われたくなかったのであろう。
このニュースは地方局で1回取り上げられただけで、後は何もなかった。死亡
者どころか負傷者すらいなかったからだ。しかし、これは後に起きる危機の
始まりであった。
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朝、絵美は、自分の家でテレビニュースを見て、これがユリシアの仕業である
と考えていた。
「日の出で意識が戻ったって、由里の変身にそっくり。まだ断定はできない
けど」
「お嬢様、今はまだ動くのは危険です。残酷ですが、事が大きくなってからで
ないと、お嬢様が目立ちすぎてしまいます。新しい呪いも何かわからないの
ですから」
側でニュースを見ていた高木がアドバイスをした。
「事が大きくなってからって…でも、うん、そうだね…多分、私達以外に何か
できるのは…ってまた膨らんできたーっ!わけわかんないーっ!」
絵美の部屋着の中で乳房がミチミチっと膨らんできていた。
「なんなの、今度の条件はーっ!」
「まだ、事例が少なくてわかりませんね…」
「あーもう、お昼ごはん食べたら由里の家に行こう!」
「お嬢様?あの家に行ってどうなるんですか?」
「あそこにいれば、ユリシアがまたちょっかい出してくるかもしれない。その
ときに何か引きずり出してきてやる!」
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そして、午後、由里の家。絵美は机を前に座っていた。
ガチャッ
ロングヘアをお嬢様結びした、フリフリ系の服を着ている拓也が入ってきた。
「こんにちはー」
「おー、拓也!来てくれてありがとうね。どうだった?ご両親の反応。その服
の様子だと、部屋までぜーんぶ変わってたとか?」
「ううん、僕を見て二人ともびっくりしてたよ。最初は、僕を僕だと認めて
くれなかったし。だけど、数分でお母さんが若い時の服っていってこれを出
してきて…その後は可愛い可愛いって…」
「なに、それ」
「どうやら、息子より娘が欲しかったらしくて。僕が女の子になったのが結構
嬉しかったみたい」
「あんた、男らしいところ無いもんね」
「酷い!お母さんにもそう言われ続けられて…」
「だって事実じゃん」
「…」
「んで、あの二人は、来ないらしいよ…仕方ないか、先輩、結構きつそう
だったし」
「うん…」
「それに、こんなに待ったのにユリシアは…」
「ここにいるよ」
また赤髪の女性がいきなり現れた。絵美は驚きのあまり立ち上がった。
「どう、見てくれた?私の仕事っぷりー」
「ふん、あの程度じゃ、世紀末なんて程遠いよ。その前にあんたなんか倒して
やるんだから!」
「あ、そんなこと言ったらー」
ユリシアが絵美の自然状態ですでに大きく膨らんでいる胸を指さすと、それは
ブルンっと揺れ、ムクッとひとまわり大きくなった。
「なにするの、ひどいよっ!」
絵美がそう叫んだ瞬間胸の膨らみは更にムクッと大きくなり、服のボタンが
一つ飛んでいった。胸の露出している部分からはプクッと肌色がはみ出して
いた。
「私は、今はなにもしてないよ。絵美の、呪いのせい。条件は、なんだか
分かる?」
「そんなこと言わずにさっさと教えろ!」
するとさらに2つボタンが飛んでいき、ミッチリと胸が詰まったシャツが顕わ
になった。
「…まさか、あんたに怒ったりする…こと?」
「だいたい当たりかなー?条件は、敵愾心。あ、私だけじゃなくって、
マスターに対するものも、適用範囲内だよ」
「な、なんてこと…じゃあ、あんたを本当に倒そうとすれば…」
「実害なんて加えようとしたら、大きくなるのは乳房だけじゃないよ。体もね」
その間にもシャツがどんどん伸びていき、乳房はブラジャーの下からもはみ
出ているのかひょうたん型に大きくなっていく。
「あはは、怒って怒って!そうすればマスターも喜んでくれるから!」
「むかつくっ…うわっ」
ビリッと音がし、真ん中で縛られていたような乳房の形が、一気に水滴のよう
な形になった。
「ほーらほーら殴ってみてよ!どうせ何もできないんでしょうけどー」
「くっ…」
「なんにもしないのー?つまんないのーっ!」
「ぐっ…お、おりゃぁあっ!」
絵美はユリシアの頭部に蹴りをかまそうとしたが、その瞬間に手足がぐっと
伸び、足はユリシアの頭の上を空振りした。その上、巨大化した乳房が大きく
揺れ、バランスを崩して絵美は地面に仰向けに崩れ落ちた。
「うわぁっ!」
そして、ビリッという音とともにシャツが肩から破けた。開放された乳房は
横に潰れた。ユリシアがそれをいつの間にか甲冑を取り除いた足で踏むと、
さらにボンッと大きくなり、絵美の上半身全体を覆い尽くした。
「く、くやしいっ…」
「平穏な日々を過ごしたかったら、私のことなんか忘れることね。まあ、
そんなの無理でしょうけど?じゃーねー!」
そしてユリシアは消えた。絵美の胸はその膨らみをやめたが、大きいまま
だった。絵美は自分の顔を手で覆った。
「絵美ちゃん…?」
「くやしいっ!くやしいよぉ…由里を取り戻そうとするだけでこんなになっ
ちゃうなんて…」
その手の脇から、一筋の涙が流れていた。
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ユリシアは、街の上を飛んでいた。
「楽しかったぁー!人間のああいう悔しそうな目つきって、見てて爽快だなー、
癖になっちゃいそう!」
空は夕暮れ時に近づき、オレンジ色になっていた。
「そろそろお仕事の時間だ!昨日はリスト上にあった人たちだったけど、今日
は誰にしよっかなー。これができるのもあと2,3回しか無いし」
黒い甲冑を身にまとった少女は、見定めをするような仕草をしながら、
ふらふらと飛んでいった。
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そして、空が暗くなった頃。ユリシアは、湯けむりが登ってくる一軒家の風呂
場の窓から、中を覗きこんでいた。風呂場の中では、少しウェーブがかかった
セミロングの女子大生くらいの背をした少女が、湯船に浸かっていた。
「この人、胸は小さいし、ちょっと太り気味?よし、今日はこの人からにしよ
っと!じゃあお決まりの…」
『ヤセテミタクナイカ?』
ユリシアはその少女にテレパシーで囁いた。すると、少女が答えるように
言った。
「そうねー、私この頃体重が気になってきちゃって…って、私ったら独り言?」
ユリシアはニヤリと口を歪ませた。
「(じゃあ、お望み通り、全身の贅肉を取ってー)」
少女の少しプニッとしていたお腹の部分が、すっきりしていく。
「わぁ、なにこれ、すごいわ…」
「(あれ、反応がおかしいな…でも…その贅肉はお尻へ直行!)」
すると、臀部がプルンと上から見えるほど大きくなった。
「あらやだ、私にもこんな能力が?」
「(へっ?ああもう、気を取り直して…それっ!)」
変身させればさせるほど懐疑心が増していくユリシアだったが、そのまま変身
を続けさせた。
「わぁ、お胸が膨らんでくー」
それまではちょうどよく膨らんでいた胸がムクムクッと大きくなり、白い球面
が徐々に水面の上に姿を露わにしていた。
「(よし、あとは、男の人にけしかけるだけっと)」
「あれ…わたし…どうしたんだろう?」
少女の目が虚ろになっていく。すると、風呂場の外で足音が聞こえてきた。
「(おっと、誰か来た…)」
母親だろうか、中年の女性の声が聞こえてきた。
「夏菜ー?さっきからブツブツ言って、どうしたの?」
「(カナ…?あれ、私の力、止まらないよっ…)」
膨らみが止まってきていた少女の胸が、心臓のようにドクンッと動いた。
「(私、どうしちゃったの…!)」
その動きは止まらず、ドクンドクンと伸縮を繰り返すたびにドンッドンッと
大きくなっていく。すぐに、乳房は風呂桶を覆い尽くした。
「(止めないとっ…で、でも、これはこれで…)」
更に大きくなる胸とその脈動のような動きで、風呂桶は衝撃を受け続け、ヒビ
が入った。さらに、胸自身がドンッドンッと打楽器のような音を立てていた。
「夏菜、どうしたの!?」
「お…母さん…?」
中途半端に洗脳された少女が反応する。
「(おっと、鍵はしめちゃえっと)」
「あ、開かないっ!?」
胸は風呂桶に収まらなくなり、桶の縁をズルッズルッと越えていく。
「あなた!来て、夏菜が!」
ドタドタした足音が聞こえ、声が遠ざかっていった。その間にも、片方の胸は
ほとんどが風呂桶から出てしまい、床の上に置いてあった椅子や手桶を破壊し
ながら、さらに大きくなっていった。乳房が風呂場の容積の半分くらいを
占める頃になって、少女の洗脳が醒めた。
「あれ、なに、この肌色の…重い…キャッ」
しかし、脈を打ち続ける乳房に頭を突き飛ばされ、今度は気絶してしまった。
どんどん乳房は大きくなる。外ではまた声がした。今度は男性の声だ。
「夏菜、大丈夫かっ!?今、助けてやるからな!」
その頃には乳房は部屋のほとんどを占めるようになっていた。それは、曇り
ガラスの扉の向こうからも見えるようだ。
「な、なんだこの肌色の…」
そして、乳房はドアにぶつかるほどに大きくなり、その脈動でドンッドンッと
ドアを叩き始めた。
「ば、バケモノがっ!このぉ!」
父親と思われる男性は体当りして扉を壊そうとしていたようだが、その一瞬前
に、
ドーンッ
乳房がドアを破壊し、そのドアは男性を突き飛ばしたようだ。
「あ、あなたーっ!」
女性の悲鳴が聞こえる。風呂場の入り口は乳房ですぐに埋め尽くされ、さらに
その動きでメキッと広げられていく。
「(おっと、そろそろまずいかなー?)」
そんなことを考えつつ、このアクシデントにどんどん魔力という名の油を
注いでいくユリシア。そして、一瞬、乳房は浴室を埋め尽くした。
ド…
乳房が一回縮む。次の瞬間。
クンッ!
浴室の屋根が吹き飛び、2階部分まで肌色が侵食し始めた。
「(そろそろ他のところ行きたいし、加速っと)」
すると、つぎの脈動で、
ドォーンッ!
と浴室の壁が吹き飛び、家の半分の重さが肌色の塊に身を委ねて、その動きと
ともにギシッギシッと揺れた。
「(じゃあ、このままで…明日もこよーっと!)」
ユリシアが飛び立っていくと、肌色の塊は鼓動と膨張をやめた。しかしその頃
には家の壁はほとんど持ち上げられるように破壊され、家の原型はほぼ崩れ
去っていた。
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「(私、どうしちゃったんだろ?カナっていう名前を聞いた瞬間、おかしく
なっちゃった)」
ユリシアは先ほどと同じようにふらふらと飛んでいた。
ベキベキッ!バァンッ!
「(な、なにっ?)」
何か建築物が破壊されるような音がして、ユリシアはそちらを向いた。そこに
は呪いを制御しきれないのか、巨大化した佳奈がいた。
「(なるほど、そういうことか。カナ、ね。あの子達には知られないように
しないとね)」
そのままユリシアは夜の街を飛び続け、さらなる悪夢を生み出していった。