『メタモルフォーゼ症候群』は、100万人に1人だけ掛かるという、羅患者が極めて少ない「病気」
だ。だが、その発症のタイミングは予想がつかず、羅患すると共に発作が開始する。そのため、あら
ぬ所で体型が変化し、精神的トラウマを作ることも少なくなかった。
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アタシ、宮古 奏(みやこ うた)。文系の一流大学を目指している高校生。見た目はチャラチャラ
してるけど、自分で言うのも何だけど、プロポーション抜群で、学力にもそれなりの自信がある。今日
は、センター試験の模擬試験を受けに、冬の寒い中、聞いたこともない名前の大学まで来た。今日も
乾燥注意報、アタシのお肌もカサカサ、嫌になる。
(なんで、こんなところで受けなきゃいけないの?アタシには似合わない大学だわ)
その大学は、校舎は大きいけどボロボロで、なんでここが模試会場に選ばれたか正直わからない。
(ま、アタシはどんな所でも良い点取れるから、関係ないけど?…あれ?何だろ、あの子)
アタシの前には、高校生とは思えないほどの小さい子が歩いている。だが、着ているのはどうみても、
どこかの高校の制服だ。信じられないほどブカブカだけど。だけど、髪の毛はとても綺麗に輝く長髪
で、背の低いその子の腰辺りまでは伸びている。見せつけられているようでいい感じはしない。それ
に、
(この子、歩くの速い…)
その子は、トットットットッとかなりの早足で歩いている。そのせいで、アタシのほうが歩幅が長いのに、
歩く速度はそれほど変わらない。結局、建物の入口までずっとその子の後ろを歩くことになって、アタシは
サラサラした黒い髪が揺れるのを眺め続けていた。
でも、建物に入る段階になって、急にその子の歩くスピードが落ちて、思わずぶつかりそうになる。
開けっ放しになっている扉が1枚しか無くて、そこに立ちふさがれて邪魔で仕方がない。
(ここまで来て、歩くの遅くするなんて、アタシの邪魔でもしたいの…?)
急にイライラしてきた。そういうことなら、最初から抜かさせてくれればいいのに。
「ぐぎゅっ…」
その子が急にうめき声を上げてびっくりする。
(ん?どうしたんだろ…?)
すると、黒髪がざわついて、それがグイッと伸びるとともに上に上がっていく。ぶかぶかの制服の中で
その子は大きくなり、背がどんどん高くなっている。
「ふぅっ…」
ため息をつくと、その変化が終わったみたい。制服にはまだ余裕があったが、先程までとは違ってその
子はアタシと同じくらいの背になっている。
「あ、あなた…もしかして」
アタシにはこの変化に心当たりがある。だけど、それはただの文面だけの情報だった。それで、つい
確かめたくなった。その子はさっとこちらを振り向いてくる。端正な顔立ちで、黒い髪に似合うしとやか
な美少女だった。胸もそれなりに大きい。
「ん…ええ、そうよ。『メタモルフォーゼ症候群』」
その口から出てきた病名は、アタシの思った通り。
「お気の毒に」
「どうも」
その子はそっけない表情で建物に入っていく。アタシは特に心配してたわけじゃないけど、この病気は
かかった人に不快な思いをさせるだろうな、と考えていた。だけど、アタシがあの病気になる確率は
ゼロに等しいし、なりたくもない。あんな気持ち悪い病気。
(えーっと、試験室はっと…)
気を取り直して、自分の受験番号と試験室の割り当てを確認する。この作業も、最初はわかりづらかった
けど、今では慣れた。
(みっけ!)
自分の部屋を見つけ、1分もしないで、さっさと部屋に入る。この部屋は、一人ひとり机が分かれて
いる。番号札を確認する。アタシの席は一番後ろだ。
(よし、今日も見せつけてやる、アタシの力をっ!)
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そして、最後の試験。今日も全て順調。
(さっさと終わらせて、早退しちゃおっか)
時間配分もきっちりできて…
《ビリッ!》
全身に電撃のようなものが走る。
(な、何いまの静電気っ!声出そうになっちゃった)
だけど、おかしい。
(静電気って、肌が金属に触れた時に起こるものじゃないの?今はただ鉛筆を握って、書いていた
だけなのに…)
思わず気を取られるアタシ。問題に集中できず、時間配分も、めちゃくちゃになる。
(どうしよう、どうしよう、間に合わないっ)
どんどん焦燥感が高まってきた。心臓がドキドキ言い始める。
(焦ってもしょうがないっ…ここは、落ち着いて…)
胸に手てて、落ち着こう。それが一番…
(って、えっ!?)
いつもだって、アタシの胸には、誰にも負けないおっぱいがある。だけど、今はいつも着ているシャツを
引っ張っている。シャツのボタンが引っ張られて、今にも外れそうになっている。
(おっぱい、大きくなってる…?)
脳裏に試験会場の入り口で会ったあの子の変身の様子がよぎった。まさか…違う、アタシはあんな病気
に掛かったりしないっ!ほら、おっぱいも元に戻ってるし…
(よかった…って、よくないよくない、時間がっ!)
机の上に置いた腕時計の針は、どんどん進んでいく。また動悸が激しくなる。
(えーっと次の問題はっ!あ、あっ…あれっ…?)
鉛筆を持つ腕に、何か柔らかいものが当たっている。それはどんどん大きくなっている。アタシのおっぱい、
また膨らんでる?
(や、やめて…いま、膨らんだら、問題解けなくなるっ)
焦りがどんどん募って、脈拍がどんどん上がっていく。それにつれて、おっぱいはどんどんシャツを
引っ張って、逆にシャツもおっぱいを圧縮する。
《プチッ》
シャツのボタンが一つ取れ、床に落ちてカランカランと音を立てる。
(やばい、おっぱい大きくなってるのバレちゃうっ!)
だけど、そのままおっぱいはどんどん大きくなり、机の上のものを押しのけている。机の上のもの…?
それって、解答用紙も…?
(あぁ…モミクチャになってる…)
そのグシャグシャになっている解答用紙を見た瞬間、アタシの中から焦りが消えて、絶望に変わる。
(終わった…)
そんなマークシートでは、機械は読み取ってくれない。おっぱいは逆に小さくなっていったけど、もうどう
しようもない。この教科はダメだ。結局、解答用紙を元に戻そうとしつつ、机の上に突っ伏して、何も
考えないことにした。
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試験が終わった。アタシの考えは一つだった。もう、早く帰って、泣きたい。その一心で、走りだす。
走るしかない。なんかどんどんおっぱいが大きくなっているような気もするけれど、そんなの関係ない。
建物から出るときにあの長い綺麗な黒髪を見た気もしたけど、関係ない。息が切れそうになって、心臓
もバクバク言って、タプンタプンと揺れるおっぱいで体重のバランスがどんどん崩れていくけど、どうでも
いい。
あの忌々しい病気にかかった、それだけで、アタシの心はいっぱいになっていた。もう、お先真っ暗だ。