環境呼応症候群 優しさの子

tefnen 作
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「これで、今日の授業は終わりだ」

教師である私がそう言うと、生徒たちは席を立ち始め、我先にと帰ろうとする。

「おいお前ら、明日までの宿題、忘れるなよー」

忠告をするものの、誰も耳を傾けようとしない。一人を除いて。

「はーい、せんせ!」

小さい体に見合わない元気のいい声を出すその女子生徒は、一之江 優
(いちのえ ゆう)。クラスでもその人懐っこく、少し間の抜けた性格から、
クラスのほぼ全員から好かれている、かと言って目立ちはしない、いわば
愛されている生徒だ。

「うむ、いい返事だ」
「えへ、先生さよなら!」

一之江はクラスの扉から飛び出し、外で待っていた生徒と合流して帰って
いく。私も手を振って見送る。毎日そのようなな感じだった。だが、その日を
最後に、一之江は学校に来なくなった。

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「本庄先生、何とかならんのですか。我が学校のメンツを保つためにも、引き
こもりは許容できんのですよ」

その数日後、心ない教頭の言葉が私に向けられていた。一之江を教育の場に
戻す理由が、「学校の体面を保つ」ためであるとは。少し顔をこわばらせて
返答する。

「本人は『病欠』と言ってきているんです。引きこもりではないですよ」
「毎日電話しても一言も喋らないどころか、電話したのが本庄先生だと知ると
突然切ったのでしょう?それがただの『病欠』で済まされますか」

私も彼女が病気ではなく、引きこもっているのは分かっていた。教頭の言う
通り、私の電話を受けた時確かに一之江はそれに答え、元気な声を出していた。
しかし、それを聞いて安心した私が名前を言うと、思いっきり受話器が叩き
つけられた音がして、電話は切れてしまった。

「とにかく、家庭訪問をして強制的にでも学校に連れだしてきてください」
「そんな……」
「分かりましたね!」

教頭はそう言うと、踵を返して自分の机に戻っていった。私はまだ言い返したかっ
たが、私自身も、一之江にまた学校に来て欲しい思いがあり、諦めた。

「仕方ない……」

私は腹を決めて、その日の夕方、家庭訪問を予告なしですることにした。また
電話しても、この前のように切られてしまう可能性が高かったからだ。

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その家は、豪邸というにふさわしい、都内にしては大きな家だった。その門の
前に立つだけで、私は圧倒された。だが、ここで引く訳にはいかない。呼び鈴
をギュッと押した。しばらくすると、しとやかな女性の声がスピーカーから
発せられた。

『はい。どちらさまでしょうか』

少しだけ高圧的な感じもするその声は、一之江のものに少し声音が似ている。

「優さんのお母様ですか。わたくし、担任の本庄と申します。少し、娘さんと
お話がしたいのですが」
『優は病気です。それだけで十分なはずですし、学校にも連絡しているはず
ですが』

間髪入れずに返答される。私は、粘ることにした。

「少し、お話出来るだけでもいいのです。担任として、把握して置かなければ
ならないこともありまして」

今度は数秒の間を置いて、返してきた。

『先生にも、あの子は何も話しませんよ』
「試すだけでもさせてください。娘さんに、また学校に来て欲しいのです」
『……いいでしょう。今娘がどれだけ救いようがないか、自分で確かめてくだ
さい』

「救いようがない」。自分の子供には普通は使われない言葉だ。子供を諌める
時に使うにしても、度が過ぎている。事態は思ったより深刻なようだ。それでも
私には、果たすべき仕事があった。

玄関の扉を開け出てきた女性は、この家に見合った気品を備えていたが、やはり
同時に一之江の面影もある。その顔は、私に対する不信と、若干の悲哀を
表していた。

「どうぞ、お上がりください」

私はそう言われ、会釈をしてから母親に付いて家の中に入った。

「急におじゃまして申し訳ありません」
「……お茶でもお飲みになりますか?」

一瞬、きっと睨まれたが、怯まずに答える。

「いえ、娘さんに話すのが先決です」
「そうですか、二階の一番手前の部屋です」

階段の上を手で差す。どうやらそこから先の案内はしてくれないようだ。

「分かりました」
「あの子も、いい子だったんですけど」

私が階段を登ろうとした時、母親が喋り始めた。

「いきなり性格が変わってしまったんです。私も何回も蹴飛ばされたり……」
「一之江が!?」

思わず叫んでしまう。あんな明朗な子が、母親を蹴り飛ばす。それは、想像
だにしないことだ。私の大声にぎょっとしている母親に、再度落ち着いて話し
かけた。

「失礼しました……しかし、娘さんがそんなことをする子には……」
「なってしまったものは、なってしまったんです。どうぞ、自分で見てきて
ください」

そういう母親の目には、涙が浮かんでいるようだった。一之江にも何かあった
のかもしれないが、娘に裏切られるのはかなり心に刺さることなのだろう。

「分かりました」

母親を背に、階段をのぼる。私は、変わり果ててしまった一之江を見る恐怖に
苛まれながらも、一段一段登っていった。そして、ついに一之江の部屋の前に
来た。私は扉を軽くノックし、一言だけ言葉を発した。

「一之江、先生だ。この頃学校に来てくれなくて寂しかったぞ」

だが、部屋からは何も音がしない。本当にこの中にいるのだろうか。

「入ってもいいか」

しかしそれを言った途端、部屋の中でドタドタという足音が聞こえ、扉がゴン
という音を立てた。

「入ってくるんじゃねえ!このクソ教師が!」

汚らしい言葉が扉越しに聞こえてくる。確かに、一之江の声だが、言っている
ことは私の知っている彼女から全然イメージ出来ないことだった。なんとか
冷静を保ち、話しかける。

「いいから、ちょっとだけ話を……」
「バーカ!アーホ!」

罵詈雑言が飛んでくる。さすがに私の方も怒りを覚えてきた。

「一之江!お前はそんなことを言う生徒じゃなかったはずだぞ!無理矢理に
でも入るからな!」

すると、扉がカチャッと開いた。そこには、瞳に光がなく、深いクマができ、
上にスリーブを着ているだけの一之江がいた。

「一之江……」
「失せろ!」

なんと一之江は私の腹部にパンチを食らわせてきた。思わぬ攻撃にほんの少し
怯むが、私はその腕を何とか掴んだ。

「は、離せ!離せってんだよ!」
「離さないぞ、先生にもお前を教育する義務があるんだからな!」

そこで、私は気づいた。一之江の目に、少し光るものがあったのだ。

「私にかまうんじゃねえ!さっさと帰れよ!」

そう叫ぶ声にも、確かに震えがあった。

「一之江、正直に話してみろ」
「帰れ!帰れ!」

腕を解放しようとして、一之江は逆方向を向き、体重をかける。だが、体が
小さく男の私の前でそれは功を奏さず、私は腕を掴んだままだった。

「悩みがあるんだろ」
「私に、んっ…優しく…するな!」

次に私の目の前に見えたものは、私を驚愕させた。一之江は再度こちらを向いた
が、先ほどまでまっ平らだった胸に、大きな膨らみが付き、それがブルンと
揺れたのだ。

「一之江、お前……」
「ひゃっ…優しくするなって…言ってるのに…っ!」

私は、この大きな胸が原因だと錯覚した。今までサラシでも巻いて潰れていた
膨らみが、激しく動いたせいでサラシが外れ、見えるようになったのだろうと。
これがコンプレックスになって登校しなくなったのだろうと。だが、違った。

「んあっ!…やだ…!」
「なんだ……!?」

握っている腕が、グキグキと、長く、大きくなりだしたのだ。一之江の脚も、
同じように、グッグッと伸長というより、そう、成長しはじめた。

「いちの……え……?」
「また…大きくなっちゃう!…あぁっ!」

私は目の前で起こっていることの理解が出来なかった。肩までしか無かった
一之江の髪の毛はサラサラと伸び、先ほど大きいと感じた胸も、メロンが1つ
ずつ入りそうなまでに大きくなり、スリーブをますます押し上げ、襟から見える
肌色の部分が広がっている。2つの突起も服の上から完全に見えている。変化
が落ち着くと、一之江はギュッと腕を再度引っ張った。先ほどよりずっと強い
力がかかり、今度は腕を抑えきることは出来なかった。けれど、一之江は今度
は逃げること無く、成長した体で荒い息をあげていた。

「はぁ……はぁ……見たでしょ……先生、私が変な子になっちゃったって……
わかったでしょ?」

一之江の口調からはさっきまでの乱暴さは消えて、元の大人しいものに戻って
いた。されど、声の震えは大きくなって、泣きそうになっている。不可解な
世界の一辺を見てしまった私は困惑していたが、ここは教師として、教え子を
受け入れてやらなければならなかった。

「一之江は、変な子じゃない。先生の大切な生徒の一人だ……」
「や、やめて……!あああっ!」

一之江は頭を抱えた。すると、一之江の体が成長を再開し、脚がビキビキと
長くなり、ついに私のものより大きくなってしまった。同時に脂肪がムチムチ
と音を立てて付き始め、胸にスリーブが引っ張られていたせいで完全に顕に
なっていた臀部の太さも、それに合わせてムクムクと太くなる。頭を抱えて
いる腕も長くなって、肘がググッと外に押し出される。身長はもともと150cm
ほどだったのが今は175cmくらいあるだろうか。

「んああああっ!」

胸の膨らみはその体に対して異常な発達を見せた。ドクン、ドクンと周期的に
膨らんでいくそれは、スリーブを限界まで引き伸ばし、袖から零れ落ちるほど
になった。それでも止まらず、ついにビリ、ビリと穴が開き始めた。

「私の…おっぱい…んあ!…膨らむぅ……!!!」

そしてついに、ブルンッ!とスイカサイズの乳房が服から飛び出、上下左右に
大きく揺れた。

「はぁっ!はぁっ!……せんせっ……もう……お願い……」

私は、一之江に声をかけようとした。しかしなぜか大きな躊躇を感じた。私が
一之江を気にかける言葉を発する度に、一之江は成長しているように思えた
からだ。

「気づいた……でしょ?……私、優しさを感じる度に……大きくなって……
だから……」

しかし、ここで止めるわけには行かなかった。

「だが、お前に冷たくなどできるか!!一之江がどんな姿でも、私の生徒で
あることには変わりはない!」
「せんせ……!あああああああっっ!!!」

一之江の全身がゴキゴキ言い、前の成長よりも、激しく変化し始める。身長は
更に高くなり、天井に頭をガツンと打ってしまった。

「あっ!」

一之江は床に倒れ、私もその大きな胸に巻き込まれて倒れた。私の両側に突か
れた手はビクビクと痙攣しながら更に伸長する。胸も私の腹部に押し付けられ、
そのままムギュッ、ムギュッと膨張し続けている。

「これいじょ……う!大きくなりたく……ないっ……!きっと先生……」
「私は大丈夫だ」

正直、目の前で2mを超えて大きくなっていく一之江の肢体と、私の耳に入って
くる、人体が再構成される奇妙な音で気を失いそうだった。だが、ここで倒れ
ては、また一之江を一人にしてしまう。私は腹部の上で潰れている大きな球体
に負けずに、言葉をかけた。

「私は……ずっと一之江と一緒だ……」
「先生……きゃああっ!……私……!嬉しい……!」

一之江の苦痛にまみれた顔に、少しの笑みが浮かんだ。これまで数多くの友人
に囲まれ学校生活を送ってきたのに、この不可思議な現象のせいで人との接触
を断ってしまったのだ。たとえ教師である私でも、久しぶりに心が通った人を
持てたことに、大きな喜びを感じたのだろう。

「ああっ!!んああああっ!!」

だが、体の成長はそれで激しさを増した。私の体に、もはや元の一之江の体が
入るのではないかと思うほどの大きさになった乳房を通じて、一之江の鼓動が
ドン!ドン!と伝わるようになったのだ。それと同期するように乳房がムリュッ!
ムギュッ!と膨らみ、更に私の体を包んでいった。大きすぎ、重すぎる体の
せいで、床がミシミシと言い、廊下の壁がバキバキと音を立て始めても、成長
は終わらず、グンッグンッと一之江は大きくなった。

「もう……!とまらないいいっ!!!」

家全体に響き渡る叫び声を上げつつも、その笑みは絶えることなく私に向け
られ、私も胸に包まれ、普通ならおさえられないほどの性的興奮を抑えて笑み
を返した。

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「おい、まだ君の生徒は引きこもったままなのか!?」

結局一之江は、学校に来ていない。もし、彼女が今学校に来たら周りからの
優しさを受けてどうなるか分からなかった。調べたところによると、これは
「メタモルフォーゼ症候群」と呼ばれるものらしい。教頭にも説明したが、
いまいち納得してもらえていないようだ。

「教頭先生、私にはどうすることも出来ません、家に行ってケアするのが
精一杯で。課題はこなしていますから」
「うーむ……まあ、勉強するようになっただけ快復の兆しはあるとしよう。
頑張りたまえ」
「はい」

私は、これからこの病気を治す方法を見つけようと思う。原因があるならば、
かならずそれを無くす方法もあるはずだ。いつになるか分からないが、その
方法が私の身を削るものであっても、見つけてみせる。優しさを受けることに
苦痛を感じてしまう、これ以上無く不運な、あの子のために。