恋愛悪魔のアパート 第7話「狐里水はおしろいを取ってみる」

帝国城摂政 作
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 アパート、『愛詩荘(アイシソウ)』。1階4部屋の2階建て、月給4万円で3LDKの間取りのちょっとした古ぼけた賃貸アパートなのだけれども、このアパートにはちょっとしたジンクス的な物がある。それは恋愛が生まれやすいと言う事である。しかもその恋愛がちょっと普通の人間的な物とは違っていて……。
 そして今この場でも、愛詩荘の一部屋でも恋が生まれようとしていた。

第7話・「狐里水はおしろいを取ってみる」
 人付き合いのさいには仮面を被って接するという言葉があると、愛詩荘104号室の住人、狐里水(きつねざとすい)はそう考えている。いや、そう思って生きている。
 人付き合いに必要なのはいかに自分という存在を隠し、偽り、騙していくかも大切になってきており、人付き合いで何もかもさらけ出す人間なんて居ない。ある程度ではあるが自分を偽り、他人を騙して、本性を隠して人付き合いをする人間なんて多く居る。

 狐里水は自分を偽り、他人を騙し、本性を隠すのが人一倍得意な人間であった。
 父親が他人を騙して喜びを集めるマジシャンで、母親が自分を偽って役を演じる女優だという事も理由の一因だと思うけれども、狐里水は子供の頃から父親と母親の背を見て育っていて、とにかく何かを演じるという事を常に行っているような人間だった。
 "素顔"という所でも役も演じて、家で一人でいるような時にようやく役も何も捨ててただぼんやりと過ごしているような生活を送るのが狐里水という人間である。

 何も好きにならず、何も嫌いにならず。ただその役に合う趣味をその場で作り出す演劇人間、それが狐里水であった。これからもそうであって、これからずっとそういう生き方を続けていくんだと狐里水はそう考えていた。あの日を、桜が舞うあの日を迎えるまでは。

「……はぁー」

 と、それらしく考え込んでいる思春期を迎えた女子高生という体で、狐里水は愛詩荘の帰り道を歩いていた。102号室に引っ越してきた九島玲人、彼の事を考えると狐里水の役者という仮面の下から心が温かくなっている気がする。
 しかし心が温かくなると共に、狐里水はその気持ちをすぐに心を冷たく否定していた。自分はそう言う人間ではない。自分はそんな想いを持ってはいけないと。なにせ、狐里水は何も考えずに、役になりきるだけのただの人形なのだから。

「……やぁ、狐里水さん。夕方ですから……日本だとこんばんはでしたっけ?」
「あっ、えっと……イルルさん?」
「イエス! イルル・シューベルト、ただいま帰還しましたよ」

 と、狐里水の目の前に現れたのは般若の面を付けた黒いマントを羽織った長身痩躯の203号室の住人である男性、イルル・シューベルト。自称『宇宙の死神』と称して、1年のほとんどをどこかで放浪している彼は時折帰って来て、フラリと現れるのである。
 狐里水はペコリと頭を下げると、イルルは納得したような顔をすると背中に背負った風呂敷から紫色の液体が入った薬瓶を取り出す。

「そうだ、狐里水さん。これ、放浪のお土産ね。貰っておいてよ」
「は、はぁ……」

 と、戸惑うような感じの役作りをしながら、狐里水はイルルの商品を受け取る。イルル・シュナイゼルの商品はハッキリ言って、狐里水にとっては謎の商品ばかりである。付けたら黒い炎を身に纏う髪飾りとか、ニャッしか言えなくなる手袋、酷い物だと使うと左手が空気を入れた風船みたいに膨れ上がる眼帯など様々あった。まぁ、全部試した狐里水が言うのもどうかという話だが、ともかくイルル・シュナイゼルが持ってくるものにまともな物はない。ただでさえ怪しい物を渡して来るのに、今回は液体の入った瓶というさらに輪をかけて怪しい物である。
 胡散臭いし、怪しい。どう言う薬なのかも効きたかったけれども、既にイルルさんは愛詩荘へと向かっていってしまわれた。

「ええい、女は度胸! 何事も試すのみ!」

 と、狐里水は度胸を付けた女キャラという設定で、その怪しげな薬を飲むのであった。

「うっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 その日、狐里水は道路で絶叫して倒れる。
 その後、起き上がった狐里水の身体は何も変化はなかった。

「フフ……」

 怪しげに笑う彼女の顔を除いては。