バレンタイン

帝国城摂政 作
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「……もう、お母さんったらぁ」

 宮野姫は、お母さん‐‐‐‐宮野愛が注文して作ってくれた、3mでも普通に眠れる大きなクイーンサイズのベッドでうつ伏せになりながら、母への罵りを続けていた。
 目は1時間近くも泣き続けていたためか、真っ赤に腫れてしまっていて、ぎゅうっと、姫のイライラを受け続けてくれていたクマのぬいぐるみはと言うと、首が折れてしまい、ちょっぴり怖めのゾンビテイストになってしまっている。

「クマさん、ごめんね……」

 姫はそう言うと、ベッドの下に置いてある裁縫箱を取り出して、糸を紡いでいく。
 ‐‐‐‐ものの数十秒で直った、元以上に綺麗に、そして頑丈になったクマさんを見て、姫は母が言っていた、そう、あろうことか、相沢君に言ってしまった事を思い出していた。

 ----下垂体腺腫。通称、巨人症。
 私達、宮野家は家系レベルでこの病気にかかりやすい。遺伝病ってやつ。
 成長ホルモンの異常分泌で、身長が異常に伸びる病気で、子供のころはそれで済む話なんだけど、大人になると骨が変形してしまって危険な病気。

 母は高校生の時に手術を受け、無事に後遺症一つなく退院した。
 けれども、姫の場合は、位置が悪い。腫瘍を手術で取り除ければ、この病気は完治できるのだけれども、失明にも関わってくる位置だったため、手術に入れないのである。
 幸いなことに今は医療技術の発達によって治せない病気も、数年後には治るとも言われているし、お医者様から貰っている薬のおかげで、姫はこうして元気に学校にも通える。大好きな相手に恋だって出来る。

「でも……ちょっぴり、出ちゃうんだよね」

 と、姫はじんわりと、特注の巨大ブラについた染みを見つつ、ずっしりと今もなお存在感を引きだたせている母乳に対して、頭を抱えていた。

 巨人症の腫瘍の位置のせいで、姫は母乳が出る。勿論、神様に、いや相沢君に誓って言うけれども、子供が出来たとかじゃない。
 腫瘍のせいで、妊娠していないにも関わらず、姫の身体は今もなお母乳作りに精を出している。
 お医者様から貰った薬を飲めば、この母乳の作る勢いも減る。とは言え、なくなる訳ではなく、むしろ副作用で手術がさらに困難になってしまう。
 つまりは薬を飲まなければ良いんだけど、生理も止まるし、その上、母乳は今以上に出てしまう。
 ただでさえ、薬を飲んでいる今でも朝、昼、そして夜の一日三回は欠かさないと、母乳で溢れ出してしまうと言うのに。

 ちなみに、姫の友人である明日香にはこの症状のことについては知らせてある。なんというか、相沢君への恋心を語るうちに、つい、ってやつだ。
 「いやいや、ひめっち。それはそれで、需要あるって!」と、彼女は笑いながらそう言っていたが、姫としては相沢君への需要があるかどうかが知りたいだけなのに。
 そんな、誰とも知らぬ他人に需要が存在するとかはどうでも良いのだ。

「お医者様は無理だって、位置が悪すぎて無理だって言ってたなぁ〜。
 あ〜あ、こういう時にドラマとかで見るような、絶対に失敗しないお医者様が居ればいいのに」

 ‐‐‐‐いや、居る。正確には作れる。
 頭の中で解答を導き出して、その異常性に姫はまたしても頭を抱える。

 ‐‐‐‐アスペルガー症候群。どうやら巨人症の他にも、姫はこの病気にもかかっているみたいだ。
 自閉症の一種で、コミュニケーションが他の人より困難になってしまう。会話が一方的だったり、突発的に行動に移してしまったり。
 その一方で、興味があることに関しては異常な関心を見せる。特定の事に関して、異常な精神力と集中力を発揮してしまう病気。

 姫としては、このアスペルガー症候群に関しては、そんなに悪くないと思っている。
 コミュニケーションに関しても、最近ではビジネス書などで指導方法が確立しつつあるし、なによりこの集中力のおかげで、相沢君への想いを、しっかり伝える事が出来るのだから。
 ……そりゃあ、姫だっていきなりバレンタインにディープキス(であったことは後で知った)をいきなりしたりするのはやりすぎだとは思う。
 けれども、相沢君への溢れる愛を形に出来るだけの、いっぱいのお金だって手に入ったのだ。

 そして今、この病気は姫に、巨人症への対処を教えてくれている。

 治し方‐‐‐‐姫の財力と才能をかけあわせれば、無人で姫の身体から腫瘍を取り除くことが出来る高性能AI医療機器の開発が出来る。

 制御の仕方‐‐‐‐治すだけでなく、"成長ホルモンの過剰分泌"をコントロールして、女らしい身体つきを保ちつつ、さらに大きく成長することが出来る。それに、赤ちゃんを作るタイミングも、コントロール可能だ。
 要するに、相手の精子と自分の卵子が上手く合うようになれば良いだけだ。それならば女を男に変える事よりも、実現する可能性は高い。

 それに"惑わし方"‐‐‐‐思春期真っただ中の、男の人の誘惑の仕方とか。

「‐‐‐‐って、何考えてんの! 私はぁ〜!」

 姫の脳は、優秀過ぎる脳は伝えている。
 方法と手段、それに法律などにこだわらなければ、《相沢君の目の前で分かりやすく成長することも可能》だって事も。

 それはそれで良いかもしれないが、相沢君へこれをするには、リスクが高すぎる。

「もう、お母さんったら。いきなり、婚姻届けだなんて……」

 それを受けてくれる、相沢君も素敵!

 ----じゃない! 今はそう、お母さんのことだ!

 いきなり相沢君を家へ、姫の家へ呼び出したかと思いきや、姫のプライベートな病気の事をあれやこれやと伝えて、さらには婚姻届けまで提出したのだ!
 そして、相沢君はオーケーしてしまった!

 つまり、姫の状況は、今、こうなっている。

 ‐‐‐‐相沢君に病気の事がバレた!
 ‐‐‐‐子供ができにくい事や、母乳が出る事も伝えられた!
 ‐‐‐‐婚姻届けまで出しちゃった!

 そう、正確に言えば‐‐‐‐"積み"だ。

 正直、当初の予定では、姫は相沢君の家にホワイトデーの1週間前に行き、こう告げるのだ。
 「バレンタインのお返しに、一緒に旅行に行きませんか?」って。
 相沢君の懐事情は把握しているし、義理堅い相沢君が悩むのも想定内。まぁ、そう言うところがカッコいいんだけど……。

 そして、姫は"旅の思い出が欲しい"という形で、相沢君をお誘いするんだ。
 それだったら相沢君は来てくれるだけで良いし、なによりも姫があらかじめ色々と工作がしやすくなったのにぃ!

 それなのに、婚姻届けとか! 親公認とか!

「……早すぎるよぉ〜」

 むくむくっと、ただでさえ大きな姫の胸が、その時静かに鼓動を叩く。
 "私の恋心、どこまで大きくなるんだろう?" そんな事を、姫は考えていた。