若奥様の悩み

voros(物語)・NANANANA(挿し絵) 作
Copyright 2019 by voros (story)
Copyright 2019 by NANANANA (picture)

「はぁ・・・通行止めですか」
 石畳の上を長い行列が通り過ぎて行く。幾多の兵士に馬と馬車。
 地方で頻発する紛争を止めるべく派遣された軍勢が道を塞いでいた。
 その行列を前にして法衣姿の美女が溜め息を吐いていた。

 新しい女王に代替わりしてからは以前にも増して軍事行動が増えている。
 地方では広がる戦火に民は苦しめられ、悪名高き沼地の魔女も悪巧みを
 練っているらしく都でも不穏な噂が広まっていた。曰く自分そっくりな
 幽霊が出るようになったとか、知人の様子がおかしくなった等々。

「うーん、困りました。これでは教会に辿り着けませんね」
 幽霊の正体見たり枯れ尾花、で済めば何という事は無い。だが沼地の魔女は
 アンデットや魔物を使役する。街に敵が入り込んで活動しているなら住民の
 命が危ない。故に調査すべく、この街の教会に呼ばれたのだが・・・。

「お困りですか? もし宜しければ私の船で案内を致しますよ」
 ふと横から声を掛けられ振り向けば、とてつもなく巨大な胸を揺らす女性が
 渡し船の前で微笑んでいた。その手には櫂が握られている。どうやら彼女は
 水先案内人の様だ。



 文字通りの意味でも渡りに船の申し出。これならば目的地まで邪魔も入らず
 辿り着ける事だろう。それを見越していたのか、周りには彼女以外にも船を
 水路に止めて勧誘をする水先案内人が見受けられた。

「それじゃあ、お言葉に甘えて案内を頼んでも――」
 そこまで言いかけて気付く。彼女から不浄な気配が漂っている。
 特に胸の辺りで強く感じられるようだ。

「えーと・・・つかぬ事を伺いますが、胸が痛かったりはしませんか?」
「あ、はい。お乳の出が悪いからなのか苦しくて・・・」
 その言葉を聞いて疑念は強まった。何らかの呪詛を掛けられたか、
 彼女自体が悪しき者かもしれない。少し探りを入れるべきだろう。
 
「こうして会ったのも何かの縁。御礼と言っては何ですが、宜しければ
 癒しの奇跡を授けましょうか? その痛みを取り除けるかもしれません」 
「良いんですか? 有り難う御座います!」
 ぺこりと一礼すると、それだけで揺れた双乳がアルの膝へと触れていた。

「では、道すがら癒して差し上げましょう。
 申し遅れましたが、私はメルファと申します」
「私はアルです。メルファさん、よろしくお願いしますね」
 舫いを解き、二人を乗せた船は水路を進み始めるのであった。










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「ふむ・・・薬を飲んだら急に大きくなってしまったと」
「お乳も凄い量が出るんですよね。浴槽一杯に溜まる位は出るんですよ」
 ゆらりゆらりと波に揺れる船の上で二人は会話をしていた。

「旦那様が喜んでくれるのは嬉しい事ですけど、お洋服が着られなくて繕い直す
 羽目になっちゃったんですよね〜。お料理も手元が見えなくて危なくて危なくて」
 母乳の重みに負ける事無く真っ直ぐに形を保った双乳は、船の揺れと合わせて
 大きく上下に弾んでいた。それを隠すのは一枚のエプロンだけである。

「それはそれは苦労なさっているのですね」
「でも、不思議と体の調子は良くなったから家事は楽になりましたけどね」
 如何なる理由なのかは検討が付かないが、薬を飲んでから体調は好調だ。
 水仕事をしても手は荒れず、仕事をしても疲労は溜まらないのだ。

「そうなると薬の効き過ぎが痛みの原因なのでしょうね」
 飲むだけで胸が大きくなって、母乳も出る様になる。
 どう考えても真っ当な薬では無さそうだ。メルファは
 神に聖なる力を借りるべく居住まいを正した。

「では・・・聖なるポーズ、治癒!」
 呪詛ならば強引に破邪の力で引き剥がせる。変化した魔物なら正体を暴ける。
 護身用のフレイルに手を触れ、メルファは神に祈りを捧げた。アルに背を向け
 膝を肩幅以上に広げながら着き、両手を広げて仰け反ると燐光が彼女を包んだ。

「あ、あら? 何だか胸が熱くなって・・・」
 胸から痛みが治まり始めたと思えば、今度は母乳が溢れてしまった。
 エプロン越しに浮かび上がる乳首の周囲は湿り、生地が張り付いて
 乳輪まで形を露わにしている。少なくとも魔物では無いらしい。
 
「あら、これは一体どうした事でしょう?」
 目論み通り不浄な力は消え去ったのだが、今度はアルの胸から神聖な気配が
 溢れ出した。母乳は相当な濃さを持っているのか、粘着質な音を立てながら
 船底へ滴っている。それを見てメルファは既視感を覚えていた。
 
「これは・・・もしや聖乳では?」
 濁酒のように僅かな黄色味を帯び、どろりとした乳白色の液体。それは試練中の
 天使達が所持する聖乳に近い気配を宿していた。メルファはフレイルの棘に指を
 軽く刺して傷を作り、アルの胸から滴り落ちた母乳を傷口に塗り込んだ。

 チクリと傷んだ指先から痛みが引いて行く。指についた血と母乳を舐め取れば、
 指先から跡形も無く傷が消えていた。この光景をメルファは見た覚えが有った。
 触れるだけで傷や呪詛を治す聖乳と同じだ。一時期天使の世話役として実物を
 見た事が有る彼女の記憶とも一致する。

(でも、どうしてアルさんの体から聖乳が?)
 聖乳は天界に住まう天使達が持つ物であって、まかり間違っても人間の体から
 分泌するような物ではない。天使の血を引いてる可能性もあるが、それならば
 羽が生える等の特徴が有る筈だ。しかし、そんな様子は見当たらない。

「あ、あの! これって何とかなりませんか?」
 思案している内にも溜まった母乳で胸は更に膨らみ続けている。
 その濃さ故に搾り出すよりも溜まる速度が勝っているのだ。
 
「これはいけませんね。では・・・聖なるポーズ、福音!」
 再び神聖なる力を賜るべく祈りを捧げたメルファ。立ち上がりながら左手で下乳を
 強調するように押し上げて前屈みになり、両足を隙間無く閉じて股間を隠すように
 右手を添える。すると彼女の右手に黄金色の燐光が宿り、胸の膨張が止まった。

「これで暫くは保つ筈です。教会に着いたら処置を施しますので、
 お仕事中に申し訳ないのですが御同行して頂けないでしょうか」
「分かりました。 少し急がせて貰いますね!」
 教会へ急ぐべく、アルは櫂を操る手を忙しなく動かすのであった。









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「胸から不浄な気配ですか・・・」
「ええ。昨日の夜に薬を飲んだとの事なので、それが原因かと」
 教会の中では二人の女神官が情報を交換していた。彼女らの
 近くでは、炊き出しで使う大鍋へ母乳を注ぐアルも居る。

「これ程の才能を持っていたとは驚きですが、それ以上に呪詛が気になります。
 一体どんな呪詛ならば彼女の神聖力に抗って影響を及ぼせたのでしょうか?」
 大鍋に注がれた母乳に視線を向けつつメルファは呟いた。
 
「結構危うかったかもしれませんね。もし普段通り礼拝に来るまで
 放置していたら、手遅れになっていたかもしれませんからね・・・」
 聖なる力が効力を失った途端、それまでの反動が押し寄せたかのように
 アルの胸は急激に膨らんだのだ。母乳も滝さながらに噴き出している。

「ですが、これで一つ手掛かりが掴めました。彼女は相当な修練を積んだ
 聖職者、または徳の有る血筋の出身でしょう。我々に匹敵する神聖力を
 在野の民が得られるとは考えにくい。そこから身元を探ってみましょう」
 シギィは愛用する経典を手にしてアルへと近付いた。

 神聖力。それはディヴァインパワーとも呼ばれ、神の力を顕現させる特殊能力。
 経典に記された聖なるポーズを取る事で傷の治癒や天罰等を与える事が可能だ。
 現代では適切な修行を積む事でポーズ無しでも神聖力を顕現できる。それ故に
 原理主義教派以外ではポーズを省略されている。

「シギィさん、そろそろ鍋から溢れそうなんですけど・・・」
「私の考えが正しいなら、きっと効果は有る筈。アルさん。
 試しに経典の図と同じ聖なるポーズを取ってみて下さい」
「え? あっ、はい。え〜と・・・聖なるポーズ、束縛!」

 経典の挿絵通りにポーズを真似るアル。爪先立ちになってしゃがみ、両足を左右に
 大きく開きつつ胸を突き出すように姿勢を反らす。するとアルの手に紫炎が宿り、
 噴乳を続ける乳首に紫炎が移った。直後、栓をしたかの如く噴乳は止まった。

「今の内にこちらへ。浴槽は空いてますから、そちらに注いで下さいね」
「有り難う御座います。それにしても、どうしてこんな事に・・・」
「そう心配しなくても大丈夫ですよ。ある程度は原因が分かりましたから」
 困り果てた様子のアル。一方シギィは自信に満ちた表情を浮かべていた。

「本当ですか?」
「ええ。母乳が出る原因は神聖力を使いこなせていない事が原因でしょう。
 貴女には才能が有ります。ちゃんと訓練さえすれば、悩みは解決できますよ」
 シギィは優しくアルヘと微笑んだ。

(とりあえず薬の販売人は捕まえて処罰を与えるとして、当面は
 彼女の指導が必要ですね。まずは何から手を付けるべきか・・・)
 悪質な商品を売ったと商人への怒り。アルの過去を探す手掛かりを
 得た喜び。様々な思いがシギィの胸中に広がっていたのであった。