若奥様の悩み

voros 作
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「勧誘・・・ですか?」
 町の現状を知るべく聞き込みを信者に行ったメルファ。
 聞き出した情報で気になったのは、とある幽霊の噂であった。

「ああ。アマラ王国復興の為に、国民にならないかって誘われたんだよ」
 腕を組みながら信者の男は語る。
「アマラって言ったら、数千年前に滅んだ砂漠の国だろ? だから俺ぁ
 冗談のつもりで訊いたんだよ。まさか幽霊なのかって」

 かつて14代にも渡って栄えた砂漠の王国であり、重臣達の裏切りで
 滅亡したとされるアマラ王国。それが今となって復興とは耳を疑うのも無理は無い。

「そしたら、確かに一度は死んでいるって答えてな。
 まぁ、普通に飯食ってたし冗談じゃないかと思うんだが」
「そうですか。どうも有り難う御座いました」
 ぺこりと一礼をしてメルファは信者の元を去った。

「う〜ん・・・奇妙な事になってますね」
 亡国の王女が直々に勧誘している噂が広まっている。これだけなら
 どこぞの詐欺師が亡びた国を出汁にして話を持ちかけている程度で
 受け止められるだろう。だが、それだけでは済まなかった。

(千人分もの武具を注文して、更には商売まで手掛けている。まさか本当に復興を?)
 信じがたい事ではあるが、アマラ王国謹製の彫像が商人たちの手によって
 流通しているのだ。そして誰かが実際に兜や胸当てを発注しているらしく、
 どこぞの武器屋が大量生産に追われて事実上の開店休業状態になったとか。

「とりあえず、一旦戻った方が良いのでしょうね」
 耳に挟んだ情報は他にもあるが、まずは情報共有が先決だろう。
 そう判断して教会へと戻るメルファであった。












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「成程、幽霊ですか・・・無関係とは思えないですね」
 への字に口元を曲げてシギィは数枚の紙切れを出した。
「こちらでも妙な代物を回収しました。こういった物は
 帝都の方で見かけたりはしませんでしたか?」

 差し出された紙には同じような絵と別々の言語が記されている。
 読める文字を辿ると、魔物の夜市と題された怪しげな文が目に飛び込んだ。
 
「新月の日、逢魔が時・・・人間界と冥界の狭間の扉が開かれる?」
 生者の姿が無いだの、人の命も手に入るだの物騒な言葉が並んでいる。
 胡散臭い事この上ない。メルファは眼鏡を掛けなおして口を開いた。

「いえ、見かけた事は有りません。これは何処で?」
「以前捕まえた人攫いの拠点からです。既に売られた人々の
 居場所を吐かせている内に候補として浮かび上がったのですが・・・」
 シギィは深々と溜め息を吐いた。

 もしかすると、アマラの幽霊とやらを呼び出す為に生贄として
 攫われた人々が殺められた可能性も考慮せざるを得なくなってきた。
 実際、死んだ筈の海賊が蘇って略奪を働いているという事実も有る。
 何者かが古代の王女を現世に呼び戻している可能性は否定できない。

「こうも複数見つかるとなれば看過は出来ません。まして、意図的に
 広めようとしているようです。可能であれば今すぐにでも燃やして
 人の目に入らないようにしたい所ですが・・・」
 思いついた最悪の事態に一瞬言葉が詰まる。

「同じ場所に別の地域から入り込める以上、この夜市を
 中継点として出入り出来ると考えられるのが厄介です」
 苦虫を噛み潰した様な渋い表情を浮かべるシギィであった。

 言語が違う以上は異国の民へ向けた物だろう。そうなると国境を無視して
 移動できる手段が存在してしまうと言う事になる。その脅威は説明する
 までも無いだろう。実際に天界や冥界等が存在するのだ。狭間の世界が
 存在しているのも十分在りうる話であった。

「下手をすると夜市の中に犯人が潜んでいる場合も有るでしょうからね。
 そうなった場合は此方から乗り込む術を残さなければならないのが残念です」

 決まった条件下でのみ行き来できるのであれば、紙切れをばら撒いた黒幕が
 身の安全を確保可能な夜市の中で穴熊を決め込むとも限らない。そうなれば
 此方から飛び込んで捕まえる必要が有るのだ。その為には紙切れに書かれた事が
 事実であるか、繋がる先が全て同じか確かめなければならない。

「武具の注文も、それに備えての物なのでしょうか?」
 出所が怪しい品物の取引も相まって嫌な予感がプンプンする。
 幾ら腕利きの二人と言っても一度に千人纏めて相手取るなど不可能だ。
 どう考えても取りこぼしが現れるに決まっている。

「すみません、審問官様はいらっしゃいますか?」
 頭を抱える二人へ掛けられる声。聞き間違えようも無くアルだ。
「どうぞ、お入りくださいな」
 シギィはそそくさと紙切れを片付けて許可を出すと、子供と共にアルが入って来た。

「すみません、この子の事で相談したい事が有るのですが・・・」
「ええ、構いませんよ。どうぞ掛けて下さい」
 勧められるがままに椅子へ座り、アルは子供から聞き出した事を伝えた。

「人攫いの疑いですか・・・」
 ただでさえ不穏な噂を掴んだ矢先に追い打ちを掛けるかの如く
 飛び込んできた情報。此処まで来ると下準備に割く時間すら
 惜しみたくなってくる程であった。

「もしかすると、これらの情報は全て繋がっているのではないでしょうか?」
 ぽつりとメルファが言葉を零す。
  
 戦災孤児を人攫いが集め、子供に金目の物を奪わせる。アマラか夜市で盗品や
 子供を売り、得た利益で彫像を仕入れて売り捌けば資金洗浄が出来る。そして
 非合法な品を仕入れているのだろう。一瓶飲めば一瞬にして胸が膨らむ薬なぞ
 マトモな方法では入手も作成も出来る訳が無いのだから。

「こちらでも薬を売った露店の持ち主を調べてみましたが、誰も許可を得ていない
 空き場所だという事が分かりましたからね。モグリの店主であった事は確定です」
 それでも店を構えて疑われなかったという事は、許可証を偽造するなりして周りを
 上手く欺いていたという事だろう。

「思いの外、根が深い事件の様ですね」 
「とりあえず、この子は預かりましょう。ご協力感謝しますわ」
「有り難う御座います。また何か有れば連絡しますね」
 保護した子供を二人に預け、アルは教会を去るのであった。













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「旅のお供に毛織物はいかが? 敷けばどこでもお尻が天国!」
「さぁ、いらっしゃい! 取れたての新鮮な魚だよ!」
 喧騒に負けじと響く大声。昼の表通りは大勢の客や商人で賑わっていたのだが・・・。

「う〜ん? いつもより混んでるわねぇ」
 どこぞの店の前で人だかりが出来ているらしく、今日に限って妙に道が狭い。
 通りの一角にひっそりと構えられた、普段は無人の貸店舗の前では女性客が
 押し合い圧し合い詰めかけている。

「何を売ってるのかしら」
 興味を惹かれて足を運ぶと、子供の様な体躯の店主二名が見えた。
 軒先には宝石やら指輪やら様々な小物が並べられている。

「珍しいわね〜。ここまで宝石山の商品が安いなんて」
「みてみて、かわいい〜♪」
 素人目に見ても美しいと一目で分かる品々。宝石山と言う単語からして
 ドワーフの店舗だったようだ。

「はぁ〜はっは! わちの勝ちになりそうじゃの」
「ぐぬぬ・・・こうしてはおれん。わしも商品を並べねば!」
 見た目に反して年寄り臭い喋り方をする店主達。高笑いをする白服の店主に
 闘志を燃やしながら黒服の店主が小物を並べ始めた。

「比較的安価なのは・・・これくらいかの」
 黒服の店主が色々と品物を並べ始めた。金属特有の臭いが鼻を突く。
 店の前には戦斧や大剣が並べてある辺り、こちらは鋼鉄山のドワーフらしい。

「いや〜ん、切れ味の良さそうなナイフですぅ!」
 思わず駆け寄って品定めに掛かるアル。鋼鉄山の品物と言えば一時期は女王軍も
 御用達だった、大陸で随一の品質で知られる名品である。その製品が安売り中と
 なれば人だかりも納得である。

「これでお料理を作れば旦那様に喜んでもらえるかしら・・・」
 品質が高いだけあって値段も相応に高いのが欠点なのだが、どう言う訳か
 今日に限っては妙に安い。普通なら庶民が手を出せる代物では無いのだが。

「もちろんじゃ! 料理用でも切れ味は抜群! 旦那様も惚れ直すじゃろうな」
 売れる気配が有ると見るや否や、おべっかを即座に使う黒服の店主。
 とは言え、安物買いの銭失いは勘弁である。

「じゃあ、試し切りさせて貰っても良いかしら」
「構わんぞ。野菜から骨まで容易く切れる事請け合いじゃ」
 自信たっぷりに胸を張る店主。アルは買い物籠から肉塊を取り出し、
 空へ高々と放り投げた。周囲の目線も自然と肉に集まる。

 刹那、空を切り裂く閃光が幾重にも走った。僅かに風が唸る音。
 そして宙を舞う肉塊が賽子状に分離した。どれもが同じ大きさ。
 余りの早業に誰もが言葉を失った。

「気に入りましたわ! このナイフ、いただこうかしら!」
 落ちて来た肉を包み紙で包み直して一言。歓声が周囲から湧き上がった。
「お主、只者ではないな!?」
 黒服の店主が冷や汗を顔に浮かべて身を乗り出した。

 まな板の上でも脂が乗った肉を切るのは容易い事ではない。それを料理用の
 ナイフで、肉を宙に放り投げた上で均等に切り分けてみせた。とても人間技とは
 思えぬ技量。事実、肉を切り分ける瞬間は目で追い切れなかったのだ。何かしら
 術理の心得が有るのは間違い無いだろう。

「おい、こっちにも同じ物をくれ!」
「私にも頂戴!」 
 パフォーマンスに釣られて宝石を買いに来ていた多くの見物人が殺到する。
 あの主婦の事を考えている暇は無さそうだ。
 
「待て待てぃ! 小物はそんなに持って来ておらんぞ!?」
 押し寄せる人の波に耐えかねて黒服の店主が先んじて並べてあった品物を掲げた。
「それより、こっちのアックスはどうじゃ!? 品質保証付きのソードもあるぞ!」
 声を張り上げて宣伝すると、周囲の白けた反応が返ってきた。

「いやぁ、流石に持ち合わせが無いからなぁ・・・」
 集まった客が離れて行く。そもそも此処は商業都市。武具を求める人は
 そこまで多くないのである。需要と供給の完全なミスマッチであった。
 
 幾ら質の良い品が有るといった所で目当ての品が無ければ客は寄りつかない。
 その分だけ人混みが移動し、白服の店主の前には人が入れる隙間が増えた。
 丁度その時、隙間から伸びた手が軒先に並べてあった財布へと伸ばされる。
 そのまま財布を掴んだ手は人混みの中へ戻り――

「こら、代金を払わずに持って行ってはいかん!」
 店主の鋭い声にアルも振り返る。人混みから逃げる子供の手に
 輝く宝石の付いた財布が握りしめられていた。

(子供の財布泥棒・・・!)
 咄嗟に走り出そうとするアル。しかし、客で賑わう雑踏の中を通り抜けるには
 豊満すぎる胸が邪魔だ。流石に人を弾き飛ばす訳には行かない。

「逃がさんっ!」
 黒服の店主が売り物の斧を投げた。そして過たず子供の進路を塞ぐように
 石畳へと突き刺さった。それを見て子供は逃げる方向を変え、大通りから
 路地裏へと逃げ込む。

「あの路地なら・・・間に合う筈!」
 大通りの人混みに紛れ込まれたら拙かったが、人通りも少なく出入り口が
 限定される裏通りならば追いつける見込みは残っていた。こちとら本職の
 水先案内人なのだ。町の地理なぞ隅々まで頭に入っている。

「待ちなさ・・・・・・あれ?」
 場所から考えて逃げ道は二つに一つ。アルが入った小道へ続く方向か、もしくは
 逆方向の道のみ。そうなると一直線に続く道の何処かに子供の姿が見える筈なのだ。
 即座に踵を返して別の道から路地裏へと駆け込むが、そこに子供の姿は見当たらない。

「待たぬか〜!」
 黒服の店主も子供を追ってきた。これで逃げ道は一つ。でも人影は見当たらない。
 完全に撒かれたようだ。何か人攫いの手掛かりを掴めるかと期待していたが、
 そう上手くは行かないようだ。

「お主、泥棒を見なかったか!?」
「いえ、此方には来てませんけど・・・」
 残る逃げ道を探してみるも子供の姿は勿論、隠れられそうな場所も無い。

「ぬぅ・・・何と逃げ足が速い盗人じゃ。仕方あるまい、諦めるしかないのぉ」
 残念そうに肩を落としながら大通りへと戻る二人であった。