「う〜ん・・・・・・名案が思いつかないな」
パソコンの前で格闘を続けて小一時間。お返しに相応しい品物選別は未だ決まらない。
碌に付き合いがある相手では無いのだから、参考になりそうな情報が無い。とはいえ、
キスをする程好意を示した相手に中途半端な対応をするのは良くないだろう。
「仕方ない、こっそり聞き出して用意するしかないか」
何故いきなりキスをされたのか思い当たる節は無いが、自分が忘れてるだけで
過去に何か繋がりが有ったのかもしれない。となれば、それを知る人物に直接
聞くのが早いだろう。
「少なくとも只事じゃないんだろうな・・・」
献血の時に預けた血液が命を救ったとかでも有ったのだろうか? そんな事を
考えながら電話帳を引っ張り出し、電話をすれば数コールで誰かが出た。
「はい、宮野です」
「恐れ入ります、相沢です。突然済みませんが、お宅の娘さんの件で
お話したい事が有るのですが、少々時間を頂いても宜しいでしょうか」
「あら、こんにちは。何かしら?」
幸いにも本人ではない。これならプレゼントを慎重に選べそうだ。
「バレンタインの御返しに何を選ぶか悩んでまして、ちょっと相談したいと――」
「丁度良かったわ! 私も話しておきたい事が有ったの。どれくらい話せるかしら」
妙に乗り気で声を弾ませている。これは好都合だ。
「まぁ、特に予定は無いので幾らでも時間は有りますが」
「それなら家まで来てくれるかしら。ちょっと長話になりそうなのよ」
長電話で無駄に通話料を取られるのも馬鹿馬鹿しい。家に向かうとしよう。
「分かりました。今から向かいますね」
「ええ。それじゃあ失礼するわ」
ブツリと声が途切れたのを聞き終え、僕は身支度を整えるのであった。
@ @ @
「本日の部活動は感染症回避の為に中止と決定しました。
放課後は用が無い限り速やかに下校するようにとの事です」
終礼の時間が終わり、三々五々帰宅する生徒達。
その中に合って宮野姫は家路を急いでいた。
「うう・・・・・・今日は酷いなぁ」
元から並外れた巨乳の持ち主であったが、彼女を知る者が見ていれば
今日は普段よりも胸が大きい事に気付いただろう。何せ、ブレザーの
ボタンが留まらない程に膨れていたのだから。
「どうにか間に合って欲しいけど・・・!」
帰るや否や靴も揃えず上がり込み、真っ直ぐ洗面所へ駆け込みながら制服を
脱ぎ捨てる。露わになったブラジャーは湿り、その裏地には乳首を包む様に
何かが付けられていた。
「あ〜、危なかったぁ・・・・・・」
ブラのホックを外せば、ポタリと白い雫が滴り落ちる。紛れも無く母乳だ。
取り付けていたパッドでは吸い切れずに染み出してしまった様だ。
「また跡が出来てる・・・やんなっちゃうなぁ」
相当圧迫されたのだろう。肩紐と触れていた肌に真っ直ぐ凹みが出来ている。
「あら、こんにちは。何かしら?」
耳を澄ませば電話の着信音と母親の声。どうやら電話が来たらしい。いつもならば
夕食の準備で忙しい母に代わって電話に出るが、今日は後回しにせざるを得ない。
心の中で詫びつつ姫は洗面台へ向き直った。
ずっしりと胸に伝わる重さ、普段より二回りは大きくなった乳房が蓄えた
母乳量を示していた。何せ一切触れていないにも関わらず、濃厚な母乳が
染み出している。目測でも160cmは下らない筈だ。服が伸びて買い替えたり
仕立て直した事は一度や二度では済まない。
「どうにかならないかなぁ〜・・・」
呟きつつも胸を軽くするべく搾乳を始める姫。胸が大きすぎて乳首に手を
届かせるだけで一苦労。毎度の事とは言え、手間が掛かってしょうがない。
乳房の根元から押し出すようにしなければ途中で詰まるのが厄介だ。
「んっ・・・」
母乳で張りに張った乳首は触るだけで痛みを感じる程に敏感だ。そして母乳が
噴き出すだけで独特の解放感と気持ち良さが広がっていく。なので、喘ぎ声を
漏らしてしまう事も多く、学校では搾れないのは悩み所だ。
「お邪魔します」
悪戦苦闘している内に、玄関の方で男の人の声が聞こえた。来客だろうか?
「相沢君、いらっしゃい」
扉越しに聞こえた内容に一瞬動きが止まる。今、相沢君と聞こえた様な――
「いやぁ〜、態々済みませんね」
聞き覚えのある声が姫の耳に飛び込んだ。間違いない、相沢君の声だ!
「えっ、ちょ・・・何で!?」
呼んだ覚えも無いのに片思いの相手が来訪。慌てずにはいられない。
(それよりも、今此処で鉢合わせしたら・・・!)
ブラジャーと言う軛から解放され、本来の大きさとなった胸を隠せる物は手元に無い。
彼が手を洗いに洗面所へ来たら、上半身裸の姿を見られてしまう。心臓が跳ね上がり
冷や汗が噴き出る。こうなったら風呂場へ隠れるしか・・・!
「まずは温まって頂戴。コーヒーにする? それとも紅茶?」
「じゃあ、紅茶にします」
幸いにも居間の方へ直行してくれたようで、足音が遠ざかった。今の内に搾り切ろう。
「うう、落ち着いて、落ち着いて・・・!」
焦りで指が汗ばんで震え、滑って思う様に搾れず聞き耳を立てる余裕もなかった。
片方を搾り終えたら反対側も同じく搾る。気が付けば結構な時間が過ぎていた。
「とりあえず、これ位にして隠れなきゃ!」
万が一にもトイレ等で此方に来る可能性を考えれば、この場に留まるのは拙い。
母乳で濡れてしまったブラジャーを洗面器に放り込んで風呂場へ隠し、足音を
殺しながら自室へと向かう。どうか見つかりません様に――
「え、僕と婚約ですか?」
「そうよ。相沢君なら大歓迎よ」
一瞬、ビクリと体が震える。聞き捨てならない発言が聞こえた。何事なのかと
好奇心を刺激され、姫は居間に居る二人へ聞き耳を立てるのであった。
@ @ @
何故宮野さんの娘が僕に好意を抱いているかは説明された。そう言われてみれば、
以前バスで嘔吐した人を助けた事があったな。あの後、ハンカチに染みが付いて
洗濯しても落ちませんでした。と、謝られながら新品を渡された記憶が有る。
意外と物持ちが良い高級品なので未だに使わせて貰っていたな。
「え〜と・・・・・・からかってます?」
それはそれとして、予想外にも程が有る返答に思わず訊き返す。
「本気よ? まぁ、驚くのも無理はないけど」
空になったティーカップへ紅茶を注ぎ直しつつ、彼女は答えた。
「あの子が一番欲しがってるのは君自身。だから、これを渡せば一番喜ぶわ」
スッと差し出されたのは婚約証書。御丁寧に判子まで押されている。
こんな物が何故用意されているのやら。
「責任を取ってくれるなら、婚前交渉も認めるわよ。そっちの方が良いかしら?」
「い、いやいやいや! 流石に洒落にならないでしょう!?」
余りの出来事に顔が引き攣る。意図せずして大声が漏れるのも無理はない。
エイプリルフールは四月だし、ドッキリを仕掛けられたわけでもない筈だ。
「いきなりこんな事を言われても驚くわよね。でも本気なのは事実よ。
あの子も私と似て子供が出来にくい体だから、焦っているのもあるけどね」
目を細め、顔を伏せる様に視線を逸らされる。憂いを帯びた表情は冗談を
言っている様には思えない。
「それ、どういう意味ですか?」
「あの子も私も普通の人より体が大きいでしょ? あれは病気なのよ」
席を立ち、彼女は近くの棚からバインダーを引っ張り出した。
その中には姫ちゃんに関する診断書が挟まれていた。
「私の家系は下垂体腺腫って病気にかかりやすいの。巨人症って聞いた事無い?
昔は野球選手にジャイアント馬場って有名な人が居たけど、それと同じなのよ」
「あ〜・・・テレビで見た様な記憶があります。詳しくは知りませんけど」
確か元プロレスラーだったとかニュースで流れていた覚えが有るな。
「手術で治せる病気と言われてるけど、あの子の場合は腫瘍の位置が悪くて
失明しかねないの。だから手術はしてないし、今も背が伸び続けてるのよ」
診断書にも同じ内容が記されている。冗談では無さそうだ。
「幸いにも薬が効いて来た御蔭で、腫瘍が目の神経を圧迫しなくなっているから
視力は良くなりつつあるんだけどね。でも大きくなった体は戻せないし、色々
苦労する事が多くて心が傷ついているわ。体は丈夫でも心は別。支えてくれる
理解者が居なかったら、いずれ心を病んでもおかしくないわ」
今でも恵まれ過ぎた容姿が災いして水着や衣服は特注品で無ければ着られず、
御洒落も難しい事も語られた。その結果自分が周囲から浮いていると思って
悩んでいる事も。
「そんな悩みがあったんですか・・・・・・」
「他にも色々有るけど、姫ちゃんが話してない事を私が言うのも気が引けるからね。
親としては応援してあげたいの。勿論、相沢君に無理強いはしないわ」
暫くの間、沈黙が宮野家の居間を包んだ。
「それで、さっきの話も本当なんですか? その、子供が出来ないとか何とか」
「うん。体が大きくなる以外にも症状が有るの。これ、何だか分かる?」
台所へ手招きされるがままに近寄ると、ゴミ箱の中にあるビニール袋を指差された。
半透明の袋には丸められた何かと白濁した液体が入っていた。
「これ、何ですか?」
「あの子の母乳パッドよ。私と同じで、妊娠していなくても出ちゃう体になってるの」
彼女の手によって持ち上げられた袋は、ずっしりと重そうに垂れ下がっていた。
「僕が聞いても良かったんですか?」
姫ちゃんが知ったら割と恥ずかしがりそうな秘密な気がするのだが・・・。
「むしろ聞いて貰わないと心配なの」
バインダーから数枚の紙が抜き取られる。何かの医療記事を印刷した物らしい。
そこにはマーカーで強調された文章が羅列されていた。特に目についたのは、
『プロラクチンを作る腫瘍、症状は無月経に乳汁分泌』と塗られた部分だ。
「母乳が出てると生理が止まってるって事なの。ある程度は薬で何とかしてるけど、
あまり多く飲んでも体に悪いし、副作用で手術が難しくなる欠点が有るの。だから
出来れば薬を辞めて欲しいんだけど、そうなると母乳が増えちゃうのよね・・・」
薬の説明書に目を通すと、確かに服用で患部が変質して除去しにくくなる可能性が
有ると書かれている。しかし薬を使っても母乳が出ると言う事は、飲まなくなれば
更に出る事を意味するのだろう。
「だから一番心を許してる相沢君に、薬を飲まなくても安心できるように
説得して貰いたいのよ。母乳が出ても気にしないって言われれば、多分
あの子の為になると思うから」
確かに、クスリはリスクなんて言われるくらいだ。飲まずに済むなら良い事だろう。
「大体の事情は分かりましたけど、幾ら何でも度を越してませんか?
今まで碌な交流は無く、お互いに相手の事情とか何も知らないのに
こんなに秘密を打ち明けるのは・・・色々と問題が有りませんかね」
僕は一通り事情を聞いて思った事を素直に口にした。
「そう・・・よね。そう感じるのは普通の人なのよね、うん。
でも、私達にはそれが分からないのよ。こっちを見てくれるかしら」
再びバインダーから紙が抜き取られて差し出される。そこには大きく
アスペルガー症候群と表題が記載されていた。
「最近はテレビとかでも時々取り上げられてるから知ってるかしら?
私達、この病気にも掛かってるのよ。ちょっと常識外れだったり、
話が噛み合わなかったりしたら、そう言う物だと思ってね」
どうやら問題が有るのは体だけじゃなかったようだ。
「それはまぁ・・・良く分かりました、はい」
バレンタインのプレゼントについて質問してたら、いつの間にか病気やら
婚約の話やらに移っているのだ。常識外れなのは十二分に理解した。
納得できるかは別として、そう言う物だと受け入れた方が良さそうだ。
「で、この病気なんだけど・・・うちの子の行動に当てはまってるでしょ?」
「あ〜・・・確かに」
早速紙を読ませて貰う僕。積極的過ぎる行動をする、喋る内容が一方的になりがち、
興味が偏る、想像力に欠ける等々。先日の行動を振り返れば納得できなくもない。
「あの子の場合は相沢君に興味を持ちすぎちゃってるみたいなのよ。
将来結婚したいから、今の内に結納金を貯めるんだーっ! なんて
言い始めて、株取引で億単位も稼ぎ始める位だもの」
「すみませーん! 突っ込み所が多すぎるんですが!?」
結納金は婿側が嫁に払う金だし、中学生が億単位で稼ぐ時点で異常だ。
アスペルガーは特定の分野において桁外れた才能を発揮するそうだが、
代償として別分野に著しい問題が発生するとの事。この短い会話でも
その特異性が理解できる。少なくとも国語の勉強は苦手らしい。
「こんな具合で何をするのか親でも分からない不安があるの。
例えば、探偵を雇って相沢君の身辺調査をしてたみたいだし」
「・・・・・・マジですか。随分と念入りですね、うん」
あんな美人から想われるのは嬉しいが、ヤンデレ染みてないか?
「また話が逸れちゃったね。要点は薬を飲まないと母乳が出る。薬を飲めば手術が
難しくなるから、飲まなくても不安にならない様にして欲しい。だから相沢君は
婚約を受け入れてくれると助かる。問題は、うちの子には変わった所が多いから
色々説明したんだけど、それでも受け入れてくれるかなって所ね」
彼女は、あっちこっち脱線した話を一纏めにしてくれた。確かに色々と
問題を抱えているようだけど、ちゃんと説明されれば特段問題は無さそうだ。
何せ容姿端麗、稼ぎも充分。そして親公認で交際OK。悪い話ではない。
「分かりました。この話は受けさせて貰います」
「そっか・・・それじゃあ、これから宜しくね」
姫ちゃんの母親は、満面の笑みを浮かべていたのだった。