「やっぱり中々見つからないわよねぇ・・・」
服屋を冷やかす事数件。お目当ての衣服は見つからない。何せ
ニプレスですら乳輪どころか乳首すら隠せない程に巨大なのだ。
ましてや胸全体を隠せる衣服は見つからないのは仕方が無いだろう。
そして見渡せば人通りが増えて来ている。そろそろ昼とあって
通りは人で一杯だ。膨れに膨れた胸を揺らして通り抜けるのは
厳しいだろう。やむなく裏通りへと足を運ぶアルであった。
「ん〜・・・何とか通れそうかな?」
辛うじて狭い路地を歩けるものの、人とすれ違うのは難しそうだ。
何せ胸は幅だけでも大人が三人並んで漸く同じ程。加えて木箱や
ゴミ等が所々に置かれて通行の妨げとなっている。
「・・・? あれは――」
時々引き返し、あるいは迂回して移動する事小一時間。ふと、見慣れない看板が
目に飛び込んだ。これでもかと言わんばかりに『在庫一掃割引中』と派手な色で
殴り書かれている。気になって開いた扉から店内の様子を窺うアルであった。
店内には美闘士の全身図が多数貼り付けられており、その絵と瓜二つな衣装が陳列されている。
が、よく見れば局部だけを隠す鎧やらシースルーどころか薄すぎて透明同然の衣装等、どこか
本物と違って実用性が乏しい品物がマネキンに飾られている。そして山の様に並べられた淫具。
どうやら俗に言う夜の店だったようだ。
「お客さんかい? 良いのが入って来てるよ。ほら、馬のモノより太い梁型だよ」
暇そうにしていた店主に声を掛けられ視線を向けるアル。その顔には困惑が浮かんでいた。
「あの〜、そうじゃないんですけど・・・」
顔を赤らめ否定するアルだが、店主は気にした素振りも無く話を続けた。
「遠慮なんてしなくて良いんだよ。魅力ってのは見られて磨かれるもんさ。
そこにウチの服を着るだけで周りの男共が狼に変わる事間違いないってね!」
堂々と胸を曝け出すアルの姿を露出趣味とでも捉えたのか、店の奥へと引っ込み
ガサゴソ騒がしく漁る事しばし。えっちらおっちら衣装箱を運んできたのであった。
「これはどうだい? 魔導石に服を映す魔法を詰めたアクセサリさ。
どんな体格でもピッタリ合うし、幻だから洗濯の手間要らずだよ」
商売人だけあって押しが強い。半ば強引に品物を手に押し付けられるアルであった。
赤い水晶を飾ったティアラは微かに光を放っている。籠められた魔力が漏れ出ると、
あれよあれよとアルの体に霧が纏わりつき、給仕服を描き上げる。だがスカートの
丈が短すぎて動けば中身が見えそうだ。胸元も開いているので胸の谷間が丸見え。
裸よりはマシとは言え、出歩くには少々恥ずかしい。
「うーん、これは便利そうだけど・・・普段使いは出来なさそうね」
所詮は幻覚。実体が無ければ財布や鍵等の小物を持ち歩く事は出来ないし、
当然だが冬場は寒くて使うどころではない筈だ。されど体を隠せる貴重な
方法である事には変わりない。とりあえず購入は保留だ。
「お気に召さないかい? それじゃあ、こっちはどうさ」
反応を予想していたと見えて即座に別の品物を差し出す店主。
水滴がモチーフらしき瑠璃色のイヤリングは何故か湿っている。
指で拭えど何時の間にか結露するのは如何なる理由か。
「こいつは誰でも使える水の鎧! 本物の鎧とかに比べたら強度は劣るけど――」
何をどうしたのだろうか? イヤリングから青み掛かった水が溢れ出してアルの体を
包み込んで鎧を作り出した。触れると布団みたいな手応えを感じるが、引っ張れば
水飴みたく伸びる。されど押してもべたつく感じは一切無い。何とも不思議な物だ。
「――泥やら返り血を浴びて汚れても簡単に洗い流せるし、何より良い所は壊れ知らず!
核さえ無事なら水を吸って独りでに直るし、金属鎧と違って錆取りや面倒な手入れは
不要な上に軽い。おまけに革鎧みたいに湿気で黴や悪臭に悩むなんて事も無いんだよ」
熱弁を振う店主は視線をアルのガントレットへと向けた。
「とまぁ実用性も充分なんだけど、一番の利点は際どく見せるも
見せないも自由って所さ。ちょちょいと厚さを変えてやれば・・・」
軽くイヤリングを撫でる店主。それに合わせて鎧の厚さも変化する。
無論、水に覆われていた胸も容易く見える様になった。
「と、幾らでも調整できるのさ。薄手にして動き易さを求めて良し。
厚く守りを固めて良し。場所を選ばず持ち込めるから護身用にも良し。
もちろん夜の勝負に持ち込んでも良し。使いこなせば正しく万能だよ」
どうやら店主はアルを美闘士と勘違いして商品を勧めた様だ。
びしょ濡れになるという欠点さえ目を瞑れば確かに便利な代物だ。
ある程度は形状を弄れるらしく、股にコッドピースも作り出せた。
先程のティアラと組み合わせれば普段使いに耐え得る物となろう。
値段次第だが、身の安全を守れるならば多少の出費も許容すべきか?
先日誘拐に巻き込まれた身としては考えたくなる内容だが・・・
「それで、お値段は幾らですか?」
魔導石の普及で安くなったと言っても魔法の品である。
良い値段が付いていても可笑しくはないのだ。
「ああ、二つ合わせてたったの・・・」
店主が値段を計算し始めた刹那。轟音と地鳴りが店を揺るがした。
「花火? お祭りなんて今日はない筈なのに?」
爆発し損ねた花火でも落ちたのだろうか? と思うも即座に否定する。
何が有ったかと扉の外に視線を向けるアル。すると――
「アア?」
――人骨と目が合った。バンダナを頭に巻いたり服を着ているが、
目玉も無ければ皮膚や皮も無い。それが歩いている。つまり・・・
「いやああぁぁっ!? お化けーーーっ!」
思わず悲鳴を上げて飛びずさるアル。その拍子に周りの商品が
胸に引っかかって巻き込まれ、店内に様々な小物が散乱した。
「オ宝頂キ!」
そんなアルには目をくれず店に乗り込んで目ぼしい物を拾い集める骨。
が、彼女からすれば不気味なお化けが近づいてくるのである。
「こないでっ!」
恐怖のあまり手近な物を放り投げるアル。だが、今の彼女は筋力を増強する
ガントレットが有るのだ。腕一本で戦斧すら振り回せる膂力で投擲されれば
どうなるか? 答えは単純だ。
「痛ッテェ!」
あまりの威力に骨が粉砕された。これが小物の類なら被害は少なかっただろう。
だが、アルが投げたのは下着などを飾るマネキンだった。投石機に飛ばされた
岩石さながらの破壊力が骨に襲い掛かる。
「い、いったい何が・・・?」
「ごきげんようザネフの皆様♪ 略奪のお時間ですわよ!」
混乱に答えるかの様に女性の声が高らかに響く。そして野太い男達の咆哮が続き、
再び花火らしき音が地鳴りと共に町を揺るがした。
「なんてこった、キャプテン・リリアナが来たのかい!」
喋る知性を持つ骨が武装して組織立って動くとなれば、単なる魔物の暴走ではない。
直前の略奪宣言を聞けば思い当たるのは一つ。沼地の魔女に蘇らせられ、空飛ぶ船で
各地を荒らす大海賊。それこそクラーケンでも連れてこなければ彼女は止められまい。
「ど、どうしよう・・・!?」
アルは吹き飛んだ骨に視線を向けていた。砕けた筈の骨が早くも形を取り戻し、
更に路地には似たような連中が行き来していた。武器を振り回して建物に入り、
宝石や金の詰まった袋を担ぎ出す。更に食料から日用品まで逃げ惑う人々から
奪い取っている。このままでは自分も狙われるだろう。
「とにかく逃げなきゃ!」
店の中に居たら袋の鼠だ。だが、唯一の出入り口には骨が陣取っている。
どうにかして片付けなければならない。アルは腹を括った。
「ごめんなさい、お店をちょっと汚しますっ!」
纏わり付いた水を掻き分けて乳首を引っ張り出し、骨へと向けるアル。
そして思い切りしゃがみこんで胸を圧し潰す。弾みで勢いよく母乳が
噴き出して骨に被さった。
「ギャアアッ!?」
たまらず悲鳴を漏らす骨。聖性を帯びたアルの母乳は不浄な存在には猛毒となる。
ナメクジに塩ならぬアンデットに聖水。切った張ったは出来ずとも嫌がらせ位は
不可能ではない。シュウシュウ音を立てて不浄な気配が消滅していく。
「やるねぇ〜!」
「今のうちに逃げましょう!」
感心する店主を尻目に怯んだ骨を突き飛ばして外へと走る。見上げれば空に浮かぶ船から降り注ぐ
砲弾で建物が壊されていた。昼時だけあって火を使っていた家も多かったのだろう。赤い火の手が
至る所で上がり、黒煙が空を渦巻いている。
「街が・・・! 早く助けないと!」
略奪を終えたらしき家にも住民は残っている。怪我をしたり砲撃で崩れ落ちた
瓦礫に挟まれて身動きの取れない人々。まだ衛兵も居ない今、放置すれば火が
命を焼き尽くすのは想像に難くない。
(ユーミルさん、後で御礼に伺いますね)
不幸中の幸いだろう。アルの持ち物は火事場で役に立つ物だった。水の鎧は熱を遮り、
ガントレットの齎す剛力は箪笥であろうとも軽々と持ち上げて片付けられる。そして
無尽蔵の特濃母乳は消火においても使えていた。もちろん骨避けにも、だ。
「さぁ、おばあちゃんも逃げて!」
「アルちゃんかい? すまんのぉ、腰が抜けて動けないんじゃ・・・」
顔見知りが来て安堵したのだろうか、へなへなと座り込んでしまう老婆。
やむを得ず背負って外へと駆け出すアルだった。
(あなた、どうか無事でいて・・・!)
愛する夫の無事を祈りつつ、アルは街を奔走するのであった。