「まず取り組むべきはユーミルの身辺調査だろうな。今は鋼鉄参謀と呼ばれているようだが、
この町で武器を売り捌こうと悪戦苦闘していた所を見ても、商才の無さは相変わらず。
だからこそ参謀として活躍できているのは異常なのだ」
復興作業も一区切りついた所でアルドラ達は食事休憩を挟んでいた。出来たばかりの暖かく
カリッとしたパンにチーズとバジルを添え、肉厚のステーキを挟んだ特製ステーキサンドの
塩気が汗を掻いた体に染み渡る。
「しかし、例の誘拐事件で会った時は以前と変わりなかったのでしょう?」
「そうだ。鍛冶師、戦士として優秀でも目先の利益に釣られて大局を見渡せぬが故に
人を使う立場には不向きだった。それが今や参謀として活躍とは有り得ぬ。あ奴が
この町で露店を開いていた時も、品揃えからして売れん物しか無かったからな」
商業都市と言う特徴故にザネフは傭兵の行き来も多いが、重装備は好まれない。近衛兵の様に
拠点防衛を任されるのであれば戦斧等も需要は有るだろう。だが、街中は兵士が巡回しており
商人は交易の為に頻繁に移動する。故に追従する傭兵は消耗を避ける為に毛皮や革鎧と言った
軽装備の防具を金属で補強する程度に留め、武器も軽くて整備が楽な物を好むのだ。
「これが一介の商人なら捨て置けたが、仮にも女王軍の参謀が支配下の町について無知と言うのは妙だ。
ザネフが田舎ならばともかく、武具の販路探しに躍起となっているドワーフが商売に適した町について
無知とは引っかかる。まして鍛冶師を束ねる立場であれば猶更だ」
水を一口すすり、アルドラは視線を市場の道路に向けた。道端を行き交う馬車はどれも荷物で一杯だ。
「戦争となれば当然装備は消耗する。それを修理、もしくは予備の調達で補給の要請が届けば、
そこから需要の予測も出来る。当然どこから調達するかの下準備が必要となり、足りぬなら
追加で発注も必要だ。そしてユーミルには経営難に悩む鋼鉄山の身内と言う絶好の調達元が
有るのだからな。身内頼りなら市場の調査すらしていない線も確かに有り得る」
かつては製鉄業のトップシェアを欲しいままにした鋼鉄山だったが、錬金術による安価な製鉄法の発明が
きっかけで経営難に陥った。その窮地を立て直す為に現ドワーフ王の娘であるユーミルは父親の反対すら
省みずクイーンズブレイドに参加し、武具のPRを目論んだ。そして紆余曲折を経て女王軍に所属している。
戦時下と言う状況であれば身内のコネを最大限発揮できる恵まれた環境と言えよう。
「だが鋼鉄山の商品は他の品物と比べて桁違いに高価なのだ。かつてクイーンズブレイドが開かれていた時、
クローデットはユーミルと相対した。試合直前にユーミルはヴァンス家から鋼鉄山への注文が減った理由を
質問していたが、その問いに対するクローデットの返事が鋼鉄山からは購入しないという物だった。実際、
余が統治していた時でも軍備の増強に鋼鉄山の商品だけは購入を諦めざるを得なかった程だぞ」
一時期王族にまで上り詰めた大陸西部最大勢力のヴァンス家。その国境防衛を任されていたクローデットですら
迂闊に手出し出来ないのが鋼鉄山の商品だ。鍛冶師と整備環境が整えられる拠点防衛ならまだしも、移動が多く
気候等の保管条件が変化しやすい遠征に於いては消耗が激しくなるので鋼鉄山製武具は気軽に使える物ではない。
それを全国放送中の御前試合にて言い放った事からも如何に高価なのかが窺える。
「故に一般兵士には数打ちの品を支給せねば予算が足りん。なればこそ市場調査で安価な品を探す必要が有る。
にも関わらず女王の側近が何も知らぬ? そんな無能では大陸全土に派兵なぞ出来ん。となれば、何者かが
あ奴に代わって差配していると考えた方が自然だ。耳にする評判も冷静かつ邪悪と別人のようだからな」
誘拐事件で遭遇した際には以前と変わらず陽気で感情のままに動く性格のままだった。
が、巷で噂されるユーミルは謀略を用いる冷静な策士だ。どう考えても一致しない。
「人が変わった・・・そう言えば、沼地の魔女にはシェイプシフターの配下も居ましたね」
「メローナか。あ奴なら化けて入れ替わる位は造作も無かろう。先日海賊が襲撃した際も
ザネフに居合わせていたと零していたからな。ユーミルを監視している可能性は充分有る」
監視の方は確たる証拠はないが、逃げた海賊を追跡した際にリリアナはメローナと別行動だったのは
間違いない。そしてメローナは街が襲われている時に船へ乗り込んだ。連絡無しで乗り込んだ理由が
不意打ちと言っていた以上、目的はリリアナの援護。救援のタイミングが中途半端なのはアルドラの
追撃を見てから合流したからだろう。本気で仕留めるなら魔力を解放する前に仕掛ける筈だ。
「もしかして、暴政の理由にも関わっているのでは?」
「否定は出来ん。呪いは奴らの十八番だ。ヒノモトへの道中でも邪魔をしてくれたからな」
女王の座から退いた後、アルドラは妹捜索の為に知人とヒノモトへ向かった。その際に敵対勢力と
組んだ沼地勢力が散々邪魔をしてくれたのだ。正気を失う呪い程度は仕掛けてもおかしくは無い。
「最悪の場合、既に女王は沼地の魔女の手に落ちたと考えなければなりませんか・・・」
「その時は余が女王を討つ。他に太刀打ちできそうな相手は頼れんからな」
クローデットは大陸四強の一角と呼ばれた程の腕前だ。真っ向勝負で勝ち目が有るのは
ドラゴンから巨人に至るまで幾多の怪物を討伐した経歴を持つ、現武器屋のカトレア。
森エルフ最古の戦士にして四桁を越える年月を生きているアレイン。そして個人戦なら
500年無敗の偉業を持つワイルドエルフの傭兵エキドナ。そして自分だけだろう。
「カトレアにも家族が居るからな。確証も無しに助力は頼めぬ。森エルフの拠点は既に滅ぼされ、
アレインも消息不明。エキドナは報酬無しには動かせん。現状で勝てる目が有るのは余だけだ。
尤も、向こうは装備も新調しているのに対して余の方はブランクが有る。錆落としと新兵器の
情報無しに突っ込む訳には行かぬがな・・・」
有象無象に後れを取るようなアルドラではないが、数の暴力による消耗は避けたい。
屋台骨が腐っていたとしても、現女王が在ってこそ美闘士達は喰い繋いでいるのだ。
近付く脅威は死に物狂いで排除しに掛かるのは間違いない。そんな彼女らに加えて
現女王の手に城壁すら切断できる新兵器が有れば不覚を取る可能性は有り得る。
「メルファよ、可能なら枢機卿に警告を出して貰えぬか。もし女王を通じてシギィが
沼地の手勢にとって不都合な勢力の排除に利用されているのであれば、最も危険な
位置に居るのは原理主義派閥となる。現状は証拠も無い故、それとなく聞いた噂と
手紙の最後に添える程度で構わん」
異端審問官として異端者に審判を下し、帝都の教皇庁へ提出するまで押収品を管理しているのは
中央教王庁に所属しているシギィの役目だ。もし女王が沼地の手勢に操られているのであれば、
沼地の魔女にとって不都合な物を処分し、有用な物を間接的に渡している可能性が浮上するのだ。
「・・・あっ、そう言う事ですか」
帝都へ入る際の検問で物品を確認するのは女王の配下たる兵士であり、教皇庁に情報提供をするのは
女王を補佐する宮廷魔術師達。もし女王が沼地の手勢に操られているのであれば、己の手を汚さずに
邪魔者を排除して弱みを握る沼地の魔女と言う構図が出来上がってしまうのだ。
「余は新兵器を運用している部隊に探りを入れてみようと思う。あれは鋼鉄参謀の発案と聞くからな。
もし沼地の魔女が罠を仕込んでいたら普及させる訳には行かんし、破壊せねばならぬ。そうなれば
間違いなく騒ぎになる。その隙に教皇庁から女王の周囲を洗い出す隙が出来るかもしれん。上手く
事が運べば女王直々に動かざるを得なくなるからな」
大陸の【最も強い女性がこの国を支配出来る】という建国から続く伝統に従い、国の女王を決める命懸けの競技会
クイーンズブレイド。それを二連覇したアルドラを相手取れるのは一握りだけだ。競技会の廃止に伴って全体的な
美闘士の質が落ちた今、女王勢力でマトモに勝ち目が有るのはクローデット自身に他ならない。故に最悪の場合は
女王自ら戦場まで赴かねばならず、そこでなら沼地の勢力にとって天敵たる聖職者達も女王に直接干渉できる筈だ。
「宗教組織と言う建前上、戦争に関与する訳には行かぬだろうが・・・悪魔憑きを助ける為だったら
聖職者の派遣程度は可能であろう? で、丁度此処に腕の立つ聖職者が居るのだ。証拠が有れば
女王の身辺をある程度は洗える。その為の根回しは今の内に済ませておきたい」
「分かりました。どこまで動かせるか分りませんが、祖母に手紙を出しておきますね」
メルファの立場からしてもアンデットの襲撃を受けてアルと言う信徒が被害を受けたというのは見過ごせないし、
その信徒からの情報提供で女王の身近に沼地の勢力が侵入している可能性が有ると知った以上は上司に報告する
必要が有る。派閥としての勢力が衰えている原理主義派にとって、先んじて他の派閥よりも手柄を上げられる
このチャンスを見逃す訳には行かないだろう。まして、枢機卿の孫娘からの手紙とあらば無視も出来まい。
「さて、これで今の内に済ませるべき事は大体片付いたか。後は此方から仕掛けるだけだな」
名残惜しそうにステーキサンドを食べ終え、アルドラは空を見上げるのであった。