シニシスタ外伝 淫蕩の聖女

voros(物語)・鳴滝(挿し絵) 作
Copyright 2022 by voros (story)
Copyright 2022 by Narutaki (picture)

 地平線に朧げながらも陽光が漏れ、東雲色に周囲を染め始めた払暁。
 未だ空で瞬く星々の下で一人の女性が歩を進めていた。背に矢筒と
 弓矢を携え、右手には金色に煌めき鍔を持たぬ厚みのある片手剣。
 身に纏う白装束とウィンプルは聖職者であると雄弁に示している。

「はぁ・・・面倒な代物を残してくれましたね」
 断崖を挟んだ遠方には無数の骸が放置されている古めかしき大聖堂が不気味に聳え立つ。
 苦悶の表情を浮かべたまま石像と化した聖職者達、己が引導を渡した邪教徒の死体の山、
 そして悍ましき実験を行った痕跡が今も内部には残されている。

 かつては荘厳な聖地として、現在は邪教団の拠点だった地として知られる廃都ケッサリア。
 【上位存在】と呼ばれる異形の怪物を使役する連中を誅罰するが為、この地に派遣された
 聖職者ラビアンは見事に使命を果たしたが・・・彼女も無傷で帰還とは行かなかった。



 彼女の眼前には視界の半分以上を占める巨大過ぎる双乳が止めどなく母乳を溢れさせて
 張り詰めていた。滴る練色の雫は彼女が歩んだ軌跡に点々と連なり、膨れ上がった腹は
 一目で妊婦であると分かるだろう。そして服越しに薄紅の輝きを妖しく放つ邪教の呪印。
 それらは虜囚の恥辱を受けた証として未だ癒える事無く体に刻み込まれていた。

「でも、こんな素晴らしい体に生まれ変われた事だけは感謝致しますよ」
 一見すれば鈍重そうに見える彼女であるが、見た目だけで判断してはならない。
 相当な重量が有るにも関わらず地面と平行に迫り出している超乳は勿論だが、
 身重にも関わらず姿勢正しく歩けるのは相応の筋力が無ければ不可能だ。

「えーと、この辺りの筈・・・有った!」
 ラビアンは手にした剣を逆手に持ち直し、断崖へ迷う事無く身を躍らせた。
 目測でも優に十数メートルの高低差。常人ならば着地の衝撃で確実な死が
 待っている。しかし、この程度なら彼女の障害として足り得ない。
 
 着地の直前に剣の切っ先を地面に叩きつけ、柄を強く握り込む。強烈な衝撃と共に
 落下速度が一気に減速し、柄に巻いた握り革が摩擦で小さく音を立てて熱を持つ。
 そして両足と左手を地に付けて膝を曲げた。その姿は羊飼いが杖を用いて断崖の
 移動を難無くこなす様と似ている。そして皮の禿げた木の前まで歩んで行った。

「さてと、まずは厄介事から片付けましょうか」
 手に付いた土を払い除け、軽く剣を一振り。異常が無い事を確かめてラビアンは
 装束の紐を緩める。下乳を支えていた布地が垂れ下がると豊満な乳房が解放され、
 堰を切ったように母乳が噴き出す。そして彼女は土と母乳を掻き混ぜ始めた。
 
 ほんのりと甘い香りが周囲に満ち始めた頃には白茶色の泥濘が出来上がっていた。
 ラビアンが指を沈めると、中指が半分近く埋まった。これで柔らかさは充分だろう。
 手早く装いを整え、仕上げに剣と同じ長さの十字を地面に刻んで一先ず準備は完了。
 別の場所に移動しては母乳を振りまいて泥濘を作り、目印となる十字を刻んだ。
 
「これでよし、と」
 夜空の下でも白濁した地面は目立ち、大量の母乳は己の臭いを塗りつぶす。待ち伏せの
 準備は整った。ラビアンは己が背丈と同じ高さの段差を悠々と跳躍し、断崖の窪みまで
 登ると弓を横倒しに構えて矢を番えた。
 
 身を潜めつつ時が経つ事十数分。太陽が地平線から姿を現し始めた時、
 草木を掻き分けて何かが接近している物音が静寂を破る。時折小枝を
 踏み折っているのだろう。耳にペキリと高い音が届く。彼女は静かに
 弦を引き絞り泥濘へと狙いを定めた。そして物音の元凶が姿を見せる。
 
「・・・・・・ッ!」
 ラビアンの表情が険しくなった。視線の先には巨大な熊。十字の長さを基に
 体長を計算すると、控えめに見ても四メートル以上は有るだろう。表皮には
 至る所に穴が見られ、長虫が蠢いている。あれは間違いなく邪教の産物だ。

 狙われているとも知らず、美味そうに母乳を飲み始める異形の熊。その匂いを
 嗅ぎつけて興奮したのだろうか、熊の毛皮から大量の長虫が飛び出した。刹那、
 弓弦の音が絶え間無く鳴り響く。矢が熊の体に突き刺さり、肉を裂いて深々と
 長虫を貫く。悲鳴を上げる熊を見据え、ラビアンは再び崖を飛び降りた。

「はぁっ!」
 無駄な力が入らぬように息を吐きつつ、剣を熊へと突き立てる。背中に乗られ
 反撃も出来ぬまま滅多切りにされた熊は血反吐を吐きながら這いずり、やがて
 息絶えた。その死体から慌てて飛び出そうとする長虫も即座に切り捨てられる。

「ふぅ・・・上手く行って良かった・・・」
 熊の体を解体して生き残った長虫が潜んでいないか調べ、ラビアンは漸く警戒を解いた。
 そして近くの枝葉を拾い集め、ヒップポーチから火口箱を取り出して着火に取り掛かる。
 暫くして充分な火力が得られると、狼煙を上げるべく彼女は持参した燃料を投げ込んだ。

「おぉ〜い、こっちだぁ〜!」
「聖女様ー! お怪我は有りませんかー!」
 しっかりと狼煙が機能したと見えて複数人の声が近づいてくる。そして喧しく
 吠え始めた犬の鳴き声がラビアンも近くに居ると人々に知らせたのであった。

「ああ、居た居た。あの化け物は退治できましたか!」
「もう大丈夫ですよ。この通り、やっつけておきましたからね」
 安堵の表情を浮かべる人々を見渡して笑みを浮かべるラビアンは、
 己の献身が実を結んだ事に心が満たされる実感を味わっていた。

「では、村に戻って村長さんに報告しましょうか」
 朗らかに微笑むラビアンの姿は、淫靡でありながらも清廉さを湛えていたのであった。















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 寄生虫を宿した熊を討伐して小一時間。ラビアンは仮拠点としている村まで戻って来ていた。
 ケッサリアに拠点を構えていた邪教団は彼女の手によって壊滅した。されど悍ましき研究の
 産物は今も被害を齎しており、その解決を命じられて彼女は再び聖剣を手にした。この村も
 邪教団の置き土産に苦しめられ、問題解決の為にラビアンが滞在していたのであった。

「狼、鹿と続いて今度は熊ですか。困りましたのぅ・・・」
 老齢の村長が深く溜息を吐く。討伐の証拠として剥ぎ取った毛皮の種類は多岐に渡る。
 動物としての原形を留めているのはマシな方で、中には複数の動物が混ざったような
 特徴が見受けられた。先程の熊も毛皮が異様に固く、革鎧にも等しい感触だった。

「やはり、この村を捨てる訳には参りませんか?」
「難しいと言わざるを得ませんな。今となってはアレ無しには生活が成り立たんのですよ。
 外部に頼れる伝手も無く、何度も騒ぎを起こして白い目で見られている以上はどうにも・・・」
 ラビアンの問いかけに村長は瓶詰にされた寄生虫の残骸を見据えた。

 あの寄生虫は邪教団が生み出し、寄生させた生物の生殖能力を高めて異種交配を可能にする
 代物である。これを用いて邪教団は怪物を産ませる母胎として捕らえた女性を使い、家畜を
 繁殖させて食糧の自給を行っていた。邪教団壊滅後は野生化した豚が様々な生物と交配して
 新種の生物を生み出し、同時に寄生虫も各地の原生生物に宿主を鞍替えしたのだ。

「なんだかんだ言って有用なのは事実でしたから猶更です。家畜も肥育が楽になったと
 最初の頃は皆が喜んでおりましたからな。肉の味や質も上がり、毛皮で作るブラシや
 獣脂で作る蝋燭の売り上げも格段に増えて暮らしが楽になったのは事実なのです」

 寄生された生物は繁殖の為に栄養を効率良く蓄える体質となり、結果的に肥えやすくなる。
 他にも多産に耐え得る頑強さの獲得や出産サイクルの加速を齎す。その効果はラビアンも
 身を以って知っている。かつて彼女が邪教団に捕らわれた時、この寄生虫を宿された事で
 人間離れした胸の肥大化と身体能力を得たのだから。

「加えて引っ越す途中で化け物が一斉に襲い掛かって来たら一溜まりも無いでしょう。
 そうなる位なら村の守りを固めて暮らす方が安全かと。幸い、稼ぎが増えたお陰で
 色々と設備が整えられましたからな」
 ラビアンも村長の言葉には一理あると認めざるを得なかった。

 邪教団に滅ぼされた廃村では規格外の大きさとなった赤子や豚の怪物と相見える事になった。
 あの手の化け物が既に生まれていた場合、ラビアン一人で戦うならまだしも村人を守りつつ
 移動する事は厳しいだろう。幸いにも今の所は気になる目撃情報や痕跡が無いのが救いだ。
 
「それに、此処でなら聖女様も心穏やかに過ごせましょう?」
「はい。それは確かに有難いのですが・・・私を聖女と言うのはあまり宜しくないのでは?
 自分で言うのも何ですが淫行に耽る異端者ですし、体の関係を持っていないのは精通前の
 子供とお歳を召され過ぎた年配の方ぐらいじゃないですか。後は村長さんですけど・・・」

 寄生虫の影響も有るが、邪教団に刻まれた呪印の影響も有ってラビアンは絶え間無く
 淫欲に苛まれていた。今は聖剣と戦装束の効力で正気を保てているが、武装解除後は
 自他共に認める淫乱と化して男を誘わずにはいられなくなる。それを考慮して上司が
 僻地への派遣命令を出したのかもしれない。

「まさか。聖女様が身を挺して下さったお陰で村が滅びずに済んだのです。
 貴女は我々にとって間違いなく聖女と呼ぶに相応しい方ではありませんか」
 恭しく頭を下げる村長。その姿に含む物は見られなかった。

「あの寄生虫を宿した獲物の肉を食べてから誰もが色に狂い、時には人攫いに
 手を出そうと考える者まで現れる始末でした。実際聖女様がいらっしゃった
 その日の内に夜這いを仕掛けたと聞き及んでおります故、遠からず罪を犯し
 村が取り潰しになる事も有り得たのですから」

 まだ寄生虫の存在を知らない頃、村の猟師が仕留めた獲物の中に邪教団から
 脱走した豚が混ざって居た。そうとは知らずに豚を食した結果、性欲過剰に
 陥り様々なトラブルが多発する家庭が急増してしまった。軽い方でも丸一日
 セックスを止められず、酷いと他所の村まで強姦に及びかける事も有った。

「無事だったのは私の様に歯が弱く肉を食べられない年寄りか、乳飲み子だけ。
 説得も出来ず近隣から白い目で見られるのも時間の問題。もし貴女が村まで
 来て頂けなければ、ならず者の集団として討伐令が出されていたでしょうな」
 村長が笑みを浮かべると、不揃いの歯並びが露わとなった。

「確かに最悪の場合は処断も止む無しと命じられていましたが、
 浄化で対処できる程度で済みましたからね。不幸中の幸いだったかと」
 廃村の村人は寄生虫に体を乗っ取られ、集団で襲い掛かって来た。
 そんな状態だったら殲滅せざるを得なかっただろう。

「聖女様ー! 準備が整いましたー!」
「はーい! すぐに参りますよー! では、何か有りましたら納屋までお越しくださいませ」
 外からラビアンを呼ぶ声が届く。もう搾乳の時間らしい。席を立って一礼すると、
 彼女は足早に部屋を後にするのであった。