若奥様の悩み

voros 作
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「さぁ、張った張った! 今度の倍率は7:3で赤優勢!
 そこの兄ちゃん、ここは一つ大穴を狙ってみないかい!?」
 威勢の良い声で興行師が野次馬の熱気を煽り、財布の紐を緩めに掛かる。
 そこをすかさず売り子達が近寄って軽食や飲み物を勧めていた。

「こんな時勢でも商魂逞しいものですねぇ」
 観客が取り囲む空き地の中央には肌も露わな美闘士達が勝負を繰り広げていた。
 それに乗じて博打が開かれ、見物客を狙った商人達が酒とツマミを売りつける。
 アルは遠巻きに野良試合を眺めていた。ただし、暇潰しでは無く今後の為にだ。

 クイーンズブレイド発足のきっかけとなった大陸戦乱。その原因は大陸全土を混乱に陥れた貴族達による支配だ。
 武力をもった郎党や腐敗した支配者達が大陸に戦乱を招き、多くの民を死に至らしめ、大地に貧困と飢餓を
 もたらした。その反省からクイーンズブレイドでは権力の世襲を禁じ、四年毎に新たな女王を選ぶという
 体制を確立させたのである。その候補者たる美闘士には選定を円滑に進める為の特権が与えられるのだ。

「さて、どの興行師が良さそうかしら」
 アルは美闘士達の後ろ盾となっている興行師達の人となりを観察していた。美闘士になる事で得られる特権は
 後ろ盾を持たない彼女にとって欠かせない物だ。まず移動の自由。美闘士は大陸内であれば自由に往来可能だ。
 ただし、クイーンズブレイドを認めていない所領は例外である。次に宿泊地の保証。最低限度の宿なら無償で
 提供される。この二つが有るだけで行動の自由は格段に増す。故に最優先で取得せねばならないのだ。

「お疲れさん。今日の儲けは上々だ。宿は手配してあるから先に上がってくれ」
 試合を終えた美闘士に興行師が分配金と割符を渡している。おそらく宿の宿泊証だろう。
 美闘士の汗まみれな顔に満足げな笑みが浮かぶ。きっと勝利の美酒を味わう前に風呂で
 身を清めるに違いない。
 
 勝負以外にもやるべき事は多い。消耗した武具の手入れ、傷の治療に使う薬の確保、次の
 試合に向けて疲労を癒す専門のマッサージ師や移動手段の手配等々・・・・・・それらを
 一人で全て差配するのは負担が大きい。故に興行師が様々な雑務を引き受けて試合を組み、
 配当を得る。そして美闘士は戦闘に専念できるようにする仕組みが成り立っているのだ。

「さて、お待たせしました。こちらが本日の売り上げで御座います」
 興行師が巻き上げた掛金の一部を商人達に渡し始めた。美闘士達の試合が賭博となるように、
 地域にとっても重要な娯楽にして金蔓だ。路上で試合をやるよりも闘技場等の設備が整った
 場所で開催する方が観客も増えるし名も売れる。それらを維持する地元の組合も産業として
 成り立たせる為に手間賃を回収している。そこら辺の根回しは大事だ。

 現状のアルは孤立無援。今まで稼いだ給料も殆どを貯金に回して持ち出していない。手っ取り早く元手を稼ぎ、
 尚且つ帝都へと向かうには美闘士になるのが最短にして確実。まずは資金と名声を蓄えつつ後援者を増やし、
 己に味方する勢力を築き上げる。可能であれば噂の叛乱軍とも接触して女王軍への共闘を打診もしたい。
 やるべき事は多いのだ。

「う〜ん、中々良さそうな人が居ないわね」
 興行師と言っても地域に留まる者も居れば、地方を巡業する者も居る。客層もエンタメ性重視で
 華やかさを求める場合が有れば、スカウト目的でガッチガチの真剣勝負を期待する場合も有る。
 どちらを選ぶにしても相応のメリット、デメリットが生じる。
 
 前者は町としては腰を据えて興行するなら金蔓となるので便宜を図ろうとするし、根回しをして宿泊施設なり
 医療施設なりでサービスしてくれるメリットが有る。欠点は居場所が限定される事だ。女王の目を引き付ける
 囮としての拠点を作るのであれば、地元民の歓心を得て味方に付けられれば後々の活動もやりやすい。だが、
 単純な【手数】となれば軍勢相手では確実に負ける。故に拠点とした街は使い潰す前提となるだろう。
 
(そうなれば間違いなく恨まれる、と)
 どんな手段を使うにせよ、単純に女王を退位させるだけでは片付く話ではない。貴族を絶対始末する現女王の統治か、
 敵対するなら始末していた先代女王を復権させるか。どちらの圧政者を選んだ方がマシか苦渋の決断をする位なら、
 両方くたばれと考える連中も絶対に居る筈。そして巻き込まれるのは無関係の民草だ。迂闊な判断はできない。
 
 逆に両方の意味で後者であれば、各地を少数精鋭で動き回れる隠密重視で行動できる点が大きい。
 よほど口の堅い相手を選ばなければ裏切られた時のデメリットが致命的となる一方、警戒網を
 すり抜けて王城まで向かうルートが増える。つまり兵を分散させねば手が回り切らず、万が一
 接敵しても勝ち目が増す。一長一短だが、どちらを選ぶべきか?

「おうおうおう、お嬢直々に取り立てて貰えるチャンスを逃しても良いのかぁ!?」
 考え事に耽るアルの耳に聞き覚えのある声が届く。そちらに視線を向けると、猫の頭を模した形状の杖が
 宙に浮かびつつ声を張り上げている。その傍らには日焼けした肌を殆ど隠す事無く泰然と佇む女性が――

「――メナスにセトラ? 沼地の魔女の側近が何をしている」
「あぁん? あいつらとはとっくに縁は切って・・・・・・!?」
「うわぁ、カトレアさんよりも胸が大きな方も世の中居らっしゃるんですね〜」
 アルドラが思わず声を掛けると、二人・・・もとい一人と一本は驚きの声を上げた。

「こいつは驚いた。まさか、こんな所でアンタと出会うとはな。しばらく見ない間に随分変わったもんだなぁ」
 目の前に佇むはアマラ王国代15代女王メナス1世。沼地の魔女が蘇生し、配下として加えた特級戦力の一人だ。
 そしてアマラ王家に仕える生ける王笏にして秘宝、セトラ。その危険性は有象無象とは比較にならない。

「あれ? セトラの知り合いだったんですか?」
「お嬢。胸とか背丈とか色々変わってるが、目の前に居るのはアルドラだぞ?」
 セトラはメナスの手中へ自ら収まった。生ける知恵袋としての役割だけでなく、王の武器としても
 使える鋼鉄の王笏はメイスとしても充分に機能する。いざとなれば身を挺してメナスを守るつもりだ。

「随分と見違えましたね〜。文官は足りてませんし、西の地の領事を任せても良いかもしれません。
 アルドラさんなら上手く差配できるでしょうし、いざとなったら武官としても役立ちそうですからね〜」
「お嬢、よした方が良いぜ。折角復興してきたって所なのに、下僕の手綱を握らせるのは危険過ぎる」
 鷹揚とした仕草で勧誘を試みるメナスに制止を掛けるセトラ。それを聞いてアルは眉をひそめた。

「まさか、本当に王国を復興したのか?」
「応よ。言っとくが、沼地の連中の息は掛かっちゃいねぇよ。隠し財宝と引き換えに縁は切ったし、メローナや
 アイリの奴も納得尽くで帰ったからな。土地も買い戻して真っ当に王国再建をやってるんだから殺気立つなって」
 宥める様に事情を説明するセトラ。一先ず話を聞いた方が良さそうだ。

「しっかし、お前さんが修道服なんてもんに袖を通すたぁな。おまけに子供まで儲けてるとは。
 あの逢魔の女王が数年でカトレア以上の超乳ボテ腹人妻になるだなんて、世の中分からねもんだ」
 武器屋のカトレアもバスト120pと規格外の大きさであったが、今のアルドラは間違いなく彼女を
 上回るサイズだ。妊娠して胸が押し上げられていなければ、腰ですら胸で隠れていただろう。

「御託は要らん。ここで何をしているか言え。何が目的か知らんが、良からぬ事を企んでいるなら今此処で始末してくれよう」
「別に疚しい事なんざやってねぇさ。見ての通りマッチメークをやってんだよ。来たれ美闘士!
 アマラ王国の兵士として名を上げんと願う者は、女王直々の選抜に挑むのだ〜ってな」
 セトラはニヤリと笑みを浮かべた。

「ま、こんな所で立ち話ってのも何だからな。一先ず場所を変えて話をしようや。お嬢も構わねぇな?」
「はい。試合も終わりましたし、汗を流して休みたいと思ってましたから」
 メナスの体には返り血らしき赤い汚れが見られる。どうやら興行を本当に行っていたようだ。

「ふむ・・・・・・まぁ、よかろう。この街で宿を探していた所だ。そのついでに付き合ってやろう」
 アルドラは警戒しつつもメナス達の後に続くのであった。