若奥様の悩み

voros 作
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 日が地平線に姿を隠し始めると、街の至る所から橙色の明かりが暗闇を照らし始めた。
 炊事の煙は一段と濃さを増し、どこもかしこも夕食の支度が始まっている。それは宿屋とて
 同じであり、幾つもの酒瓶が封を切られたと見えて強い酒精が立ち寄る者の鼻をくすぐった。
 そんな町の一角では美闘士達が勝利の美酒や敗北の苦汁を味わっていた。

「アマラ王国謹製の彫像が出回ってるとは噂で聞いてはいたが・・・随分と羽振りが良さそうだな」
「へっ、伊達や酔狂で新生アマラ王国を取り仕切っている訳じゃねぇからな。金策なら慣れたもんよ」
「支配する者の務めとして、下々の者を守れる力は見せなければなりませんからね〜」
 酒場の一つを貸し切り同然に占拠し、豪勢に酒盛りを始めたメナス達。お抱えの美闘士も多い様だ。

「貴族の解体で後ろ盾を無くしたとか、内戦に巻き込まれて家を無くした連中は幾らでも居るからな。
 そうした連中をアマラ王国の臣民に抱え込んでいるんだよ。職人や販路の確保も順調だし、何より
 カトレアから武具を千人分調達できた。で、今は軍備増強に向けて使える人材の品定めしてるって訳よ」
 自慢げにセトラは笑みを浮かべ、テーブルの上を跳ねていた。

「ところで、どうしてアルドラさんは此処にいらっしゃったんですか?」
「正直に言えば興行師の品定めだ。少しでも稼がねばならんと言うのも有るが、思った以上に現女王の統治が拙いと
 思われる情報を掴んでしまったのでな。その情報が事実なのか裏を取る為にガイノスまで共に向かえる者を探していた」
 場末の酒場にしては場違いな程の上品な仕草で食事に舌鼓を打つメナス達。ここだけ漂う空気が別物だ。

「だからって腹に赤ん坊を抱えたまま美闘士に戻るってのは無茶し過ぎなんじゃねぇか?」
「カトレアは息子を決闘の場に連れ込んでクイーンズブレイドに参戦したのだ。それに比べれば楽な方だと思うがな」
 謎の失踪により行方不明の夫を探す為、かつては子供連れでクイーンズブレイドに参加したカトレア。
 優勝こそ出来なかったが、足手纏いとなる息子を守りながら彼女は戦い抜いて見せた。
 自由に動けるだけ自分は恵まれた方だろう。

「そこまでしなければならねぇのか? お前さんの器量なら幾らでも稼げるだろうに」
「一年以内に国が崩壊しかねんと知ってしまったからには他の仕事に就いた所で大して変わらん」
「おいおい、冗談にしちゃ笑えねぇぞ」
 セトラの表情が曇る。女王の座を退いたとはいえ、アルドラの言葉は有象無象とは比較にならない重みがあるのだ。

「でしたら、一年後にはアマラ王国の威光に誰もがひれ伏している事になるでしょうね〜」
 メナスは酒で喉を潤しながら、理想の実現に想いを馳せていた。支配の邪魔になる勢力が
 自滅してくれるなら色々と手間が省けるに違いない。
 
「どの程度まで復興が進んでいるかは知らんが、恐らくアマラ王国も巻き込まれれば無事では済まんぞ?
 下手をすれば大陸全土で食糧危機と内乱だ。隣国全部を養えるだけの余裕が有るなら話は別だと思うが」
「そこまで言うからには何かしらの心当たりが有るんですよね〜? 教えて頂けないでしょうか〜」
 自国も巻き添えを食うと聞いては聞き流す訳には行かない。メナスの眼差しが若干鋭く細められた。

「信じるかどうかは任せるが、余の知る限りの情報は伝えておくぞ」
 メナスの性格からして彼女が沼地の魔女から離反した可能性は高い。何せ、セトラ以外で自分と対等の存在は
 居ないと考えているのだ。事実として丁寧な言葉の端々からも高圧的な態度が滲み出ているが、それに見合う
 帝王学や武芸を身に着けている事が独特のカリスマ性と指導力の基盤となっているのだろう。
 
 周囲を見渡す限り、メナスの配下であろう人々に不安や恐怖の影は見えない。少なくとも誘拐などで強引に
 連れ去られたり、奴隷として使い捨て同然の物として扱われている訳ではなさそうだ。かつてアマラ王国は
 重臣の裏切りによって滅んだとされるが、少なくとも此処に居る美闘士達が反乱を起こすような不遇を強いられて
 いる様子は無い。それだけ統治や王国運営が真っ当であるのだろう。
 
(尤も、害となるならば片付けねばならんな)
 だからこそ、これから渡す情報一つで如何に動くかが見極められる。万が一にも時勢が読めない愚か者であるならば、
 あるいは暴君として君臨するのであれば現女王よりも先に始末せねばならない。アルドラは己の知る限りの情報を
 釣り餌としてセトラ達に話すのであった。










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「なるほどな。確かに舵取りを間違えたら火傷じゃ済まねぇだろうな」
 セトラは口をへの字に曲げて唸った。事実かどうかはさておき、アルドラからの情報は
 洒落にならない重要度を持っている。下手を打てば本当に王国再建が遠のくだろう。

「セトラなら何を問題と考えますか?」
「このまま放って置くと生活苦から逃げ出して来た難民に立て直した国が食い荒らされちまう事だな」
 セトラは横目で美闘士達に視線を向けた。

「今の大陸は乱世で平民の食い扶持を面倒見れるような余裕のある奴が減りっぱなしだ。そうした連中に
 故郷を追い出された奴を引き込んでアマラ王国を再建してる訳だが限度はある。難民が許容限度以上に
 来たら受け入れ拒否になるが、そうなれば評判に傷がつく。今の俺達にゃ一番痛手になる悪手だからな。
 かと言って無制限に受け入れると手綱を握れなくなって治安が悪くなる。これも論外だろう?」

 アマラ王国は周囲が砂漠と言う過酷な立地だ。クイーンズブレイドに参戦していたメナス女王直々の活躍と、
 彼女に目を付けたスポンサーの援助によって国として最低限の体裁を整えられた。されど、その実態は未だ
 千人程度の兵士が居れば国防が賄える弱小集団に過ぎない。僅かな悪評でも広まれば致命的になりかねず、
 産業基盤も整備途中。まだまだ他国と対等な地位には立てていないのだ。

「何より不味いのが沼地の魔女に北を狙われている事だ。塩の流通を止められたら、どんな屈強な軍隊でも
 案山子にもなりやしねぇ。そうなれば唯一塩を売れるアマラ王国が狙われる。それだけは避けないと拙い」
「貴様ら、闇塩を作っていたのか・・・」
 セトラの発言にアルドラは渋い顔をした。

 塩は生活必需品にして専売品。それだけに取り締まりは厳しく、下手に密造しようものなら関係者全員処刑も
 有り得る大事な国の収入源である。問題は海から遠いと輸送料や関税等の手数料が上乗せされる事、更には
 必要性故に値上げしても絶対に買い手が付くので商人が値段を釣り上げる場合も多い。内陸部と沿岸部では
 塩の値段が数十倍も差が付き、故に密造塩を作って正規品より安く売って私腹を肥やす者が絶えないのだが。

「言っておくが、法律違反はしてねぇぞ? 塩そのものを売り捌くのは駄目でも、加工して調味料にすれば
 規制の対象外だからな。魚醤に変えちまえば堂々と売れるし、軍需物資として塩の需要は高まる一方だ。
 で、平民が少しでも出費を抑えるには安上がりなアマラ王国の塩で作った品を買わざるを得ないって訳よ」
 ニヤリとセトラは笑みを浮かべた。

 塩は海が近くなければ作れない。現状では大陸の東側は魔女の力で拡大を続ける沼地によって流通路が制限され、
 北もエルフの樹上都市を滅ぼされるなどで着々と包囲網が築き上げられている。大陸西部は貴族解体宣言により
 見せしめとしてクロイツ辺境伯を滅ぼして以来、戦わずして貴族が降伏したので事実上の女王支配下の地となった。
 つまり、沼地の魔女の手が及んでいないのは大陸南部だけだ。
 
「おそらく沼地の魔女が次に狙うのは自由都市シェルダンスあたりだろうな。あそこは蟹が名産って言われる程
 しっかりした港湾設備が整ってるからな。ここも落ちたら塩の流通は沼地の魔女が全部握る。西の穀倉地帯も
 貴族解体で真っ先に抑えられたからな。食い物と塩を握られちまったら、やりたくても叛乱が出来ねぇだろ?
 そうなりゃ南へ逃げるしかねぇが・・・一気に押し寄せてきたら全員分の食糧なんざ誰にも用意できねぇのさ」
 
 アマラ王国は大陸南部の砂漠にある不毛の土地に見えるが、豊富な地下水と岩塩によって過去に栄華を極めた時代では
 数万人もの民衆が住めた程だ。整備さえ出来れば開拓地としてのポテンシャルは高く、本来ならばメナスを味方にして
 岩塩が採掘できる大陸南部側への支配に向けた布石としたかったのだろう。他にも大陸南部には温泉や鉱山、様々な
 材木に恵まれた密林地帯が有る。それ故に数千年前は資源地帯を牛耳るアマラ王国は支配者として君臨していたのだ。

「確かに、お腹が空いたら力が出ませんからね〜」
 しんみりと頷くメナス。アンデットとして蘇生された後、即座に出奔して一切の財産も味方も無しに彷徨い歩く羽目に
 なった時のひもじさと心細さは身に染みている。偶然セトラと再開できなければ、その時のトラブルで美闘士として
 クイーンズブレイドに参加していなければ一体どうなっていた事やら。
 
「それを唯一邪魔できる俺達が目障りになれば、女王のクローデットを操って大陸南部を制圧に動くって線が見えてくるんだよな」
「でも、アマラ王国の威光を遍く広める機会にもなりそうですね〜。人々に慈悲を見せれば喜んでひれ伏して下さるでしょうから」
 リスクを重視するセトラに対し、メナスはチャンスを掴まんと息巻いていた。大国が荒れている今だからこそ
 弱者が這い上がれる余地が有るのだ。数千年前、かつてのアマラ王国が裏切りで滅びた時のように。

「ふむ・・・・・・現状を理解して尚も抗う気概を失わぬか」
 アルドラは素直にメナスへ感心した。かつて自分が女王として統治していた時でも敵対を選んだ貴族達ですら、
 現女王には戦わずして降伏している。そんな状況でアマラ王国が覇権を唱えるとなれば、間違いなく戦争も
 起こり得る筈だ。

「アルドラさんも座して諦めるつもりが無いから呪われながらも活動しているんですよね?
 その程度の困難で志を投げ捨てるつもりが無いのは私も同じですよ〜」
 自信に満ちた笑みを浮かべてメナスは胸を張った。裸一貫で蘇った時から苦難に立ち向かう覚悟は済んでいるのだ。

「待て、呪われていると何故分かった?」
「分かるも何も、沼地の魔女が使う成長の呪いだろ? そうでもなけりゃ、そこまで胸がデカくなる訳が無いじゃねぇか」
「肉体が育つ限度を無くすので、呪いを解いても体は元に戻らないと聞いてますが・・・実際に見るのは初めてですね〜」
 さらっと重要な情報を告げる二人。沼地勢力の関係者だけあって知識は持っていたようだ。

「成長限度が無くなる・・・? そうか、それは良い事を聞いた。情報の礼と言うのも何だが、
 余を雇ってみぬか? 腕に覚えの有る美闘士を探しているのであろう? 決して損はさせんぞ」
「ああん? 一体どういう風の吹き回しだ?」
 怪訝な表情を浮かべるセトラ。ついさっきまで殺気を向けられていた身としては当然の反応だろう。

「今此処で貴様らと手を組んだ方が余の目的を達成しやすいと判断しただけの事だ。これでも八年間は統治していたのでな。
 平民からの評判は概ね良好。大陸各地の裏情報も色々と知っているぞ。余を客寄せに利用する自信が有るなら雇ってみぬか?」
「う〜ん・・・・・・確かに魅力的なお誘いですが、セトラの意見は・・・」
「俺は道具として仕えるだけ。助言はするが、決めるのはお嬢だ。そこを履き違えちゃ女王は務まらねぇぜ」

 リビングウェポンとしてのセトラが持つ矜持は、あくまでも使い手の補佐である事だ。
 不要に出しゃばって王の判断を左右するのは本意ではない。メナスが王として判断を
 下すなら、対等な友ではなく助言役として一歩引かねばならない。

「そうですねぇ・・・・・・雇うかどうかは一先ずアルドラさんの力量を見極めてからで宜しいですか?」
「構わんが、何をするつもりだ?」
「手合わせもしますが、アマラ王国の臣民となるからには此方の流儀に合わせられるかを確認しないといけませんからね。
 とりあえず明日になったら採用試験をするという事で宜しいでしょうか。もう夜ですし、お互い汗を流したいでしょう?」
 
 アルドラは旅路で、メナスは興行でそれぞれ汚れてしまっている。疲労も嵩んで本調子ではない以上、
 休息を挟んでおきたいのは互いに同意見だった。

「分かった。そうなればさっさと宿を取りに行かねば・・・」
「あ、大丈夫ですよ〜。此方の宿は美闘士の皆さんの為に確保してありますから、アルドラさんも泊まって下さいね〜」
「では、有難く泊まらせて貰おう。アマラ王の配慮に感謝する」
 アルドラは礼を述べて頭を下げるのであった。