シニシスタ外伝 淫蕩の聖女

voros 作
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 目が覚めると、そこは牢獄であった。石壁に染み付いた饐えた臭いは捕らわれた犠牲者の数を無言で示し、
 寝床代わりの藁と排泄物を溜め込む桶以外に道具と呼べる物は無い。体は異常に火照り、秘所は凌辱の
 汚濁に塗れ、乳首は充血して服を押し上げ、湧き上がる淫らな思考が集中を乱す。衣服は着替えさせる
 手間を惜しんでかそのままなのが不幸中の幸いと言えよう。

「やはり、そう簡単には死なせるつもりはありませんか」
 呪印を刻まれ、捕らわれの身となったラビアン。武器は取り上げられ、手枷を嵌められ、赤黒い烙印が精神を蝕む。
 だが、上位存在を産み出す母胎として利用する為なのか命までは奪う様子は無かった。それ故に反撃の糸口は
 潰えていない。彼女は首に掛けていたロザリオを外して祈り始めた。

「いと高き地に御座す、掛けまくも畏き大いなる主に奏上す。我が身は汚穢に塗れど、この願い聞き届け給え――」
 邪教団が上位存在を崇めて力を借りて魔術を使うように、ラビアンも信ずる神から聖剣を介して浄化の力を借りている。
 なればこそ、自分自身を供物として捧げる代わりに神から力を直接借りる事も不可能では無い。無論、相応のリスクは
 承知の上だ。人の身で神の力を十全に振るう事なぞ出来る訳が無いからだ。

 己が身を神に委ねる誓いを告げると、どこかから視線を感じた。嘆願を聞き届けた神がラビアンを
 見守らんと力を貸しているのだろう。姿形が見える訳ではないが、安心感で心が満ちる。寝床代わりに
 敷き詰められた藁の上へと倒れ込み、瞼を閉じる。そのまま靴を半脱ぎ状態で爪先に引っ掛け、
 足を曲げて息を潜める。それが現状での最適解と直感が告げていた。

「・・・・・・ハッハッハ!」
 寝たふりをして暫くすると、牢屋の入り口が開いた。そして足音がラビアンの側で止まると、
 下卑た笑い声が耳に届く。邪教徒がラビアンを連れ出すべく入り込んだのだ。そして魔術を
 使うべく両腕を振り上げ――
 
「よいしょっ!」
 ――足を振り上げ、脱げ掛けた靴を邪教徒の顔へ目掛けて飛ばす。詠唱途中で口が塞がれ、不発に終わった隙を
 逃しはしない。そのまま腰のバネを活かして一気に起き上がり、ラビアンは手枷の木枠を邪教徒へ叩きつける。
 その衝撃で転倒した邪教徒を何度も殴打し、抵抗が無くなると敵の外套を奪って羽織りつつ牢を飛び出した。

「さて、急がないと」
 様子を見に他の連中が来る前に抜け出さなければ。神の誘導に従ってラビアンは通路を駆け抜けた。
 何処に誰が待ち伏せているのか、どの道を進むべきか。俯瞰する神の目は己を映し、己を導く。
 そして奪われた聖剣を保管している場所まで一切見つかる事無く辿り着いたのだった。

「後はこれを外して・・・!」
 手枷の留め具に剣の切っ先を捻じ込み、梃の原理でグイグイ隙間をこじ開ける。
 暫くして留め具は壊れ、ラビアンは自由を取り戻した。弓と矢筒も取り戻し、
 ついでに矢を拝借して出口へと走り始めた。

 流石に脱出口を見張りも無しに放置するほど敵も甘くはない。頭陀袋を被せられた巨漢が牢獄の出口を
 仁王立ちで塞いでいる。それでも戸惑う事無くラビアンは飛び跳ねて剣を突き立てた。常人の倍はあろう
 体躯となるまで改造された巨漢は一太刀浴びせる程度では倒れはしない。お構いなしに腕を振り上げて
 彼女を殴り掛からんと歩み寄る。その視界を塞ぐため、奪った外套を顔目掛けて放り投げた。

(狙うべきは・・・柔い継ぎ目!)
 しゃがんで巨漢の足元に滑り込むと、頭上で拳が唸りを挙げて通り過ぎる。そのまま股間から斬り上げて
 追撃を重ね、一旦距離を取る。知性を感じられない巨漢の瞳と目が合った。

「うーん、単調な動きしかできないみたいですね。なら定石通りに・・・」
 ただ腕を振り上げて掴むか、距離を詰める。単純な労働力として使えるように改造されたソレは、
 自ら考える力を持たない。逃げ出す者を捕まえる以外何も考えられないが故、ただ機械的に敵を
 掴むだけなのだ。

 そうと分かれば後は作業だ。手の届くギリギリで攻撃を誘い、空振りを見届けてから斬りかかる。
 より強力な加護を授かった今ならば、未来を予知するが如く正確に動きが読めるのだ。この程度で
 ラビアンの歩みを止められるものではない。

「これでよし、と」
 頑丈な肉体であったが、斬れるならば倒せる。手足の腱と神経さえ切れれば最早動く事は叶わない。
 詰め寄る巨漢の関節を幾度も刻み、倒れた隙を突いて延髄を一刺し。神の御許へと魂を解放するのであった。

 牢屋を抜け出して聖堂の大広間へと出たラビアンは、真っすぐに奥へと向かった。道中には苦悶と悲鳴を
 上げていたであろう修道士達が石となって晒されている。見せしめの為か、無造作に転がされている彼ら
 彼女らには埃が積もっている。一体どれほどの時を過ごしたのだろうか・・・ 

「今しばらくお待ちを。必ず仇は取りますから」
 心の中で犠牲者の冥福を祈り、迷う事無く目的の場所へと向かうラビアン。広間を抜けた先には
 巨大な昇降機が不気味な石造で可動部を固定されていた。この石像をどかさない限り、下の階から
 侵入者が昇って来る事は不可能だ。

 ダンゴムシに無数の目玉を付けたような石像を聖剣にて叩き壊すと、ガチャリと歯車が動きだす。向かうべきは
 敵の首魁が居るであろう上階ではなく、外へと通じる下の階へ。強大な敵を相手取るには準備が足りない。
 まずは下へ降り、対抗しうるだけの切り札を得よ・・・と天啓が伝わってくるのだ。その予感を信じ、
 彼女は降りゆく昇降機の中から採光用の窓を覗いた。

「ええと、そんなに遠くは無い筈・・・あった!」
 巨大な施設であれば、環境維持に携わる人を支える食事を作る量も増える。しかし、上位存在によって聖堂周辺は
 真っ当な動植物が育つ環境ではない。そして、この近辺で大規模に補給が行われている情報は無かった。となると、
 食料を自給自足をしているのだろう。それが行える環境が整っているのは、廃村が保有していた土地だけだ。

 高所である大聖堂から見下ろしてようやく見える開けた土地。周囲を木々で囲まれたそこだけは明らかに
 人の手で管理されている形跡が見えた。人の住まぬ廃村の煙突や畑で煙が上がっている。恐らく野焼きと
 食料の加工で火を起こしているのだろう。そこに邪教討伐の鍵が有ると確信めいた予感があった。

「少なくとも、兵糧攻めは効果的でしょうね」
 邪教徒も生きている以上は食事をする。そして上位存在を産み出す母胎を生かす為にも、
 相当な数を支える食料が必要だ。それが無くなれば多少なりとも時間稼ぎにはなるだろう。
 ラビアンは火照る体を鎮めるべく深々と息を吸い込むのであった。
 













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 侵入者を拒む為か、あるいは脱走者を逃さぬ為か。本来ならば区画全体を囲む木製の塀は、一か所だけ穴が開けられていた。
 掘り返されたような地面には蹄の形が残っている。どうやら畜舎から逃げ出した豚が体当たりでも仕掛けて塀を破壊したらしい。
 おかげでラビアンは誰にも気付かれず敷地内へと進入する事が出来たのであった。

「うっ・・・・・・酷い臭い・・・」
 口で息をしても糞尿や血の悪臭が脳天まで突き抜けるのである。番犬などに嗅ぎ付けられる事は無いだろうが、
 こみ上げる吐き気が引っ切り無しに続く。それを無理矢理飲み下し、人気の無い手近な小屋へ彼女は入り込んだ。

 中には夥しい数の死体が壁に積み上げられていた。最早骨だけとなった豚、まだ中途半端に原型が残っている豚、
 それらに混ざって人間の死体が・・・否、よく見ると豚と人間が融けて繋がったかのような死体が転がっている。
 他にも頭は豚だが首から下が人間だったり、豚を出産し掛けているとしか思えない状態の妊婦だったり・・・
 明らかに異常な光景が広がっている。単なる死体置き場と言う訳ではなさそうだ。

「進める道は・・・・・・一つだけですね」
 死体を運び込む為の入り口であろう扉が一つ。それ以外に進めそうな道は無い。
 ラビアンは死体だらけの小屋の中央を突っ切った瞬間――

 ――グジュリ グジュッ ジュゾゾゾゾ……

 腐肉を掻き分けて無数の何かが飛び出した。蛭ともミミズとも言い難いソレは、人の腕にも匹敵する
 長さと太さであった。壁に積み上げられた死体は勿論、地面に掘られた穴に捨てられた死体からも
 腐肉や膿を纏いつつ這い出して来る。

「これ、は・・・! 廃村の寄生虫? でも、何かが・・・?」
 村人の顔に穴を開けて飛び出してくる寄生虫は廃村の入り口付近でも見かけたが、何かが違う。
 違和感が引っかかるが、今は考え事をしている余裕も無い。素早く弓を構え、皮膚が蠢く死体に
 矢玉を浴びせる彼女であった。

 幾ら数が多くとも、死体の中に潜んでいる間は動かない的も同然。死体の皮膚や肉ごと貫かれて
 縫い留められた寄生虫は、反撃の機会すら得られずに息絶えた。とはいえ、数が多過ぎる。何せ
 一撃を叩き込んでいる間に五、六匹は襲い掛かってくるのだ。このまま留まれば直に押し切られ、
 体を食い破られるだろう。止む無く逃走を図るラビアンであった。

「くっ、はな・・・してっ!」
 手足に絡み付いて縛り上げんとする寄生虫。それを引き剥がそうとするも、胸に吸い付いて
 振り解くのに手間取ってしまう。こうしている間にも続々と新手が迫って来て――

「――フゴッ」
 突如、奥へと続く扉が開いた。そこには豚が・・・否、豚の頭を持つ人間が居た。尻から突きだした
 寄生虫は尻尾の如く揺れ動き、丸々と太った胴体は豚そのもの。それが豚の死体を引きずりながら
 迫ってきている。前方では豚男、背後に寄生虫。これでは挟み撃ちだ。

 豚男が死体を投げ捨て、ピッチフォークを構える。ラビアンも寄生虫を振り解いて迎え撃とうと剣を手にした。
 だが、腕が動かない。まるで見えぬ手で押さえつけられているかのように。そして、豚男の一撃がラビアンを打ち据える。

「ぅあっ・・・!」
 膝を突く彼女に追撃が振るわれる。絡みつく寄生虫もろとも叩き伏せられ、扉へと吹き飛ばされる。
 その弾みで剣を取り落としてしまった。弓を射ろうにも矢が残っていない。万事休すか。
 
「ブフー・・・・・・」
 しかし、それ以上は痛めつけようとしない豚男。代わりにラビアンを担ぎ上げ、鍵のついた別の扉へと入り込む。
 やけに開けた場所で柱に彼女を縛り付けると、奥まった部屋へと姿を消した。見渡せば子豚が幾つも放り込まれた
 囲いが見える。親豚も混ざって居る事から、此処は産後間もない豚を世話する場所らしい。

(これで良い、と?)
 不安に苛まれるラビアンに天啓が下る。一先ず寄生虫の群れからは逃れられたが、またしても捕らわれてしまった。
 骨折こそしていないが、怪しげな呪詛を腹に刻まれてから今に至るまで休み無しで走り続けている。奇妙な魔術で
 頭を弄られ、自ら貞操を邪教徒に捧げたり凌辱されても居るのだ。体力的には限界が近い。なのに、これで良いと
 啓示を感じるのは如何なる事か。

 暫くしてビチビチと魚が跳ねるような音が近づいてくる。唸るような荒い息遣いも聞こえる以上は豚男も一緒だ。
 ラビアンが視線を向けると、豚男の抱える樽から先程見た寄生虫が頭を覗かせているのが見えた。恐らくは
 寄生虫の幼体だろう。大きさこそ小さいが、口の部分が四つに割れて開くのは変わらない。

「ひゃいっ!? やめ、近付けないでっ!」
 獲物の臭いを嗅ぎ付けたか、寄生虫が派手に暴れ出す。それを豚男が無造作に掴むと、ラビアンの胸へと
 押し付けた。ねっとりとした体液を滴らせながら乳首へと咬み付く寄生虫。痛みは無いが、徐々に乳腺の
 中へと何かが入り込んでいる。その気持ち悪さに悲鳴が漏れた。

 程なくして変化は訪れた。髪の毛一本すら入らないであろう筈の乳首へ寄生虫が潜り込み始めたのだ。
 そのまま奥へと体を捻じ込み、遂に全身が胸の中へと収まりきった。あまりにも異常な光景に怖気が走る。
 だが、他にも肉体の変化は続いていた。脈打つように双乳が震え、勢いよく膨らみだす。焼け付きそうな
 痛みが乳房全体に広がり、間欠泉の様に母乳が噴き出した。

「え・・・? 嘘、ですよね・・・・・・?」
 あまりの急変に目を丸くするラビアン。元から周りと比べて巨乳であったが、これは常軌を逸している。
 そんな彼女の様子なぞ意に介する素振りも見せず、豚男は更に寄生虫を宿そうと樽の中に手を突っ込んだ。
 
「まさか・・・やめて! それだけはやめてえぇっ!!」
 寄生虫が押し付けられたのは股間だった。当然、体に潜り込もうと肌に吸い付く。そして潜りやすそうな
 【穴】を見つければ、一直線に向かうのは道理であり・・・ズルリと奥まで入り込んでしまった。
 
 体の中で何かが這いまわる幾つもの悍ましい気配。それが至る所で咬み付いて毒液らしき何かを注ぐ。
 その度に体は焼け付くかと思う程に火照り、快楽を求めて疼く。自然と柵に囲まれて眠る豚に視線が
 向かう。豚の股座で反り立つ逸物が目に入ると、思わず生唾を飲み込む。アレが自分を貫いてくれれば・・・

 ラビアンの目から光が失われる。やがて樽の中から寄生虫の幼体が無くなると、豚男は
 樽を片付けて何処かへと去ってしまったのであった。