夜の帳が降りてから、3時間が経つが、まだ少女は甲板の角から離れようとはしなかった。

それほど、海、というもの、もしくは波、というものに興味があったのだろうか。

それとも、波の遠くへと消え去った自らの故郷へと、思いを馳せているのか。

もしくは、まだ見ぬ異国の地を、脳裏に思い描いているのか。


そのどれともとれる、その端整な顔は、時折風に弄ばれる茶色い髪によって、隠されることもあれば、大人びた横顔を月へとさらすこともあった。

揺れる甲板は、まるで彼女のためにあるかのごとく、静まり返っていた。

誰もいない、海。

平べったい、月。

その光は、等しく異国の地へも降り注いでいるはずであった。


「アスカ、そろそろ船室に降りたらどうだ。体を冷やすぞ。」


後から、突如声が掛けられる。

その声は、男臭く、それでいて、何か細やかな気遣いに溢れていた。

アゴに生える、無精ひげ。

ゆるみきったネクタイ。

だが、その「だらしがない」雰囲気が似合う男でもあった。


「もう少しだけ、いいでしょ?加持さん」


少女は、振り向かずに答える。

揺れる甲板には、月の光が優しく、彼女を包み込んでいた。

たとえ、彼女の気性が太陽のごとく、輝かしいものだったとしても、そこには確かに、月のベールがかかっていたのだ。








昨日と今日と、明日

第6
のんきなものね/Softly, As In A Morning Sunrise







「ふう、今日は満月だったからまだ作業がしやすいけど、これが新月だったら、どうにもならないところだったな。」

「いや、そうでもないぜ、初号機があれじゃあな、どうしようもないんじゃないか・・・」

「そうだったな、右足がもげてしまってはなぁ・・・どうしようもないよな・・・」

「やっぱ、これじゃあ負けるよなぁ。」

「今回ばかりは、やばいんじゃないかなぁ・・・」


山梨県大月市山中、ようやく初号機を発見した捜索隊だったが、その初号機は右足がもげてしまっており、作戦開始時刻には当然ながら修理は間に合うはずもなく、絶望的な雰囲気が漂っていた。

月に照らされて、初号機が紫色に光るが、その輝きは、いまいち鈍って見えないこともない。

シゲルも、作業員と同じ感想を抱いたものの、いちおう指揮官を任された以上、この状況下から初号機をどうにか作戦遂行状態にまで持って行かなくてはならなかった。


(そうだな、とりあえず、シンジ君を助け出さなきゃな、もし重傷とかだったら、今回ばかりは、ちょっとまずいんじゃないかな・・・)


だが、思いを口から出す事無く、彼は指示を出さなくてはならなかった。


「外部からエントリープラグを強制射出させて、パイロットを助け出せ。そのあと、初号機をヘリで持ち上げて、そのまま御殿場市の射出口まで持って行くぞ」






「エントリープラグ、排出完了、パイロットを救出します。」

「了解、作業続行せよ。」


シゲルが見ているもとで、作業員がエントリープラグからLCLを手動で強制排出させる。

流れ出る、LCL。

だが、青葉が想像したような、赤い色ではなかった。

ハッチを開けると、そこには・・・。

シンジがすやすやと眠っていた。


「初号機パイロットは無事です!!気絶しているだけと思われます!!」


シゲルは、周囲から上がる歓声を横に、

「パイロットをジェットヘリでネルフ付属病院へと輸送せよ。」

と指示を出す。



だが、初号機は大破も大破、右足が無くなっているのだ。

これでは、作戦遂行どころじゃないよな・・・シゲルはまた絶望感に陥りそうになったが、あわてて本部へと連絡を取った。





「そう、パイロットは無事・・・ええ!?初号機は右足がない、ですってえええええ!?」


会議室で細部の詰めを行っていたミサトが、連絡を受けて素っ頓狂な声を上げる。

そりゃ無理もない。

初号機が見つかったはいいが、右足が無いなんて、ちょっと、どころじゃなく、めちゃくちゃ作戦遂行に支障が出るからだ。

五体満足な状態での作戦遂行を想定し、すでに作戦は進められている。

今から作戦の変更など効かないし、そんな時間はなかった。

時計は3時20分。

あと5時間弱で、使徒はネルフ本部へと迫ってくるのだ。



右足が無い、と言うことは立つ際にはもちろんバランスを失って、立つことは不可能だし、寝ころんでも、バランスを維持するのは困難だろう。

だが、一刻一刻と時は過ぎてゆく。

もはや猶予は為らない。

ミサトはある決意を固めた。


「いいわ、初号機そのまま持ってきて。応急修理のあと、出すわ。輸送、よろしく。」


それだけ言うと、ミサトはまた、考えはじめた。



ミサトの中では、最終的に狙撃手を零号機、囮を初号機にする予定だった。

それは、双方ともにシンクロ率、ハーモニクスでは差がなかったのだが、やはり両人の性格、特にレイの冷静さは、この際狙撃手としてはこの上なく好ましいものであったからだ。

そして、シンジの動揺しやすい性格、特に前回一度逃げ出している事実が、ミサトの中では狙撃手には向かないと思わせていたのだ。



だが、初号機が破損し、動けなくなったとすれば話が変わってくる。

囮の行動としては、とりあえず山の陰から立ち上がって、陽電子砲を使徒に向けて放ち、気を引いてから陰に隠れ、防護壁でさらにその身を守る、というなにげに活動量の多い行動が必要であった。

これには、十分な機動性が確保されていなければ、的になれと言うのも同じである。

なおさら、5000メートルという「近さ」は、囮にとって遠すぎると言うことこそなけれ、危険を増大させている要因でもあったのだ。

その役割を、足のない初号機に担わせるのは、やはり酷であり、また、あまりにリスクの大きい賭であった。



そこで。

当初の予定を変更して、初号機を狙撃手、零号機を囮とした方が、やはりリスクは少ないであろう。

機動性のある零号機を、囮として活動させる。

その上で、初号機を、こうなったら、足をジャッキなどで固定させても、狙撃手として活用する。

やはりこれがベストではないか・・・。

ミサトは、そう考えざるを得なかった。



まだ、最終的な決定はなされてはいなかったが、彼女はそう心に決めると、改めて狙撃地点の具合などを確認するために、マコトをこき使うことにした。


「狙撃地点の高低グラフ、それと、そこにエヴァ初号機を設置した場合の必要なジャッキやクレーンの数、調べといて。」

「って事は、もしかして、狙撃を初号機に任せるつもりですか?」

「その方が、いいんじゃないかと思ってね。」

「しかし・・・」

「いいから、早く調べて。」

「はい。」


画像に、高低グラフと、エヴァ初号機が現況で表示される。


「足がなくても、狙撃に十分な体制をとれるだけの機材は、足りる?」

「何とかなるにはなりますけど、万が一反撃を受けた場合、峠からどっちかに転げ落ちるだけですよ。」

「でも、狙撃の際の反動は無視できるから、かなり少なくていいはずよ。エネルギー兵器を使うことが、この際は有利に働くわ。」

「まあ、峠の上で匍匐体勢から、狙点を固定して発射するまで、敵が気がつかなきゃいいだけですけど、それだけでも囮の負担は大きくなりますよ。」

「それをなんとかするのが、私たち大人の役割でしょ。なんとか、してみて。」

「はあ。」


悪戦苦闘するマコトを後に、ミサトはまた考え込みはじめた。




ようやく、発令所のいつもの場所に戻ってきたゲンドウ。

常人には見破ることの出来ない彼の表情だが、冬月はあっさり、彼の表情を読んだ。


「初号機の大破、か。また委員会がうるさかろう。」

「まだ時期は満ちてはいない。余裕あるうちに言わせておくさ。」


それだけの会話から、お互いのいわんとすることが分かってしまう二人。


(これでは、自慢にならんな)


冬月は、思考の片隅で思った。



初号機が本部に帰ってくるのに先だって、シンジがネルフ付属病院へと運ばれた。

緊急検査の結果、どこにも怪我はなく、また内蔵にも特に問題はなかったが、今だのんきに眠り続けていた。

相当、眠かったらしい。



そして、傷つき、右足を失った初号機は、午前4時30分、ネルフの初号機用ケージへと移送され、緊急修理を受けるに至った。

だが。


「これは・・・厳しいわね・・・」


足の付け根からもげてしまっているエヴァ初号機、その付け根を見て、さっそくリツコはため息をもらした。


「足の付け根って・・・う、うう」


原作では汚れ役になるのはもっと後なのに、という思い一筋で我慢しようとしたマヤだったが、その切断面のあまりのすさまじさに、さっそく汚れてしまった。


「とりあえず、付け根の部分に、LCLどめを打っておきましょう。それでもって、特殊ベークライトで固めるしかないわね。これ以上はこれからの作戦続行上、不可能だわ。」

「はい・・・うおえっぷ」

「マヤ・・・その程度で汚れ役とは・・・笑わせるわね・・・」

「先輩、だって、私だって劇場版でも、あんなに汚れたじゃないですか、私だけですよ、全国に吐くシーンを放映されたのって・・・ううおえ〜」


ふっ、という笑いを漏らしてか漏らさずか、リツコはそのままケージの作業を仕切るため、初号機の前へと向かっていった。

置いていかれたマヤは、そのあと、2時間もトイレでうなっていたという。





情報部から回ってきた、関係各所の抗議文を見て、ミサトはため息をついた。

「なによ、こちとら眠らずに働いているっちゅーのに、なんでこんなに抗議文が来るわけぇ!?」

「仕方ないですよ、皆さんには自分の都合しか見えてませんから。」

「そう言ってもねぇ、また来たわね。」


メールで回ってくる抗議文の数々。

夜中だと言うのに、よくもこれだけの数が回ってくるものである。


「今来たのは?」

「はっ、日本放送協会、つまりNHKから来てますね。」

「内容は?」

「えー、かいつまんで言えば、なんで作戦時刻が8時15分なのか、前後にはずらせないのか、というものですね。」

「どうしてよ。」

「つまりですね、NHKとしては、唯一の視聴率稼ぎの番組があるからじゃないですか?」

「ああ、そういう事ね、つまりは朝の連続テレビ小説ね。」

「はい、今は・・・『ふたりっこ2』ですね。」

「ええ?あの、双子の子供がさらに双子で、その子供もさらに孫でしかも同じ子役を使っているという何ともなめきった番組?」

「はあ、そのようで。」

「あんな番組、中止させなさい、あれでよくもあんな視聴率が稼げるもんねぇ。」

「それは不可能かと・・・競合している番組もつまらないですからねぇ、あの時間帯は。」

「だいたい、日曜まで何でやってるのよ、記憶だと、土日は休みのハズよ。」

「いえ、視聴者からの抗議が激しすぎて、最近は毎日やってますね。」

「じゃあ、今日の分は持ち越させなさい。」

「って言うか、こんなのにいちいち指示を出してたら、情報部が持ちませんよ。今でも、全国に広報ヘリを出したり、号外を朝刊に間に合わせるよう努力してますからね。」

「そうね・・・じゃあ、抗議全部おいといて、後で読むわ。」

「はい。」


時刻は4時になろうとしている。

夏至を先日迎えた日本では、セカンドインパクトで季節の移行こそなけれ、もう東の空が白みがかっており、もうすぐ日が明けようとしている。


(もうすぐ、ね。)


ミサトは、白みがかった画面を見ると、コーヒーを一口のみ、また椅子へと座り直した。

彼女の仕事は、使徒殲滅まで終わらない。





使徒がドリルできゅりきゅり掘っている第3新東京市から、北北東に5キロほど行ったところ、金時山付近では、すでに設置が終わった防護壁と陽電子砲が並べられていた。

すでに双方とも、調整が済み、今でもすぐに使用が可能である。

今は、作業員共々、決戦の時を待ちかまえていた。

朝日に照らされながら。





「もう後4時間になるわね・・・十国峠方面の、エヴァー用の足台、及び固定器具の設置は進んでる?」

「後1時間で、なんとかできるそうです。」

「そう、なんとか、ね。後は・・・そうだわ、レイは?」

「パイロット用の待機室にいますけど・・・」

「シンジ君が起きたら、彼女に迎えに行かせて。」

「はい。」


いまいちマコトには、ミサトの考えは分からない。

別段、ミサトもなにも考えていないだけだった。

とてもじゃないが、今はそちらにまで気が回らなかった。

だから、本部に近い人間で、信用がおける人間と言うことで、彼女を選んだだけであった。


「でもって、シンジ君は?」

「いちおう、精密検査の結果、作戦上には全く支障はありません。」

「って言うか、元気なんでしょ?」

「はい、外傷もなく、内蔵に特に欠陥もないそうです。あれだけの高さから落ちて、よくも無事だったと、医師も驚いている様子ですが・・・」


(そりゃそうよね・・・8000メートルからなにも付けずにダイブして、いくらエヴァーがあるからと言って、外部の衝撃を吸収しきれるわけないとは思うけど・・・でも、電源が切れている、って事は、つまりはそれまで起動していた、って事よね・・・勝手に起動したのかしら・・・つまり、暴走・・・したのかしら・・・)


ミサトの冴えない頭脳では、これ以上の結論は出せなかった。

これ以上の結論は、ビールという潤滑油が必要だったようである。







なぜか、シンジは駅のホームにいた。


しかも、なぜか今より、視線が低くなっていることに気がついた。


そして、彼の父親は、彼を無理矢理電車に乗せると、そのまま歩み去ってしまう。


なにも、言わないで。


黒い、喪服を着て。


黒い、ネクタイを付けて。


黒い、靴を履いて。


その視線は、黒いサングラスによって覆われており、いかなる視線も拒絶していた。


絶対的な、壁。


黒い、壁。


シンジは、その自分と同じにおいがする、黒い壁が遠ざかっていくのを、見ていた。




「父さん、僕も連れていって・・・」




だが、その言葉は、決して父親には、届かない。


彼の父親は、去っていく。


黒いその背中が、去っていく。


白い、その中で嫌みなまでに、その黒はハッキリと、シンジの眼を捉えていた。


決して、消えないシミのように、今でもシンジの心に、黒い点となって存在しているのかもしれない。


そのシミは、白いシンジの心をいつまでも腐食し続けて、やがては、全体が灰色になってしまう。




その灰色の中に、シンジはいた。


鮮やかな、灰色。


だが、灰色は、黒と白の中間点でしかないのだろうか・・・。




いつしか、灰色が黒に塗り替えられてしまうのを、シンジは見続けていた。


なぜか、涙を流しながら・・・。




「とう、さん・・・。」







ふと、シンジは自分が泣きながら眠っていたことに気がついた。

寝ていたあいだに、涙を流したようで、なぜか、枕が濡れていた。

周囲は、窓から見える明かりと、かすかに東の空が紫色に染まるばかりで、なにもないように見えた。

いや、アカイ、そう、赤い点が、かすかに二つ、自分の傍にあった。

どうして・・・いや、赤い色は・・・そう、LCL。

アカイ、LCL。



だんだん、目が慣れてくるに従い、そこに人がいることに気がついた。

そして、自分が裸であることにも、気がついた。

なぜか、白い病室は、真っ暗だった。

窓から差し込む、紫色の暁だけが、部屋を染めていた。


違う、そこにいるのは・・・綾波だ・・・。


はっと気がつけば、自分がどうしてここで寝ているのかを思い出した。


(そうだ、僕は筑波へ行って、署長さんにお茶を出した後・・・空輸機からエヴァごと落ちて・・・でもって・・・)


シーツを引きずりあげながら、シンジは起きあがる。


「どうして、僕はここにいるの・・・?」


だが、自分を見つめる赤い瞳は、すぐにはなにも言わない。


「・・・あなたは、その後エヴァから救出されて、第3新東京市まで運ばれてきたの。」


シンジはあることを思い出す。


「し、使徒は!?!?」

「・・・まだ、いるわ。」

「作戦は?」

「これから。」

「今、何時?」

「午前4時45分。」


そういうと、レイは立ち上がり、横合いからすっかり冷めた食事の乗ったカートを、シンジの横まで押してくる。


「後1時間すれば、作戦開始時刻。」


レイはそういうと、また座って、ただシンジを見ていた。


シンジはちょっとどぎまぎしてしまい、なにも言えずにいた。


すると、とたんに、ぐーっ、という音が鳴った。


「ははっ、おなかがすいたな、ちょっと食事でもするよ。」


そういって、カートを引きずる。

だが、その拍子に、シーツがずれて、床まで落ちてしまった。

落ちたシーツはレイの足下へとだらしなく広がり、シンジは真っ裸になってしまった。


「うわっ、ちょっと、綾波、向こう向いてて!!」


だが、レイは平然と彼の裸を見つめながら、


「命令なら、そうするわ。」


としか言わない。

その感情のこもらない瞳で、いつまでもシンジの裸を見つめている。


「お願いだからさ、ちょっとちょっと向こう向いててよ!!」


レイはようやく、視線からシンジを解放し、向こうを見た。



ようやくシンジがシーツを拾って、体にしっかりと巻き付けて、カートを取ると、カートの下段には、洗濯済みの、新しいプラグスーツがおいてあった。

(あるならあるって言ってよ!!とか言っても、どうせなにも言わないんだろうな・・・)


シンジはレイに何か言おうとしたが、やめて、カートの上から食事をはじめた。

まずい、病院食。

健康な体では、こんな食事をとる理由はなかったが、だるかったせいもあり、シンジはそのまま食事を続けた。

だが、いつまでもレイは壁を見ている。


「綾波、もうこっちむいていいよ。」


ようやく、レイはこちらを向いた。


だが、その赤い瞳から、シンジはなにも読みとれなかった。






「初号機パイロット、目覚めたようです。」


マコトの報告時、ミサトはアルコールゼロのビールまがいジュースを飲んで、気を紛らわせようとしていた。


「ちょっち、これダメねぇ。やっぱり、本物のビールじゃないと、気が、紛れないわ。

って、そう、じゃあ作戦時刻までレイとそこで待機、でいいわ。」

「はい」


だが、そこになぜか冬月が現れた。


「やっとるかね、葛城君・・・って君はなにをやっとるんかね!!」


いきなり現れた副司令に、ミサトは一瞬凍ってしまった。

別にアルコールが入っていないのだから、悪いことではないのだが・・・やはり、そこには何か悪いことをしているのではないか、という錯覚があったには違いない。


「い、いい、いい、え、これはアルコールゼロのビールです・・・。」

「いいわけはいい。この前降格したばかりだから、今回は訓告だけにしておくが、全く。作戦中にビールとは、なにを考えておるんだ!」

「いや、これは本当に・・・」


必死になって弁解を試みるが、冬月はどうやら聞く耳を持っていないようだ。

説教が始まってしまった。


(ああ、葛城さんも不幸だよな・・・よりによって、副司令に見つかるとは・・・まあ司令よりはましかもしれないけど・・・)


だが、蚊帳の外にいたはずのマコトも、なぜか副司令の標的になってしまった。


「日向君、君にも責任はあるぞ。上司がこんな不埒な振る舞いをしている、しかも勤務時間、それも使徒が来ているこのときにだ。君も葛城君を止める義務があったんだぞ、直属の部下としてだ。全く、君たちはなにを考えているんだ!」


ついにマコトも訓告の対象となる気配である。

すでに、周囲のオペレーターやシゲルは、

(日向マコト・・・三尉かな?)

と、勝手に彼を降格させていた。





そんなに量の多い食事ではないので、すぐに食事を食べ終わり、シンジはなぜか考え込んでいた。


(なに話せばいいんだろう?)


窓の外を見続けるレイは、夜が明けていく空を見ながら、何か考えているようで、なにも考えていないようでもあり、シンジには、なにも分からなかった。

だが、時間はまだある。

こういうとき、どういうふうに人に接すればいいのか、シンジは分からなかった。


ふと、思いつく。


(そうだ、リツコさんから預かったクレジットカードのことがあるじゃないか!!)


「綾波、実はこの前リツコさんからカードを預かったんだけど、ちょっと渡し忘れちゃって、今ないんだけど、作戦が終わったら、渡したいんだけど、憶えといてくれる?僕、忘れやすくてさ・・・」

「いいわ」

「でもって、そのとき聞いたんだけど、綾波って、回ったり、踊ったりするの、得意なの?」


それは違う。


「知らないわ。」

「でも、リツコさんがそう言ってた様な気がしたんだけど・・・」

「知らないわ。」

「そうか、僕はめられたんだね・・・」

「・・・。」


なにも言わないレイと話すのに疲れ、シンジはまた、窓の外を眺めはじめた。

夏至を過ぎたばかりの夜空は、もうすぐ明けようとしていた。





ようやく、冬月の説教が終わり、彼が去っていくのを見て、ミサトは大きく息を吸い込んだ。


「ふう〜、長かったわね・・・」


と、巻き込まれたマコトも、なぜか泣きそうになっている。


「僕、降格になっちゃうかもしれないじゃないですか〜・・・」


だが、ミサトは気にせず、


「まあまあまあまあ、気にしないでいきましょう、もうすぐ作戦開始時刻だし。」


時計を見れば、5時30分。

実に、30分も説教を喰らっていたことになる。

マコトは、涙が目のはしからちょちょぎれていた。

やっぱり、彼は降格であろうか。






病室の時計を見たシンジは、もうすぐ作戦開始時刻なのを思い出し、着替えることにした。


「ちょっと綾波、向こう向いてて。」


と、レイを向こう向かせ、プラグスーツに着替えはじめた。


「今回の使徒、強いらしいね。」

「そう。」

「どういう作戦なのか、聞いてる?」

「ええ。」

「そうなんだ・・・でも、使徒のATフィールドも、あのビームも、とても強いんでしょ?」

「そう。」

「僕たち、死ぬかも、しれないね。」


ようやく、腕にある排気ボタンを押して、プラグスーツを体にフィットさせると、シンジはなぜか帰ってこない、その答えを待てずに、さらに聞く。


「怖く、ないの!?」




すこしして、






「・・・そうね、でも、あなたは死なないわ。」





「え!?」





「私が、あなたを守る、もの・・・」






それだけ言うと、レイは病室の戸を開いて、行ってしまう。


「待ってよ!!」


シンジはあわてて、彼女を追いかけはじめた。

だが、レイはなにもそれ以上は言わなかった。







「さあて、行きましょうか、みんな。」


ミサトの珍しくハリのある声が、発令所内に響き渡った。

会議室などにあった資料は、全て発令所内へと移され、発令所内は、今や活気に溢れ帰っていた。


「エヴァ両機のパイロット、ケージに呼び出して、起動準備。」

「すでに完了しています。」

「あらぁ、早いのね。」


ケージ内の様子を移すモニターに切り替えると、すでにエヴァ両機の目は光り、起動していることが見とれた。


「どう、二人とも、調子は。」


だが、いまいちシンジの表情は堅いようだ。

レイの表情に堅いも柔らかいもないが。


「はい、でも、右足の感覚がなくて、変な感じです。」

「それはそうだと思うわ、歩けないでしょ?」


横合いからリツコが口をはさむ。


「ええ、なんか歩くという行為が、認識できないんですよ。」

「いいわ、とりあえずここから出して、リニアラインで至近距離まで輸送するわ、それからはヘリで運ぶから。」


リツコの表情も、いまいち堅いようだ。

そんなリツコを見て、ミサトは


「いい?リツコ。」

「いいわよ、本人たちさえよければ。」

「では、いいわね、二人とも。」


ミサトは、いつになく張り切って問う。


「はい。」

「いいわ。」


「エヴァ両機、発進!!」






高速リニアラインを通って、輸送されるエヴァ。














やがて、零号機は金時山の北部に、初号機は十国峠の南に、それぞれ出される。


「では、エヴァと荷電粒子砲、その他の設置を開始して。」


初号機は、歩けないので、やむなく、ヘリコプター10機がかかりで、十国峠の頂上付近へと運ばれる。

ここからは、朝焼けに照らされた第3新東京市、そして、使徒が小さいながらも、うっすらと朝靄がかかる中に見える。

その山中に、台場が設置され、クレーンやジャッキが乗っかっているのが分かる。


シンジは、小さく見える使徒を見ながら、呟いた。


「いい眺めだなぁ。」


そのつぶやきが、発令所内にも広がり、発令所内は笑いの渦になった。


「のんきなものね。」


リツコは、コーヒーを飲みながら、呟く。




設置が開始され、エヴァ初号機はしっかりと、台場へとくくりつけられる。

ほぼ同時刻、零号機は、金時山の北部でしゃがみ込み、時を待ち続けていた。

中にいるレイは、いったいなにを思っているのだろうか・・・。

そんな零号機の周りでは、防護壁やら、陽電子砲やらが、電源に取り付けられ、零号機と調整を図っていた。





荷電粒子砲が、寝ころぶ初号機の前に取り付けられ、電源類が峠の熱海側へと取り付けられていく。

そんなエヴァの中で、シンジはぼーっ、としていた。


(なんで、綾波はあのとき・・・「私が守る」って言ったんだろう・・・どうして・・・

まさか、使徒が撃ち込んだら、約17000メートル離れているここまで駆けつけてきてくれるとか・・・ははっ、そんなバカなことはあり得ないしな、わかんないや・・・)


と、横のモニターからミサトの映像が入った。


「シンジ君、大丈夫?」

「ええ、まあ。」

「それでは、今回の作戦の概要を説明するから、よく聞いててね。」

「はい、お願いします。」


シンジは体をもたげると、ミサトの画面へと見入った。


「午前7時30分、というから、後1時間程度ね、になったら、エヴァや荷電粒子砲の最終調整にはいるわ。これは、あまり関係ないから、とりあえず乗ってて。

でもって、その後、午前8時ちょうど、荷電粒子砲や、変圧器に電源が入るわ。

でぇ、同10分、全変圧器の回路が動作を始めて、荷電粒子砲に電力を送り始めるから。同時に、全国では停電が始まるわ。

同14分、荷電粒子砲の収束開始、同15分、発射準備完了。ここまではいいかしら。」

「はい。」

「そしたら、いい、まず、レイが向こうから一発、撃つわ。そしたら、使徒が零号機に攻撃を加えるのを待って、シンジ君は荷電粒子砲を撃てばいいわ。」

「ちょっと、待って下さい。って言うことは、綾波は、使徒から攻撃をもらう、って事ですか?」

「いえ、向こうは、一発撃ったら、すぐ防護壁に隠れるから、シンジ君は気にせず、一発撃ってくれればいいのよ。」

「って、もし、一発で使徒が死ななかったら?」

「それはないと思うけど。どう、リツコ?」


と、ミサトの横からモニターに顔を出して、リツコが答える。


「大丈夫よ、心配しないで。それより、荷電粒子砲の照準の合わせ方に注意してね。」

「どうするんですか?って言うより、トリガー優先モードしか習ってないんで、そういうの初めてなんですけど。」

「大丈夫よ。照準を合わせるのに、コンピューターがすこし時間がかかるから、補正に時間がいつもより長くかかるだけだから。」

「え、どうしてですか?」

「普通の弾丸とは違って、荷電粒子は地磁気や自転の影響を受けるし、なんと言っても一発で当てなきゃいけないから、演算させるだけ。心配は、いらないわ、ただいつものように、目標が合えば、撃ち込むだけよ。」

「はあ。」


何か、納得がいかない、シンジの様子に、ミサトはすこし不安を覚えたが、ここはもう後には引けない。


「いい、シンジ君。大丈夫?」

「ええ。」

「プレッシャーをかけるようだけど、もしあなたが打ち損じた瞬間、ネルフ本部が使徒の攻撃にさらされるわ。だから、照準を合わせるのに、しっかりやるだけだから、あなたもじっくり、撃ってちょうだいね。」

「はい。」


通信を切った後も、なんか不安になってしまうシンジの様子だが、ミサトは気にかけないことにした。

(ここで気にしても、始まらないわ)








初号機内で待機するシンジは、やはり先ほどの疑問が頭をかがげてきた。


(綾波に使徒の攻撃が命中して、それでもって、僕が撃つんだよな。

でも、もし僕が攻撃が遅かったら、綾波はまずいんじゃないかな・・・

そうだよな、いくら何でも、あの使徒、凄まじかったもんな。

兵装ビル、溶けちゃってたし・・・)


目の前に広がる芦ノ湖、その奥に広がる第3新東京市。

その中心部には、使徒が朝の光を反射させながら、地面に槍を突き立てている。

そして、その北東部には、ここからは山の陰になって見えないが、レイの乗る零号機がいるはずであったのだ。


(綾波って、いったい何者なんだろうか・・・

どうして、とうさんとあのとき夜中に出会っていたんだろう・・・

わかんないや。)


シンジの思考は、乱れに乱れて、まるで絡み合う毛糸のようだった。

そして、何か起きるたびに、子猫が毛玉を転がしてしまうように、どんどん絡まってゆく。

シンジを縛るように。

シンジは別にMではなかったから、そういう嗜好はなかったが。





レイの赤い瞳は、零号機のモニター越しに、使徒を見つめている。





ミサトは、発令所から、使徒に目を光らせている。





やがて、朝日は昇り、刻々と時刻は過ぎてゆく。

日本全国の一般家庭の人間が目覚めた時分、ニュースでは本日の急な休日が告げられている。

朝の混乱は一部で発生したが、やはり朝刊に載っていたというのもあり、ラッシュによる混乱もほとんど起きてはいない。

その様子がテレビで放映されているのを確認すると、ミサトはなぜかガッツポーズを決めた。


「やった、情報操作はうまくいったわ!!」


だが、心のそこには、彼女の祝日を作りたいという当初の目的が潜んでいたことは、間違いないようである。







やがて、テレビの時報が8時を告げた。


「全変圧器と冷却器、稼働!!」


十国峠から、相模湾の西端部沿岸までのびきった車載の変圧器と冷却器が、うなりを立てて動き始める。

同時に、荷電粒子砲の管制部にも電源が入り、リンクされているエヴァ初号機にも、情報を送り始める。

シンジの座る前面には、使徒が捉えられ、スコープが顔面にひっついた。



「シンジ君、まだ照準は合わせられないけど、とりあえずそろそろ集中して。」


ミサトの声が厳しくなるのも、むべなるかな。

後15分で、一大決戦が始まるのだ。

とは言っても、勝負は一瞬であろうが。



シンジは、スコープに焦点を合わせた。

まだ、スコープには、照準が出てはいない。




「変圧器の調子は?」

「特に異常なしです。」

「予定通り、いけるかしら?」

「この分ならば、余裕ですね、時間には。」

「そうね、時間には、ね。」



ミサトは、相変わらず画像を見つめている。

画像の向こうでは、引き締まった表情のシンジと、なにも顔には出してはいないレイが、使徒を見つめている。

日もあらかた昇り、使徒の表面には、今日も熱い太陽がきらめいている。


第3新東京市は停電と避難のせいで、使徒以外は何者も居らず、静まり返っている。

刻々とうつろうビルの影だけが、時が流れていることを示していた。




だが、使徒の攻撃は確実に、地下・ジオフロント中心部のネルフ本部へと向かっている。

万が一、使徒を撃破し得なければ、こちらがやられる。

そのプレッシャーの中、時刻は過ぎてゆく。



高まる電圧と、それに比例する汗の量。

緊張で、皆が静まり返っている。



「全国区電力、変圧器へと回します。」

「了解、収束を開始。」

「現在、異常なし。」



日本全国から集められた電力、その全てが今、十国峠の頂上付近に展開する、変圧器、そして、初号機の構える荷電粒子砲へと収束されていく。


「収束に問題なし。ただし、異常電圧のため、冷却器のキャパシティをオーバーしています。」

「どのくらい持ちそう?」

「2発が、限界ですね。」



(って事は、2発目はないな・・・)

握りしめたシンジの手のひらに、汗がにじむ。



「初号機、最終安全装置解除。」


一番荷電粒子砲に近いテントの中で、ネルフ作業員のオッサンが、ブレーカーを落とした。

次の瞬間、荷電粒子砲の手元で、鈍い音が響く。


「零号機、陽電子砲発射準備。」


こちらは、元々携帯火器として作られているためか、準備は少ない。

電源も、内部から取っているため、出力は低く、もちろんながらATフィールドごと使徒を貫くなんて芸当は出来ない。

だが、そのエネルギーが、使徒の注意を引ければ、勝ち目がある、そうミサトは判断したのだ。

使徒が零号機に一発撃ってくれれば・・・そして、その合間に初号機が当ててくれれば、勝てる。

そのための零号機であり、囮である。



「荷電粒子砲、発射準備完了。」

「そのまま、待機。シンジ君、レイ、準備はいい?」

「いいです。」「いいわ。」


二人の顔をもう一回ミサトが見る。


「では、作戦最終段階、開始。使徒殲滅フェーズへと、移行します。」


ミサトがそう宣言した瞬間、鈍い地響きが起こった。


「なに!?」

「使徒の攻撃が、計算よりも1分ほど早かったようです。おそらく、あと30秒後には攻撃を仕掛けてくると思われます。」

「なんですって!!いや、今はいいわ!零号機、陽電子砲を発射!!!」


ネルフ本部の直上に、使徒のドリルの先端が現れたその数秒後、零号機の構える陽電子砲から、エネルギーが放射された。

むろん、エネルギー兵器なので光線など見えはしないが、使徒の北端部にATフィールドが、発生する。


だが、むろん、この攻撃でしとはおろか、ATフィールドすら貫けず、陽電子砲が放射を終えてしまう。

その次の瞬間。


「使徒のドリルが一旦停止しました。」

「使徒が電子を収束させています。あと5秒で、発射することと思われます!」


もちろん、零号機は作戦通り、陽電子砲を発射し終えている。

零号機の足下から、防護壁がせり上がってくる・・・が。


「防護壁の電圧が上がらず、試算速度の10分の1の速度でしか、防護壁が上がりません!!」

「レイ!!!」


防護壁の展開は間に合わない。


「使徒の攻撃です!!」


ようやく腰の部分まで立ち上がったとき、使徒からのエネルギー反応が確認され、零号機の胸部装甲を焼いていく。

沸騰するLCLの中で、ひたすらに耐えるレイ。


「シンジ君!発射して!早く!!」






ミサトの声で、シンジは、荷電粒子砲を、発射する。

もちろん、見えないエネルギーの奔流が使徒に向かって迫る。



使徒が、北東に位置するレイを焼きながら、南部に向かってATフィールドを展開した。

だが。

初号機の放った荷電粒子、それも全国の恨み辛みをため込んだそのエネルギーは、目に見えるATフィールドを破壊し、そのまま使徒へとまっしぐらに向かっていった。



その中心を貫かれた使徒は、零号機への攻撃をやめた。

そして、貫かれた部分から、表面の輝きを失い、中心部から炎上を開始、地面へと不本意なキスをかます。




発令所では一気に歓声が上がるが、一人ミサトは厳しい声で、


「零号機のパイロット救出を急いで!!」


と叫ぶ。



金時山に展開していたネルフの部隊は、急いでレイを零号機から救い出す。



シンジは、その様子を、遠く離れた十国峠からモニター越しに眺めていた。



彼女は、気絶していたが、なぜか満足そうな表情であった。



だが、それも一瞬、彼が見た幻覚だったのだろうか。



もう一回、シンジがモニターを見直すと、レイはいつものように無表情で、眠っていた。



(綾波って、やっぱり、何者なんだろうか)



周囲の完成と、喜びの表情とは裏腹に、シンジの心は、灰色の世界へと、染まっていった。

(第7話に続く)







第7話へ行く





皆さん、こんにちは、だいちゃんです。

遅ればせながら、第6話のお届けです。

え、待ってない?

はっはっはっは・・・(泣)。



さて、今回は、前回と2回連続で、原作での「ヤシマ作戦」を扱ってます。


描写について、ホントくるし〜、とか思うところあったんですが、今回はぎりぎりの状況だったんですよ。

実は、家のパソコンのHDDが飛びまして・・・自分で交換したはいいんですが、ホント、環境の修復には時間がかかりますね・・・なしつぶさんはすごいですよ、修復しながら、ここを更新し続けるなんて・・・。

って言うか、いいかげんセレロンもいじってみたい、今日この頃です。

僕もけっこう、自作派なんで・・・。

関係ない話しちゃいましたね。



さて、次回は、まだアスカは出しません。
(一部の方、ゴメンナサイ)

インターミッション的な話になるとは思いますが、これからも、よろしくお願いします。



また、いつもながら、僕の駄文を掲載していただいている、なしつぶさんに感謝!!

と言うところで、今日はお暇させていただきます。







素晴らしい小説を書いて下さった作者にぜひ感想を!
感想は作者への感謝と次回作を生み出すエネルギーです。
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