「はあ、今度の日曜日ですか?」


シンジは、箸を動かす手を止めて、ミサトの顔を見た。


「そう、今度の日曜日。」


ミサトは、ビールを傾ける手を休めずに、シンジを見た。


「クエクエ!!」


ペンペンは、アジの干物を飲み込む。



シンジはやたらアジの干物を突っつく。

骨まで食う。

頭も食う。


それに比べて、ミサトは平気で身も残す。

ミサトの汚い食べかすを見ながら、シンジはまた尋ねる。


「今度の、日曜、ですか?」

「そう。わ・た・しとデート。」


そういうと、ミサトはウィンクをかます。


だが、シンジはもちろんそんなことは気にせず、箸を動かしはじめた。


「なんか予定あったの?」


ミサトはまた栓を抜いて、溢れる泡を吸いながら、シンジの顔を見る。


「いや、そういうワケじゃないですけど・・・どこへ行くんですか?」



ミサトの答えを聞いて、シンジは思わず米粒を吹いてしまった。



「太平洋。」

「ぶっ!」


幸いにもミサトにはかからず、むせたシンジはあわててお茶を飲むが、お茶もまた熱くて、のどをやけどする。

さんざんである。




「で、どうして太平洋なんかに、今度の日曜に行くんですか?」


実際の所、先週の日曜がペンペン騒動で潰れて、今週は休みが欲しいと思っていたところであったシンジは、ちょっと残念な口調が言葉の端から見え隠れする。




「二人の愛を築きに・・・といいたいところだけど」


ホントかそれは?


「実は、今度ドイツから来る弐号機を受け取りに行かなくちゃならない、らしいわ。今日私も司令から命令されたんだけどね。太平洋まで受け取りに行けって。」

「はあ。」


父の命令なら仕方がない、そう自分に言い訳をして、食事を再開するシンジは、垣間見せたミサトの浮かない顔を見る機会を、当分失った。








昨日と今日と、明日

第8
覚悟はいいんでしょうねぇ/It's Allright With Me











「じゃあ、後は任せたわね、お先に。」


そういうミサトの肩越しに、声が投げつけられる。


「葛城さーん、碇司令から呼び出しですよー。」


向こうを向いて仕事を続けるマコトが、声を張り上げた。


「ちっ、聞かないフリして帰ろうと思ったのに・・・。」


そう呟くと、ミサトは、マコトの考課表をまた下げることを決意しながら、司令室へと向かった。




「葛城一尉、ただいま出頭しました。」

「はいりたまえ。」


相変わらず暗い司令室は、これまた相変わらずゲンドウポーズを決めるゲンドウと、詰め将棋を続ける冬月の二人だけが、空間に存在していた。


「なんでしょうか?」


ミサトは机の前に歩み寄る。


「今度、ドイツから、エヴァ弐号機が来るのは知っていると思うが。」

「はい。」

「弐号機とパイロットを、太平洋上まで受け取りに行って欲しい。今度の日曜、初号機パイロットも連れてだ。その際、エヴァ用の電源ソケットの搬送も、担当して欲しい。」


ミサトは、全く理解できなかった。

なぜ、わざわざ太平洋まで迎えに行かなくてはならないのか。

待っていれば、新横須賀(旧小田原)港に着くのだし、それを待って受け取ればいいはずである。


受け取りに行く必要があるにせよ、なぜシンジを連れて行かなくてはならないのか。

その上、電源用ソケットを搬送する理由も不明瞭であるし、そもそも作戦部長自ら受け取りに行く必要性が感じられない。


論理的に考えれば、おかしいことだらけである。


ミサトは、正直に疑問を口にした。


「司令、ということは、使徒が、弐号機を狙って、しかも日曜日に表れると言うことでしょうか。」


だが、ゲンドウは何も口にせず、ただ黙っている。

代わりに、冬月が答える。


「いや、あくまで使徒が現れる可能性、といっておこう。それと、余裕があれば、洋上での起動実験も行ってもいいんではないかね。」

「ということは、太平洋上でのエヴァ弐号機の管理権は私にある、と解釈してもよろしいのですか?」

「うむ。」


何もアクションを起こさないゲンドウに変わって、これまた冬月がうなずいた。


これが、シンジとの会話の約1時間前の出来事である。




ペンペンが同居するようになってから、一番風呂はペンペンが取ってしまっていたので、2番目はシンジがさっとはいり、最後にミサトがゆっくりと入るのが葛城家の現状となっていた。

ミサトは浴槽に浸かって、ゆっくり考えることが多かった。


もちろん、先ほどの会話を思い出している。


彼女が考える限り、司令の命令からすれば、使徒が現れる可能性を示唆しているとしか考えられない。

いや、確実に表れるのかも知れない。

となると・・・。


「司令たちは、使徒が来ることを、そしてそのタイミングまで、知っている・・・?」


だが、その考え自体が、理解不能である。

人類を狙ってくる使徒、その使徒が現れるタイミングが分かっていて、なぜこれまで先手先手を許しているのか。

分かっていれば、情報を流すなり、なんなりして、こちらが先手を取るなり、本拠地(使徒がそういうものを持っていれば、の話だが)を攻撃することだって可能だろう。

戦力が不足しているのであれば、せめてその情報を各国に流して、エヴァ量産機の建造を促すことだって出来るはずだ。

予算だって、もっと余裕のあるものとなるはずだが。

そのことで苦しむ必要がないだけで、作戦部長たる自分のみならず、結局、司令としても、予算配分で各国との調整に忙しいこともないはずだ。


そこが分からない。

彼女の持っている情報だけでは、どうしようもならないところである。




(いまは、乗るしかないわね・・・。)


その思いを頭の中に封じ込めたまま、風呂に浸かり続けた。

もっとも、ふらふらになって上がった後のビールがうまい、という理由もあったのだが。



ミサトは考えを巡らし続ける。


(さっきは言わなかったけどね・・・。)


先ほど彼女がシンジに言っていない項目があった。

それは、弐号機が来る、ということはその専属パイロットも来る、ということである。

別段、シンジにとっては、それは問題ではないだろう。

むしろ、シンジにとっては嬉しいことの筈である。

エヴァに乗る自分をまだ見つめることが出来ないシンジにとって、すこしでも責任を分担できる人間の存在が増えるだけ、彼にとっては負担が少なくなる。

だが・・・。


弐号機パイロットの性格が、彼にとって重荷にならないかどうかは、まだ分からない。

エヴァが増える、そのことは同時にパイロットも増える、ということであるし、それは同時に14歳の、彼と同じ境遇の人間が増える、ということでもある。

だが、それは彼にとって、負担が減るかどうかは正直、分からないところだ。


現に、もう一人のパイロットとして登録されている綾波 レイにしても、実際シンジは持て余している感が否めない。

近づこうとしないのが悪いのか、それとも近づいて怖くなったのか。

どちらにせよ、シンジという少年が、対人関係に関して、かなり疎いことは分かっている。

そこに、あの少女が加わるのはどうか。


作戦部長としても、仮の保護者としても、ミサトには今回の人事が、一筋縄でいきそうにないのは目に見えていた。




「ま、がんばるっきゃないか。」




風呂に反響するその声は、心なしか、弱い。







寝床に入って、SDATを手放さないシンジは、ふと気づいたことがある。

それは、ミサトの懸念していたとおりのことである。



(考えたら、エヴァがもう一機来るってコトは、僕らみたいな人がもう一人来る、ってコトじゃないか・・・。

やっぱり、14歳なのかな。でもって、中学生なのかな。海の向こうから来るんだろうから、外人なのかも知れないな・・・。


もし英語だったらどうしようか・・・。)


実際、ミサトが懸念していた分野の心配ではあったが、その方向はずれていた。


(でも、それはもう一機エヴァが来れば、楽になるってコトだ。責任も少なくなるし・・・。

その人がどういう人だって、関係ないよな。ただ、エヴァに乗ってる仲間、だもんな。

そうだ、青葉さんに、もう一曲教えてもらおう・・・。)


あまりそのことで悩まず、彼はタオルケットをもう一回かけ直した。

実際、そのことよりも気になるのは、ギターのことだったようだ。






その週の日曜日、太平洋上を飛翔する輸送ヘリの操縦室には、パイロットとミサト、シンジがいた。

ミサトは何も言わずただ海を見つめているだけである。

シンジはぶつぶつ呟きながら、なぜか持ってきたギターを弾いている。

歌、らしいが、その節はなんなのかはよく分からない。



輸送ヘリの腹、とも言うべき部分には、エヴァ用の電源ソケットと、電源コード、そして、変圧器が納められている。



ミサトは相変わらず、考え事をしていた。

だから、パイロットが何か言っているのに、しばらく気がつかなかった。


「葛城一尉!!」


ようやくパイロットが5回目に叫んだのに反応して、ミサトが面を上げる。


「え?」


ボケたこの反応に、パイロットは切れかけたが、仮にも上官なので、一旦心を落ち着かせてから話しかける。


「あと5分で、当機は太平洋艦隊上空へと到達します。」

「あ、あら、そう。」


それだけ言って、また視線を雲の切れ目へと移す。



日曜の太平洋は、雲こそあれ、晴れており、遠くまで海面を見渡すことが出来た。

シンジは平和にも、ジェットヘリの中でぶつぶつ呟きながらギターを弾いていた。

その時だった。

ぴーん。


「あああああああああ!!!!」


いきなりシンジが叫んだので、ミサトもパイロットもビビって後ろを向いた。


「どうしたの!?!?」

「なにかありましたか!?」


さすがに、チルドレンに何かあっては、パイロットも食い上げどころか、ナニをされるか分からない。

家には老いた母と、2人の娘と、疲れ果てた表情をする妻がいるのだ。


「あなた、今月は・・・。」

「いや、大丈夫だ、今日の任務をうまくやれば、仕送りも増やせるだろう。」


そんな朝の会話が一瞬で思い出された。

パイロットも、辛いご時世のようだ。




「いや、弦が切れただけです、換え持ってきてますから。」


そういうと、日曜だというのに、相変わらず着ている制服のポケットから、6本セットの換え用の弦を取り出し、器用にも機内で張り始める。


さすがに、パイロットも一瞬切れかかった。

だが、相手はネルフの上官。

しかも、子供だというのに、要人扱いなのだ。

ここで何かすれば、ナニされるか分からない。

彼には・・・もう繰り返すこともないだろうが。





やがて、ヘリの眼下には、十数隻の灰色に塗装された軍艦の群が見えてきた。

艦隊のほぼ中央に、他の船舶よりもかなり幅の広い船があり、積み荷にはベージュ色のシートがかけられている。

言うまでもなく、エヴァだろう。

そして、その輸送船の前に、さすがに輸送船よりは小さいが、他の艦艇よりもひときわ大きな空母がいる。


「オーヴァー・ザ・レインボウ、ね。」


ミサトは一人呟くと、身を乗り出して、その空母を見詰め始めた。

ヘリは、すこしずつ速度を同期させ、高度を落としていく。






ほぼ同時刻、その空母、オーヴァー・ザ・レインボウの艦橋では、なにやら初老の太った男が望遠鏡でミサトたちの乗ったヘリを見ながら、脇にいる中年のクールカットの男にぶつぶつ文句を言っていた。


「くそったれ!!おもちゃのソケットを運んできよったわいな。」

「まあまあ、艦長、ここは落ち着いてくれなはれ。」

「何言うてんねん、14歳のクソガキが世界を救うっちゅうねんか?そんなんは年末助け合いで十分やわ」

「艦長、しかしながら議会もあれに期待し取る言う話ですが?」

「あんなもんに金つぎ込むんやったら、うちにつぎ込め言うんや、全く!!」


もちろん日本語ではなく、英語の訛りが激しいので、いちおう関西風にアレンジしているだけである。

二人とも、どうやら田舎出身のようだ。






そんなこととはつゆ知らず、ミサトたちの乗ったヘリは空母の駐機場へと無事着艦した。

甲板の上では、様々な軍用機がひしめき合い、その周りでは、見知らぬ外人たちがなんやら話したり、タバコを吸ったり、機体を整備したりしている。

その中を、タラップを降りて、艦橋へと向かうミサトとシンジ。

風が強いので、制帽が飛ばされないよう、頭を押さえながら歩くミサトと、なぜかこんな所なのに、ギターを下げながら歩くシンジに無遠慮な外人たちの視線がまとわりつく。


シンジは、やむなく視線を落としながら歩くことにした。

元来、そういう視線に恥ずかしくて耐えられない質だったのだ。

だが、ギターを抱えながらうつむいて歩く様は、まるで売れない芸人のようで、もっと恥ずかしい。

ミサトは、あえてそんなツッコミを入れずにいたのだが。



シンジの落とした視線の先に、なぜかこんな空母では不似合いな赤いローヒールと、細い足首が映った。


(なんでこんな所に、女物の足と靴が・・・?ミサトさん今日こんな足細かったっけ?)


そう思って、隣を見れば、ミサトの太い太股が見える。


(じゃあ、誰なんだろ?)


そう思って、顔を上げると、自分よりもすこし年上くらいの少女が、シンジの真ん前で、なぜかこんな風の強い空母の上だというのに、パステルレモンの薄いワンピースを着て、こっちを見ていた。


「ヘロウ、ミサト!」


なんでへロウなのかは知らないが、この女の子はいったい・・・?

外人、だよな・・・?

この女の子が、もしかして・・・?


「あらー、アスカ、ずいぶん背高くなったんじゃない?」

「他の部分も、十分女らしくなってるわよ。」


ミサトと、アスカが話を始めてしまい、うまく話に乗れず、ただ少女を見つめるだけのシンジは、思わず呆気にとられてしまった。

こんな少女が、エヴァのパイロット?



でも、それも別に不思議じゃないな、綾波もそうだし。

そう思ったところで、いきなりその少女が顔を近づけてきた。


「ふーん、アンタが、サード・チルドレンってワケね。冴えないわね〜。」


シンジを指さし、いきなりシンジに向かって言ったのだ。


そこでミサトがようやく、シンジの前にやってきて、話し始めた。


「この子が、セカンド・チルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。」

「はあ、よろしく。」


シンジがおざなりに頭を下げた。


「でもって、このさえないヤツが、サード・チルドレンってワケね。名前は?」

「碇シンジ君よ。」

「ふーん、じゃあ、ネルフの司令のご子息、ってワケね。」

「そう言うこと。」


もう一度、シンジを嘗めるように見回すアスカに、シンジもさすがにむっとした。


「なんだよ、僕の父さんがネルフの司令だからって、君に関係あるの?」

「別に。ただ、切れ者の碇司令の息子が、どんなヤツか観察したかっただけ。じゃ、ミサト、艦長のところ行くんでしょ?案内するわ。」

「そう、お願いね。」


そういうと、アスカは真っ先に歩き始め、その後をミサト、シンジが付いていく形で、空母の艦橋へと入っていった。

なぜか、シンジはまだギターを抱えたままだった。



艦橋に付くやいなや、ミサトは艦長に向かっていきなり数枚の紙を突きつけた。


「これが、エヴァの引き渡し完了証明書、こちらがパイロット引き渡し証明になります。ここに、サインを・・・」

「まだあかんワイ!!」


ミサトの言葉を遮って、艦長が絶叫する。

僅か0.0023秒で、ミサトの顔が引きつる。


「まだ日本やないワイ、それにここは海の上や。いまはまだウチの管轄やで。口、ださんといてもらおうか。」

「じゃ、引き渡しは?」


変わって副長が答える。


「そうですなぁ、新横須賀に到着してからですわ、申し訳ないですなぁ、しかし、これも規則ですよってからに。ウチらも軍人、あんたがたも軍人、規則がうるさいの、わかりますやろ?」

「そういうことや。いまはお引き取り願おう、館内の見学でもしとったらええんちゃうか?」


さすがにミサトもここまで言われてしまえば、どうしようもない。


ちなみに、ミサトは英語で会話している。

アスカも英語が分かるから問題ない。

だがシンジはよく分からない。

艦長の「シャーラップ」は分かったにせよ、他の部分はよく分からないので、ただ黙って、ミサトの後で艦橋を眺めていた。


そこへ、後から別の兵士がシンジの肩を叩いた。


「ほ、ほわっと いず でぃす・・・」


とりあえず分からないので、知っている単語を並べてみた。

だが、その外人は「ヘイ!」とかなんとか言うばかりで分からない。


「あい あむ しんじ・・・」


だが、外人は話が通じないと分かったらしく、身振り手振りで何かを示している。

シンジの下げているギターをまず指さし、次に自分を指さす。

そして、弾く手振りを見せている。


「かしてほしいぃ?ゆー ぎたー かす?」


なぜか日本語の混ざった英語で話してみると、外人は頷くので、やむなくギターを貸してみた。

すると、いきなりその外人は「ヘエエエーイイイイイ!!!」などと叫ぶと、いきなりなぜかギター一本で Let's Groove を歌い始めてしまい、シンジは困ってしまった。




裏でそのようなことになっているとは知らず、ミサトは交渉を続ける。


「そう言うことであれば、やむを得ません、しかし、有事の際は、こちらに指揮権があるものとして行動させていただきますので、あしからず。」

「なんや、ここでなんかあるんかいなぁ、そら困ったワイ。ガハハハハハハ」


笑う艦長にガンを付けるミサト。

それを見ているだけのアスカ。


その裏では、絶叫する外人をシンジが困ったように見ている。



そこへ、よく通る若い男の声が響いた。


「お!葛城三佐じゃありませんか、本日はご機嫌麗しゅう。」


その男は、艦橋の入り口からこちらを覗いて、にやにやしながらミサトを見ている。


「あ!加持さ〜ん、どこいたんですか〜!」


まとわりつくアスカの頭を手で撫でながら、ミサトの方へと近づいてくるその男を見て、ミサトは思わず絶叫していた。


「なんでアンタが!!!っっっっっっそうだわ、アンタドイツにいたんだった!!くっ、アスカが来るから同伴でこっちに来ることに気がつくべきだったわ!!」


ミサトはいやそうに彼を見る。


「加持はん、アンタを艦橋に呼びつけた覚えはありまへんで!とっとと消えなはれ!!」


なぜか関西弁から京都弁へと変わっている艦長を気にもとめず、加持は話を続ける。


「葛城三佐、お久しぶりですな。」

「もう三佐じゃないわよ!!」

「では、もう二佐に?随分と速いね、同期では一番じゃないか?」


ミサトは思いっきり加持の足を踏みつけた。


「違うわよ!!降格したの!!いまは一尉よ!!行くわよ、シンジ君!」


そう言って、そそくさと艦橋を出ていってしまった。



シンジは相変わらずギターを奪われてしまっていたが、ミサトが行ってしまったので、ギターを奪い返すと、ミサトの後を追って出ていくことにした。


「待ってくれよ、お茶でもどうだ〜。」


加持と、まとわりつくアスカも、後を追う。




「なんや日本人ちゅーのは、うっとーしーのう!」

「それが、彼らの美徳と言いますからなぁ。」


後に残された艦長と副長は、かなり疲れた表情で彼らの出ていった入り口を見返した。






艦内を自由に見て回れるとは言え、そんな見たい所などないミサトは、さっさと艦内の士官用サロンへと赴き、人気のないサロンでコーヒーを飲むことにした。

だが、彼女のあとには・・・。

ギターを抱えるシンジと、にやついている加持と、加持にまとわりつくアスカが付いてきていた。


やむなく、人気のないサロンの隅の方に座り、くつろごうとはするが、4人席の目の前に加持が座ってしまい、自然顔が厳しくなる。


「シンジ君、悪いけど、コーヒー入れてくれる?」

「あ、アタシも!ミルク多めね!」

「じゃあ、俺も頼むか、紅茶を一杯、ジャムでもマーマレードでもなく、ロシアン・ティーを一杯。」

「は、はあ。」


しょうがないので、シンジはすぐ横にある給湯室へとお茶をいれに行った。

だが、あいにく給湯室には、紅茶がない。

4人分、コーヒーを入れ、ひとつは思いっきりミルクを入れてやる。

それをトレイに乗せて戻ると、ミサトが加持を険悪な視線で見返している。


「コーヒー、いれましたよ。」


そう言ってそれぞれに渡すが、ミサトの機嫌は悪くなる一方のようだ。


しばらく、全員が時折コーヒーをすする音以外は、何も音がない世界に、ようやく変化が訪れた。


「いま、付き合ってる相手、いるの?」


加持は、靴を脱いだ足の先で、ミサトの足を撫でながら、ミサトに撫で声で尋ねる。


「んなこと、ああアアあアンタには、カンケー、ないでしょ。」


ミサトは、露骨に不愉快感を見せながら答える。


だが、加持は気にする風でもなく、視線をシンジに移す。


「君が、碇、シンジ君だね。」

「はあ。」


いきなり話題が自分に振られて、考え事をしていたシンジは、戸惑いながらもそう答える。


「君の話、聞いてるよ、初戦でなんの訓練もなしに、エヴァを動かし、使徒を倒したチルドレン、君がそうだろ。」

「偶然、ですよ、ただの・・・。」

「偶然、そう言うがな、シンジ君、その『偶然』というヤツを身につけた奴が、世の中どの位少ないか、君は知らないかも知れないけども、その『偶然』ってヤツも、君の実力のうちなんだぜ。」

「そう、ですか・・・。」


そんなシンジを見るアスカの目が、すこし険悪なものになっていることには、誰も気づかなかった。


「ところで、シンジ君。」

「はい。」

「君は、葛城と同居してるんだろ?彼女の寝相の悪さ、直った?」


思わずアスカは叫んでしまっていた。


「げえええええ!!」


ミサトもその例に漏れず、飲みかけていたコーヒーをこぼしてしまう。


「なななななななんてことを子供の前で聞くのよ!!!」

「はっはっはっはっは・・・。じゃ、またあとでな、シンジ君。」


何も分かっていないシンジを後目に、加持はどこかへと去ってしまった。




加持が扉の奥へと消えてから、シンジはようやくアスカに聞く。


「ねえ、どういうこと?寝相がなんとかって。」

「アンタばかぁ?」


それだけ言って、アスカはただコーヒーを飲み続けている。

ミサトは突っ伏して何事かを呟き続けているが、シンジにはよく分からず、ただ一人で謎に包まれたままだった。




数刻、ミサトもアスカも何も喋らないので、シンジが飽きて、どこかへ行こうとしたその時である。


「アンタ、ちょっと付き合いなさいよ」


アスカが、立ち上がろうとしたシンジを睨め付けて、一口に言った。


「え?どこ?」

「ちょっとそこまで。」


そう言うと、ミサトも、「行ってらっしゃいな」というので、シンジはやむを得ず、彼女のあとを付いていくハメとなってしまった。

愛用のギターをミサトに預けて。




艦内をすたすたと歩いていってしまう彼女を追っかけて、シンジは不安な気持ちを隠せない。


「ねえ、どこ行くの?」


だが、帰ってきた返答は手厳しい。


「うっさいわね〜、男のくせにうじうじ言わないでよ!」


だが、シンジも負けてはいない。


「なんだよ、どこに行くかくらい教えてくれても・・・。」


反論は、アスカのキツイ視線の前に消え去った。



ヘリの操縦士に、隣の輸送船へと飛ぶようにアスカが言ったところで、ようやく行き先が分かったが、なんでそんなことをするのかが分からないシンジは、ただ黙って彼女と一緒にヘリに乗り込むしかなかった。


「なんで、輸送船なんか行くの?」

「いいから黙ってなさい。」


ぴしゃりと反論を許さないアスカの前に、シンジはやはり黙っているしかない。


ようやく輸送船へと着き、輸送船の中央にかけられているベージュ色のカバーを持ち上げ、中を指し示すアスカ。

中を覗いてみても、シンジにはなにが言いたいのか分からない。


「ちょっとはいるわよ。」


そう言って、アスカは中へと入ってしまった。



カバーの中は、結構広く、中に赤いエヴァが横たわっている。

アスカは、そのエヴァの鼻先にするするとよじ登り、シンジに向かって叫びはじめた。


「どう!これがアタシのエヴァ、エヴァンゲリオン弐号機よ!」


どう、と言われても、別段なんの感慨も持たないシンジは、どう答えたらいいのか分からず、黙っていた。


「なんか言いなさいよ!すごいとか、素敵とか!」


ようやくこの段になって、シンジは理解した。

つまり、この自分よりもすこし年上に見える彼女は、この弐号機を自慢したいのだな、と。

だから、とりあえずこう答えた。


「う、うん、すごい、素敵。」

「それ、心から言ってる?」


さすがに、言い方がまずかったのか、そのまま言ってしまったのがまずかったのか、アスカは不愉快になっている。


「アンタ、アタシの言ったとおりに言ってれば、アタシが納得するとでも・・・」



だが、その次の瞬間、横波を受けたのか、輸送船がグラッ、と揺れる。

なぜかとんがり頭の頂点にいるのに、ふらつきもしないアスカに比べて、シンジはよろめいて、足下のLCLの海に落ちそうになっている。


「よよよ、横波かな?」

「あんたばかぁ?こんな突然衝撃波が横波で発生するわけないじゃん!」


そう言って、器用にも飛び降り、カバーから抜け出て、甲板から外洋の様子を眺める。

後から着いてきたシンジが海を見ると・・・なぜか、一番遠くにある艦艇が、煙を噴きながら沈没して行くところだった。


「なんで沈んだんだろう。事故かな?」

「敵襲に決まってるでしょ!」


そう言って、さらにアスカは首を巡らす。


ちょうど、艦隊の進行方向から真後ろの方向に、なにやら海走りが見える。

シンジもそれを見つける。


「あれは潜水艦かな?」

「アンタホントにバカねぇ。まさか、この時代に潜水艦がこんな海面まで浮上して攻撃なんか仕掛けないわよ。」

「じゃ、使徒かな?」

「そうでしょうね。」


アスカはそう断定的に言うと、首を巡らし、オーバー・ザ・レインボウの方を眺めた。


「ちゃあ〜〜〜んす!」


小さくそう呟く。



「なに?」


シンジが聞き取れなかったらしく、アスカに聞くが、その時にはアスカはシンジの手を引っ張りはじめた。


「いたいいたいいたいいたいいたいいたいって!!!!」

「いいからついてきてよ!!」


アスカはそう言うなり、もう一度カバーの中へと入り、スポーツバッグを抱えて出てきた。


「どうするつもりなの?」

「男がグチグチ言わない!」


そう言って、何も言わずにシンジの手を引っ張ると、ちょうど輸送船の艦橋に連なる階段の真下まで来て、彼を見張り役にたて、着替えはじめた。

赤い、プラグスーツに。






「おい、どうした!!」


艦橋は、大騒ぎだ。

艦長が双眼鏡を覗き込んで、騒ぎ立てるが、どうにもならないことがこの世の中あるものだ。

彼がそう実感せざるを得ないような、そんな状況が目の前に広がっていた。


「はあ、駆逐艦リオが、何者かの攻撃を受けて、沈没しました。」

「それはわかっとる、その何者かが知りたいんやないか!各艦、個別に対応せえや!」





その使徒が大暴れしている状況は、甲板にいるミサトからもよく見えた。


「やっぱり、ここに現れた・・・。でも、なぜ?」


艦橋へと走りながら、ミサトは自問自答する。



ここに使徒が来る理由、それがまず分からない。

第3新東京に来る途中、と言えばそうでもないが、わざわざこの艦隊を襲う理由はないはずだ。

これまでだって、海中から現れても、海面にいるはずの海上保安庁の巡視船群を見逃している。

それが、なぜ今回に限って、海面の艦隊を襲うのか。


それに加え、なぜ今日に限って、ここに現れたのか。

なぜエヴァのソケットと、私とパイロットが二人もいる状況に現れたのか。

視点を変えれば、なぜ司令たちはここに今日、使徒が来ることが分かったのか。



分からないことが多すぎる。



だが、いまは使徒をやらねば、死ぬ。

分からないことは後回し。

いま、出来ることだけはやって、それで考えよう。



ミサトは思考を切り替えると、階段を1段抜きで駆け上がった。







巡洋艦から発射される、魚雷の群れ。

だが、使徒に命中しても、何も効果を現さない。

水中に泡を残して、使徒は何もなかったように、泳ぎ続ける。



加持の船室の目の前にいる駆逐艦から、対潜ミサイルが発射される。


「無駄だな、ATフィールドをまとった使徒に、通常兵器は効果がない・・・。」


そう呟く加持の目の前で、数発の対潜ミサイルが使徒の土手っ腹とおぼしきところへ命中するが、やはりそれでも使徒は泳ぎをやめない。

喜々として、泳ぎ回り、艦隊の中を縫うようにして、何かを探し回っている。





「ちぃっ!ミサイルも効果ないんか!」


艦長が舌打ちを発した瞬間、誰かの手が肩を叩いた。


「いまは忙しい!あとにせえや!」

「ども、ネルフですけど〜」

「ラーメンの出前は頼んでへんで!」


ミサトは、置いた手をそのまま、自分の前に持ってきて、人差し指をたて、ちっちっち、と艦長を小馬鹿にする。


「使徒の対策と、殲滅の盛り合わせで、いまなら1億くらいでいかがっすかねぇ。」

「いらんわ!!」


そう言って、あくまで無視を続ける艦長の裏で、副長が叫ぶ。


「大変です!エヴァが!エヴァが起動し始めています!」


艦長とミサトは、副長の覗いていたモニターを奪い取るように争って覗き込む。

確かに、何者かがエヴァの電源を入れ、動かし始めているのがよく分かる。


「だれや!かってにこないことしくさるヤツは!」




そのこないことをしくさっているのは、ご周知、惣流・アスカ・ラングレー嬢である。

エントリープラグには、彼女がちょこん、と座っている。

その後には・・・?


「ねね、ねえ、そそ惣流さん、勝手に、いいのかな・・・。」

「いいにきまってんじゃん、これアタシのだもん。」


ネルフのだと思うけど・・・そう反論しようとして、シンジはすでにこの少女になにを言っても無駄なことが分かっていた。

結局、いつもの学生服のままここにいるのも、そのせいである。

靴と靴下は脱がされたが。


「あんたも、くるの!」


その一言には、逆らえない力と、そして、甘い少女の香りがした。

シンジは、それを決して自覚はしてはいないが。





エヴァンゲリオン弐号機、その赤い姿が、輸送船からゆっくりと立ち上がったこの状況下で、艦長は相変わらず何かを叫んでいた。


「おい!今すぐ電源落とせえ!何するんやワイの艦隊に!!」


だが、それを素直に聞くアスカではない。

しかも、マイクを奪って扇動する人がここに一人。


「アスカ、いいわ、やっちゃって、行っちゃえ行っちゃえ!」

「このボケ何かってにさらしとんじゃい、このアマがぁ!」

「アマアマうっさいわよ!じゃあアンタはプロだっちゅーの!?」

「なにくだらんボケかましとんじゃあ、いいから、エヴァは今すぐに電源を切れ!」





「ねえ、内部電源があんまりないよ・・・?」


シンジが心配そうにアスカに聞く。

確かに、内部電源はあと1分弱しかない。


「うーん、ミサト!甲板にソケット出しといてね〜!、惣流・アスカ、いっきま〜す!!」


そう言うと、アスカは一気にエヴァを虚空へと飛び立たせた。

太陽の光を受けて、輝く光は装甲板に反射し、太陽をまとったように煌めく。

4つの輝く光は、輸送船のすぐ前を航行する空母、オーバー・ザ・レインボウへと向けられている。


「着艦しま〜す!」


もちろん、空母は甲板も艦橋も大パニックである。


「ええからマイクをよこせ!!」

「なに言ってんのよ、、もう飛んじゃってるのよ!いいから、はやくソケットを出させなさい!」

「出すな!出したらあかん!」


だが、副長はすでに独断でソケットを飛行甲板へと出してしまっている。


「貴様!」

「しかし、艦長、もう遅いですわ、着艦しますワイ。」

「なに!全艦、対ショック体勢とれ!」


オーバー・ザ・レインボウの艦内がパニックに陥る。

皆が何かにつかまろうとして、転ぶもの、持っているものを落とすもの、つかんだらぜんぜん固定されておらず、力を入れすぎて転ぶもの、それはもう大変である。




次の瞬間、オーバー・ザ・レインボウはエヴァの着艦を受けて、大きく傾いた。

傾く艦橋、割れる窓ガラス、海に落ちる戦闘機。

波が大きく跳ねて、その飛沫が太陽光に当たり、虹を作った。


「ぐわーーーーー!!!だからいわんこっちゃない!」

「ナイスアスカ!使徒はちゃんと捕捉してるわよね!?」

「OKよ!」


エントリープラグの前面に、傾く飛行甲板と、数隻の艦隊、その中に混ざって、ひとつの波走りが見える。


「あれだ!」


シンジが叫ぶ。


「シンジ君も乗ってるの?」

「はあ、成り行きで・・・。」

「じゃあ、安心ね!!」

「こんなヤツが乗ってちゃよけい心配だけどね。」

「なんだよ、乗ってくれって言ったくせに。」

「なに言ってんの、そんなわけ無いじゃん。」

「あらあ、はやくも喧嘩ぁ?喧嘩するほど仲がいいって言うしね。シンちゃんも手が早いのね〜。」

「ちがう(わ)よ!!」


はやくも練習もしてないのに、見事なユニゾンを見せる二人。


「はやくソケット付けないと。」

「分かってるわよ、いちいちうるさい男ね!」




そんなけたたましい艦橋の喧噪とはうって変わって、船室では、加持がなにやら電話をしていた。


「こんなところで使徒のお出ましとは、随分話が違うんじゃないんですか?え?だいたい、葛城とシンジ君が来るって聞いたところで、何かおかしいとは思いましたけどね。

そりゃシンジ君は実戦経験もありますよ。でも、やっぱりあれを狙ってきてるとなると、面倒ごとがかなり増えますよ。

え?ああ、まあいつでも危なくなったら、どうにかなるようにはしてありますからね。わかりました。」


そう言って、携帯を切る。


「人使い、荒いな・・・。」


そう言って、愛用のジッポでタバコに火を付けると、加持はスーツケースを持って、船室から何処かへと消えていった。




「アスカぁ!」

「なによ、後で騒がないでよ!」

「来たよ!右2時方向!」

「!」


アスカに答える暇を与えず、使徒は空母の上に立つ弐号機めがけて迫ってくる。

そのスピードは、やはり相当なものである。


「アスカ、武器は?」

「あんなん、これで十分!」


そう言うと、アスカは肩のプログ・ナイフを装備させ、構えて待ち受ける。

スイッチを入れた瞬間、プログ・ナイフは高速振動を開始し、白い残像が残る。


「近づいてくるよ!」

「遠ざかるわけないでしょ!」


使徒は高速で、海を泳ぎ、空母にぶつかるかと思われた瞬間、跳ねた。


「空から襲おうっての!甘い!」


空中から飛び降りてくる使徒めがけて、ナイフを突き出す。

白く輝くナイフはどてっぱらに突き刺さるが、使徒の生命力もさるもの、そのままエヴァめがけて食いつこうとする。

ナイフは使徒の腹を数メートル切り裂いたが、その負荷に耐えかねてか、途中から折れてしまった。


「げ!」

「折れちゃったよ!」


砕けたナイフは、そのまま振動しながら、甲板に落下し、残っていた戦闘機を切り裂く。

すかさずエヴァを使徒の顎からよけさせたアスカだったが、その口の中に輝く歯は、アスカをひるませるに十分な輝きを放っていた。


「いやあああ!!!」


さすがに噛みつかれるのがイヤで、必死になって口を押さえようとする。

こうなると、使徒対エヴァの力比べになってしまう。

しかも、両手がふさがっているから、どうにもならない。


「ふんぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅぅ」


顔を真っ赤にして粘るアスカを見て、シンジは即座に通信を開く。


「ミサトさん!なんか武器は!?」

「いま考え中!!」


作戦部長の頼もしい助言を受けて、シンジは考えはじめた。

だが、その思考は途中でアスカの悲鳴と、傾く視界で遮られる。

使徒が口を横に逸らしてしまったため、口をつかんでいたエヴァも横に流れてしまい、そのまま重心を狂わせ、海へと落ちてしまった。


「きゃああああああ!!!!」

「うがああああ!!!!!」


二人して悲鳴を上げて、沈んでいくエヴァ。

使徒は一旦体勢を立て直すつもりか、エヴァが口をつかんでいるにもかかわらず、そのまま海中を引っ張って泳ぎ続ける。

こうなると、泳ぐ手段もないエヴァは、ただ曳航されるがままになってしまう。



「アスカ!シンジ君!」


ミサトは艦橋から叫ぶが、そうしたところでなにも状況が変わるわけではない。


「ミサトさん、エヴァはB型装備でっせ。大丈夫やろか。」


副長の冷静な指摘に、なおさら真っ青になってしまうミサト。

ミサトが呆然としている隙に、軽いいつもの声で、あの男からの通信が入る。


「葛城一尉〜、俺は先に行ってるから、またネルフで会おうねええええええ!!じゃ、あとよろしく〜〜!」


その瞬間、飛行甲板の下から、リフトが一機のVTOLを持ち上げてくる。

そのまま、VTOLはあらぬ方へと飛び去ってしまった。


「あんのくそったれがあああああ!!!」


ミサトがたたきつけた拳は、艦橋の窓ガラスにクリーンヒットし、窓ガラスはもう一枚、綺麗に吹っ飛んだ。




「ねえ、いつまで引っ張られるのかな。」

「あれに聞きなさいよ!」


引っ張られ続けるエヴァの中で、二人はどうにもできないこの状況を打破しようと、考え続けていた。

ここで使徒を見失えば、なかなか捕捉するのは難しい。

加えて、海中では通常装備、と言えば聞こえはいいが、つまりなにも特殊装備を施していないエヴァが、どの程度持つのかが分からない。

要は、ピンチである。



「葛城はん、ケーブルが・・・」

「あっ、ヤバイ!」


そう、ケーブルが無限にあるワケじゃない。

そのことを失念していた葛城一尉以下、碇・惣流両パイロット。


「残り1000メートルを切っています。」


ミサトは必死になって考えるが、まだなにも思いつかない。



「もうケーブルないよ!」

「分かってるわよ!」


必死になって使徒に組み付くエヴァだが、ケーブルが切れてしまってはどうしようもないのだ。

エントリープラグ内から見える、旧伊東沖の市街。

使徒が何回も海底にぶつかり、そのたびに海底からもうもうとわき上がるもと家だった廃材やら、電信柱やら、その他何か。

だが、その旅も、もうすぐ終わる。


「ケーブル、限界!」

「二人とも、対ショック体勢!!!」


緩んでいたケーブルが、突如ぴーんと張り、エヴァはその衝撃で使徒への抱擁をあきらめざるを得ない。

衝撃が、二人の座るエントリープラグを襲う。


「あがががががが!!」

「いったーい・・・アンタ!」


一瞬気を失いそうになったアスカが、どうして急に気を取り戻したかというと、もみくちゃに絡み合ったシンジの頭が、自分の胸の上にあったからだ。


「アンタぁ。覚悟はいいんでしょうねぇ。」

「待ってよ、たまたまじゃないか!」

「言い訳無用!!」


緊急時だというのに、アスカはシンジを右ストレートで撃沈。


「がはっ!いいパンチだ・・・。」


そう言って沈むシンジを放っておいて、アスカは座り直し、使徒の捕捉をはじめた。

だが、海中は使徒が海底にぶつかったときの海底からわき上がった屑やなんやらでもうもうとしており、光学的な観測は不可能である。

赤外線センサーにしても、果たして使徒が体温を持っているのかどうかは分からなかったが、とりあえずメインを光学観測、サブモニターを赤外線で映し込む。


「ダメだわ、なにも移らないわねぇ・・・。」


そう呟く裏から、シンジが復活してくる。


「動ける・・・?」

「よくアンタ死ななかったわねぇ。アタシのパンチを受けて気絶しなかったの、アンタで3人目よ。」

「そりゃそうだよ、LCLの抵抗で威力全然なかったし。それより、エヴァは?」

「動きが重いわ。」

「そりゃそうだよ、B型装備だからね。」

「んなことはわかってんのよ、これからどうしよ。」


海中でぽつんと取り残された赤いエヴァ弐号機は、ただそこに漂っていることしかできなかった。








海中に沈んでしまったエヴァは、水による抵抗はもちろん、海水の水圧でもその動きには制限がかかるし、駆動系にも負担がかかり、なかなか動かすのには骨が折れる。

いちおう、アスカはすこし機体を動かしては見たものの、その動きはかなり重い。

少なくとも、高機動は不可能である。





だが、使徒はどうやらまたやってきたようだ。

腹からなにやら紫色の体液を流しながら、水中をエヴァに向かって泳いでくる。


「きたよ!」

「しつっこいわね!」


その言葉が果たして使徒に向けられたのか、それともシンジに向けられたのか、シンジが判断に苦しむいとまもなく、使徒がその大きな口を開けた。

水中で濁ってはいるものの、中にある大きな口と歯は、よく見えた。


「いやああああああああああああ!!!!!!!!!!」


さすがに14歳の少女にこれはきつかったようだ。


「使徒だからねぇ。」


何かシンジが達観したような口で話すが、もはやアスカにはそれをどうこういう余裕もなく、レバーから手を離して目をふさいでいる。


「ちょちょちょちょっちょっと、手を離すのは・・・。」


使徒はもう目の前で、口を開けて迫ってきている。

アスカは、目をふさいでしまっている。

シンジも、さすがに最後を覚悟しかけた、その時だった。




いきなり、使徒が遠ざかった。

というより、エヴァがそのケーブルごと引っ張られたのだ。

あっというまに使徒から離れていくエヴァ弐号機。

使徒は呆気にとられたのか、口を開けたまま、エヴァがいた場所でぼーっとしているように、シンジから見えた。

だが、その姿も消えて見えなくなった。


「二人とも、大丈夫だった?」


通信からはいるミサトの声が、なにやら頼もしい。


「大丈夫じゃないわよ!もっと早く引っ張ってよ!!」


そう憎まれ口を叩きながらも、アスカの顔は明るい。



ミサトは、艦橋で、二人の悲鳴からなんとかタイミングを計り、ぎりぎりのタイミングで使徒からエヴァを突き放した。

空母側からケーブルを巻くことで。

それを使徒が追ってくれれば、ミサトの作戦は成功する。

そのためには、なるべくエヴァを使徒が追っかけるようにしたい。

だから、あえてぎりぎりのタイミングを計ったのである。



「二人とも、いい?」

「OKよ。」「ええ。」

「じゃあ、作戦を説明するわ。よく聞いてね。

まず、海面ぎりぎりまで、そのまま引っ張るわ。使徒を引きつけたままでね。」

「ぎりぎりって、どの位?」

「そうね、だいたい100メートルくらいかしら。」

「そんなん、空母が危ないじゃん。」

「それは大丈夫。気にしなくていいわ。それで、海面すれすれまで来たら、エヴァの外部電源を切ると同時に、ソケットを切り離します。

海面くらいまで来れば、少なくとも水圧の問題は解消されるから、オーバードライブモードならなんとかそこそこの機動を期待できるわ。

それで、そのソケットを、使徒の口の中に突っ込んで、ATフィールド全開にして。そしたら、一気に高電圧をかけて、使徒を感電させる。

だいたい最大で二十万ボルトは出るから、うまくいけば、使徒を感電死させることが出来るはず、そうでなくても、動きを鈍らせることが出来るわ。」


だが、アスカは首を傾げた。


「ちょっと待ってよ、使徒がもし導体ならいいけど、もし導体じゃなかったらどうするのよ?」

「導体って?」

「バカ!黙ってて。」

「そうね・・・。」


ミサトの口調は、心なしか苦い。


「まあ、気にせず行きましょ〜!!」

「よくこんなんで作戦部長なんかやってられるわね!」

「こんなんだからよ。人間じゃないもの相手にしてるんだから、こんくらいこちらも非常識で行かないとね。」


アスカは本当に呆れ返っていたが、いまさら引っ返すこともできない。


「じゃあ、のるわ。」

「そうこなくっちゃ!」

「えと、僕の意志は・・・?」

「アンタはいいの!!」


アスカに言われてしまい、なかなか悲しいシンジだった。


「じゃあ、そろそろ行くわよ!」


言われてみれば、もう海面が近い。

使徒は、一旦止まった場所からすでに高速で移動を開始している。


「じゃ、そろそろオーバードライブモードで行くわ!」


普段よりもレバーが持ち上がり、すこし角度が上向きになる。


「外部電源パージ!」


ソケットが外れる。

とたんにエヴァもソケットも、その勢いを失い、海面ぎりぎりに漂う形となった。

弐号機は、ソケットを手にし、いまかいまかと使徒を待ち受ける。



「もう来るよ!」

「わかってる!」


とたんに、正面から使徒が口を開けて迫ってくる。

アスカは、巨大な口の中に並ぶ歯に、恐怖を抱きながらも、ガマンして、手に持ったソケットを放すまいと、レバーを握りしめている。



ガツン!!



使徒の口が大きく開けられたその中に、弐号機が入ろうとしたその瞬間。

使徒は、口を閉じた。

ちょうどタイミング良く、弐号機が噛まれてしまうかたちとなってしまった。


「いったあああああああああい!!!!」


もちろん、腹の部分を噛まれてしまっては、その痛みはパイロットへとフィードバックされる。


「アスカァ!!」


シンジが叫んで、あわてて自らもレバーに手を掛ける。

もちろん、その分シンジにも痛みがフィードバックされるが、その痛みは半分ずつになるはずだ。


「いったあ・・・ちょっと!アンタ!変なところさわんないでよ!!!」

「しょうがないだろ、いたいのすこしは楽になっただろ!!」


言われてみれば、だいぶ先ほどよりも楽になっている。

だが、シンジの表情はなぜか真っ青になっている。


「ちょっと、アンタどうしたの?」

「え?ものすごくいたいんだけど・・・。」


アスカの痛みはほとんど引いたのに対して、なぜかシンジの痛みは増すばかりのようだ。


「ちょっと、これどういうこと?」

「わかんないけど、ちょっとはやくこじ開けようよ!電源が!!」


アスカがはっとして、電源の残量を見ると、減りが速くなっている。

普段の1.5倍は速い。

オーバードライブモードは、力と機動性が増す分、その電源の消費も速いのだろう。


「そうね。じゃ、行くわよ!!」


アスカが集中し始める。

その額に血管が浮き出る。

シンジの真っ青な顔とは対照的だ。




「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」




二人の力がひとつになる。



そして、噛みつく使徒の口をこじ開けようと、エヴァの手がぐい、と、両あごにかかり、すこしずつ開いていく。



二人のその想いまでもが、共鳴した瞬間。



エヴァのパワーゲージが一気にリミット値を越えて、レッドゾーンを突破した。



弐号機の四つの目が光り、一気に顎が開く。



そこに、一緒に噛まれて歯に引っかかっていたソケットを、奥まで突きいれる。



そこには・・・コアがあった。





「電源解放!ATフィールド全開!!」





海上から送られた二十万ボルトの電圧は、使徒のコアを焼き切り、全てを破壊した。

次の瞬間、空母の直近で大爆発が起こった。










ボロボロになった艦隊が新横須賀に着き、迎えに行ったリツコは呆れ返っていた。


「また、これあなたがやったの?」


ミサトは疲れた髪を風に任せたまま、けだるく答える。


「まさかぁ、使徒と、あの二人よ。」


リツコは資料をぺらぺらとめくり続ける。


「あら、ここ。」


ミサトは覗き込む。


「ああ、二人が乗ってた時のシンクロ率ね。」

「史上最高じゃない、94%なんて。」

「って、たったの8秒間だけでしょ」

「8秒でもこの数値が出れば、大したものだわ。」



二人を乗せたけだるいジープは、入港する艦隊を横に、山へと走り続ける。







「アンタ、とりあえず、もう少し体力ってもんを付けたら?」


そう言いながら、なんだかんだ言って、シンジに肩を貸すアスカ。

空母から港へと連なるタラップを降りながら、アスカはため息を付いていた。


(なんで、こんなヤツが使徒を3体も倒したんだろ?変なヤツ。)


シンジは、腹の痛みで、なぜか筋肉痛を起こし、一人では歩けなかったのだ。


「あ、アア、アスカ・・・。」

「なによ!」


シンジはすこし目を伏せると、呟いた。


「ありがとう。」


アスカはなにも答えず、心の中だけでつぶやいた。


(ばっかじゃん、コイツ)


それだけ思うと、あとはなにも考えずに、シンジを迎えの車へと放りだした。


「あいたあ!!」


シンジの叫び声にも、なんの興味も示さなかった。

だが。


「あ!」


唐突に叫んで、いきなりシンジの前に立ちはだかった。

そして、一発。


「いってええええええ!!なにするんだよ!!」

「また触った分。ここじゃ、痛いでしょ。」



シンジの頬は、数日腫れが引かなかったという。











加持は後を振り向くと、すこし含み笑いを返した。


「いや、大変な船旅でしたよ、日本に一回来させられて、一仕事させられるわ、使徒には襲われるわ。」


ゲンドウは何も答えず、ただ黙って加持を見るばかりである。


「まあ、これがブツになります。」


そう言うと、手に持っていたスーツケースを開けて、中からもう一つ、厳重に封印されたケースを取り出す。


「これのせいで、危うく死にかけましたがね。」

「ふっ、そんなことはないだろう、君の場合は。」


そう言って、ゲンドウは封印をこじ開け、中身を外気に曝した。


「アダムの細胞ですよ、ここから、再生できるはずですが。」

「ああ。」


それだけ返して、ゲンドウは加持を外に出るよう促した。





加持は、自動販売機コーナーでコーヒーを一缶買い、飲みながら、タバコに火を付けて、肺に煙を送り込む。

紫煙がエアコンの風に乱されて、宙に消えていく。


「さて、うまく行くかどうかは、神のみぞ知る、と言ったところですな、碇司令・・・。」


それだけ、誰がここにいても聞き取れぬような小さい声で言うと、タバコをまた吸い始めた。



(第9話に続く)



お久しぶりです、だいちゃんです。

遅ればせながら、第8話お届けです。

大変申し訳ありませんでした、かなり今回は遅れました。

まあいろいろあったのですが、それはまたの機会に、と言うことで。



ついに、アスカ嬢登場です。

これからしばらくは、本編でも楽しいので、楽しく作品が書けそう・・・でもないか。

まあ、この本編での第8〜12話は一番好きな部分でもありますね。

一番楽しくてしょうがないところでしょう。



それでは、いつもながらまずは作品の執筆に当たって、いつもながら協力を惜しまない春神・NASA両氏に感謝を、そして、このサイト並びに私の作品を掲載させていただいているなしつぶさんに多大な感謝を送りながら、今回はお別れします。


素晴らしい小説を書いて下さった作者にぜひ感想を!
感想は作者への感謝と次回作を生み出すエネルギーです。
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