あなたは初めて会った人間が困っていたとして、何の打算も無く、手を貸す事が出来るでしょうか?
見返りを期待もせず、ただその人のために懸命になる事……。
果たして、あなたに出来るでしょうか?
これは非常に難しい事です。
確かに、親しい友人が困っているというのなら、尽力を惜しまない人はいるでしょう。
友人とまで行かなくても、知り合いならば助ける事はあるかもしれません。
……でも、それが赤の他人となれば話は別です。
見て見ぬフリが関の山。
大概は手を差し伸べる事をしません。
悲しいけど、それが現実です……。
けれど、その少年は違いました。
一度も会った事もない人に対しても、全く躊躇する事無く、その手を差し伸べる。
それは、彼にとっての常識なのです。
たとえ、それが他人には偽善にしか見えないとしても………。
Neon Genesis Evangelion
Another Story
EVAファンクション・ファイブ二百万ヒット記念
『頭の上で、ネコが鳴いたら…』
written by ディッチ
この世の中に天才という人種がいるとするなら、彼女は間違いなくそう呼ばれるべき人間だった。
惣流アスカ。
子供の頃から他を圧倒するような知能を持っていた彼女にとって、何かを『知らない・分からない』という事は苦痛であったのだ。
ただ、彼女はその天から与えられた才能だけで生きて来たわけではなく、努力の人でもあったから、知らなかったり、分からない事がある時には、
その全能力を持ってしてでも理解する事にしていた。
その彼女が今、一つの難題にぶち当たっていた。
別に、難しい数学の問題があったわけではない。
意味の分からない言葉があったわけでもない。
……たった一人の行動原理に疑問を抱いたのである。
殆ど自分にしか興味を持たない彼女が他人に興味を持つのは、異例中の異例である。
それも、相手は男と来れば、初めてとも言える。
「ははっ、それは無いと思うなぁ。ねえ、トウジ?」
「まぁな。ケンスケ、それは考えすぎやと思うで?」
「いーや、俺は断言できるぞっ!」
第三新東京市立第壱中学校二年A組の名物三人組。
通称『3バカトリオ』の一角。
名を碇シンジと言った。
成績……そこそこ。
運動……平均よりもちょっとだけ上。
ルックス……中性的で、一部の女子に人気があったり無かったり。
性格……温和で、他人に対して親切。
これを見ても、極々普通の少年である。
だが、最後の性格の欄に注目して頂きたい。
『他人に対して親切』と書いてあるのが見てもらえただろうか。
ここがミソなのである。
別に、親切なだけなら、彼女も気に留めたりはしなかっただろう。
ただ、彼の親切は半端じゃないのだ。
今時、ここまでのお人好しはいないのではないか……というぐらいである。
「むむぅ………。由々しき事態だわ」
「どうしたの、アスカ?」
「あっ、ヒカリ………」
「どうかしたの?顔が歪みまくってたわよ」
「あんな非常識な人間がいたら、顔の一つや二つ、歪みもするわよぉ……」
「はぁ……。また碇くんの事?」
「何よぅ、その言い方。まるで、アタシが四六時中、アイツの事を考えてるみたいじゃないっ!」
「違うの?」
「考えてはいたけど、そんないつもいつも考えてるわけじゃないわよっ!」
「どうどう、落ち着いて……」
「アタシは馬かいっ!!」
その同年代を遥かに凌駕する頭脳と反比例するかのように、アスカの精神年齢はかなり幼かったりする。
仕草などが幼い。
それがまたいいと言う人間も確かに存在しているようだが。
「そんなに気になるなら、直接、本人に聞けばいいじゃない」
「へっ?」
「ほら、アスカは部活に入ってないし、碇くんも入ってないでしょ、確か。だから、今日の放課後にでも聞けばいいじゃない」
「………そ」
「そ?」
「その手があったーーーっ!」
「………よ、良かったわね、解決したみたいで」
「さすがヒカリっ!伊達にアタシの親友をやってないわねっ!ご褒美に今度、鈴原と二人きりになれるようにしてあげるからねっ!」
「べ、別にいいわよぉ……」
「まあまあ、遠慮しないで」
「………う、うん」
「よぉーし、こうなったら、全てを聞き出してやるわよっ!覚悟しなさい、碇シンジっ!!」
高らかに腕を突き上げて、宣言するアスカ。
まあ、難問を解決するための鍵を見つけたのだから、喜んでも構わない。
確かに構わないとは思うのだが………。
ここは教室であるという事実を忘れてませんか、アスカさん?
「…私、アスカが頭がいいって、本気で疑問に思う時があるわ………」
ヒカリさん、当然の疑問です。
「なぁ、シンジ。何かやらかしたんか、お前?」
「いやぁ、別に特別な事はした覚えが無いけど……」
「まあ、シンジが人の迷惑になるような事はしないだろうな。逆に人のためになるような事はしても」
「ワイもそう思うんやけど、あれは何なんや?」
「さあ……。どうしたんだろうね、惣流さん」
「いつもの病気じゃないのか?」
教室って事は、本人もいるんですよ?
ホントに天才なんですか、アスカさん?
………天才と馬鹿は、紙一重。
この言葉をあなたに贈りたい……。
時間は流れて、時に放課後。
我らが惣流アスカ嬢は、既に臨戦体勢だった。
つかつかとシンジの机へと歩いて行く。
シンジは帰りの支度をしていたが、視界に影が入って来たので、ふと上を見上げる。
そこには、何故かふんぞり返ったアスカがいた。
「碇シンジっ!」
「うんっ?」
アスカはシンジの顔に指を突きつけると、何の脈絡も無く、彼の名前を呼ぶ。
当事者のシンジはと言うと、まるで動じずにいた。
「アンタに聞きたい事があんのよっ!」
「う〜ん、帰りながらでいい?」
「いいわよっ!」
「それじゃ、いこっか?」
シンジはそう言うと、スタスタと歩いて行く。
意味不明に自信満々なアスカを見ても、少しもおかしいとは思わないらしい。
大物なのか、天然なのか、判断に苦しむところである。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!!」
アスカも慌てて彼の後を追う。
その姿を見て、トウジはヒカリに寄った。
どうやら、今回のアスカのご乱心について尋ねるつもりであるようだ。
「なあ、イインチョ。今回のあれは何なんや?」
「アスカの事?」
「……ああ」
「碇くんが何の理由も無く、人の手助けをするのがどうしてか知りたいらしいわよ」
「またわけの分からん事を……。まあ、病気みたいなモンやし、しゃあないと言えばしゃあないんやけどな……」
「碇くんも災難ね……」
「ホンマやで……」
二人はシンジとアスカが出て行った教室のドアを眺める。
すると、ヒカリが紙の束を持とうとしているのが、トウジの目に入った。
男だったら一人でも持てる量だが、女が一人で持つにはちょっと大変な量だ。
「よいしょ………っと」
「イインチョ、それは一人やと辛いやろ?半分、持ったるわ」
「え……いいってば、そんなに重い物でもないし……」
「無理すんなや」
「あ……」
トウジはヒカリから半分をひったくるように取る。
そのまま教室を出ようとするが、急に立ち止まって振り返った。
「イインチョ、ワシはどこに持ってくか知らんのやけど……」
「あ、うんっ、職員室。ちょっと待って。私も一緒に行くから」
「急げや」
「うんっ」
偶然ではあったけど、二人きりなるチャンスをくれたアスカに感謝するヒカリ。
図らずも、アスカは言った事を守っていた。
その後、二人で帰るヒカリとトウジの姿があったとか、無かったとか……。
勢いでシンジに付いて来たのはいいものの、どう切り出せば良いか、アスカは悩んでいた。
シンジはシンジで、平然と歩いているし、非常に困った。
だが、いつも直球ストレートな彼女の事、小細工は無しだ。
普通にまっすぐ聞く事にした。
「ねえ?」
「うん?何?」
「アンタ、どうしてそんなに他人のために一生懸命になれるの?」
「もしかして、さっきから聞きたかった事ってその事?」
「う……そ、そうよっ!」
「そっか………。まあ、他の人から見たら、偽善者ぶってるように見えたりしてるのかなぁ、僕って」
「べ、別に、そこまで言ってないでしょっ!?」
「あっ、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。ゴメン」
「…………それで?」
「ああ、うん。人に親切にされたら嬉しいだろ?それだけ」
「むぅー」
アスカはシンジの目を見る。
人の目を見て、その人の考えてる事を見抜く。
アスカの得意技だった。
「嘘は言ってないけど、ホントの事も言ってないわね」
「あはは……。バレバレかぁ」
「さぁっ!ホントのトコをキリキリと白状しなさいっ!!」
「言わなきゃ、ダメ?」
「ダメっ!!」
「はぁ、困ったなぁ……」
「何が困ったよぅっ!アンタがさっさと吐けば、この天才美少女アスカちゃんの知的好奇心が満たされるのよ?光栄と思ってちょうだいっ!」
「はぅ……分かったよ。実はね………」
シンジが観念して、話そうとした時、彼の前を一匹のネコが走り抜けた。
そのネコはそのまま道路に飛び出し、運が悪く、そこに車が走って来た。
そのまま行ったら、間違いなく衝突するだろう。
「ダメだ、行っちゃぁっ!!」
「アンタ、何をっ!?」
その瞬間、シンジは何も考えずに、ネコを助けるために道路に飛び出した。
右手でネコを拾い、そのまま転がるシンジ。
彼の体は反対側の歩道にまで転がった所で止まった。
「だ、大丈夫っ!?」
「うぅ……」
しばらくして、二人は近くの公園にいた。
シンジは片腕を押さえながら、ベンチに座っている。
膝には、先程助けたネコが、うな〜と言いながら欠伸をしている。
シンジはそんなネコを見て、軽く微笑んだ。
…すると、水飲み場でハンカチを濡らしに行ったアスカが帰って来た。
「………はい」
「あ、うん。ありがと」
シンジは濡れたハンカチを転がった時に擦り剥いたらしく、赤くなっている患部に当てた。
結構深く傷付いたらしいその傷口に、濡れたハンカチを当てるのはさすがに痛いらしく、シンジの顔が歪む。
アスカはそんなシンジの様子を今にも泣きそうな顔で見ていた。
「………どうして?」
「んっ?」
「どうして、あんな危ない事をしたの?」
「このネコが飛び出して、あのままじゃ轢かれてたから」
「アンタが死ぬかもしれなかったのよっ!!」
「それでもだ」
シンジは真面目な顔で答える。
アスカもそんな顔を見ると、何を言っていいか困る。
そんな二人の顔を見ながら、ネコは一つ欠伸をした。うな〜。
「……どうしてよ。どうして、そんなに自分以外の事に一生懸命になれるの?」
「何となく……じゃあ、納得しないよね。しょうがないか……」
「教えて……くれるの?」
「心配かけちゃったから……ね」
シンジは傷口に当てていたハンカチを外し、ネコの頭に乗せる。
ネコは嫌がり、頭を振る。
ハンカチはベンチの上にポトリと落ちた。
シンジはそれを拾い、その場所をポンと軽く叩く。
アスカにここに座りなよ、と言いたいらしい。
アスカが素直にそこに座ると、シンジは彼女に向けて軽く微笑んだ。
その笑顔を直視してしまったアスカは何も言わずに俯いた。
その顔は赤くなっているのだろう。
「僕はね、母さんを小学生の時に亡くしてるんだ。確か、二年生頃だったかなぁ……」
「それで……?」
「僕の父さんは忙しい人でね、その時も遠い所にいて、帰って来れる状態じゃなかった。母さんを看取ったのは、僕一人。
別に、父さんが悪いとは思ってないけどね……」
「でも、辛かったでしょ?」
「うん、まあね。今だったら、母さんが死んだ事を直視する事も出来るだろうけど、あの頃の僕には辛すぎたよ。………目の前で命の火が消えていくのは」
「だから、あのネコも助けた?」
「まあ、そういう事。嫌なんだよ、誰かが死ぬの。人であれ、動物であれ……ね?」
「その直線上にあるって事?人を助けるのも」
「そう………じゃないかって思ってる。自分でもよく分からないんだよ、実の所」
「そう……なんだ。………ぐすっ」
「げっ、泣いてるの?」
「ふぇっ?」
アスカの蒼い瞳からは涙が溢れ返っていた。
精神年齢の低いアスカは、感受性が人一倍鋭かった。
シンジの話を聞いているうちに、その中に入り込み過ぎたのだろう。
「わっわっ、泣かないでよ」
「泣いてなんか……ないわよぅ……すんっ」
「泣いてるじゃないかぁ……」
シンジはアスカの涙に動揺していたが、次の瞬間、思いも寄らぬ行動に出た。
彼はアスカの頭に手を置いたと思ったら、撫で始めたのだ。
それは、子供をあやすかのように………。
「………うぅ〜」
「おっ、泣き止んだ?」
「は、恥ずかしいから止めなさいよぅ……」
「はい、止めた」
シンジは言われた通り、手をパっと放した。
すると、その彼の頭にネコがピョンと飛び乗った。
子猫なので、シンジもそれほど重荷にはなっていないようだ。
「んっ?そこがいいのか?」
「うな〜」
「まあ、いっか。ウチに来るかい?ミルクぐらいならやれるよ?」
「うな〜、うな〜」
「よしよし」
シンジは頭に乗ったネコを撫でる。
そして、アスカを見た。
「惣流さん、送るよ」
「えっ、あ、うん」
アスカはシンジの隣に立った。
彼女は少々、男嫌いの気があるのだが、何故かシンジに対しては嫌悪感を感じなかった。
むしろ、心地良い雰囲気がある。
ずっと離れたくないような、そんな気持ちにさせてくれる。
「………どうしてカナ?」
「何か言った?」
「ううん、何でもない」
「そう?」
「うんっ」
上機嫌になったアスカの顔を見ると、シンジも微笑む。
彼女は今日だけで何度も見ているが、この笑顔は見る者を優しい気持ちにしてくれる。
アスカはこの笑顔をずっと見ていたいと思うようになっていた。
それが、世間一般で言われる『恋』である事にも気付かずに………。
次の日、二人の間で劇的に変わった事は特に無い。
ただ、変わった事と言えば………
「おっはよー、シンジっ!」
シンジをファーストネームで呼ぶようになった事。
……充分、劇的な変化かな?
追伸
シンジの頭に乗っていたネコは、碇家に居候になっているそうな……。
うな〜
<後書きって言うより、言い訳>
すいません。
自分でも何を書いてるか分からなくなってます。
ただ、ネコを書きたかったでけのような……。
一応、EVA小説ファンクション・ファイブの二百万を祝おうという事なんですけどねぇ……。
遅いだろ、お前……って感じです。
二百万ヒット記念『頭の上で、ネコが鳴いたら…』でした。
アスカを可愛く書くのって難しいです。
まだまだ、力不足ですね。
精進します。
それでは、なしつぶさんの益々のご活躍を期待して、お祝いの言葉とさせて頂きます。
ディッチでした。
| 素晴らしい小説を書いて下さった作者にぜひ感想を!
感想は作者への感謝と次回作を生み出すエネルギーです。 |