Evangelion : 1999.07





1999.04


「まだやめてなかったんだ」

「ええ」

「そんなもの何の役にも立たないじゃないか。ぼくのチェロと同じだ。人の命なんて救うことなんてできやしない」

「絵を描くっていうのはいいものよ。絵を描くときは対象物に対して純粋でなくちゃいけないの。そうでないと良いものはできないわ。自分が自分でいられる。だから、絵を描いている時が一番生きているって感じがする。」

「ぼくは人に言われてチェロを始めたんだ。自分からやりたかったんじゃなくて。誰もやめろって言わないから続けた。でも、ぼくもチェロが好きだった。綾波と同じだったのかもしれない。チェロを弾いているときは自然な気持ちになれた。」

「なら、何故やめたの?」

「だって、死んじゃったじゃないか。アスカは死んじゃったじゃないか。ぼくはチェロを弾くことしかできなかった。それしかできなかった...」

「それでよかったのよ。それで」

「ぼくが...ぼくが綾波を選んだから。だからアスカは死んだ。わかってるんだ...」

「違うわ」

「何も違わない!」

「違うのよ。どちらにせよあの時、マルドゥックから逃げ切るなんて無理だったわ」

「けど、アスカが犠牲にならなくても良かったじゃないか」

「代りにわたしが死ねば良かったって言いたいの?」

「そんなこと言ってないよ!」

「言ってるわ」

「ごめん。ぼくはアスカを忘れるなんてできないよ」

「忘れなくていいの。ただ...今は、今だけはわたしを見て。お願いだから」

「そうするよ。この絆のある限り。死ぬまでね」

「碇くん...わたしを責めるの?」

「それはできないよ。ぼくが望んだことでもあるから。でも、時にはこの絆が疎ましく思えることもある」

「ごめんなさい」

「謝らないで。ぼくが悪いんだ。もういないアスカを今も追い求めてるぼくが。でも、このままじゃ綾波を傷つけるだけ。逃げちゃだめなんだよね」

「傷つきなんかしないわ。わたしはどんなことがあっても碇くんを守ると決めたのだから。」

「ありがとう。きみがいるからぼくは生きていけるのかもしれない」





1999.05


「今日ニュースで見たよ。ノストラダムスの予言。当たるかもってね。この世界があと2ヶ月かそこらで終わるかもしれないなんて、あっけなさ過ぎると思わない?」

「人はそれくらいで滅びたりはしないわ。」

「人類の3分の2は生き残れないだろうってさ。衝撃波、地震、津波、海面の上昇。そして塵の雲に大気は覆われ太陽の光は地上に届かない。 けれど、人は恐竜とは違う。それくらいはどうってことないよ。その後に起こるに違いない動乱。それによって死ぬ人がほとんどだろう。国連の災害対策チームのシミュレーション結果ではそういうことらしいよ。人の敵はやはり人ってことかな。」

「人の歴史は戦いの歴史でもあったわ」

「悲しいね人って。互いに分かり合うことができさえすれば戦争なんて起こらないのに。...だからチルドレンが生まれた?」

「進化の行き詰まりに陥った人類が更なるステージへ昇るための、新たな人類の苗木、それがチルドレン。赤木博士はそう言っていたわ。」

「それが何故?」

「怖くなったのよ。わたしたちのことが」

「怖い?」

「だってそうでしょう。碇くんだって...碇くんだってわたしのこと怖いと思っているんでしょ」

「...前は、正直言って怖いと思ったこともある。でも、今は違うよ。綾波は綾波だから。それでいいんだって」

「ありんがとう、碇くん」

「…」

「…」

「ねぇ。ぼくの絵を描いてくれないかな」

「どうして?今まで、頼んでも描かせてくれなかったのに」

「アスカのところへ持っていこうと思って。それでぼくはアスカと決別する」

「そう...いいわ描いてあげる。」

「ありがとう。ところでどんなポーズがいいかな?」

「チェロを持って」

「えっ?でも、もうチェロは弾かないって決めた...」

「弾く真似をして持つだけ。それに...アスカと決別するって決めたんでしょ」

「そうだね。ちょっと待って、用意するから」

「ええ」

「こうしてチェロを構えていると、やっぱりあの日のことを思い出してしまう」

「じっとしていて」

「過去を忘れるなんてできないんだ。忘れたと思っていてもそれは忘れたふりをしているだけ。さよならを言ったけど、それを認められなかった」

「生きている人が何もかもを背負い込む必要はないわ。特に碇くんは一人ですべてを抱え込んで苦しんでしまうから。」

「うん...」

「苦しかったらその苦しみをぶつけて欲しい。わたしは碇くんと分かち合いたい。苦しみも喜びも」

「そうだね...」

「今日はこの辺で終わりにしましょ」





1999.06


「わたしはアスカじゃないわ」

「知っているよ」

「わかってないわ。何もわかっていないのよ。碇くん...」

「わかっているよ。ぼくは綾波から離れられない。綾波はぼくから離れられない。この絆は決して消えない。消すことはできない...」

「ね。もう終わりにして食事にしましょう。碇くん。たまにはちゃんとした食べ物をとらないと死んでしまうわ」

「ははっ、それって昔ぼくが綾波に言った台詞じゃないか。覚えていたのかい?」

「わたしにはあなただけだもの」

「残されたのはぼくとの絆、この絆だけ。いや、それはぼくのことか...」

「碇くん...」

「さあ食事にしよう綾波。でも、その前に」

「食事の後にしましょう」

「だめだよ。今じゃなくちゃ。前にしたのは随分と前じゃないか。わかるんだよ、綾波。気だるい鉄のにおい、生温かく赤い結晶。綾波が欲していることがわかるんだ。これが絆。そうだろう」

「碇くん。あなたは何を望むの?」

「昔は知っていると思っていた。でも今はわからない...」





1999.07


「時が経つのは早いと言うけど、まったく本当だと思うよ。今日でぼくと綾波が一緒に暮らし始めてからちょうど半年だ。」

「そうね」

「綾波もそう感じるの。そうか。」

「この絵。そろそろ完成するわ」

「できあがるまでは見せないって言うんだもんな」

「あとのお楽しみよ」

「ささやかだけど二人でパーティでもしようか。記念にさ。久しぶりに腕を振るってご馳走をつくるよ。材料を買いに行かなきゃ。それに飲み物を欲しいね。シャンペンかワインか」

「一緒に買いに行きましょ。たまには外の空気が吸いたいわ」

「え、でも」

「大丈夫よ、いまさら誰もわたしたちをつけ回したりしないわ。」

「そうだね。でも、今日は日差しが強いから気をつけてよ」

「ふふ、わかってるわ。ありがとう碇くん」

 

「どうかな」

「おいしい」

「良かった。ちゃんとした料理は久しぶりだったから」

「ほんとにおいしいわ。コックさんにでもなったら?」

「それもいいかもしれないね」

「街の郊外に小さなレストランを開くの。小さな小さなレストランよ。碇くんがつくった料理をわたしが運ぶ。お客さまがおいしいって言ってくれる。それを楽しみにして、毎日を穏やかに静かに暮らしていくの」

「意外だなあ。綾波がそんなこと言うなんて。...あ、ごめん。綾波も女の子だもんね」

「そうよ。わたしだって普通の女の子なんだから。夢を見ることだってあるの」

「うん。そうだね。誰にだって夢を見る権利はあるよ」

「明日、アスカのところに行きましょ」

「えっ。まだ描き終わってないんじゃなかったの」

「もう最後の仕上げの段階よ。明日には描き終わるわ」

「そっか。それじゃあ、明日に備えて今日はもう休もう。それじゃおやすみ、綾波」

「今日は楽しかったわ。おやすみなさい。碇くん」




Next Day


「残された時は余りに少ない、か。南極に落ちる大質量の隕石。のちの人たちはこの災厄をなんて呼ぶんだろうね。」

「セカンドインパクト」

「えっ?」

「恐怖の大王の別名よ」

「ははっ、もう名前がついていたんだ。人間って面白いと思うよ。最後の一人になっても自分たちの歴史を残そうとするに違いない。たとえ誰も読んでくれる人がいなくても。 ところで何でセカンド、2番目なの?」

「1番目はジャイアントインパクト。恐竜を滅亡させたと云われているわ」

「そして、2番目は人。3番目は...」

「確率的に言っても何千万年も後。それまで人は生き延びられるかしら」

「どうだろうね。案外生き延びているんじゃないかな。その頃には人もチルドレンも関係なくなっていて...」

「そうね。それだけの時が経てばきっと...」

「ねえ。終わりそうかい?」

「ええ。ちょうど今仕上がったところ」

「もう夕方だね」

「涼しくなって出掛けるにはちょうどいいわ」

 

「ここに来るのも半年ぶりか」

「誰か掃除してくれているみたいね。花も新しいわ」

「洞木さんじゃないかな。アスカとは友達だったから」

「それに比べてわたしたちは薄情なものね」

「…ここは高台だから、海面が上昇しても多分陸のままじゃないかな。これからは月に1回は来ようね。アスカとの思い出を忘れないためにも」

「絵はこの辺りでいいかしら」

「そうだね。立てかけるみたいな感じで」

「…」

「…」

「さあ、そろそろ行こうか。それじゃあアスカ、また来るからね。っと」

「その花...」

「あ、この花は途中で見つけたんだ。寂しげな感じがアスカに似ていると思って。何の花だか知っているの、綾波?」

「忘れな草よ」




And Past a Few Days : Last Day


「最後の晩餐だよ、綾波。最後の日ぐらいは豪勢にいくかい?」

「…」

「そうそう、ワインとパンを忘れちゃいけないね。グラスを出して。ありがとう。…くっ。さあ、飲んで。さあ。空になるまで飲んで。」

「碇くん。だめ...」

「構わないじゃない。今日は人類にとって記念すべき日なんだから。それにきみがそれを飲む姿を見てみたい。いつもは見ることなんてできなかったからね。さあ飲んで、綾波」

「一杯だけ。これだけよ。」

「そう。そんな顔をしていたんだ。あ、やめないで。全部飲んでしまって。ねえ、どんな味がするの?」

「碇くんの味がする」

「へ、ぼくの味って...やっぱり人によって違ったりするのかな」

「わからないわ。機関にいたときは薬剤だったから」

「そっか。」

「だからわたしはあなたしか知らないのよ、碇くん」

「それも絆かい」

「それも絆よ。碇くんがちゃんとこっちを向いているように絆で縛り付けるの」

「まだ心配なの?」

「わたしアスカには負けないから」

「時間はたっぷりあるよ。滅びを免れたらね」

「そうね」

 

「…あ、あれがそうじゃないかな隕石。もしかしたら」

「肉眼で見えるはずないわ。大質量といってもとても小さいもの」

「でも、一際明るく光っている。今日は満月だっていうのに」

「ほんとう。あれがそうなのかもしれないわね」

「だろう。そんなはずはないんだけど、まるで地球に悪意をもっているみたいに真っ赤だ」

「後どれくらいなのかしら」

「衝突予定時刻は日本時間で22時49分だよ。後2時間くらいだね」

「ねえ。これからどうするの」

「じゃあ、取り敢えず食後の散歩でもする?」

 

「昼間良く晴れたから、割合涼しいね」

「それに、とても静かね。虫の音だけが鳴り響いてる...本当に穏やかな夜。これから大惨事が起きるなんて信じられないくらい」

「静かなのはみんな避難していなくなったからだよ。海に沈んでしまうから。この街にはたぶんぼくたちしかいない。ほら、街の明かりが無いと星空がとてもきれいだ」

「人のいない街ってひどく寂しいのね...」

「そうだ。ちょっと待ってて」

「…」

「お待たせ。幼年期の終わりのラストシーンってほどじゃないけど、ぼくの演奏もなかなかだと思うよ」

「いいの?二度と弾かないって言っていたのに」

「最近思うんだ。ぼくは、ぼくができることをするしかないってね。まあ、ぼくのできることなんてほとんどないけどね。料理とチェロくらいかな。それを捨ててしまったらぼくには何も残らないんじゃないかって思ってさ」

「そんなこと無いわ。碇くんには碇くんにしかできないことが沢山ある。たった一年だけど碇くんの側にいたわたしにはわかるの」

「ありがとう、綾波。そういってもらえると嬉しいよ」

「何を弾くの?」

「うん、何がいいかな...やっぱりこれかな...」

 

「空が紅く染まり、星が消えていく。天より落ちたる人の罪の証。時が近づいてきているわ...」

「ねえ、碇くん。弾きながらでいいから聞いて」

「わたし、あの隕石が地球に落ちるって聞いたときちょうど良かったって思ったの」

「わたしは仕組まれた子供。人よりもはるかに長く生きることができる」

「たとえこれから碇くんと一緒に生きていくことができても、その幸せはいつか終わってしまう」

「その後の長い時間を独りで生きていくことなんてできない。人の温かさを知ったわたしには。碇くんとの絆を決して忘れることなんてできないわたしには」

「でも、自ら命を絶つこともできない。死ぬのは怖いって知ったから」

「だから、隕石が落ちて、それで死んでしまえるなら、そんな辛い思いしなくてもいいって考えた」

「綾波...ぼくは...」

「碇くん、眩しいわ」

「ほんとだ。空が真昼みたいだ」

「地面が揺れている」

「地震だ。地球が揺れているんだ。とうとう隕石が落ちた...」

「でも、思ったほどじゃないわ」

「そりゃそうさ、南極から日本へは遠いからね。衝撃波も届かないし」

「でも、これからが...」

「そう。まず津波が襲ってくる。後十時間もしないうちにこの街は海の中だよ」

「ねぇ、どうするの?」

「...綾波がさっき言ってたね。ぼくが死んでしまったら独りになってしまう。独りで生きていくことなんてできないって」

「ええ...」

「人は自分が生きてきた証を残すことができるんだ。例えば、綾波のように絵を描く人、音楽を創る人や物語を書く人。建物を建て街を造る人。アスカはチルドレンたちに自由を残してくれた。あるいは、そう、人が人である前から行なってきたこと。いや、あらゆる生き物たちが生きた証を残してきた。それじゃだめかな綾波。たとえぼくが死んだとしても、ぼくと綾波が確かに生きたという証は残る。ぼくたちのチルドレンが」

「それが人の絆なのね。わたしと碇くんが生きた証。わたしたちの子供たち」

「さあ、丘に登ろう。海がやって来る前に」

 

−End








アトガキ


 こんにちは、駄文書きの乾です。性懲りもせずにまた投稿してしまいました。
シンジ×レイ第二弾です。前回は沈黙のお話だったので、今回は全篇セリフだけにしてみました。
地の文がないと話を進めるのが難しいですね。まとまりないし。どうにもよくわからないものになってしまいました。
ところで、マルドゥックとかチルドレンとか出てきますが、TVのエヴァとは別世界です。
それと、あすかにんの方々すみません。別に他意はありません。書いていくうちにそうなってしまっただけです(^^;
 そういや来年の今ごろには予言の月じゃないか、ってことでノストラダムスさんの予言とセカンド・インパクトをくっ付けてできたのがこのお話です。
最初に思いついたものから紆余曲折を経て今の形になりましたけど。
他にも設定が少しあるのですが、まあ、何となく分かってください。
それと、次は明るめのやつを書こうと思ってます。やはりシンジ×レイの予定ですが...
最後に、遅ればせながら、なしつぶさん10万ヒットおめでとうございます。
なしつぶさんの日々の努力(本当に毎日!)の結果ですね。これからも頑張ってください。


 乾さん,10万ヒット記念投稿ありがとうございます。

 自分の子供達のために生きることを選択したようですね,
最後のシンジの一文「たとえボクが死んでも〜」はなんだか死をにおわせるような言葉でしたね。
きちんとした設定は書かれていませんがなんとなくはわかります,なんとなくは(^^;

素晴らしい小説を書いて下さった作者様にぜひ感想を!
感想は作者への感謝と次回作を生み出すエネルギーです。


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