作注)痛い話なので少し覚悟して下さい。それと、スタイルシートを使用しているので対応のブラウザ、IE4.0xおよびNN(NC)4.0x(一応IE4.01推奨)で読むと具合が良いです。 また、フォントにDFPOP体があると意図した感じになります。


絶望に至る病、そして

書いた人 乾


 

「どんどんどんどんどん」

「かんかんかん、かんかんかん」

「ドンどんどんどんドンどん」

「ぎゅいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「痛いっ!」

光速にこの上なく近いと思われる速さでシンジは飛び起きた。

急に立ち上がったためにふらふらするが、そんなことはシンジにとって大事の前の小事、ほんの些細なことでしかない。

「かんかんかんかんかんかん」

何故なら、彼は、歯が痛かった。それもかなり。いや、死ぬほどに。

頬が熱を持ってゴワゴワした感覚。痛みであごの半分がジンジンする。口を開けるのも閉めるのも辛い。呼吸さえも痛みに響くと感じる。首から上をのしを付けて誰かにくれてやりたい。顔ごと引っこ抜きたい。

「きゅい〜〜〜〜〜〜〜いいいいいいい」

痛くて痛くてその場にうずくまるシンジ。その目に思わず熱いものが光る。

「いたいんだよぉ〜〜。静かにしてくれよぉ」

「どんどんどんどんどん」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

先程から執拗にシンジを苦しめるこの音は一体何か。それを語るにはまず彼のおかれた環境について説明せねばなるまい。

碇シンジ14歳、父に碇ゲンドウ、母に碇ユイを持ち、市住宅街の一マンションに家族三人で暮らす、毎朝幼馴染と共に第三新東京市立第一中学校に通うごく普通の男子である。

ところで、彼の住むマンションは第三新東京市が首都となる前、つまり約7年前に建設された。

屋上タンク式ではなくポンプ式の上水道、専用線接続のインターネットし放題、南向きの日当たり良好、 24時間入浴可能なお風呂、フローリング床暖房完備、奥様大喜びのハイテクシステムキッチン、間取りが一般のそれよりも随分と広い、 その上格安のこのマンションは都市計画の初期段階に人口を呼び集めるための目玉として造られた。

しかし、いかなるものも時と共に老いていく。さすがに壁に罅が入ったりなどはしないが、生活すればあちこち汚れるし壊れるのは当たり前のこと。 ここら区域一帯で大規模な補修工事が行われているのだ。

シンジの家はユイの手入れが行き届いているらしく新品同様の輝きを誇っているが、ちょうど真上、加えて真下が工事中なのである。

かくて哀れシンジはハンマー音とドリル音の上下からのハーモニーに悶え苦しむことになった訳である。

「どんどんどんどんどん」

「誰か、ぼくを助けてよ。ぼくに優しくしてよ」

「ぎゅいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

C2あるいはC3掛けることの3、4本の虫歯少年は責め苦に耐えられずに啜り泣きを始めてしまった。と、彼の部屋のドアが開く。

「シンちゃん。何やっているの?起きたなら早く顔を洗って...あら、どうしたの?あ、虫歯ね。だからあれほどそんなに痛くないうちに歯医者さんに行きなさいって言ったのに。ほんとにお馬鹿さんねぇ」

「だって、恐いんだ。二度とあんなところに座りたくないし、二度とあんなところに行きたくない」

「わかってるわ。でも、今歯医者に行かなかったらきっと後悔するわよ」

「どんどんどんどんどん」

「ぼくにできるわけないよ歯医者に行くなんて。人には絶対無理なことっていうのがあるんだよ」

「はいはい、駄々こねてないでさっさと歯医者さんに行きなさい。ほら、駅前のマギ歯科ならいいんじゃない。あそこの女医さんは腕が良いって評判よ。それに美人だって」

「そんなの関係ないよ。ぼくは行かないって決めたんだ」

「どんどんどんどんどん」

「じゃあ、その歳で総入れ歯とかになっちゃてもいいわけね」


その時、シンジの脳裏にあるイメージが浮かび上がった。それは彼が昨晩見た夢だった。

ユイや友人たちの追及から逃れるために街を逃げ迷う自分。遂に追っ手を振り切ることに成功する。ほっと安堵の息をつく。

と、今まで必死に走り回っていて気が付かなかったが歯が痛くない。しかし、口の中が何か変な感触だ。

何時の間にか大きな鏡の前にいる。口を大きく開けて中を見る。

何と、自分の歯が一本残らずボロボロにだ。悲鳴を上げる自分。

場面が切り替わる。

椅子に寝かされている。

急に上から強いライトで照らされる。眩しさに目をぱちくりさせる。手を翳そうと思うが、手足がベルトで固定されていて動けない。

そこに白衣を着た男が唸るドリルを片手にやってくる。

「きゅい〜ん、きゅい〜ん」

「シンジ、残念だがお前の歯はもうだめだ。すべて抜いてしまって入れ歯にするしか方法はない」

眼鏡がライトに照らされて怪しく光る。

「父さん。どうしてこんなことをするのさ」

「シンジ、お前のためだ。今は耐えろ」

「いやだよ。入れ歯なんて」

「問題ない」

にやりと笑う父ゲンドウ。ドリルがまた唸る。

「きゅい〜ん、きゅい〜ん」

気が付くと既に自分の歯はすべて抜き取られ入れ歯を入れられている。

真っ暗な部屋。一人絶叫する自分。


「入れ歯はいやだああああぁぁぁぁぁ」




終劇。














ハッと夢から現に戻ってくるシンジ。

「シンジ、大丈夫?」

「かんかんかん、かんかんかん」

「うん、母さん。ぼくは歯医者に行くよ。もう逃げちゃ駄目なんだ」

「そう。じゃ、保険証だしておくから顔洗ってらっしゃい」

「わかった...」

「とんかんかん、かんかんとんかん...」

 

ゲンドウが土曜だが休日出勤していたので顔をあわせずにすんだシンジはほっとして家を後にした。

痛みを助長させる騒音から遠ざかって気分も次第に落ち着いてきており、程なくして駅前マギ歯科に着く。

入り口に掲げられた看板の文句によるとこの歯科では医療システムの中枢に組み込まれた自立型分散系人工知能第十一次世代コンピュータマギが売りだそうだ。 一体歯の治療のどこににそんな大層なものを必要をするかオーナー医である赤木リツコ以外の誰も知らないが、 周囲の評判からするといくらかの役には立っているのだろう。

シンジは受付に行くと保険証を箱に入れる。一度診察してもらった患者であれば診療カードが発行され、 2度目以降の手続きは受付機にカードを通すだけですむのだが、初診であるシンジは、カードの登録手続きをしなくてはならないのだ。

シンジが保険証を入れた音が聞こえたらしく受け付けで忙しくキーボードを打っていた女性が顔を上げる。

「あら、シンジ君。こんにちは」

伊吹マヤである。彼女は碇家の近所に住んでいるので、シンジにとっては隣のお姉さんといった感じだ。

「こんにちは、マヤさん」

彼女はリツコ女医の大学の後輩だという話で、大学を卒業してすぐからこの歯科で勤めている。 マヤも医者であるが、作業がほとんどないために人をおいていない受け付けの仕事を少し手伝っているらしい。

「うわ〜いたそぉ〜。思いっきりはれてるわよ、ほっぺた」

そう言ってぷにぷにとシンジの頬を突つくマヤ。

「もう痛くて痛くて死にそうなほどなんです」

はれていない方の頬まで赤くして答えるシンジ。

「なんでもっと早く来なかったの?」

至極当たり前のことを訊くマヤ。

「いや、あの、結構色々と忙しくて暇がなかったんです...」

嘘つきまくりのシンジ。

「あ、もしや歯医者さんが恐かったりして」

ふふっと笑っていうマヤ。

「いや、まさかそんなことないですよ、中学生にもなって...」

図星を指されて内心動揺しまくりのシンジだが何とか体面を保とうとする。

「そうよね。ふふ。それじゃ診察カード作るから必要事項を訊いていくわね」

住所や氏名、年齢などは保険証からわかるので質問されないが、今までした虫歯、 麻酔アレルギーの有無、定期検診にはちゃんと行っているのかなど細かいことまで色々訊ねられる。


「はい、カードができたわ。あとはこれを受付の機械に入れればOKよ」

言われた通りにするシンジ。カード入れるとすぐ手続き完了の旨のメッセージが表示され、カードが吐き出される。

「それ無くしちゃ駄目よ。次の診察のときにも必要だから」

「はい。ちゃんとしまっておきます」


そして、シンジは待合室に入ったが、そこで知ってる顔に出会った。綾波レイ。

「あ、こんにちは。綾波さん」

「シンジくん、こんにちは。シンジくんも虫歯?」

わずかに片頬が朱に染まっているだろうか、こちらも痛そうだ。

「うん、もう痛んで痛んで。それに加えて上と下の部屋で補修工事やってて、 それが響いてほんと泣きそうになっちゃたよ」

泣きそうではなく、泣いていたシンジが言う。

「え〜〜、シンジくんのとこも?わたしのとこも工事しててさぁ。ほんと響くのよね、あれって」

ほんと響いて痛かったんだからとレイが言う。

「まったくだよね。それにあの工事一日中やってるからたまらないよね」

「とてもじゃないけど家にいられないし、余り来たくはなかったんだけど、しょうがないからここに来たのよね〜」

「あれっ、綾波さんって歯医者苦手?」

「そうそう。なんか昔からそうなのよね。あのドリルの音とか、ぞっとしちゃう」

また、夢を思い出しかけて背筋が寒くなるシンジだったが、なんとかそれを頭から追い出す。

「シンジくんは歯医者さん大丈夫なの?」

またも、内心動揺するシンジ。だが、極力冷静でいようとする。

「ぼくは全然大丈夫だよ、歯医者くらい」

本音は絶対言えないシンジであった。良く見られたいお年頃である。

そんなこんなで歯医者話を繰り広げていた二人だったが、とうとうレイがマヤに順番を呼ばれて診察室の奥へと入っていった。

「それじゃ、シンジく〜ん、いってきま〜す」




ひとりになったシンジはおしゃべり中は忘れていた痛みを思い出した。痛みのついでに一つ余計なことも思い出してしまう。

それはシンジが歯医者嫌いとなった原因であった。

5年前9歳であったシンジは初めて歯医者に行った。

甘いもの、特に歯にくっ付くようなものは余り食べない、もし食べたらすぐ歯を磨く、 それに1日3食毎食後にもきちんと歯を磨くなどユイの躾の賜物でこの歳になるまで一度も虫歯になることがなかったのだ。

それが虫歯になってしまった。

まあ、なるときにはなるのだからしょうがないと、歯医者に行くことになった。

しかし、シンジにとって不運なことにちょうどその日碇夫妻掛かりつけの歯科が臨時休業であった。

張り紙を見て帰ろうとするユイだったが、近くにもう一つ歯医者があることを思い出してしまう。

ユイは知らなかったが、その歯科には有名な藪医者がいたのだった。さらにシンジにとって決定的に不幸だったのはその医者に当たってしまったことだった...

藪医者とは露知らず、あの歯医者椅子のちょこんと座った哀れな子羊シンジは悪夢をみることになる。

麻酔を何本も打たれた挙句、歯の代わりに歯茎をドリルで削られてしまったのだ。

そして、まったく痛みのないまま飛び散る鮮血を目にし、わずかに感覚の残る舌に生温かさと血の味を感じたとき シンジは恐怖に震え目から滂沱の涙を流しつつ、二度と歯医者へは行くもんかと誓ったのだった。

ついでに言えばその医者はユイの平手打ちをくらってノックダウンされたという。





何時の間にか随分と時間が経ったらしく、レイがありがとうございますとお辞儀をしつつ診察室から出てくるのが見える。

「綾波さん、早かったね」

と、レイが両手で顔を隠しながらシンジの方へ駆け寄ってくる。

「シンジく〜ん。わたし、わたし...」

少し涙声か。

「えっ、どうしたの綾波さん?」

痛かったのかな〜、嫌だな〜と思いながらジンジが訊ねると、

「わたし、思っていたより虫歯がひどくて、全部抜かないと駄目だって言われて、それで...」

思わず、またまた夢を思い出してしまうシンジ。

「それで、どうしたの、綾波さん」

シンジは思わず唾を飲み込む。

「それで、総入れ歯にされちゃったの!」

そう言って両手をどかし口を開け、入れ歯を取り外して見せるレイ。シンジにレイの何もない歯茎が見える。

それを見て瞬間快速冷凍並に固まるシンジ。

「な〜んてね。ほら、面白いでしょこれ。リツコ先生が作ったんだって。ほんとうに歯がないように見えるよね〜。驚いた?シンジくん。って、シンジくん?どうしたのシンジくん?」

種明かしをするレイだが-273度超伝導状態のシンジには筒抜けのようだ。

「もしも〜し?シンジく〜ん、聞こえますかぁ」

レイはシンジの目の前で手をひらひらさせるが効果なし。

「どうしたのシンジくん。ちょっと驚かせ過ぎちゃったかな?ごめんね」

反省反省と謝るレイ。

と、そこに歯を削るドリルの音がちょうど鳴り響く。

「きゅい〜ん、きゅい〜ん」

「ちゅい〜ん、きゅい〜ん、ちゅい〜ん」


「入れ歯はいやだああああぁぁぁぁぁ」

突然+300000度プラズマ状態と化したシンジが叫ぶ。そして、猛スピードで待合室を出ていってしまう。

あとに残されたレイとシンジを呼びに来たマヤは、

「一体どうしたのシンジ君」

いきなり叫んで出ていったシンジを見て呆然としたマヤが言った。

「よくわからないんですが、たぶんわたしがこれで驚かしちゃったから」

同じく呆然としながらも悪いことをしてしまったのかもとしょんぼりのレイが偽歯茎をプラプラさせる。

「それ、リツコ先輩のつくった」

「そうなんです。シンジくんを驚かせようと思って借りたんです。あんなに驚くとは思わなかったから」

「それにしても、何故あんなに驚いたのかしら」

「わかりません。だけどシンジくんに謝らなくちゃ」

「そうね。一応そうしておいた方がいいかもしれないわね」

結論は出たものの、結局わけがわからない二人。

一方、いつまでも来ない患者を待ってリツコ女医はドリルを鳴らしつついらいらとしていた。

「マヤ〜、早く次の患者さん連れてきて〜」

「きゅい〜ん、きゅい〜ん、きゅい〜ん」







そして、

マギ歯科を逃げ出したシンジは一体どうなったのか。

後日、涙を流して街なかを一心不乱に駆け抜けるシンジの姿を見たと幾人もの彼の友人が語ってる。

その後は一体どうなったのか。

走り疲れたシンジは家の近くの公園でばったりと行き倒れてしまう。

そこにちょうど通りがかったのは彼の幼馴染、惣流・アスカ・ラングレーであった。

「あれ、何でこんなところにジンジが落ちているのよ」

燃え尽きたシンジを拾ったアスカはシンジの家まで彼を届けた。

それから二日間の間寝込んだシンジだったが、3日目に事情を聞いたアスカによってマギ歯科まで引っ張って連れて来られてしまう。

そして、抵抗空しく治療を受けるシンジだったが、その間悲鳴や泣き言は一切漏らさすことなかった。

もちろん側でアスカが睨みを効かせていたからであった。

しかし、この荒治療が功を奏し、シンジの歯医者嫌いはすっかり直ってしまったという。

めでたし、めでたし。

 


アトガキ

どうも、こんにちは。駄文書きの乾です。またもや、謎な話です。勢いだけで書くとこうなります。

この間上の部屋でトンカラトンカラと補修工事らしきことがありました。その音が結構床とかまで響いており、 虫歯だったら響いて痛いよなぁ〜と思ったことから出来た短編です。痛い話ですみませんでした。

え〜と、別に歯医者さんに恨みがあったりする訳ではありません(^^;

シンジファンの皆様ごめんなさい。ちょっとシンジ君を苛めすぎてしまいました。

あと、隠れゲンドウファンの皆様ごめんなさい(^^;;
シンジの夢の中ではああですが、この世界のゲンドウは普通の会社重役で、 仕事をバリバリとこなしつつ家庭も大事にするいいお父さんですので。

それでは。

1998.07.17 乾


 かわいそうなシンジ君,他人事じゃない人がいるんじゃないですか( ̄ー ̄)ニヤリ

歯の痛みっていうのは痛みの種類の中じゃ一番痛いらしいですからね。
しかし歯の痛みも止めるアスカのにらみって・・・,麻酔以上かも(^^;

素晴らしい小説を書いて下さった作者にぜひ感想を!
感想は作者への感謝と次回作を生み出すエネルギーです。


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