出会い、
「ここも、夏だ...」
シンジは手を額に翳して辺りを見回すと、もううんざりといった風につぶやいた。
15年前、セカンドインパクトという名の災厄。
南極に落下したいん石のせいで地球という独楽の回転軸は微妙に変化し、四季という豊かな自然の色彩が夏ただ一色に染められた日本はどこに行っても一年中暑い、常夏の島国と化していた。
急激な環境変化に耐えられなかった動植物も多く、生態系が大幅に変わった。
その結果、太陽の出ている間は蝉の天下となった。この第三新東京市もご多分に漏れず、無数の蝉たちがその短い一生を終わらない夏の中で謳歌している。
しかし、ポスト・セカンドインパクト世代であるシンジにとっては生まれてこのかたずっと耳にしてきた音とあってさほど気になるものではない。
シンジはもう一度辺りを見回してみた。話では葛城ミサトという女性が迎えの者として来ているはずだが、周りには人の姿が全くなかった。
手に持った写真が生暖かい。
「誰もいない...」
シンジは仕方ないので日差しを避けるため駅構内で待とうと踵を返した。
と、熱され湯気の立ち上るコンクリート、大通り沿いに立ち並ぶ緑の街路樹、汗をかいた自分、それら雑多な匂いの中に新たな匂いが一つ、加わったのを感じた。
「なんだろう、この匂い...とても昔にも。なんだか懐かしいような。」
そちらへ向き直る。
駅前の大通りのど真ん中に彼女はいた。
最初は青白い陽炎に見えた。
真夏の強烈な生に満ち溢れた空気の中、それは非現実的で刹那的な揺らぎだった。
あまりに希薄、あまりに軽い...
次の瞬間、陽炎は小さな粒子となって四散した。 月光のように滑らかな光の粒たちはあっという間に周囲の熱気に溶けていった。
そして彼女が残った。
髪の色は陽炎の粒子そのものの青だった。 あるいは夜の藍が溶け落ちた月の青。
それと対照的に瞳は真紅。 全てを見透かすくらいに鋭く全てを許すほどに温かい、そんな赤。
シンジはただただ見入っていた。身じろぎ一つできずに。
懐かしい匂いが鼻腔から身体中へと広がっていくのを感じて、切なさで胸が一杯になる。
レモンにも似た鮮烈さとほのかな甘酸っぱさ。温かいものがこみ上げてくる。
シンジは知らずのうちに涙を流していた。
「ぼくは、泣いているの?」
溢れ出る涙で視界が歪んでくる。 それでも目を逸らすことはできない。目を離した瞬間彼女が消えてしまう気がした。夢、幻のように。
「ねえ、きみは誰なの?ぼくはきみを知っているみたいなんだ」
記憶は知らないとすげなく否定していた。心のどこかが確かに知っていると叫んでいた。
「ねえ、答えてよ。お願いだよ」
その数秒が息がつまるほどに長かった。
「わたし...わたしは綾波レイ...」
少女の声は蜘蛛の糸のように細く、しっかりと少年を捕えた。
「あ や な み れ い」
少年はその名を心に刻み込むかのようにゆっくりと復唱し、
そして、 微笑んだ。
「ぼくの名前は、」
少年が言葉を継ぐ前に、
「碇、シンジ...」
少女が言った。
「そっか。知ってるんだねぼくのこと」
目から溢れる涙をとめようともせず、少年は再び微笑んだ。
と、少年の視界を何かが横切った。一羽の鳥だった。
鳥は通りを横切り、ビルを飛びこし――いや、その前に消えた。
ビルの手前で唐突に。まるで何もいなかったかのように。
「消えた?」
少年ははっと視線を下に戻した。
そこにはあの少女の姿はなかった。
青い陽炎の粒子さえ一粒たりとも残っていなかった。
そう、まるで誰もいなかったかのように。 夢、幻であったかのように。
しかし、少年にはわかっていた。
ここで会わなかったのだとしても、確かに出会ったのだと。
セミの声だけが少年の耳の中でこだましていた。
そして、心の中で激しくこだましていたのは少女の名であり声だった。
その日、子どもたちが出会った。
確かにシナリオに定められた出来事ではあった。
しかしそれが不幸なことだとはいえない。
その行く手には悲しみと嘆きしかないように見えても。
出会いこそすべての始まり。
ただ大切なのは彼と彼女が出会ったこと。
ここから彼らの物語は語られるのだから。
そういう意味においては、
そう、これは運命の定めた出会いでもあった。
大変お久しぶりの乾です。
この話のテーマはセンチメンタルです。
第壱話のあの出会いのシーンがとても感傷的だったらなあ、
ということで短いですがリライトしてみました。
次はすごーく前に予告した短編の予定です。
長らく停止中の続き物はその次にきっと...
乾さんがンヶ月振りに帰ってきました\(^O^)/
綾波とシンジの出会いは運命的であったにもかかわらずtvでは後々触れられませんでしたね。
あの時はシンジは錯覚だと受け取ったようですがこれがこの話のように少しでも会話をしていたならまた未来が変わっていたかも。
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