**** 『りぼん』とマンガ評論 ****

  『りぼん』は低年齢の読者がターゲットであり、マンガ評論で『りぼん』の作品が取り上げられることは稀です。『りぼん』の評論していく前に、『りぼん』と少女マンガ評論との関係を整理してみます。

  ++History++にあるように、1960年代の『りぼん』の作品も少女マンガ史の中で取り上げられています。しかし、『りぼん』が雑誌として、マンガ評論にはじめて登場するのは、1970年代前半の『りぼん』、『りぼんコミック』が最初でした。本誌ではなく、関連誌がマンガ評論に取り上げられたというのは、『りぼん』よりも、新人に場を開放し、それまでは考えられなかったようなテーマ、メッセージ性を持つ作品が生まれたからです。
  当時の『りぼん』について非常に興味深い話があります。
「漫画の名セリフ」(P210)に書かれてことです。萩尾望都先生は『なかよし』で1969年にデビューされ、1970年まで『なかよし』で6作の作品を発表されています。当時、筆者のみなもと太郎さんが『なかよし』編集部に行ったときに、作家のアンケートの回答用紙の「『なかよし』の読者に一言メッセージを」という欄に、萩尾先生が、「『りぼん』を読みなさい」と書いてあったというのです。このメッセージはもちろん没になったようですが、萩尾先生は『りぼん』、『りぼんコミック』の評判が上がる前に、当時の『りぼん』、『りぼんコミック』から自分と同世代の新人の作品を読んで、今後評判が上がることを予知していたのです。

  1971年の『りぼんコミック』の休刊後、『りぼん』は1973年頃まで、一条ゆかり「デザイナー」、山岸涼子「アラベスク」など、24年組と呼ばれる作家の活躍が続きました。1974年頃から、陸奥A子、田渕由美子、太刀掛秀子を中心とした“りぼん乙女ちっくグループ”が人気となり、“乙女ちっく”は、『なかよし』、『マーガレット』にも広がりました。当時の『りぼん』については「たそがれ時にみつけたもの」を始め、多くの本に取り上げられています。

  1970年代半ば以降は、『りぼん』という雑誌自体が少女マンガ評論に取り上げられることはなく、作家別、作品別となりました。乙女ちっく後に活躍した作家として、池野恋、小椋冬美、萩岩睦美、本田恵子、柊あおい。国民的人気となった、さくらももこ「ちびまる子ちゃん」。アニメと関連して、水沢めぐみ「姫ちゃんのリボン」、彩花みん「赤ずきんチャチャ」。『りぼん』の人気作品として、矢沢あい「天使なんかじゃない」、吉住渉「ママレード・ボーイ」。子供も視線から作品を描き評判になった、小花美穂「こどものおもちゃ」。etc.
つまりは、『りぼん』は発行部数が最大の少女マンガ雑誌でありながら、『りぼん』を定期購読している評論家は少なく、講談社漫画賞を受賞したさくらももこ「ちびまる子ちゃん」、小花美穂「こどものおもちゃ」という例外を除いて、作品認識度は低いのだと思います。

  しかし、ネットの普及により近年、誰もが自由にマンガについての意見をいうことができるようになりました。今まではマンガ評論で、さほど取り上げられなかった『りぼん』の作品についても、活発な意見交換がなされています。評論家の意見ではなく、読者を中心としたマンガの感想・レビューは、『りぼん』の現状を知る上で重要です。

  ++Eassay++を始めるにあたって、これだけはいっておきます。

私は『りぼん』が大好きです。

『りぼん』に対して、キツイ意見が出ると思います。しかし、読者はマンガについて自由に評価・批判することができます。マンガを読んで楽しむだけでなく評価することは、作家本人、編集者にはない読者にとっての非常に重要な権利なのです。
『りぼん』に対して、人それぞれ、違った意見を持っていることと思います。これからの内容は、1りぼん読者の意見として読んでいただけると嬉しく思います。そしてこの意見を読むことで、『りぼん』を見る目が狭まるのではなく、広がるようになっていただければ幸いです。


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