『りぼん』全体

1.りぼんっこ
私は『りぼん』は「りぼんの日」に買うと決めています。発売日前に手に入る書店は多くありますが、やはり“りぼんっこ”(は「りぼんの日」に買うものでしょう。ここで裏の手を使うのは、“大きいお友達”(主に、男性の少女マンガ読者を指しますが、ここでは、少女マンガを読む大人の読者も含む)だと思います。

川崎市市民ミュージアムで開催された「少女まんがの世界展」に併設された「出版資料に見る少女まんが展」の配布資料に、「少女まんがに関する考察・エッセイ」(漫画史研究会)というものの中に素晴らしい文章があったので紹介したいと思います。

「我が家のマンガ体験・・・・・・」(百代の母)という文章なのですが、百代ちゃんという娘を持つ母親の視線で、『りぼん』に夢中になる’りぼんっこ’の姿が書かれているのです。
筆者の娘の百代ちゃんは、大の『りぼん』ファンで、一ヶ月前から発売日を楽しみにし、朝6時に起きてコンビニに『りぼん』を買いに入ってそのコンピニでの最初の1冊を買い、発売日は何も用事を入れす、りぼんデーとして家でずっと『りぼん』にかじりついています。好きな作品を抜き取り製本、イラストも切り抜き自分なりにレイアウト。批評も厳しくしています。百代の母さんも実は『りぼん』の元読者で子供のときに『りぼん』が大好きで、子供がマンガ雑誌を買いたいといったときに、『りぼん』にしなさいといったそうなのです。
この文章には『りぼん』という雑誌を通しての親子のふれあいがわかって、『りぼん』を愛する読者としては最高に嬉しく思います。最後はこのような文章で終わっています。

そういえば、さっき娘がつぶやいていた。「いつまでりぼんを買うんだろう」
それは『りぼん』が本屋に並ばなくなる日まででしょう。

百代ちゃんは『りぼん』を読まなくなる日が来ると思います。でも、『りぼん』に夢中になった思い出は残り、娘の姿に昔の自分を思い浮かべる百代の母さんのようになるのではないかと思います。こういった親子にとっては、『りぼん』は永遠なのかもしれません。


2.インタビューが読みたい
私は漫画家の人にサインを欲しいとかいうことをあまり思わない人なので行くことはないと思います。

漫画が好きだと、普通、漫画家に会いたいとか、知り合いになりたいとか思うものなのでしょうか?私は一条ゆかり・太刀掛秀子先生は別にして、漫画家と会いたい・サインをほしいということもあまり思いません。好きな漫画家であっても、サインよりも、漫画作品の方が嬉しいです。会うよりも、インタビューしたいと思います。

種村有菜先生のフリートークが論議を呼んでいます。(私は種村有菜先生の単行本を持ってないですし、フリートークを読んだこともないので内容に関して噂しか知りません)中でも、アシスタントとの関係について、今までには『りぼん』の漫画家が描かなかった仲の良さについて描かれてあるらしく、ファンの中に「種村有菜先生のアシスタントになりたい」という人がいるようです。まるで、アイドルと知り合いになりたいファンみたいだなと私は思いました。
また、種村有菜先生は、サイン会でイタイ事をされだという話がありますが、露出したいのなら、『りぼん』の漫画家を辞めてフリーになるといいのではと感じてしまいました。変に敵ばっかりつくってどうするんだ〜と思ってしまいます。

『りぼん』の漫画家は読者に近いようで、直接触れ合う機会は非常に少ないです。アイドルのようにサイン会をしたりなど、漫画を描く以外の活動を積極的に行いたいような人は『りぼん』の漫画家には向かないでしょう。『りぼん』の漫画家になったら、『りぼん』でのみ漫画を描く人になるという一見当り前のように思えることは、意外にも珍しいことなのです。

『りぼん』関連の漫画家で顔出ししている作家は、茶畑るり・楠桂先生。
茶畑先生はアイドルとして、楠桂先生はネットアイドルとしても活動されています。茶畑先生は、アイドル活動をメインにしてしまうのか、『りぼん』本誌の連載終了。楠桂先生も、フリーになられてから顔出しの活動をされるようになりました。明らかに、『りぼん』では漫画を描く以外の活動は歓迎されてないだろうと感じられます。

『りぼん』ではまんが祭も開きますが、『なかよし』よりもどう考えても地味。(今年は『なかよし』はサイン会の全国行脚だそうです)サイン会やるなら、漫画を描けという雰囲気がやはりします。

『りぼん』の漫画家のインタビューも、やはり少ないです。そもそも、集英社の漫画家が少ない感じがします。講談社・小学館の漫画家はそれなりにありますし、白泉社・角川書店に関してはそこら中にある感じがします。雑誌編集者のインタビューも、集英社は地味極まりないですね。(少年・青年誌は別の話。『少年ジャンプ』の歴代編集長はすべてインタビューがたくさんありますし、本まで書いているくらいですから)

では、エッセイマンガを多く描いているさくらももこ・一条ゆかり先生がいるじゃないかという見方もできると思うのですが、作品(漫画・書籍)を通してしかお2方はマスコミに出ていません。
対して、池田理代子先生はマスコミで取り上げられたり、里中満智子・大和和紀先生は、漫画賞の委員とか組織の運営委員とかされたり、安野モヨコ先生にしても、結構硬派なことを口では言っていますが、あちこちに露出されています。

漫画家が露出することを否定しているわけではありません。『りぼん』関連の漫画家の露出の低さを異様に感じるのです。『りぼん』関連の漫画家として知名度がもっとも高いさくらももこ・一条ゆかり先生レベルであの程度なわけですから、『りぼん』の重鎮、池野恋・水沢めぐみ・吉住渉・椎名あゆみ・小花美穂先生に関しても異様の露出度の低さも納得できるところです。そもそも、上の方々の中で露出したいと思うような人はいないように感じます。反対に、隠れてしまうような感じ・・・
矢沢あい先生も『りぼん』を出て、他誌での最初の単行本で企画が上がるのは当然なのですが、自分からやりたいとか思う人とは感じられません。ファンの前に出ることを緊張してしまうタイプのように感じます。

最初に描いたように、私は漫画家の漫画以外の活動にそう興味があるわけではないので、『りぼん』のシステムは合っているように感じます。
しかし、あまりにも、『りぼん』に資質が合う自分が恐ろしい。そういう観点で『りぼん』を読んでいるからでしょうけどね・・・自分の方に『りぼん』を引き寄せているというか。


3.
『りぼん』は何故売れるのか?
皆さんはどうして「りぼん」が他の雑誌よりも売れるのか考えたことってありますか?

児童向け少女マンガ雑誌は、少女マンガ雑誌の入門誌であるがゆえに最も売れます。
児童向け少女マンガ雑誌の中では、『りぼん』が最も売れています。『りぼん』は1981年以降、2002年9月号まで発行部数が少女マンガ雑誌の中でNo.1でした。

私は『りぼん』の発行部数を考えるときに、『なかよし』の発行部数の動きに注目します。
『なかよし』が発行部数が伸びている理由は『なかよし』の作品など一切読んでない私でさえ非常に簡単にわかります。70年代後半は「キャンディ・キャンディ」、1992〜4年は「美少女戦士セーラムーン」というわけです。
では、『りぼん』はどうなのでしょうか?1980〜1994年まで増え続けた理由を、複数の作品に置き換える事で説明ができなくもないですが、15年という長い間に渡って増え続けた原因をその作品だけに断定するのは感じます。ひっくり返せば、発行部数が減った原因を作品から説明するのは難しいということなのです。

私は『りぼん』が作品ではなく、『りぼん』というブランドそのものに秘密があると感じるのです。
私は特定の作品が持つ力ではなく、『りぼん』そのものが持つ力が、『りぼん』が売れる原因につながっていると感じます。まあ、私は『なかよし』、『ちゃお』を読んだ事も、読みたいを思った事すらないので、他誌と比較することができないからこういう発想になるのかもしれません。

  • 3誌の中で王道を行っている部分が読者に安心感を与えるから。
  • 漫画家の層の厚さ(次々と出てくる新人の多さ)
  • 今の『りぼん』に不満を持つ読者が大勢いますが、ひっくり返せば『なかよし』・『ちゃお』よりも圧倒的に年齢層が上の読者が多いから。(惰性を含めて。長く低年齢向きの雑誌を読みつづけるには惰性はとても重要な要素だと思います。)

とか、いろいろ考えられますので。


4.単行本の柱
私が『りぼん』を読み始めた1984年と現在を比較すると、『りぼん』の読者同士の関係はインターネットを通じて様変わりしました。しかし、それと同じくらいに、漫画家と読者の関係もかなり変化したように思います。
HPを開設している漫画家はインターネットを通じて変化したと思いますが、HPを開設している人の割合は漫画家全体の中でまだまだ少ないことから考えると、これからといえるでしょう。私が変わった原因と考えているのは“単行本の漫画家の柱のトーク”です。

RMCだけでなく、他の少女マンガの作品の単行本を含めた一般的な話になりますが、ほとんどの人が漫画家の柱のトークを楽しみにしていると思います。雑誌で一度読んでいる人はそれを目当てに買うくらいでしょう。

今では当り前となっている柱のトークも、80年代前半の頃は漫画家の書き込みは少なく、カットなどで埋め合わせされていました。
私が始めて読んだ単行本の柱は「CIPHER」(成田美名子、全13巻、白泉社)だったと記憶しています。洋楽の話・3頭身キャラによるパロディマンガなどが柱に描かれていました。小4、5の頃(1985、6年)なので、私はまだRMC以外のマンガを多く読んではいませんでしたし、姉が友人から借りてきた作品であったので、作品・作家をまったく知らない私にとって柱のトークは作品を身近に感じるきっかけになりました。

しかし、「CIPHER」を読んだ後もRMCは柱に不満を感じることはありませんでした。作品・作家を身近に感じる手段としての単行本の柱のトークなど私にはまったく必要はなかったのです。
それは、『りぼん』本誌と作品との連携と、作品の中に隠されている漫画家の遊び心があったからだと思います。

本誌との連携とは、「こちらまんが情報」、「前号までのアラ」、「ふろく」(りぼん新聞・りぼん漫画家図鑑)などのことです。

1992、3年までの「こちらまんが情報」は現在と同様、新連載作品の特集、本誌初掲載漫画家の紹介などもありましたが、通常は複数の漫画家があるお題を与えられて(読者からのリクエスト)イラストで応えるといったものでした。読者のリクエストで複数の漫画家の素顔を同時に見ることができてとても好きなコーナーでした。

「前号までのアラ」は80年代中盤の読者コーナー内にあった、前号の作品のアラを読者が投稿し、作品の担当編集者がユーモアを持って応えるというコーナーでした。編集部の逆襲というコーナーもあって、勘違いの投稿をこれまたユーモアで切り返すという、アラを指摘するというマイナスに見れる要素を見事楽しみに変えてしまうというコーナーでした。

ふろく(りぼん新聞・りぼん漫画家図鑑)は今でも似たようなものはありますが、70年代後半は異様に豪華でした。(私はリアルタイムでは見ていません。コピーや御譲りいただいたふろくを見て驚いています)

例えば、1997年10月号ふろくの「りぼんオールまんが家名鑑」で吉住渉先生は、“尊敬する人”の欄が「矢沢あい(笑)」となっていました。皆様ご存知のように、吉住渉先生は矢沢あい先生と仲がよろしいのですが、わざわざ“尊敬する人”の欄に名前を書くというのは何か不自然に感じられると思います。しかし、1992年11月号の「こちらまんが情報」“こんな人を尊敬します!!”を読んでいる人には、その意味が分かってしまってしまうのです。吉住渉先生は「りぼんオールまんが家名鑑」の“尊敬する人”の質問を見たときに、5年前の「こちらまんが情報」のいきさつを思い出したのだろうなとか考えるのはとても楽しいことです。
「天使なんかじゃない」(矢沢あい、全10巻)のイラスト集を見て、吉住渉先生がゲストに招かれていることや、柱のフリートークからも、お2人の関係は十分に想像つくとは思います。しかし、例に挙げたようなことや、「天使なんかじゃない」の“バイトの吉住”や、“矢沢あい先生によるすず(吉住渉「ママレード・ボーイ」のキャラクター)”を見たほうが、お2人の本当の関係を感じることが私にはできるのです。

漫画家の遊び心とは、本編とは関係ない描きこみや、作品を手伝われた他の漫画家による落書きなどのことです。(上の例も、矢沢あい先生の遊びです)

『りぼん』の漫画家の遊び心で最も有名なのが、「おしゃまさんリュリュ」(おおやちき、1974年4〜8月号、入手困難)でしょう。少女マンガ最初の評論本「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ」(橋本治、河出書房新社、1984年)などに取り上げられています。(おおやちき先生のプロフィール)おおや先生は緻密な書き込みの多い絵柄だったのですが、作品の中に“けむし”を隠し、読者に探させるという本編とは一切関係ないことをされたのです。
最近では、
「天使なんかじゃない」の1992年5月号のカラーページの、“マミリンを探せ!”というものなどがあります。

上の例は、絵による遊び心ですが、本編とは関係ない文字による書き込みも、乙女ちっくマンガ作品(陸奥A子、田渕由美子、太刀掛秀子etc.)を中心にありました。
「なっちゃんの初恋」(太刀掛秀子、全1巻)P59に、
「11/29 MINORI KYOWA ODOKASETE GOMENNE OBASAN ARIGATO▽▽HAJI. KI・O・TSUKEMASU…;;HA.HISABISA NO RAKUGAKI.OTEGAMI ARIGATOGOZAIMASU…
OHENJI GOMENNASAI」
という落書きがあります、MINORIとは太刀掛先生のお友達で、当時講談社で活躍されていた漫画家・瀬戸みのり先生のことです。私は太刀掛先生の落書きの中から、読者への感謝の言葉、漫画家の交流、先生の好きないろいろな情報(花ぶらんこの魔法で触れているきつねの窓etc.)を拾い集めてきました。

私は柱のトークが嫌いというわけではありません。面白い柱のトークを描かれる方は大勢いらっしゃいます。(谷川史子先生の“告白物語”が私は好きです)
しかし、いつから漫画家はこんなにもおしゃべりになったのだろうかと思いたくなるほど、柱のトークで語る方が増えたと感じます。漫画家のトークはヤングレディースマンガ程度の分量がいいのではないでしょうか?漫画家は余白で語るのではなく、より作品として完成度の高い状態に持っていくことが漫画家のするべきことだと私は感じます。
漫画家は漫画を描くということでしか評価してもらえない、勝負するしかない、伝えることはできない職業ではないでしょうか?読者に伝えたいことがあるならば、作品で表現していくべきだと私は思うのです。

漫画家のトークは聞きたいのですが、多すぎて漫画家をうるさく感じることがあります。漫画家と読者の間の柔らかい関係が、濃くなってよくなった部分もある一方、余裕や以前楽しんだような遊びができなくなっているように感じます。


5.
『りぼん』の感想を書く 2002/05/04

『りぼん』の感想は現在停止中です。感想を停止するにあたって、私の『りぼん』の感想に対する意見を1つ書かせていただきます。

私は、ホームページで『りぼん』の感想を1人でも多くの方が書きはじめられることを望んでいます。『りぼん』の感想を書くことは、『りぼん』への見方を深め、広げることにつながります。『りぼん』が好きな読者にとり、それは楽しいことではないでしょうか。

現在、『りぼん』の感想は掲示板での意見交換が中心だと思います。

読む側から見ると、掲示板は参加者一人一人はでは自己主張しているつもりであっても、1つ色に染まって見えるものです。(匿名で投稿する掲示板では特に。)感想を読む側とすれば、単一的な意見が多く見えてしまいます。

また、参加する側からすると、掲示板での意見交換というのは、時が経つと必ず飽きてしまう可能性が高いものです。なぜならば、同じ掲示板だと、結局同じことの繰り返しになってしまうからです。掲示板に参加しはじめたころは、何事も新鮮で楽しいのですが、1年も続けると同じ議論ばかりが空回りしていることに気づくはずです。前にも議論したじゃないと感じても、新しく来た人もいるわけで、前やったからで済まされることではなかなかなく、同じことが繰り返しているように感じるのです。

掲示板を通じて、他人の目に自分の意見をさらし、自分の書き込みへのレスにより刺激を受けないと『りぼん』に関心がわかない人は、掲示板で意見交換をしたり、感想を書くほうがいいと思います。(サイトでの感想というのは、感想の感想をもらう事はあまり多くありません。)
しかし、誰がどうということがなく『りぼん』が好きな人は、ご自分のサイトを開設して感想を書くことをオススメします。自分のペースで、自分のスタイルで、大好きな『りぼん』について好きなことを書く。楽しいことのはずです。

中には、自分の書いた感想が他人に叩かれることに心配な人もいるかもしれません。私はそういうことを気にしない人なので、気持ちはわかりかねますが、気になるなら辞めたほうがいいかもしれません。必ずあります。感想は個人的なものであって、すべての人に誰かに共感・理解してもらおうと思うことが無理なのです。

しかし、私が今まで感想を書いてきたところの印象では、『りぼん』の感想への批判は気にするほどのことのものはありません。
それに、ただが個人の感想に振り回されている人を相手にすることもないでしょう。人の感想は、所詮人のもの。つまらなかったらつまらない、気に入らないなら気に入らないで終わりにするのが筋だと私は思っています。
『りぼん』が好きな気持ちが強ければ、強いほど、こういうことは気にならないものです。

私が感想を書くは、自分への記録です。“りぼん日記”を付けているのです。私は『りぼん』の感想をいくらでも書けます。でも、読んだ時のことのすべてを後で思い出せることはないので、とりあえず、一部でも記録を残しておこうという気持ちで感想を書いてきました。

『りぼん』の感想を書くサイトが増えていくということは、きっと読者一人一人の違った見方の感想が読めるようになり、『りぼん』関連サイト全体が盛り上がることになると思います。

掲示板に飽きたら、ご自分のサイトで『りぼん』の感想を書いてみて下さい。きっといろいろな発見ができると思います。
私が『りぼん』の感想を書かないことで、少しでも『りぼん』の感想サイトが増えてほしいと思います。


6.
4コマの感想 2000/12/22

今までに何度も“4コマの感想を書かないのですか”と言われていますが、

4コマも読んでいますが、私はストーリーマンガが関していろいろと感想を書くのが楽しいのです。
『りぼん』の感想を書いているというよりもむしろ、『りぼん』に関していいたいことがあるので書くという気持ちで感想は書いています。
内側から出てくるものを楽しむというのが第一なので、今は書いてはいません。

とその度に答えています。なんて曖昧な…

私は4コマ(ショート&ギャグ)は、面白いか面白くないか、受けるか受けないか、つまり○か×かしかないと思うのです。ストーリー漫画は、それだけでは判断できないものがあると思います。それを感想を書くことで出しているのです。

ということで、4コマの感想は現在のところ書く予定はありません。


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