全体

13.小花美穂先生フリーに

「アンダンテ」の最終巻での小花先生のコメントを見てから、何かがすっと落ちた気持ちがしました。

私は小花先生がフリーになることは、大変喜ばしいことだと感じています。
私は様々な漫画家が『りぼん』が出て行くことを体験し、また過去の『りぼん』を調べる中で多くの昔の漫画家の存在を知るようになった90年代以降、『りぼん』の漫画家が『りぼん』にとどまることに執着しなくなりました。
『りぼん』を出て行くことが普通であり、長くとどまることさえ異例であるという認識でいます。

小花先生は『りぼん』の漫画家の中でも、特別な位置にいた漫画家だと思います。それは、トップ・オブ・ザ・りぼんとなったからという意味ではなく、マンガ評論で作品を取り上げられている漫画家であるという点です。

『りぼん』の漫画家は、乙女ちっく漫画家が活躍した70年代以降、ほぼマンガ評論とは無関係の位置にいます。
しかし、小花先生は違います。「こどものおもちゃ」に関する文章はかなりありますし、その後の作品についても、ライターにチェックされており、文章内に出てくることがあるのです。

小花先生の「アンダンテ」のフリートークの文面は、
今後『りぼん』で連載はしないけれど、『りぼん』で読み切りは書かないことはない、つまり『りぼん』を完全に卒業したわけではない
というものでした。これは言葉のあやだと思います。基本的には『りぼん』で作品を発表することはあっても、描き続ける可能性は限りなく少ないと思います。

今まで、『りぼん』を出ようとしたのに出られなかったのは、水沢先生くらいです。『クッキー』いっても『りぼん』に戻れって言われているのをよくみましたが、水沢先生はオトナ向けの作品を描けていませんから、いわれて当然だと思います。『りぼん』の読者の方が、一番ではなくても水沢先生を好きな娘は、よくいますので『りぼん』と『クッキー』との並列は水沢先生にも会っていると思います。(私の中では、水沢先生は「チャイム」で終わっている…)

小花先生がオトナ向けの作品を描けないのはかなり考えにくいです。(マンガ評論にも取り上げられるような漫画家がありえません。)単行本の言葉は、編集者側として、漫画家と読者を安心させるために逃げ道を用意しているだけで、実際には『りぼん』から出ていると私は判断しています。

現在、小花先生はご結婚から少し経ち、「こどものおもちゃ」以降2作の連載を終え、公私とも平穏で、かつ充実した状況にあると感じます。『りぼん』を出るということは、異常なプレッシャーを漫画家に与えるもののようですが、今の小花先生であれば、それをしっかりと乗り越えられる要素がそろっているように思われ、非常に楽しみに感じています。

小花先生の他誌第1作は『クッキー』の「分解ファイル」でしたが、私は読んでいません。広告を見たら巻頭カラーではなく、これは足慣らしにしか過ぎないと判断したからです。
いい方は悪いですが、長谷川潤先生でさえ巻頭カラーだった『クッキー』第1作を、長谷川先生よりも上の位置にいる小花先生が巻頭カラーでないというのは考えにくかったのです。
「NANA」の大ヒットで勢いある『クッキー』。矢沢先生よりも小花先生は後輩ですし、マンガの評価も下なので、下にまわることもできますが、『りぼん』を出てそうそう、下に周るんだったら、『りぼん』にいたほうがいいってものです。もっとおいしい餌があるはずだと踏みました。

私は『りぼん』のトップに上りつめた漫画家が『りぼん』を出る際には、派手に、豪華に、丁重に、完璧に、大胆に異動していただきたいと思っています。
というか、今まで、『りぼん』のトップまでいき、人気をある程度保って出られた漫画家は、軽い扱いを受けた方はいらっしゃらないので、丁重に扱われて当然だと思っているのです。

単行本ではあんなことを書いていたし、りぼん新人漫画賞の審査委員も抜けていないし、まだまだ『りぼん』にいるのかもと思いかけたそのとき、

「S-MANGA 女性マンガメールニュース 11/19号」にて
★★コーラス1月号(11月28日発売)のおしらせ!!★★
りぼんやクッキーなどで活躍中!少女漫画界を代表する『こどものおもちゃ』のBIG作家・小花美穂が、満を持して女性漫画誌初登場!!
超大型読みきり・巻頭50P!!『あるようでない男』。

きた!と思いました。
巻頭カラー、盛大な煽り文句、『りぼん』の読み切りの続編…
『コーラス』は一条先生の新連載が2月号から始まることを知っていたので、「2月号は読まないと」と思っていましたが、これは読んでおかないとと思いました。

「あるようでない男」は、それなりに楽しめましたが、力は入っている!という感じがして、読み終えて疲れました。(前の作品の方がよかった。。)

ED(勃起障害)の部分で、『りぼん』でははっきり書けなかったという書き文字がありましたが、文字にしただけなのにそんなに力いれてどうするんだと感じました。
性的障害がある男性が描かれている作品では、「お天気予報」(槇村さとる、ヒーローがインポテンツの設定)がいままで印象的でした。
「あるようでない男」も悪くはないのですが、槇村先生と比較するとなると、槇村先生の上手さを感じずにはいられません。槇村先生は、ヤングレディースの分野をひっぱる第一人者ですし当然ですが。

『コーラス』2003年4月号から小花美穂先生の新連載が始まるようです。あまり、女性誌だからとか意識せず、のびのびと描いてほしいです。
「NANA」があるため中途半端なプッシュしかできない『クッキー』よりも、編集長は元『りぼん』編集者(嶋田さん)で、リニューアル直後でなんでもありで、女王様(一条先生)とも面識があるってことで、小花先生の異動先としては『クッキー』よりも『コーラス』のほうがいいのではないでしょうか。
私の中では小花先生ではなく、吉住渉先生が『コーラス』へ行かれるはずでした…小花先生と同じ論理で、吉住先生が『クッキー』で矢沢先生の下は絶対にありえませんし、同等プッシュをできる余裕が『クッキー』にあるとはおもえず『コーラス』でしょっと。

『コーラス』で1つ連載を終えた後に、他社の雑誌へ移るのも面白いと思います。個人的には、『メロディ』とか面白そうとか思いますが、青年誌とか。
今後の小花美穂先生の動きからは目が離せません!


14.槙ようこ先生、猛プッシュ!

2002年11月15日は、りぼんマスコットコミックスの11月分の発売日でした。
発売された単行本は

【RMC】
「愛してるぜベイベ★★」第1巻(槙ようこ)
「ペンギン☆ブラザーズ」第5巻(椎名あゆみ)◆
「花もようのワンピース」(水沢めぐみ)
「めだかの学校」第4巻(森ゆきえ)
「ドキドキのおまけ」(福米ともみ)

「有閑倶楽部」第19巻(一条ゆかり)◆

【RMC Cookieシリーズ】
「一緒にごはん」第1巻(谷川史子)◆
「骨董あなろ具屋」(山野りんりん)

の8冊です。(◆は私が購入したもの)

この月の目玉は、とにかく「有閑倶楽部」でした。
『コーラス』のリニューアルの目玉として連載された新作の評価は低く、前作「天使のツラノカワ」最後のドタバタ劇(『コーラス』リニューアルのため連載が急に終了した)もあり、「一条ゆかりは、終わった。」との声がはっきりといわれている中での発売でした。

私が知る限り、『りぼん』から『コーラス』に移って以降すべて、「有閑倶楽部」の新刊はすべて売上ランキングで1位を獲得していました。作品を素直に楽しむだけでなく、
「19巻は売上ランキングで初登場1位を獲得することはできないのではないか。では、どのくらいの順位なのか。」
も、深い関心事でした。

次は、「ペンギン☆ブラザーズ」の最終巻です。
「ラストに描き足しがあるのか。あったら何を描いているのか。」
これも、やはりとても興味深い事でした。

3つ目は、「愛してるぜベイベ★★」の売上ランキングの順位です。
「10位以内は難しいだろうけれど、近いところまでいくかな。」
などと漠然と考えていました。

11月コミックスの売上ランキングの結果は、

【トーハン】

第2位「有閑倶楽部」第19巻(11月20日付

第3位「有閑倶楽部」第19巻(11月27日付

【三省堂書店】
第1位「有閑倶楽部」第19巻(11月17日付
第8位「ペンギン☆ブラザーズ」第5巻(11月17日付
第20位「愛してるぜベイベ★★」第1巻(11月17日付

第4位「有閑倶楽部」第19巻(11月24日付

【MangaZoo】
第1位「有閑倶楽部」第19巻(11月22日付
第10位「ペンギン☆ブラザーズ」第5巻(11月22日付

第2位「有閑倶楽部」第19巻(11月30日付

でした。
「有閑倶楽部」の結果は2位でした。(トーハンのランキングが重視される傾向にあるので。)ただ、1位になっているものも多かったりと、心配したほどは順位に変化はありませんでした。まあ、落ちるならこれからなのかしれません。

「ペンギン☆ブラザーズ」は、10位以内にくいこんでいるランキングもあり、大健闘だと思います。「アンダンテ」の最終巻よりは順位は低いですが、『りぼん』で連載が終了した後に、『りぼんオリジナル』で2回にわけて完結編を発表する、いろいろと荒れた作品だっただけに、不安定な状況の中でも、ファンが待ち望んでいた単行本であったといえると思います。

「愛してるぜベイベ★★」は、三省堂のランキングでかろうじて20位に入っただけで、初版の発行部数が少ない(同月のRMCの順番は、初版の発行部数が多い順にRMCの若い数字となります。)「ペンギン☆ブラザーズ」にも大きく水を開けられ、あまりの数字だと思いました。

ちなみに、「満月をさがして」は、
第5位 「満月をさがして」第1巻(6月19日付
第3位 「満月をさがして」第2巻(10月23日付
でした。
第2巻は、1位「NANA」、2位「フルーツバスケット」と「満月をさがして」と格上の大ヒット作品についでの3位ですから、「満月をさがして」は、トップ・オブ・ザ・りぼんとして、充分な数値を上げているといえます。(3巻は1位いくと思います。)

槙先生は人気がある若手という点で種村先生と比較されます。私は槙先生よりも種村先生の方が、漫画家としてのレベルは上だと思っていますが、どちらの方が好きかというと槙先生です。
槙先生が好きというよりは、種村先生の作品・個人に興味をひかれませんし、作風が苦手なのです。趣味があわない、感性があわない。。この年になって、種村先生の作品があっていたら…
槙先生の作品は、感性があわないということもなく、普通に楽しめるわけです。

「愛してるぜベイベ★★」は、面白い作品だとは思いますが、現段階では、『りぼん』内ヒット作レベルの人気しかないことは上記の結果から明白です。
「愛してるぜベイベ★★」第1巻の直前に「愛してるぜベイベ★★ 槙ようこスペシャル」が発売されましたが、これはもっと売れなかったでしょうね…売れるという勝算があったのなら、大失敗というところのような気がします。一度失敗があると、次に影響しそうで困るところです。単行本の売上くらい把握してからの方が…企画は面白いと思うので続けてほしいですが。

単行本の売上惨敗の「愛してるぜベイベ★★」。作品を読んで感じている、足りない!不安だ!と感じるところを少し整理しておきます。


(1)キャラ
これに尽きるかもしれません。ヒット作と呼ばれる作品には、基本的に魅力的な主要キャラが最低4人います。さらに、魅力的な脇キャラがまわりを取りかこんでいるわけです。
現役第一線今年デビュー35周年の一条ゆかり先生は

「漫画を描くのに一番大事なことは魅力的なキャラクターがいかに沢山描けるかにかかっている!」
−「だれでも少女まんが名人」(監修・一条ゆかり、協力・りぼん編集部)

といわれています。(“沢山描ける”は、人物面も、絵柄面も両方ともってことでしょう。)

槙先生の連載作品は、すべて主要キャラが3人。
「ソラソラ」(空子・空緒・結季)
「あたしはバンビ」(麻衣・泉・八重蔵)
「愛してるぜベイベ★★」(結平・ゆずゆ・心)
槙先生の作品が、ファンの間からも長期連載向きではない、長期連載でもないのにまんねりだといわれてしまう由縁はここにあると思います。

ちなみに、11月発売の単行本で比較した一条先生の「有閑倶楽部」で主要キャラ6人(悠理・清四郎・魅録・可憐・野梨子・美童)、椎名先生の「ペンギン☆ブラザーズ」で4人(陽菜・一色・西崎・小柴)います。あと、種村先生の「満月をさがして」で4人(満月・タクト・めろこ・若王子or英知)を出しています。
どんなに長期な作品であっても、主要キャラは4人というパターンが多いように思います。(「星の瞳のシルエット」とかは5人ですが。)
もちろん例外もありますが、「ポーの一族」(2人)、「風と木の詩」(3人)、「日出処の天子」(3人)とか世紀の大名作レベルなので、基本範疇にいれなくてもいいような気がします。(主要キャラの魅力は、そこいらのキャラとは比較にならないレベルですし。少女漫画をかえた作品に常識は無用でしょう。)

今後、「愛してるぜベイベ★★」という作品を伸ばしたいなら、キャラの追加は必須項目となると私は考えます。
「こどものおもちゃ」の小学生編は、紗南・羽山と主要キャラは2人のみで、残り2コマを倉田家(紗南の過去)、羽山家(家族崩壊)で埋めていました。(連載から1年以上この状態。)そして、後半は、直澄・風花が加わり、最終的に「こどものおもちゃ」の主要キャラは、紗南・羽山・直澄・風花の4人となりました。
「愛してるぜベイベ★★」でも、途中から主要キャラを増やためには(というか、作品を面白くするためには)、大掛かりなエピソードを作っていかないと入りません。(「こどものおもちゃ」では、恋愛・羽山負傷・紗南人形病とたてつづけで2キャラをねじこんでいます。)

私は、正直いって槙先生に大掛かりなエピソードによる主要キャラ追加を期待できません…脇キャラの中からメインをたてて、作品を続いていくような気がします。その程度では、対して作品レベルがあがるとは思えず、やはりかえてくれとは思いますが。

(2)担当編集者
槙先生の担当編集者は、トミーです。
トミーの担当したヒット作品には、「こどものおもちゃ」(小花美穂)、「ご近所物語」(矢沢あい)、「GALS」(藤井みほな)などがあります。(あえて(「時空異邦人KYOKO」(種村有菜)はいれない…あれは、編集者としての実績にはカウントされなそう)
トミーのヒット作「こどものおもちゃ」・「ご近所物語」・「GALS」の特徴として、オトナでも楽しめる、オトナが子供に読ませることに納得できる作品といえるのではないでしょうか。3作品ともレベルが高い作品だと思いますし、漫画家それぞれの長所を最大限に引き出されたいい作品だと思います。

現在、担当している漫画家も、槙ようこ先生を筆頭に、大注目株の酒井まゆ先生。やっと巻頭・表紙の仕事ができた亜月亮先生などいらっしゃるようです。(前川涼先生もまだ御担当されているのでしょうかね…)

ヒット作が多く実績十分、漫画家の信頼も十分?、読者コーナー担当経験あり、さあ、槙先生も安心だ!と普通はなるところだと思いますが、私は多少不安です。
別にトミーが嫌いとかそういう話ではありません。槙先生との相性の問題です。

トミーは小花先生と相性バッチリということから考えて、酒井先生とは相性があいそうで、今後の酒井先生は安泰という気がします。
中堅どころだった藤井先生の長所を生かした部分から、亜月先生との取り合わせも何やら期待してしまう感じ。
しかし、槙先生とは…?

上記で書いたように、トミーは優等生的な作品がかなりお好きなようです。しかし、槙先生の持ち味は優等生的なものより、エンタテインメント的な部分のように私は感じます。
2003年2月号ではゆずゆの母親がゆずゆに虐待をしそうになったエピソードがありました。「槙先生には、子供の虐待はもちろん、育児ノイローゼも描けないだろう。だれか止めてくれ〜」と私は感じました。

トミーは実績十分な編集者、槙先生は若手の漫画家となれば、槙先生がトミーに引きずられる・言いくるめられるという印象を受けるのです。それが私は怖いのです。
意識しているということは、期待していることは確かなので、不安を打ち消す成長を槙先生に望みます。(補)

(3)年齢差ある恋愛もの

「愛してるぜベイベ★★」のヒロインはだれでしょうか。ゆずゆか、心かで作品の読み方が変わってくると思います。
普通に読むと、「愛してるぜベイベ★★」のヒロインは、ゆずゆです。「愛してるぜベイベ★★」という作品はゆずゆがでてきたところからスタートしているのですから。

心がヒロインの場合は、「MARS」(惣領冬実、KC全15巻)パターン。
零は実際には暗い過去・複雑な家庭事情・トラウマ持ちだったわけですが、かっこよく、明るくて、モテて、女に軽く、でも悪意はなく、歪んでないという点で結平と重なり、キラはレイプ被害者で男性恐怖症で対人関係に難点があったわけですが、複雑な家庭事情で笑顔を忘れているという点で心と重なります。
結平と心との関係を描くのであれば、ゆずゆの時以上にエピソードを加える必要があります。心の家庭問題悪化→心ぶっ壊れ&学校以外で2人っきりくらいは描きそうですが、まだまだ全然設定の稀薄さ、エピソード不足を感じます。

ゆずゆがヒロインの場合は、年齢差ある恋愛ものパターン。
これについて、超メジャー作品を例にあげて整理します。(  )内は2人が出会ったときの年齢。

[1]源氏物語(引用は、「あさきゆめみし」(大和和紀、KC全13巻より)パターン
…光源氏(18)&紫の上(10)[8歳差]
源氏が幼い紫の上に惹かれた理由は、「自分と似た境遇」(幼い時に母親を亡くす・母親の身分が低く正妻の子ではない)と、「いとしい人の面影」(亡母に似ている藤壷への募る恋心と藤壷からの拒否、そして藤壷の親戚である紫の上)でした。
この設定がある漫画作品は、「砂の城」(一条ゆかり)と、「ぼくの地球を守って」(日渡早紀…前世という面での面影)などがあります。

「愛してるぜベイベ★★」では、結平とゆずゆの間には「源氏物語」のような設定はありません。
男性からすれば、源氏のように幼い娘を自分の究極の女性として育ててみたいという欲求をもちそうですが、とりあえず、結平とゆずゆの間は純粋に「男の子が自分の子供でもない女の子を偶然育てることになる」部分だけのこっています。

[2]ガラスの仮面(美内すずえ、HC既刊42巻)
…真澄(24)&マヤ(13)[11歳差]
「ガラスの仮面」は連載が長い作品なので、さまざまに肉付けされていますが、大会社のやり手の若社長の真澄氏がただの中学生のマヤに惹かれた理由の最初の記述は

「その小さな少女のどこにあれだけの情熱がひめられているのか…」(第2巻43ページ)
「情熱…おれは自分の人生に情熱を感じたことがあったろうか ただ速水家と速水の父のためだけ生きてきた…」(第2巻44ページ)

となっています。つまりは、「憧れ」です。
少女マンガではこのパターンは、非常に多いです。大人がヒロインの純粋さの前に、手を出せない、口では意地悪なことをいいながら実際は何よりも大切に思っているというシチュエーションは、読者の心をゆさぶり、“年齢差ある恋愛もの”の中にさらに“教師もの”というジャンルを確立しているほどです。
女の子は、「好きな男の子にとって自分が特別でありたい」と願います。年の差のあるカップルだと、ヒーローの年齢が高くなり恋愛にセックスがついて当り前になりますが、少女マンガである以上、セックスばかりしている関係を描くわけにはいかず、「手も出せない神聖なもの」としてヒロインを位置づけることでバランスを保とうとしているのでしょう。(「クローバー」でのOLもの、「抱いて・抱いて・抱いて ダーリン」とかのヤングレディースだと、年齢差があろうとセックスありきですが。連載が長くなって、ヒーローがずっとおあずけだと、私は不自然さと、同情を感じてしまいます。)

「愛してるぜベイベ★★」の結平は、ゆずゆに対しての「憧れ」は描かれておりません。これは当然のことで、現在の年齢で、結平がゆずゆにほれたら、結平が単なるロリコンでしかありませんから。ゆずゆと関わることで、結平の生活に変化が出ている(学校を早退したり、お弁当を作ったり、保育園の送り迎いをしたり)だけで充分だと思います。

実際に、2人の今後の関係を描くのであれば、2人を引き離す&時間を飛ばして(単純にゆずゆが母親の元に返ればいいだけ。)、再開したときにくっつければいいでしょう。よくあえる位置にいたら、結平は他の人を反対に選んでしまいそうなのに、早々距離に移動することも自然さを出すためには必要かなと思います。

(4)家庭環境

「愛してるぜベイベ★★」で不明確要素として、家族設定もはずせない部分です。

■坂下ゆずゆの家族設定

父親死去&母親失踪。父親の設定&死亡原因等は不明。母親・都は結平の母(名前不明)の妹。都は育児ノイローゼによりゆずゆを折檻。それが原因で、育児への自信をなくし蒸発…

男と逃げたとか、ゆずゆに特別な才能がありそれを伸ばせるところに養育権をゆずったなら、蒸発の説得力がありますが、亡くなった旦那の肩身であるゆずゆをほっといて蒸発するには、児童虐待の事実は弱いと感じます。

通常であれば、ゆずゆの祖父母が引き取るところ。
まず、父方の祖父母ですが、父親とは死別であり、離婚したわけはありません。そのため、父方の祖父母としては大切な息子の子供。かわいい孫。それをひきとっていないことから、父方の両親がいないか、すでに他の兄弟の子供と同居し孫もおり、引き取れない特別な事情(ゆずゆの父親が両親とおりあってなかった・都との結婚に反対して勘当状態にあり、都とは折りが悪いetc.)があるのかもしれません。(でも、嫁はにくいが孫は別という気がする。)設定が不明確な部分です。
いずれにせよ、ドラマを作れる可能性が高い部分です。例えば、作品を盛り上げるためには、ゆずゆの両親の結婚には何かしらまわりとの摩擦があったなどと展開させ、ゆずゆが巻き込まれて、結平が間に入って解決したりする展開が考えられます。

次に、母方の祖父母ですが、結平の母親は都の実の姉であることから、結平の母親の親にもあたります。片倉家は3世帯同居で、結平の祖父母も同居していますが、当然のことながら結平の父親の両親と考えらえます。母方の祖父母も、父方と同様にすでに亡くなっているか、すでに息子(都と結平母の兄か弟)と同居し孫もおり、引き取れない特別な事情があるかもしれません。娘の孫で、息子との同居であれば通常はひきとっていそうなので、亡くなっている可能性の方が高いとも思います。

■片倉結平の家庭設定

対する片倉家も謎が多い家族です。3世帯7人(父方の祖父母・両親・姉・結平・弟)で暮らしており、ゆずゆの面倒を何故か結平が見ることになっています。
祖父母はゆずゆとは血のつながりもないので、面倒を直接見る必要もないでしょうが、2人ともなぜ同居している設定にしたんだろうと思うくらい存在感がありません。父親もほぼ同様の扱いです。
対して、都の実の姉である結平の母親も、ゆずゆに積極的に関わってはいません。ゆずゆを引き取ってはいますが、無関心さが目にたち、姉妹の間に何かあったのでなければ異常です。(両親の不在を感じる家庭。)
唯一、正常なのは、兄弟関係。姉・弟ともにキャラがしっかりしており、家庭での位置づけも作中で明確に表現されています。

上記で、「MARS」について触れましたが、零の家庭は崩壊していました。だからこその零の人格があったわけですが、結平がなぜ今のような性格になったエピソードには裏がありません。
ゆずゆは親に置き去りにされたことからくる不安感をけなげさ表現し、心はさみしい家庭環境から、寂しさを感じ安らぎと人の優しさを求めていることが表現されています。
結平は、幼いいとこの世話に日々の充実感を感じています。その充実感はゆずゆのかわいさによるところしか描かれていませんが、より深く結平の心の中にあるものを出せれば(ゆずゆの子育てに燃える裏付けがあれば)、読者はより結平に感情移入できます。(トラウマとはいかないまでも、ただ日々を流すようになってしまった根本の部分etc.)

今後「愛してるぜベイベ★★」が展開していくなら、双方の家庭事情に絡むエピソードは、私にとっては避けては通れない部分です。


私にとって、「愛してるぜベイベ★★」は目新しいように見せかけて、そう目新しさを感じさせない作品です。いろいろとおいしいとこどりしているわりに、何かしら薄さを感じます。
2002年4月号では長い掲載ページ数&『りぼんオリジナル』での槙先生の読みきりと立て続けにきています。槙先生の作品は、全体構成&エピソードのたたみかけ&キャラの互いの関係構築は弱いですが、シーンの押え方&セリフのセンス&作品のわかりやすさ&華やかさという点では私は高く評価しています。プッシュされているからには、単行本をしっかりと売り上げて頑張っていってほしいものです。(第2巻のランキングも要チェックだな〜)


(補足)
槙先生の担当編集者は、モリーだとの情報をいただきました。「愛してるぜベイベ★★」第1巻の解説を書いていたのはトミーでした。??

おたのしみ祭時点での担当編集者はトミー。しかし、槙先生のサイン会のお手伝いはモリー。これらの状況から私が私が想像したのは、トミーはモリーのOJT担当者(トレーナー)ではないかということ。モリーは若いですから。
ただし、現段階でモリーが槙先生の担当をメインで行っているとしても、ネームはトミーも目を通していそう…となると前の文章のことがいえるわけです。

個人的には、槙先生に若手の女性編集者の方が断然面白いとは感じます。何度も書いていますが、私は『りぼん』で、まずは女性の読者コーナー担当、そして女性編集長をみたいのです。未知の世界の『りぼん』を見たいと思いますし、ひとりの働く女として、やっぱり女性に仕事で頑張ってほしいと感じずにはいられないのです。


15.『少年ジャンプ』編集長、急死

『少年ジャンプ』の編集長が先月、急死いたしました。

『少年ジャンプ』について少し触れておきます。
私は『少年ジャンプ』の作品をほとんど読んだことがありません。(「ドラゴンボール」、「Dr.スランプ」、「CITY HUNTER」の一部だけ)しかし、『少年ジャンプ』の歴代編集長の名前、担当した作家・作品は知っていますし、各インタビュー(初代編集長除く)も読んでいます。

何故、『少年ジャンプ』を意識するようになったかというと、編集長の存在で触れたように、『りぼん』と『少年ジャンプ』は初代編集長が一緒であること(姉弟関係)からくる親近感はもちろんですが、『少年ジャンプ』は、集英社マンガの代名詞であり、メディアへの露出度が多く、情報をあられやすいことが理由にあげられます。
少女マンガ雑誌の発行部数をまとめたり、編集者についてふれるようになったのも、『少年ジャンプ』関連の書物からの影響があるかもしれません。(少年マンガについては、細かく部数について言及され、まとめらえているのに、少女マンガについては何もなかったことに気づいた。&『少年ジャンプ』に関する書物も一通り目を通しており、『少年ジャンプ』での作家と編集者の関係から、『りぼん』ではどうなんだろうと考えるようになった。)
私は『りぼん』に関してあらゆる方面から情報を集めているので、『少年ジャンプ』から直線でつながっているわけではありませんが、『少年ジャンプ』から得る情報を、いかに『りぼん』につながるのか考えるのは、日常のことになっていました。

『創』2002年3月号に掲載された高橋俊昌さんのインタビュー記事も、出版社関連をまとめたファイルの一番上にあります。『少年ジャンプ』現在の方向性、意気込み、高橋さんの華麗なる仕事歴等が書かれてあります。たとえ、インタビューがあっても、読者を踏まえて夢と理想で固められ、抽象的にしか捕えられない『りぼん』編集長のインタビューとは異なり(というか、少女マンガの編集長のインタビューは、その90%は似たようなもの。一般誌ではなく、業界誌?っぽくても。)、具体的に語られるところが好きでした。(少女マンガは、かすみで悪いというわけではあえりません。少女マンガという分野は漫画家、編集部ともにヴェールで包まれていていいと思っています。)

『少年ジャンプ』で最近印象に残っていることは、昨年末のイベントを新聞に一面広告したと思ったら、1月1日からまたも一面広告で、

  • 2002年、週刊マンガ雑誌として一位に帰り咲いたこと。
  • 2003年、創刊35周年を迎えること。
  • イベントの入場者数を一桁単位まで報告。(138,577人)
  • 「ONE PIECE」の初版最大部数更新のこと。
  • 6作品のアニメ化されていること
  • 『少年ジャンプ』の北米版が出版されていること。
  • 「ドラゴンボール」の愛蔵版出版中。

という景気のい文字が並んでいました。
年末の2001年の出版事情を総括した新聞記事の中では、『少年ジャンプ』・『少年マガジン』共に、部数を下げながらの首位交替劇&単行本は売れても、雑誌の売上に結びつかない出版事情等方が書かれており、こちらの事実の方がオモテです。
これらの課題にどのように取り組み、結果をどう出していくかは、高橋さんの手にかかっていたのにと思うと、編集長としてこれからという時期だったと思います。急死は本当に残念でなりません。ご冥福をお祈りいたします。


16.「集英社 社員採用のご案内」のススメ

2003年3月号の『創』
に、集英社のインターネット関連の部署の方のインタビューがあり、集英社のIT戦略とその好調ぶりが書かれてありました。
『りぼん』の公式サイトは、集英社のサイトの大改造時期に一致するので、公式サイト開設は、編集長の交替とかとは関係なく、集英社の方針だったのだろうと思いました。(まあ、想像していましたが。でも、公式サイトいい感じになって来ていると思います。)集英社のサイトは、身近な情報源としてかなり見るようにしています。とはいえ、りぼんわくわくステーションよりも、周辺サイトの方がまわっているような気がします。

集英社サイトで、『りぼん』関連のオススメのものは、集英社 社員採用のご案内
編集者へのつっこみネタです。私にとって、編集者へのツッコミは、読み方の切り口の1つになっています。

たとえば、「ウルトラマニアック」がアニメ化するという話を最初に聞いたときには、村井編集長在任中は、吉住先生は『りぼん』を出れそうにないかもと思いました。つまりは、「ママレード・ボーイ」の担当編集者で、「ママレード・ボーイ」のヒットで編集長まで行った村井編集長としては、絶対に吉住先生を無下にはできないし、きっとどの編集者よりも吉住先生の力を信頼しているわけで、編集長として軌道に乗るまでは手放すはずはないというわけです。村井さんが編集長になってから、扱いがよくなっているのは気のせいではないと思っています…『コーラス』では、嶋田さんが編集長になったとたんに、一条先生の扱いがさらにパワーアップしていて、嶋田さんの一条先生へ向ける絶大な信頼をインタビューで読んでいると、雑誌がこうなってしまうのも納得してしまったり。『りぼん』2002年2月号感想、参照。)

それに、小花美穂先生の『コーラス』、『りぼん』ダブル連載も、担当編集者が『りぼん』側にいるわけで、『コーラス』側に受け止めてくれる人がいないと、すぐに異動するのは難しかったかと思ったりしました。何人もの漫画家が書かれていますが、『りぼん』から他誌への異動は、異常な緊張感をもたらすようです。(一条先生の離婚の一因はここにあるくらい。)小花先生だからといって、トミーが『りぼん』にいるからという感じはそうはしませんので(小花先生のインタビューを読んでいると、編集者がついていってどうという感じのタイプとは感じなかったので。)、ワンクッションということだと思います。小花先生の新作には、とてつもなく期待していて、楽しみで仕方ない、待ちきれないというところなので(『りぼん』にいたらそんなことは思わなかったはず。)来月号が楽しみです。

話は戻って、集英社のサイトの話。
『りぼん』の読者で、集英社 社員採用のご案内までチェックしているのは、そうはいないはずです。入社1〜5年目までの社員の紹介が出ていますが、4、5年目には『りぼん』の編集者はいないようなので、平成12年入社(3年目、ジョバンナ王子…三條場さん)、平成13年入社(2年目、治部さん、モリー…守分さん)、平成14年入社(登坂さん)をチェックしましょう。

私はモリーのファンだからということもないでしょうけれど(女性で、入社2年目というところが一緒だからでしょう。「ふろくファンルーム」一人立ちおめでとうございます!)、モリーの文章は要チェック!
内定後の課題が、「『りぼん』のふろくを考えること」には『りぼん』読者としてはかなり嬉しい。どうでもいいことは課題には出しませんから。課題で酷評されたのに、『りぼん』配属かつ、ふろく担当というところも面白い部分。(この課題で、白羽の矢が当たったのか?)
“『編集会議』「少女マンガ特集」を読む”で書いたように、『りぼん』の現状に関しては近年、ふろくについてしかマンガ関連誌で触れられません。それを、入社2年目がメインで担当しているところがなんとも。(一人ではなく大勢関わっているのはわかっていますが。)

配属後バックナンバーを読んだとありますが、治部さんのように単行本を20冊読むよりも、モリーのように『りぼん』のバックナンバーを読んだ方が当然いいわけで(『りぼん』編集部で作っているのは、単行本ではなく雑誌。)、きっと治部さんの方が守分さんよりもさらに前段階からのスタートという意味での単行本だったのでしょう。(いきなり、雑誌では。バックナンバーをといっても、モリー世代だと吉住先生の「ハンサムな彼女」くらいまではリアルタイムで読んでいるでしょう。)
細かいことですが、治部さんといえば、ホームページ(「りぼん展示室」)の担当をされているようですが、2002年4月号のP334では“J氏”になっていて、『りぼん』の公式サイト内では、“ぢ”になっていて、バラバラなんで統一してほしいです。(バラバラだから、本名になってしまいます。統一された相性があれば、そちらにしようとか思うのですが、まあ、おいおい決まってくるのかも知れません。)
治部さんといえば、「りぼん展示室」で「ペチャクチャらんど」に関して下ネタと書いたのがひっかかっています(1985年2月号P437)。私は「ペチャクチャらんど」リアルタイム読者なんで、あいて擁護しますが、ガンちゃんは下ネタを出すような読者コーナーは作っていませんでした。股をおさえると下ネタか…読者コーナーのイラストを担当されていた麻久里しず先生のエッセイマンガ「女の事情」を読めば、下ネタの出処はむしろ麻久里しず先生じゃないのかとも発想できるはずで、あえてつっこみをいれるところでもないでしょう。編集者は『りぼん』を知らないとわかっていても歯がゆい部分です。
個人的には、モリーが書かれている最後の部分が私が『りぼん』の編集に求める部分なので、別に編集者が『りぼん』を知っている必要はないと思っています。(あまり間違ってほしくないのは確かですが。)“Love Dream Smile(愛・夢・笑い)・漫画家育成・女子児童向け”という部分さえ押さえて、よりいいものを提供していただければそれでいいかなとか思います。

それにしても、

独自の言語を話す人、所持金600円の人、兄弟船二人、夕食番長、永遠の少年、王子様…

ってそれぞれどなたなんでしょう。(全員男性編集者っぽいけれど。)関係者が見たら爆笑モノだと思います。とりあえず、王子様=ジョバンナ王子で、一つ先輩が一番後ろにかかれてあるので、前の方がより年齢が上の編集者ということになるとは思いますが。

あと、ジョバンナ王子が読者コーナー担当になった意味がわかった気がしました。
『りぼん』編集部の体制では、どうもジョバンナ王子の上はあいているようです。読者コーナーは若手である必要があります。2002年1月号スタートなので、ジョバンナ王子は入社2年目。(『りぼん』2002年3・4月号感想で、もっと若い人を当てるべきだと書きましたが、浪人していただけでした。入社2年目では、みーやんと一緒だったわけです。(読者コーナー担当編集者の法則?)それに、美しいコメントは、適任だったのでしょう。
“ジョバンナ”というニックネームですが、“ジョバンニ”からの連想かと思っていました。(つまりは、銀河鉄道の夜(宮沢賢治)に何か関係があるのかなと。)どうみても、本名からの並び替えのようですね。


17.『りぼん』編集長、交代

『りぼん』の編集長が2003年5月号で交替しました。

下記は『りぼん』の編集長とその就任期間を示した表(編集長について、詳しくは編集長の存在をご参照下さい。)です。

編集長 期間
長野規 1955年 9月号〜?
梅村義直 ?〜?
木曽義昭 ?〜1974年 5月号
徳永孝雄 1974年 6月号〜1976年 6月号
渡辺浩志 1976年 7月号〜1985年11月号
山田英樹 1985年12月号〜1992年 4月号
中森美方 1992年 5月号〜1996年 4月号
今井鈴人 1996年 5月号〜2001年 8月号
村井憲司 2001年 9月号〜2003年4月号
明間浩樹 2003年 5月号〜

村井さんの就任期間は、2001年9月号→2003年4月号の1年10ヶ月となり、ここ最近の編集長の就任期間としては最も短くなっています。会社という組織は、もちろん、以前の『りぼん』の編集長の交替劇からも、部数低迷の責任を取らされたための交替のではないかと考えます。

雑誌発行部数から見えるもの発行部数の変遷を見てもわからないことなのですが、「出版指標年報」から1986年からの発行部数を調べたデータも手元にあるのですが、これを見るとよくわかるのです。(「出版指標年報」の“推定部数”と、発行部数の変遷に使用している“公称部数”との違いは、公称部数と発行部数を参照。)

1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
りぼん 205 215 210? 190 200 200 * 228 230 216 175 163 135 135 135 126 95?
なかよし 90 115 * 90 * 80 * 175 175 150 110 78 53 50 50 52 55?
ちゃお 25 * * * * 18? 40 45 45 48 40 44 60 65 75 85 100?
<注意>
・単位:万。
・*は資料上にデータがなかったもの、−は未調査を表しています。また、書籍には“200部突破”や“100部前後”etc.の記述がある場合、それぞれ200万、100万のように表記しました。
・数値の後ろに?があるものは、文章から推察した数値です。

この表を見るといろいろなことがわかります。
例えば、1989年に部数が好調に伸びていた部数が落ちたのは、「ときめきトゥナイト」の第一部の終了が関係しているのは確かでしょう。1984年の「出版指標年報」には

「りぼん」は昭和57年10月よりテレビアニメ化された「ときめきトゥナイト」がバカ受け。これ1本で100万部を割るかという低迷を一気に吹き飛ばし、58年に入ってみるみる上昇、年末には180万部に届く部数になった。

との記述があります。「ときめきトゥナイト」が終了しても、20万部ほどしか部数を下げなかったのは、「星の瞳のシルエット」を初めとする当時の『りぼん』の力とも言えます。

話は元に戻ります。以前のパターンとは1996年4月号の中森さん→今井さんの交代のことを指しています。
2つあるのですが、1つ目は、上記で書いた部数との関係です。『りぼん』の部数が1996年に急に落ちたとき(1995年末から1996年初めのデータ)、編集長も1996年4月号で交替しています。
2つ目は、異動後の雑誌と『りぼん』との関係です。中森さんは『マーガレット』の編集長となっており、村井さんは2003年5月号より『クッキー』の編集長となりました。

『マーガレット』は1988年週刊から月2刊とリニューアルされました。そのリニューアル時に『マーガレット』の柱として『りぼん』から引き抜かれたのが、本田恵子先生です。

本田恵子先生は『マーガレット』での代表作の1本「虹と真珠たちへ」の文庫版のあとがきで、『りぼん』での代表作「月の夜 星の朝」の担当編集者が『マーガレット』に異動したから『マーガレット』に自分も行ったと『りぼん』を出た経緯を書かれていました。
本田恵子先生が引き抜かれた後、『りぼん』から『マーガレット』に本田先生とほぼ同時期にデビューした浦川まさる・佐々木潤子・楠桂先生etc.が異動し、活躍されることになります。
そして、中森さんが『マーガレット』の編集長となられたのは、これらの『りぼん』出身漫画家が、『マーガレット』で最も活躍されていた直後のことでした。

『クッキー』は、『ぶ〜け』のリニューアル誌(『ぶ〜け』はそもそも『りぼん』の姉妹誌。初代編集長は一条ゆかり先生の担当編集者だった佐治さん。)、かつ『りぼん』とは姉妹誌の関係にあります。創刊準備号は、『りぼん』の別冊として発行され、その編集長は当時の『りぼん』編集長だった今井さんでした。
このような経緯から『りぼん』との関係もとても深く、現在、『りぼん』出身の漫画家が多数異動されています。特に現在の『クッキー』の柱である矢沢あい先生の「NANA−ナナ−」の大人気ぶり&高評価はご承知の通りです。(編集部でも『りぼん』と『クッキー』は隣同士のようです。)
現在、『りぼん』との関わりが強い時期と言えると思います。

中森さんの時には、『りぼん』との関わりは強くなるよりも、逆に弱くなりました。今回の村井さんの異動では、原因だけでなく、今後の『りぼん』と『クッキー』との関係がどうなっていくのかという、異動に伴う結果も見ていく必要があると思います。
私の想像では、村井さんの担当編集者のときに大ヒットを飛ばした吉住渉先生を除いて、これをきっかけに、ビックな異動は当分なくなり、『りぼん』と『クッキー』との関係は徐々に薄まっていくと感じます。『りぼん』がどうこうというよりも、『クッキー』側が『りぼん』よりもいいパートナーを見つけていくような気がするからです。今後の、『りぼん』と『クッキー』の関係にも注目です。



さて、村井編集長時代の『りぼん』とはどのようなものだったのでしょう。私が思い浮かべたのは、以下の4つです。

  1. 発行部数が少女漫画雑誌ナンバー1から転落
  2. 槙・酒井・春田先生の抜擢と活躍
  3. 種村有菜先生の未完成原稿掲載
  4. 特別ふろくとカラーページ

1については、編集長としての責任は重大です。今後も少女マンガ雑誌発行部数日本一という長年の地位を落とした編集長言われ続けることは確かだと思います。発行部数に関しては、上記で書いた通りです。

2については、詳しくはコミック市場最新動向をご参照下さい。どの編集長の時期にもある、若手のプッシュ&ブレイクですが、この点に関しては熱心だったという印象でした。

若手の漫画家に関してですが、種村有菜先生が出てきて以降、かつてにはあったのに今はないなと感じることがあります。種村先生がなかったというわけでなく、種村先生の前には、若手の大ブレイクは途切れていて、久々に出て来て気づいたというわけですが。
かつてというのは、1984〜1991年のことです。私がまだ『りぼん』の読者年齢層だった頃で、当然のことながら、『りぼん』から強い影響を受けた時期です。

それは、漫画そのものではなく、【漫画家の人間関係】です。
漫画家同士の横のつながり、そして、漫画家同士の縦のつながりが上手くかみ合ってないところが見受けられるのです。
もしかしたら、以前からあったのかもしれません。私が気づかなかっただけかもしれません。
しかし、小椋・小田・萩岩・高橋・樹原先生、池野・本田・佐々木・浦川先生、水沢・柊先生、さくら・岡田先生、矢沢・吉住先生、谷川・長谷川先生、椎名・大塚・あいざわ・森本・春日先生etc.同時期のデビューや、同時期に似たような位置・作風で、互いにライバルでもあり、無二の親友でもあるという関係が今の『りぼん』には薄くなっているように感じるのです。

所詮、読者には『りぼん』の漫画家同士のつながりなど、直接関係はないことです。しかし、「星の瞳のシルエット」(柊)と「ポニーテール白書」(水沢)であったり、「お父さんは心配症」(岡田)と「ちびまる子ちゃん」(さくら)であったり、「天使なんかじゃない」(矢沢)と「ママレード・ボーイ」(吉住)であったりとか、同時期に『りぼん』で連載されたヒット作品で、似ているのだけれど、互いに個性的な色を放ち、漫画家としてのキャリアも同じような位置にある漫画家同士の強いつながりは、読者が後から自分の読んでいた『りぼん』の時期を語る上で、明確に『りぼん』の時期を固めるキーワードとなります。

上記にあげた以外の1995年以降の本誌連載レギュラー陣の交流関係の“私の印象”は以下の通りです。

倉橋えりか
小花美穂(小花組)〜吉住渉
                〜榎本ちづる*酒井まゆ
彩花みん
高須賀由枝〜椎名あゆみ(元アシ)
          〜吉住渉
藤井みほな*田辺真由美
亜月亮〜吉住渉〜槙ようこ
藤田まぐろ*松本夏実
種村有菜(聖アシスタント)…前川涼
春田なな*半澤香織
津山ちなみ…森ゆきえ

…関係はあるけれど、よそよそしさを感じる部分も
〜先輩後輩つながり
*同期で仲良し

吉住渉先生は交流関係が広い漫画家です。90〜95年の『りぼん』を読んでいた人には矢沢先生との仲良しぶりはインプットされていると思いますが、同期・同士だけでなく、まだ若手の時に、一回り上に離れている一条先生と海外旅行されたり、今は反対に一回り下に年が離れている槙先生とも仲良くなってしまったり。他にも、水沢先生とも同学年つながり、小花先生とも交流が長く、高須賀先生とは買い物つながり?、亜月先生とは旅行つながり?なのか、交流がない作家を探す方が限られるという印象を受けます。今の『りぼん』では吉住先生のような横にも上にも下にも周りにも交流関係があるような漫画家は特殊なのです。
小花美穂先生は同期こそいませんが、上下ともに良好な関係があるようで、小花先生から広がる輪もみうけられます。
今の『りぼん』では、吉住・小花先生が中心となっています。

藤田まぐろ*松本夏実先生の関係は、かなり理想的に感じますが(同期・同作風の仲良し)すでに本誌レギュラーからお2方とも外れた印象。
榎本ちづる*酒井まゆ先生の関係もよさそうですが、ライバルというには、人気に差が出て来ており、また作風も違ってきて、互いに他の関係も模索してほしいところ。
藤井みほな先生は4コマの田辺先生は同期でわかるにしても、他には上下ともに広がってない印象。
春田なな*半澤香織先生もお互いに高校生ということで、仲がとても良いようですが、ストーリーと4コマということで、下手すると藤井*田辺先生のようになりかねず、春田先生は水沢先生のように後からデビューした漫画家とも仲良くなる必要がありそう。(後デビューで、急速に伸びていく人がこれから現れないと話しにはならないころですが。)
という感じで読者の立場から見るとどれももう一歩。

さらに、倉橋えりか、彩花みん先生などは仲がいい人は誰だという感じでよく見えませんし、高須賀由枝・亜月亮先生も吉住・小花先生を除くと同期はいない印象。ただし、亜月先生は交流関係は上手そうで、個人的にポスト小花先生になりそうな気がしています。

特殊なのは、種村有菜先生。『りぼん』での位置と交流関係の狭さのギャップは池野先生以来かもしれません。(池野先生は地元で残って出筆活動をされていただけであり、人のよさからくる美談は多く、交流がないというわけではありませんが。)
種村先生には、同期・先輩で交流関係をつくれてはいません。種村先生がそのかわりに積極的に打出したのが、“聖☆アシスタンツ”と呼ばれる若手漫画家・投稿者・自身の同人活動者で作られたアシスタント集団ですが、“仲間・友人”というよりも“信奉者”という印象を受け、ファン以外にはつまらないモノ・滑稽なモノとしかうつらないのではないかと感じます。少なくとも私はアシスタントとの関係などどうでもいいところ。重要なのは、同じように一線で活躍する漫画家同士との関係なのです。
小花先生も“小花組”というアシスタントがいましたが、一線はおいている印象を受けました。現に、今月号のインタビューでも、仲が良い漫画家をあげる時に元アシはあげてはいらっしゃいません。(さすがに、これは種村先生もあげてないと思いますが。)
種村先生は前川先生とも仲が良いようですが、上:種村で下:前川という上下関係に思え、対等な印象がしません。(互いの作品に対して刺激をしあったりする仲とは到底思えない。)

津山ちなみ先生とと森ゆきえ先生との関係も、合作がシリーズ化しているわりに仲が良さそうに思えまえん。悪くないでしょうけれど、かつての岡田あーみん先生さくらももこ先生と比較するとよそよそしい。この2人の関係を見る限り「めだSCORE」は限界かなと思います。お2方とも、独立した人間関係という印象。4コマだからストーリーほどは交流関係は重要ではないと思いますが、仲良くなった方が読者としては楽しめるのですが。

槙ようこ先生も周りにも同期がいません。高須賀・亜月先生のように吉住・小花先生を媒介しての上との付き合いが見えますが、今後、同期に近い部分で(現状では酒井先生だけか。ちょっとイメージ違うけれど、仲が良いほうが読者としては盛り上がれるのは確か。種村先生とじゃ水と油っぽいから無理でしょうし。)つながりも強めていってほしいところです。

以上のように、『りぼん』の若手漫画家の層の薄さが原因かもしれませんが(単発で新人は出て来ても、集団では現れない)漫画家同士の横・縦のつながりを太くして、『りぼん』のある一時期を決定づけるキーワードとなってほしいと思います。

3については、詳しくは2002年11月号『りぼん』感想をご参照下さい。
お粗末すぎて、くだらなすぎて、呆れてしまったことですが、こんな態度だから『りぼん』の発行部数は少女漫画雑誌ナンバー1から転落させる至ったのではないかと感じています。漫画家を隠れ蓑にし、読者を馬鹿にして、『りぼん』という多くの人によって築きあげられたプランドも汚して、問題の重要性をまったく認識できていない対応でした。
先日、読者の親から全プレの発送が遅れた通知に対して、御礼のメールを誤っていただきましたが、このように小さいことから1つずつ読者に対して、しっかりと丁寧な対応をとってほしいものです。次にどなたかが原稿が落とされた時には、『りぼん』側の適切な対応があると私は信じています。

4については、詳しくは2001年11月号『りぼん』感想(最初の特別ふろくの部分ではなく、「吟遊名華」内のカラーページに関する部分)をご参照下さい。
特別ふろくに関しては、『ちゃお』の躍進、『なかよし』の安定につながっているようなので、『りぼん』としても他社研究を怠ってほしくない部分です。しかし、私は『りぼん』の部数が落ちたのは、『りぼん』自身に問題があるからで、『ちゃお』・『なかよし』とはそう関係がないと感じています。
ふろくに関しても一時期かなり差を広げられた印象を受けましたが今となってはその差は感じません。

私が最も特別ふろくの影響で感じたのは、以前から書いているようにカラーページ削減でした。
特別ふろく導入時期よりは、徐々に戻ってきたものの、村井編集長時代は巻頭カラーが少ない状況が続きましたが、明間さん就任して以降の、2003年5・6月号と巻頭カラー3ページという以前の状況に戻り、嬉しく感じています。

カラーページは重要です。どこかで費用削減して、カラーページを1ページでも増やす努力をしてほしい。カラーこそ、雑誌を読む醍醐味(あおり含めて)だということを、念頭においてほしいです。ふろくを豪華にすることも重要でしょうけれど、カラーが戻ってきたことに対する喜びは大きいです。

ちなみに、編集長が変わって一番最初に気づいたところが、カラーページでした。
次は、次号予告には出ていたのに気づかなかったのですが、「5月号→5月特大号」という部分です。5月号を手にとった時に、何か違和感あるぞと感じて気づいたのでした。何が特大号なんだろう。

良い部分も悪い部分もありましたが部数が下がったこと以外は特に取りたてて特徴ずけることはない時期だったように思えます。(ちなみに、今井編集長時代は『クッキー』創刊が一番の出来事だったように思います。正確には、『クッキー』創刊に伴う漫画家の異動ですが。)



次に、編集長が交代した5月号に告知された「学校訪問プロジェクト」について触れておきます。
このプロジェクト、読者の方はどう感じているのでしょうか。反対だという人はそうはいないと思いますが、喜んでいるだけなのでしょうか。私は、どうしてこの企画をやるのだろうと疑問を感じている部分があります。

治部さんは「りぼん展示室」で、森、及川先生と共に手作りでPOPを作り書店で配布する企画を立てていらっしゃいましたが、この企画は及川先生のレポートの素晴らしさと(ホームページの出来ばえに驚いたりとか、私は及川先生の才能を見くびっていたと感じることがよくある気がする…)企画事態も単純でわかりやすかったので好印象でした。(読者を待つのではなく、読者の元へいこうという。)

コミック市場最新動向を読んでいただければわかるように、マンガ界は様々な問題を抱え、『りぼん』は、発行部数が100万部を切り、『ちゃお』に部数を抜かれる事態となっています。
「学校訪問プロジェクト」はその対策として、編集者なりに危機感を感じて起した企画モノだと考えます。「POP制作」のように読者の元へいくだけでなく、さらに、マンガにまつわる情報を提供することで、コミック市場最新動向でも取り上げられている【若年層のコミック離れ】を食い止めたい狙いがあるように思います。編集側から考えると、非常にわかりやすい企画に思えます。

しかし、この企画をやったからといって、体験できる人数は少なく、読者が急に増える即効性もあるわけではありません。
また、学校という教育の場へ踏み込むという部分に違和感をおぼえました。(中学生が対象になるでしょうけれど、社会科見学のように、出版社・印刷工業・流通・書店と、出版という分野を一通り体験できるようなモノなら理解できますが。)
さくらももこ先生のように教科書に載っている『りぼん』の漫画家もいらっしゃいますが、それはあくまでも特殊例。マンガ・アニメはすでに認知度が高い世界だと思いますし、母校訪問というならまだしも、学校まで踏み込んでいく必要があるとは思えません。

漫画家の描き方は、定期で行っているマンガスクールを強化することで対応できると思います。マンガスクールとは、入賞クラスだけを集めて、『りぼん』連載クラスの漫画家が目の前で絵を描いてくれたり、質問できたりするものですが、椎名先生はスクールに出席したあと、意識的な改革があったからか(と評には書かれていた)、一気に準りぼん賞レビューしましたし、矢沢先生はマンガスクールでの、同じ目的のある人と出会いが刺激になったといわれており、70年代にはすでに存在しており、漫画家の育成の面で、昔から重要な役割を果たしているものです。これを、一定の成績以上だけでなく、下のレベルのでも投稿回数に応じて参加できたりするなど機会を増やしたり、とにかく昔のようにレポートを復活して、読者へ向けての『りぼん』側の取り組みを見せるのが一番いいのではないでしょうか。
編集者については、年齢が上がったら職業として意識すればいいと思いますし、出版・マスコミ業界は昔から人気があるところなので、日々の生活で興味を持つ人は大勢いると思います。

学校へ行くという部分を除けば、『りぼん』ができるまでは、2001年のイベントの展示物と同じようなものを持っていけばよく(パネルは同じモノでいいんじゃないかとさえ思う。主旨はまったく一緒。)、漫画家ができるまでは、2002年のイベントの展示物と同じようなものを持っていけばよく(こちらのパネルも同じモノでいいんじゃないかとさえ思う。主旨はまったく一緒。)、本誌連載クラス漫画家はイベントでファンと交流しているしわけで、単なる出張ミニイベントとも読み取れます。
そうなると、今年のイベントは東京だけでなく複数の地域で開催されることを望んで、この「学校訪問プロジェクト」はイベントができなそうな東北・北陸・中国・四国・沖縄限定にすれば、いいかもしれません。

漫画家に会いたいという気持ちは、どの読者にもあると思います。「学校訪問プロジェクト」を読者側におきかえると、編集側ではいろいろな目的があろうとも、「漫画家にあえる」という意味しかないと思います。
私が制作した100の質問シリーズのりぼんっこのためのバージョンりぼんっこへ100の質問の中に

Q12 会ってみたい『りぼん』の漫画家は誰ですか?
Q13 会えたらどうしたいですか?

という質問があります。読者はQ13の質問に即答できると思いますが、編集者は読者の質問の答えを当てることができるのだろうかと考えてしまいました。答えは非常に簡単で、大抵の読者は「サインがほしい」でキマリです。

編集側から考えると、「学校訪問プロジェクト」の主旨は理解できますが、読者側からすれば、「サイン会」が一番いいじゃないかと思ってしまいます。
私が企画を立てるなら、間違いなくサイン会にするでしょう。それも、本誌連載クラスは避け、サイン会を一度もやったことのない漫画家のものとします。サイン会での漫画家の表情は本当にすばらしいなと感じます。(ちなみに、トークショーは表情が堅い…)
漫画家にやる気を出してもらえると思いますし(本誌連載クラスはイベントもあるし普段から大量のファンレターをもらっているんだから、それでOKでしょう。)、サイン会がない漫画家のファンは大勢いますし、少ない人数しかかりだせない企画向きでしょう。
サイン会は、特別に色紙など用意することはなく(経費節減)、単行本が近く発売された漫画家を数人集めて(ある程度の方なら一人でも十分かも。)、その漫画家の地元で(経費節減)書店で行います。規定の単行本を買ってくれた方から先着でサイン引き換え券がもらえてという普通よくある流れ。
『りぼん』はファン層が厚いので、人は告知すれば絶対に集まります。デビュー作集がでたら、集めるのは大変そうだけれど、全員集めてサイン会をしても面白そう。

とか言っても仕方ないので、読者からすればあって悪いものではないですから、レポートがあったら楽しく読ませてもらいましょう。


最後に、編集長の交代とは関係ない話です。
私は猛烈に仕事をしています(別にしたくないんだけれど)。だからなのか、他の仕事をしている人に興味があります。同期が辞めて、近くに同じような立場の人がいないからでもあるでしょう。(集英社の雑誌だと『MORE』より、『COSMOPOLITAN』の方が好きってタイプ。)

『りぼん』編集部には、私と同年代・同期の編集者が合わせて3名います。「集英社 社員採用のご案内」のススメでも取り上げたジョバンナ王子(同い年)、モリー(同期)、治部さん(同期…最初に本名から入ったので、いまさらJ氏には頭がならないので本名でいきます。)です。
ジョバンナ王子は読者コーナー、モリーはふろくファンルーム、治部さんは学校訪問プロジェクトで見事に3人とも出てきたなというところで、読者としてはじめての経験する同年代・同期つながりを楽しんでいます。

読者同士も、同世代の感覚はあります。(自らを「ときめき世代」、「星の瞳世代」と呼んで、結束力がある世代かも…)
でも、漫画家にはほとんどそのような感覚はありませんでした。高校生の時に、佐伯茜先生が本誌に来た時には同い年でとても嬉しかったのはよく覚えています。しかし、今の本誌連載レギュラーの漫画家では、榎本ちづる先生が同い年ですが、同世代感覚はまったくないですし(若く感じる)、1つ前後は誰もいませんし。私は漫画家になりたいと思ったことがないという部分も原因としてあるかもしれません。
編集者に同世代の感覚を覚えるのは、生活の中で仕事が占める割合が高いからだと思います。(単なるOLやフリーターだっから同世代でも感じないかも。)

  • ジョバンナ王子
    一番最初に出てきましたし、思い入れが深い読者コーナー担当ということろもあり、当たりが厳しいかもしれません。
    とにかく、自分はモテないと連呼するところに飽き飽き。貴重な読者コーナーを他のことにぶつけてほしいです。自分以外で盛り立てるところが必要だと感じます。
    ジョバンナ王子で少し印象的に残っていることは、イベントに一緒にいった『りぼん』の漫画家志望の方の担当がジョバンナ王子で、挨拶しようとしなかったことでした。彼女が問題なのか、ジョバンナ王子が問題なのかどっちなんだと思ったのでした。
  • モリー
    応援しています。やっぱり女性という部分が大きいのは確かです。(ご本人感じいいと思いますが。)
    槙先生と一緒に苦しんで成長していって下さい。
  • 治部さん
    最近、ぐちゃぐちゃ書いているかもしれません。表に出てきたからでしょう。
    治部さんって、すごく大きくてガタイがいいんですよね。ジョバンナ王子とは正反対という感じですが、表にでてくると役割が重なるので、上手く分担しないとお互いに潰れそうな予感がします。
    かつて、編集長は別格として、読者コーナー・ふろくファンルームの担当以外が表に出てきたことはありません。読者としては、読者コーナー・ふろくファンルームの担当で十分。3人も本誌で動かれるとうるさく感じるのも確かです。「学校訪問プロジェクト」は、企画モノなので、他のコーナーを荒すようなことはしないでほしいものです。
    でも、一期しか違わないので反対に大変だと思いますが、読者コーナーとのポラボレーションを考えるのもいいと思います。今のままいくと、互いに下手に干渉しあってプラスにならないのではと一抹の不安を感じます。

今しかない同年代・同期の編集者3人の活躍に期待しています。


18.
原田妙子先生の『りぼん』掲載について

原田妙子先生の読み切りが、2003年10月号『りぼん』に掲載されます。
『りぼん』の漫画家の以外の本誌掲載は、別冊ふろく、関連誌を除くと、多田かおる先生の「愛してナイト りぼん編」(1983年4月号〜1984年4月号)以来です。

はじめに、現在の『りぼん』の漫画家の印象をざっと書きます。かなりキツイことを書きまくっているので、自分は自分、他人は他人と思えない方は読み飛ばしましょう。

吉住渉先生はさすがの安定感だと思いますが、トップという感じはすでにありません。
小花美穂先生は、「POCHI」が終わって『りぼん』での連載は次はいつかという状況。
藤井みほな先生は戻っていらっしゃらないのは何故でしょう。
高須賀由枝先生は連載失敗。元々、絵以外のとりえがある人ではないから、終わったかな。(好きでもないからどうでもいいけれど。)
椎名あゆみ先生も、連載失敗に限りなく近く、ここ最近スランプ気味。(ベテランでスランプになって立ち直るのは新人の10倍は苦労すると思います。)
倉橋えりか先生は、相変わらず実力がなく、すでに期待もしていません。
亜月亮先生は、好きな方ですが華はイマイチないと…

若手では、種村有菜先生は、ストーリーは支離滅裂でもさすがの華。ただ、「満月をさがして」は、作品よりも原稿を落としたことの方が大事件という作品の印象。後世に残るのは原稿を落とした事実と『りぼん』のあまりにもお粗末な対応だけで、「あの種村有菜先生の作品」という種村有菜論以外では、確実に風化してしく作品に思えます。
槙ようこ先生は今が旬でしょうね。正直、もっと実力をと願ってやまない感じがしますが、旬の漫画家ってそれだけで何かがありますから、それを楽しんでいます。残念なから真面目なテーマを取り上げる度に実力不足が出てしまい(普通に描けばいいのに。)、その点は残念ですが。
春田なな先生はお祭り騒ぎの企画作家。あきられたらハヤそう。ご本人にイヤミがあるわけではありませんが、作品のレベルを上げてもらわないと話のしようがない。
酒井先生は優等生なのですが、いまいち面白味にかけるところが気になります。(オリジナリティーにかけますし。)
榎本ちづる先生は王道すぎて、イマイチおもしろくない。無器用さも感じます。連載時代よりも、読みきり時代の方が才能を感じたのが淋しい。
朝比奈ゆうや先生は、関連誌以上本誌以下という位置に居続けそう。雰囲気はオリジナリティーがあっていいなと思いますが、読みすぎるともうお腹いっぱいという印象でたまにが丁度いいかも。ただ、サイトを開設されましたが、さすがのセンスで感服いたしました。

私は『りぼん』の作品・作家よりも、『りぼん』そのものが好きという人なので、現在の『りぼん』の漫画家の実力も問題の一部にしか考えてはおりませんが。


話は戻って、原田妙子先生の『りぼん』掲載ですが、『りぼん』ファンとしては生理的に嫌としかいいようがありません。
『りぼん』とは、『りぼん』の漫画家の作品しか載せないものであるからです。私にとって『りぼん』で何が嫌かというと、部外者が『りぼん』に作品を載せることに他なりません。ちなみに、アニメが作品よりも前に押し出されることも嫌いです。まずは『りぼん』というタイプの読者ですから。(たまに誤解している人がいるようですが、私は『りぼん』が好きで、サイトを開設しているだけであり、訪問者がいなくてもかまわないですし、私自身がなにか賞賛をうけたいとかいう気もありません。)

原田先生は今はなき、『ぶ〜け』出身の漫画家です。代表作は「彼とお金とミルフィーユ」。『ぶ〜け』時代の原田先生は叩かれていた印象しかありません。古き良き『ぶ〜け』ファンにとっては頭の中にも入れたくない作家の一人という印象があります。
廃刊後、『マーガレット』に異動して「彼までラブkm」で、ヒットを飛ばしました。『マーガレット』は様々な雑誌から人を集める性質がありますので(『りぼん』や『別マ』とは違います)、活躍も違和感がないところだと思います。

私の原田先生の評価ですが、好きな漫画家ではありません。でも、『りぼん』本誌連載レベルの実力は確実にあるとは思います。

本人の体質・本能としては、エロマンガやボーイズラブ系が好きなのに、才能をつかって少女マンガを書いているという印象を持っています。調べたところでは、『花丸漫画』の作家のフリートークで「あーもう 少女まんがに戻れなくてもいっかなあ▼」と書いていたとか。実力があっても、このような考えの作家の作品が『りぼん』に載ることが嫌です。
『りぼん』の漫画家がどんなに、自分の創作熱と、少女マンガの王道雑誌、りぼんっこの年齢層の低さとの狭間で苦しんで、そしてその中ですばらしい作品を描きあげてきたのでしょう。
少女マンガを軽んじるような作家に、『りぼん』では決して作品を発表してほしくありません。

高田祐三先生(1996年6月号『りぼんオリジナル』)や、秋本治先生(1999年1月号別冊ふろく)のように、単発モノもまったく許容できませんでした。大御所のコネ使ってんじゃないよ!と思ったものです。少年マンガ家が、軽々しく描いた少女マンガを、『りぼん』に載せてほしくはありませんでした。少年漫画家が本気で描いたかと言っても、その後で少女マンガ家にならなければ、単なる企画の域をでないと思います。

原田先生も、ボーイズラブも描いているような作家ですし、『りぼん』で書くのも単なる企画の域だと思います。それに、原田先生は人がいいタイプの漫画家では決してないと思います。むしろ悪いタイプでしょう。『りぼん』に描くのであれば、読者を完全に読んでくることに間違いないないわけで、何だか『りぼん』も馬鹿にされたなと感じます。ただ、原田先生の絵は限りなく『りぼん』系なので、『りぼん』で書いても違和感をまったく感じることはないと思いますが。

『りぼん』に原田先生の作品が掲載される経緯ですが、部外者の想像でしかありませんが、原田先生もキャリアが短くないですから何人もの編集者が担当になっているわけで、少女マンガの編集者は異動が多いようですし、その中から生まれたことのように感じます。集英社の少女マンガ雑誌、『りぼん』・『マーガレット』・『別マ』・『クッキー』の編集者はすべて合わせても40人程度の狭い世界でしょう。
一条ゆかり先生は、『りぼん』時代にいくつもの雑誌に作品を掲載していましたが、すべてが知り合いの編集者からの依頼のようでした。一条先生さえOKすれば、断る雑誌の編集長がいるはずもないわけですし。同じような経緯かなと想像しています。
『りぼん』・『別マ』には自分のところでデビューさせて作家以外の作品は掲載しないという方針は確かにありますが(『マーガレット』・『クッキー』は入りは自由。)、編集長が同意すれば、作品を掲載させることって簡単なのでしょう。(原田先生は、“人気漫画家”だと思いますし。)

『りぼん』が苦しいのは、現在の『りぼん』の布陣から見て明らかですが、企画モノだとわかっていてもかなしいことです。


「りぼんを斬る」に関して

「Love Dream Smile」は私の『りぼん』へ思い入れをそのまま表現したサイトですので、サイトシステムそのものが、私の『りぼん』に対する考えそのものとなっています。

私は漫画家になりたいと思った事はなく、マンガ作品を読み、さらに、インタビュー・評論等から漫画家・作品を分析することに楽しさを感じてきました。しかし、『りぼん』について取り上げられた一般の文章はほとんどないのが、現状です。(『りぼん』以上に、語り足りないと思わせる雑誌はないのに。)

私はマンガを模写したりしたことがなく、素人のイラストを見ることもまったく関心がないため、イラスト系のコンテンツはありません。(イラストよりも文章)
また、所詮同じことの繰り返しとなってしまい、荒れることが多く、管理も面倒な、掲示板などのコミュニケーション主体のコンテンツもありません。(経過よりも完成)

だから、「Love Dream Smile」では、個々に独立した評論文がたくさんあり、様々な意見を持つ人達が気軽に意見をいえ、自己完結で自分自身の考えを投稿できるコンテンツを集めたサイトとなりました。

このサイトのスタンスに、マイナス面の投稿を寄せるコンテンツが必要だと判断したので、「『りぼん』を斬る」を作成しました。『りぼん』に関して、マイナス面の投稿を許せない人には「Love Dream Smile」には向かないでしょう。
私自身、ここ++Talk++の中で、『りぼん』に関して様々な批評・批判・マイナス面の文章を書いてきました。『りぼん』は決して、プラス部分だけで語れる雑誌ではないと認識しているからです。


私には大嫌いな『りぼん』作品があります。++Talk++の文章をずっと読んできた人ならわかるように「姫ちゃんのリボン」(水沢めぐみ)です。

「姫ちゃんのリボン」嫌いは筋金入り。連載中から、今までずっと大嫌い。『りぼん』を読みはじめて、はじめて嫌いになった作品、かつ最も嫌いな作品で(あまりにも嫌いすぎて他の作品の追随を許さない)、ここまで嫌いになる作品はこれからもないでしょう。

何故、ここまで嫌いなのかというと、「ときめきトゥナイト」(池野恋)をパクッた作品だから。下手とか、つまらないなら、まだいいのに、「ときめきトゥナイト」を散々パクッて、『りぼん』ナンバー1の人気だったので、本当に許せませんでした。

ただ、「姫ちゃんのリボン」が嫌いになった経験は、『りぼん』を読みつづけるにあたって、重要な経験にはなっています。

まず、「姫ちゃんのリボン」までは、『りぼん』のすべてが大好きでした。中学生にもなり、すでに夢中というところから一歩ひいていましたが、他誌や過去の作品も読みはじめたので、これ以降は急速に『りぼん』を、理想だけでとらえることがなくなりました。

それに、作品の人気に関して冷静になりました。「姫ちゃんのリボン」は当時、『りぼん』でナンバー1の人気作品でした。大嫌いな作品が人気があることは、本当に嫌なものです。(人気がある作品を嫌いな人の気持ちはよ〜くわかるつもりです。)しかし、今では「姫ちゃんのリボン」が「ときめきトゥナイト」をパクッったことは知られていますし、「ときめきトゥナイト」は評価が上がり人気も安定、当然「姫ちゃんのリボン」は評価があがらず低迷しています。
『りぼん』を20年読んできて感じることは、その後の評価で意に添わないものはないということです。今『りぼん』で人気があろうとも、大したことない作品は、5年後、10年後には本当に忘れられているか、口に出すのも恥ずかしい作品になっているか。(ただ、この作品大好きと思っても、5年後、10年後には忘れられている作品は多い…)
『りぼん』も次々と発表され、新人が次々と出てくる、少女漫画界も同じ状況です。人気だけの、大したことはない作品は、必ずすたれます。『りぼん』の読者は子供ですが、馬鹿ではありません。子供っぽい、馬鹿なと思っているうちに、あっという間に大人になります。また、ネットがある今、評価が流れるスピードも速いでしょう。

あと、粘着質に嫌いになる思考というのわかります。「姫ちゃんのリボン」が嫌いな直接の原因はパクリですが、「姫ちゃんのリボン」の前の作品「チャイム」がとても好きだったので、反動はありました。(『りぼん』の漫画家はずっと追うのに、水沢先生だけは、「チャイム」で切れている…「姫ちゃんのリボン」が途中にあるだけで、生理的に受け入れられない作家になってしまいました。)
下手とか、つまらないというだけでは、マイナスパワーは続きません。興味がなくなって、どうでもよくなってしまうものです。「姫ちゃんのリボン」がこんなにも嫌いなのは、それ以前の作品が好きで、記憶からは抹消できないものだからのような気がします。「空色のメロディ」は夢中になって、『りぼん』をよんでいた時期と重なり、思い出深い作品ですから。

ただ、「姫ちゃんのリボン」作品でも注目すべき、評価している部分があります。
1つ目は、“ふろく”。水沢先生のふろくは高く評価していますが、「姫ちゃんのリボン」はふろくに夢中になる年をとうに超えていましたが、楽しませてもらいました。
2つ目は、“子持ちで人気トップ作品”。これが一番注目しているところです。『りぼん』が創刊されて50年。後にも先にも、漫画家が、ご結婚されて、出産後、『りぼん』でトップとなった作品は、この「姫ちゃんのリボン」だけなのです。
この事実を思い返す度に、『りぼん』は、20代の独身女性が、若い感性で作品を発表する雑誌なのだなと感じます。(漫画家の年齢傾向
そもそも、結婚後にトップという人さえいない。(「ちびまる子ちゃん」は結婚をはさんでなので。)若さはさておき、トップメンバーは独身が前提。結婚すると、驚くほど他誌に流れています。水沢先生は中2の準りぼん賞デビューや、早稲田大学出身という部分の方が注目されることが多いのですが、“子持ちでトップ”というほうがすごい事実だと思います。



「姫ちゃんのリボン」を、心底軽蔑し、こんなにも嫌いな作品は今後もでないだろうと思うたび、ほとほと嫌いなことに対するパワーはすごいと感じます。(それだけ「ときめきトゥナイト」が本当に大好きってことなんですけれどね。)
ただ、嫌いな作品にも嫌いだけで終わらせられない部分もあると思いますし、パワーはある部分ですので、「『りぼん』を斬る」では、マイマス投稿を集める事で、マイナスだけでは終わらせないよう変化できたらと思っています。

 


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