『りぼん』2000年10月号感想

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『りぼん』の発売日にまたも宝塚観劇(3度目)。「黄金のファラオ」、「美麗猫」(宝塚星組)を見てきました。ノーブル、稔幸さんを堪能してきました。

宝塚を見るようになってつくづく感じるのは、宝塚歌劇と少女漫画とが似ているということでした。もちろん、初の少女漫画である手塚治虫「リボンの騎士」は、宝塚市で育った手塚先生が宝塚をモチーフに作り上げた作品でもあり、少女漫画のルーツをたどれば宝塚でもあるわけですし、池田理代子先生の「ベルサイユのばら」を始め、大和和紀、木原敏江先生の作品などがよく宝塚化されているわけですが、それよりも「女による、女のための、夢を売る特殊な世界」という部分が似ているように感じました。

少女漫画というのは、漫画の中の1つの分野として分類されていて、少女漫画家はほとんどが女性であり、女性の読者のために描かれており、男性で少女漫画が好きということは特殊なこととして見られます。(少女漫画が好きな女性も、特殊な目でみられますが…)
宝塚歌劇というのは、ミュージカル&ショウというよりも特殊な世界としてとらえられていて、タカラジェンヌは全員女性であり、見ている人もほとんどが女性で、男性で宝塚が好きということは特殊なこととして見られます。(宝塚歌劇が好きな女性も、特殊な目でみられますが…)
そして何よりも、どちらも裏方(宝塚では演出家、少女漫画では編集者)はほとんど男性であり、女の世界であるがゆえに、表面の華やかな世界とは裏腹に、どろどろとした人間関係の噂話絶えない(もちろん反対のもありますが)のが似ていると思わずにはいられないのです。

『りぼん』と宝塚の関わりならば、「お父さんは心配症」第6話などはいかかでしょう。最後から2ページ目の最終コマに注目して下さい。
「すみれのは〜な〜♪…」これは宝塚の18番「すみれの花咲くころ」の歌詞です。キラキラ輝くスポットライトに照らされたパピィと北野くんは、宝塚のパロディ化したものであるということをわかった読者は何人いるやら…奥が深いぞ、「お父さんは心配症」!
作者の岡田あーみん先生は、大阪に住んでいらっしゃったので、宝塚のこともご存知だったのろうとか、著作権の表示がないところが、みーやん(担当編集者。絶大な人気を博した読者コーナー「みーやんのとんでもケチャップ」、国民的人気となった「ちびまるこちゃん」、250万乙女のバイブル「星の瞳のシルエット」の担当でもありました。さくらももこ先生の元旦那さんでもあります。)は宝塚を知らなかったのだろうななどと、深読みして楽しみましょう。

前置きが長くなりましたが、『りぼん』10月号の感想です。
『なかよし』、『ちゃお』と見比べた時に常に『りぼん』の表紙に親しみやすさを覚えるのですが、りぼんっこなんだな〜思う瞬間です。(私はよくこういう瞬間があります。)
「パートナー」最終回ということで、珍しく前からではなく「パートナー」から読んだ関係で読む順番がごちゃごちゃになりました。(いつものように感想は掲載順です。)


◆GALS!(藤井みほな)
今まで「GALS!」について、私は安定感を感じ、その安定感もあってか高い評価をしてきました。藤井先生は「GALS!」という作品にかんして、歯車がいい感じでまわっているとかんじているし、いい作品だと思っています。

しかし、今月号はつまらなかった。先月号の感想で「安心して読めるようになる作品」だという評価をしたのですが、撤回します。「GALS!」のストーリー構成のパターンは安定感という良さもあるのですが、一歩間違えると、単調に思えてしまうのだなと今月号でつくづく感じました。

先月号から綾と乙幡のエピソードが、ストーリーの軸になっているのですが、これが物足りません。今月号であれだけの綾に関してのエピソードをつくったにも関わらず、綾というキャラクターが膨らむことがありませんでした。乙幡の方も膨らむことはなく立ち往生している感じ。こういうのはページの無駄に思えるのです。だらけるだけならない方がよかったと感じるのです。
私は綾にはまったく共感してはいませんが(乙幡を応援する)、もとに戻るなり、別れるなり、さっさと蹴りをつけてくれ!!「…心の中は…いつも大雨だよ…」という、セリフにはぞっとしてしまいました。
綾って怖いよ…

メインのストーリーの物足りなさにプラスして、蘭が絡むにぎやかなエピソードもまたかで感じのものが多く(先月号もそんな感じがしましたが、メインのストーリーは流れていたから)結局は、片瀬を出したかっただけの回なのかとさえ思いました。その片瀬も「なんだこれ」というヘンテコさ。

あまりにもわかりやすすぎて、進学クラスの雰囲気もおかしい…想像で描いているのでしょうね。私は受験校に通っていましたけど、あんな娘(P30)いません。蘭というキャラも、「こんな高校生はいない」と思いつつ、まあいいよねという気持ちで読者は読んでいる方が多いと思いますが、キャラはそれでいいと思います。蘭は魅力的ですから。でも、周りは現実感のある設定・事件にしておかないと歯止めがきかなくなるように思います。次号の奮起を期待します。
あと、P28の乙幡のペンダントと体勢には、悪趣味&不自然で笑ってしまいました。


◆時空異邦人KYOKO(種村有菜)
「GALS!」とは比較にならないほど、「時空異邦人KYOKO」には参りました…
何ナノって感じ

先月号であれだけ張り切って憂姫を助けることになったはずなのに、今月号は結局は、“響古が時を移動できるようになる”それだけのことをいいたい回のようです。
いろいろごちゃごちゃありましたけど、連載第2回目にやることじゃないと感じました。種村有菜先生って「神風怪盗ジャンヌ」の時も思いましたが、
構成に関してのセンスはない方です。連載回数が、「時空異邦人KYOKO」が何回になるかは知りませんが、早々終わるとは思えません。想像でしかないですが、「パートナー」以上の連載回数は保証されているはずです。それだけの連載をするには構成力が重要になってくるものです。

構成力って、作品の華やかさ、キャラの魅力の次、第3番目に少女漫画家に必要な物などと、いしかわじゅんさんは言われていますが、第3といえども重要なものなのです。これがないと少なくとも少女漫画家として生き残れないのではと思います。第1、第2の条件を、種村有菜先生は持っているだけに見えなくなりがちなのかもしれませんけど。

「12個の神の石と12人の能力者を探す」という設定も、『少女コミック』あたり(篠原千絵、渡瀬悠宇先生の作品など)でよくある設定ですし、30世紀という舞台とつながらない魅力ない設定に思えました。30世紀なのに中世っぽいというのはまあ見逃すにしても、1つ1つの設定がかみ合わないのは不自然に思うのです。(私からすれば、30世紀の建築物はあんなものには絶対にならないというのもかなり気になりますが。)

レースのデザイン画のエピソードにしてもおかしい。過去のデザイン画が盗まれても、レース自体があればそんなの関係ないでしょう。最高傑作のレースなのに、デザイン画以外に復元する手だてがないなんて。
デザイナー(ファッション)業界を舞台にした作品を読んでいる人ならわかると思うのですが、デザイン画が盗まれるというのは、通常、未発表作品のときに問題になるものです。自分の作品だったのにアイデアを盗まれたというようなことになるかもしれないわけですから。変なエピソードだよ。

私は今月号の展開として、早速響古が憂姫を救うべく、張りきってタイムストレンジャーとなって活躍するストーリー想像していました。その中で細かなエピソードがあってしかるべきだと思うのですが、今月号のエピソードは第2回から持ってくるようなものには私には思えませんでした。
連載は始まったばかり。作品世界の魅力と、キャラの魅力をもっと煮詰めるべきだったと思います。


ランダム・ウォーク(吉住渉)
入院されたということで、先生自身いろいろ大変だったと思いますが、今月号は見事“来月号が楽しみ!”、“読んでいてワクワク”という作品でした。やっと動き出した〜って感じで私は嬉しかったです。

何が面白かったかというと、望のキスシーン。何というか好き嫌いが別れる展開だと思うのですが、私はそう来たかと思って嬉しかったタイプです。私は『りぼん』の作品はかなり読んでいますし、少女マンガの定番作品も追っているので、先が読めない展開や、オリジナリティのある設定というのは、それだけで作品のポイントがあがりますし、ましてや、その展開・設定が好みのものっぽかったりすれば、嬉しくもなってしまいます。

後から出てきたキャラに、ヒロインが好きになったキャラが取られるという展開は、少女マンガでは珍しいケースではないでしょうか?「おいしい関係」(槇村さとる、YYC全16巻)、「正しい恋愛のススメ」(一条ゆかり、YYCコーラスシリーズ全6巻)くらいしか思い浮かびませんから。これで吉住渉先生の作品なわけですから、期待してするでしょう。
感想で何度も書いている通り、「ランダム・ウォーク」は、「正しい恋愛のススメ」&「女ともだち」(一条ゆかり)の影響を感じます。今回の図書館を絡めてのキスシーンなども、「正しい恋愛のススメ」1巻の図書館でのキスシーンを思い浮かべたり、キャラも、まっすぐさ・素直さが優架=美穂だし、貞操概念がないくせに罪悪感がある部分が望=博明に重ねたり。

「四重奏ゲーム」以外の吉住渉先生の連載作品は、りぼんっこがみんな好むような作品だったように思います。「ランダム・ウォーク」は読者の好みがわかれてくる作品という点で、明らかに吉住先生が新たな挑戦をしているように思います。(吉住渉先生がその点に気づいていないとは考えにくいです。わかっててやっているでしょう。)相変わらず作品から情熱みたいなものはでてきませんけどね。(吉住渉先生はストーリーではなくて、絵(特に小物)が描きたいタイプの漫画家だと私は思っています。)

細かいところでは、望が小銭をポケットに直接入れているシーンがありますが、こういうのって男って感じがしません?前に飲み会で、男を感じるこの仕草というのが話題になって、私はこの仕草をあげたのですが、男性群に意外な顔をされたのを覚えています。別にセクシーさとか、フェロモンを感じる仕草という意味ではなくです。ブランドものの財布にぴっちりカードとかが整理されている男よりも、小銭くらいポケットにいれている方が私は好きなんです。女は絶対こういうことはしないですから。
その他には、リップクリームを拾って渡したのにそれが相手のものではなかったりするエピソードや、トイレでの優架と塔子の会話の臨場感は好きです。
吉住渉先生の
小技が非常に上手い方ですからね。一条先生の影響を受けていると言っているくらいですから、大技は私は大して上手いとは思わないですけれど。


◆ソラソラ(槙ようこ)
槙先生の作品を今まで一度も面白いと感じたことはなかったのですが、この新連載には
素直に「いいな」と思いました
とはいえ、京都なまりがあるヒロインということで大ヒット作品「福屋堂本舗」(遊知やよみ、全11巻、BMC)を思い浮かべて、さらにヒロインの性格からあられを思い浮かべはしましたけれども。

まず、タイトルの付け方がいいと思います。今までの槙先生の作品には、こだわっているわりに意味不明で、タイトルセンスを感じませんでした。「ソラソラ」というタイトルはセンスがあるとは思えないのですが、理にかなっていてスマートなタイトルだと思いました。
タイトルをつけるセンスあるということは、言葉のセンスがあるということだと私は思います。『りぼん』の漫画家の中では吉住渉先生や、若手の漫画家では槙先生と同様に有望株の朝比奈ゆうや先生の方がタイトルセンスを感じます。(反対にタイトルセンスがないと思うのが、種村有菜・高須賀由枝先生。言葉のセンスがマンガのすべてではないですし、このお2方は作品の雰囲気作りに長けているという強みがありますから。)

次に、なんといってもヒロインです。空子が生き生きとしていると感じます。感情移入ができるというところまでは上手くはないと思いますが(「福屋堂本舗」のあられを思うと)、魅力が伝わってくるエピソード・画面・表情などが随所にあって、作品の中に入り込むことができました。
たとえば、空子・空緒が屋上で空を見上げるシーン。“空”が3つが重なっているというだけで上手いなと思うし、さらに空子と空緒の出会いのエピソードも2人の性格を手短によく現わしているいいエピソードだと思います。

槙先生の作品のヒロインのよくわからない天然ボケぶりと相性最悪だった私からすれば、やっと槙先生の作品を読んだとさえ思いました。(今までは、キャラが駄目で作品の世界に入れなかったので)目は大きすぎて怖いのは変わらないし(ガラス玉みたい)、コマ割りも鍛練が必要そうですが、2000年3月号の感想で書いた「魅力的なキャラと引き込ませるストーリーを描けるようになってほしい」という願いが叶ったようなので、新連載だし他は目をつぶるとしましょう。次号が楽しみです。


◆ペンギン☆ブラザーズ(椎名あゆみ)
今連載中の『りぼん』の作品の中で、平均的な面白さのレベルが最も高いと思う作品です。
今月号の展開には「いるかちゃんヨロシク」(浦川まさる、RMC全8巻)をどうしても彷彿せずにはいられませんでした。陽菜がいるかちゃんに似ているからですけれどね。そのため、頭の中を、「いるかちゃんヨロシク」の集英社文庫コミック版の本田恵子先生の解説の
“B級”と表したところを思い出しました。

椎名先生はご自分の作品をすごいものとか、レベルが高いもの思われていないように思えます。自分の作品はエンターティメントと思っているような気がします。そういったところがお金のためと思われてしまいがちかもしれませんが(吉住渉先生も似ている)、賞などを狙えるA級の作品ではないにしても、エンターティメントを追求したB級作品って感じが「ペンギン☆ブラザーズ」の良さなのではないかと思います。

細かい部分をいうと、小柴の水玉のシャツに笑う。小柴って顔が完全に女の子なので、こうなると女の子に見えます。椎名先生のキャラの描きわけもかなりムゴイ感じ。陽菜も珍しく今月号の最初はかわいい服装をしていましたね。珍しい〜と思っていたら、今月号のその後の展開でその意味がわかりました。
EXPってゲーム用語でしょうか?ゲームをしない私にはわからないので注釈を希望したい。
陽菜の一色を「普段ボーっとしている」と言うセリフに笑う。無口なだけで頭ではいろいろ考えているというのがカッコイイと思うのですが、ただ単に「ボーとしているだけ」と見抜いているのがいい。陽菜ってカリスマの柄だと私は思うのだけど。
陽菜のヒロインとしての魅力、小柴の面白味のある意外な個性、西崎の馬鹿さ、一色の何か隠している雰囲気など、キャラの個性とストーリーのリズムがかみ合った楽しさがあって、今後も楽しみな作品です。


◆グットモーニング・コール(高須賀由枝)
夏休みが終わったのに、夏休みの旅行。季節が現実とはまったく異なる時間軸で進むように今後なるのでしょうか?
珍しくストーリーが“旅行”というキーワードで動いているのだけど、だから何って感じの盛り上がりしかないのは、今まで通りという感じがします。
(また、買い物って感じ。)

上原って都合のいい男に成り下がっているような気がします。あまりにも可哀想…私は菜緒とは性格が正反対に近いもので、上原に感情移入しているので、かなしいです。(あと、ゆりりん。)

中高年の顔はギャグ絵で通すということが確定した作品なんだな〜とつくづく感じます。高須賀先生が「グットモーニング・コール」で絵の面で見せた上達はギャグ絵だけですからね。キャラの男女の描きわけさえままならないで今後もダラダラと連載が続くのだろうか?


◆Wピンチ!!(亜月亮)
カラー付きでよかった〜(先月号の予告ではカラー予告はありませんでした。)この手のコメディ調の作風は『りぼん』には必要だと思います。来月号がカラーなしというのが残念です。

最初からアラを見つけました。P239でアリサと暁名はあれだけ離れているのに、足を痛めているアリサがP240では暁名の背後に忍び寄ったりして。アラを探しというのも、マンガの読み方の1つだと私は思っています。許せない矛盾とかは困ると思うけど、アラ程度は面白いから。

ありさとアリサの交替のタイミングとエピソードの組み込み方が、作品の読みやすさにつながっていると思います。今月号のタイミングを調べてみると、P239*アリサ(7P)→P245*ありさ(8P)→P254*アリサ(5P)→258*ありさ(11P)となっています。交替のバランスの良さがわかるのではないでしょうか?全体で見ても、ありさ:アリサ=19:12となっていて、ありさが主役なわけですがらアリサの出番は、ありさの半分ちょっとということで絶妙って感じ。こんなことは亜月先生は考えていないと思うけど、流れをよくしようとすると必然的によくなるのではないかなと想像します。

新キャラは教師側の人間ってことで、今後どのように展開していくのか楽しみです。猪神の謎はまったくわからないし…


◆世紀末のエンジェル(倉橋えりか)
倉橋先生の作品は、何度も書いているように私は好きではないのですが、「世紀末のエンジェル」に関しては、頑張っている様子なので応援しています。

相変わらず、どっかで読んだエピソードの組み合わせの作品に思えるのだけど、倉橋先生なりの良さも出ている作品だと思います。『りぼん』は定番・王道の雑誌ということで、このような作風も許されるところがあるんですよね。
ある程度少女マンガを読みなれてくるとその点をよく馬鹿にされたり、敬遠される理由の1つになりますけれど。大御所では、水沢めぐみ先生はそのタイプです。この方のオリジナリティは作風だと私は思います。水沢ワールドっていうものです。エピソード1つ1つは、本当にありがちでしかないと思います。でも、作品で自分の世界が作れるというのが才能なのでしょう。

前世の記憶の覚醒といえば「ぼくの地球を守って」(日渡早紀、HC、全21巻)があったなと思った今月号でした。さしずめ、鈴姫=木蓮、小林=紫苑ってところでしょうか。前世で結ばれないからとかありましたしね。


◆パートナー(小花美穂)
今月号で最も注目は「パートナー」の最終回だったと思います。
無難に終わらせたなというのが読後の印象でした。あと、やけに読みずらい…

作中の言葉(ネーム)が縦になったり横になったりするのですが、何かの効果を狙っているのでしょうか?「パートナー」に関して、私は小花先生の動きをコマ割りのリズムからは読み取れるのですが(小花先生のコマ割りは、古くからよく使われているありがちなパターンなので読みやすい)、小花先生の最大の武器であると思われるネームに関しては、どうにもコマの中の配置が読めず、あれっ、あれっという感じでした。
小花先生は「読む側にも「お疲れさまでした」といいたいです、ホント。」とP328でいわれていますが、私にとっては、テーマ、ネームの量とかよりも、ネームの配置をなんとかしてくれと思わずにはいられませんでした。

具体的にいうと、P317。「…安らかに …眠って…」と横にコマを切っている意味を誰か解説して下さい。わからん。「…萌… 賢ちゃん…−」のあとに素直に「…安らかに …眠って…」を入れて、横に切るコマを削るか、次の苗の目のアップで横に切って、苗の激情を表現した方が私にはスマートでわかりやすいです。研究所からやっと脱出できて、心理面で盛り上がるシーンのはずなのですが、私は変だなと思ってしまいました。
他にも何ヶ所も、横文字のネームと、縦書きのネームの区別がつかず混乱しました。

1つ感じたことは小花美穂先生にとって、生きるということは、非常に関心があることなんだということ。私は「パートナー」のテーマとしてそれを感じましたし、今までの小花先生の作品を振り返ってもそうだったのかもしれないと感じます。
「パートナー」という作品を私は高くは評価していませんが、小花先生自身が作家生活の中で変わる1本になりえているのが大きいのではないでしょうか?小花美穂という作家は、少女マンガ界にはまだまだ必要な作家であると私は思いますから。


◆青い、キヅアト(木月庭子)
『りぼん』で新人漫画家と呼ばれ、
新人として優遇されるのはデビューから2、3年です。(プ〜タオ』2000年冬の号(P66)、りぼん編集長、今井鈴人さんのアンケートでの解答“「新人作家で、期待されているまんが家は?」・・・ここ2〜3年にデビューした新人群。”より)
木月先生のデビューは1997年で今年3年目になるわけで滑り込みでの本誌掲載というところでしょう。(1997年以前のデビューの漫画家で、本誌掲載がない漫画家が本誌掲載できるのは、先月号であったような別冊などを介さないと難しいと思います。)3年目だから、すでに、“フレッシュ”という形容詞はなく、“実力派”というキャッチフレーズだったくらいですから。

絵の面では、かわいいと思う絵と、口元が怖く気持ち悪いと思う絵があったりと、新人漫画家という感じで、安定感を感じませんでした。あと、ギャグ絵が吉住渉先生に似ているという印象を持ちました。受け付けない絵ではありませんでしたが(別に好きな絵でもない)、P367の梨花の体育座りだけはなんとかしてほしかったです。あまりにもおかしいよ…

コマ割りなどもごちゃごちゃしていていたり、コマ構成の方も不自然さを感じて(例えば、P361の4コマ目の「うん…秋山先生キレイだもんなあ…」というは、秋山先生の魅力があの小さいコマでは伝わってこなかったりとか、その次のコマも浅海の異様な大きさに不自然さを感じてしまったりとか、画面展開も好きになれませんでした。読むのに疲れましたが、エピソードの組み方は自然で、ヒロインの心情と、浅海の魅力に引き込まれました。(唯一、P365の「うう…弱いなぁ」というのは、その前に弱さを出したエピソードがなかったので、おかしいと思いましたが)
何といっても、この作品の良さは後半でしょう。後半の盛り上がりと最後の落としどころが気持ちいいのです。ストーリーの題材としては目新しくもないですが、切り口がよくて読んでよかったと思える作品でした。


◆もっとちょーだい!(あゆかわ華)
前号で最終回を迎えた「5−ファイブ−」(芳原のぞみ)と一緒で
打ち切りっぽいですよね。
あゆかわ先生は、『りぼん』の連載枠に次も入ってくるでしょうか?「もっとちょーだい!」の最終回の評よりも、私はそちらの方に興味があります。

『りぼん』で現在、本誌連載が保証されている作家は、小花美穂・椎名あゆみ・高須賀由枝・種村有菜・藤井みほな・吉住渉先生(50音順)の6人です。本誌で巻頭カラーも張れるレベルの作家であり、連載と連載の間に特に関連誌に作品を発表することもなく本誌で連載をさせてもらえます。専属契約をとった作家ともいれるかもしれませんが、私には誰が『りぼん』と専属契約をもらっているのかはわかりかねるけど、このレベルの作家は結んでいるでしょうね…

亜月亮・倉橋えりか先生は、保証があるわけではありません。連載作品がある程度の人気があれば次も連載が保証されますが(つまり、亜月・倉橋先生は次回の本誌連載の保証はとりつけています)、連載が終わると次の本誌連載の間で関連誌で作品を書いて読者の再評価を仰ぐ必要があります。(連載中に人気が出て、巻頭カラーをもらえるようになると、保証された作家になれるのでしょうが)
前回の連載で今一歩のれなかった芳原先生は、『りぼんオリジナル』で再評価を待っています。「桃天娘。」に、本誌連載の行方がかかっているのでしょう。本誌連載権は1回剥奪されると取り戻すことは、非常に大変なものなのです。与えられたチャンスを確実にものにした作家だけが、本誌での連載を許可されます。
そして、来月号から朝比奈ゆうや・藤田まぐろ先生の新連載が始まります。朝比奈先生は2回目の本誌連載なので、この本誌連載権の争奪戦に加わることになります。1人増えるということは1人減るということなのです。残るのは誰でしょう。漫画家って大変です…

ちなみに、初連載枠は別に設けているようですが、始まったらこの枠の争いに加わります。本誌初連載の作家は、このレベルの作家の作品に対抗できるだけの人気を得ないと、2回目の連載はなくなり、そうなると一気に本誌連載権は剥奪されるという厳しいことになります。この手の作家の多くは、人気がなくもないので関連誌で定期的に作品を発表していく作家になっていきます。この分類に入る漫画家の人数はかなり多いです。生かず、殺さずという悪い表現もありますいが、『りぼん』の作家層の厚さが一番現れる部分でもあります。(本誌のときよりも、いい作品を描く方が多く、結構見逃せない。)

以上のは私の仮定に過ぎませんが、先月号の「奇跡をあげる」の感想の時にも書きましたが、『りぼん』はあまり不自然なことはしない雑誌だと思っています。ナンバー1の貫禄というか、あまりドタバタ動かないのです。


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