『りぼん』2000年12月号感想

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10月30日から『りぼん』の発売日である11月2日の24:00〜25:00まで、
BSマンガ夜話がありました。

私は「BSマンガ夜話」が好きなのですが、今回は大好きな一条ゆかり先生が取り上げられたり、その他も『りぼん』ご出身のみなもと太郎先生、『少年ジャンプ』の作品2本というラインナップで、マンガに関することは何事も少女マンガに、そして『りぼん』につなげてしまう私にはつなげやすく、楽しいものになりました。

『少年ジャンプ』が『りぼん』にどうしてつながるかというと、『少年ジャンプ』は『りぼん』と同じ集英社の雑誌であり、分野は違いますが、読者層などで重なる部分があるのではないかと思われるからです。
だから、私は『少年ジャンプ』を読んだことはないのですが、『少年ジャンプ』に関連する書籍は大量に読んでいます。(『さらばわが青春の少年ジャンプ(ハードカバー・文庫共)』『まんが編集術』(西村繁男)、『少年ジャンプの時代』(斎藤次郎)、『なぜ子どもは少年ジャンプが好きなのか』(馬居政幸)を始め、一部触れられている『システムと儀式』(大塚英志)、『マンガ界のウラの裏がわかる本』(蕪木和夫)から、雑誌『創』・『噂の真相』の記事まで。)

『りぼん』について調べるために、資料・情報を集めても、あまりにも少ないのです。少女マンガ評論自体の量が多いものではなく、その中でも++Essay++の『りぼん』とマンガ評論で書いたように『りぼん』は、ほとんどとりあげられることはありません。
話しをつなげていくためには、点は多い方がいいので、判断材料となるべき点はどこからでも持ってきます。そのために、『少年ジャンプ』に関する情報も集めるわけです。

「BSマンガ夜話」では、以前「幽遊白書」(冨樫義博)の回で

『ジャンプ』なりの押し付けがあるから面白い。(略)人気が出て、屋台骨背負ってしまたら、終われない。選んでしまったのは自分。しょってけ。

押し付けがあるからこそ面白さが出る。メジャー舞台に立つ人間はプレッシャーがある。そのプレッシャーを取り入れるから盛り上がる。(略)消耗がある。自分がどうなるかわからない。
(いしかわじゅん)

という部分があって、「『りぼん』にも同じことが言えそう。同感だな。」と感じたことがあります。
最近では、小花美穂先生が「こどものおもちゃ」の後半で精神的にかなりギリギリな感じで(読んでいた方は皆気づいていたと思いますが)、連載終了後の『H』でのインタビューを読んでいるとやはり背負われていたものは相当重かったようですが(『りぼん』のというかプライペートの面で)、よくぞ頑張ったとは思いましたが、同情はありませんでした。
同情なんか失礼なだけに感じますし、漫画家には自分どうなるのかわからない不安や、消耗してしまう部分もかなりあると思います。それを乗り越えられないようでは、『りぼん』というメジャー舞台で漫画家として注目を浴びる資格はないと思うのです。

今回の「BSマンガ夜話」では、私にとって『りぼん』につながる言葉がいろいろとあったので、それを感想に加えていきたいと思います。(カッコ内は発言者名です。敬称は省略させていただいています。)そのため、今月号の感想は長めになっています。


ランダム・ウォーク(吉住渉)
『りぼん』2000年7月号感想で書いたように、私は吉住渉先生を一条ゆかり先生と重ねてしまいます。
「BSマンガ夜話」の一条ゆかり先生の回で思ったのは、今までに触れたように恋愛をテーマにしていてその切り口が似ているというだけではなく、プロデューサーとしての資質があるという点も一緒だと気づきました。

吉住渉先生の作品を見ると、この人は自分のマンガの長所も、短所も、読者も、時代もすべて把握して作品を描いているに違いないと思ってしまいます。
例えば「ミントな僕ら」は、吉住先生が狙った作品でした。「この題材はりぼんっこは好きだろう。」「男性ファンもいるから、その方面にも受ける部分を入れとこう。」「今は目が大きいのが流行っているから、眼も大きくするか。」ってな感じで、結果としてヒットさせました。
自分の作品をプロディースできるということは、漫画家としての強みです。

「BSマンガ夜話」で“一条ゆかり”というペンネームについてねらっていると言われる部分があります。一条先生はその通りねらって付けたわけですが、“吉住渉”というペンネームも明らかにねらってつけたものだと思います。
私は、“吉住渉”というペンネームを始めてみたときに驚いたことを覚えています。今でこそ男性の名前の少女漫画家は多いですが、当時は“渉”という男性の名前を、ひらがなならまだしも、漢字で付けてきたという点に驚いた記憶があります。

前置きが長くなりましたが、今月号の感想です。
望が今月号には出てきませんでしたが、きっと今後の展開で、キャラ同士の関係を綿密に作っていくことと思うので、望は消えたわけではないと思います。これは前から言っている吉住渉先生の作品が一条ゆかり先生に似ている部分ですが、これがなかったら、ますます吉住先生は新たな挑戦をしているとなるわけですが、私はそこは変えてこないと予想していますが、どうなるのでしょうか?

今月号の新キャラの紗央里。吉住先生はキャラの描き分けをきちんとされる方ですが、紗央里の眼は今まで吉住先生にはなかった眼に挑戦されています。
この眼の描き方は岩館真理子先生が始められたものといわれています。岩館先生のキャラには世の中の霞を食べているような危うさを感じるのですが、この眼にはどこをみているのかわからない怖さを感じます。この眼を描く漫画家は多いのですが、私は雑誌は違いますが「キス」(マツモトトモ、HC)で印象が残っています。「キス」のキャラの危うさを私は眼の描き方に感じてしまうのです。崩れそうな雰囲気を持つ作品にはかなり合う眼でだと思います。

もう1人の新キャラの古谷海斗は、いきなり出てきて、ヒロインを好きだと言って、強引にキスしたりとありがちなキャラなのですが(吉住渉先生の作品でいうと「ハンサムな彼女」の聖タイプ)、このキャラの恋人という設定の紗央里は、かなり危うさを持ったキャラなのではないかと思うので、今後の展開としてその辺がキーワードになるかもとか勝手に想像してしまいました。

P45の「あたし あんまり顔の整った男の人って好みじゃないんだよねー 「ちょっといいカンジ」くらいの方が好きなんだ」は吉住先生の恋愛観ではないかと思います。
吉住先生の好みのタイプの男性は、「ハンサムな彼女」の熊谷一哉です。『りぼん』1993年6月号P440「こちらまんが情報 理想の彼はこんな彼」という特集で、「そりゃもちろん熊谷一哉でしょう」といわれています。1992年4月号から「ママレード・ボーイ」の連載がスタートしており、それから1年以上経った1993年6月号に一哉をあげるとは好みのタイプでないはずがありません。
一哉というのは優架が言っているとおりのキャラなので、吉住先生の恋愛観だろうと思うわけです。私も吉住先生のキャラの中ではダントツで一哉が好きですけれど、今後、望以外に、このタイプの男性が出てくるのかどうかということも私は注目しています。

しかし、「ランダム・ウォーク」はほんとにキャラの心理描写が淡泊です。優架がサバサバしているからですが、吉住先生は「叙情的なことって苦手なんだもーん」(『りぼん』1991年6月号P144「こちらまんが情報」より)といわれています。絵柄もさっぱりしたものにしている感じで、こういうところにも吉住先生らしさを感じます。


◆GALS!(藤井みほな)

久々に「GALS!」の良さが出ていました。

P74に「告られたんだケド まだ返事してないらしーぜ」とありますが、なかなかのエピソードだと思いました。私は告白される前にデートに誘われたら、特定の人がいなければ探りを入れる意味でもOKすることもありますが、告白された後に返事をしないうちにデートはしません。このエピソードが綾の優柔不断ぶり、自分のなさを表されています。
反対に、P84のアクセサリーに関する部分は行き過ぎな感じがしました。P85の片瀬の「ついでだからいうけど」という下りにつなげたかったからだと思うのですが、あまりにも露骨でつまらない。もっと巧妙に片瀬の正体?を出してくれた方が盛り上がったように思います。

また、P93からの綾の告白はとてもいいのだけれど、P90で電話があってそれから緊張度が上がっているので見つけてからのタメがなくてあっさりしすぎで残念でした。画面転換して、綾の109から違うところにいくという時間経過を表して綾の告白につなげるとか何かしらのタメがほしかったです。

綾の告白がいいといったのは、別に感動したからというわけではなく、乙幡のセリフの意味を綾なりに理解したことが説得力があって伝わってきたからです。
だからこそ、P108の「…なんかさ おめーの言うことでも正しいことあんのな!ちょっち見直したぜ!」という蘭のセリフに感情移入して、P109の乙幡の「…ナルホドね」という意味深なセリフにつながって、今月号はなかなかよかった・今後の展開が楽しみだ、ということになれたのだと思います。

また、今月号のメインのテーマである女3人の友情の方も、P75・P79の蘭と美由から始まって、P87の綾→P90の蘭→P94・95の3人→片瀬の正体発覚→P105・106の3人と見事に決まっているなと感じました。こちらはさすがに気合が入っている感じでしたし。
私は読んでいて盛り上がれるので、エピソードが流れるようにキレイに重なってつながっていると嬉しい性質なのです。

今後は、友情が深まったところで、女の友情を壊すもの“男(乙幡)”の方に話が移ったりするのだろうか?


◆時空異邦人KYOKO(種村有菜)

カラーは気合が入っていました。ただ面白味は感じはしませんでした。
響古・憂・逆滝の三角関係を示唆していたりすれば面白いけれど(当然、響古→逆滝→憂)、本編を見る限りそんな様子もないし、カラーに凝っているということなので、言葉通り凝りましたといった感じですね。

種村先生の作品は、勢いと華やかさなど長所も多いのですが、短所もかなりある漫画家であることは確かです。

「BSマンガ夜話」の「聖闘士星矢」(車田正美)の回で

大人が真面目に正面きって描いているところがおもしろいんだよね。このすごい幅の狭い物語世界がおもしろいんだよ。これを描けるっていうのがすごいんだよ。これはおもしろしろいんだけれど、ただそれがあんまり極端なんで突っ込もうと思うと1ページ毎に、おいおい、おいおいって言わないと先に進めなくなってしまうところがあるんだよね。(略)この人は半端な知識をいっぱい詰め込んで、大人が読むにはなかなか難しいところがあるんだよ、やっぱり。(略)そういうところも躊躇わず描ける。この人の感覚がおもしろいんだよ、やっぱり。それが子供にストレートに入ってきておもしろいんだよね。
(いしかわじゅん)

と作品を指摘している箇所があります。私は「聖闘士星矢」を読んだことはありませんが、これはそのまんま種村先生のことを言っていると思いました。
私は種村先生の作品を正面きって読めません。とかいって、突っ込みを細かくいれたりはしませんけれど、入れないで読むことはできません。種村有菜先生の作品で辛いところですね。

種村有菜先生は、

本当に子供の目の位置に降りているよね。これは本当に凄いよ。
(いしかわじゅん)

ということなのでしょう。おまけに天然でやっているらしいところもありますし、並大抵の凄さじゃないです。

ちなみに、藤井みほな先生もかなり降りているように感じられますが、1999年11月27日毎日新聞の「メディアの教師像」での藤井先生のコメントを見るがきり、かなり冷静な部分があるようです。テンションは蘭以上にあげているでしょうから、大変さは変わらないでしょうけれど。

さて、今月号で気になった点ですが、アクションでないマンガだったら、あまり気にするところではないのかもしれませんが、マンガは描かれていないシーンの動きを無意識の内に頭の中で動かして読むものなので、動きがつながらないとつまってしまいます。
P125の4コマ目ですが、私は逆滝が竜になれたとを忘れていました。そういえば変身できたんだした…記憶を呼び起こすのに時間がかかってつまりしまいました。
P129の1コマ目では、上の方に響古を抱きかかえた逆滝がいますが、視点が逆滝によって傷つけられた魔族にいったので見逃してしまい、3コマ目で響古が逆滝に抱えられていることを理解できないまま、次のページにいき、意味不明になって戻りました。こんなところにいたとは…
P134の1コマ目の逆滝の後ろ姿ですが、前のページの1コマ目を見てみると、響古の方が若干逆滝の前にいます。(ほぼ並んでいる)私はこの位置関係を頭にいれていたので、いきなり後ろ姿になって驚きました。子供の頃の自分を気絶させるために逆滝は響古の前に出たわけで、じっくり読めばつじつまは合っていることはわかるわけですが、私にはすぐにはつなげることはできませんでした。
コマ割り・コマ構成は上手いと思うのですが、動きがつながるようになるとアクションシーンにさらに迫力がでそうだなと感じます。一枚絵としての迫力はあるので。

しかし、キャラに不安定さを感じる作品です。響古も、逆滝も何なのだか私はよくわかっていません。


◆世紀末のエンジェル(倉橋えりか)

倉橋先生が頑張っているのはわかるのですが、どうにも楽しみ方がわからりません。次号から新展開っぽいので、それに期待しましょう。話が未消化なまま進んでいるような気もするが…

今月号は何といってもP156の1コマ目でした。一条ゆかり先生の「有閑倶楽部」の「幽霊なんかこわくない」第7巻P37に同じ構図のシーンがあるのですが、画面から出る迫力の違いにうなってしまいました。比べては気の毒という感じさえしますが、「幽霊なんかこわくない」を『りぼん』でリアルタイムで読んで怖がった身としては思い出さないわけにいきませんでした。
私は『りぼん』の作品に隙のなさを求めているわけではないのですが、このように過去の『りぼん』作品と比較してその作品力の違いを見せつけられると辛いものです。

あと、P161のキスで正気に返すというエピソードですが、P162で倉橋先生自身で突っ込んでいらっしゃるように以前にもこのエピソードを倉橋先生は使われていますが、前回の方が全然おもしろかったです。
キスして正気に返すというエピソードは少女マンガにはよくあるものです。篠原千絵先生が広めたと私は思っていますが(最近では「妖しのセレス」(渡瀬悠宇)etc.)、よくあるエピソードは、前後の流れとかを工夫をしてもらわないとさらっと流してしまいがちです。前回は、女からするという点や、雅・悦の性格設定が定まっていなかった背景、キスされた今野がキスの経験がなかったという落ちもあって楽しめたのです。
今回は、男からするという定番のパターンに、セクハラうんねんという前の会話もピンとこないし(あまりセクハラという言葉をこのように使ってほしくない気もする。ヤングレディース誌だったらないでしょうね。)、大人の男(鷹成)の生まれ変わりで精神的にも大人の男のはずが、12歳でA体験でとか言われてもという気がしました。

P173・174のラブラブ路線は新展開に入るとなくなってくるよということなのでしょうか。(今のうちにいれておけというか…)

作品が好評で伸びたのはいいのかもしれないけれど、反対に作品を広げるためにパワー不足を感じるので、ここが頑張り時かなという気がします。


◆ペンギン☆ブラザーズ(椎名あゆみ)

絵(特に、顔)の崩れは気になるけれど、話は楽しい
椎名先生は最初は話の人で、その後に絵が追いついてきてという印象があるのですが、最近見事に絵が崩れたなという気がします。絵柄の魅力は読者を引き付ける上で重要なのですが、「ペンギン☆ブラザーズ」では絵に対して執着を感じないような気がします。「ベイビィ☆LOVE」では、執着はしてはなかったけれど、気は使っていたように思うのですが…
絵が崩れても、作品の読みやすさは変わりません。流れるように一気に読めてしまいます。

陽菜というヒロインは、初期の椎名先生の作品のヒロインにもつながるのですが、それよりも80年代中盤の『りぼん』作品の「いるかちゃんヨロシク」のいるか、「エース!」の真奈美などといった色気よりも元気というようなヒロインを彷彿とさせられます。
「ペンギン☆ブラザーズ」に古さを感じるのは、椎名先生のセンスの他に、80年代中盤と系統が一緒のヒロインをもってきたことが一番の要因ではないかと思います。

椎名先生の履歴を見てみると、1986年6月号・第200回りぼんNEW漫画スクールに初投稿で努力賞受賞、1986年9月号・第203回りぼんNEW漫画スクール努力賞受賞、1986年夏のスクーリングに参加。スクーリングで感銘をうけたのかどうなのかわかりませんが、その後約1年投稿せずレベルアップをして、1987年10月号・第216回りぼんNEW漫画スクール準りぼん賞受賞→即デビュー、となっています。
話は戻りますが、1984・85年は『りぼん』に投稿を始める前で、椎名先生は中3・高1で読者として『りぼん』読んでいた時期で、さらに投稿しようという気分にさせた時期でもあり、想い入れがある時期ではないかと思います。だから、今になって出てきているのかなと想像しています。

とりあえず、陽菜の好感度が高いです。
P191の「でも、この作戦て 自分の性格 どんどん悪くなってく気がするわ」(この作戦“て”→“で”or“って”。写植ミスです。単行本のときには直っていることでしょう。)は、陽菜の優等生路線の枠に入りきれないものを感じます。
特にP196の「なんて意外性のある奴なんだ…」は、作品のリズムが変わるコマの最後のセリフで印象に残ります。陽菜に読者を引き込むための落しどころで、これに共感させるように今月号は最初(P189)からここ(P195)までもってきているわけで、上手さを感じてしまいます。こういう落とし所はしっかりと作ってきますね。(読者ついてこい、ついてこいと引っ張っている)

ストーリーは、陽菜を取り巻く3人の男、一色・小柴・西崎の内、最も影が薄かった西崎にスポットが当たっているのですが、今まであまりにもスポットがあたっていなかったので(影にはなっていたけれど)西崎の言動が新鮮でした。
P204の西崎のキレッぷり(絵はかなりすごいような気がするが…)を始め、なんといってもP209、3コマ目の「昔の古傷がうずき出した」。これが「ペンギン☆ブラザーズ」の古さです。古傷がうずくというのは80年代中盤だったら普通でしたが、今はこれはないと思います。でも、あった方がおもしろいから、今後もいれてほしいです。

P214、1コマ目の西崎のセリフで入って、2コマ目の陽菜のアップで読者の気持ちをためて、3コマ目の「なーにかっこつけた言い方してんの?さぶっ きもっ」で落として、次を早く切り返していくのも作品について行きやすくて読みやすさを感じるところです。

最後かなりいいところで終わったので、来月号はどうなるのか楽しみです。


◆グットモーニング・コール(高須賀由枝)

先月号の感想で触れたように、2人がラブラブになったということは、連載はまだまだ続くということを意味しています。プッシュ路線からは外れたのですが、定番路線として引っ張っていくつもりなのかもしれません。

しかし、予想が外れてよかったというべきかもしれないけれど、本当にどうやって終わらせるつもりなのだろう。ストーリーに山がないので、見当がつきません。私はエピソードが畳みかかっている作品が好きなので、エピソードがキレイに流れていたとしても細くて薄いと物足りなさを感じてしまいます。
「グットモーニング・コール」は作品の雰囲気を味わって楽しむ作品だということはわかっていても、私は貪欲で食べるように作品を読むタイプなので、このような作品は物足りないのです。でも、味が駄目なわけではないから、それはそれでいいかもしれませんけれど。

最初の入りが気になったので整理して説明します。
先月号の最後のページは菜緒の「あたしもこっちで寝ていいかな?」で終わっています。菜緒は、「幽霊が怖いので一緒にこちらの部屋で寝させてほしいが、Hする気はなし。」という気分でした。
今月号の入りは、P223の1コマ目でこの菜緒のセリフに対して、上原が「は?」と答えるところから始まってます。そして間白で受けて(菜緒が幽霊が出ることを話している部分を、この塗りつぶしのこの間白で省いています)、「幽霊…?」と上原のアップに流れています。
整理すれば理解はできますが、すごいスピードで読むのだから、これを瞬時に理解するのは、私には苦しかったのです。

読者は1ヶ月経っているわけだし、連載の最初の入りは慎重に入ってくれないと気持ちがついていきません。「グットモーニング・コール」が月刊誌で読むよりも、単行本でまとめて読んだ方が面白いと感じるタイプの作品でしょう。しかし、私は『りぼん』で読んでいるわけで、単行本向きとかわかっても困ります。『りぼん』を読んでいる読者にも楽しませる手法をマスターしていってほしいものです。

昨夜への画面転換は、あべっちの使い方(その後、菜緒が上原がゆりりんに未練があるのかと思って不安になるのにつながる)が上手いと思いました。笑いをとる部分から、シリアスな部分にささっと読者の気持ちを切り替えられました。

その後の展開は、珍しいものはなく(お布団2つ、AVを偶然みてしまう、男は女の気持ちを汲み取って遠慮するけれど、女は思い悩んだ末いいといってしまうこと、などは定番)さらっと流して、問題はどう落とすかでしたが、菜緒がのぼせるというのは無難すぎたかなという気がします。でも、「グットモーニング・コール」のカラーを考えるとこれでよかったのかもしれません。

しかし、一緒に寝るネタがかぶりました。「グットモーニング・コール」、「世紀末のエンジェル」、「ペンギン☆ブラザーズ」、「えみゅらんぷ」の4つ。
これには、少女マンガに昔から見られる寒いから温め合う流れと、セックスシーンが増えたことからの流れがあるでしょうけれど、私はいかにも少女マンガって感じがするので前者の流れのパターンに面白さを感じます。セックスは誰でも経験して当り前のことけれど、後者は年齢を重ねれば重ねるほどこんなのないよという感じなので、そのいかにも少女マンガというところにひかれてしまうのかもしれません。


◆ソラソラ(槙ようこ)

最後のシーンはよかったですが、それ以外の部分はさらっと読めました。男性キャラの押しが弱く、女同士の戦いになるあたり、本当に「ピーチガール」っぽい感じで、りぼんっこは身内には甘いからいいけれど、『りぼん』の外には出せない感じがします。槙先生がこの作品でどんなにか成長したかなどということは外部の人にはわからないのです。

「ソラソラ」の人気の高さは、期待され注目された連載で槙先生が化けたからだと思います。
「BSマンガ夜話」の「聖闘士星矢」(車田正美)の回で

『ジャンプ』という雑誌、というか集英社全体にそういうカラーがちょっとあるんだけれど、『ジャンプ』のどこが偉いかって、『ジャンプ』ってハードルが低いんだよ。(略)大メジャー誌で、ここで連載とるのはすごく難しくて、連載やって人気がないと3ヶ月で打ち切られるとかハードル高いようでいて、実は『ジャンプ』ってすごいハードル低いんだよ。
(いしかわじゅん)

誰でも入れて残るのが難しいっていう方式でしょう。
(岡田斗司夫)

絵の上手さとか、構成力が本当に子供の落書きに等しいマンガが堂々と週刊連載されたりするじゃない。
(いしかわじゅん)

試してもらえるわけですね。
(大月隆寛)

『サンデー』というか、小学館は完成度が高いマンガが好きなんだよね。だから、新人賞を見ていると入賞した奴がみんな上手い。上手いというか、完成度が高い。その代わり伸びないんだよ。
(いしかわじゅん)

化けないのね。
(大月隆寛)

『ジャンプ』系ってすごい下手なんだけど、描いているうちにすごく上手くなる奴とか。(略)どういうところにそういうところが出てくるかというと、例えば、『少年ジャンプ』出身の漫画家で最も『ジャンプ』らしくない諸星大二郎とか、星野之宣とか、『ジャンプ』の新人賞から出ているんだよね。それってさ、諸星大二郎が『ジャンプ』で連載して、100万部売れて、アニメになるとか誰も思わないじゃない。それでも、新人賞でトップ取らせるんだよ。そこが『ジャンプ』の面白さだよね。
(いしかわじゅん)

『ジャンプ』というのは、いろんな角度のものをもてるんだよね。
(夏目房ノ介)

という会話があります。
『ジャンプ』→『りぼん』に、諸星大二郎・星野之宣→内田善美・岡田あーみん(一般的に『りぼん』のイメージではないと言われる『りぼん』出身の漫画家の名前をいれて下さい。)に変えて読んで見て下さい。これは、私が『りぼん』に対して感じていることなのです。
++Essay++の『りぼん』と新人漫画家の関係で、デビューするよりも生き残ることの難しさについて、++From Ribon++で、『りぼん』出身の漫画家の多彩さについて、『りぼんオリジナル』2000年10月号感想の「プライマル・オレンジ」で新人には完成度より個性をという具合です。

『りぼん』を読む楽しみの1つに、漫画家が化ける瞬間に立ち会えることがあります。そして、メジャーになって、プレッシャーを乗り越えていく瞬間や、人気漫画家になってもその地位を維持するために変わっていくのです。これは毎号『りぼん』を買いつづけていないとわからないのですが、目が離せないものなのです。
『りぼんオリジナル』2000年10月号感想、“作品と作品の間に流れる緊迫感がない”と指摘したのが上にあるようなものを『りぼんオリジナル』には感じなかったということを意味します。“単行本で読めばいいよ”となってしまうのです。

「ソラソラ」は全体的に画面が重いように感じます。「ソラソラ」には重い方があっているので、効果的だとは思うのですが、「パートナー」での小花美穂先生(『りぼん』2000年6月号感想)と手法(顔にトーンを被せる)が一緒です。作品のカラーにあった、画面の重さというのも重要な部分なのでしょう。

今月号は、ラスト6Pの展開の速さ、ラスト3Pの重さ、ラスト2Pのセリフなしの部分がよかったです。最終回が楽しみです。


◆えみゅらんぷ(藤田まぐろ)

初回でキャラの紹介とランプとの出会い、第2回でキャラの魅力を深める&作品世界を広げるという、当り前だけれど最も効果的な展開で安心して楽しめました。

藤田先生は以前の高田先生が作り出して、いらっしゃった枠にいるわけですが、この枠は創設時から知っているのですが、この枠を作り出すのは大変だったように思うのです。今後、この枠がどのように展開していくのかは藤田先生の手にかかっているのではないかと感じています。


◆Wピンチ!!(亜月亮)

最初のページから東条博士が出てきて(小花美穂先生が手伝われていて)驚きましたが、今月号も全体的に面白く楽しませていただきました。
なんでカラーじゃないんだろうと思いつつも、先月号で技の募集をしていたということは、その募集した技が出てくるまでは続くと思うので、クライマックスを楽しみたいと思います。

先月号の感想(『りぼん』2000年11月号感想)で、いつもとは違った変身経緯で盛り上げてほしいと書きました。変身ではないのですが、ありさの意識が変わるという展開が今月号のP338・1コマ目で来ています。
これを出すまでに、P326・1コマ目(犬に変身する薬)、P332・1コマ目(日直の先生)、P334・1コマ目(トト丸)と、ページが変わると落としていくというわかりやすい法則で重ねてきています。念入りです…

今月号は同じ展開の繰り返しではなく、猪神の謎を中途半端に解くことから始まって、「一番好きな人には片思いしてる」と猪神の片思いの相手は誰だ(アリサしかいないような気も…)という流れを作って、さらにありさは猪神に振られるし、暁名はありさを意識しているのは自覚するは抱きしめるはで、ストーリーが動きました。クライマックスに向っているのでしょう。

ストーリーの流れも楽しくないわけではないのですが、P335のトト丸と、P420のナレーション&通りすがりのネコの印象が強く残っています。「Wピンチ!!」で一番面白いのはこういう小ネタなのです。本筋で引き付けないと大ヒットはないのですが…


◆偽りのライオン(朝比奈ゆうや)

読みやすい作品ではあるのですが、読みやすいだけという印象です。

まず、ヒロイン魅力が伝わってきません。P371の1、2コマ目の中原と晴子の心理描写がありますが、私はこの2人と同様の気分にはなれないのです。この2人に共感させるために、今月号の約半分のページを割いているというのに…今月号はレオをクローズアップさせて、彼女に読者を引き込もうとしているというのは頭ではわかるのですが、いまいち印象に残るエピソードがありませんでした。(先月号は、勝呂の方に焦点が当たっていたから当然のことです。)

しかし後半は、先月号の感想(『りぼん』2000年11月号感想)で触れた河原で寝ていた理由が出てこないという不満が解消されたり、ストーリーも勝呂に好きなことがいるかもというありがちな展開だけれども進んだので、前半よりは楽しめました。

エピソードの新鮮味に欠けるのは何とかしてほしいのですが、ストーリーの組み立て方は上手くなったように感じました。


◆ハートのプレゼント(榎本ちづる)

榎本先生の作品を読むのは始めてです。
絵柄の面では目が大きすぎるし、オリジナリティーは今一歩ですが、1996年デビューということで、上達されているのか、丁寧で、かわいくて好印象でした。オヤジを描こうという心意気も歓心です。(オヤジに小花美穂先生の影響は感じるけれど。)

画面転換の仕方にワンパターンさを感じます。これは小花先生が使う手法(画面転換や、時間経過を表す間白の多用)なのですが、小花先生は絵の人ではないからいいけれど、この手法は他の人でもいいのかというと違うと感じました。でも、コマ割り・構成は丁寧で読みやすかったです。

ストーリーもとてもよかったです。
ネタが「偽りのライオン」に重なって損するのかと思ったら(チビなヒロインとバスケ)、「偽りのライオン」よりもその要素が生きていたので、全然気になりませんでした。
一番良さを感じるのは、ヒロインとヒーローがひかれ合う段階を丁寧に描いていたことだと思います。1つ1つ丁寧にエピソードをいれているのですが、こういうのはヒロインの気持ちを追えるし(となるとヒーローも格好よく思える)P45という長いページ数にも関わらず楽しむことができました。

10月号での「青い、キヅアト」(木月庭子)といい、「ハートのプレゼント」といい最近の本誌初登場の読み切りは良作が多くて嬉しいです。
特に、今月号の榎本先生の王道路線ぶりには、王道ものが大好きな私にはたまりませんでした。次回作を期待しています。



2001年2月号から芳原のぞみ先生の新連載があるようですが、そろそろ化けてほしい漫画家さんです。小花美穂・彩花みん先生の新連載は当分なさそうですね。ベテランになるほど休みもらったりするので、のんびりリフレッシュされているのかもしれません。

やっぱりS・B賞が無くなってしまうのですね。寂しいものです。私は「夢のデビュー」(P451)よりも「明日の『りぼん』を担う漫画家」を目指してほしいと思います。矢沢あい先生は、デビュー時に「BIGになります」(1984年12月号P429)と言われていました。これくらいの気合がほしいものです。

今月号で『りぼん』の感想が1年分になりました。感想は自分自身の考えを整理しているものなので、これを読んだからといってどうなるものでもないと思うのですが、こんな人もいるのねと思って、あなた自身の『りぼん』への読み方・感じ方が広がっていただけると嬉しく思います。


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