『りぼん』2001年6月号感想

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今月号は第48回りぼん新人漫画賞の発表がありました。私は新人漫画家に細かくチェックをいれる人ではなく、「漫画スクール」を毎号熱心に読む人ではありません。しかし、「新人漫画賞」には関心があります。

近年、「漫画スクール」の方が「新人漫画賞」よりも投稿数が急増しています。つまり、『りぼん』の漫画家志望者にとって(また、読者にとっても)、「漫画スクール」の方が関心が高いと思います。
なぜこのような傾向があるかというと、りぼん漫画家デビューリストを見ていただければわかるように、「漫画スクール」でのデビューが近年多いからだと思われます。『りぼん』投稿者は、デビューを目指しているのです。デビューの実績が多い「漫画スクール」に関心が集まるのは当然だと思います。

ほとんどの雑誌では、漫画家デビューに2つの道を設けていますが、「漫画スクール」と「新人漫画賞」は設置している意味が異なります。
「新人漫画賞」は、賞と名がついているように、1次選考を行い、選考で選ばれた作品(コンペで勝ち抜いた作品)がデビューとなるというものです。そのため、作品個々への細かな批評はありません(入選作品のみ)。また、責任者は漫画家となります。
「漫画スクール」は、漫画家を目指す人に指導し、成績がよかった場合にはデビューさせるというものです。そのため、作品個々へ細かい批評がつきます。また、責任者は編集長となります。
『りぼん』では、2001年1月号より「漫画スクール」をリニューアルしましたが、これは新人漫画家のデビューに関して「漫画スクール」を主導とする方針に切り替えたという意味かもしれないのです。
それにも関わらず、私が「新人漫画賞」に関心が高いのは、「新人漫画賞」は『りぼん』の中心漫画家が関わっている(選んでいる)からです。

P453の「りぼん漫画スクール2001のきまり」に、「審査員:りぼん編集長・今井鈴人、りぼんの漫画家の先生」とあります。
1999年5月号まで、「審査員:池野恋先生、水沢めぐみ先生、吉住渉先生、矢沢あい先生」と記載されていたのですが、1999年6月号からその記述が消えました。審査員となっている漫画家は、当時『りぼん』の漫画家歴が長い順の4名なのです(五十音順であれば、吉住先生と矢沢先生の順番が入れ替わるはずなので)。それが、漫画家の負担を減らすためなのかわかりませんが、「漫画スクール」が変わって来ているのではないかと感じる出来事でした。
さすがに、審査員の記述がないのはよくないと思ったのでしょう。2000年5月号から、この「審査員:りぼん編集長・今井鈴人、りぼんの漫画家の先生」と記述されるようになりました。しかし、“りぼんの漫画家の先生”が誰のかははっきりしません。つまり、『りぼん』の漫画家で誰が関わっているのか明確にされてないということになります。

さらに、「漫画スクール」の文章は、編集者が書いているのは衆知の事実です。(やたら、文章整っていますから。)編集者による丁寧な批評は、投稿者にはありがたいものだと思います。しかし、私は漫画家になりたいと思ったことがない読者なので、作品が読めない限り、ありがたいものでもなんでもなく、“編集者の文章”でしかないのです。(注1)

だから、私は、「新人漫画賞」の漫画家のコメントに注目してしまうのです。
誰がデビューしたのか、投稿作品の絵・あらすじがどんなものかということよりも、『りぼん』の漫画家はなぜその作品を選び、どのようにコメントしているのかということの方が、私には何十倍も注目すべきことなのです。
漫画家がマンガに対して公の場でコメントしている場はとても珍しいものです。漫画家が、褒めるタイプなのか厳しいタイプなのか、どのような部分をどのような言葉を使いコメントしているのかなどチェック入れずにはいられないのです。

また、「新人漫画賞」の審査員のメンバーチェックも、毎号欠かせない作業の1つです。
私は太刀掛秀子先生が『りぼん』から引退されたことを、「りぼん新人漫画賞」の審査員の名前から消えたことで知りました。1986年、当時小5だったのですが、その時からのくせで審査員の名前を必ずチェックするようにしています。(ショックで泣きましたから。)
また、矢沢あい先生は「下弦の月」の連載中に、すでに「新人漫画賞」の審査員からお名前が抜けていました。私はそこから、「下弦の月」が矢沢先生にとっての最後の『りぼん』連載作品であることを知りました。
今でしたら、審査員長が池野恋先生から交代するとか、吉住渉先生の名前が消えるなどということが起るかもしれないわけで、「漫画スクール」をチェックするよりもずっと大切なことになっています。(槙ようこ先生がいつ審査員に加わるのかも含めて。)


話がずれますが、矢沢あい先生といえば「コミック・ファン vol.12」でインタビューがあります。
このインタビューは、矢沢あい先生の作品を『りぼん』でリアルタイムで読んだことのある読者全員&『りぼん』の漫画家志望者全員へオススメいたします。目次のインタビューの見出しは、

あの頃は常に葛藤していた
−長く連載していた幼年誌を離れたとき、いったいどんな心境だったのか?

とあります。“『りぼん』”という単語が100回以上でてくるようなインタビューです。“矢沢あいと『りぼん』”とかいうサブタイトルつけた方はいいのではと思えるくらいのものです。
矢沢あい先生のインタビューは、『りぼん』を出た後に何度か読んでいますが、今までと比較にならないくらい『りぼん』にいた時のことを語っていらっしゃいます。

『りぼん』の出身漫画家で、『りぼん』にいた時や、『りぼん』から離れた時の心境を詳細に語っている漫画家は多くはありません。
一条ゆかり先生(「デビュー30周年イラスト集etc.)は、最も多く『りぼん』について語っていらっしゃると思います。他には、小椋冬美先生(「わたしたちのできるまで」角川書店)、さくらもここ先生くらいだと思います。

“『りぼん』で人気がありました”だけでは、『りぼん』について語ることが漫画家はできません。(『りぼん』で人気がでるだけでも大変なのですが。)『りぼん』を語れるためには、『りぼん』を出てもなお、漫画界で第1線で活躍されていることが必要です。そして、これができる漫画家は、本当に限られた漫画家しかいらっしゃらないのです。
『りぼん』の感想からはずれるのですが、オススメしたいインタビューだったのでご紹介させていただきました。


◆GALS!(藤井みほな)
P16の扉絵にあるように、
2号連続巻頭カラーです。2号連続巻頭カラーは、1992年5・6月号の「ママレード・ボーイ」(吉住渉)以来です。(注2)「ママレード・ボーイ」は、新連載後の猛烈プッシュだったので、1991年4・5月号の「姫ちゃんのリボン」(水沢めぐみ)のアニメ化に絡む猛烈プッシュの方が近いでしょう。
当時、私は「姫ちゃんのリボン」の猛プッシュを冷めた眼で見つつ、「ハンサムな彼女」(吉住渉)、「女ともだち」(一条ゆかり)が好きでした。今でいうならば、「あたしはバンビ」と、「ランダム・ウォーク」(或いは「ペンギン☆ブラザーズ」)が好きな読者と同じでしょうかね…
「GALS!」は低年齢の読者向けの作品なので(「姫ちゃんのリボン」も同じ)、中学生以上の読者には冷めている読者も多くいると思いますが、そのうち連載は終わりますから、ふ〜んと思っていればいいと思います。(それに、藤井先生は当然気づかれていらっしゃると思いますが、「GALS!」は作品の性質上、すぐに古典になってしまう作品です。)

「GALS!」は優等生マンガであり(作品の中に影があるから。)、『りぼん』の読者の親が「GALS!」を「子供に読ませたくない」というようなコメントを私は見たことがありません。(『りぼん』の読者がキライというコメントなら見飽きましたが。)アニメになった作品は、関連商品が売れないといけません。(スポンサーは関連商品が売れることを目当てに、投資しているのですから。)関連商品は、マンガよりもお値段がはるので、必ず親の協力が必要になります。それを考えると、「GALS!」はアニメ化する作品としては向いているのかもしれません。

今月号は、全体がよくまとまっていたと思います。(絵・ストーリー・コマ構成・コマ割りetc.)
携帯メール事件も来月号で決着がつきそうな感じで、蘭と乙幡と綾の関係は最後までひっぱりそうですね。気になったシーンにいくつか触れておきます。

P19の2コマ目の沙夜の描き方に驚きました。小さいコマなのですが、冷静に見ると沙夜が宙に浮いていることになり、1つのコマのコマ構成としては難しいと思うのですが、不自然に感じないところがすごいと思います。細かいところですが、沙夜らしい1コマで上手いと思います。また、次のP20のコマ割り、コマ構成も上手いと思いました。読みながら、心地よく一気に読み進められました。

P22、23の乙幡と2位の会話ですが、2位ってどうして乙幡の友達なのでしょうかね…いまさらのことなのかもしれませんが、疑問に感じます。(女には冷たいけれど、男同士の友情にはあふれているというようには思えませんし。)

P23の最後から2番目のコマの蘭の家ですが、いまさら気づきましたが豪邸ですね〜どうも、マンガに出てくる建物は気になってしまいます。

P24の最後のコマの綾の「私はムリしない範囲でやってるけど」ですが、いつのまにやら綾の設定が変わったのかなと感じてしまいまいました。あと、美由の奨学金ですが、高校生の奨学金って具体的にどういうものがあるのでしょうか?大学生だと知っているのですが…(生活まで面倒見てくれますよ。)

P37のカーネーション売りですが、こういうバイトって実際にあるのでしょうか?コスプレまでして、すごくマンガ用という感じがします。しかし、ティッシュ配りと何が違うんだという気が…(お金のやりとりはありますが。)
P40の1コマ目のカーネーションですが、2輪あります。特別かと思ったのですが、P43のカーネーションを見たら、カーネーションは1本の茎に複数花がつくこともあるという当り前のことを思い出しました。恥ずかしい。(母はカーネーションが好きではないので、贈ったことがないのです。)

P55の最後のコマですが、タツキチと2位がなぜ代金を払わなければならないのでしょう。常識的に、蘭とマミが払うべきだと思います。「ときめきトゥナイト番外編 鏡の国の蘭世」(16巻収録)の真壁くんのようにしてくれるならば、格好いいんですけれど。
それに、ビギニ買いにいくのに男と行くでしょうか。水着売り場はカップルには合わないと思います。実は、この最後のコマが今月号で私が最も気になったコマでした。


◆聖・ドラゴンガール(松本夏実)
どうでもいいことなのですが、
“聖”をずっと「セント」と読んでいました。「セイント」なんですね…何度も「聖・ドラゴンガール」は読んでいるというのに、今回はじめて気がつきました。“聖”を「セント」と読んでいたのは、「有閑倶楽部」(聖ポーリア学園)と、「ときめきトゥナイト」(聖ポーリア学園)の影響でしょう。しかし、「セイント」だと、少年マンガっぽい感じがするのは私の気のせいなのでしょうか。

「聖・ドラゴンガール」は『りぼんオリジナル』連載からの本誌連載となります。「君は青空の下にいる」(森本里菜)のように、読み切り1作→本誌連載→関連誌で続編・番外編の例はよくあるのですが、『りぼんオリジナル』連載→本誌連載の例は、「有閑倶楽部」(一条ゆかり、読み切り連載)、那智と浩志シリーズ(あいざわ遥、読み切り連載)、「お砂糖缶づめ」(あいざわ遥)くらいしか例はありません。
「聖・ドラゴンガール」は、「お砂糖缶づめ」とまったく同じ事例となるのですが、「お砂糖缶づめ」と同様に、長期連載になることはないでしょうし、人気もほどほどで終わりそうという気がします。松本先生への期待度が固定されているからかもしれません。(新人漫画家のように、未知の可能性にかける期待度がない。)
2001年1月号から4月号までの読み切りシリーズでは、「聖・ドラゴンガール」が一番安定感があったと思います。だから、「聖・ドラゴンガール」が本誌連載となるのは妥当な気もしますが、西野りんご・大野のぞみ・北沢薫先生は本誌連載経験はないのですから、底力に差があって当然です。最初から「聖・ドラゴンガール」が本誌連載になることが決まっていたのかもしれませんね。

松本先生の作品は、絵は好きではないですし、個々のエピソードがお決まりすぎていて、刺激はないですけれど、ネームがしっかりとしていているので読みやすいです。
しかし、P73のしたコマの作品の設定の説明ははじめて知りました。私のように、『りぼんオリジナル』を読んでいない読者も多いわけですから、作品の設定の説明が毎回バラバラなのはいいことなのかもしれませんが、その度に作品の印象までバラバラになってしまうのは問題だと思います。
とりあえず、この連載は桃花と竜牙の関係が深まる展開になるようですが、全体的にいつもの通りの「聖・ドラゴンガール」で、新連載という感じはしませんでした。


◆アンダンテ〜Andante〜(小花美穂)
正式なタイトルは、「アンダンテ〜Andante〜」と「アンダンテ」のどちらなのでしょうか。扉は「アンダンテ〜Andante〜」、目次は「アンダンテ」ではっきりしませんが、文章では「アンダンテ」で統一させていただきます。

「アンダンテ」ですが、得にいいとも感じないですし、得につまらないとも感じません。(ただし、来月号の展開にはかなり期待しています。)
(「せつないね」+「この手をはなさない」)÷2=「アンダンテ」という感じがするので、小花美穂先生らしい作品ではあります。しかし、全体的なことよりも、細かい部分が気になる作品です。

P128の最後のコマの「マキシム」の差し入れですが、小花美穂先生の作品世界には「マキシム」(中身は当然、ナポレオンパイでしょう)はあわないと思います。しかし、茗が那都に色目をつかっているといっていたVocterの女性には、「マキシム」があいます。上手い小道具だなと感じました。

P132の3コマ目のネーム「…ズルイなあ… この子 ぜったいに憎めないもん あんな子…」は小花美穂先生らしくていい部分だと思いました。こういうことは、誰しも感じる事があるとは思いますが、私も天然タイプではないのでときどき感じます。

P137の最後のコマのメルですが、なんか顔がしっくりきません。コマも大きく、キャラのアップで「この子 こんな声が出せるんだ…」といういかにも気分が高まるはずのコマなのですが、私は「顔はおかしい」などと考えてしまいました。「アンダンテ」にはまれない原因はこんな部分にあるのかもしれません。

P140の最後のコマのオクスリですが、さくらももこ先生を思い出してしまいました。さくらももこ先生が以前に「トップランナー」(NHK)にご出演されたときに、このように小びんに様々なビタミン剤などをいれて飲んでいるという話をされていたのです。(小びんには丁寧に一つ一つかわいい絵が描いてある。)
小花先生はさくら先生のアシスタントをされていた経験があります。さくら先生が那都のようだったということでもないと思いますが、ビタミン剤のアイデアはさくら先生からきているのではないかと思いました。


◆あたしはバンビ(槙ようこ)
槙先生の初表紙ですが、可もなく不可がありという表紙だと思いました。キャラが弱く、字に負けています。P437の「表紙イラストによせて」を見て、ポップコーンを食べていることにはじめて気づいたくらいです。何度も担当を重ねているうちに上手くなるでしょう。

扉の感じは好きです。3人の微妙な関係がよく出ていると思います。バンビの形を作品のシンボルマークみたいにしているのはいい試みだなと思います。今月号は扉が一番よかったです。

扉に「ソラソラ」の壁紙のアドレスが書いてありますが、この壁紙は「GALS!」が第一弾に続いての第二弾です。(もう一つは「時空異邦人KYOKO」)URLを見て分かるように、集英社コミックスニュースWEB内にあるものです。集英社コミックスニュースWEBは集英社マンガの単行本の情報サイトで、『りぼん』編集部がサイトの運営に深く関与しているとは思えません。(編集側というよりも、販売側サイドのサイト。)
そのため、槙ようこ先生をプッシュするにも、今の連載作品ではなく、単行本化されている作品になってしまい、プッシュの中途半端さを感じました。どうせなら「あたしはバンビ」の壁紙を配布すればいいのにと思ってしまいます。

連載が3回目となり、キャラが固まってきたので、泉というキャラについて触れておきます。
泉は、顔がよくて、口が悪くて、ぶっきらぼうな話し方が木村拓哉だよなと感じます。木村拓哉の人気は長く、高いのはご承知の通りだと思います。このタイプは、普通の男がやると、女に嫌われるだけなのですが、格好いい男だと女はいちころなんです。

『りぼん』では泉の他に、「GALS!」の乙幡、「聖・ドラゴンガール」の竜牙、「あたしはバンビ」の泉、「グットモーニング・コール」の上原、「ペンギン☆ブラザーズ」の一色、「ランダム・ウォーク」の十和と、ヒーローが揃いも揃ってこのタイプです。私はこのタイプが嫌いではないのですが、飽きてしまって、またかという印象なのです。(上原は個性をつくりだせましたが、他のキャラは、そろいもそろってキャラ弱いです。)
このキャラは、少女マンガでは「BANANA FISH」(吉田秋生、FC、全21巻)のアッシュが最も有名だと思います。また、1997年講談社漫画賞受賞の「八雲立つ」の闇己、第5回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞の「陰陽道」の安部清明など、評判作品が数多くあります。
「BANANA FISH」・「八雲立つ」・「陰陽道」では、天才肌の孤独なヒーローと平凡な男という男同士の関係が描かれています。「あたしはバンビ」の泉と八重蔵の関係は少女マンガの黄金パターンを裏から見ている作品なのだろうなと思います。

3回読んでみて感じる事は、麻衣が好きになれないということです。私にとって槙先生の何が一番問題かというと、ヒロインが好きじゃないところかもしれないと感じたりしています。ストーリーがいまいちという部分もありますが、それよりも感情移入まったくできないヒロインというのが大問題なのです。槙先生が人気があるということは、麻衣が人気があると考えていいと思うのですが…


◆時空異邦人KYOKO(種村有菜)
「時空異邦人KYOKO」は、『りぼん』で現在連載中の作品で、私が最も驚かされる作品です。発想の跳び方・展開の強引さ・絵の変わり具合etc.に驚くわけですが、「神風怪盗ジャンヌ」よりも楽しく読ませていただいています。これくらいカッ跳んでいたほうが種村有菜先生らしいというか、らしくていいと感じてしまうのです。

P209で、響古は逆滝に憂を目覚めさせたら告白をする気なのですが、2001年4月号・P206のキスとP207の1コマ目のセリフが告白なのではなかったのでしょうか?P229の3コマ目の「両想いだったんだってな…」というセリフをよく限り、逆滝は響古の気持ちに気づいていないようで、あまりの鈍さに、逆滝がまぬけに見えました。
種村有菜先生は、恋愛描写が形式ばっていると感じます。現実感はまったくなく、よく言えば夢があり、悪く言えばわざとらしいのです。形式にあわないところが矛盾となってでてきてしまうのだと思います。

P212の1コマ目の「ちがう!!」ですが、少女マンガは本当に寝込みにキスされるエピソードが多いですね。
「時空異邦人KYOKO」の展開は、篠原千絵先生の一連の作品のエピソードを彷彿とさせられました。種村有菜先生はH系のエピソードをちょこちょこと入れられますが、どれもどこかからの借り物っぽくて面白味に欠けるなと感じてしまいます。
とはいえ、ボディガードが寝る時も一緒の部屋・ベットという設定には驚かされましたので、種村先生オリジナルだとあまりにもかっ跳びすぎという気もしますが。P210、P211の妄想ぶりには、蘭世(「ときめきトゥナイト」のヒロイン)も真っ青という感じでした。

今月号で最も大きな展開は、響古が氷月と婚約したエピソードだと思います。(先月号の扉絵で、響古・逆滝・氷月が三角関係になっていたのは、この前触れだったのでしょう。)
種村有菜先生の作品は、ヒロインがとても自己犠牲的です。先月号の感想で童話の世界だと書きましたが、「シンデレラ」・「白雪姫」etc.のように、いい子にしていれば、王子様が迎えにきてくれるという展開を感じます。

自己犠牲的なのヒロインの作品は、『りぼん』では「砂の城」(一条ゆかり、集英社文庫コミック版全4巻)、「花ぶらんこゆれて…」(太刀掛秀子、集英社文庫コミック版全2巻)、「星の瞳のシルエット」(柊あおい、集英社文庫コミック版全4巻)etc.の名作があります。
この手の作品は、ヒロインがひたすら不幸だったり、いい子なつもりでいるため気持ちをストレートに出すことがなく、ヒーローとすれ違いを繰り返すので、作品が異様に盛り上がることがあります。
響古は、ナタリー(砂の城)、るり(花ぶらんこゆれて…)、香澄(星の瞳のシルエット)、そして、まろん(神風怪盗ジャンヌ)と比較すると、自己犠牲のエピソードが少なく感じますが、P224の最後のコマから、P228の2コマ目までの酔いぶりを見ていると、数が少ないだけで、酔いだすと止まらないんだなと感じました。

しかし、P228の1・2コマ目のネームに「これから三角関係で盛り上がるのか」と思っていたら、次のページP229の最後のコマで、あっさり氷月が逆滝に響古の「死ぬまで誰にも話さない」とまで思わせた決心をあっさり言っていて、拍子抜けしました。
先月号の響古の短い家出のように、いくらドラマチックなセリフ・展開があっても、盛り上げ方・落ちが貧弱で消化不良だと思います。私は、“リ=ナイト”(魔族は消滅せず石化するという設定なので、消滅させることができるということは、「ときめきトゥナイト」の“禁断の剣”みたいなものでしょうかね。)なんてどうでもいいので、三角関係をしっかり描いてほしいなと感じます。
何もかも中途半端な作品なんだけれど、かっ跳んでいる…すごい作品です。


◆グットモーニング・コール(高須賀由枝)
久しぶりに「グットモーニング・コール」がおもしろいと感じました。ただし、菜緒と上原のことはどうでもよく、香織に絡むエピソードがおもしろかったのです。香織のキャラはいいですね。ゆりりんは飽きたので、その部分もよかったのかもしれません。ただし、P241の1〜3コマ目は高校生の会話じゃないとは思います。社会人か、大学生の会話と思わないと無理がありすぎです。まあ、「グットモーニング・コール」の設定自体が無理があるので、いまさらですが。

あと、P238の1コマ目を見て、高須賀先生はキャラのカッコイイ男の子が1通りしか書けないので、カッコイイという設定の男の子を上原くんしか描かないつもりなのだなと改めて感じました。高須賀先生が、上原くんの兄の顔を描く事は今後もないような気が私はします…

P240でカフェが出ていますが、「グットモーニング・コール」では度々カフェが出てきます。その度に思うのですが、高校生にカフェに入るお金はないだろうと…大学生以上でないとお金がもたないと感じます。(ゆりりんがいつもおごっているんでしょうけれどね。)
『りぼん』のマンガは、女の子に少し背伸びした世界を見せるという要素があります。「グットモーニング・コール」はその点を忠実に守っていると感じます。


◆ペンギン☆ブラザーズ(椎名あゆみ)

リズムいい話の展開に目が離せない作品です。“バタフライ”に関する話の展開は、“スネーク”・“かまいたち”が前にあったので、期待していなかったのですが、今は楽しみになっています。

私は、P272の1コマ目の蝶野華奈子の顔が寿蘭に見えました。名前が大げさなところも似ていると感じます。そして、P273の2コマ目の吉沢凛花は綾に見えました。
「ペンギン☆ブラザーズ」は、「GALS!」のように優等生路線に走る事なく(藤井みほな先生は、元々は優等生路線の方ではないのですが、『りぼん』の看板作品=優等生作品と相場が決まっているので、プッシュされている以上、「GALS!」は優等生路線で走り続けると思います。)、徹底的にエンターティメントとしています。蝶野のようなキャラが、単純で、わかりやすく描かれているところが(顔・性格共)、「ペンギン☆ブラザーズ」らしくていいと感じました。

P274の2コマ目からP284の2コマ目まで、10ページにわたって会話が続きますが、話の展開が上手いと感じました。
構成は、P274の2コマ目からの陽菜と小柴との会話がP276の1コマでピークになって、最後のコマの流羽のアップから第2ラウンド、P280の1コマ目の「あたし 好きな人いるもん」で一呼吸いれて、最後のコマから第3ラウンドと、3+1に分けられます。
会話の方は、第1、3ラウンドがバタフライ関係、第2ラウンドが陽菜の過去と一色との関係、さらに、第2ラウンドと第3ラウンドとの間に「あたし 好きな人いるもん」と新展開をいれて変化をもたせています。
しかし、P276の最後のコマの流羽を見て、陽菜も中学生くらいにしか見えないのですが、流羽は小学生にしか見えないなと感じました。

P285の1コマ目。花びん大きすぎ…っていうか、あまりにもむごいパースです。でも、3人の会話がいいので帳消しです。
P286の最後のコマ、P289の最後のコマ、P290の1・2コマ目など、陽菜と小柴の関係がおもしろいと思います。だから、小柴が陽菜を好きなのはいまいちピンとこないというか、友達同士でいてほしかった気がしてしまいます。

P291の3コマ目で食堂に場所が移りますが、まさか昼食ではないですよね…P271は朝。P273の3コマ目から陽菜は蝶野を一日ビデオで偵察。P274の2コマ目から放課後だと思っていたのですが。夕方まで食堂が開いているとは、大学のような食堂ですね。

P300の最後のコマの“「女に人望があって話のわかる奴」リスト”という言葉がつっかかりました。なんか、現実にあったらすごいリストだと思います。
『りぼん』の漫画家や作品について、この手の変な切り口でアンケート調査したらおもしろいかもと思ったりしてしまいました。(やりませんが。)


◆ランダム・ウォーク(吉住渉)
扉絵ですが、直前に「ペンギン☆ブラザーズ」を読んでいたので驚いてしまいました。(“バタフライ”絡み)こういうことは、リアルタイム読者でないと味わえない感覚の1つです。

「ランダム・ウォーク」ですが、おもしろくないわけではありませんが、いまいちのれない作品です。原因はキャラにあると思います

「だれでも少女まんが名人」(監修・一条ゆかり、協力・りぼん編集部)の中で、

【一条ゆかり】
(略)
  ドラマチックなストーリィなのにつまらない登場人物だったら、平凡な話でも魅力的なキャラクターの方が絶対に読んでて楽しいもの。
  だから、一条が思うに漫画を描くのに一番大切なことは魅力的なキャラクターがいかにたくさん描けるかにかかってる!(略)

【小花美穂】
  私は話より、キャラクターを先にしっかり作る、ということが多いです。そして、キャラを人間として考えると、どんな人でも必ず、逃れられない「生活」とゆーもんがあるので、自然にそのキャラの家庭のことや過去のことを考えてしまいます。
  そーすると、キャラがしっかり見えてきて、生きて動き出したりします。−「少女まんが」だから、生活感のないキレイなキャラでも、もちろん話がおもしろければOKですが、私は個人的には人間クサイキャラが好きだし、そーゆーキャラの出てくる少女まんがをもっとよみたいなぁ。

というコメント部分があります。
私は、“平凡な話でも魅力的なキャラクター”→「グットモーニング・コール」、“ドラマチックなストーリィなのにつまらない登場人物”・“生活感のないキレイなキャラ”→「ランダム・ウォーク」を連想してしまいました。今月号も含めて、エピソードの一つ、一つはいいと思うのですが、優架・塔子・桂・十和の主要キャラが、悪くはないのですがソツがなくつまらなく感じます。
輝は(収+のえる)÷2でいいキャラだとは思うのですが、P307〜P329を読んだ後に、浮気した事実を思い出してしまうといまいち感情移入できません。

P334ですが、優架と輝はキスしないのが意外でした。望(2000年8月号)や、海斗(2001年1月号)とは、両想いになるとすぐにキスしていましたし、前につきあっていたため、何度もキスしているので、あえてしなかったのでしょうか。
2001年4月号・P298の3コマ目の亜希子の「輝くん 彼女が1年つきあったのに キスしかさせてくれないって言っててかわいそうだったしー」というセリフから判断して、輝はキス以上の経験済だということになります。(まあ、望・海斗・十和もどう考えても経験してそうだけれども。)となると、優架はキス以上もOKという感じなのでしょうか。(「あたしもまえよりもっと輝のこと大事にする」とか言っていますし。)
まあ、吉住先生が、キス以上のシーンを『りぼん』で描くとは思えないので、ただの妄想ですが。

ちなみに、塔子と司ですが、別れたとはいわないと思います。友達にもすぐに「別れた」という人がいますが、私には「ケンカ」としか思えないのです…(「ヨリが戻った」のではなく、「仲直りした」のだと思います。)


◆世紀末のエンジェル(倉橋えりか)
いまさらですが、人間と幽霊と霊体の描き方がまったく一緒というのは変だなと感じます。霊体の鈴花は制服を着ているので、ネグリジェ?の鈴姫とは区別がつきますが、効果くらいつけてもよさそうなものなのに。でも、P364の1コマ目を見る限り、描かないほうが正解かなとも思いますが…


◆ガールクレイジー(芳原のぞみ)
扉絵をめくった最初のP370から、「親友が自分と同じ好きな人に告白している場面に遭遇し、答えが聞くのが怖くてその場から逃げる」というありきたりな展開に気が抜けました。最終回だというのに、これでは盛り上がりようがないと思います。
となつめの過去のエピソードもありきたりでしたし、なつめとの勝負もいまいち「ガールクレイジー」の世界観にあってないエピソードで盛り上がりに欠けますし、未となのめにこれから恋が本格的に始まる予感という「5−ファイブ−」のような終わり方でつまらなかったです。

芳原先生の作品は、成長を期待する気持ちがあった連載前と違って、今後はまったりと読ませていただくつもりです。今までの路線の話とは少し違った雰囲気の作品に挑戦してほしいものです。スランプ状態のようなものを感じてしまいます。


(注1)
私は、“『りぼん』の漫画家になるよりも、集英社の社員になるのは難しい”という認識をもっています。もちろん、『りぼん』の漫画家として売れることは、集英社の社員になるよりも難しいことだと思いますが。別に編集者を馬鹿にしているわけではありません。

(注2)
当時、吉住渉先生は「ハンサムな彼女」の終了後で、『りぼん』では最もプッシュされるべき若手漫画家でした。同時期に矢沢あい先生の「天使なんかじゃない」の連載が始まっていますが、矢沢先生は「天使なんかじゃない」から大ブレイクしましたので(ブレイクくらいはしていましたし、カリスマ性はありましたが。)、連載初回からの猛プッシュはなく、連載の最初は読者の反応をうかがっていました。
しかし、「ハンサムな彼女」で大ヒットを飛ばしていた吉住先生に対しては露骨なプッシュがありました。吉住先生は、
2001年4月号の感想でも触れたように「四重奏ゲーム」、「ハンサムな彼女」でも猛烈プッシュをされており、本当に選ばれし漫画家といえるかもしれません。
「四重奏ゲーム」から吉住渉先生を見ていますが、先生自身はまったく変わらない印象を受けますが…


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Presented by Eiko.