『りぼん』2001年8月号感想

表紙画像

◆時空異邦人KYOKO(種村有菜)
来月号で最終回ですが、種村先生は味付けが濃い作風なので、長く読まされたら飽きが早い気がします。だから、
長い、だれると読者が思わないうちに、作品を終わらせるというのは、種村先生のいいところだと思います。

まず、表紙ですが、種村先生の表紙絵はよくなったと思います。表紙を担当されてすぐの頃には、同じ服装・ポーズを連続させるという、読者を馬鹿にしてんのかと思ってしまうようなことをされていたのですが、表紙の女の子は響古には見えませんが、かわいいのでいいとしましょう。

注目すべきは、「ARINA CANDY 2001(R)0523」の文字です。この表紙が、2001年5月23日に描かれたものであるということだと思います。『りぼん』の発売日は7月3日ですから、『りぼん』の表紙は、発売日よりも1ヶ月と10日前が〆切であるということです。

このことから、『りぼん』2001年6月号にはじめて巻頭カラーを担当した槙ようこ先生のプッシュの度合いがわかる気がしました。(この情報は、表紙・巻頭カラー分析において、今後取り挙げさせていただきます。)

2001年4月号(3月3日発売)連載開始、2001年6月号(5月1日発売)巻頭カラーということは、4月21日頃に表紙の〆切あったと仮定して、依頼が最低でも10日は前で、さらに表紙を誰にするのかを依頼の直前に決めているわけないので、アンケートどうこうとか関係なく、連載が始まった時点で、表紙が決定されていたのではないかと考えられます。

巻頭カラーを担当したわけですし、種村先生の時のように4ヶ月後(吉住渉先生も、はじめて表紙を担当されたのが、連載開始後4ヶ月後でした。4ヶ月は私の中で、読者の押しがプッシュの中に入っていることが感じられて、納得できる数値なのです。)に担当させるくらいが丁度いいと思うのですが、そんなにプッシュしたいというわけなのねとか思ってしまいます。
別に、槙ようこ先生が嫌いなわけでは
ないのですが、おもしろくないよなと感じてしまいます。

「時空異邦人KYOKO」に話を戻ります。
ヒロインの記憶がなくなったり、ヒロインやヒーローの存在しないことになる展開は、ファンタジーものでは、定番すぎてなんの感慨もありません。(「ときめきトゥナイト」、「姫ちゃんのリボン」にも当然ありました。)ということで、大まかな展開は、ありきたりだという感じしかしないので、細かい部分について触れておきます。

P30・31の憂ですが、なんであんな性格にしたのでしょう。種村先生は憂は読者から好感を持たれたくないのでしょうか。
P17に「わがままで きまぐれで 俺のいうことなんて ちっとも きいてくれない ふざけてばかり からかってばかり 自分勝手なオヒメサマ」という逆滝のモノローグがありますが、P30・31を見ると、憂のことをいっているような気がします。

響古は憂を目覚めさせるために頑張っていたわけですし、憂を本当のいい娘に設定して、それでも逆滝は響古が好きだというほうが、自然な設定だと思います。
種村先生の作品に強く見られる、ヒロイン=自分、ヒロインが一番ということが悪い方向へ出てしまっているところだと思います。別に、ヒロイン=自分が悪い事だとは思いませんが、このために話が歪んでいるとしか感じられません。

P43の最後のコマのキスシーンは、2001年4月号P206の1コマ目と同じで、種村先生のお気に入りのシチュエーションなのでしょう。

P47・48の逆滝ポエムには、やられました…呆れるというか、驚くというか、笑えるというか、感心するというか。いきなり英語(英語も微妙に素直じゃない。)で、それもポエムで。写真というのもいきなしだし。

普通なら、「ベイビィ☆LOVE」のせあらのように、写真に関するエピソードを前にいれて、それからこのようなシーンをもってくるのではないでしょうか。種村先生の画面優先のストーリー展開には驚かされますが、これがある限り、種村先生の作品を感情移入して読めるようにはならないだろうなと思います。
私は、前の事に引きずられない、インパクト勝負!のエピソードより(P37〜43の響古も、2001年6月号のP227の最後のコマから、P228の2コマ目までの決心は何だったのだろうとか思ってしまうのです。)、1つのエピソードを丁寧に重ねていくストーリー展開が好きなのです。

そもそも、ポエムを書くヒーローというのに驚きました。「星の瞳のシルエット」の久住くんには負けるけれど、なかなかのポエムぶりだと思います。(久住ポエムは、すごいよ。なにせ“星のかけら”だし、ラジオを使ってメッセージですから。)
久住ポエムの凄さを知っているので、逆滝ポエムにはまる読者の気持ちがわかる気がするのです。後で読むと笑えるのだけれど、夢中だとはまれるんですよね。今、種村先生の作品に夢中になっている読者は、将来、「あの頃は…」とかいいつつ、種村先生の作品につっこみをいれているのかもしれません。


◆アンダンテ〜Andante〜(小花美穂)
今月号で最も楽しめた作品です。

P157の2コマ目からP163の2コマ目までの流れは、「女ともだち」(一条ゆかり、RMC全3巻)を思い出しました。
ヒロインが何かにショックを受けて家を飛び出した時、ヒロイン自身をはじめ、周りもその状況を冷静に判断しているというパターンは多くはないと思います。
通常は、「時空異邦人KYOKO」の響古に見られるように、ヒロインは悲しみに酔っているし、周りも冷静ではないことが多いのです。

P158の2コマ目にあるように「もう… なんか私バカみたい!!」と、ヒロイン自身が家を飛び出しても状況は変わらないことを察していたり、P162の最後のコマのように親が店に出てしまうところが、「女ともだち」の「あたしってば すごい間抜なことしてる−」とか、帰ってきたら親はエステに行っていたところと一緒だと感じたのです。
「女ともだち」にしても、「アンダンテ〜Andante〜」にしても、派手ではないシーンなのですが、上手いシーンだなと感じてしまうところです。

P170の4コマ目のドラムの少年ですが、インパクトあり過ぎ…すっかり心が持っていかれました。小花先生は、羽山のようにひねくれた少年を描かせるとすごいですね。この少年が今後どのように作品に絡むかが楽しみなところです。(やっとヒーロー登場なのでしょうか。)

P184の最後の下の段から、P185の最後のコマの絵&モノローグがよかったです。
小花先生は「…」を多用する傾向にあり、私はそのあたりはあまり好きではないのですが(もう少しほどほどにしてほしい。)、ヒロインの微妙な気持ちが短くまとめられているなと感じました。


◆ランダム・ウォーク(吉住渉)
今月号は、楽しいのか、つまらないのか微妙なところでした。

『りぼん』2001年5月号の感想で、「ランダム・ウォーク」は12月号で終わりそうだと書きましたが、10月号ということで予想が外れました。それにしても、急ですね。12月号くらいまで書いた方が作品的には自然な気が…まあ、終わってみればそんなものかとか思っていそうですが。

今月号は3つの場面(P271〜276、P277〜287、P288〜299)に分かれています。それそれのシーン毎に、感想を書きます。

☆場面1(P271〜276、優架&紗央里)

なんで優架が紗央里に恋愛事を相談しているのでしょう。
2人の様子から、優架が相談するのははじめてということでもなさそうで、2人の関係が描かれていないので、いきなりで不自然さを感じました。塔子と桂だと駄目だということもでもあったのでしょうか。

また、P274の3コマ目のから、P275までの会話は、『りぼん』2001年3月号の感想で指摘した部分とそのまま重なるのですが、なんでいまさら?
本筋とは関係ない紗央里の行動について、いまさら説明されてもという気がします。吉住渉先生にとってのいい女の定義を変に誤解されたと感じたからなのでしょうか。疑問が残ります。

☆場面2(P277〜287、優架&輝)

輝が優架と別れる理由ですが、「砂の城」(一条ゆかり、集英社コミック文庫、全4巻)で、ナタリー&フランシス&ミルフィーヌの関係を思い出しました。っていうか、吉住渉先生は「砂の城」のリアルタイム世代ですし、「砂の城」の反対バージョンとしか思えません。

「砂の城」パターンだと、フランシスがミルフィーヌに中途半端にいい顔をするので、それはそれはすごい展開になります。
フランシスのきっぱりとしない態度にもイライラするのですが、今回のようにきっぱりナタリー(優架)と別れてしまうというのも、あまりにも拍子抜け…

☆場面3(P288〜299、優架&十和)

今月号で、評価が分かれる部分かもしれません。私はスゴク楽しめた人です。

P293からの十和の変わりぶりには、吉住先生の得意技だなと思います。
どこで読んだか忘れましたが(覚えている方は教えて下さい。(注))、矢沢あい先生が吉住渉先生の作品の男性を“格好いいけれど、抜けているところがある”というようなことを指摘されたことがあって、納得したことがあります。

男性キャラが少し抜けている部分があることこそ、吉住渉先生の男性キャラの魅力につながっていて、吉住渉先生の強みだと思っています。(私は、抜け目のない「ママレード・ボーイ」の遊のような男性キャラは、魅力が弱いと感じます。)

十和の変わりぶりは急な感じもしますが、場面2にあるような不自然さを感じず、楽しめました。P296の2コマ目、P298の最後の3コマの十和はなんかかわいいですし、「優架もいっしょに寝よー」のインパクトもありますし。

今後、吉住渉先生の『りぼん』での連載はあるのでしょうか?吉住先生の動向は気になります

しかし、次号の最初のシーンが、学校で塔子や桂と話をしているシーンからというのだけはやめてほしいです。2001年5月号からずっとそのパターンなので、さすがに飽きました。
ベテラン漫画家に芸のないところを見せられると、気が抜けてしまうので改善してほしいところです。


◆ペンギン☆ブラザーズ(椎名あゆみ)

「ペンギン☆ブラザーズ」は、白・黒・グレーの派閥争いが終わった時点で、連載も終わるのでしょうか?
今月号から、ストーリー展開のスピードが早まった感じがするので、あと最低でも1年は連載を続けてほしいと思っている私としては気になるところです。

P305からの今月号の入りですが、好きです。
2001年7月号の感想で、左利きと、手の怪我があるからすぐにわかるだろうと書きましたが、この2つの小道具をこのように上手く演出してしまうとはと歓心してしまいました。(ストーリーの大元としては単純なのですが、エピソードが上手い。)

でも、P307の最後のコマの「ちょーうけたよ このあいだのかっこ!」は、2001年7月号の感想に書いたように、コスプレぶりが中途半端だと感じた私にはイマイチでした。(「お伽噺をあなたに」ばりに扮装してほしかったです。「お伽噺をあなたに」の服装は、バリバリで楽しめたので。)

P309の1コマ目は、西崎と豊が付き合っていたことを忘れていたので、反応が遅れました。
となると、P332の夏海の話からすると、西崎と夏海が付き合っていたのは、西崎がひざの怪我をした後。西崎と豊が付き合っていたのは中1。
中1で西崎がひざの怪我をしていたとは思えないので、「サッカーで将来を期待されているさわやかスポーツ少年」(P330の3コマ目)の時期につきあっていたことになります。今の西崎となら想像できるのですが、何か想像できない…
つきあう理由は、互いに複雑な家庭環境があるので、理解し合えた部分があったということでしょうけれど。一色&西崎の中学生時代を番外編で是非読んでみたいものです。

P311の3コマ目の「あいつにだけは 負けたくね〜〜〜〜つ!!」ですが、ライバル同士がお互いのコンプレックスを刺激させるようなエピソードをいれると、作品的にスムーズになるよなと感じました。たくさんの漫画作品でこのような人間関係を見ていますが、飽きないです。

P314の4・5コマ目、P315の小柴の推理ですが、内容的なことではなく、作品の構成上、ここで謎解きをするということに驚きました。最初に、「ペンギン☆ブラザーズ」が終わるのが早いのではと触れたのは、この当たりからの連想です。一色と西崎の関係をばらす前に、当たらずとも遠からずの謎解きをいれてしまうとは、結構大胆だと思います。

P316の3コマ目からP321の一色と西崎の携帯電話のやりとりで、これから今までの謎の電話が一色であり、西崎であることが明らかになりました。
携帯電話の登場シーンを整理すると、2000年4月号のP29の最後のコマ・P30は、西崎→一色、2000年11月号のP285〜286の2コマ目も、西崎→一色、2001年4月号のP182の最後のコマ・P183は、一色→警察となります。2001年4月号は、電話をかけていることが一色であることがかなり想像できる状況だったので、携帯電話の事実には驚きはないのですが、「捕まえちゃってくださーい」と言っている一色の顔を見たいです。

今月号で明らかになった、一色と西崎が異母兄弟である事実は、2001年5月号の感想で、「トーマの心臓」(萩尾望都)、「砂の城」(一条ゆかり)と一緒ではと触れたように少女マンガの定番です。(「トーマの心臓」・「砂の城」とも、片方が本家で、片方が愛人の子という関係で、異母兄弟が出てきます。「砂の城」は血がつながっていませんが。)私は、一色と西崎の関係よりも、一色と陽菜の間に過去に何があったのか方が気になり、2人の関係は1つの通過点だと思っています。
「ペンギン☆ブラザーズ」というタイトル自体、ペンギンの色である白(一色)と黒(西崎)+兄弟という意味ともとれるので想像しやすいですしね。

最後に、来月号で「ペンギン☆ブラザーズ」がカラーではないことに多少なりともショックを受けました。
80年代においては柱の作品(今でいうと、「GALS!」・「時空異邦人KYOKO」・「グットモーニング・コール」)とプッシュ作品(「あたしはバンビ」)以外は、カラー落ちするなんてことはよくある事だったのです。カラーが3ページ(中には、10ページを超えるカラーページが1つの作品についていたり、70年代はカラーページと、3色カラーページですべてオールカラーなんての時もありました)が標準だった時代の話です。

『りぼん』のページ数が増え、掲載作品が増え、カラーページを分配するようになってから(現在は、巻頭カラー以外はカラーは1ページという徹底的に分散志向。)、ある程度以上となった人気作家がカラー落ちすることはなくなったといっても過言ではないと思います。

「ペンギン☆ブラザーズ」の人気がすごくないようには、私には思えないので(サイトを運営している限り。)不思議です。

あと、P316にあるファンレターの宛先が「倉橋えりか先生」になっているのだけは、いただけないです。椎名先生と、倉橋先生の担当編集者は一緒なのでしょうか…
椎名先生の原稿が遅いからミスが出るのかもしれませんが、こういったミスは読んでいて楽しくも何ともないので(漫画家のミスの方が笑い飛ばせるものが多く愛敬を感じますが、編集者のミスはフォローのしようがないし。)気を付けてほしいものです。


◆撫子キラー(朝比奈ゆうや)

今まで読んだ朝比奈先生の作品(本誌に掲載された作品)の中で一番よかったです。よく、朝比奈先生は読みきりの人だという話をネット上で読んでいたのですが、納得できました。
朝比奈先生の作品は乙女ちっく系(注)であり、ストーリー的には単純なのですが、楽しめました。

集英社コミックスニュースWEBで、「たまに無敵仕様」

イキイキ度★★★★★
さわやか度★★★★
  けんか友達から恋人へ、初々しい恋がさわやか。「りぼん」注目度No.1、朝比奈ゆうや先生の初コミックス。幼さの残る画がイキイキとしたキャラクターの個性を引き立てます。元気をくれる一冊。

と紹介されていました。絵が下手だと書いてしまう販売部(文体からして、『りぼん』の編集部の方が書かれたものではないでしょう。)もすごいのですが、ある種、絵が未熟な部分が、朝比奈先生の作風を助けていると気づかされました。

「撫子キラー」でも、絵は以前と比較すると上手くなったとは思いますが、漫画家の平均レベルからは程遠い画力だと思います。しかし、このまま普通に朝比奈先生の絵が上手くなって、ストーリーがこなれてきてしまったら、反対に作品はつまらなくなってしまうような気がしました。
朝比奈先生にとって、今、新人漫画家ではなく、一人前の漫画家として、成長しなければならない時期なのかもしれません。


◆えみゅらんぷ(藤田まぐろ)

藤田先生の代表作である「ケロケロちゃいむ」は興味がない作品でしたが、「ねりんぐプロジェクト」や「えみゅらんぷ」は楽しんで読むことができました。(子供向けの内容なのですが、その部分を含めて。)
ファンタジーの世界が舞台の作品ではなく、普通の世界の隣にあるファンタジー作品を描いてほしいと思います。

しかし、本誌の掲載枠が厳しくなる中、彩花みん先生も控えていらっしゃいますし、順当に本誌連載を続けていけるのでしょうか?
4コマや、短編の人気が『りぼん』では高いですし、その間にいる藤田先生は厳しい環境だと思います。現在は、20ベージ前半での連載ですが、10ページ台にすると「空くんの手紙」(小田空)・「お父さんは心配症」(岡田あーみん)、「ちびまる子ちゃん」(さくらももこ)枠のようにコマ割りが利きそうな気がします。
なくしてほしくない作風・枠ですが、微妙な位置にあります。



「先生からのひとこと」で、小花美穂先生のライブの話(踊るって、何を踊るのだろう?)、森ゆきえ先生の就職活動の話(去年、私も就職活動してたっけとか思い出しました。)と、及川えみり先生のHPの話(もう開設しているのでしょうか。まだ発見していません。)が印象的でした。

(注)
乙女ちっくマンガとは、漫画用語で、俗に1970年代中盤に『りぼん』出身の漫画家である陸奥A子・田渕由美子・太刀掛秀子先生、『マーガレット』で活躍されていた岩館真理子先生などが描かれ少女マンガ界に大旋風を巻き起こした作風のことを言います。

乙女ちっくマンガの作品の特徴は、

  • 片思いにかけるエネルギーや感情が深い(とにかく一筋)
  • 少女趣味的な小道具(手作りのプレゼントetc.)
  • 恋する自分に酔っている
  • 「そのままがの君が好き」 の告白

などです。

他にも『りぼん』出身の漫画家には、篠崎まこと・佐藤真樹・小椋冬美(初期)・萩岩睦美・清原なつの・柊あおい先生など乙女ちっくの影響を強く受けている方がいます。
今の『りぼん』では、ベテランでは、池野恋・水沢めぐみ・椎名あゆみ・森本里菜・谷川史子・長谷川潤先生は乙女ちっくに強く影響を受けていますし、榎本ちづる・芳原のぞみ先生なども乙女ちっく系です。

反対に乙女ちっくではない『りぼん』の漫画家の代表格は、一条ゆかり先生です。70年代後半から80年代中盤の『りぼん』で1人で乙女ちっく漫画家と闘っていました。
当時の一条先生の作品「砂の城」は、一条先生の

これはあらゆる困難をのりこえて描いたから。人気がないので、とっても肩身の狭い思いをしながらね〜(笑)
                                            「アニメック」(1982年vol.27、P97)より

とのコメントでわかるように、乙女ちっく漫画家に人気で負けていました。
しかし、当時に生み出された「砂の城」・「有閑倶楽部」などの作品は高い評価を得ています。これらの作品が生み出された背景に、当時の『りぼん』が抱えるジレンマや、一条先生の乙女ちっくに対抗する意識があったことは明らかだと思います。
その他には、矢沢あい・吉住渉・小花美穂先生などが乙女ちっく作家ではありません。


注:
Yuzuさんより、情報をいただきました。

このコメントですが、矢沢あい先生がこのように言っていたのは、「ハンサムな彼女」8巻の57ページ、「佐野亮平のキャラクター紹介」の欄ではないかと思います。そのページには、

「矢沢あいに言わせると、亮平は『ものすごーく渉らしいキャラ』なんだそうです。彼女が言うには、私のまんがの登場人物、特に男性のほとんどには『クールでとぼけている』という共通する特徴があり、亮平にはそれが特に顕著に現れてるんだって。」

という紹介文が載っています。

ありがとうございます。


-- Talk top ---- Log top --
--
← 7月号 ---- 9月号 → --

Presented by Eiko.