『りぼん』2002年2月号感想

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公式ホームページ

公式HPりぼんわくわくステーションが公開されました。
コンテンツも定番なものばかりで、『りぼん』への思い入れが薄く(『りぼん』だから!これだというものがない)『りぼん』編集部と漫画家にメールが送れる手段ができたこと以外は、これからの発展を期待しますというサイトでした。あと、ある程度は予想していましたが、異常に画像が多くて重いなとは感じました。

最初からいきなりというのは、難しいのかもしれません。
HPの管理は大変です。いきなり、一日で何万アクセスもあるようなサイトを管理するわけで、一介のファンページの管理人には想像できない苦労もあることでしょう。しかし、趣味ではなく仕事なんですから、しっかり管理してほしいものです。

『別マ』のメールマガジン“別マNEWS DEC.2”に

巷ではH描写だらけのコミックが氾濫してるけど、
我々は断固として、真実の恋愛を追及しようじゃないか!
S○Xだけが恋じゃないぞ!!

というコメントがありました。
『別マ』の方針(編集者の本音)をメールマガジンではじめて読んで、メールマガジンっていいものだと始めて思いました。

すぐには無理だと思いますが、HPの次はメールマガジンが始まる可能性が高いので、これも楽しみです。(りぼん★アンケートの「集英社からあなたへお知らせのメールをおくってもいいですか?」単なる集英社の広告メールだろうし。)


◆ウルトラマニアック(吉住渉)
吉住渉先生は私にとって、『りぼん』の漫画家で今、最も注目の存在です。いろいろな意味で、非常に面白いところにあると思います。

1.編集長

2001年9月号の感想で書いたように、『りぼん』の編集長の村井氏は、吉住渉先生と「ママレード・ボーイ」という大ヒット作品を生み出されています。村井氏が『りぼん』の編集長になれたのは、「ママレード・ボーイ」の担当の功績抜きには絶対にありえないでしょう。

つまり、編集長にとって、吉住先生は同士。編集長は吉住先生を邪険な扱いはできないと考えられます。現に、「ランダム・ウォーク」の初回と比較すると、次号の予告カットの大きさ・位置がよくなっています。

「ミントな僕ら」と「ランダム・ウォーク」の人気を比較すれば、「ミントな僕ら」の方が人気があったことは明らかです。そのため、普通は今回の吉住先生の扱いは「ランダム・ウォーク」の初回よりも落ちていてもおかしくはないはずなのに。

いつ、『りぼん』を出てもおかしくない状態だった吉住先生がここに来て。
人のめぐりあわせって面白い

2.ベテラン

吉住渉先生は、1963年6月18日生まれの38歳。1984年デビューしています。
『りぼん』の本誌連載レギュラーの中で最年長にして、最もキャリアの長い漫画家です。
『りぼん』で最長のキャリアの漫画家といえば、一条ゆかり先生の存在を抜きには語れません。1968〜1993年(19〜44歳)の25年間、『りぼん』の第一線でした。

私は、一条先生のファンですので、一条先生の『りぼん』での足跡を細かく分析してきました。そのため、なにかと一条先生と比較せずにはいられないので、吉住先生のキャリアをどうしても軽視しがちです。

しかし、吉住渉先生には「有閑倶楽部」(今月号のP372に「有閑倶楽部」の広告があります。キャッチコピーは“少女マンガの金字塔!”。)がありません。一条先生が、『りぼん』で第一線で活躍しつづけられたのは、「有閑倶楽部」抜きにはなかったと私は考えています。

2001年8月号の感想で書いたように、「砂の城」連載時、すでに、一条先生は『りぼん』では苦しい状況がありました。「砂の城」は当時から名作扱いを受けていました。しかし、『りぼん』の読者には受け入れられない…。
乙女ちっく御三家(陸奥A子・田渕由美子・太刀掛秀子)以降も、池野恋・小椋冬美・萩岩睦美・高橋由佳利・本田恵子各先生のポスト乙女ちっくともいえる作品が『りぼん』の主流でした。
しかし、一条先生は「砂の城」のあと、1981年に「有閑倶楽部」を発表。その後、1993年までの13年間、「有閑倶楽部」掲載の間に、連載や読みきり作品を発表していきました。

前述したように、吉住渉先生には「有閑倶楽部」はありません。常に新作で読者と勝負しなければなりません。吉住先生のその関係は、最もふろくに見ることができるように思います。
『りぼん』とふろくの関わりで記載したように、ふろくとの関係は常に変化してきましたが、吉住渉先生は『りぼん』創刊以来、最も『りぼん』にふろく(と全プレ)を提供している漫画家なのです。

ベテランになると、扱うふろくの点数は減っていきます。それは『りぼん』のルールです。(椎名あゆみ先生も減っています。)
しかし、全プレは別だったりするルールなど、一条先生が作ってはいないルールを吉住先生は作っています。

読者は、新人漫画家の扱いの方が“新しい”とか“珍しい”と思ってしがいがちのようです。『りぼん』でも新人の新鮮さを出すために、扱いに新鮮味をあるようにみせようとします。
しかし、私はよく感想で触れているように(2001年4月号「あたしはバンビ」、2001年9月号「ボクたちの旅」)、新人の扱いは、以前になかったという例はあまりないように感じるのです。
ベテラン漫画家を見ている方が、地味かもしれませんが、新しいことがある数は多いように思います。(新人の新しいことは数が少ないですが、派手ですからね…目をひくのはわかりますが。)

3.ファンタジー

吉住先生がファンタジー作品だとは驚きました。しかし、考えてみるといろいろと理由も思いつきます。

まず、「突撃!!まんが情報」(P66)の吉住先生のインタビューで

「ときめきトゥナイト」の印象が強かったせいか、りぼんのメインはファンタジーもの、というイメージがあったんですが、自分には描けないジャンルだと思っていました。でもせっかくりぼんの漫画家なんだし、1回くらい挑戦してみようかな〜と。

とあります。
吉住先生は自らの作品に対してよく“『りぼん』だから…”という発言をされます。(あと、“ついでに”という言葉もよく見るような気がします。)吉住先生はマンガ制作に関して、「自らはこう思う」という意識はあまり強くないのではないでしょうか。

この仮定は、「りぼん新人まんが傑作集【3】虹を渡る7人」P72の作者紹介のまんが家としての抱負に
「リアリズムに徹するより、とにかくエンターティーメントなものを描きたいと思います。」
というコメントからも推察されます。
吉住先生にとっては、“エンターティメント”こそがこだわるところかもしれません。(今もだったら初志貫徹ですごいと思います。ちなみに、一条先生は、何よりも「自分がこう思う」ということを重視する方で、エンターティメントを読者への奉仕といい好きではないとのコメントがあることが興味深い部分です。)

だから、『りぼん』にとっての“エンターティメント”がファンタジーにあると考えたならば、それに挑戦するのも、吉住先生の意識の中ではつながってくることなのかもしれません。

ちなみに、吉住先生のデビューのきっかけ作品は 「One Day・・・?」(第16回 りぼん新人漫画賞佳作)です。この作品は、「Another Dayのこと」(「四重奏ゲーム」P148掲載)にあるように、「Another Day」の前の作品です。「Another Day」がSFもの(タイムスリップ)であることから、大きい意味でのファンタジー作品を、吉住先生はデビュー以前、直後に描いていたことになり、要素を持っていないわけではないとも言えるのです。

とにかく、ひさしぶりであることには変わりありませんし、インタビューで「ときめきトゥナイト」との言葉がでていることから、「ときめきトゥナイト」だけはバクることもないでしょう。(つまり、「姫ちゃんのリボン」の二の舞にはならないということ。)楽しみなところです。

作品の感想です。
P21に“魔女っ子”という言葉が出てきます。私は普段、この手のアニメを“魔法少女”と呼んでいます。私も、亜由同様にこの手のアニメは「ときめきトゥナイト」(小1)で卒業した人なので(「魔女の宅急便」を除く。)、詳しくありません。そこで、Googleで“魔女っ子”と“魔法少女”と検索してみました。すると、“魔女っ子”が約16600件、“魔法少女”が約36,400件でした。やはり、“魔法少女”のフレーズの方がメジャーなようです。

魔法少女が好きなんです!内にあるTV版魔法少女年表を参照すると、古いアニメ作品に“魔女っ子”というフレーズが見られます。“魔女っ子”が使われているのは、吉住先生の年齢に関係しているのかも。(私は“魔法少女”という言葉を大学生になってから、マンガ評論本を読むようになってから知りました。)

P22〜P24の5コマ目までの流れに、「おちゃんでゴメン」(本田恵子、RMC全2巻)を思い出しました。さっぱりした女の子が好きな男の子と普通に話すというときの定番なのでしょう。(男同士のように。)
ただ、P24の5コマ目の「ニヤけてるとこ見られたらクールな女のイメージが台無しに…」は、好きな人と普通に話せたかなと思う花音とはかなりキャラが異なります。しかし、これが今なのかもと感じてしまいました。つまり、見栄っ張りであるという部分が。(花音は素直だもの。)

P23の1コマ目の“秀英中”には意外な感じがしました。
まず、亜由が中学生だということ。ファンタジーものだと当然ですが、「ミントな僕ら」よりはオトナっぽいイメージだったので。読み終えた時には、やはり中学生以外の何者でもない作品でしたけれど。
次に普段は、きっちり学校名を作ってくる吉住先生が“秀英中”という、ただ“集英社”を文字っただけの学校名であったこと。「ウルトラマニアック」が、今までの学園ものの作品とは違うという吉住先生自身の線引きなのかと感じました。
P27の2コマ目、P30の最後のコマ、P36の1コマ目、P38の1コマ目などにある校舎のカットをみている限りでは、“秀英中”は私立で、しかも豪華な校舎である今までの吉住先生の作品の学校とは違うことがわかります。公立でしょう。
私立学校の取材を毎度欠かさなかった吉住先生(実際に取材したのはアシスタントですが。)が、アシスタントに公立校への取材をお願いしている様子を想像してしまいます。
これは、吉住先生の作品の特徴であるもが憧れるちょっと先のおしゃれさという武器を多少なりとも捨てていることです。
作品がファンタジーものであることよりも、“バブリーなおしゃれさ”を捨てていることの方が変革として大きいように感じました。これはここまでのベテラン漫画家になるとなかなかできないことでしょう。

P25の2コマ目で“仁菜”が初登場しています。“仁菜”と書いて、“ニナ”と読ませるのに違和感を感じました。
なぜかというと、森本里菜先生の「バニラの笑顔」のヒロインが“仁菜”と書いて、“ニイナ”だったからです。記憶に残っている作品は、キャラの名前もしっかり覚えている人なんです。その内なれると思いますが。

架地と辻合という2人のヒーロー候補が出てきましたが、辻合タイプには最近飽きたので(クール系)、私は架地派です。しかし、野球部の次期エースにしては、髪がキューティクル過ぎる気が多少しますが、まあ、少女マンガですから。

ストーリー展開は、亜由がしっかりテニスの試合に負けてしまうということから、いかにもという感じで違和感はありませんでした。本人が使えるのではなく、振り回されるというのは、私は萩岩睦美先生の作品のタイプしか読んだことのないので、あまり想像できませんし楽しみにしたいところです。
ただ、今から最後をどうおさめるつもりなのかが心配です。最近、吉住先生は最後は酷いから…


◆満月をさがして(種村有菜)
2002年1月号と2月号のあわせた感想となります。

2002年1月号は、淡々とページをめくっていました。

  • 小学生がヒロイン(それも、病気がち)とは。
  • 歌(音楽)がストーリーのテーマかな。
  • 天文学者は「星の瞳のシルエット」(柊あおい、RMC全10巻)を超えられる事はありえないからやめときゃいいのに。
  • 若王子はつまらんキャラだ。
  • 担当編集者の名前は、小池正夫さんというわけね。(P23の1コマ目より)
  • 満月は幼い時は元気だったのか?(P24の服装より。それにしてもフリフリだ。)
  • 畳頑張っているな。(P25の3コマ目、同ページ最後のコマetc.)
  • 髪をセットして、パジャマ着替えている。寝る用と髪型もパジャマも違うわけか。しかし、髪をセットするのはどれくらい時間をかけているのだろう。(P25の5コマ目→最後のコマ)
  • 手がこわい。(P27の1コマ目)
  • T.E.か(池野恋「ときめきトゥナイト」)、流風・流水(篠原千絵「海の闇 月の影」)だな。(P28の2、3コマ目)
  • 種村先生の趣味爆発!(P30の1コマ目)
  • 死神は“ジョルジュ”(池野恋「ときめきトゥナイト」)以上のキャラはいないでしょ。最近、「闇の末裔」(松下容子、HC)が死神がでてきてヒットした作品として有名だから、影響があるのかもしれないけれど、読んでないからわからないな。(P31の1コマ目)

とか思いながら。

しかし、P38の1コマ目をみて、駄目だ感じました。“大人に変身した”からです。しかも、“歌手になろう”とまでしています。

魔法少女の原点は、「魔法使いサリー」(横山光輝、1966年『りぼん』)と、「ひみつのアッコちゃん」(赤塚不二夫、1962年『りぼん』)だといわれています。(いずれも、『りぼん』に掲載されていた作品です。)
夢野サリーと鏡厚子の魔法には以下のような違いがあります。

  • 夢野サリー(「魔法使いサリー」)
    先天的に魔法が使えるタイプ。魔法はタクトを利用しものを動かす、消すなど、他者に対して利用される。
  • 鏡厚子(「ひみつのアッコちゃん」)
    普通の女の子が後天的の魔法グッヅを与えられ魔法が使えるようになるタイプ。魔法は、コンパクトを利用し自分が変身する。

アニメの魔法少女もの分野では、女の子の選ばれしものへの憧れや、他力本願な発想から、アッコ型=シンデレラ型の魔法少女が繁栄に導きました。(魔法少女を大別すると?
[以上「紅一点論」(斎藤美奈子、ビレッジセンター出版局)のP116〜119を参照にまとめました]

「紅一点論」に、続いて以下のような記述があります。

七〇年代後半以降のそれ(魔法少女もの)は、「大人の女に変身する」「憧れの職業に変身する」という卑近な、といって悪ければ中途半端に現実的な方向に流れてしまったからである。「憧れの職業」はさらにアイドル歌(!)に集約され、八〇年代には『魔法の天使 クリィミーマミ』(一九八三〜八四)、『魔法のスター マジカルエミ』(一九八五〜八六)、『魔法のアイドル パステルユーミ』(一九八六)など、魔法の力でアイドルに変身する少女が続々と登場した。

その他にも、私はアニメをまったくみてはいませんでしたが、「赤ずきんチャチャ」(彩花みん)でもチャチャが魔法を使う際に大人に変身し、「魔法のステージ ファンシーララ」(春日るりか)でも、大人に変身してアイドルとなっています。『りぼん』の作品以外にも、この手の作品は上記の作品以外にもある可能性が高いと思われます。

種村先生の作品の設定には、オリジナリティーが薄いということはわかっています。しかし、なぜ“魔法の力でアイドルに変身する少女”でなければならかったのでしょう。私には、納得はできませんでした。
タクトとめろこのキャラなど面白いと感じた部分もありましたが、肝心の作品の根本がもう私は駄目だなと感じた初回でした。

ちなみに、P38の1コマ目以降のストーリーは、オーディションをパスしたのは驚きました…(オーディションシーンがあまりにも盛り上がらない。簡単すぎ。)
少女マンガのルールでは普通は落ちるパターンが多いです。オーディションは最初から合格が決まっている娘が受かります。そして、あとで引き抜かれるのです。(美内すずえ「ガラスの仮面」[映画・片足びっこの患者の役]、矢沢あい「バラードまでそばにいて」、藤田和子「ライジング!」etc.)

2002年2月号も、淡々とページをめくっていました。

  • 「歌や実力じゃなくて−…」ってネームおかしい。(P71の3、4コマ目)
  • 鳥羽か!?自然に生活していてたらあんなふうに鳥がよってこないよ。(P72の最後のコマ)
  • そうそう結局誰が邪魔したのかわからなかったんだ。“タクト”と“めろこ”じゃないの。(P75の1コマ目)
  • 「ときめきトゥナイト」だけはパクるなって!(P78の3コマ目)
  • 右側通行?ただ、センターラインってだけなのか。(P79の4コマ目)
  • ホントに種村先生このパターン好きだな。守られたい願望がすさまじく強そう。(P79の最後のコマ)
  • 紗南…(P81の1、2コマ目)
  • だからタイトルは“満月”で“フルムーン”と読ませるのか。(P88の1コマ目)
  • “アンジェ”から「天使と冒険」(吉住渉、「ハンサムな彼女」第8巻収録)を思い出すのは私だけだろうな。芸能界+謎めいた存在が重なるんで。(P90の1コマ目)
  • ラジオは音だけですが、あれだけポスターがはってあるのだから、顔を知っているリスナーは多いのでは?屁理屈かな。(P100の4コマ目)
  • 歌詞も、態度も、12歳じゃない。。(P107の最後のコマ、P108の1コマ目)

非常にヒロインに都合よく話が進んでいます。
変身することと引き換えに命を削る(篠原千絵「闇のパープルアイ」)とかの設定でないと、納得しにくいです。まだ連載第2回なので仕方ないかもしれせんが。(話がテンポよく進みませんし。)

しかし、魔法の力でアイドルに変身する設定さえなければ楽しめるはずなのに残念です。この設定が生理的に駄目です。(「イ・オ・ン」と「時空異邦人KYOKO」は大丈夫でしたが、「神風怪盗ジャンヌ」の設定も生理的に駄目でした。。)


◆GALS!(藤井みほな)

頑張っていますね。気になる箇所もありますが、GALS!らしく好感を持てます。

2002年2月号のP127の欄外にある「manga OMO!」に記載されている藤井先生のエッセイを読みました。集英社の売れっ子漫画家に挟まれて、『りぼん』の漫画家は漫画家として新人なんだとつくづく感じました。(一条先生なんて、意味なく2Pカラーなのに。。)
内容はないので、特に読む必要もないでしょう。テンションを高く保って仕事をしているようです。(誰よりも情報を集めよう、観察しようと息巻いているのは藤井先生自身って感じ。)


◆無重力少年(亜月亮)

おもしろいのですが、一歩抜け出せない感じがします。

第47回学校読書調査(注)に

「今、一番読みたい本」について聞いたところ、女子は小中高を通じて「感動する本」(小16%、中24%、高38%)が高率を占めた。93年第39回調査との比較では、(略)「ユーモアのある本」も、高校男子で9%→5%、同女子で7%→4%と、ほぼほぼ半減しており、読みたい本の種類がこの間に大きく様変わりしていることが浮き彫りになっている。
一方、「一番読みたい本」のトップは高校女子が「感動する本」を挙げたのを除き、小中男女、高校男子はいずれも「楽しい本」を挙げた。

という記述があります。この記事を読んで私は『りぼん』の現状とつなげました。種村・藤井先生は今の『りぼん』の連載陣の中では感動を意識した作品づくりをしています。偶然かもしれませんが、漫画家の狙いは読者のニーズに合っており、作品は今の『りぼん』の柱となっています。(そして、今までのヒット作の多くは感動する作品である事実があります。)

亜月先生もそろそろ中堅として、今一歩の成長を期待されている時期だと思います。その成長の1つのキーワードとして、“感動”を少し意識してみたら、いいのではないかと感じました。亜月先生の作品が“楽しい”のは十分わかりましたから(2002年2月号のP199の1コマ目の“人間ピンボール”には参りましたが。)、感動できるものを読んでみたいのです。

今、「無重力少年」では、流風のキャラクター膨らみをもちはじめています。風子と流風の関係も微妙です。ここで、一発感動できるエピソードを持って来て盛り上げてほしいです。
亜月先生の才能の問題よりも、照れ屋なのが“感動”の敵のような気がします。(亜月先生の作品を読んで一番感動したのは「電動王子様タカハシ」かも…)

しかし、カラーに戻ってよかった…


◆あたしはバンビ(槙ようこ)
「あたしはバンビ」は続けてどうなるものでもなかった作品だと思っています。(私の2001年11月号2001年12月号の感想の不満さからもわかると思いますが。)
最終回が決まってからの2001年1月号・2月号を読むと、まとまりがあり、やはりここで終わらせることで作品が救われたように感じました。

2002年1月号のP179の2コマ目の女の子ですが、この手の娘が悪役になるのに飽きました。しかし、安野モヨコ先生がマンガ界に与えた影響は大きかったんだなとつくづく感じます。今、この手の絵を描く方本当に多いですから。(安野先生の絵はマンガ界に衝撃を走らせたものですが、今は主流といってもおかしくない…これが少女・女性漫画界の特徴です。)

麻衣が八重蔵とくっつくのは想像の範囲内です。2001年11月号の感想、参照)流れからして、これしか選択肢はなかったので、想像があたったこと=きれいなまとめという評価につながっています。
こんなに早く終わると思わなかったので、麻衣が八重蔵を好きになる過程があると思いましたが、その過程をキスシーン1つで削除したのもスマートでよかったと思います。ただ、その最後が意見がわかれるところなのではないでしょうか。

今 目の前にあるものに 恋してください。(P234、235)

大きい意味でとらえれば納得できるネームですが、恋愛に限ると、本気?と思わずにはいられません。
確かに、「あたしはバンビ」の中では麻衣と八重蔵がくっつくのは納得できます。ヒロインが失恋し、恋の予感というラストに「シフォンのささやき」(北原菜里子、RMC全1巻)を思い出しました。(この作品のせいで、以前、男性からききょうをもらった時には気持ちが複雑でしたよ…他の意味の花言葉もありますからね。)しかし、失恋の気持ちに整理がつかないうちに麻衣はキスされてってのは。

エピソードとしては、キレイです。でも、私は駄目でした。なぜかというと、麻衣と同じ経験があるからです。私は麻衣のような気持ちにはなりませんでした。だから、麻衣ような判断がいいとは私は思いません。だから、今 目の前にあるものに 恋してください。」と言われても「はいそうですか」とはいきません。

納得できる終わり方なのに、最後のネームに納得できない。ネームは重要だなと感じました。


◆聖・ドラゴンガール(松本夏実)
特になし。


◆MAXラブリー!(倉橋えりか)
2001年12月号の感想で、「ガラス色のBOY」(あいざわ遥、RMC全2巻)を思い出したと書きましたが、これは「いるかちゃんヨロシク」(浦川まさる、集英社文庫コミック版全4巻)ですよ。(+「GALS!」)

そもそも、学園+わけわからない裏組織という設定が、浦川まさる先生の得意技でした。「いるかちゃんヨロシク」(第3部)、「九太郎がやってきた!」、「つばめ組においでよ!」の3作品連続で、この設定で飛ばしていました。さらに、ヒロインは、元気いっぱいの問題児(顔は美人とはいえない)、ヒーローは、クールな文武両道・眉目秀麗な生徒会長(学校の実力者)という設定も。
結局、「MAXラブリー!」は、『りぼん』では「GALS!」で蘭が作り上げた、ヒロインが元気いっぱいの問題児に、さらに美人でみんなの憧れの的の要素をプラスしたのキャラだと思います。

男子の制服を着て登校する初回も、思い返せば、「いるかちゃんヨロシク」(第1部)の初回と一緒ですし(「ガラス色のBOY」は女子の制服だもの)、2002年1月号のシカトは第3部で、今月号のバレンタインは第2部でのエピソード(「トップは如月いるか」ってやつです)と重なります。

「いるかちゃんヨロシク」はスポーツ学園ものとも言うべき特異なジャンルの作品だと思います。キャラ設定は、「有閑倶楽部」の悠理と清一郎のパクリ(断言しているのは、当時の担当編集者が「有閑倶楽部」と一緒だったため。浦川先生は「いるかちゃんヨロシク」が出世作ですし、編集の力は絶大でしょう。)ですが、あのはずかしげもないパワーには圧倒されるものがあります。

「MAXラブリー!」はこの2ヶ月、ハイテンション・コメディは「GALS!」、その他は

モノローグに頼らず、キメのセリフが効果的。軽快な描写が、勧善懲悪の筋立てを、決してマンネリに思わせない。
「いるかちゃんヨロシク」(浦川まさる、集英社文庫全4巻)解説エッセイP313

とあるように「いるかちゃんヨロシク」だなと思いつつ読んでいました。

あと、愛里の家庭は裕福な設定のようですが、何やら貧乏くさいんです。倉橋先生は普通の家庭で、普通の学校で過ごされた方なのではないでしょうか。学校生活に吉住先生のような雰囲気が出せていません。(かといって、一条先生のようにもなれませんし、中途半端…)

愛里と多樹のキャラクターの出来はどうあれ濃いので、ある程度ヒットしそうですが、「世紀末のエンジェル」の方が、倉橋先生のらしさがあってよかったように思います。(後半はともかく、前半は勢いがありました。)
作品を読んでいると、合成食品を食べているような気持ち悪さがあります。見た目はキレイだけれども、材料が悪い・添加物が入っているというような。見た目が悪くなるよりこちらの方がいいのかもしれませんが。


◆グットモーニング・コール(高須賀由枝)
「グットモーニング・コール」は、2001年11月号のアニメビデオの全プレ以来、全プレから外れています。つまり、連載は終わっても不思議ではない状態だと思います。それにしては、話が盛り上がらないですね。今回のエピソードはクライマックスへの序章ですよね…

ちなみに、菜緒の旅行先は川越でしょう。K市、小江戸、菓子屋横丁、蔵造り、地域限定おかしのネタはさつまですから。


◆アンダンテ(小花美穂)
つまらないような、おもしろいような…作品があまり心に残らないのです。


◆無限♪ハートビート(日河まゆき)
つまらなかったです。ありきたりの作品でした。

まず、最初の「授業中に好きな人に見とれていて、いきなり問題を当てられてわからない。それを、好きな人が助けてくれる」というエピソード(P374〜377)。単純すぎて新鮮味がありませんでした。これできまってしまったのかもしれません。

P382の1コマ目からP388まで、マニーが登場し、ストーリーがファンタジー色となり、話が展開していく部分となります。作品の構成上、テンポ・リズム感が必要なシーンだと思うのですが、重く感じられます。
こういうのを見てしまうと、種村先生のすごさがわかります。種村先生は華と共に、リズムをつくるのが上手い方だと思います。新人には酷かもしれませんが、作品のテンポを作り出せないようでは、読者を作品に引き込むことなどできないと思います。

あと、気になったのは、作品が始まってから、ほとんど佐草の顔に冷や汗があるということ。ヒロインが見ているだけで幸せなくらい好きな相手である佐草の魅力が、これでは伝わってきません。

P389からP397の1コマ目まで、織名とマニーとの2人のかけあいになります。今のエピソード内容にしては長いと思います。
なぜ、織名が佐草のことを好きなのかということを回想シーン(マニーに話す)をいれた方がよかったと思います。ここしかありませんし。織名が自分の好きな気持ちをマニーに挙げるという決心をするエピソードに読者を引き込むためにも。

作品を通じてつたえたかったことが、あいまいな印象でした。逃げていたら駄目ということだと思いますけれど。。

(注)

『りぼん』閲読状況、参照。
最新の第47回学校読書調査が発表されているのに、エッセイの更新がないのは、第47回学校読書調査の速報が掲載された2001年10月26日の毎日新聞の記事に、雑誌の閲読誌の掲載がなかったためです。
かわりに、「読書より「メル友」づくり」という見出しで、読書とメールとの関係調査の報告に場所が取られていました。今の世の中、漫画よりもメールなのでしょう。

『りぼん』のファンサイトを運営していて感じる事ですが、『りぼん』関係のサイトを周っている『りぼん』の読者層の人の多くは、趣味が“漫画を読む・描く”という、私からみれば特殊な読者です。今の『りぼん』の読者は、普通の読者は減ってしまったということなのかもしれません。

それに、1人当たりの雑誌読書冊数の推移のグラブをみると、右肩下がり。ただでさえ、子供も数が減っているのに、雑誌を読む率まで下げて、発行部数を挙げようとするのが無謀。(ふろくに狂うのもわかるは…)
私が『りぼん』の読者層だったとき、漫画とはまったく関係ない趣味や夢を持つ娘も、みんな『りぼん』を読んでいたものですが。(私はメディアミックスなしに、公称部数が200万部を超えられる時代に『りぼん』の読者層時代を過ごしました。今のりぼんっことは環境が違います。)

『創』2001年7月号の「マンガは衰退しつつあるのか」という記事も読んだりしていますが、今の漫画界を支えているのは、子供じゃなくて、私ら大人だよなと感じた次第です。頼みのメディアミックスでさえ、「メディアミックスの輪が完結しない(つまり、アニメはみても、マンガは読まない・雑誌は買わないとか。)」という指摘が上がっていました。

記事の中では「女子を見ると、小学生では「ちゃお」などの少女漫画雑誌、中学生ではファッション雑誌が主流となり(略)」という記載があるのみで、『りぼん』の文字さえでてきません。

2003年「情報メディア白書」(電通総研編、2003年2月14日発売)によると、2001年小学校高学年女子の「ふだん読んでいる雑誌トップ5」では、『ちゃお』と『りぼん』が35.7%で同率1位となっています。データの元になっている毎日新聞社の読書世論調査は新聞レベルで毎年チェックしていましたが、ここ数年、「ふだん読んでいる雑誌トップ5」の具体的なランキングはなかったので、2001年の記事に、『ちゃお』のみ(五十音順だから『りぼん』よりも『ちゃお』が上になる)名前が挙がっていたことが納得できました。


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