『りぼん』2002年11月号感想

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●種村有菜先生、原稿落とす!
11月号の発売前から、ネット上ではかなり話題となっていました。実際に、描きかけの原稿が『りぼん』に載り、私は『りぼん』のファンサイトの管理人として「種村有菜が原稿を落とした→種村有菜を叩け」という雰囲気を感じ、逃げることにしました。つまり、11月号の「満月をさがして」を読まなかったのです。

私は、ここ最近ずっと多忙で、『りぼん』のことなど考えられませんでした。11月号の「満月をさがして」を12月号が発売された後に読みました。何故読んだかというと、別に12月号が発売されたからではなく、試験に合格し、仕事でも結果がでたしという気分のよさから、『りぼん』を楽しもうかなという気持ちになったからです。
大変な時に、大変な作品(原稿を落として叩かれている作品)を読むのは耐えられなかったのです。(仕事に、勉強に、プライベートに、私だって大変なんだよ…)

□種村有菜先生の責任
原稿を落とすことは、プロとして許されることではないと思いますが、漫画家も人間ですから体調を崩すこともあると思いますし、今回のことは不可抗力の内に入ると思います。
得に、種村先生はデビューから走りつづけて、ほとんど休みなく、マンガと向かい合っている生活を送ってきているので、デビュー6年目で1回目の原稿落としは見逃せる範囲のことだと思います。(正統事由がないと2度目は厳しいことだと思いますが)


『りぼん』原稿落ち作品リスト
一条ゆかり
「5愛のルール」
(1975年9月号)
<半分落ち>
「デザイナー」の大ヒットで、少女漫画界のトップに立った一条先生の期待の連載第5回。
知り合いの編集者に『週刊マーガレット』での読み切り「ママン・レーヌに首ったけ」(74ページ)を頼まれ、マキシムのナポレオンパイにつられて引き受ける。
「ママン・レーヌに首ったけ」の原稿は上げたが、腱鞘炎になってしまい、半分の20ページ(内カラー5ページ)しか、アップできず。
手に注射を打って、痛さで泣きながら原稿を描いたということが、後のアシスタント松苗あけみ先生により広められ、一条先生のプロ根性を示すエピソードとして有名になる。
ちなみに、「5愛のルール」は第1部完結後、続編がない未完の作品。あまりにいいところで終わったため、その面白さに二部を期待する声も大きい。
一条ゆかり
「有閑倶楽部 池のコイ誘かい事件」
(1986年5月号)
<全部落ち>
大ヒットシリーズ「有閑倶楽部 池のコイ誘かい事件」の前編と後編の間の原稿落ち。原因は、急性虫垂炎(盲腸)。
ピンチヒッターは、当時本誌未経験で、現在の少女マンガ界のトップにいる矢沢あい先生の「エスケープ」。「エスケープ」の最初には、『りぼん』1986年6月号に掲載予定だった旨が触れられている。(「エスケープ」は、初単行本のタイトルにもなった。)
その後、一条先生は急性盲腸炎の経験を「ロマンチックください」で漫画に取り入れて、転んでもただでは起きない根性を発揮。
ちなみに、副題の「池のコイ誘かい事件」は、当時トップの人気漫画家だった池野恋先生を一条先生がもじったギャグ。
池野恋
「ときめきトゥナイト」
(1987年1月号)
<全部落ち>
大ヒット長編作品、連載55回
連載から4年6ヶ月。「星の瞳のシルエット」と人気を二分し、毎号3ページカラー&40ページ連載を続けながら、番外編・関連誌への読み切りもこなしていたトップ人気連載の突然の休載。
物語はクライマックス。曜子を助けようと瓦礫の下じきになる真壁くんと蘭世。人間になった二人の命は!?というところ。(単行本15巻収録)
1987年1月号の「こちらまんが情報」は急遽4ページで「ときめきトゥナイト」特集へ変更。
“突然の「ときめきトゥナイト」休載、ほんとうにごめんなさい。だから、今回は「ときめき」の大特集です。楽しんで下さいっ!!”
読者プレゼント付き。(下敷きとビニールバッグ各300名。得にビニールバックは休載のおわびとしてのプレゼントである旨が明記。)
「こちらまんが情報」の最後には、「恋ちゃまからあなたへの緊急伝言板」で、池野先生の誠意のあるおわびとイラスト付き。
原稿落ちのピンチヒッターは、前号1986年12月号で発表された第19回「りぼん新人漫画賞」で準入賞した、清水みかん先生「最初の春休み」。
清水みかん先生の26歳デビューは、、『りぼん』でのデビュー最高齢であり、『りぼん』の漫画家は、26歳まで限界説を生み出す。(2002年10月号「りぼん漫画スクール」でデビューした遠藤梅香先生は26歳二人目)
温かい作風で、当時の読者の中には、清水みかん先生のことを覚えている人が多い。
柊あおい
「銀色のハーモニー」
(1992年1月号)
<連載停止>
「星の瞳のシルエット」で、大旋風を巻き起こした柊あおい先生が、再び大ヒットを狙ってか“250万乙女のの恋の聖書”ならぬ“250万乙女の恋の教科書”との煽り作品。
当時の『りぼん』のトップは、「姫ちゃんのリボン」・「ときめきトゥナイト第3部」・「ハンサムな彼女」・「ちびまる子ちゃん」。次が「銀色のハーモニー」と、連載開始直後の「天使なんかじゃない」という布陣でした。原因は、交通事故(症状は一時意識不明状態)
原稿落ちのピンチヒッターは、前号1991年12月号で発表された第29回「りぼん新人漫画賞」で準入賞した、前田このみ先生「セカンドボタン」。
当時は、新人の本誌起用が盛んで、1991年4月号からのはじめまして読みきりシリーズで長谷川潤・新田明未・小花美穂・浮谷ちひろ先生が、1991年11月号彩藤りか、1992年2月号城河かなえ・(葉月みどり)、3月号は楓野みかる・(広尾万里)先生が本誌初登場しています。2・3月号の連続掲載は、()の方が柊先生のピンチヒッターです。
○1992年1月号の休載から1992年5月号の再開までの経緯
・1992年1月号:目次(P466)
柊あおい先生急病のため、「銀色のハーモニー」は休載させていただきます。(次号予告に柊先生の名前はなし。)
・1992年2月号:こちらまんが情報(P263)
柊あおい先生急病のため、「銀色のハーモニー」はしばらく休載させていただきます。先生が回復されしだい再開いたしますので、楽しみにお待ちして下さい。
・1992年3月号:なし
・1992年4月号:こちらまんが情報(P364)
1ページしかないが、柊先生がまんが言え人生を語る特別企画になっている。最後に、来月号から連載再開の文字。
・1992年5月号:カラー38ページ(P65)
連載再開。1ページの拡大版あらすじ+作品内に下3分の1をつかった柊先生の手書きのごあいさつ。
大塚由美
「シュガーなお年頃」
(1994年7月号)
<連載停止>
1994年5月号より連載がスタート。
中高一貫の女子校にいきなり男子生徒が入って来てという設定。後に、「アリス星」(倉橋えりか)という同じ設定の作品があったりします。(倉橋先生はどこぞかである設定である場合が多い。)
○1994年7月号の休載から『りぼんオリジナル』1994年12月号の完結編掲載までの経緯
・1994年7月号の「こちらまんが情報」は番外で1ページを用意し、大塚由美先生「シュガーなお年頃」休載のおしらせを掲載。
編集部からは、“大塚由美先生、急病のため、本誌連載中の「シュガーなお年頃」は、しばらくの間お休みさせていただくことになりました。突然の休載となりましたことを、おわびいたします。”とのメッセージ。
大塚先生から、メッセージ&イラスト。入院中のベットの上にいる大塚先生「みんなからもらったファンレターをベットの上で呼んでいます。こんな時、ほんとに励まさせるよ。」小さく“実は3度目の入院…救急車にも2回のってしまった…。”との書き文字に衝撃を受ける。
(1994年5月号のファンレター募集で、編集者の“体調バッチリ。絶好調の由美くんにレターを”の文句って…体調が悪くかったから反対に出てきたコメントだったのかとか納得したり。)
ピンチヒッターは、藤谷美鈴(藤谷みすず)先生のデビュー作。
・1994年8月号:こちらまんが情報(P203)
欄外に大塚由美先生ミニ情報として、「入院のため、「シュガーなお年頃」をお休みしている由美先生。みなさんからのたくさんのお手紙のおかげもあって、順調に回復中です。
さて、7月5日から毎週火曜日20時ABC・テレビ朝日系で「シュガーなお年頃」をヒントにつくられたドラマがはじまるよ!」。
連載が続いていれば、ドラマ化した作品としてプッシュを得られていたかもしれないと思うと残念。ちなみにドラマのタイトルは先生はワガママ
・1994年9月号:こちらまんが情報(P207)
入院中の大塚由美先生から、みんなにメッセージが届いたよ!!とのことで、カット&メッセージ掲載。
・1994年12月号『りぼんオリジナル』で、巻頭カラー80ページで完結編掲載。
高須賀由枝
「グットモーニング・コール」
(1999年6月号)
<半分落ち>
予告&カラー扉では、カラー32Pとなっていたのに、実際は、カラー16ページ&番外編のような内容。
さすがにページが足りなかったのか、作品掲載の後に2ページ見開きで、高須賀先生の単行本の宣伝。正統事由なく、原稿おとしておいて単行本の宣伝するなよ!と当時思った。
単行本は持ってないので、この部分対してどのような対応がされているかは不明。
椎名あゆみ
「ペンギン☆ブラザーズ」
(2000年5月号・7月号・11月号)
<連載停止・早期再開・一部落ち・早期終了>
この時期の椎名先生の動きはかなり不明な点が多かった
まず、2000年4月号では2000年2月号で始まったばかりの「ペンギン☆ブラザーズ」の連載休載予告。(P47※「ペンギン☆ブラザーズ」は5月号〜7月号までお休みします。再開をお楽しみに!)さらには、3月に発売予定だった「お伽話をあなたに」の発売延期(発売時期不明)。のお知らせ。
予告はあったが、急だったためか2000年5月号では、デビュー2作目の掛川なると先生の読み切りが掲載されることになった。ちなみに、6月号はおおいま奏都先生と本誌初登場が続いた。
2000年7月号まで連載休載予定が、早まって7月号から連載再開。
しかし、変調は続く。2000年11月号では、予告&カラー扉では、カラー32Pとなっていたのに、実際は、カラー26ページ。内容は、しっかりと違和感がないものだったが、ネームの段階で6ページも減っているわけなく、原稿落ち。
発売が延期されていた「お伽話をあなたに」が2001年2月に発売となりましたが、単行本で
“描き下ろしをやる予定だった月に連載休載というアクシデントがあって、それいこう長時間仕事をするのがつらくなっちゃったんです。”とあり、休載・単行本延期が体調不良によるもの(それも一時的ではない)が明らかにされる。
2001年12月号「ペンギン☆ブラザーズ」いきなり連載終了。単行本にてスランプとの言葉も。
その後、2回に渡り『りぼんオリジナル』で完結編掲載される。
『りぼん』の王道をいき、スター路線しか歩んだことのない椎名先生の変調は、体調不良が関係していたのか?
種村有菜
「満月をさがして」
(2002年11月号)
<原稿未完成>
アニメ化され、『りぼん』でトップ扱いの「満月をさがして」が一部下書きでの掲載される。
公式サイトで
<編集部より> 今月号の「満月をさがして」は、種村先生の体調不良のため、一部未完成の原稿が掲載されています。 コミックス収録(RMC「満月をさがして」第3巻、2003年春発売予定)の際には完成原稿を掲載いたします。 ご了承ください。
と発表。
今までの経験から、どう考えても単に原稿を落としたとしか思えず。(“急病”という言葉でなく、“体調不良”ですから。かつ、池野先生のようにフォローもなく、しめきりで体調不良ってことでしょう。)
『りぼん』史上初の、未完成の原稿掲載が物議をよぶ。
2002年12月号P191(作品欄外)に
先月号は、体調不良であのような形での掲載になってしまいました。楽しみにしていて下さった皆さん、本当にごめんなさいでした。ご心配下さった方、はげましの声を送って下さった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。体の方は無事回復しました!ので、これからもがんばっていい作品を描いていきたいと思います。●種村●
P462の先生からのひとことに
先月は心配かけてすみません。復活、です。
と2ヶ所で陳謝。

リストを見ていただければわかるように、原稿を落としている方は種村先生だけではありません。
一条・柊・大塚先生のように正統事由を公表されるのは、読者としては納得しやすいものですが、それ以外でも、体調を崩せば落としますし(池野・椎名先生。椎名先生は正統事由に近いですが、本誌ではなかったので。)、体調かどうとかいう前段階で落としている(高須賀・種村先生)例もあります。
お名前は上がっていませんが、吉住渉先生も入院経験あり(1年に一度の休暇をとってリフレッシュ。)、水沢めぐみ先生も出産時期に綱渡りがあったと考えられます(インタビューや対談を読むと「姫ちゃんのリボン」連載中のトップの時期を、子育て真っ最中の状況でよくのりきったと感心いたします)。

11月号の種村先生は、しめきりで体調不良になったとしか思えませんが、体調不良は体調不良です。
種村先生は、私にとっては自分の都合の悪いことはごまかすタイプの人。ウソではないけれど、本当でもないということが多そう。一部だけしか説明しないとか。(同人に関してとかいい例。)
読者側からすれば、その一部から真実を読めればいいわけです。幼い読者にはわからない部分かもしれません。しかし、わざわざ周りが説明するまでもなく、そのうち、自分なりに評価できるようになると思います。

種村先生は今回のことで、泣いたと思いますが(ツライ・情けない・くやしい・許せない…自分を責めたはず。)、『りぼん』の他の漫画家で青くなった人が大勢いると思います。
原稿を中途半端に落とすと、未完成の原稿が掲載されてしまうかもしれないというのは相当な恐怖となるはずです。
原稿を落とすと、今までは新人がその穴を埋めてくれたのです。それを原稿を仕上げないとそのまま掲載されてしまう(漫画家にとって恥さらしでしかない)というのは屈辱的なことのはずです。身を引き締めて、体調管理に努めてほしいものです。

ちなみに、私が種村先生の単行本を買うはずはなく、私にとっては一生未完成のまま。
「姫ちゃんのリボン」が私にとって織田和也がでてくるものでしかないように、いくら原稿を描き直して発表しても、一度読者の目に触れてしまうと決して消すことはできないのです。
自分のせいで原稿を落としたのですから、それくらいは背負っていって下さい。

□りぼん編集部の責任
今回のことで編集部に対して、事勿れ主義と、余裕のなさを感じました。

「満月をさがして」の未完成原稿掲載の理由は体調不良ですから、対外的には1987年1月号の「ときめきトゥナイト」の時と同じです。作品が『りぼん』のトップの人気連載で、かつ若手の大ヒット作(星の瞳のシルエット)とダブルで大プッシュ中という『りぼん』内での位置も同じです。

「ときめきトゥナイト」には、編集者の素早い対応と、編集者の手厚い守りがありました。作家は1ページもらっての陳謝できて、作品の特集ページを作成してくれて、お詫びのプレゼントがあって、さらにはイラスト当選の人数も通常20人から50人へ増やしていました。
しかし、「満月をさがして」は、未完成の原稿を載せたことに対して、11月号では漫画家も編集者のお断りは一切なし、読者の一部しか見ない公式ページでのコメントのみでした。そして、12月号にも、編集側のコメントはなく、あくまでも、作家が“作品内の欄外”と“ひとことスペース”という通常スペースを使っての陳謝でした。

公式ページでの「コミックス収録(RMC「満月をさがして」第3巻、2003年春発売予定)の際には完成原稿を掲載いたします。 ご了承ください。」は中途半端に感じました。単行本で完成原稿を載せるから許してほしいという主旨から、未完成原稿に不満を感じている読者にさらに単行本を買えと言っているように感じるのです。
判断したことをすぐに書いてしまっただけかもしれませんが、私は種村先生が言えばいいことだと思います。「今月号の「満月をさがして」は、種村先生の体調不良のため、一部未完成の原稿が掲載されています。」の後は、種村先生のコメントが妥当だと思います。(話せないほどの状況であるはずはないのですから。)
11月号には〆切ギリギリで慌ただしかったのだろうと想像できましたが、12月号では通常スペースにプラスして陳謝する場所を設けるべきだったと思います。

「グットモーニング・コール」、「ペンギン☆ブラザーズ」と近年、原稿を落とした場合の、雑誌内での編集側の対応は一切ありませんでした。
今回の対応もその延長上で、いい加減、かつ中途半端な対応に終止していました。不備があった時には、編集・漫画家からの陳謝を今後望みます。隠すことはもちろん、遅れも印象を悪くします。

未完成原稿になることを早期に予測してもっと上手く対応できなかったのでしょうか。
「有閑倶楽部」「ときめきトゥナイト」のような対応をするのはそれなりの時間が必要となりますが、時間さえあればそれなりの対応が可能であることを示してもいるのです。

『りぼん』2002年11月号の「満月をさがして」の未完成原稿はカラー1ページ+白黒29ページ=計30ページとなっています。『りぼん』2002年10月号P467の予告はカラー32Pとなっていますから、ネームが完了し、下書きに入った段階ですでに2ページの原稿が落ちていることになります。(原稿を落としているくらいの状況だと、ネームと下書きがごちゃごちゃになって作業してそうですが。)

種村先生が通常、ネーム(ストーリー)とペン入れ(絵)どちらに時間をかけているか知りませんが、毎回ページ数が同じであれば、少なくとも下書きからペン入れのスピードは同じくらいかかるでしょうから、原稿を落としたということはネームが決まらなかったと考えられます。

漫画家は、担当編集者にネームをOKしてもらわないと、下書きには移らないもののようです。何がいいたいかというと、種村先生の作業が原稿を落とすくらい遅れていることは、担当編集者であれば、常にチェックできる状況であるはずだということです。
ネームが上がってくるのが遅れても、ネームの手直しが思うようにいかなくても、担当編集者が知らないわけはありません。
11月号の原稿はかなりの割合で未完成の部分があります。つまり、ネームがかなり遅れたと考えられます。
その状況下で、種村先生が原稿完成までにかかる日数と、最終〆切日時を比較して、原稿が仕上がらないことを早期に判断できなかったのでしょうか。
種村先生の〆切破りの深刻さはファンでない私でさえ知っているくらいなのです。かなり毎月ギリギリのラインだったと思います。いつもギリギリだったので、担当編集者が甘い判断をしてしまった可能性があります。
それに、未完成原稿を載せたのは最終的には編集長の判断によるものであるのは当然のことですが、連絡を早期受けていたなら、「満月をさがして」の欄外や、目次のページなどに陳謝をいれるように手配はできたはずです。(連絡を早期にうけて何もしないというのは考えられない)

今回の『りぼん』側の対応は、危険予知能力の低さを露呈していたように感じます。危険予知能力は、『りぼん』の組織力・耐久力を示していると思います。組織の力がしっかりしていれば、連絡は早期に伝わると思いますし、力に余裕があれば、それだけ周りを見据えて余裕をもった対応ができるものではないでしょうか。
今回の対応が、現在の『りぼん』編集部の力のような気がしました。


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Presented by Eiko.