『Cookie』第2号感想

『りぼん』関連の漫画家さんのみについての『Cookie』の第1・2号の感想・印象を装った、矢沢・あいざわ・谷川先生についての文章です。

まず、『Cookie』は誰を対象にしている雑誌なのでしょうか?これは非常に簡単で一言でいうと“私”のような読者です。『Cookie』を買っている読者のほとんどが私のような人であると私は考えます。
女性は自分のマンガ歴を語る時に、読んできた
雑誌により区切りをつけます。『りぼん派』か『なかよし派』から始まり、いつの時代にどのようなマンガ雑誌を読んできたのかでおおよそ自分の読者歴を説明することができるのです。出版社は読者をマンガに長い間引き付けるために、年齢別の読者それぞれを対象に、その年齢層をターゲットにした雑誌をいくつも創ります。そうすることで、読者が年齢を重ねてもスムーズに高年齢向けの雑誌に移ってもらえるように工夫しています。

そして、“りぼんっこ像”に書いたように、集英社はマンガの性質上読者の囲い込み度合いが強いことがいえると思います。しかし、大まかな読者層は、『りぼん』=小学生、『マーガレット』=中学生、『別マ』=高校生、『ぶ〜け』・『コーラス』=大学生、『YOUNG YOU』=OL、『YOU』=結婚後となっているものの、実際の読者はこれらの年齢層とは若干の開きがあるのが現実だと思います。

それは、少女マンガの読者は“作家につく”からです。だから、編集側は人気作品は長く描いてほしいものであり、漫画家は作品を重ねる毎に漫画レベルを上げ、高度な作品を発表したくなります。このようなことが繰り返されると同じ雑誌を編集側の意図するより長く読みつづける事になります。実際の年齢層の読者は大人っぽい作品を見てどうなるかというと、私が小学生の低学年の頃の事を思い返してみると、驚くほどその状態を理解し読みこなしているのです。
少女マンガ界の低迷が叫ばれ、
「読者対象となるのがどんな少女であるのかわからない」(『コミック・ファン』07号、P23より)という少女マンガ編集者の声があるのですが、編集が意図した年齢層からずれ、特に小学〜高校生を対象とした少女マンガ雑誌に混乱が生じているのではないでしょうか?

昔に比べて少女マンガの雑誌の数が増え、選択肢が多くなったために各個人の好みにより対象年齢に関係なく雑誌を選ぶ読者が増えていると思います。つまりは、出版社が意図したルートを歩まない読者の数が多くなっているのです。
以前、1999/11/02の++Talk++関連で、『りぼん』の作家さんとやりとりがあったのですが、そのときに、私が『りぼん』は大きいお友達を嫌っているのではないかと言ったことに対して、編集は大きいお友達を嫌がっているらしいことを聞いたことがあるが、漫画家は大きいお友達であろうと、読んで下さっていることを嬉しく思うという指摘を受けました。
つまりは、『Cookie』は出版社が『りぼん』・『ぶ〜け』を中心とした読者層から遊離した読者をターゲットに創られた雑誌というわけです。もちろん、『りぼん』では部数低下による生き残りに必死だと思いますが、『少年ジャンプ』と同じ戦略を取れば、当然“新人漫画家の強化”が重要ということで、人気のあるベテラン組の受け皿としての役割もあると思いますが、前者の理由比べたら薄いように思います。

『Cookie』の創刊号を読んだ時には違和感を感じたものです。それは広告の少なさによります。雑誌で一番の広告料がでる裏表紙まで矢沢先生の書下ろしの『Cookie』自身による雑誌自体の広告というのは『りぼん』を読んでいる私からすると異様に移りました。雑誌の中身を見ても集英社系のマンガ雑誌の宣伝ばかり。

『Cookie』という雑誌は、アニメ化やドラマ化した作品もないわけで、かなり集英社が自腹を切っているように思います。第2号の編集後記に「お菓子のように主食ではなくても日常の楽しみになってほしい」とありますが、この雑誌形態ではとても主食にはできないと予想できます。『ぶ〜け』を休刊にして『Cookie』へという噂が飛び交っていますが、『ぶ〜け』という雑誌は“主食”の雑誌です。第2号をみる限りほんとかな〜と思わずにはいられませんでした。まだ、実験段階なのでしょうか?もちろん、『りぼん』・『ぶ〜け』の共同編集で編集長さんも『ぶ〜け』、作家も『ぶ〜け』の方中心なのに、名目は“りぼん増刊”ですけれどね。その辺の動向は第3号を楽しみにしましょう。


◆いくえみ綾「おうじさまのゆくえ」

面白いのですけど、いくえみ先生自身の「バラ色の明日」(エンジェルベイビー)に似ているような気がします。女の子がかわいいか普通の娘かの違いくらいしか差がないように感じました。後光が指して見えるのと、羽が付いているように見えるのとかは完全に重なりますから。

「バラ色の明日」は最高ランクの読み切り連作集だと思います。私は同じような作品を読むよりも、好きな作品は何度も読んで頭の中に完全に入れ込んでしまう人です。中途半端な作品だと感じました。「おうじさまのゆくえ」を読むなら「バラ色の明日」の方がいいです。主食ではない『Cookie』の皮肉かもしれません。


◆矢沢あい「NANA-ナナ-」

先生自身にとってかなり思い入れのある作品になっているようです。矢沢先生のシリアス好きの面が全面に出ていて「先生気合入るだろうな」とコメントを見ないでもわかります。矢沢先生のシリアス系の読み切りの連作作品としては、「うすべにの嵐」がありました。次

号も矢沢先生は「NANA-ナナ-」を描かれるかわかりませんが、「うすべにの嵐」の方が好きです。というのは、一部先生の勢いについていけないところがあるんです。作品に感情移入すべき部分を冷静に「字の文なく会話での進行か」、「語っているな」、「矢沢先生はやっぱり女の生理的な面を描かずにはいられないんだな」etc. 先生が作品に酔っているのでノリノリなのですが、私は今一歩入れない部分があってそのズレを感じました。私は東京生まれ、東京育ちなもので、“憧れの地 東京”って言われてもピンときません。今のご時世東京のとらえ方はこれでいいのかと感じてしまいした。(このへんが紡木たく先生の苦手さにも繋がります。)

矢沢先生のデビュー時に、一条ゆかり先生が「今風の話を今風に描いているって感じで、本人の個性ってなるとあんまり感じられないんだよね。いってしまえば、流行にうまく乗っているって感じなんだけど(略)」(「虹を渡る7人」P189より)と言われていますが、今もそのままという感じなのだと思います。矢沢先生レベルでマンガの上手い方もいないのですが、やっている事を一つ一つ考察すると、全部何かの影響かなと思ってしまうのです。(自分のものにしてから描いているからその点がやはりすごいんですけど)例えば、「ご近所物語」からやられている間隙間のないコマ割りなどは、くらもちふさこ先生が「天然コケッコー」での方が早かったりとか。

私は創刊号の「NANA-ナナ-」の方が「ご近所物語」と人物設定が重なりますが、まとまりがあって好きでした。連作としてまとまりが出て、作品のレベルを押し上げてくれることを期待します。

あと、第2号での売りは「スーパー作家 夢の初共演 いくえみ綾・矢沢あい」となっていますが、私は創刊号の記事を読んだ時に、いくえみ先生と、矢沢先生の間のただならぬ初共演にすでに注目していました。たぶん、編集側とは違う意図をもって。

多くの『りぼん』の漫画家さん同様にデビューから知っている方なので(私がデビューから知らないのは、池野恋・水沢めぐみ・吉住渉先生だけです。そして、吉住先生は本誌初登場時から知っていて、水沢先生も本誌初連載の「ポニーテール白書」時は読んでいたのですが。)思い入れも充分です。
いくえみ先生に関しては、最近まで苦手でした。というのは、高校生の時(中3くらいかも)にいくえみ先生の当時の人気作品「POPS」を読んだのですがこれがまったく好きになれなかったからです。私は
紡木たく先生が苦手で同時期に連載されその流れを汲んだ「POPS」も駄目だったわけです。今でも「ホットロード」は駄目です。それ以来、いくえみ先生の作品は最近までまったく読んでいませんでした。近年、いくえみ先生の作品の評価が非常に高くなってもなお、合わなかったら嫌だしと思っていました。

そんな時に大事件が起こりました。私は今年の少女マンガ界のニュースNo.1だと思うのですが、多田かおる先生が亡くなりました。にわかに『別マ』が気になりました。『別マ』のドン=多田かおる&いくえみ綾という図式を私は描いていたからです。

『別マ』は評価の下がる少女マンガ雑誌の中にあって比較的評判もよかったですし(『りぼん』に比べたらというくらいですが。『りぼん』があまりに最悪というだけかもしれないですが)多田かおる先生には私も思い入れがありましたし、『別マ』の明日はいくえみ先生にかかっていると感じたので評判の高い「バラ色の明日」読んでみることにしたのですが、はまりました。1ヶ月もしないうちに、「I LOVE HER」から現在までの作品をすべて読ませていただきました。うまいです…絵もストーリーも。特質すべきは「友情」でしょう。いくえみ先生は女の友情を描くのが非常にうまいように感じました。すべての作品で言えるが、「I LOVE HER」「君の歌がある」が特質。その後に、「POPS」も買って読みましたが、やはりあまり好きではありません… あの独特なネームは紡木たく先生ワールドだけにしてほしいです…

以前からうすうす感じてはいましたが、いくえみ先生の作品を読んでみると矢沢先生がかなりの影響を受けている事が作品からわかってきます。紡木たく先生に矢沢先生が影響を受けているのは有名ですが(湘南の匂いがしますから)矢沢先生は現在でも『別マ』系の作家と仲がよろしいようで交流話がありますし、影響は確実なものだと私は感じます。以前からうすうす感じていたというのは、「POPS」のためです。「POPS」は矢沢あい先生の大ヒット作品「天使なんかじゃない」が多大なる影響をうけている作品だからです。「天使なんかじゃない」は矢沢先生にもまれているので「POPS」とキーワードがかなり重なりますが、読んだイメージは違います。“影響を受けている”という表現がいいのかもしれません。最近でも、いくえみ先生の「赤い月の話」(「バラ色の明日」4巻収録)を読んで矢沢先生の「下弦の月」を思い出しました。(「赤い月の話」の方が「下弦の月」よりも発表は先です。

矢沢先生が影響を受けているからレベルが低いという訳ではなく、イマジネーションを膨らます材料にいくえみ先生を含むマンガ作品をしているように感じました。矢沢先生はいくえみ先生の作品が好きに違いない。だから、「スーパー作家 夢の初共演」なのだと私は勝手に解釈しました。

これでも止まらないのが私の頭。矢沢先生はデビュー時に好きな漫画家さんに、小椋冬美先生の名を挙げていらしゃいます。小椋先生の作品を読んでいる人ならまさに納得の関係だと思いますが、小椋先生のアシスタントとして現在大活躍されている作家が惣領冬実先生です。小椋先生つながりの矢沢先生と惣領先生なんですけど、男性の人物の設定などにおいて重なる部分を感じます。(少女マンガの王道なのかもしれない設定ですが)お二方とも“夢”“父親との対立”とか真っ正面から描く方なのですが。
ようは、矢沢・いくえみ・小椋・惣領各先生は全員私の
“ツボ”なんです。この4人の共通点はこんなに複雑に考えなくても猫好きというものがあるんですけどね・・・


◆あいざわ遥「モザイクの魚」

“ぜ〜んぶ新作・読みきり”という『Cookie』の売り文句は嘘だとわかる続き作品です。
最初にあいざわ先生を私はどのように感じているかというと、単行本をほとんど所有していることからも好きな作家です。でも、++Profile++の好きな漫画家に入ってないのは、外れがあるからです。いい作品とどうでもいい作品の開きがすごいあるんです。読んでみるまではまったくわからないというかなり読む前にドキドキしてしまう方です。あと、あいざわ先生も当然デビュー時から知っているのですが、途中興味がなかった時期があったので思い入れという観点から少し低いので入ってないのだと思います。(好きな漫画家にすべての作品が好きな作家は誰もいませんから。)

デビュー時、あいざわ先生はかなり期待していた作家の1人でした。作品を読んだ事がある人ならわかると思いますが、あのセンスのある絵がありましたから。しかし、どうにも絵はかわいいけど、話に華が今一歩と思っているうちに、何なら私には合わない作品の方を多く描かれるようになってきたのです。

1993年よりも前は好きだったのですが、「お砂糖缶づめ」を境に好きな作品の方が割合として少なくなりました)好きな方の作品が多くなり始めたのは、『りぼんティーンズ増刊』の作品くらいからでした。「あいざわ先生は大丈夫だった!!」とかなりよろこんだものです。(自分に合わなくなったまま帰ってこない作家はたくさんいるものです。戻るほうが珍しいでしょう。
同時期に先生は『ぶ〜け』に作品を描かれるようになりました。(今も『りぼん』と『Cookie』の両方に描かれていますが)『ぶ〜け』でのあいざわ先生の扱いが「巻頭カラーなど大きかったために作品を読むのではなく、巻頭カラー部分の煽り文句を見たりしてよろこびました。

矢沢先生の『Zipper』掲載の時も同様だったのですが、『りぼん』の作家が他誌に大体的に進出されるのを見ることに快感を感じます。(絶対にこんな人いないと思いますが。)どこへ行かれてもかまわないのですが、どうせなら派手にしてくれちゃったほうが『りぼん』でずっと応援してきた1読者としては嬉しいじゃないですか。

私が今までに他誌でショックだったのは、一条先生が『コーラス』で「有閑倶楽部」を描かれた時だけです。「有閑倶楽部」の前に『コーラス』で掲載された「恋のめまい愛の傷」は宣伝がすごかったので嬉しかったのですが、「有閑倶楽部」は“りぼん名物”だとずっと思っていたので他誌に移ったのはかなりショックだったのです。話を戻すと、あいざわ先生はそれ以降の『りぼんオリジナル』の作品は私の好みとするところになりました。

創刊号の「モザイクの魚」は完全にはまりました。前半はヒロインがちょっとと感じたのですが、読むにつれあのだらしないところとか、卑らしいところ、そしてかわいいところがすっかり気に入って、私には『Cookie』創刊号BEST1作品でした。さて、第2号ですが、ふつうの作品でした。前回では二人が上手くいかなかった落ちがよかったのに、簡単に引っ付くというのは御都合主義に感じました。藤井くんの彼女があれではかわいそうだろう。私だったらあんな扱いを受けたらいかりまくっているでしょう。

しかし、晶子って少しシゲカヨ(安野モヨコ「パッピーマニア」のヒロイン)入っているよなと感じる。別に、テンション高くないし、真実の愛を求めて暴走したりはしませんが、本能で生きている部分がです。今のはやりでしょうか?とにかく、次回も続くのかわかりませんが、やはりまとめていってほしいです。続くなら次は二人がピンチになるのでしょうが、私の予想でいるような展開だけはしてほしくないものです。


◆谷川史子「マイ ボーイフレンド」「雪物語」

谷川先生は好きです。「90年代版の乙女チック路線の第一人者」(別冊宝島「日本一のマンガを探せ!」P191)とありますが、私は『りぼん』の
乙女ちっくマンガに関しては並々ならない情熱があります。(太刀掛先生から始まって読み倒しています!)

さて、昔も今も乙女チックのマンガというのは少し揶揄される対象になります。例えば、横森理香「恋愛は少女マンガで教わった」の中に、陸奥A子・岩館真理子先生方の作品を挙げ「なんにもなくて、よっくあそこまで思っていられるねー」「片思いにかけるパワーや感情の濃さがスゴスギー!」「こういうロマンチックな女の子たちが、ほんとうに女らしい、優しい、フェミンな、素直な女性として育った女たちなのだろう」「奥ゆかしくて傷つきやすく、超一本気で、悪く言えば、頑固で執念深い女たち・・・」(P82〜P83)ってな具合なわけです。私はこのような感想は正しくもあり、間違っていると思います。
私は、“乙女ちっく”とは「恋する自分に酔っている恋」を描いた作品ではなく、「好きなものを大切に思い続ける勇気」を描いている作品だと思っています。そういう想いは、少女の時にしか持ち得ないものであり、さらには少女が女に成長する過程も描く事ができるのではないかと感じます。つまり、“女”としてキレイな部分だけではなく、卑しい部分をも合わせて描く事が可能なのです。少し間違えば、横森理香さんの指摘される通りの作品が出来上がってしまうところを紙一重に傑作にする手腕が必要なのです。

“乙女ちっく”のストーリーは定番化されていますから、谷川史子先生の作品も数種類のパターンが決っています。また、谷川先生の作品には似たようなシーンが繰り返し登場することからも明らかなように、エピソードもそんなにバラエティに富んでいるわけではありません。何を楽しむかといったら、私はキャラクターの“感情の揺れ”です。谷川先生の作品の中には、受け手によってどのようにも変化する部分にあります。最初に読んだ時には何とも感じなかった部分が、時間を置いて読んでみたりすると号泣してしまったりする作品があったりするわけです。

「マイ ボーイフレンド」は“乙女ちっく”としては王道って感じのストーリーです。ひたすらに片思いですから・・・読者の対象年齢が上がっても、スタンスを変えないというのが、“乙女ちっく”漫画家の特色です。Hシーンがないと〜とならないわけです。さて、感想は宙に浮いている作品だなと思います。谷川先生の作品の特色として、作品の舞台となる場所の温かさがあるのではないでしょうか?背景を書き込んでいるわけでもないのに、舞台が浮かんでくるような気がするのです。(そして、共通する“青い空”というわけです・・・「1億人の漫画連鎖」P245)

「マイ ボーイフレンド」はストーリーがどうこうということはないのですが、舞台が弱いように感じます。P204・205の見開きなんか漂っているな〜と感じてしまいました。それ同じ表現が何度も出てくるので、ヒロインの気持ちをストーリーからしか追えない=奥行きが感じられないように感じました。橋本治「マンガのSFX」(マンガ批評体系 第3巻)、夏目房ノ介「マンガはなぜ面白いのか」で指摘されているように、“浮遊する何か”があるのですが、時間の経過が表現されないものなので、難しいかもしれないと感じました。こんなことにこだわってしまうのは、浮遊物にかけては天才だった太刀掛先生の作品を読んでいるからかもしれません。少なくとも、舞台が物足りなかったのは何かに原因があるのではないでしょうか?

「雪物語」は、谷川先生の作品としてはシリアスっぽいテーマです。思い起こしてみると、しっとり系のストーリーの作品を谷川先生は最近、発表してないような気がします。しっとり系というのは、「緑の頃わたしたちは」(RMC「きもち満月」収録。谷川先生の作品の中でNo1に挙げる人も多い作品です)系の作品のことを指しています。この手の話も好きだったなと思っていたところに、今回の話だったのですが、いまいち中途半端かな。最初にしっとり系かと決め付けた私がいけなかったのだろうか。一時期消えたしっとり系の話を復活させるのは、新しい雑誌に描いている今がチャンスだと思うのでこの新しい試みに次回も期待したいと思います。振り替えると「マイ ボーイフレンド」もしっとり系っぽくも思えなくもない。これが、比較的年齢層の高い読者に向けた試みなのかもしれません。

もう一つ「雪物語」で気になったのは雪の表現です。「両手でもたりない」「あなたの手のひらの」と比べてみればわかるのですが、P301とかで見ると明らかに違います。雪の表現替えたんだとかぼ〜と読みながら思っていました。でも、P300で空間を3つに分節していて、P301は1コマということは時間の流れを変えたかったと思うのですが、雪の表現一緒だったこともあって、さら〜と流してしまいました。ここは感動するシーンだったはずなのに。

マンガの中の、空・雨・雪・霧などの表現を比較するのは結構楽しいので、したことない人はしてみることをオススメします。作家毎に特徴とかこだわりとかあると思いますし、今までにない表現が隠されていることがあるように思います。


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Presented by Eiko.