++ Chronological Table ++

Top

一条ゆかり先生の年表です。

西暦(年齢) 作品時期
1949〜1967年(〜18歳) 誕生からりぼん新人漫画賞受賞まで
1968〜1980年(19歳〜31歳) デビューから「砂の城」まで<『りぼん』時代1>
1981〜1993年(32歳〜44歳) 「有閑倶楽部」から「女ともだち」まで<『りぼん』時代2>
1994〜2001年(45歳〜52歳) 『コーラス』移籍から「天使のツラノカワ」まで
2002年(53歳〜) 「プライド」〜現在
 
1949年
  9月19日、岡山県玉野市に生まれる。6人兄弟(姉・姉・兄・兄・兄・一条)の末っ子。
  祖父は一代で財を成すほどの凄腕で、10代から芸者遊びをするほどの道楽者だった。しかし、父の代で家
  は傾き、貧乏だった。
1952年
  両親が共働きだったため、3年保育の保育園に入園。
1955年
  同じことの繰り返しに飽き、通園拒否。
  家の前にローセキでお絵描きをして過ごす。人よりも絵が上手いことに気づく。
1962年
  小学校の卒業アルバムの「将来のなりたいもの」の欄に“漫画家”と書く。
  中学時代、成績優秀、スポーツ万能の活発な少女だった。部活は、ソフト部、陸上部、華道部を掛け持ち。
1963年
  中2、ストーリー物を描き始めるが、制作途中で中断の繰り返し。
1964年
  中3、作品を仕上げるようになり、漫画家になることを具体的にイメージするようになる。
  好きな漫画家は、水野英子先生、少女漫画時代の石ノ森章太郎先生。
1965年
  マンガを描くために進学校に進まず、近所の玉野商業高校に入学。
  高校時代は、遅刻魔で、派手な存在だったので、ブラックリストの常連だった。
1966年
  高1冬、「雨の子ノンちゃん」(若木書房)で単行本デビュー。4、5本作品を描く。
1967年
  前年に里中満智子先生が講談社で、同い年の美内すずえ先生が集英社でデビューしたのに触発され、
  高2の末、講談社の漫画賞に応募。入選は3位までだったが、惜しくも4位。しかし、作品を推してくれた
  編集者が連絡をくれ、その後1年ほど作品を見てもらう。
  修学旅行で東京に行った際に、講談社を訪れ、初めて里中満智子先生と出会う。
  卒業後、アシスタントに行く予定だったが、里中先生が結婚で作品を描き溜めることになり、一条先生の卒
  業を待たず別のアシスタントが決まり駄目になった。その時、編集部に持っていった原稿を編集者の薦めで
  力試しに他の漫画賞に送ることにする。当初は『別マ』に応募する予定だったが、たまたま、行きつけの貸本
  屋で新連載「ハニーハニーのすてきな冒険」(水野英子)に誘われ普段読んでいなかった『りぼん』を手に取
  り、第1回りぼん新人漫画賞募集の告知を見つける。
  賞金の額につられ、『別マ』から『りぼん』に作品の応募先を変更。
  第1回 りぼん新人漫画賞、準入選 「雪のセレナーデ」。準入選を分けたのが、弓月光先生。佳作はもりた
  じゅん先生。
1968年

  「雪のセレナーデ」(「りぼん」3月号)でデビュー。
  2月、高校卒業。
1969年
  上京。
  最初はお茶の水の4畳半、和室、共同トイレ、家賃7500円の下宿だった。
  一条先生は現在の邸宅に移り住むまで、新宿・6畳→新宿・6+4.5畳→6+3畳・台所3畳→新宿・6+5.5畳・
  台所8畳→新宿・8+7.5畳・台所10畳→東村山(一戸建)→吉祥寺(一戸建)と引越しを繰り返した。
  上京した日、東京は大雪で荷物が下宿先に届いておらず落ち込むが、次の日荷物が届き、立ちなおる。
  『りぼんコミック』中心に作品を発表。
1970年
  初めての連載「恋はお手やわらかに」(『りぼん』1月号〜6月号)。
  初期の代表作「風の中のクレオ」(『りぼん』8月号〜1971年1月号連載。
1972年
  別冊付録「一条ゆかり全集」(『りぼん』4月号〜9月号)で、毎月違うテーマの作品を発表。「雨のにおいの
  する街」を萩尾望都先生、「9月のポピィ」を大島弓子先生「星に行く汽車」に似ているといわれ、腹を立てる。
1974年
  「こいきな奴ら」(『りぼん』1月号)発表。
  代表作「デザイナー」(『りぼん』5月号〜12月号)連載。その後、作品が連載中心になる。
1975年
  「5愛のルール」(『りぼん』5月号〜12月号)連載。第1部は終了させるも、第2部はなく、未完の作品となる。
  腱鞘炎が悪化し、半分原稿を落とす。(『りぼん』8月号)
1976年
  「ティータイム」(『りぼん』5月号〜11月号)連載。
1977年
  「砂の城(第1部)」(『りぼん』7月号〜1979年7月号)連載。大ヒット。
1980年
  「砂の城(第2部)」(『りぼん』11月号〜1981年12月号)連載。
1981年

  「有閑倶楽部 PART1」(『りぼんオリジナル』春の号)発表。現在も続く大ヒットシリーズ。
1983年
  「それすらも日々の果て」(『りぼんオリジナル』秋・冬の号
1984年春・初夏の号)連載。
1986年
  盲腸で「有閑倶楽部 池のコイ誘かい事件」【後編】の原稿を落とす。(『りぼん』5月号)
  「有閑倶楽部」で第10回講談社漫画賞少女部門を受賞。
1987年
  吉祥寺の邸宅に引っ越す。
  担当編集者、嶋田龍一郎氏と結婚。
1988年
  初めてのエッセイマンガ連載「一条さんちのお献立」(『マーガレット』1号〜1990年8号)開始。
  「おいしい男の作り方」(『マーガレット』7号〜9号)連載。
  「ロマンチックください」(『りぼん』10月号〜12月号)。
1990年
  『りぼん』で最後の連載作品「女ともだち」(「りぼん」6月号〜12月号、1991年6月号〜10月号・12月号、
  1992年1月号)発表。
  その後、『りぼん』で「有閑倶楽部」、『ぶ〜け』でエッセイマンガ、読み切りを発表。
1993年
  「うそつきな唇」(『ぶ〜け』10月号〜12月号)連載。
1994年

  『りぼん』から、『コーラス』に活動の場を移す。
  
恋のめまい 愛の傷」(『コーラス』7月号〜10月号12月号〜1995年3月号)連載。
  連載中、離婚。
1995年
  「正しい恋愛のススメ」(『コーラス』10〜12月号、1996年2・3・5〜8・10〜12月号、1997年2・3・5〜7・9〜11
  月号)連載。大ヒット。
1998年
  デビュー30周年。記念イラスト集発売。
  10月、有楽町阪急で、デビュー30周年記念イラスト展&サイン会開催。
1999年
  『PUTAO』、『メロディ』でエッセイマンガ連載開始。
  「天使のツラノカワ」(『コーラス』)連載開始。
2000年
  11月、「BSマンガ夜話」(NHKBS2)で「正しい恋愛のススメ」放映。
  12月、「作家ほっとタイム」(CS放送BOOK TV)放映。(9月収録)
2002年

  2月、神奈川・青葉台文教堂書店で「恋愛は自腹で。」サイン会開催。
  3月、京都・高島屋で「恋愛は自腹で。」サイン会&トークショー開催。
  10月、京都・高島屋で「水の声」Tシャツギャラリーを開催。
      水に関する思いを表現したTシャツをチャリティ販売。(デザイン料は無償提供・200枚)
  11月、「わぁでぃ」のオークションで未発表原画を出品。
  12月、「プライド」(『コーラス』2003年2月号〜2010年2月号)連載。大ヒット。
2003年
  1月、産経新聞で4日間にわたってインタビュー掲載。(仕事師列伝)
  7月、初の自叙伝「恋愛少女漫画家」発売。東京・有隣堂サンカマタ店で、サイン会開催。
  7月、京都・高島屋で、「恋愛少女漫画家」サイン会開催。
  7月23日〜8月12日、京都・高島屋で「デザイナー」亜美を採用したキャンペーン開催。
  8月、未完成&単行本未収録の名作「5愛のルール」コミック文庫発売。
  10月、新宿・青山ブックセンターで「実戦!恋愛倶楽部」サイン会開催。
2004年
  4月、「BSこだわり館 THE・少女マンガ!」(NHKBS2)で「デザイナー」放映。
  5月、「ダ・ヴィンチ」で一条ゆかり特集。
  5月、東京・パナソニックセンターで、「プライド第2巻」トークライブ開催。
  6月、緑内障と診断される。
     「王様のブランチ 出版情報ニュース」(TBS)に出演。
2006年
  2月、京都・高島屋、JR名古屋・高島屋で、サイン会&トークショー開催。
  4月、「ソロモン流」(テレビ東京)放映。
  6月、韓国系宗教団体摂理と関係していると報道。
  8月、『コーラス』の公式サイト上で摂理との問題に関して、コメントを発表。取材上の考慮不足を謝罪。
2007年
  12月、「プライド」で第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。
2008年
  2月、川崎市市民ミュージアムでの「少女マンガパワー!−つよく・やさしく・うつくしく−」に出展。
     パソコンを購入し、マンガ創作をパソコンに切り替える。
  4月、禁煙する。
     「ほびーワールド計画 #33」(関西テレビ☆京都チャンネル)放映。
  5月、「ホリデーインタビュー」(NHK)で「『私はダメじゃない』を貫いて〜漫画家・一条ゆかりさん〜」放映。
  8月、デビュー40周年記念本「正しい欲望のススメ」発売。東京・高島屋、京都・高島屋で、サイン会開催。
  10月、緑内障の手術(右目)を受ける。
  11月、緑内障の手術(左目)を受ける。
      『ヴォーグ(日本版)』のウィメン・オブ・ザ・イヤー2008を受賞。
2009年
  1月、映画「プライド」公開。
     京都・高島屋で「プライド」モチーフのチョコレートケーキ・一澤信三郎帆布コラボによる
     トートバッグ、ポシェットを限定発売。
  5月、自らの緑内障を製薬会社「ファイザー」のセミナーで告白。
  8月、吉祥寺から西荻窪に引っ越す。
  9月、「マンガノゲンバ」(NHKBS2)で「一条ゆかりスペシャル」放映。
  11月、朝日新聞で5日間にわたって自ら緑内障について語る。(患者を生きる)
2010年
  1月、京都・高島屋でチョコレート・ほうじ茶のティーバッグをイラストをマグカップに封入したセット
     「千代香麗都(ちょこれいと)DO YOU KYOTO?」を販売。
  12月、ミュージカル「プライド」シアタークリエで上演。(大阪・名古屋でも上演)
2011年
  4月、サンステーションテラス(さんすて)と「有閑倶楽部」のコラボスタート。
  12月、「とくだね!」(フジテレビ)の緑内障特集に出演。

Top

Presented by Eiko.