是非お読みください!!
(本作品は、同タイトルのオンライン投稿作品の加筆修正版です)
内容:志保×新一 (名探偵コ○ン)
北風さん サヨウナラ 北風さん サヨウナラ
フワフワな お布団と あったかい お部屋で
可愛いこの子は 夢を見る 優しく素敵な 夢を見る
意地悪な風が 邪魔しにきても ママが守ってあげるから
可愛いアナタは 夢を見る 優しく素敵な 夢を見る
プクプクでスベスベした頬を、彼女は指先で撫でてみた。
小さな天使が、夢の世界で遊びだしたのを確認して、志保は子守唄を止める。ベッド脇から立ち上がり、スヤスヤと眠る我子に唇を近づけた。小さなオデコに、まだだった“オヤスミ”のキスをする。
「……………………」
一歳ちょっとになる愛息のアドケナイ寝顔は、志保をして至福の笑みを浮かべさせた。
――この家で、こういう風になるなんて、想像してなかったわ。でも、もう終わりにしましょう。この子の瞳に影を落したくないもの……。
志保の瞳に、強い決意の色が浮かぶ。
――ここは甘い逃げ場所。でも……今を生きるには、断ち切らなくちゃ……。弱い私だけれど……勇気を貰ったから……。
あの頃………………。
宿した命を道連れに死ぬか……。
それとも、狂おしいほどに愛してしまった男と別れるか……。
今となっては、あれほど悩み苦しんだのが嘘のよう……。
言い換えれば、我子に子守唄を歌うようになった志保の心は、それほどまで、穏やかになっていた。
背を伸ばすと、隣のベッドで娘の掛け布団を直す蘭と目が合った。
(コナン君、見てますから。安心して……ね。今夜は大事ですもの)
(アリガトウ……)
工藤新一を愛してしまった宮野志保と、新一の妻である蘭は、そっと囁きあう。
蘭の言う“コナン”とは、志保の愛息、“宮野コナン”に他ならない。
嘗て新一の名乗った、“江戸川コナン”に因んで付けられた名は、志保と新一の織り成した過去を……二人が愛し合った軌跡を、強く証している。
(……それにしても………)
(なにかしら?)
志保と蘭の間に憎しみは無い。勿論、ワダカマリが全く無いと言えば嘘になる。しかし、今やそれを凌駕する“奇妙な友情”に裏打ちされた“信頼関係”が、存在していた。
(蘭さん……貴女の思った通りになりましたね)
志保の言葉に、蘭は苦笑めいた表情で答えた。
(ごめんなさい)
(いいえ……。謝らなきゃいけないのは、私だから。それも今夜で終わりだから)
(はい♪)
愛した男の妻に対してと言うよりも、自分を鼓舞するように呟いた志保を、蘭は笑顔で見送った。
音を立てないように気をつけて、志保はコナンの眠る部屋から出る。ドアを閉じ、確りした足取りで別室に向かう。
他ならぬ、新一の寝室へ。
蘭が初めて志保のマンションを訪れた、あの日…………。
「お茶ぐらい入れますよ……。“銀製”のカップを使っても嫌ですか、工藤蘭さん?」
「ええ。お話が済むまで、何も口にする気はありませんもの。ですから、どうぞお構いなく、宮野志保さん。ハァ…………こんなことを言わなくちゃいけない“現状”が、私達の“不幸な関係”を物語ってますね。いえ、そんなことより……妊婦さんを
働かせたりしたくないんです」
志保と蘭の会話は、そんな応酬で始まった。これは――刺々しくはあったが――
「存外穏やかに」と、表現すべきものであっただろう。
一般常識として、ある男の愛人宅に、その男の正妻が押しかけたらどうなるであろうか? 刃傷沙汰になることも稀ではない。少なくとも、罵り合いに怒鳴り合い、髪を掴み合っての取っ組み合いになるのは必定だ。それを考えれば、不自然なまでに和やかに話し合いは始まったと言えた。
「志保さん……貴女は……私の夫、工藤新一と肉体関係を続けてきた……。そして今、貴女のお腹の中では……命が育っている……。ああ、これを否定したりしないで下さいね……。いまさら言い逃れ出来ないこと……理解して頂けるでしょう?」
妊娠の事実をどうやって知ったかを追求する余地さえ与えず、重苦しい空気の中、蘭は強引に話を進めたものだ。懸命に、あくまで朗らかに話そうとするものの、彼女の口調は何度も淀んだが……。
「ええ、そのとおりよ。更に言えば、新一さんと私の“関係”は……。蘭さん、……あなたと彼が、式を挙げる前からでした……。あの人は、私を抱きながら言ったわ……。『ずっと、俺の恋人でいてくれ!』って…………」
答える自分の口調が罅割れていたことを、志保ははっきりと覚えている。
「彼が……蘭さん以外とは結婚できないこと……知ってた……。それでも……彼の心の中に……私もいられるなら……それで良いと思ったわ……。あの人を愛しているから! ひょっとしたら……赤ちゃんを生んでも良いって……言ってくれるかもしれないって思ったし…………」
無謀にも、志保は“愛している”の部分を、ことさら挑戦的に蘭に向かって叩き付けたのだった。
その頃、“駆け引き”をするには、志保の心は余りに乱れてしまっていたから……。
“夫の愛人が妊娠した事実”を知った妻が要求するのは、お腹の子を堕ろすこと……。そう相場は決まっている。
――蘭さん。確かに貴女は不幸ね……。信じきっていた夫には、結婚前から裏切られていて……。夫の愛人は、自分が命を助けた事さえある相手で……。しかも、その女は、ちゃっかり夫の子を孕んでいて……。これ以上無いくらい不幸だわ…………。
志保は只々、蘭の訪問に動揺し、その真意を疑い、要求されるであろうことを恐れるのみだったのだ。
――身勝手と言いたければ言いなさい! 恨みたければ恨みなさい! 私を殺したいなら、殺してもいいわ。けれどそれは、私がこの子を産んでから! 蘭さん……私は、“絶対に”この子を堕ろしたりしません!
過剰なまでにキツイ反応をしてしまう自分を、志保はどうしても止められなかった。
その後の遣り取りを、志保は忘れられそうに無い。
「貴女が……愛しているのは…………。私は……貴女がコナン君に会う……ずっと前から……新一を愛してる…………。あら、失礼…………」
睨み付ける志保を前に、蘭は困った表情をしたものだ。
「最初に……お話しておくべきでしたね…………」
蘭は溜息を一つ。それは、彼女自身に踏ん切りを付けさせる為のものであった。
「私は今日……。志保さんに、『お腹の子を堕ろして』って、頼みに来たんじゃありません。念のために確認しますけど、赤ちゃん……産みたいんでしょう?」
「産みたいに決まってるわ……」
「だったら……産んでください♪」
志保は、二の句が継げなかった。
自分の想像と全く逆のことを、蘭が口にしたから。それも、実にあっさりと……。
志保を悩ませ苛み続けた問題。
“新一を愛した証……自分に宿った命を産みたい!”
正気を削るほど志保は悩んでいたというのに、蘭は腹立たしいほど簡単明瞭に“産む”ことを勧めた。彼女こそが、最も強硬に「産むな!」と言いそうな人物であったのに…………。
蘭は言った。
彼女も、始めは夫の不義に憤ったものの、二人の人物と話をして、志保への怒りを抱けなくなってしまったと……。
一人は、隣家の“発明家”阿笠博士氏。いま一人は、“FBI捜査官”ジョディ・サンテミリオン女史。
二人とも、“黒の組織”や“哀”について知る、数少ない人物だ。殊に、阿笠ハカセが『住所を教える前に、あのジョディ先生から、哀クンがここに住んどった理由を聞いてくれんかの』と口にしただけあって、サンテミリオン女史と話した事実が大きかった。
何故、志保が新一と出会ってしまったのか……。
何故、志保が新一に惹かれずにはいられなかったのか……。
蘭は、“理解できてしまった”のだと語った……。
「それだからでしょうか……私には……志保さんの中で育っている“ちっちゃな命”が……志保さんの子供だと……どうしても思えないんです」
志保は、瞬きを二度、三度と繰り返したことを覚えている。
蘭が「アンタなんかが孕んだ子が、新一の子供なワケ無いっ!!」と言い出したなら、解かった。しかし、現に宿している「志保の子ではない」とは、余りにも奇異な言葉であったからだ。
「私の子でないなら、誰の子だと言うの?」
「そんなの決まってます♪」
満面の笑みで、自信たっぷりに蘭は断言した。
「哀ちゃんとコナン君の子供です♪ あんなにラブラブだった二人ですもの、私には邪魔なんて出来ません♪ 私が原因で“堕胎”なんて……寝覚めが悪過ぎますもの。それに……そうなれば新一は…………」
蘭の台詞は後半、急に沈んだ。一体、何を言いかかって止めたのか……。志保が追求する前に、彼女は気を取り直して話を再開したのだった。
「理解できないのも、無理ないですね。でも、志保さんにとって大事なのは、私の思考方法じゃないでしょう……」
その後、蘭は背筋をピンと伸ばした。志保を視線で制し、彼女にとっての本題を告げたのだ。
≪宮野志保ハ、タダチニ“工藤邸”ヘ移リ住ム事。暫クハ、四人デ。出産ノ後ハ、五人デ“協力”シテ暮ラス事≫
これが、蘭が志保へ突き付けた、“正妻に祝福されつつ”新一の子を産む為の条件だった。
「こう申し上げては失礼ですけど、志保さんには、身内の方がいらっしゃいません。“出産・育児”って、孤立無援で出来るほど甘くありませんよ。私も子育て中の母親ですけれど、アドバイスさせていただける事……決して少なくないと思います♪」
まじまじと…………。
ひたすらに……まじまじと…………。志保は、蘭を見つめずにはいられなかった。
彼女が工藤邸に引っ越したのは、あの日から一週間後のことだ。そして約定通り、今は五人で暮らしている。
かなり遅くまで話し込んだ“対決(?)の日”を思い返しつつ、迷い無き歩調で、志保は暗い廊下を進む。
――ある男の正妻と愛人が、一つ屋根の下で“仲良く”暮らすなんて………不可能と思ったけれど……。蘭さんには、本当に良くして貰って……。彼女の助けがなかったら、コナンを道連れにして……私……死んでたわ。……尤も、彼女には彼女なりの目論見があった事も、はっきりしたけど。
小さな苦笑が洩れる。
――夫の浮気を知った妻が普通するように、蘭さんが私を“攻撃”していたら、きっと新一は……蘭さんから離れてた…………。だから彼女のこと、只の“オヒトヨシ”なんて思わない。私への態度を……“純粋な献身”だなんて思わない……。
思考が暗闇へと彷徨いだしたのを感じて、志保は頭を軽く振った。
――未練ね……。どんなに離れても、私が新一を愛しているのに変わりは無いわ。
それは、蘭さんにだって消し去りようが無い事実。ここで暮らしてみて良く判ったわ。だからこそ私は……新一を真剣に愛した過去を“胸をはって誇れる”母親にならなくちゃ。ねっ……コナン…………。
太陽の光を浴びて、心身ともに暖まった旅人は、重い外套に頼らず歩いていくと言う。今夜まさに志保は、新しい世界へ歩み出そうとしている。そっと“仕舞い込まれる”外套としては、狼狽するところであろうが……。
志保は、コナンと共にニューヨークへ移り住む決心をしていた。今ならまだ……間に合うから…………。
「どうしてパパのことを、パパってよんじゃいけないの?」
そうコナンが質問するようになる前に、この屋敷を出る決心をしていた。
「志保……出て行くのか…………」
言いたい事はたくさんあるのに……それらは只、胸の中で渦巻き続けるばかり……。屋敷の主は、黙って己が愛人を見詰めるしかなかった。
寝台に腰掛ける新一が、言葉を続けられなくなったのも無理はない。
相変わらずタレントとして忙しい日々を送る彼のこと、家でゆっくりと休める日は、けっして多くない。たまのオフには、昼間はのんびりと娘やコナンと他愛のない時を過ごし、夜はもちろん蘭や志保と過ごすのが、最近の習慣になっていた。尤も、“志保と床を同じくする回数は、蘭との回数の半分”だとか、“セ○クスは夜間のみ。寝室以外ではしない”と言う不文律が、いつの間にか存在しているが……。
今夜は久しぶり――何しろ海外ロケ等が有った為、家に帰ってきたのが一週間ぶりである。そもそも帰宅できても、余りの疲れで“バタンキュー”になってしまう日も多いのだ――に、新一は志保と過ごす予定だった。
――志保の奴……。また最近、思い悩んでいるからな。大方、コナンの事だと思うが……。認知ぐらい直ぐにでも……。今度こそちゃんと話して……、一人で抱え込まないようにしなくちゃな!
新一は、新一なりに考えていた。ところが彼の部屋に入るなり、志保は工藤邸を出る意思を告げたのだ……。
「アメリカで生活する事にしたわ。私…………私ね……再来週からFBI関係の研究所で働くのよ。幸い、家と育児関係の手配は、ミス・サンテミリオンが手助けしてくれるし」
「……それは…………」
頭を抱える新一に対し、志保はからかうように微笑んで見せた。
「こういう場合……ドラマでは『何が不満なんだ』とか……『悪いところがあるなら直すから』とか言うものよ。“東の名探偵”さんは言ってくれないの? それとも、躰にすっかり飽きのきた愛人が、自分から姿を消してくれるのは……好都合かしら?」
「馬鹿言うなっ!!」
志保の“飽き”発言が、新一の“男”にスイッチを入れた。
そのまま消え入りそうに小さくなっていた男が、一転して怒鳴る。弾かれたように立ち上がり、がっしりと志保の両肩を掴んだほどだ。
「別れたくない! 俺は別れたくないんだよっ! 勝手な言い草だって事は、自分でも解かってる。それでも……愛してんだよ、お前を!」
「ちょっと新一……」
「何だよ!」
「そんな事、大きな声で言ってると……また蘭さんの“肘”が怖いわよ」
「関係ねェ!」
即座に断言して見せたものの、完治した筈の肋骨がズキズキ痛むのを、新一は押さえられなかった。
「俺は……俺は……蘭と別れ…………られない……………」
新一は、“平成のホームズ”らしからぬ、意味不明な言葉を口走っている……。
あれは事故だった。
「あらあら……心配しなくても良いわよ。私と志保さんは、とっても仲良いんだから♪」
「志保……蘭……これは…………。否、俺は……。ぐっ……あ……」
志保が、工藤邸に引っ越した日の夜。
蘭の口から、“志保の妊娠”と“今日から同居する”旨を告げられて……。三日ぶりに帰宅した新一は只々狼狽し、“事故”が起きた。どんな事故だったかは、多くを語るまい。屋敷の主は“全身打撲”の上、“肋骨三本を骨折”した。
蘭は、慈母のごとく微笑んでいたのだが………。
志保に愛を囁きつつも蘭を気にしてしまう新一の言葉は、恐ろしく身勝手で、この上なく残酷だ。
一瞬沈みかかった表情を消して、志保は強引に笑顔を作る。
「飽きられてる訳じゃなくてよかったわ。……でも、幾ら海の向こうだからって、ニューヨークに来れば私を抱けるなんて思わないでね。蘭さんにバレたら、私達……殺されちゃうわよ♪」
この屋敷を出て、志保とコナンが蘭の目の届かないところへ行くという事は、新一と志保の“肉体関係が終了する”事を意味する。それが、蘭と志保の“約束”だ。
冗談めかして話す女に、男は声を絞り出すようにして問いかけていた。
「なあ……」
「なに?」
「出て行くのは、コナンの為なんだろう?」
「それもあるわ」
志保が言外に“出て行くのは愛息の為だけではない”と言っている事に、気付いているのかいないのか……。新一はフラフラと後退し、またベッドに腰掛けてしまった。二度三度と、深呼吸を繰り返している。
台詞がそのまま溜め息になるのも止めず、新一は口を動かす。
「親になり…親であり続けるってのは……俺は…どうなんだろうな……。多分こうだろうって、試行錯誤ばかりで……情けねえ……。はははっ……こんな事……二人も子供がいるってのに……言って良い訳ないよな! ……すまない…………」
自嘲してみせる姿さえ何処か芝居がかっている新一を、志保は詰る気になれない。
寧ろ、可哀想だと思ってしまう。新一の“この悩み”は、彼の最も深い点に直結している。その事を……志保は知っているから……。
――この人の……工藤新一の……最大の不幸は、両親を“親”として認識しきれていない事。父親をあたかも“怪盗紳士”として、母親を“その恋人”として認識している事。……単純なオイディプス・コンプレックスなら、どれほどマシだった事かしら。
俯き頭を抱え直してしまった新一に、志保は歩み寄った。クシャクシャと黒髪を掻き乱す男の手に触れかかり……そこで思い直し、指を引いた。
抱き締めてしまうのは簡単だ。しかし、それは対処療法でしかないと、志保は唇を噛む。
――悔しいけど……。この人の心を治せるのは、“幼なじみ”で“お母さん”にもなれる蘭さんだけ。私に、“母親”の意味を感じさせたように……。
一瞬、志保の瞳が強い光を放つ。
――でもね蘭さん。ひとりの“女”として、新一と激しく愛し合えたのは、私だけですからね。
寂しさ、憤り、自負、自信、そして意地。
幾種類もの感情が胸中から溢れ出さないように、志保は眼を閉じた。腕を組み、そのまま暫く、新一の呟くとも呻くとも取れる声を聞いていた。やがて……。
「本当に情けなくなったものね!」
突然、強声を浴びせられ、新一は驚いて面を上げた。睨み付ける志保と、まともに視線がぶつかる。
「はっきり言っておくわ! 私が出て行くのは、私自身の為でもあるのよ! 頭を抱えて繰り事言ってるアナタなんて、見てたくないもの」
いきなりな台詞に、新一は大きく眼を見開かずにはいられなかったが、ついつい流れでモソモソ続けてしまう。
「志保……そうか……こんなんじゃ、愛想尽かされて当然だな……えぅ?!」
最後の奇声は、胸ぐらを掴まれたから。
眼を白黒させる被害者に、加害者がくってかかる。
「蘭さんじゃないけど殴るわよ! 愛想尽かしてたら、こんなに居心地の良い家から出てく訳ないじゃない!」
「あの……もしもし? 志保?」
抜群の推理力を誇る新一も、ここまでアクロバットする理屈にはついて行けない。
疑問符を飛び散らせる男の襟から手を放し、志保は怒った表情で話を続ける。
「最近もロケ先で事件を推理・解決したそうね。幸い、アナタの知力は低下してない。衰え始めた性欲と違ってね。……それなのに、どうして父親である“現実”に、知恵を絞って立ち向かわないのかしらね」
「そりゃ……事件の隠された真実を見抜くような訳にはいかないさ……」
「何言ってるのよ……」
右こめかみを人差し指でクルクル回しつつ、志保は小さく横に首を振った。
「新一。アナタが……私を愛してるって……何度も言ったのは嘘なの?」
「うっ、嘘な訳ねぇ! …だろ………」
流石に真剣な表情で怒ろうとする新一を、志保はひと睨みして黙らせる。
「今でも私を愛してるなら、どうして逃げようとするのよ。私を“逃げるな!”って、叱ったのはアナタじゃない。それなのにどうして……つまらない理由を付けてアナタの人生から逃げようとするのよ!」
愛する男を叱り付ける志保の頬を、涙が伝った。
「志保……お前……」
「私は……逃げないから……。コナンと一緒に……絶対に逃げないで……しっかり生きていくから! アナタも立ち向かってよ、新一。今夜……自分の弱さに立ち向かう事……誓い合いましょう。その為に……誓いを心に刻み込む為に……もう一度だけ……思い切り私を抱いてよ」
新一の喉が、何とか返事をしようとしてヒューヒュー鳴る。彼は、守っているつもりでいた志保に、諭されて……。
しばし時計の秒針が奏でる音を聞き、憐れですらある男の顔を覗き込み、志保は態度を和らげた。敢えて、悪戯な笑みを浮かべて見せる。
――本当に……本当に……新一って……可愛いのよね……こう云うところ。
「ねぇ…。ひょっとして、前みたいに私を抱くのは、もう無理なの? 最近“枯れ”始めたアナタには、辛いのかしら……」
「おっ、俺は“枯れ”始めてなんてないぞ!」
憤然とし、唇を尖らせる男を、志保は尚もからかう。
「無理しない方が良いわよ。人間が一生の間に……セックス……出来る回数なんて、決まってるし……。頭脳明晰・精力絶倫にしては、近ごろ……随分と“御上品”ですこと」
「そんな事ねぇぞ! 一生の思い出になるくらい気持ち良くしてやるから、覚悟しろよ!」
――スマナイ……。
おどけて見せる志保に救われたのは、百も承知。内心で謝りながら新一は、愛する女を抱き寄せていた。
慣れた手つきで、着ている物を脱がしあう……。二人が産まれたままの姿になるのに、時間はかからなかった。
新一は志保を抱き上げ、ベッドにそっと横たわらせた。そして、いつもなら直ちに覆い被さるところなのに、何故かそのまま、彼女を見下ろしている。
これまで……何度も撫で回し、舐め回し、貫き、注ぎ込んで来た“女”を凝視している。
……自分の指先一つで妖しく踊るように、唇のひと撫でで悩ましく鳴くように、全霊上げて教え込んできた志保に、あらためて魅せられている。
「どうしたの?」
「ん? ああ…なに……。よく美女の“立居振舞”を、『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』って譬えるだろ。こうやって横になってる志保は、何の花に譬えれば良いだろうと思ってな♪」
「アラアラ、相変わらず“上手”ね」
歯の浮きそうな台詞を、志保は小悪魔めいた微笑であしらう。しかし、どれほど彼女が巧みに隠そうと、新一は気付かずにいられなかった。否、やっと気がついたと言うべきか……。
――俺は……何度もオマエを泣かせて来たんじゃない。泣かせ“続けて”来たんだ! ……そして、オマエは涙を拭く決意をした……。
「志保……!」
殆どうめくように一声発するなり、新一は志保を抱き締め、唇を吸っていた。
「あっ……んんっ……んっ……んっ……」
ベッドの上にいるのは、女科学者ではない。ましてや、一児の母親であろうはずもない。
火照った柔肌に緩急つけて唇を這わせると、女は面白いほど息を弾ませる。
理知的な美貌を快楽で朱に染め、たちまち淫猥な牝へと堕ちていく。
この世でたった一人。工藤新一という男のために……。
「嗚呼……この手……この首筋……この鼓動……! みんな……みんな俺のだ! どんなに遠く離れても……志保は生涯、俺のものだ!」
今の新一は、名探偵にあらず。タレントにあらず。一匹の“獣”なり。これ、疑いの余地無し。
宮野志保が“牝”即ち“獣”へと堕ちてきたるは、工藤新一が“獣”であるからに他ならず!
「あっ、ああっ。そうっ、そうよ! 女の私は……あっ、ああっ……新一のっ……命果てるその時まで、新一のモノだからぁ! あぁああっ!!」
セツナキ姿ナルカナ……。
古の聖人に、飢えし虎の親子へ、己が身を与えた者があったと伝え聞くが……。
志保は、彼女を狂ったようにむさぼる新一へ、己の躰を差し出す。愛しい男が“味わい易い”ように、本能的に身を捩り、腕を耳朶を乳房を馳走する。
そして………。
生贄の女体を散々に舐め回し、しゃぶり回していた新一が、隆々と反り返る“分身”を構えると、志保は躊躇なく頷いた。
自分と、自分の愛する男が、二度と心を涙で濡らさないために、猛々しき牡の肉槍を、愛蜜湧き出る秘壷の奥深く受け入れたのだ。
「くふっ! んっ! んんっ! んっ! んぁあっああーーーーっ!!」
<続く>
読者の皆さんからの感想を作者の方は大変楽しみにしておられますし、短い感想でも次回作への活力となります♪
作者と読者の距離が近いというネットSSの利点を生かして是非作者の方にご感想を(^○^)