「……うっ……あうっ……」
狭い室内に、呻き声とベッドの軋みが低く響く。
六畳ほどの狭い洋間で、家具というとそのベッドと机、小さな本棚くらいだ。安物のパイプベッドは、男二人の体重をかけられてかなり苦しげだった。
「…っ……もうや…めろよっ……」
組み伏せられ、激しく突き上げられ続けて、俺の躰はもうとうに悲鳴を上げていた。それでもまだ一応快感も感じている自分に嫌気がさしつつ、俺は情欲に濡れた声音で抗議した。
「も……ヤだ…って……ア……んんっ……」
いらえはない。判ってはいたことだが、だからといってこのままでいたら朝まで続けられるに違いないのだ。
こいつはそういう点で、化け物だから。
「……いっ…い加減に……終わらせろよ!」
次第に快感より苦痛の割合が勝ってきて、俺は叫ぶように制止した。それにもかかわらず、こいつはまるで頓着せず、むしろ俺の鳴き声に刺激されたとでもいうかのように余計に抽挿を激しくする。
「うるさい。逆らうな」
短くと言いはねると、腕に抱えていた俺の足を肩に担ぐようにして更に強く腰を押しつけた。繋がった箇所がグジュリと淫らな音を立てる。
「アアッ…!」
深い部分を穿たれて、俺の口から悲鳴のような喘ぎが漏れた。
ベッドの軋みがより激しくなっていく。シーツは既にしわくちゃで、二人分の体液を吸ってドロドロだった。更にその上を白濁した蜜がこぼれ落ちていく。
――長い夜が明けるのは当分先のようだった。
哲矢とのセックスは最低だ。いつも一方的につっこまれて、俺がどんなに嫌がろうが気にもしない。
おまけにアレが異様に強くてしつこいときたら、よほどの体力の持ち主でもないかぎり相手をするのは大変だろう。浮気でもして発散してきてくれないかと本気で思ってしまう。
俺は毎晩のように哲矢の相手をさせられて、既に疲れ切ってへとへとだった。
まだ疲れているときは反応も鈍るので、哲矢も多少はやる気が失せるようだが、たまに感度の良いときなど、快感がいっそ辛くて余計にきつい。
最後には情けなくも泣き出してしまうこともしばしばだった。必死に懇願して泣きながら許しを請うなど、いい年をした男が情けないが。
俺、佐倉遥路(さくら・ようじ)と丹羽哲矢(にわ・てつや)は高校で出会った。
知り合ったのは俺が2年で哲矢が1年のとき。つまり哲矢は俺より一つ年下になる。
その日、突然呼び出されて告白された。部活も委員会もしていなかった俺が下級生と知り合う機会なんて滅多にない、一体こいつはどこの誰かと初めは不審に思った。
俺みたいないかにもひ弱で無害な人間をいきなりボコる奴もいるはずないし、男子校だったから、もしかして……とは思った。
元々女が苦手で「俺ってそういう人間なのかな?」と思い、確かめる意味でも男子校を受験した。入ってみて「やっぱり」と思ったから、告白かと思ったときはそれなりに期待もして嬉しかった。
指定場所の空き教室に行ってみたら、無骨そうでガタイのいい、まったく知らない下級生がいた。そうしてこう言ったのだ。
『あんた、俺のオンナになれ。』
お前は一体何様だよ!?
怒るというより呆れて言葉もなかった俺を、あいつはあろうことか何の前振りもなく組み伏せて、ムリヤリ犯そうとしたのだ。
(いつ誰が来るとも知れない校内で、初対面の相手にいきなり何しやがる!)
必死で抵抗したが、体格では圧倒的に不利だった。何の準備もなく無理に突っ込まれそうになった俺は、必死で嘆願した。
『お前のいいようにするから、こんな強引なのはやめてくれ…!』
そのまま奴の家に連れ込まれた俺は、そこで嵐のような初体験をさせられたのだった。
以来、俺はあいつ専用のセックスフレンドになっている。――そんな言葉を使うことさえ躊躇われるほど、一方的な関係なのだが。
哲矢自身は俺のことを好きだと言うが、どうもその言葉は疑問に思えてならない。俺が嫌がっても強引にするし、第一に会ってすぐヤりたがる。会話をする間もないのだ。
同じ学校に通っていたこと以外に接点など何もないし、共通した話題や趣味もこれといってないから、きちんと向き合って話をしようにも会話は弾まないかもしれない。
でも、恋人っていうのはそういうもんじゃないだろう?
たとえ言葉にできなくても、なんとなく一緒にいて視線を絡めて、それが幸せ――みたいなことを求めるのは、いい年して夢見すぎだろうか。
俺を好きだと告ったのが事実でも、あいつは結局俺を犯ること以外考えられないのだから、やっぱりこの関係は恋人とは呼べないんだろうな……。
もう七年もになる関係に、俺は心身共に疲れ果てていた。
「今日は帰り何時になる?」
その日の朝、通勤支度をしている俺へ、哲矢が訊ねた。
俺と哲矢は同居している。哲矢は高校を卒業すると、上京して一人暮らしをしていた俺のところへ押し掛けてきた。そこは学生専用アパートで一人部屋と決まっていたから、当時はそれを理由に追い出すこともできていたが、そのまま田舎へ帰らず就職した俺は、引っ越した先で哲矢が居座るのに有効な手を探せずズルズルと居候させたままになっている。
哲矢は高校卒業後に専門学校へ行って一度は就職したが、すぐにやめてしまって今はフリーターとして運送屋やピザ屋のバイトを掛け持ちしていた。
因みにそいうところも、好き勝手に生きている感じがして俺の気に入らない要素の一つになっている。
「今日は――遅くなるな。会社の飲み会だから」
「なんだよ、それ。俺は木曜の夜はいるって言ってあるだろ? ちゃんと空けとけよ」
実に俺様な言い分に、いつものこととはいえムッと腹が立った。
「今日は先月までかかりきってたプロジェクトの成功祝いだから抜けられないよ。そうでなくともお前の言う通りにしすぎて付き合いの悪い奴って思われてるみたいなのに。人間関係悪くなったら会社にいずらくなるじゃないか」
ネクタイを締め、上着を羽織った俺は、すぐに出られる余裕から強気に言う。着替え中だと、哲矢に捕まって散々泣かされた末に遅刻…ということになりかねないのだ。
「とにかく、今日は遅くなるから夕飯は一人で済ませてくれ」
不機嫌な顔で今にも手を伸ばしてきそうな哲矢に、俺は大慌てで玄関を飛び出した。
大きな仕事が一段落し、部署内の元の机に戻っていた俺は、大した仕事もないのでPCに向かって単純なデータ入力をしていた。
「はい」
そこへ同僚の中山さんが熱いお茶を持ってきてくれた。
「あ、ありがとう」
お礼を言うと、彼女はにっこり笑って「頑張ってね」と離れていった。
すぐ離れてくれて正直助かった。彼女はさっぱりした性格で、いつもあんな調子で必要以上にお喋りなどしないので、同僚の女性が彼女で良かったとつくづく思う。
別に女が嫌いということはないが、社会人になってまで友人関係の続いた女性がいない俺としては、やはり苦手な付き合いづらい種族に分類されるものなので…。
俺が有難くお茶をすすっていると、今度は違う人物が近づいてきた。
「なに、そんなことやってるの?」
後ろから声をかけられて振り向くと、プロジェクトリーダーだった遠藤さんだった。
「あ、遠藤さん。…まあ、これって仕事がないんで気分転換というか」
「確かに今のところはこれといった仕事もないけどね。こうした合間に次に向けて色々調べたり、自分なりに企画を作ってみてもいいんだよ。そういうのも仕事の一貫なんだから」
「はあ……そうですね」
俺はちょっと気まずくなって、曖昧な返事をした。
今俺がしていたのは、主に新人に渡され、空いている時間を使って月末までに済ませるような、量も内容もたいしてない単純作業だった。やっていけない訳ではないが、一応入社二年目になる俺がやることでもない。
「今回は君に随分と助けられたから、次回は僕ももっと頑張るつもりだけどね。また活躍してくれるのを期待してるんだから、そのつもりでいてくれよ」
「えっ……あ、有難うございます」
また気まずくなって、俺は無意識に俯いてしまった。
うちは貿易会社だが、近年の不況に伴って低下している経営を持ち直すべく、何を取り扱うかでかなりもめていた。今までにない物をと考えた末に、会議の場で何となく俺が言った品物がその取り扱い品目の一つに取り上げられ、大きな利益を上げた。
その品から売り上げを得るまでに、専用のプロジェクトチームが組まれていたのだが、そのリーダーが遠藤さんで俺もそのチームの一人として加わっていた。
俺がもう少し歳がいって経験があれば、チームリーダーをしていたのは俺だったかも知れない。だが俺はまだ新人に片足を突っ込んでいるところだったから、遠藤さんを中心としてチームが組まれた。そうして業績を上げた後、遠藤さんだけが昇進を決めた。
若いメンバーで組まれたチームだったから、他の者へ昇進という褒美がなかったのは当然だったと思う。会社自体は不景気だから、ほとんど報賞らしい報賞が出なかったことも仕方のないことだろう。
俺自身はそのことに対してこだわりはなかった。自己主張の苦手な自分が、社内でとりあえず認められたことで充分に満足だった。
だが、それを快く思わない者もいた。
気にしなければいいと思いつつ、同僚などから「腹が立つよな」と同意を求められても、「そんなことはない」とはっきり言うことが出来ない。曖昧に言葉を濁すしかできない自分が嫌で、遠藤さんに申し訳ない気持ちが俺の中で凝りになっていた。
俯いている俺の頭の上で、遠藤さんが小さく嘆息したのが窺えた。
「ま、いいか。たまには頭を休めることも必要だしね。ところで、今晩は大丈夫なんだろう?」
「あ、はい。勿論参加させて頂きます」
話題が変わったことに、俺は正直ほっとした。
今晩は、遠藤さんの奢りでチームの成功を祝って飲み会をすることになっている。ここで俺が参加しなかったら、今後どれだけ気まずいことになるか知れない。
哲矢がどんなに不機嫌になろうと、これだけは不参加はできなかった。
「今日は定時で終われるよな。17階の休憩室で待ち合わせで、十五分以上の遅刻者は欠席とみなすことになったから。遅れないようにね」
それだけ言うと、遠藤さんは俺から離れていった。
チームはその後他のメンバーに引き継がれ、俺は今はその前にやっていた仕事に戻されている。また違うプロジェクトを抱えるはめになりそうだが、そこでも遠藤さんと組まされる可能性が高いらしいことを部長から匂わされている。
こだわる人でもないが、遠藤さんには嫌われないようにしないと。かといって、変に媚びるような態度をして同僚に不快感を与えてもまずいし…。
あれこれと気遣うことが多くて、何となく気が重かった。
そうして夜、俺はチェーンの居酒屋で、酔いが回ってクラクラする頭を抱えていた。
昨夜の濃い性交で寝不足気味なのだが、眠り込んでしまうような失態だけは何とか避けなければ。
あらかじめ遠藤さんが注文してくれていたレア物の一升瓶で、同僚達はすっかり出来上がっていた。
「そろそろお開きかな」
いつの間にか隣りに座っていた遠藤さんが言った。
「そうですね。でも…こいつらどうしましょうかね……」
俺は困って呟くように訊ねた。
「会計は済ませておくよ。もう大人なんだから、自分たちでなんとかするだろ」
「でも、せめて店の外には連れ出さないと……お店に迷惑がかかりますし」
「佐倉は心配性だな」
遠藤さんは笑った。この人もかなり飲んでいたはずだが、まったく通常と変わらないように見える。柔和な外見に似ず、かなりなザルのようだ。
「じゃあまあ、なんとか起こしてそこら辺に寝かせとくか」
「そんな……」
(この人って、こういう人だったんだ……)
俺はかなり驚いて、酔いでふらつく視線で遠藤さんを凝視した。
「ところでさ」
遠藤さんはそんな俺の視線を気にもせず、顔を寄せてきたかと思うと小声で耳打ちした。
「終電にはまだ早いだろう? 良かったらもう一軒付き合ってもらえないか?」
「え?」
「ちょっと話したいことがあってさ。別に嫌な話じゃないから、できたら邪魔の入らない内に行きたいんだけど。駄目かな?」
「いえ、別に…駄目ではないですけど」
駄目かと問われれば、そう答えるしかない。
「じゃ、決まりだな。なら早いとこ解散させるか」
にっこり笑って遠藤さんは、係りの人に会計を頼みつつ、寝込んでいる者達を起こしにかかった。そういう行動の速さはさすがに人の上に立つだけある。
(それにしても、話ってなんだろう……)
皆目見当がつかなくて、俺は不安になった。
悪い話じゃないというからには、多分信用していいのだと思うけれど…。